亜人間恋愛物語   作:d1199

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赫〈あか〉い月3

 カツンコツンと二人の足音が響くそこは、ショッピングモールをイメージさせる、デザインが考慮された場所だった。ただ収まっているのは店舗ではなく水辺の生物だ。動物園特有の臭いがその証である。営業時間外であったので、客はおらずガランとしていた。照明は落とされて薄暗かったが、二人にはそれで十分だった。真也が見つけたのは、館内地図である。

 

「真っ直ぐ歩けば出口だな。というか非常口の表示灯があるし。セイバー?」

 

 彼女が覗き込んでいたのは、大型水槽の底に設置された覗き窓だ。窓の脇には、ペンギンの写真と学名などが記されたプレートがあった。

 

「セイバーはペンギンが好きなのか」

「獅子を好みます」

「? だったらどうしてペンギンを見てた?」

「ただの興味です」

「そう。ペンギンは鳥類だから。夜なら寝てて泳がないだろ。多分水槽の外だ」

「そうですか。ならば行きましょう」

(ならばって)

「シンヤには、好む動物がいるのですか」

「猫なら飼いたいと思った事はあったけど。強いて言うなら、コレだな」

「……っ♪」

「今笑ったろ」

 

 真也が指さした窓の向こうには、水槽の底をあるくカバが居た。

 

「いえ別に……まさか河馬とは♪」

 

 セイバーは、冒険家が誇らしく語る英雄譚を、滑稽だと必死に笑いを堪える貴夫人の様だった。

 

「よぅし良いだろ。アーサ王に、このカバがライオンより優れている事をお教えしよう」

「獅子より優れている?」

 

 聞き捨てならないとセイバーの眉がピクリと触れた。

 

「良いか。ライオンは雄の成獣でも全長二てん五メートル・体重二二五キログラムほどだが、カバは全長四メートル・体重二てん六トンにもなる。キロ換算なら二六〇〇キロだ。もはや圧倒的」

「図体が大きいだけではないか」

「ライオンの走る速度は時速五八キロだが、カバは時速四〇キロ。数字上確かに負けてるが重量差を加味すれば、その脅威差は考えるまでも無い」

「私は、巨人族とも戦い倒した。図体が大きく足が速い程度では、珍しくも無い」

「カバはな、この風体で実は気性がかなり荒いんだよ。クロコダイル〈巨大ワニ〉も瞬殺する」

「それは、頼もしいがニワカには信じられないな……何をしている?」

「カバの気性の荒さってのは、意外性があって客引きになるからビデオ映像が用意されるんだ」

 

 彼が壁に埋め込まれているボタンを押すと、壁に埋め込まれているTV画面に映像が映し出された。真実を見たセイバーは絶句するのみである。

 

「凄いだろ。皮膚の厚さは四センチ。牙は五〇から七五センチ。噛む力は一トンだ。これでクジラの遠い親戚っていうから二度驚きだ」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「確かに強さは認めよう。だが強さだけでは認める訳には行かない。強さに威厳と誇りが必要だ。あの美しい立髪が何よりの証」

「威厳? そう言えばイングランド王リチャード一世も獅子心王って言われてるな」

「そうであろう。獅子とは古来より威厳の象徴として崇められている。スフィンクスも獅子が神格化されたものでありまさに百獣の王が相応しい。強いだけでは蛮族だ」

「現代では妖精になってるぞ。威厳はともかく、象徴には成ってる」

「河馬が、妖精?」

 

「ムー○ンっていう御伽話があってだな。世界中の子供なら誰でも知ってる、つまり大人でも知ってる存在だ。宜しいか。アーサー王。カバとは日頃はのんびりしているが、いざとなれば恐ろしい牙を剥く、男子の心をくすぐる動物なのだ。俺は怒ったぞってやつ」

「○ーミンがか」

「多分スーパームーミ○になるだろう……っと。動画に続きがるぞ」

 

 それは、一匹のカバに襲い掛る十匹からなるライオンの群れだった。

 

「狩とは複数で行うモノ。群れを養わなければならないならば、別に卑怯ではない」

「何も言ってない」

 

 カバは逃げた。群れが追いかけた。一匹のライオンが背中に喰らい付いた。カバはライオンの群れに囲まれた。絶体絶命に思われたカバは、ライオンの頭に喰らい付いた。振り回しライオンをサバンナの大地に叩き付けた。そしてライオンの群れを蹴散らし ――映像が途切れた。セイバーの拳が画面に打ち込まれていた。

