亜人間恋愛物語   作:d1199

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赫〈あか〉い月2

 真也に襲い掛ったブロードソードやラウンドシールドを持つ三〇体以上の竜牙兵は、彼の間合いに入った瞬間に斬られて散った。それは悪霊も同じだった。竜牙兵は大地から這い出続け、悪霊はその辺から顕れ続けたが、意味が無かった。

 竜牙兵の成れの果てである破片が飛び散る様は、ボウリングに弾き飛ばされるピンの様でもあり噴水の様でもあった。白いそれらは、芝生や墓石に積っていった。フードを風に揺らせながら空から見下ろすキャスターは、この場に相応しい化粧だと思った。

 砕けた竜牙兵は、もはや一〇〇体目だった。彼女の主は腕のみで刀を打っていた。眼鏡を付けていなかったが、魔眼すら使っていなかった。竜牙兵を何体繰り出したところで、足止めにもならない事は容易に知れた。

 

(期待していた訳では無いけれど、竜牙兵が予想通りに戦力にならないのは、気分の良い物では無いわね)

 

 宙に浮かぶ彼女の眼下には、穂群原の運動場はあろうかという敷地が広がっていた。そこは、芝生で覆われ墓石が行列に連なっていた。空中で足場になる背の高い物が無いこの地形で、飛行手段を持たない彼が跳躍してしまえば狙い撃ちに繋がる。

 とは言うものの。彼女の主がこの状態に何時までも甘んじる理由は無い。彼女もそれを待つ理由がない。

 

(ならば)

 

 それは、呪文を唱えようと彼女が息を吸った瞬間だった。彼の左腕が視覚的にブレると彼女の目の前に魔力を帯びた真空の断層があった。それは、かつてアインツベルン城でセイバーやランサーを足止めにした技だった。ガリ。意味を持った魔力同士が反発しあい、コンサートのスピーカーが起こすハウリングより酷い歪な光と歪な音を立てた。防がれた真空の断層は、水に落とされた色水の雫の様に空中に渦を巻きながら消えた。

 彼女を見上げる彼女の主は、小さく笑っていた。

 

「その結界が随分強力なのは……そうか桜の孔から取り出してる魔力か」

「今度はこちらの番です……Οι ρίζες της ακόνιτο!〈トリカブトの根〉」

 

 かざされた錫杖の先端が光ると、毒々しいまでに鮮やかな紫の靄〈もや〉が彼を覆った。

 風に舞う蒲公英の羽根の様に、靄は流れて消えた。彼女の主は立っていたが、周囲に群がっていた悪霊や竜牙兵は地に伏せ痙攣していた。爆心地のモノたちは、死んでしまってすらいた。彼は言った。

 

「麻痺を起こす神経系の呪詛だろうけど、肉体を持たないこいつらにも影響を及ぼすなんて流石俺の従者。って服が変色してるぞ。おい」

「背いた私を従者と呼ぶのですか?」

 

 彼は困惑を誤魔化す様に、頬をポリポリと掻いた。

 

「最初に得た従者が魔術師メディアってのは、俺にとって最大の不幸であり最大の幸運だな。だから俺はキャスターを失ったら二度と従者は得ない。そう見えてるか分からないけど、とても気合いを入れてる。そんな訳だから背く位は気にしていない。思い詰めた姿も悪くないけれど、いつものようにオホホって笑ってくれ」

 

 彼女は、クスクスと淑やかに笑っていた。

 

「毒を盛られたというのに豪胆ですこと。良いお兄ちゃんは女の子に優しく無ければならない、ですか」

「なんだ。突然」

「それは悪癖ですわよ。若い娘ほど勘違いしてしまいますから、程々になさいませ。ですが……今の私は年甲斐もなく浮れています。契約とは言え躊躇いもありましたが、甘露があるならば慰めにもなりましょう」

「甘露?」

「独占できるならばと……ανάπτυξη!〈展開〉」

 

