亜人間恋愛物語   作:d1199

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延命施術

「今度は大丈夫なんでしょうね」

 

 意地が悪いとは思いつつ、凛は右隣を歩く彼に聞いた。彼は静かにこう言った。

 

「大丈夫だ」

 

 カツコツと夜の街を歩く二人が話しているのは、かねてよりの懸案だったイリヤの延命処置である。

 

「その根拠は?」

「儀式を行う蔵に構築した呪術的設備にダミーの形で行った模擬試行。施術者〈真也〉・被術者〈イリヤ〉・術支援者〈キャスター〉。星の位置・集中力や運などの体内律動まで、全てをやり尽くした」

「ふぅん。可能性の問題とか確率の言い方をしないんだ」

 

 それは、二人の背後を歩いていたキャスターの発言である。

 

「人形を使った物質界での模擬試行は二四回です」

「それだけ?」

「時間の流れが異なる精神世界での試行は三五八回です」

 

 真也が言った。

 

「確率も積み重ねれば確信になる」

「そんな長時間真也の精神に干渉したって事? 大丈夫なんでしょうね」

「今のマスターの人格は非常に安定しています。少なくとも呪術的な影響を受けません」

 

 白い土壁と瓦屋根が塀が続くその先に、古式の日本風建築物が建っていた。門の表札には衛宮と刻まれていた。

 

 

 凛は門柱に取りつけられた呼び鈴を押した。カランコロンと下駄が石畳を鳴らす音の後に、閉ざされた大門の脇にある小門が開いた。凛は舞弥だと思った。出迎えたのはセイバーだった。彼女は着物を着ていた。

 足元は、ぽっくり下駄だった。厚底だが中程からつま先に掛けて徐々に薄くなる傾斜が付いていた。着物は瑠璃色〈微かに紫がかった青〉だ。江戸小紋と言う遠目に見ると無地に見える細かい柄が入っていた。着物ではあったが日常衣だ。金色の髪は、毛先を丸め込む様に後頭部で丸まっていた。夜会巻きと言う髪型だった。

 セイバーは言った。

 

「お待ちしておりました」

 

 凛は面食らったが、真也は気にせず門を潜ったので、それに続いた。

 士郎が姿を現したのは、黒い石畳の玄関で真也が靴を脱いていた時の事である。経てきた年期の分だけ深みを帯びた廊下は、手入れが行き届き艶やかに光っていた。その廊下に士郎が立っていた。

 真也は、一瞥しただけだった。それ以上何かをしようとも思わなかった。士郎は、知った様にこう言った。

 

「桜はやっぱり来なかったのか」

「イリヤと相性が良くないから留守番だ」

「飯の用意がしてある。上がれ」

 

 居間に足を踏み入れた凛ははてなと首を傾げた。何かが違うが、何が違うのか分からない。不思議に思った彼女は、部屋をぐるっと見渡した。居間に置かれたちゃぶ台には、料理のつゆや薬味が載っていた。そのちゃぶ台に向うイリヤは、畳の上にペタリと座っていた。凛を見た彼女は、何かを言い掛けたが真也を見た途端表情を殺した。脇で控えるセラは、煮え繰り返る腸をすまし顔で隠していた。

 コトンと刺身の盛合せをちゃぶ台に置いたのは、リーゼリットだった。圧倒的なそれを圧倒的なまでに誇張する薄手の洋服姿に凛は憤りを覚えたが、「こんばんわ。リン」真っ直ぐな瞳だったので「今晩は宜しくね」少し的を外した返事をした。

 入れ違いで現われたのは、セイバーだった。

 緑の畳に白い砂壁。マス目の板天井に欄間。こう言った作りの和式リビングには、TVや先日まで使われていたであろう石油ファンヒーターがあった。

 袖をたすき掛で縛った彼女は、あげられたばかりのてんぷらをちゃぶ台に置いた。

 

 

 イリヤの正面に腰を降ろした凛は、士郎が調理した料理を配膳していくリーゼリットとセイバーをつぶさに見ていた。彼女は首を傾げた。はてな。やはり何かがおかしい。それは、彼女の左隣に腰を降ろした真也の発言である。

 

「セイバーの左薬指」

 

 身を乗り出す様に茶碗を置いたセイバーの指にそれが光っていた。丸くなったのは凛の目である。

 

(うっそー)

 

 気づかれた事を悟ったセイバーは、「という訳ですので宜しくお願いする」騎士らしい表情でコクリと頭を下げた。僅かに広げた両手を交互に振りながら足早に台所へ逃げた。

 