 

「おい」

「時間の浪費が惜しい。この呪われた館から一刻も早く脱出するべきだ」

「都合の悪い事を無い事にする。王様も政治とは無縁では居られないよね」

 

 薄暗いその建物中を、二人は出口に向けて歩いていた。それは、見つけた扉に真也が駆け出そうとした時の事だった。

 

「なぜシロウに反発するのです」

「敵だから」

「キレイ=コトミネと闘った時は共闘したと聞いています」

「状況に応じて一次的に敵と手を組むってありえるだろ」

「とてもそうは見えない」

「絶えず争い合い、いがみ合う、追いつ追われつの仲よ」

「意地になっている様に見える」

 

「そもそも、セイバーが気にする事か?」

「私には、シロウに近い人物という自覚がある。シロウとシンヤが切っても切れない仲ならば、私もシンヤと友好的でありたいと考えています」

「それは勘違いだな。ほら見ろ」

 

 開いた扉から現れた真也と同い年の人物は、彼を睨んでいた。

 

「バカシロの殺気だった顔を」

 

 ため息をついた士郎は、腕を組むと拗ねた様な顔を見せた。

 

「動物園は俺だってまだだ」

 

 隣のセイバーを見た真也は、士郎にこう言った。

 

「本気ですまなかった。ここまでのタクシー代は出す」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 三人がいるのは、冬木市の隣町のファミレスである。夕食時から数時間経った頃だったが、それなりに賑わっていた。真也は、私服に着替えたセイバーの隣に腰かける士郎をジロと見た。

 

「士郎には言いたい事があるだろ」

「口で言って聞くならそうする」

「やり合おうってか。そうこないとな」

「いい年して反抗期か。お前」

「……いま、なんて、言いやがりましたか」

 

 ぐぅ。腹の音に気遣った二人は、注文した食事に手を付けた。その士郎の発言は、真也がハンバーグを食べていたときの事である。

 

「お前。どうするつもりだ」

「なんだ突然」

「確認しておきたいから聞いた」

 

 真也は、ハンバーグにかぶり付いた。

 

「どうもこうもない。狙う目標は、でっかく困難にだ」

「お前の言う目標は、現代社会から大きく掛け離れすぎてる。エースストライカーや大企業の社長になる比ではないのに、その代償の大きさを分かってない」

「朝起きて、働いて、家に帰って寝る。特定の誰かと、ありふれた生活を送るのはムリだろうな」

「だからお前はセイバーにも素っ気無い」

「セイバーは俺らに関係ないだろ」

「あぁ。安心した」

「なにが」

「心置き無く仕置きができる」

「し、お、き?」

 

 真也が持つフォークからコロリと落ちたのは、グリーンピースだった。士郎は、何食わぬ顔で鯖定食を啄んでいた。セイバーはてんぷら定食だった。

 

「そうだ。俺は背伸びをしたくて無茶をしようとしているお前を躾ける」

「バカシロ。お前は調子に乗りすぎだ」

 

 ぐにゃりと曲がったのは、真也の手にあったフォークである。

 

「おとーさん。これがいい」

「量が多いからもう少し大きくなったらな」

「えー。もう食べられる!」

 

 父親と母親と男の子が食事をしていた。それを見た二人は、荒立てた気配を引っ込めた。真也は言った。

 

「士郎。ここからは剣士同士ではなくお前と俺の喧嘩だ。何をしても良い。セイバーに頼んでも投影でもイリヤでも。その代わり俺も出し惜しみをしない」

「心の準備をして置けよ。少しキツく行くからな」

 

 真也は、ロングコートに包んであった霊刀を掴むと、腰を浮かした。

 

「先に行ってる」

 

 席を立った彼は、コートを揺らしながら立ち去った。カランと扉を鳴らしながら外に出た。立ち上がったのはセイバーだった。

 

「私は追跡します」

「アイツが向かうのは、大橋近くの埠頭だ。俺が追い付くまで時間を稼いでくれセイバー」

「この試練、見事果して見せましょう」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 タンカーが運ぶコンテナの影に紛れ、その地域の事前調査をするのはセイバーだった。彼女の視線の先には、昼間かと勘違いしかねない程に強いライトを浴びながら働く港湾労働者たちがいた。その背後に停泊するタンカーのデッキにも、複数の人影があった。更にその背後にある大橋には、相応の交通量があった。

