亜人間恋愛物語 作:d1199
衛宮家の門を潜ったセイバーは、夜空に浮かぶまばらな雲と丸い月の下を歩き始めた。士郎はセイバーをチラチラと見ていた。
彼女は、襟付きのシャツワンピースを着て、フード付きのミリタリージャケットをアウターにしていた。足元はスニーカーブーツだった。いかにも普段着な装いだが、ガーリッシュなコーディネイトで彼には彼女が同年代に見えた。彼はフリース・デニム・スニーカーと活動的な装いだ。
なのでセイバーは僅かに気取って見せた。
「シロウが学校に行っている間にマイヤと買ってきました」
士郎は戸惑いつつもこう言った。
「あの青い高そうな奴は?」
「あれは上質な衣装なので荒事には不向きです。ですがこれも悪くありません。どうですかシロウ」
士郎はセイバーをまじまじとみた。
「うん、とてもよく似合ってる」
彼女は羞恥を隠すようにスタスタと歩き始めた。
「……手早く済ませましょう。シロウが落第しても困る」
「別に嘘じゃ、」
「分かっています」
そこは林に囲まれた静かすぎる場所だった。民家も無く細い道だけがヘビの様にのたうっていた。街灯も無く照明も無く、月明かりのみが頼りだった。闇夜に浮かぶ無数のバッテリー式LEDコーンが、ここが工事現場なのだと物語っていた。士郎が連想したものは、伏見稲荷大社の無数に連なる鳥居である。彼は周囲を用心深く見るとこう言った。
「セイバー。草葉の陰とか、水場の近くとか、岩のところとかだ。ショベルカーの所にも居る」
「ええ。予想以上に多い。気をつけてくださいシロウ。万が一取り憑かれては一大事だ」
黄色を基調とし黒のストライプが入った金属製のバリケードが、墓石の破片を積み上げて作った山を、封じる様に取り囲んでいた。セイバーは、士郎の視線の先にある宗教的施設に掲げられた概念武装を見た。それは十字のシンボルだった。彼は言う。
「神以外の死者の復活を認めていない聖堂教は、それを見つければそれを無い事にする。遠坂も言っていたけれど、聖堂教の人間には特に気をつけてくれ。セイバーはまだ死んでいないから死者の復活に該当するか分からないけど、奇跡は神のものだって言う連中だから、そんな事気にしないと思う」
「キャスターの対策というのはそれも含めての話なのですね」
◆◆
「遠坂とキャスターはこの澱みの対策も含めて、聖杯戦争の後始末に追われてる。遠坂もできるだけ現場に出るって言ってたけれど、今後の方針を立てるのにキャスターと詰めていて数日は動けないらしい」
「シロウはリンに未練があるのですか」
「どうしてさ」
「聞いていないのにもかかわらず答えたからです」
「……わだかまりが無いと言えば嘘になるけど、セイバーが居るから気にせずに済むって言ったら、俺の自惚れか?」
「私はシロウの剣ですから。傍らに居るのは当然です」
「あ、いや。そう言う事じゃなくて」
「ですから命尽きるまでシロウの横にいます」
「今度の日曜日出かけないか。買いたい物とか沢山あるし、連れて行きたい所もあってさ」
「そうですね。シロウの御手並み拝見と行きましょう」
「うん。頑張ってお手並みを披露する」
彼女は、必死に涙を堪える彼に微笑んだ。
そこにはカラドボルクⅡによって開けられた大穴があった。イリヤが霊刀で斬られた崖もあった。それらを見た士郎は言った。
「ところで姉さんの身体の事なんだけど、キャスターに相談してみようと思ってる」
「確かに受肉ができる程の術師なら可能性はありますが、キャスターはシンヤのサーヴァントだ。シンヤの許可無くして動かないでしょう。頼むのであればリンに委譲された後の方がいい」
「そんな卑怯な事はしない。真也に頼んでみる。でも今後のことを考えて念話の術式を貰うか。真也の左手の甲にキャスターとのホットラインがあって、キャスターと何時でも何処でも話ができるらしい。何かと便利だと思う……なに?」
「シロウ。私の目の届かない所で他所の家の女と会話をしたいなどと。それは少々不誠実だ」
「そういう風に思われるとは思わなかった。ごめん」
「キャスターが何処の英霊か知っているのですか」
「実は知らない。ただ何とかなるってそう思ってる」
◆
その声は二人にとって突然だった。
「コルキスのメディアだ」
「何者だ!」
セイバーは剣〈エクスカリバー〉を呼び出すと不審人物から彼を守る様に立ち塞がった。士郎は、セイバー越しに見る人物の意外性に目を丸くした。
「真也の、母親?」
千歳は、腿に掛かる丈のトレンチコートを開けさせ、無地の黒いTシャツを露にしていた。フィットジーンズですらりとした美脚を見せていた。直前まで咥えていた噛みタバコを右手に持ち、白いビニール袋を左手にぶら下げていた。
「済まない。驚かすつもりはなかった」
セイバーは警戒しながらも切っ先をゆっくりと下ろした。
「……蒼月千歳でしたか。シロウを助けて貰った事は聞いています。抜いた事は謝罪しましょう。ですが盗み聞きとは些か礼に欠ける」
「それは失礼したな。こんな夜分に墓場を彷徨う酔狂が気になった」