(ふぅん)

 

 すりガラスの引き戸の影に潜む凛が見るモノは、台所に並んで立つ二人であった。食器棚には、お揃いのマグカップがあった。

 

『シロウがそう言うならば私にも考えがあります』

『幾らセイバーでも、間違ってる時はちゃんと言うからな』

(上手く行っていると思えば、意外と喧嘩が多い)

 

 それは、彼女の脇で潜む真也の声だった。

 

「他人だから最初合わないの当たり前。ああやって日々築いていくモノらしい」

 

 彼が席に戻ったので、彼女もコソコソと席に戻った。彼女の声もコソコソとしていた。

 

「知ってたの?」

「士郎らとやり合った時に知った。これは予約の様なモノで、士郎は諸々を、卒業して収入を得てからを考えてる。ただセイバーはそれが少し不満らしい。待ち時間的な意味で」

 

 凛は、頬杖を突いた。隣の席で静かにしている彼にこう言った。

 

「随分と落ち着いてるけど。アンタは何か思う事無い訳?」

「実感はない。そうなのか、それだけ」

「こういう経緯があってその態度は、マナーって言うより良識の問題よ。いい加減仲良くしたら?」

「義理は果たす」

「そう言う事じゃなくて」

「今は考えない事にしてる」

「お父さんの事を思い出すと辛いとか?」

 

 真也が見たモノは、笑い合う二人の間に、何時か立つのであろう見知らぬ誰かの幻である。

 

「関係ない」

 

◆◆

 

 ギィと開いた扉は、士郎が集めたガラクタを収める土蔵である。そこには、キャスターの構築した魔法陣が淡い光を放っていた。キャスターが一礼をした場所は、一同の前であり魔法陣の脇である。

 

「イリヤスフィール様の寿命を逼迫しているのは、小聖杯としての機能です。それを除去する事により寿命を大幅に伸ばす事ができます。

 施術の概要ですが。私がマスターの魔眼に干渉し、除去する魔術回路の種類と順番を指示します。マスターがそれを除去していきます。

 この蔵に構築したのは、その補助を行う為の術式群です。

 ただし。その機能はイリヤスフィール様という存在に複雑に深く食い込んでいます。理論上。魔術師イリヤスフィールとしての力を維持したまま小聖杯としての機能を殺す事も可能ですが、それは危険と判断し魔術師としての能力も一部ですが除去します」

 

 凛は言った。

 

「魔術師としての能力が落ちるって事か。イリヤ。それは良いのね?」

「構わないわ」

 

 その声に抑揚は無く、顔に浮かぶ表情も無かった。キャスターが言う。

 

「予測ですが、それでも凛さまより上回ります」

「一言多いって言うのよ」

 

 硬い表情の姉を見る士郎が思い浮べるのは、施術者である真也との履歴である。それを憂慮した彼は、手をあげた。

 

「キャスター。立ち会いはできるのか?」

「静かにして頂けるならば、一人二人は構いません」

「だったら俺が立ち会う」

「士郎はダメだ。俺の気が散る」

 

 士郎の表情は、批難より呆れが支配的であった。

 

「お前な」

「逆の立場ならそうするだろ」

 

 継いだのはセイバーであった。

 

「ならば私が引き受けよう」

 

 キャスターは一同を見渡した。

 

「宜しいでしょうか。これより施術に入りますので、他の方は御退出お願いします」

 

 一歩踏み出したのは、セラだった。

 

「私も立ち会いを希望します」

「マスター」

「構わない。逆の立場なら、俺でもそうする」

「アオツキシンヤ。貴方の言動が信用に足るものか、見定めさせて頂きます」

 

 イリヤの表情を見た真也はキャスターにこう言った。

 

「俺は外で待ってるから、準備が出来たら言ってくれ」

「かしこまりました」

 

 土蔵内から見る扉の影には、外に立つ彼の体の一部がはみ出ていた。セラ・セイバー・キャスターの前でイリヤが手を掛けたのは、首元を彩る紫のリボンである。しゅるりと音を立てたそれは、白い毛布の上に落ちた。

 

 

 蔵の中に戻った真也が見たモノは、魔法陣の上で横たわり、シーツで肌を隠すイリヤだった。彼は小型のナイフを取り出した。

 ちびっ子だろうと気位が高い。自分が我慢すれば済むという問題で済まない。いざこざが最も深刻なアインツベルン家の人間だ。接し方には細心の注意を払わねばならない。事務的だ。医師の様に振る舞うのだ。

 彼は、強めに息を吸って吐いた。

 