 

(まずい。民草が多すぎる)

『お困りならば、手を貸しましょう』

 

 セイバーの見る風景が変わったのは、一瞬きの後だった。白いモヤが立ち籠めていた。全ての色から鮮やかさが欠けくすんでいた。見上げる空には何もなく、ただ白かった。夜でも途切れない街の音が消えていた。積まれたコンテナを越えてくる音は、低い風の唸り声だった。全ての人が消えていた。彼女は、コンテナに刻まれる文字が逆になっている事に気がついた。

 

「キャスターか。姿を見せろ」

 

 空間に一つの波紋が走ると青紫のローブを纏った女が顕れた。

 

「ここは現し世に寄り添うもう一つの世界。鏡の世。ここならば、人目も気にせずに済みましょう」

「何故私の下に来た。お前はシンヤの従者であろう」

「野望の為に女子供を蔑ろにする男は嫌いです」

「シンヤがそう言ったのか」

「いいえ。ですが今の主は、あの男の背を追い求めるあまり、足元が見えておりません。ですから好きにせよと申し付けられれば、敵対行動をするのは道理でございましょう」

「最悪の結果を予想していないキャスターでもあるまい」

「その時は供をするまでです」

「他の意図がありそうだが……これは謀叛ではないと其方の潔白は私が証明しよう」

「思慮深く慈悲深い陛下にもう一つ献上するモノがございます」

 

 キャスターが唱えたのは、強化と結界の術だった。

 

「これは、要らぬ世話だぞ。それともライダーが介入するか」

「いかにライダーとてこの世界には入れますまい。ですが。無尽蔵の魔力を有する桜さまとパスが繋がっている主を、相手にするならば決して過分ではありません。我が主の能力を、あの洞窟での戦いと同等とするならば、陛下の勝率は――」

「それこそ過分だ。この戦は、もはや剣士同士の勝敗を越えている」

「ご武運をお祈りしております」

 

 カツコツとセイバーの歩いた先に真也が立っていた。埠頭に落ちた暗がりに、蒼い瞳を灯していた。

 

「士郎は、少し遅れて来るんだろうな」

「伝える義理はないが、確信しているならば、伏せても意味が無い。その通りだ。シロウは、必殺の間合いを待っている。そして。それを作るのは私だ」

 

 彼女は、風の結界で守られた聖剣をかざした。

 

「なら。始めようか」

 

 シンヤの笑みはあの男にそっくりだ、彼女はそんな事を考えた。

 そこは、ビル程の高さに積み上げられた船舶用コンテナがひしめく、それこそ街中の様な場所だった。二人が立つのは、コンテナが模すビルとビルの間に走る、道路を模した空間だった。しゃらん。真也の抜いた霊刀は赫〈あか〉く灯っていた。足場を確認したセイバーは、蒼い目をじっと見ていた。

 

(見ろ。あの魔眼の視線を見極めろ。見て殺すのではない。見る線を斬る必要がある。見ずして殺す事は不可能。転じて。視線を見極めれば、無力化することは可能だ)

 

 港にある電灯が寿命で点滅していた。それが今夜何回目かの消灯をした。二人は、五〇メートルを互いの間合いまで踏み込んでいた。

 セイバーの初撃は、九時から三時の横薙ぎだった。その斬撃が空を斬ったのは、真也は跳躍していたからだった。セイバーの目が開かれた。

 

「相手の眼前で跳躍するなど血迷ったか!」

 

 セイバーの二撃目。三時から円弧の軌道で繋げた四時から十時への斬撃は、宙で背を見せる真也に向けて奔った。それが空を斬った。

 

「なにっ!?」

 

 足場の無い宙で真也の身体が動いたのは、鞘越しにコンテナの側面を踏み付けていたからだった。真也のターン。空中でとんぼ返りした彼は、天地逆さのままでセイバーの首を狙った。剣戟が散った。

 ガキンとは魔力同士が反発する音である。二人は、静けさが戻った場所で剣を構えたまま対峙していた。港にある電灯が、今夜何回目かの消灯から、点灯をした。真也は、括り付けてあった糸を引き、鞘を手繰り寄せた。点滅する光を浴びる真也はこう言った。

 

