亜人間恋愛物語   作:d1199

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猫の箱を開ける魔眼4

 すまし顔だった女が不愉快さを浮べたのは、腕を組んだ凛が呆れる様にため息をついたからだった。女が言った。

 

「浅ましいのね。彼を愛してないの?」

「私って注意不足だわ。死んだ葛木先生がキャスターが顕現し続けている事を知っていた事、十年前に死んだ臓硯が桜の孔について知っていた事、アーチャーの《なり損ないのサーヴァント》ってヒントもあったのに」

「何が言いたいのか、明瞭に言って貰える?」

「アンタの言う事が信用できないって言ってるのよ。魔神が降りた洞窟で真也が出生の告白をしたのは、私が応え求めたから起こった。順調に倒した私なら真也の出生を知ってる筈がない。片手落ちというか、語るに落ちたと思わない?」

 

 髪をかき上げた女の表情は、静かだったがその眼が鋭く光っていた。なので凛は左腕を構えた。女は言った。

 

「そう。なら仕方ない子宮ごと取る事にするわ」

「自分の事を一番知らないのは自分か……簡単に倒せると思っているなら大きな勘違いよ」

「あら。気づいてなかったんだ。妊娠してるのよ。貴女」

「に、ん、?」

「だからこそ、あの時の怨みも晴らせて一石三鳥」

 

 凛の左腕が火を噴いた。先手を取ったとにもかかわらず、女に組み拉がれたのは、セイバー似の少年に全てのガンドを阻まれたからだった。仰向けの凛が女を睨み付けたのは、剣を突きつける少年の姿が『凜さん。僕の事は構いません。真也さんを助けてください』人形の様だったからである。

 

「アンタ、この子に何をしたのよ」

「したも何も、此奴は初めから妾の人形よ。お前に悟られぬ様に心を持たせていたのみ」

「拗らせると本当に手に負えないわ。毒婦ってアンタの様な奴を言うのよね」

「かつてランサーが真也を守ったように真也は一郎を守って死ぬ、それを知ってもそう言うかえ?」

「真也が、イチローを守って死ぬ?」

「此奴が持っているお主への償いきれない過ちとはこの事よ。哀れよのう。お主が居たばかりに前途ある男が死に、若者は約束された未来を失ってしまう」

 

 凛の体から力が抜けた。女の手からは、鳥類の様な爪が生えていた。唇はクチバシだった。全身から赤い羽根が生えていた。

 

「もう良かろう? 温和しくその子を渡せ」

 

 女が笑ったのは、凛が暴れ始めたからだった。

 

「ソテーにしてあげるから羽を自分で毟れ! この妖怪ババア!」

「これはいい。人間は追い詰められると本性を出すというが、これ程までとはおもわなんだ」

「うっさい! 黒髪おかっぱなんて、こびこび勘違いバーさんなんて、ダシがらが相応よ!」

「汚らしいまでの意地汚さに免じて素直に子を差出せば、お主の命は助けてやってもよいぞ?」

「ふざっけんな! この子を見捨てるぐらいなら死んだ方がマシだーって! と言うよりアンタをけっちょんけっちょんにしてやるんだから!」

「なぜその様に思う? お主はをそれを笑ったのだぞ?」

 

 凛は、睨みを止めなかったが足掻きは止めた。

 

「それは死よりも辛い喪失感だからであろう? そうなってしまった妾の悲しみを想像できるか。それをお主にあざ笑われた時の屈辱を想像できるか」

「悪かったわよ。でも仕方がないでしょ。想像だにできなかったんだから。けどね。母の私がこの子諦めるなんてあの馬鹿の経緯を知ってたらできる訳ないじゃない!」

 

 凛はまた暴れ始めた。

 

「その愚かさを地獄で悔いるがいい」

「だから地獄に落ちろってのよ!」

「了解だ」

「「え。」」

 

 仰向けで馬乗りにされる凛が見るのは、女の胸から飛び出るブロードソードだった。半ばヒトガタに戻っていたそれは血を吐いた。その剣を持っていたのはセイバー似の少年だった。

 

「な、なぜ。お前は、抜け殻の筈……」

 

 女の姿は砕けて散った。公園も鍍金が剥がれるように消えていった。

 

◆◆

 

 金色の髪も碧の瞳も華奢な体付きも予想よりは低い声も、その少年は何一つ変わっていなかったが、致命的な何かが変わっていた。真っ暗になってしまった世界で尻餅をつく凛は、フードの少年を見上げていた。

 

「イチロー?」

「そうです。凜さん。出口までご案内しますので、どうぞこちらへ」

「(唇を強くつぐむ、ほんの少し唇を舐める、右肩を僅かに上げる、首を右に少し傾げる)……アンタ、真也でしょ」

 

 彼はポリと頬を掻いた。

 

「当りだ。ここから出よう。歩けるか?」

 

 彼が肩をすくめたのは、差し出した手を無視されたからだった。少年の姿を借りた彼がため息をついたのは、左隣を歩く凛が不機嫌そうに睨んでいたからだ。

 

「危険な目に遭わせて済まなかった。御詫びに、君の“何故もっと早く助けに来ないのか”という疑問に答えよう。ここは君の精神世界だから人形であるこのアバターを使うより他はなかった。アバターって言って分かるか?」

「ペルソナみたいな物?」

「そんな様な物だ。姑獲鳥は用心深かったから、一郎の拘束が揺らぐ一瞬、全ての注意が君に向くあの瞬間を狙っていた。本来居ないあの時代にイチローを持って来たのは、凛を揺さ振るのにうってつけだったからだ。その目的は、君を精神的に殺す為だった」

「姑獲鳥〈こかくちょう〉は、聖杯戦争直後に生じた魔力の淀みで力を得た訳なんだけど私に倒された。そこでペンダントに潜り込み復讐の機会を待った。ペンダントの魔力を使った。どう?」