 羽ばたく蝶の様に広がったローブには魔法陣が描かれていた。その翼長は、仕立ての理屈を越えていた。

 触媒が無くとも空中に魔法陣を描く。神代の魔術を行使する。キャスターの繰り出す魔術は、彼に取って全ては異次元だ。だが魔術は魔術に過ぎないのである。

 

(何を狙っている。魔術が効かない事は分かっているはずだ)

 

 赫〈あか〉い月を背にする魔女は、パチパチと弾ける巨大な線香花火の様な魔力の球を三つ産み出した。

 

「Ζήλια του μέγαιρα!」

 

 それらは、光の束を一つずつ降らせた。

 彼は、それが効かないと理屈で判断していた。彼がサーヴァント並の対魔力を有しているならば、その判断は当然だった。

 光の束が着弾した。耳を覆いたくなる程に大きな着弾音が起り、地中にあった石や土砂がマッシュルームに似た形で大地から立ち上がった――否、墓地は静かなままだった。ただ着弾地点に少々の変色が見られた。キャスターは、三十メートル離れた所で彼女を睨み上げている主を悔しそうに見詰めた。

 

「何故避けたのですか」

「キャスターが確信してたからな」

 

 彼の左肩から滴るのは血だった。彼は、痛みに顔をしかめた。

 

(魔術防壁を突破された? 違う。だったら反発現象が起こるはず。それが無いって事は……直接ダメージを生じさせた?)

「女の献身を無下にされては碌な死に方をしませんわ。私が捧げた進言をお忘れ?」

「ちょっとまて。どうして今まで防壁を無意味化するこの術を使わなかった。こんなの持ってるなら聖杯戦争を有利に進められただろ」

「術の成就には条件がありますから。これは“Ζήλια του μέγαιρα〈メガイラの嫉妬〉”と言う魔術、呪詛に近いモノです」

「メガイラ? ヘカテーの弟子なら、ヘカテーの眷属であるエリーニュスの力を使った所でおかしくはない。俺が知りたいのは、」

「成就条件は嫉妬です。私が持っている嫉妬は強くありませんので、威力は然程でもありませんが、術が成就するとは自分自身驚いています」

「それは光栄だ。なら行くぞ」

「どこからでも」

 

 踏み込んだ彼の目の前に立っていたのは、人形の竜牙兵だった。彼は立ち止らずに、九時から三時に斬り捨てた。

 

「Ζήλια του μέγαιρα!」

 

 狼形の竜牙兵が、開いた牙を誇示しながら、彼に襲い掛かった。彼は真一文字に斬り捨てようとしたが、とっさに飛んだ。ヂリ。悪寒を呼ぶ音を立てる呪詛は、彼が跳躍した位置に落ちた。

 

(流石キャスター! そつが無い!)

「Ζήλια του μέγαιρα!」

 

 彼は、目の前で威嚇する熊形竜牙兵の顎を掴むと、「はっ!」飛翔するキャスターに向けて放り投げた。呪詛は竜牙兵を通過したので彼はとっさに跳躍した。ヂリ。それは彼の足元を掠めた。投げられた熊形竜牙兵は、キャスターが持つ錫杖の一振りで砕けて散った。破片は地に落ちる前に消えた。

 

「対象以外当り判定がない。発動時に視認で来てれば良いのか」

「お察しの通りです。続けて参ります」

 

 不適切な表情の彼女は、再び錫杖を振り向けた。

 彼は舌を打った。人形・熊形・狼形・獅子形・犬形・猫形・鼠形。地面から顕れる竜牙兵に限りは無かった。空から降り注ぐ呪詛も同じだ。キャスターの魔力は、桜から供給されているモノなので、魔力切れを狙うのは無意味だ。広範囲に人避けが張られているので、誰も来ない。

 キャスターは地を駆ける真也と目があった。

 

(私の準備は既に済ませております)

 