「セイバーの反応がさっきより随分速いのは……キャスターか相変わらず気が利く」

 

 セイバーは、真也の斬撃を弾いたのだった。セイバーの声は咎めであった。

 

「慢心は破滅を招くぞ」

「この戦いは、ただ勝つ事に意味が無いってそう思ってるだけだ。慢心が許されるのは、ギルガメッシュ様だけだろうな」

「手に掛けておいて敬称を付けるか」

「確かにそうだけれど、今の俺は嫌ってない」

「シンヤに最初に会ったのがサクラではなく彼だったらと思うとぞっとする」

 

 二人は埠頭を駆け出した。並走する二人の距離は、自動車二台分程だった。

 

「ギルガメッシュ様は怒ってるだろうか」

「シンヤ次第だろう。何らかの咎はあるかもしれないが……いや。恭順の姿勢を見せれば、案外簡単に頷くかもしれない。主が欲しいならば私が取り立てても良いが?」

「士郎と手を切るなら考えても良い」

「それはできない相談だ」

 

 跳躍した二人は、四個積み上げられたコンテナの上〈十メートル〉に降り立った。風を蹴散らしながら二人は互いに踏み込んだ。ガンガン・ゴンゴン。それはコンテナの上面にある鋼板を、二人の足が踏み抜く音だ。真也は十一時から四時への斬撃。セイバーは四時から十一時の斬撃だ。図太い金属音が鳴った。

 

「っ!」

 

 真也の斬撃と彼女の太刀筋を支えた彼女の右足は、コンテナの上部鋼板にめりこんだ。彼女の水平感覚が傾いたのは、コンテナが傾いたからだった。

 

「我が剛剣を逆手に取ったか!」

「ご明察」

 

 二人は、崩れたコンテナと共に落ちていった。積み上げられていたコンテナは、ガランゴロンと文字通り積木崩しとなった。二人はその雪崩に巻き込まれた。彼女に向けて落下し続ける二てん五メートル四方のコンテナは、エクスカリバーによって真っ二つにされた。その二つに分かれたコンテナの間に、霊刀を掲げる真也が居た。空中で二人の刃が交わった。

 

「あぁぁぁぁ!!!」

「ふっ!」

 

 ぜー。はー。息を切らす士郎は、橋の向こうに見える埠頭から、花火の様に飛び散ったコンテナを見た。

 

(到着まであと五分!)

 

 彼は意を決して駆け出した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 強固な大地に支えられた剛剣を彼女は打ち奮った。彼は、霊刀で守ったがまともに受けたので、まだ無事だったコンテナの山に打ち込まれてしまった。

 長さ十二メートルコンテナが、ガラガラと崩れ落ちた。彼女が見るのは、崩れ切り雑多に積み重なったコンテナの隙間である。

 

(いくらシンヤとてダメージがあったはず)

「はああああっ!」

 

 魔力の混じった声と共に、積まれたコンテナたちがポップコーンの様に弾け飛んだ。空中のそれらは輪切りになった。その成れの果てが、ガコンゴカンと金属どうしがぶつかり合う重苦しい音を立てて落下した。その弾け飛んだ場所に、真也が立っていた。彼は、手を添える首をコキコキと回していた。

 

「今のは効いた」

(手強い)

 

 彼女のプレートアーマーが、左脇から右肩までザックリ斬れていたのだった。セイバーは、動揺をおくびにも出さずにこう言った。

 

「そうか。大聖杯の洞窟で見せた復元力か」

「……んー」

「手の内を明かす必要は無い」

「あの時程の力は無い。桜から供給される魔力はあの時と同じだけれど、少なくとも今の俺は、自分の魔術回路を使いこなせないから、黒桜の支援なしにあの芸当は不可能だ。けれど。肉体は任意の効果を得られる結界でもある。少なくとも物体に叩き付けられた程度ではダメージは受けないさ。唯一の方法は、功性の方向を持った神秘のみ」

 

 彼が驚いたのは、彼女は鎧を解いたからだった。

 

「アーマーパージだなんてまた思い切った事をする。鎧に回していた魔力を攻撃に回すのか」

「速力系のシンヤは力に劣る」

「そだな」

「高い防御を有する者に、シンヤの刃は本来通らない」

「ごもっとも」

「それを補うのがその魔眼だ。紙を切るかの様に、あらゆる防御が意味を成さなくなる。ならば道理だろう」

「この眼を怖れないって流石王様」

「怖れてはいる。飲まれていないだけだ」

 

