亜人間恋愛物語 作:d1199
穂群原の制服を着る彼女は赤のコートを羽織っていた。黒いリボンでツーサイドアップの髪型にしていた。両手と両脚を大きく振って歩いたので、髪とリボンが揺れていた。街灯の下を通り過ぎた時に、アスファルトの道路に落ちる影がクルリと回った。釣り上った目尻には涙を浮かべていた。
「(考えなさい私。真也はアーチャー達を駒と言った。だったら親玉が居るはず。黒幕は何所の誰よ。疑わしい大聖杯に行きたいけれどアサシンが居る。もっとも崩落したままだからそれもままならない、か。考えろ。生と死が対になるモノ。まだ決まっていない死者……)一人居たわね」
彼女が歩く方向を変えたのは、目的地を決めたからだった。十字路から頭を出した凛が見る夜の道は、静まり返っていた。
(死から生に転換した後はその地に縛られる。新都の裏路地でギルガメッシュが死んだ。バーサーカーが墓地だったのは、最初に死んだ場所だからか。ならアサシンが柳洞寺。アーチャーが臨海公園というのは納得がいくわ。臓硯は自宅だったからあそこに居た。
葛木先生があやふやなのは、死んだアーチャーに殺されたからか。アーチャーが急いでいたのは、マスターを失ったサーヴァントの様に転換するまでの猶予が短いと考えて良い……なら、あのセイバー似の男の子は、葛木先生と同じようにあやふやな存在ってこと?)
そこは、集団失踪事件が起きた地域だった。
「こんな夜更けに何処へ行く。雑種」
立ち並ぶ様に聳える民家の間に、夜の道路が走っていた。そこに立ち塞がるのは、黒のライダージャケットを着るギルガメッシュだった。素直に姿を見せた凛が浮べたのは、見下ろすような笑顔である。
「その雑種を追って夜中まで働くなんて。かの英雄王がこんなせせこましい王様だったなんてがっかりよ」
「命乞いでもするかと思えば……よかろう。些か興が湧いた。その減らず口がどれ程のものか我〈オレ〉に見せてみよ」
ギルガメッシュの背後の空間から顕れたのは大量の宝具だった。ギルガメッシュは数秒後に降ろす腕を上げたが、凛は傾げた腰に手を添えるだけだった。
「でも、貴方のお金持ちなところは結構好きよ? 顔も悪くないし」
「今更命乞いか。僅かとは言え我の時間を無駄にした罪は軽くないぞ?」
「でも旦那サマはもう決まっちゃってるのよね……あらやだ。結婚前なのに未亡人になってるわ」
「せめて見事に散ってみせよ!」
凛が宝石剣を抜いたのは、ギルガメッシュより僅かに早かった。一〇〇〇相当の魔力に匹敵する光の斬撃は、多数の宝具を撃墜した。膨大な力の反発が生み出した熱と光は、超新星爆発の様だった。その場所は火の海となっていた。凛の姿は消えていた。
「我に相応しい場所ではない」
不愉快さを隠さないギルガメッシュは、そのまま消えた。
◆
凛にとってその人物は聖堂教・師・仇など幾つかの意味を持つが、彼女が感じていたのは故人だった。全身を煤すだらけにした凛が開けた扉は教会である。祭壇の前で振り向いたその人物の声は礼拝堂に良く響いたので、凛の記憶を鮮やかに甦らせた。
「これはどういう風の吹き回しだ。お前が来るとはな」
「しばらくぶりね。綺礼」
厳かな場所に立つ彼は、かつてのように彼女を見下ろしていた。
「綺礼が死んだのは崩壊している大聖杯の洞窟だったから、それは私の台詞よ」
「話もままならないあそこに居ては礼拝も叶わないからだが、生者への妬みはある。私が仇なすモノだと思わなかったのか」
「死者の復活は神の御業。葛木先生って前例があればそんなにリスキーじゃないわ」
「顔なじみというのも面倒なモノだ」
「綺礼がサーヴァントではないってってのも根拠なんだけど、今の私ならどうにかなるって言う根拠もあるのよ」
「最後に会ったのは、泰山だったな」
「ええ。あの時は、衛宮君共々こてんぱんにしていただき、お礼申し上げますわ」
「あの時から一週間少々。今の私と自信を持つ理由は何だ」
「私は三年後の未来からやってきたストレンジャー。これでどう?」
「三年の間に戯言を覚えた様だな」
「アンタの後任をカレン=オルテンシアっていうんだけど。知ってる?」
軍人の様だった綺礼の雰囲気がピクリと揺らいだ。
「……迷える仔羊を信じないのも聖職者として問題か」
「信じて頂き恐縮ですわ。早速で悪いんだけど、黒幕の事について知っている事があったら全て話してくれる?」
「私は制限されている。知っている事はあるが話す事は出来ない。が、可能な限り伝えよう。この地において、お前には一人味方が居る。それは、お前の関係者だ」
「それが綺礼って事はないか」
「これが最後だろうから言っておこう。これは私にとってロザリオだがお前にとっては何だ?」