 バキリ。ねずみ形竜牙兵を踏み抜いた彼は、ニヤリと笑った。彼女は、仕掛けてくると悟った。

 彼は、三八キロの獅子形竜牙兵に取り付かれたまま、竜牙兵の一団に踏み込んだ。メガイラの呪詛が掠めた背中から、血が噴き出した。彼の踏み出した左足と共に打ち抜かれた太刀筋は、八時から二時への左薙だ。魔力の乗った斬撃は、小中大・十匹以上の竜牙兵を打ち砕いた。その破片は、噴き出し花火の様に宙に舞った。

 

 

◆◆◆

 

 

 空を浮く彼女の眼下に広がるのは、骨の破片だ。チャフ〈魔力混じりの土煙〉も相まって、彼女は主の姿を見失った。だが。その展開は、彼女の予想通りだった。彼女は、大型の鳥類形竜牙兵を産み出していた。

 

「άνεμος〈風よ〉」

 

 風によって吹き飛ばされたチャフの隙間に、やすやすと破壊されてしまった大型鳥類形竜牙兵の破片があった。それを踏み台に、彼女の主が彼女に肉薄していた。彼の手にある霊刀の切っ先は、彼女を狙っていた。

 

「なっ!?」

 

 真也が目を剥いたのは、キャスターが揺らすローブの影から、真紅の魔槍〈ゲイボルク〉が突き出ていたからだった。宝具発動以前に、それで心臓を突かれれば彼とて為す術がない。

 

(契約に基づき、谷〈地獄〉の底まで供を致します)

 

 彼女は、自分を狙う主の切っ先を避けようともしなかった。それがキャスターの左腕を斬り裂いた。キャスターのローブの影から飛び出した真紅の魔槍〈ゲイボルク〉は、真也の左の肘から手首の間を貫いていた。彼は、とっさに差し出した左腕で、ゲイボルクの直撃を防いだのだった。また。その反動で、彼の太刀筋もズレたのだった。

 

(――っ!?)

 

 それは込み上がるキャスターの悲痛だったが、彼女の主は喜んでいたので、彼女も出しかけた声を飲み込んだ。

 もつれ落ちる直前の二人が何かに弾き飛ばされたのは、飛行するジェット戦闘機が音を割る事によって生じる衝撃波の、到達する前だった。

 三角形の斧としか例えようのない鋭利で幅広な鏃〈やじり〉を持つ槍が、突き抜けて行った。それは、正確に二人の間隙を突いたのだった。

 

「あの槍は投影品〈グングニル〉?! 士郎かっ!?」

 

 彼方の狙撃地点を睨む彼が感じるのは、悔しさである。町の生活道路が、墓地の上空から見える地平線に紛れる様に走っていた。そこに立つのは、鉛筆の先より小さく見える程に離れた士郎であった。

 

「双方剣を退け!」

 

 墓場に現れたのは、セイバーであった。聖剣を携える彼女は、二人の元へ疾走していた。キャスターは、主に抱きかかえられたばかりか労う様に地に降ろされ、ただ戸惑っていた。

 

「マ、マスター?」

「良くここまで俺を追い詰めた。実を言うと、楽勝だと思ってた。これから士郎らと闘うけど、どうするかはお前の好きにしろ」

 

 そう言い残した彼女の主は、闇夜に消えた。入れ違いでキャスターを一瞥したセイバーは、安堵した様にこう言った。

 

「怪我は無いな?」

「え、ええ」

「セイバー!」

 

 それは、セイバーを追う様に現れた士郎であった。彼はライダーに運ばれたのだった。

 

「間一髪です。シロウ。私はシンヤを追います」

「分かった。直ぐ追い掛ける」

 

 士郎は言った。

 

「あのばかの状況は大体予想が付く。キャスターは手を退け。ここから先は俺らでやる」

「坊や?」

「理由は俺でもよく分からない。ただ引っ叩くのは俺の役だから」

 