 真也の声は、いざ踏み込もうとした矢先だった。

 

「ちょっと待て。ソレはなんだ」

 

 素っ頓狂な声を出したのは彼だった。その指の先には、彼女の胸元で輝くプラチナの指輪があった。彼女は取り繕う様に、胸元の隙間に仕舞込んだ。

 

「シンヤには関係の無い話だ」

「士郎から指輪を貰って、宙ぶらりんか。随分とムゴい事をする」

 

 ヤレヤレとした顔の真也の発言は、セイバーが言い返す前だった。

 

「……退け」

「それはどの様な戯言だ」

「騎士と女の間で迷うセイバーを倒しても意味が無い」

「聞き入れる理由が、私には無い」

「何の為に受肉を受け入れた」

「シロウを見届ける為だが、そもそも三人の間で迷っているシンヤに言われたくはない」

「だから俺はあの男の背を追い掛ける事にした」

 

 ピクリと揺れたのはセイバーの眉である。

 

「なればこそ退きはしない」

「なぜ。俺に倒されればそれまで。俺を倒しても、生真面目なセイバーは士郎に負い目を感じる。どちらに転んでもメリットはないだろうに」

「一つ。シロウと闘う以上、退けはしない」

「伝説の王様にも悩みはあったって事か。ま、大人も辛いって言うしな」

「二つ。分かった様な事を言う生意気な子供を躾けるのが大人の義務だからだ」

 

 真也の表情に浮かんだ歪みは、不愉快である。

 

「セイバーもそれを言うのか」

「騎士に憧れる男子は多く見た。身の程を弁えず道半ばで果てる男子もな。無茶を正すのも先人の務めだ」

「大人が子供にする説教は、大体自分を棚に上げるよな」

「故に。これから説得力を与えよう」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 一合目。彼女が右足を滑らせる様に踏み込んだのは、それによって生じる体重移動の力を斬撃に繋げる為だ。踏み込みと斬撃が、刹那のタイミングで合致した。四時から十時に走った剣風は、大地のアスファルトを疾走しながらも斬り裂き続けコンテナを分断した。彼女のその斬撃は、真也の霊刀に絡め流されてしまった。彼の背後にあったコンテナが、ガラガラと音を立てて崩れた。

 

(雲体風糸とはよく言ったモノだ)

 

 真也のターンである。打ち抜いた直後のセイバーは、切り返しが間に合わず、真也の斬撃を剣で防げない。そう判断した彼女は、シフトウェイト〈円弧の様な重心移動〉で、右拳を打ち込み始めた。真也が吠えたのは、彼女の右腕が、真也の斬撃を防ぐ位置にあったからだ。

 

(右手を捨てて勝利に繋げるか!)

 

 彼が繰り出した斬撃は、雲の様な塊になっていた。セイバーが吠えた。

 

(片腕と引き換えに勝利が得られるならば、喜んで捧げよう!)

 

 見守っていたキャスターは、セイバーの右腕は斬り落とされずとも引き裂かれると思った。

 

「だが、詰めが甘い!」

 

 セイバーの右拳はフェイントだったのだ。『Ghoooooooo!!!』それは竜の心臓があげる咆哮である。

 

「scaoileadh!〈解放〉」

 

 

 騎士の声に、剣の戒める風は解き放たれた。荒れ狂う風は、彼の斬撃を絡め捕り、その威を削った。

 

「そんな事も出来るのか!?」

「乱世の剣を甘く見て貰っては困る! 忘れたか!」

 

 彼女は、ありったけの魔力を籠めた六時から十二時へ奔る拳を、そのまま打ち抜いた。メキリ。歪な音を立てた彼の身体は宙に、勝ち上げられた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ズドン。アスファルトの上に着地したものの、よろめいた彼は片膝を突いた。ヒュォォォォォと吹く風が、彼を嬲っていた。

 

「流石アーサー王。実戦経験がダンチだ……右腕は、逝ってるな」

 

 彼の右腕がだらりと垂れているのは、胴体へのダメージを避ける為に、とっさに身代りにしたからだ。ヒュォォォォ。荒ぶる風は、彼の流した血を吹き飛ばした。

 

(残ったのは、キャスターに傷を負わされた左腕のみ。分は悪い。だけど、退く訳にはいかないよな。そうだろ。ランサー)

