亜人間恋愛物語   作:d1199

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剣士剣の輪舞曲3=突入

 街灯やネオンなどで照らされた夜の新都は、何一つ変わらず夜の暗がりに浮かび上がっていたが、自動車の逃げ去るかの様な音と命を引き摺り込むような踏切の音が、霧の様に立ち籠めていた。ロータリーに面する建物に設置された大型TVは、墓場に持ち込まれたかの様な場違い感を漂わせていた。人影はあったが誰もが無口で見えない何かに怯える様に足早に歩いていた。

 

 航空機向けの警告灯を灯す高層ビルは、クロスのシンボルが似合う墓石の様に建っていた。

 

 薄暗い公園に面する片側二車線の道路を、一台のパトカーがパトライトを灯しつつも潜む様に走り去った。ガサリと音を立て公園の茂みから現われたのは士郎とセイバーだった。パトカーを見送ったセイバーは、目深に被ったコートのフードを煩わしそうに弄っていた。セイバーのその様は、ロードエルメロイ二世の内弟子と酷似していたが知る者はここに居なかった。

 

「シロウ。こそこそするのは性に合わない」

「俺も同感だけど警察に見つかるのは避けたいからしばらく辛抱してくれ」

「悪事など働いていません」

 

 カツコツと言う足音が、二人に近づいた。暗がりに、二人を射貫く様な琥珀色の瞳が浮かんでいた。士郎がセイバーを隠す様に立ったのは、その人物が修道服を着ていたからである。

 

 彼はその人物にこう言った。

 

「アンタは聖堂教のシスターだな?」

「ええ。その通りです」

「そのシスターが俺らに何か用か」

「この様な時間にこの様な場所ですから、迷いしモノかと思っただけです」

「俺らはそんなんじゃない」

 

◆◆

 

 その人物の衣装は長い袖と長い丈裾を持つワンピースに似ていたが、筒形状の布を腰紐で絞った簡素な衣類と説明する方が適当だった。それは吸い込まれそうな黒色だったが、襟から肩を介し二の腕に流れる大きめな肩掛けの白と、袖の折返しの白が、痛い程の極端なコントラストを作っていた。とある教義に於いて、黒とは質素と慎ましさ、そして罪の色である。その証だと言わんばかりに、その人物の首からロザリオがぶら下がっていた。

 その人物は組んだ両手を胸の前に置いた。

 

「確かに肉を持つモノですが、御霊の前では等しく導かれる存在です。そうではないというのは誤りです」

「こんな時間に布教活動をしてるのか、アンタ」

「いいえ。迷えるモノがこの町には多すぎるので務めを果たしていただけです。この時間この場所に居るのは偶々です」

「務め? つまり悪魔祓い〈エクソシスト〉か?」

「時にはそう言う事もします」

 

 シスターは二人を凝視していた。

 

「私は第五次聖杯戦争において消滅した聖杯の有無を確認する為に暫定的に派遣された冬木教会の後任代理です。教会の前任者は中途半端な報告書を残し失踪、大聖杯のあった洞窟は崩落し足を踏み入れる事すら叶わない。だからと言ってそれを鵜呑みにする私たちではありません」

「偽物だろうと聖遺物だったから、か。アンタは俺を知ってるんだな」

「ええ。バーサーカーのマスターだったイリヤスフィール=フォン=アインツベルン・ランサーのマスターだったバゼット=フラガミッツ・キャスターのマスターだった葛木宗一郎・アーチャーのマスターだった遠坂凛・ライダーのマスターだった蒼月桜、そしてセイバーのマスターだった衛宮士郎。バゼット=フラガミッツは行方不明、葛木宗一郎は死亡していますが、残りは全員無事。調査のし甲斐がありそうです」

 

 彼は、通行人か警官を期待したが生憎と居なかった。

 

「悪いけど、俺としては答える事はない」

「分かっています。盛りの付いた豚に聞いても無駄ですから」

 

 その人物は嫌味ではなく心底困った様な顔を見せた。ピクリとセイバーの身体が振れた。士郎は冷や汗を流しつつこう言った。

 

「悪い。今なんつった?」

「聖杯戦争が終り中一日。未成年の分際で婦女子を引き連れ夜の逢瀬とは風紀以前に常識を疑います。ですから盛りの付いた豚の様だと言いました」

 