 彼は走り去った。キャスターが尻餅をついている事に気づいたのは、静寂が戻ってからだった。ゆっくりと立ち上がった彼女は、パンパンとローブに付着した埃や泥を払った。

 

「そう。マスターの《好きだけれど苦手だ》とはこういう事」

 

 深いため息を付いたキャスターは、ライダーにこう言った。

 

「私は坊やたちのフォローをするから、一つ依頼を受けて頂けないかしら」

 

 依頼内容を聞いたライダーは静かに頷いた。

 

「幾つか問い正したい事がありますが、その案に賛同します」

 

 ライダーが闇夜に消えた。大地に突き刺さっているゲイボルクを見たキャスターは、ため息をついた。

 

「この私に裏切りを許さないとは、なんてマスターなのかしらね」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 セイバーが、打ち込んだ一撃は空を斬った。十一時から五時に走った斬撃の余剰剣風は、大地に轍を斬り立てた。十メートル先のブランコは、自動車に跳ねられたかの様に巻き上がり、そして落ちた。太い鎖は、ゴムの様に突っ張ったり撓んだしていた。

 しゃらん。それは、構え直したセイバーが鎧を鳴らした音である。その碧い瞳の先には、滑り台を背景にする真也が立っていた。彼は、霊刀をあらぬ方へ向けていた。

 

(速い)

 

 彼女がそう呻いたのは、相対するそれが構えらしい構えを持たない剣だったからだ。肩幅に開いた足を大地にピタリと付けるセイバーは、大樹の様にドッシリとした構えだった。踵を僅かに浮かせてる真也の身体は、微かに揺れていた。彼女は、厄介とすら思った。

 

「シンヤ。一つ問う。どの様な修練を積んできた」

「ひたすら剣で打ち合ってた。場所は色々だったな。堅い地面だったり砂地だったり。沼や滝や船の上や綱渡りしながらとか。槍とか矢とか岩が振ってきながらだったり、爆弾や呪詛を掛けられた状態でってのもあった。我ながら良く生きてるモノだと思う」

「それがアオツキに伝わる剣術か」

「教わった事なない。お袋のを見て真似て自分に合わせただけだ」

(自我の欠落が苛酷な修練に繋がりこの様な猛者を産んだか)

 

「甚だ不本意だが、お陰で聖杯戦争を切り抜けられた訳だけど。俺も聞きたい。セイバーは何故俺を追う」

「剣は主に従うモノだからだ。シンヤ。貴方こそ何故逃げる」

「士郎はいつも俺の邪魔をするから。今回もそうなんだろ?」

「シロウは貴方を憂慮している。武装を解除して投降しろ」

「憂慮では無く邪魔。俺らの関係を早く理解してくれ」

「少なくとも私にはそう見えない」

「学校の皆にもそう言われてたから仕方がないか」

 

 彼は困った様に頬を掻いていた。こう言った。

 

「セイバーとやり合うのは初めてだよな。こんな機会は無いから徹底的にやろう」

「貴方は無用な戦いを求めるのか」

「剣を持つ者は、言葉ではなく剣で語るものだ。なら無用ではないだろ」

「その物言いはランサーを彷彿とさせる」

「確かに、まず喧嘩してとか言いそうだ」

「だが生憎と私に語る事など無い」

「セイバーの剣に曇がある」

 

 彼女は苦笑するのみだ。

 

「腐っても剣士、か。それともトオサカから解放され剣士としての誇りを得たか」

「それは言いすぎだろ。確かに邪剣かもしれないけどさ」

(この試練の後に答えが出る筈だ)

 

 彼女は、胸元の指輪を意識しながら相対するモノを見た。

 

(どう攻める。シンヤは左腕を怪我してる。弱点を攻めるのは騎士道に反するが、悠長に構えている余裕もない。速い相手には小さく攻めるのが定石だが、太刀筋が読めないならば危険が大きい。全力の一撃をもって威嚇と攻撃を同時に行うのみか)