 

 ゆらりと立ち上がった彼が見たモノは、橋の上で佇むセイバーだった。鎧は解かれ青い装束のみだった。誡めを解かれた聖剣は、剣身を露にしていた。彼には、なり振り構っていない様に見えた。風吹く中こう言った。

 

「士郎と俺は特別だ。でもセイバーはそうでないだろ」

「シロウのこの行動は、私にも理解できていない。ただ。シロウとシンヤの間に私が居ないのは酷く悔しい」

「まさか嫉妬だっていうのか」

「そうではない……嫉妬であればシンヤを排除するでしょうから」

「三人でって事か? 尚更分からない」

「シロウとシンヤが切っても切れない仲ならば、私もシンヤとそう在りたいと考えています」

 

 彼は違和感に気がついた。セイバーの気迫は凄まじい。だが堅さ詰めた差が無いのは何故だ。どうして纏う雰囲気が葵さんに似ている。

 

「一つ聞きたい。身籠もってるのか?」

「その問いは、無礼にも程がある。いや。確かに手間を掛けさせられている」

「セイバーが――なんてどんな冗談だ」

「やはりシンヤは、チトセにコンプレックスを持っているのか」

「戯言だから、忘れてくれ」

 

 彼は、セイバーの背後に続く橋の始まりを見た。誰も居なかったが彼にはその姿が見えた。

 

「士郎の気配が強いから、セイバーとはこの大橋で終わらせる」

「私もその積もりでここに立っている。それ故に、こう告げよう。避けろ」

 

 彼女は、両手に持った聖剣を天に突き立てる様に掲げていたのだった。

 

「エクスカリバーの宝具効果は聞いてる。威力は想像だにできないが、脚は無事だ。そんなモーションの大きな技は避けられ……成る程ね」

 

 真也が立っているのは、川を渡る橋の上だ。エクスカリバーが、橋げたに沿って撃ち出されるならば、彼の逃げ先は川のみである。セイバーは水の上を走れるが、真也にはできない。

 

「してやられた、か」

 

 聖剣の光は、橋を飲み込む程に大きく強かった。

 

 

「エクス!」

 

 

 

――約束された勝利の剣――

 

 

 

「カリバァァァァァァァァァッ!」

 

 

 

 光の嵐が吹き荒れた。大橋の鉄骨は、高い熱を放射していた。キンキンキン。それは、生じた熱の不均衡によって橋が歪む音だった。赤い塗装が蒸発してしまった鉄骨は、高熱の証である赤褐色の光を放っていた。道路でもある橋げた上のアスファルトは、印刷された道路標識が蒸発し波を打っていた。

 

 肩で息をする彼女は、射軸上に誰も居ないことを確認すると、慌てて下の川を覗いた。橋から見下ろす霧まみれの川面には誰も居なかった。

 

「まさか……見誤ったのか。私は、」

「大丈夫だからセイバーは安心して良い」

 

 振り返った彼女の見る士郎は、指を指していた。撓んだアスファルト道路の影に在ったのは多角形の穴だった。最初に出たのは左手の指だった。指の次は手の甲だった。そして霊刀を咥えた真也が現れた。セイバーのそれは安堵と感心である。

 

「そうか。魔眼で道に孔を開けて、下層に逃げたか。僅かな間に良くやるものです」

 

 士郎は、ふらりと立ち上がった真也にこう言った。

 

「またボロボロだな。真也」

「相変わらず狙った様なタイミングだ。士郎」

「大聖杯の洞窟でお前は俺に認められたいって言った。その意味が、今なら何となく分かる。だから、セイバーと二人で利かん坊は拳骨で躾けるぞ」

「もはや何も言わない。全力で行く」

 

 真也は、無用の長物となった右腕を斬り落とした。

 

「痛ぅぅぅうぅぅぅ!!」

 

 右腕の成れの果てがボトリと落ちた。再生はされなかったが出血だけは魔術特性で止めた。それは、彼の右腕が腕の形をなしていないからであり、彼のとっさの回避行動に追従できずエクスカリバーの余剰熱を浴びたからだった。士郎は言った。

 

「お前は。それが、本来できてはいけない事だと理解していない。でもお前は、それをせざるを得ない世界に足を踏み入れようとしている。だから俺は、現実ってモノをお前の体に刻み込む」

 

 エクスカリバーを両手に握るセイバーは、真也に向けて疾走した。左腕のみで霊刀を掲げる真也は、二人に向けて踏み込んだ。

 

「体は剣でできている」

 

 三人が立つのは、もう一人の士郎が持つ心象世界だった。紅の荒野に突き立てられた剣は、墓標だった。見上げる空は昼でも夜でも無い黄昏の刻だ。それが日没か日の入りかは誰にも分からない。

 

(固有結界?! 正気かお前!?)