「それでは始めよう」

 

 セラが「何か問題でも?」と言ったのは、真也が深呼吸をしたからである。

 

「何も問題はない。じっとしてくれればそれで済む」

 

 彼はイリヤの脇に跪いた。膝立ちの彼の背後に立つキャスターは、左と右にある五本ずつの指を彼の側頭部に添えた。セラは言った。

 

「先日。騒ぎを起こしたとか」

 

 その発言は二人の行動を完全に止めた。魔法陣の稼働音が蔵に低く響いた。セイバーが言う。

 

「セラ。その件は確認した筈だ。いま蒸し返すな」

 

 真也はナイフを鞘に収めた。キャスターを下がらせ魔法陣の外に立つセラを見上げた。

 

「施術に不満あるのか?」

「お嬢様を延命するという目的に異存はありません。ですがアオツキシンヤ。貴方がお嬢様の身を預けるのに適切な相手なのか、私は判断し切れておりません」

 

 彼はゆっくりと立ち上がった。

 

「信頼できないから担保が欲しいと言う事か」

「当然でしょう。シロウ様に負担まで掛け右腕を失った。その様な無頼者が、お嬢様の肌を見たと吹聴しないとどの様に言いきれます。加えて私どもは、二度貴方に苦汁をなめさせられています」

「具体的に言ってくれ」

「自己強制証明〈セルフギアス スクロール〉を用いた契約の締結を希望します」

「セラ!」

 

 彼は手を掲げてセイバーを静止した。

 

「内容は?」

「儀式中のみの絶対服従。術後は、貴方の有する全ての力の放棄または封印」

「その見返りは?」

「今まで貴方の行為を信頼し、これからの貴方を信用する。これは貴方にとっても悪くない取り引きです」

 

 控えていたキャスターの声は蔵の中に響いた。

 

「拒絶するべきです。この術式は、このタイミング・この条件に最適化しています。容量に余分はありません。無理に組込めば不安要素になります。なにより。受け入れる理由がありません」

 

 腕を組んだ彼は、困ったと顔をしかめた。

 

「拒絶するのは簡単なんだけど。イリヤの延命ができないと片手落ちになるし心残りになる。かと言って封印も困る。予定している旅に必須なんだ」

「答を聞きましょうか」

「キャスター。あれをまだ持ってるな?」

「なりません」

「出せ。これは命令だ」

 

 ローブの影から彼女が渋々取り出したのは、真紅の魔槍だった。セラの顔に浮かんだのは嘲笑である。

 

「その槍で私を黙らせようと?」

「慌てない」

 

 槍を持った彼はこう言った。

 

「あなた方の不安ももっともだ。ただ俺としても賭けてる旅を断念するぐらいなら死んだ方がマシだ。これからの俺を信頼できないというなら」

 

 彼は、穂先を自分の心臓に突き付けた。柄はイリヤに向けていた。

 

「この槍を押してくれ。イリヤ。それで片が付く」

 

 むくりと身を起こした彼女が見せる表情は、困惑と不満である。その白い頬は僅かに膨れていた。イリヤの意図を察した彼は、たっぷりためらった後にシーツで胸元を隠すイリヤに跪いた。

 

「聖杯戦争のいざこざをチャラだとそれに甘えて貴女の気持ちを踏み躙ったのは、俺の誤りだ。本当に済まなかった。イリヤスフィール=フォン=アインツベルン。これから。貴女を助ける事を許してくれないだろうか」

 

 セラとイリヤに向けたセイバーの言葉は重かった。

 

「ここまでだ。これ以上は見咎める」

 

 

 彼に向けられたその言葉は、幼いながらも当主に相応しい物言いだった。

 

「バーサーカーを殺した槍なんて見たくも無いわ。はやく仕舞いなさい」

「良いのか」

「そこまでお願いするなら、受けてあげる」

 

 彼女は一瞬だけ笑った。セラは小さく身を下げた。

 

「アオツキシンヤ様。ご無礼のほど、平にご容赦を」

「別に良い。立場が逆なら俺でもそうする」

「私は居間で待ちます。セイバー殿。お嬢様をお願いします」

 

 キャスターの声が彼の頭に響いたのは、セラの背中を見送ってからの事だった。

 

『念の為ご確認させてください。気づいておられたのですね?』

『もちろん。信用とは実積などの過去を指す言葉だ。逆に信頼は精神的な未来を指す。契約によって過去を信頼しこれから信用しましょうとは言わない。士郎を様付けした事もそうだろう。セラの試験って事だ。《今まで貴方の行為を信頼しこれからの貴方を信用する》こんなくどい言い方すれば、馬鹿でも気づく』