「理想と現実の板挟みが辛いなら、こちらから行くぞ」

 

 先に踏み込んだのは真也だった。ひとまたたきに満たない時の狭間に、剣を持つ二人は、互いの間合いに立っていた。

 

「はあぁっ!」

 

 エクスカリバーの斬撃は、大地を踏み抜くセイバーの左足に支えらた、八時から二時の太刀筋だった。

 

「ふっ!」

 

 霊刀の斬撃は、柄を右手に握られ、峰に添えられる左手を支えにする、円弧の突きだった。二人の剣氣が交差した。住宅街の公園に、静寂が戻っていた。擦れ違い背を向け合っていた二人は、剣を向け合い直した。真也が浮べるのは、困惑である。

 

「仕留められずとも、ダメージはあると思った。違うか。間に合わないととっさに判断したセイバーは、柄による打撃に切り替えて間合いを外した。流石騎士王」

 

 彼は、打たれた右腕を軽く振っていた。セイバーの鎧の右脇が裂かれていた。

 

「シンヤの剣は我流。我流は無形。それ故に読めない……だが。私の武器は魔力増殖炉だけではない。乱世に鍛え上げられた剣を披露しよう」

 

「すー」セイバーは息を吸い。

「はー」真也は息を吐いた。

 

 二人の殺意が弾けた。それは、二人が間合いに踏み込む瞬間だった。

 

「そこで何をしている!」

 

 二人が見たモノのは、公園のフェンス越しにライトを当てる二名の警官だった。警官たちは、「「……」」白昼夢でも見たかの様な顔をしていた。

 

「今、確かに誰かいたよな?」

「いえ。本官は、確認できていません」

 

 懐中電灯を闇夜に流す二人の警官が見るモノは、静まり返った公園のみである。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 新都近くの自宅でバイクのエンジンを掛けたのは安藤〈Aくん〉だった。ボロロ。彼に取って、エンジンが奏でるエギゾーストに身を任せる事と一品料理を食べる事は、同じだった。

 

「くぅぅぅぅっ!」

 

 悶える彼に声を掛けたのは、彼の悪友である。

 

「そのNinja〈バイクの名前〉どうした」

「パパのだ。リターンライダーとかって買ったらしい。聞けよ真也」

 

 ボロロロロ。

 

「くぅぅ。リッターマシンは格が違うぜっ!」

「ちょっと乗らしてくれ」

「大型免許もってたのか」

「原チャと同じだろ」

「同じ訳が……おい。背負ってる日本刀みたいなのはなんだ」

「魔力で切れ味が増す日本刀型の魔剣だ。霊刀とも言う」

「おまえなー。いい年こいてそんなガキ見たいな事いってんじゃねーよ」

「これがアクセル。これがクラッチ。ブレーキはここか。少し借りるぞ」

「少しだけだぞ」

 

 安藤は、多少まごついたものの直ぐ走り出した悪友に感心するのみである。

 

「運動神経いいからな。あの野郎は。いっけぇ! サムライダーかっこいぃ! ……あれ? サムライなのにバイクはニンジャ。あれ? 原チャの免許で大型? 真也が新車でオヤジの新車? ……我が家のZX-10R返せぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 冬木市と隣町を繋ぐ道路には相応の交通量があった。その間を、掠める様に走るのはレーサーレプリカ〈バイク〉である。遊園地から帰宅を急ぐファミリーカーの中で眠い目を擦っていた子供は、窓の外を見るや否や助手席の母親にこう言った。

 

「ママー。お外に、鎧を着てオートバイに乗ってるおねえちゃんが居るー」

「そう。よかったわねー」

 

 その子供は手を振ったので、そのお姉ちゃんも手を振り返した。ブォン。心地の良いエギゾーストを奏ながら、走り去った。そのバイクのカウルには、YZF-R1と刻印されていた。

 峠を走るのは、一台のトラックだった。ハンドルを握るのは四〇代の中年男性である。

 

「あふ」

 