「そう言うことだ。それで君の子供を狙った。聖杯とは胎盤を意味する説もあるから、ある意味聖杯戦争と言えるな」

「君の子供って、なんでそんな他人事の様に言う訳?」

 

「そんな怖い顔をするな。俺は真也だが君の知っている真也ではない。ただそれだけだ」

「未来の真也ってこと?」

「一緒に見た映画を覚えてるか?」

「ちょっと。あの映画のように量子何とかって言う機械を作ったとか言わないでよ」

「もちろん俺は科学者ではないからそんな事はできない」

「ならどうやってよ」

「何故って。忘れたのか。俺と君はパスが繋がってるだろ? 君の特性はほんの僅か俺に、俺の特性はほんの僅か君に流れてる。それは桜も同じだ。桜の架空虚数特性で距離と時間を越えた。君の第二魔法特性で並行世界を渡った。俺に付いてきたキャスターが宝石剣を持っていたから可能となった訳だが、危ない所だった。あと数年遅ければ手遅れになっていた」

「色々突っ込みたいんだけど、まず手後れってところを聞くわ」

「俺の世界の凛と桜はもうおばあちゃんだからだ。こちらの二人が死んでは、ここに干渉できなくなってしまう」

 

 凛は足を止めたが、真也は止めなかったので、直ぐ歩き出した。

 

「ちょっと待ちなさい。こっちのおばあちゃんって、」

「あの映画で言う所の俺らに関わるマイルストーンはあの聖杯戦争直後に三回あった。一つは士郎がおさん狐と闘った空間、二つ目は人格がバラバラだった時の俺、そしてオルレアンでの魔神の降臨。その余波で空間が歪み、俺は、凛を助けるという認識と凛も“彼”も助けるという認識を、同時にした。その結果世界は複写された。俺は、君のみを選んだ真也ではなく“彼”をも助ける事ができた俺だ。あの映画は、偶然にも核心に迫っていたという事だ。認識が世界を複写するとは俺自身考え付きもしなかった」

「答えなさい。そちらの世界でおばあちゃんの私と同い年のアンタが若々しく感じるのは何故よ。彼を助けた後に帰国したのよね?」

「秘密だ」

 

 カツンコツン。二人の歩く先に、ぽっと白い灯りが灯った。

 

「そう。彼を助け出し自信を持った真也は、誰をも選ばない事を対価にランサーへの道を再び目指したのね。世界との契約内容は?」

「俺が俺としてあのランサーと闘えるなら、死後を捧げる。ランサーを越える手段はそれのみだ」

「英霊の座にいるランサーを呼び出してもそれは別人で、かつて英雄として名を馳せ英霊に昇華し、私たちの経た冬木市の聖杯戦争に呼び出されたランサーでないと意味がない。仮にアンタが昔の真也に憑依した所であのランサーにはならない……永遠に追い求める気?」

「世界が無限ならば、賭ける価値はある」

「ロマンチストね。一途に何かを求める生き方は綺麗だけど、私の真也が馬鹿で良かった」

 

「酷い事を言う。俺がここに居るのは、君の行動の結果だぞ」

「ふんだ。ルヴィアとイチャ付いてるアンタが悪いのよ」

「六〇年経って言われるとは思わなかったな」

「それになによ。私と別れて早々にキャスターとくっ付いちゃってさ」

「くっ付いてはいない。ルヴィアとの様に付かず離れずを繰り返した。そのメディアとも、世界と契約するに当りそれきりだ」

「どうしてよ。あれだけ有能で綺麗で献身的なのに。アンタの好みの年上なのに」

「君との一件で女の子は懲りた」

「……」

 

 沈痛な面持ちの凛を見た彼は、僅かに慌てた。

 

「そうだな。凛以上の子を見つけられなかったから、とも言い換えられるな。少し仕返ししたくなっただけだ。真に受けるない」

 

 真っ暗な世界を歩く二人が足を止めたのは、白く光る穴が目の前にあったからだ。

 

「ここが出口だ。この先に君を選んだ真也が待ってる」

「あのさ。私と一緒になった真也は本当に死ぬ? 今のアンタを生み出したのが私なら、私のした事は間違ってた?」

「綺礼が言っていた事を思い出せ。認識して確定される、言い換えれば認識するまで確定されない。君の姿を借りた姑獲鳥は、君と共にある真也が誰から一郎を守るのかを言ってないだろ? それを教えてしまうと認識され未来が変わってしまうからだ。君が宿している子供を狙う為の方便に過ぎない。君の真也がどうなるかは君ら次第だ……と言うも意地が悪いか。今の君が思っている事をすればいい」

「今のアンタが居るのは、あの時のオルレアンで私が《どうしたいのか》って求めた結果なのよね? そもそも魔術師である事を求めさえしなければ、ランサーに会いに行こうって思わなかった」

「聖杯戦争を経た俺が誰かを選ぶ結末は、そのルートのみが繋がっている。君は俺を助けたとみるべきだろ。それとも何か? 俺が背負ってきた事を、誤りの結果だと言うのか」

「でも、寂しくないの?」

「確かに殺伐とした生き方だが、皆や君と共に過ごした事実は消えない。なにより。初恋の子に再会し、あまつさえ助ける事ができるこの出来事は、君を選んだ俺には想像も出来ない幸福だ」

「意地っ張りね」

「意地を張るのも男の甲斐性だ。さ、もう行け。これ以上の悩みは君の俺に言うと良い」

 

 トンとは、彼が彼女の背中を押した音だった。凛が最後に見たのは、白い世界の中にぽつんと落ちた暗がりの中で笑う彼だった。

 

《君が歩む未来に幸が多くあらん事を祈っている》

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