『私としては、不愉快極まります』

『癇癪を受け止める度量を持てだろ?』

『真摯的でもマスターは本当に従者泣かせですわ』

 

 

 土蔵の扉が開いた。セイバーからイリヤを受け取った士郎は家の奥へ消えていった。凛は、出てきたセイバーにこう聞いた。

 

「終わった?」

「ええ無事に」

 

 縁側に二人は並んで腰かけた。セイバーが言った。

 

「シンヤの変り様に驚きました」

「いま思うと陽気なのも惜しかったって思っちゃうわ」

「どちらが良いのかは判断しかねます」

 

 二人の視線の先には、ちゃぶ台に向かって茶を啜る彼が居た。

 

「マスター。私は先に戻ります」

「ご苦労様」

「アオツキシンヤ」

「何か御用?」

「コーヒーをどうぞ」

「それはありがと……うぇ。しょっぱい」

「おほほほ」

 

 見返る凛が付いたのはため息だった。

 

「前なら。少なくともあそこで疑ったわね」

 

 セイバーは言う。

 

「シンヤはまだ諦めていないようです」

「そうみたいね。困ったものだわ」

「少なくとも今の状態での旅は止めるべきでしょう」

「状態関係なしに駄目よ」

 

 凛を見るセイバーの視線には、疑問と僅かな咎めがあった。凛は言った。

 

「今はもう時代が違うんだから。流行らないわよ。そんなの。馬鹿らしい」

「ですが、旅は得るものが多い。無謀なら止めるべきですが、そうでないならば薦めたい」

「繰り返しの練習で乗り越えたんだけどさ。ダミーの人形にナイフを突き立てる事すら、躊躇いがあったのよ。できる訳無いわ。セイバーは反対しない訳?」

「身を案じるのは結構ですが、何事も過ぎれば毒にしかならない。過保護は禁物だ」

 

 セイバーが見るのは、台所で食器を洗う士郎である。

 

「まぁ私も勝手なものですが」

「意識の確変に類するものがあったのね。それの影響?」

 

 凛が見るのはセイバーの左薬指に光る指輪だった。凛の囃し立てには、戸惑いが混じっていた。

 

「早すぎじゃない?」

「私は、これでもリンよりは年上ですから」

「そうじゃなくて。衛宮君の事よ」

「男子は放っておくと子供のままです。外堀から囲っていくのは定石だ。リンも他人事ではないでしょう」

「昔は、寿命も短いしする事出来る事がずっと少ないだろうから、仕方がないかもしれないけれど。今は違うのよ。私はしばらく考えてないわ」

「時計塔に留学を?」

「キャスターの業を盗む予定だから、行かない予定でいる。連中の権力をないがしろにしたから、行ったら行ったで、嫌味まみれと言うのも、パッとしないし」

「後継者の育成も、重要な使命の一つだ。するしないはともかく、考えてはおくべき事でしょう」

 

 きょとんと、凛は面食らっていた。

 

「後継者?」

「魔道の家をリンの代で終わらせるのですか?」

 

 彼女の視線の先には、ちゃぶ台に向かう二人が居た。二人は、最も遠い対面に座っていた。茶を啜った士郎は、御茶請けの芋饅頭を掴んだ真也にこう言った。

 

「真也。千歳を許してやれ」

「ちとせ? あ、あのな。仮にも他所様の母親を呼び捨てとか」

「千歳にいいって言われてる」

「……同い年の父親なんて絶対阻止するからな」

「……同い年の息子なんて俺だってイヤだ」

「なんだその間は」

 

 

 静まり返った住宅街を歩くのは二人である。彼女は赤いハーフコートを、彼は黒いロングコートを靡かせていた。彼女の声は、住宅街の暗がりに消えていった。

 

「このままゴールインかしらね」

「誰かの人生を背負う。簡単に決められないし、決めたくはない。あの二人は良くやると思う」

「前の真也なら協力し合ってとか、リスクとメリットのバランスがとか、言ったわね。多分」

「親と同じ轍は踏みたくはない」

「アンタがそうなったって、予想したたと思う?」

「二人に当てられたのか。人がするから自分も、なんて話でも無いだろ」

「そう言う訳じゃ無いんだけどさ」

 

 彼女が見上げる夜空には、ヘカテーの象徴である月が浮かんでいた。

 

 

 

(母さんが父さんと結婚したのは二〇歳だったから……あと三年か)

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