 眠気を堪えてまで夜の山中を走る事は、彼の仕事がブラックという証であり、ドライバーとして魔の時間という意味でもあった。そこは、街灯も無い山奥にのたうつ、上りから下りになる道の境だ。彼の一瞬の隙を突いたのは、死神である。山の道を照らすヘッドライトの明りの中に人影が立っていたのだった。

 

「やべぇ!」

 

 不味いとブレーキを踏んだ時にはもう遅かった。ドン。肉の塊を跳ね飛ばした様な音が車内に響き渡った。ハンドルを握る中年男性は、涙を流すのみだ。

 

「すまねぇ。俺の嫁。とうとうやっちまった……どこのリーマンかしらねぇが転生してチートになってくれ」

 

 ドスン。荷台に重い物が載せられた音がすると扉が開いた。乗り込んできたのは、彼の知らない少年だった。

 

「ガス欠で困ってたんです。人身事故は黙っておくのでバイクごと町まで乗せてください」

「でたたたたたたたたたっ!!!! なんまんだぶ! なんまんだぶ!」

 

 峠に響いたのはドロロというエンジン音だ。その少年は、バレンティーノ=ロッシ〈プロのバイクレーサー〉張りのスピードで、のたうつ峠の道を駆け抜ける二輪車を見た。

 

「もう追い付かれた。セイバーって騎乗持ちか」

「追い付かれた? 厄介ごとはゴメンだぜ」

「だから人身」

「あのな坊主。警察の方がナンボかマシな怪しさ……ドロロロロというあの音は……まさか奴か!?」

「おじさんはバイク詳しいんですか?」

「あれはクロスプレーン〈エンジンの特徴の一つ〉の音だから、多分YZF-R1だな。優等生〈ヤマハ製バイク乗り〉如きに引けはとらねぇぜ! 任せろ!」

 

 その男性は、軽トラックの荷台に載っている二〇〇キロのバイクを、ロープで固定し始めた。

 

「ところで坊主。どうやって載せたんだ?」

「ウィリージャンプみたいな感じです。よっこらしょ。ドスンって」

「なるほど。良いスタントマンになれるぜ。あれ? ガス欠とか言ってなかったか?」

「おじさんは鈴菌〈スズキ製バイク乗り〉ですか」

「バカヤロウ。カワサ菌〈カワサキ製バイク乗り〉だ! オイルが漏れるのはオイルが入ってる証拠だぜ!」

 

 助手席に座ったその少年は、ハンドルを握った中年男性にメモを差し出した。

 

「俺は最寄りの町で良いんですけど、このバイクはこの住所まで持っていって頂けると助かります」

「同じカワサキライダーなら無下にできねぇな!」

 

 カワサキバイクを載せたスズキの軽トラックは、猛スピードで峠を走破した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 そこは新都から離れた人工的な森だった。モモンガ・梟・コヨーテなどが、対峙する二人を固唾を飲んで見守っていた。彼女は、両手で握る聖剣を高く掲げた。バッティングフォームに似た、八相の構えだ。真也は言った。

 

「確かに上段の構えなら、剥き出しの頭を守る。防御に自信があるからの判断だろうけど、俺の斬撃を胴に喰らって、正しく振り下ろせるか? 言っておくけど。相打ち狙いなんて後ろ向きなら、勝負はお断り……」

 

 彼女の碧の瞳は、大樹の様の強く灯っていた。

 

「あくまで勝ちに来るなら、問題は無い」

 

 二人は同時に、アスファルトを踏み抜いた。

 二人の疾走は、その場の空気を斬り裂いた。速さのあまり、二人の背後にある空気が引き剥がされてしまった。周囲の空気はそれに引き込まれ、渦を巻いた。落ち葉が、高く巻き上げられた。二人の間に舞った一枚の落ち葉が砕け散ったのは、寸分違わず突き合った互いの切っ先に挟まれたからだった。刃に籠められた魔力が反発しあい、耳をつんざく音がした。青と赫〈あか〉いプラズマが奔った。硬直状態から抜けだし先手を打ったのは真也だった。