「なによそれ。とんち?」
「さてな。精々気をつける事だ」
「それじゃ失礼するわね。一応礼を言っておく」
凛が振り返らなかったのは、消えている事を確信していたからだった。
◆
教会の庭をカツカツと歩く凛が「一人の味方、か」呟いたのは、待ち受けていた人物と遭遇したからだ。そこに立っていたのはランサーだった。槍を担ぐ彼は、油断の無い笑みを浮かべていた。
「よう。また会ったな嬢ちゃん。一人でいるのも退屈なんで、こうして出張ってきたって訳だが……真也はどうした」
「死んだわ」
「小手調べでもって思ったんだが、ままならないもんだ」
「ランサー。アンタが味方って事は無いわよね」
「生者への妬みは、俺らの令呪システムに食い込んでる。どうにも何ねぇんだ。恨んで良いぜ?」
凛が抜いておいた宝石剣は、真紅の魔槍で砕かれていた。右手から血を流しつつも、凛は睨みを止めなかった。
「そうよね。サーヴァントって本来こうよね(ないか。何かないか)」
「嬢ちゃんは良い表情をする様になったな。最後に会ったのは一昨日だってのに驚いたぜ」
「そう? あまり変わってないと思ってるんだけど」
「いや。表現はし難いんだが手を出しちゃならないって雰囲気がある。正直な所ここで死なせたくないが ――その心臓貰い受ける。ゲイ、」
しゃらん。真紅を払い退けたのは、剣を持つ澄んだ白銀だった。凛を槍から守る様に背を向けるそれは、肩に掛かる程度に長い金色の髪を青いゴム紐で簡単に結っていた。それは白銀の鎧を身につけていたが、その下にある青い装束は男仕立てだった。ランサーは「遅いぜ」ニタリと笑った。凛は(似てると思ってたけれど、その姿なら瓜二つだわ)面食らっていた。凛の目の前にフードの少年が立っていた。
「凜さん。下がってください」
「どうしてよ」
「親しいヒトにここの場所を聞きました。ごめんなさい。動揺してしまって貴方の下を離れてしまいました」
ランサーはヒュンと槍を回した。
「お喋りはそこまでにしてさっさと始めようや」
少年は、バッティングフォームに似た八相の構えだった。
「貴方は聞いていた通りのヒトだ」
「俺の事を聞いた? それは何所の誰だ」
「貴方のよく知っている人です」
◆
少年が打ち込んだ一撃は、ランサーのバックステップで空を斬った。ランサーが打ち込んだ一撃は、少年の剣で絡め捕られた。詰めては退いた。打ち込んでは捌いた。少年の数度目の一撃は、魔槍に阻まれた。ランサーの薙は、少年の脇を捉えた。弾き飛ばされた少年は、大きく踏鞴を踏んだ。
筋力と耐久は少年が上だが、敏捷はランサーが上だった。凛はやり方次第で少年が勝てると見立てたが、少年の剣が砕けて消えた。それは、時間切れだった。ランサーは少しつまらない顔をした。
「素質はピカイチだな。基礎もできてる。だがサーヴァントに挑むには場数が足りてねぇ。お前を喰っても意味がねぇから……退けや坊主」
「それだけはできない。凜さんを見捨てれば、もう僕はあの人の名前を呼ぶ事すら出来なくなる」
「何を言っているか分からねぇが、その気迫は悪くねぇから相手になってやる」
真紅の魔槍に赤い魔力が迸った。少年の手にプラズマが迸った。凛が目を剥いたのは、そのプラズマに見覚えがあったからだ。
「突き穿つ死翔の槍〈ゲイボルク〉!」
「投影開始〈トレースオン〉! 熾天覆う七つの円環〈ローアイアス〉!」
破壊的な宝具の鬩ぎ合いは、光の突風を生み出した。煽られる凛が、自分の腕の影から見るモノは花弁のような七枚の盾だった。
(そうか。そう言う事だったのね)
立ち籠めた魔力の奔流が晴れた。地面に這っていたのは騎士の少年だった。脇を引き裂かれた少年は、コンクリートの地面に血だまりを作っていた。一瞥したランサーは、「流石に驚いたぜ。が、詰めが甘かったな」凛に向かって歩き出した。
ランサーが足を止めたのは、うずくまる少年に足首を掴まれていたからだった。
「り、凜さんに、手を出すな」
ランサーは穂先を少年の首に添えた。彼女が取り出したのは、最後の三つだった。
「八番! 九番! 一〇番! 斉――」
彼女が止めたのは、ランサーが槍を担いでいたからだった。
「ち。坊主の狙い通り時間切れになったか。これじゃ嬢ちゃんを狙うのは無理だな」
「ランサー。貴方、」
「辛い思いをさせて悪かったな。嬢ちゃん。アヤコに手は出してねぇから安心してくれや」
「ランサーが死んだのは洞窟だったから、してないかもって思ってたけれど……もう少しまともな言い方をしなさいよ」
「俺の槍で突くってか♪」
「最ッ低」