 彼は平静を装いつつも強い焦燥を感じていた。聖堂教嫌いの真也とこのシスターを会せるのはかなり不味い。あのばかは『豚呼ばわりするとは、随分物越しの良い神の使者だ。アンタの神様もそんなんだろうな?』とか言うに決まってる。聖堂教の人物にそんな事を言えば火に油だ。必要以上に気遣う義理はないが、騒ぎは避けるべきだ。

 

「一つ聞いて良いか? そう判断したならどうして声を掛けた」

「他人の幸福は無性に潰したくなりますから」

「待て。聖職者にあるまじき凄い事言わなかったか。アンタ」

「使徒は小羊の幸せを願うモノですが、神に背くモノならなんら問題はありませんから」

 

 ひゅるりと風が吹いた。それはとても生々しい風だった。彼が感じているのは激しい口の渇きである。善人の皮を被った傍若無人な態度は鼻に付く。こんな事なら初めからそう言う物越しでいられる方が遥かにマシだ。

 彼が流すのは冷や汗である。

 

「だったらもう立ち去っていいんだな?」

「ええ。先ずは遠坂凛を問い正しますが、不足すればその限りではありません。身を清めておいてください」

 

◆◆

 

 そのシスターは士郎の隣にいるフードを目深に被り沈黙している少女を見た。

 

「念の為に問い正します。あなた方二人の関係は?」

 

 セイバーを見た士郎はこう言った。

 

「彼女はこの世で一番大事な人だ」

「二番が居ると言う事ですか」

「アンタにはその一人すら居ないのか」

「使徒に聞くには愚かすぎる質問です」

 

 憤るどころか哀れむ様に言ったシスターは、背を向け立ち去った。セイバーは闇夜に消えるシスターの背をじっと見ていた。

 

「あのシスターは注意すべきだ。リンに伝えておくべきだと思う」

「それは俺も同感だ。万が一真也と鉢合わせると非常に不味い。この辺に公衆電話があればいいんだけど」

 

 肩を怒らせた彼女の表情は、怒りではなく咎めだった。

 

「しかしシロウ。屈辱的な扱いを受けていながら、なぜ言い返さなかったのですか」

「それ位気にしてない。下手な事をして事を荒立てて遠坂の予定を狂わす方がまずい」

「シロウの侮辱は私の屈辱だ、これを覚えておいて下さい」

「ありがとうセイバー」

「急ぎましょう」

 

◆◆◆◆

 

 ヒトは場所に存在を残し、ヒトはそれを感じ取る。学校・遊園地・駅前・ビルなど。ヒトが多く居る場所からヒトが消えた場所は、夜昼問わず独特の寂寥感を発生させる。それはヒトが居たという実感を伴う記憶と、今は居ないと言う現実が産み出す齟齬が原因だ。二人が訪れたその場所にその齟齬が無いのは、ヒトが居たという実感がまだ希薄だからだ。

 その場所は、白く塗装された鉄板の塀で囲まれ、クレーンやブルドーザーなどの工事用車両が置かれていた。その塀には『安全第一』・『○△建設(株)』・『ご迷惑をお掛けしております。安全第一で作業中です。しばらくの間ご協力をお願い致します』と言った標語が掲げられていた。保安用の照明に浮かび上がるそれは、近々ビルになる鉄骨の構造物だった。

 二人は車両や通行人を気にしながら、鉄板の塀の中を覗き込んだ。

 柱の様に並ぶ剥き出しの鉄骨・掘り起した土砂の山・積み上げられた鉄骨・産廃を捨てる鉄製のコンテナ・消火設備・非常灯の明かり。ありふれた建築現場が暗闇に潜んでいた。

 

 セイバーが言った。

 

「誰も居ないのは助かるが、妙に静かな事が気になる」

 

 士郎が応えた。

 

「セイバー。あれを見てくれ」

 

 彼が指さしたのは、建築現場の片隅だ。そこが蜃気楼の様に揺らいでいた。ただならぬ気配を感じ取った彼女は、唇を強く結んだ。士郎は言った。

 

「蜃気楼に似てるけどアレは違う」

 

 蜃気楼とは大気の影響で空気の密度が変化し光が屈折する現象の事だが、それが起きる程の温度差は無い上に、工事現場程度の広さで観測できる現象でもなかった。

 

「何かが光に影響を与えている。もしくは空間自体がおかしい。セイバー。ここは危ない」

 