 

「っ!?」

 

 セイバーが目を見開いたのは、真也の繰り出す斬撃が、雲の様になっていたからだった。

 

《秘剣 雲体風糸》

 

 彼女は、雲の様につかみ所なく風の様に纏わり付く斬撃に覆われた。ギャリギャリギャリ。その音は、アスファルトと滑走する白銀の鎧が、擦れ合い火花を散らす音だった。戻った静寂に漂うのは呻き声である。

 

「ぅぐ……」

 

 地を這うその身体は、大地に両手を宛てがい起きた。切っ先を大地に突き立てると膝を立てた。ふらりと立ち上がった白銀の鎧は、血に濡れていた。だが碧の目から闘志は失われていなかった。セイバーは剣を掲げた。

 

「なんという変幻自在な太刀捌き。だが、」

「そう。俺の剣は無形。構えが防御であるならば、俺の剣が、攻において威を発し守に転じては威を失うのは道理だ……ぐぅっ!」

 

 左肩から右脇腹の衣類が裂けると、露になった肉体から血が噴き出した。

 

「……流石セイバー。ゼロに等しい時の狭間で、無意識に蹴りを繰り出したか。騎士王が蹴るとは思わなかった」

「言った筈だ。私の剣が、ただお上品だと思って貰っては困る」

「いいだろ。これが最後だ」

「それは、」

 

 彼女が息を呑んだのは、彼が構えていたからだった。彼は、両手で握っている霊刀の切っ先を彼女の喉元に向けていた。両脚は軽く開かれ、その左足は一歩前に出ていた。彼女は言った。

 

「例え倒れようとも恨まず悔まない全身全霊を誓う儀式の構え。シュピアリアーの構え〈至高の蒼〉」

「これは、俺が唯一教わった構え。俺は蒼晴の構えって呼んでる。すっかり忘れてたこれを、この期に及んで思い出したのは、セイバーだからだな」

「現在過去未来・西洋東洋。問わず極めれば、剣の至る所は同じと言う事か」

「セイバーは、拒絶しても良い」

「持ちだしておいてそれは意地が悪い。私とて騎士だ」

「済まない」

(済まないシロウ。倒しても倒されてももはや此れ迄)

 

 二人から噴き出したのは膨大な魔力の奔流である。それは、大地どころか天すら震わせた。その場にいる夜行性動物はおろか、昼行性動物までもが目を覚まし、勝負の行方を見守っていた。セイバーは「すー」と息を吸った。真也は「ふぅぅぅ」と息を吐いた。

 

「「っ!」」

 

 二人の殺意が弾けた。

 

「そこで何やってんの! あれ? 確かに誰か居た様な」

 

 頭を傾げるのは、懐中電灯を持つ警備員だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ぜーぜーはーはーと息を切らすのは、薄暗い建物中で身を潜めるはらぺこ騎士王とシスコン羅刹である。真也はしゃがんでいた。セイバーは立っていた。ゲイボルクによる真也の左腕を除き、二人の傷は治っていた。だが二人ともコンクリートの壁に背を預けていた。真也の声には、疲労もあったが脱力が強かった。彼は巻いたハンカチで血止をするとこう言った。

 

「ここで仕切り直すか?」

「二度も水を差された。少なくとも今の私たちは、闘う宿命に無いと言う事です」

(本命は士郎が来てからか。だろうな)

「ところでここはどこです」

 

 そこは、ショッピングモールをイメージさせるデザインが考慮された場所だった。

 

「冬木動物園だな」

「その様な場所に覚えがありません」

「隣町にあるんだよ」

「隣町なのに冬木とはどの様な理由です」

「千葉なのに東京って名称を付ける夢を有料で売る国みたいなモノ」

「その皮肉が何を指しているのか知りませんが、出口を探しましょう」

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