 

 プチン。士郎の体の中で何かが切れた。

 

『血潮は鉄で心は硝子』

(もうお前は違うだろうが! この馬鹿!)

 

 彼の赤い毛が白く染まっていった。

 

『幾たびの戦場を越えて不敗』

「生憎だが、シンヤの相手はシロウだけではない」

 

 セイバーの斬撃は八時から二時の薙だった。左足に支えられたそれは、真也の霊刀を弾いた。

 

『ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし』

 

 続くセイバーの二撃目は、四時から十時への斬り返しだった。

 

『担い手はここに独り、剣の丘で鉄を鍛つ』

 

 それが届く前に彼女は、真也の当て身によって弾き飛ばされた。

 

『ならば我が生涯に意味は不要ず』

 

 真也が、追撃を掛けられなかったのは ――プシュと血を噴き出した―― セイバーによって左腿を斬られていたからだった。

 

『この体は、無限の剣で出来ていた』

 

 固有結界が大量の剣を撃ち出した。直視の魔眼が唸りを上げた。彼の左腕が奮う霊刀は、ミストルティンの点を突き、殺した。次にアスカロンの線を断ち、殺した。続くブリューナクを突いて殺した。グラムを断って殺した。ナーゲルリングを殺した。真也の唐竹はグングニルを殺した。

 先に膝を折ったのは士郎だった。聖剣を持つセイバーは、彼の懐に踏み込んでいた。

 

「この間合い! 頂くぞ!」

「まだまだっ!」

 

 真也の視線を捉えていたセイバーは、その魔眼が聖剣を見ていた事に気がついてしまった。

 

(っ!)

 

 ドクン。彼女の心臓が破裂しかねない程強く打ったのは、彼女の持つ剣が聖剣中の聖剣だったからだ。剣を囮にすれば、勝利と引き換えに聖剣が殺される。それは、騎士としての死に他ならない。だがその間合いで剣を手放せば敗北は確実だ。

 

「セイバー!!」

 

 彼女の背後から届いたのは最後の一振りである。真也の斬撃が打ち振るわれる直前に、彼女はエクスカリバーを手放した。真也の霊刀が空を切った。彼女は新たに手にした“絶世の名剣〈デュランダル〉”で真也の剣を弾いた。彼女は。無防備の顎に右拳を打ち込んだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「気づきましたか」

 

 うっすら目を開けた真也に、セイバーは微笑んだ。彼は大の字で仰向けだった。見下ろす士郎は、静かに言った。

 

「お前の負けだ。真也」

「そっか。負けたか」

 

 真也は、風に靡く士郎の赤毛が一房白くなっている事に気がついた。真也の疑問を察した士郎は言った。

 

「片方のみではなく二人を得るには、削るより他はない」

「その理由を聞いてる」

「実は俺もよく分かってない。ただ、こうしないといけないそう思った。これはきっと、お前がセイバーを斬らなかった理由と同じだ」

 

 彼女の膝の上に頭を乗せる彼は、見上げる様にセイバーを見た。微笑む彼女は、風に靡く金色の髪を手で押さえていた。

 

「答えは出たのか?」

「騎士として助けられたならば、その義には応えなくては成らない。聖剣は封じて、騎士としての私は短い夢を見よう」

 

 彼は、セイバーの左薬指に収まった指輪に気がついた。それは、彼が初めて聞く優しい声だった。

 

「シンヤは異議を唱えますか?」

「俺に聞く事では無いし、俺が許す許さないって話でもない。二人だけの問題だから二人だけで決めろ。けれど ――おめでと」

 

 大橋の車道を自動車が走っていった。三人は歩道だった。寝ころがる真也に落ちたのは人影だった。

 

「家に帰りますよ。真也さん」

 

 真也は、小さく動かした唇で同意を伝えると、そのまま意識を失った。彼らを見下ろす月は蒼かった。

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