睨み合う二人を見る士郎が連想したのは、舞弥とアイリである。
セイバーは、Tのシャツ下で自己主張するライダー以上リーゼリット以下である千歳の胸先の先端を睨み付けた。士郎が慌てて視線を逸らした。セイバーは言った。
「今ひとつ。貴女のその出で立ちは慎みに欠けるのではないか」
「ブラか? 桜にもよく言われるがあれは苦しくて好かない」
◆
気掛りを思い出した士郎はこう言った。
「真也のおばさん」
「千歳で良い」
「千歳さん」
「呼び捨てでも構わないが」
「なら千歳」
千歳はじっと士郎を見た。直感の証であるセイバーのアホ毛が敵機を発見したレーダーの様にピコンピコンと揺れていた。士郎は言った。
「メディアってあのメディアなのか?」
「シロウは知っているのですか」
「神代の有名な魔女だ。だったら」
「不用意な恨みを買うやもしれないから、キャスターを魔女と呼ぶのはやめておいた方が良い。それより説明してくれないか。なぜ君の姉にキャスターが関係する」
「姉さん、イリヤの事なんだけど――」
「なるほど、な。可能性はある。少なくとも今諦める必要は無いだろう。私から話を通しても良いが」
「言った通りだ。誰かの影に隠れてなんてしない」
千歳は小さく笑った。
「何処かの誰かなら“是非お願い♪”と言うのだろうな。根回しと言えば聞こえは良いが爪の垢を煎じて飲ませたくなる。いや。私が言える立場でもないか……そうだ。これを久宇さんに渡して欲しい」
千歳は、漁ったビニール袋から取り出した二つの箱を、士郎に手渡した。それはスマートフォンと同程度の大きさを持つ直方体の紙の箱で『熱○神宮 清酒草薙〈一五〇ミリリットル〉』と印刷されていた。士郎は二個の御神酒を手に入れた。彼は、手渡された二つの内の片方を戸惑う様に見た。千歳は淡々と言う。
「酒を切らして店に行ったら、なんとも芳しい匂いだったのでつい買い占めてしまった。御近付きの証にお裾分けだ」
千歳がぶらさげるビニール袋にはまだ五箱残っていた。セイバーはムスっと千歳を睨んでいた。千歳は失笑しながらこう言った。
「シロウ」
士郎が少し驚きそして戸惑ったのは、その呼び方が心地良い程に自然だったからである。千歳は、かすかな不安を覚えてこう言った。
「この呼び方がが気に入らないなら改めるが」
「いや。構わない」
拗ねた様に士郎を見るのは、セイバーである。千歳は言った。
「招かれざる客の様だから私はおいとまさせて頂く。そうだシロウ」
「なんだ」
「君の顔に良くない相が出ている。いや、顔色では無いから顔を押さえても無駄だ。質の悪い女狐に抓まれては事だから、今晩はよくよく注意してくれ」
長い三つ編みを揺らしながら彼女は、闇夜に消えた。
◆◆
見送った士郎は、手に持つ御神酒を見詰めつつ呟いた。
「御神酒を御裾分けなんて変わった人だったんだな」
「チトセからは良くないモノを感じます」
士郎は、セイバーが警戒する理由が分らなかった。
「確かに真也の母親だけど、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなんてセイバーらしくない。というか。遠坂に再構成されて嫌悪感がなくなったって言わなかったか?」
「その様な意味ではありません。チトセは女の顔をしていました」
「? どう見たって女の人だろ」
セイバーは士郎に詰め寄った。
「チトセはシンヤの母親としてではなく、女としてシロウに接していたと言う事です。今後チトセとは会わないようにしてください。危険すぎます」
「それは考えすぎだセイバー。まともに話したのは洞窟から脱出した時が最初なんだ。一目惚れって訳じゃあるまいし」
士郎を見るセイバーの瞳は疑いである。
「シロウはチトセの夫を知っているのですか」
「真也が小さい頃に死んだ。美綴がそんな事を言ってた。冬木に来る前の話らしいけど」
「シンヤの父親がシロウに似ているとも考えられます」
「止めてくれ。そう言う事言うのは……これから次のポイントに向かうけど、もう上りのバスはないから新都まで歩くしかない。すぐ出発しよう」
肩を怒らせた彼女は、睨んだ。
「一つ聞きたい。なぜシロウと呼ぶのを許可したのです」
「セイバーが気にする事か? 姉さんだってそう呼ぶぞ」
「チトセの“シロウ”は随分言い慣れていたように感じた……なんです。その不思議そうな眼は」
「よく見れば千歳とセイバーって何処か感じが似てる、というか千歳にセイバーの面影があるってそう思った。スタイルはライダーに近いれど、黒髪セイバーを大人っぽくして髪をライダー位に伸ばしたら千歳になりそうな気がする。ひょっとして近親憎悪か?」
士郎の耳が伸びたのは、セイバーの指が引っ張っているからである。グイグイとそれは伸びた。
「セイバー。人間は耳を引っ張られると結構痛いかもしれない」
「次のポイントまでの道中シロウに話したい事があります」
「セイバーは……怒ってるのか?」
「シロウは私が子供の様だと言ったのです。不愉快になるのは当然だ」
「違う! そんな事は言ってないからっ!」
「これでは先が思い遣られる」