品無く笑ったランサーは消えた。凛が駆け寄った少年も消えかけていた。その体に重さは無く、そして透けていた。彼が弱々しくも笑ったのは、凛に気付かれたからだった。
「イチローも、私と同じように迷い込んだって訳?」
「違います。僕は、あれが凜さんに送った嫌がらせ〈取り上げるつもりで贈った小猫〉なんです。半分人間ですから騙し騙しやってきたんですが、あれにバレてしまいました。本当の事を言えなくてゴメンなさい」
その身体の手足は既に消えていた。
「あれの場所をお伝えしたいのですが、制限されています。ハート形のペンダント……」
◆
冬木教会を後にした凛が向かったのは、あの場所だった。虫すら声を潜める住宅街の途中で舞ったのは、一片の雪である。
「髪はぼさぼさ。みだれたメイクはほかりっぱなし。同じレディとして恥ずかしいわ。二〇歳って聞いたけれど、品性が欠けるなら歳は取りたくないものね」
「バーサーカーが死んだから復活したんだろうけど。喧嘩を売りに来たの? イリヤ」
「リンの手伝いに決まってるわ。しょげていたあの子を廃墟の衛宮邸からリンのところへ送ったのは わたしなんだから感謝しなさい」
「喧嘩になる前に聞いておきたいのだけど。ここはどういう所よ」
「ここは作り物のせかいよ」
「作り物? 並行世界じゃないんだ」
「そう。わたしたちの事を知った何処かの誰かが作り上げた仮初めの世界。ゾウケンが聖杯戦争って言っていたのは、他に説明のしようが無かったからそういっただけ」
「その根拠は?」
「バーサーカーからの引き継ぎがあったから、だいたいの事を知ってる。まだ聞きたい事はある?」
「黒幕をぶっとばしてしまえば良いって事でしょ?」
イリヤは、凛がぶら下げているハート形のペンダントを見た。
「リンは、くろまくに察しを付けたのね。少しつまらないわ」
「真也の心臓を蘇生して空っぽになったこれに、桜の孔から取り出した魔力を籠めたのは三月末。でも。三月二日である今日の時点でこのペンダントには魔力が籠もっている。それは、作り物でも作り物だからこそ空っぽが困る奴が居るって事。あった筈の妙な印も消えてるなら、心当りは一つだけ」
二人の前に、あの公園があった。
「わたしがつきあえるのはここまでよ。ここから先はリン一人だから。覚悟はいい?」
「ええ。きっちり、とっちめてやるわ」
「そうだわ。リン。大した物じゃない。相打ちとは言えバーサーカーを殺しきるなんて。報復できないのが残念だけれど」
「一応、礼は言っておくわね」
◆◆◆◆
公園の入口にあるコンクリートの壁には冬木第三公園と刻まれていた。敷地の外から見る公園は無人だったが、滑り台などが視覚的に揺らいでいた。彼女は一歩足を踏み入れた。凛が驚いたのは、三〇歳前後の女が待ち構えていたからだった。
傾げた腰に手を添えるその女が浮かべる笑みは、不遜である。凛は、感じた猛烈な嫌悪をどうにか押し込んだ。その女は言った。
「ここまで来るなんて褒めてあげる。驚いた顔をしてるのは……黒幕が予想と違ったって事か」
「アンタ、誰よ」
「ひさしぶりね、私。私は、ルヴィアとエルメロイ二世と真也と一緒に、順調に魔神を倒して帰国した私」
「並行世界の私って事?」
「正解」
凛のすまし顔には、冷え冷えとしたものが混じっていた。
「手段も気になるんだけどさ。並行世界の私が、どうしてこんな事をするのよ」
「調伏した姑獲鳥の事を覚えてる? あれが吐いた呪いは種だった。一〇年の歳月を掛けて蝕まれた私は子宮を失った。キャスターは居なかったから、気付いた時にはどうにもならなかった」
「キャスターが居ないって、とうとう追い出したんだ」
「馬鹿ね。真也は、きょうだいに成った夜の約束を守って綾子も桜も私も誰も選ばなかった。私たちを見届けた後に、冬木市を去った。キャスターは真也に付いていった」
「成る程ね。次の回答は?」
「後継者が作れなくなったから私のを取りに来ただけよ。ただ自分のルート上のモノに意味が無いから、他の世界の私のをってこと。疑問に答えておくわね。私の属性で並行世界を、桜の虚数架空元素属性で時間と距離を超えた。穴が小さくて肉体の移動が出来なかったから昔の私の精神に干渉した」
「ここは私の精神の中って事か」
「理解できた?」
◆
「なるほど。動機は納得いくわ。でも私がはいそうですかーって渡すと思う?」
「真也が死ぬとしても?」
「なに、それ」
「真也は若くして死ぬのよ。そしてそれは、凛と結ばれた真也にのみ繋がっている。でも桜と綾子とよりを戻すのはもう無理だから、凛、貴女が消えるしか無いじゃない?」
「なるほど。どうせ死ぬなら寄越せって事」
「ご理解頂けて感謝するわ」
「い、や」