 しゃらん。セイバーは鎧を展開した。舞い散る切れ端の中に帯剣したセイバーが立っていた。

 

「私が先行します。念を押しますがシロウ」

「自重する。けどセイバーの身に何か起こったらその限りじゃないからな」

「私も勝手なものです」

「どういう意味さ」

「秘密です」

 

 嬉しさと困惑を交えたセイバーは、士郎の目の前を通り過ぎた。現場に入る直前に剣を呼び出した。セイバーが先行しなければならないと言う事実に、士郎は多少不甲斐なさを感じつつ彼女の背を見送った。彼女が一歩足を踏み入れた。

 

「……セイバー?」

 

 彼が数回まばたきしたのは、彼女の姿が徐々にではなくパラパラアニメの様にパッと消えたからだ。彼は投影する暇も惜しんで追い掛ける様に飛び込んだ。

 

 

 その場は、あちらこちらで揺らいでいた。

 

「……」

 

 戸惑っていた彼は、ヒュンヒュンと言う堅い金属が堅くないモノを斬り裂く音に気がついた。その音源ですら揺らいでいた。例えればヘッドフォンを付けて左右の音量バランスを変化させているかの様だ。音源も激しく動いているならば矛盾は無いが、鉄骨の山の向こうで剣を奮っているセイバーは、近付く何かを待ち構える様に屠り、殆ど動いていなかった。魔力の流れもおかしかったが、彼は原因までは分からなかった。

 

(この場所に足を踏み入れたセイバーとの時間差は二秒程度だ。なのに、セイバーの戦いが、しばらく時間が経っている様に感じるのは何故だ)

 

 とにかく合流だと彼は走り始めた。

 

「投影開始〈トレースオン〉!」

 

 彼の両手に小規模の稲妻が走ると干将莫耶が顕れた。夫婦剣を携えてタタタと駆け出した彼は、妙な事に気がついた。目的地はセイバーの居る所だが、その間に山の様に横たわる鉄骨の一本に、セイバーの足跡が突然現れたのだ。見落しではなく近づいたら ――それが距離なのか時間なのかは分からない―― 観測できた。剣戟の音は、彼の疑問を掻き消した。

 

「セイバー!」

 

 鉄骨の山の上に立つ士郎が見たモノは、黒烟で作られた骸骨以外例えようのない何かを斬り伏せるセイバーの姿だった。

 

「シロウ?!」

 

 セイバーは大きく踏み込むと、“しゃらん”と澄んだ鎧の音を立てながら四時から十一時への剣閃で複数の何かを屠った。セイバーに纏わり付いていた羽虫の様な何かの一体は、鉄骨から飛び降りた士郎に襲い掛った。

 

「セイバーに近付いて良いなんて、俺は許した覚えは無い。行くぞ亡者ども」

 

 士郎は右肩を前に突き出した。左手の干将を前に突き付けると右手の莫耶を左脇に抱えた。構えを取った。踏み込んだ右膝を曲げて身を下げると、その双眸は迫り来る悪霊を捉えた。

 悪霊と言っても様々だが、その場に居たのはこの世に未練を残して死んだモノ達だ。士郎という生は妬ましいまでに眩しいのである。

 士郎は重心を下げて溜めた身体のバネを、脚力と背筋で解き放つ様に伸ばした。その動きに身体の捻りを加えれば、脇に抱えていた右手の莫耶はしなるムチの様に悪霊を断ち斬った。

 士郎に新手が迫る。彼は右の莫耶の勢いをスナップを利かせ回転力に変えると、左手の干将の重さでバランスを調えながら軸足を変えた。打ち込む前と左右対称の構えを取った。今度は干将で新手を斬り捨てた。

 

「「「――!!!」」」

 

 彼の剣は結果的に敵を倒す剣だ。故に。彼は襲い来る複数の悪霊を踊る様に屠り続けるのである。更に五体の悪霊が迫り来る事に気付いた彼が、位置を変えて各個撃破しようとした瞬間、その全てが“しゃらん” 白銀の一撃で消滅した。そこには、誇らしげに笑うセイバーが立っていた。

 

「旋風のようです。シロウが頼もしくあるのは私にとっても好ましい。ですがその力量はその力量以上の意味を持たない事をシロウは理解しなくてはならない」

「気をつけるけど悪い所を見つけたらその度に言ってくれ」

「もちろんそうさせて貰います」

「それはそれとしてセイバー。この場所はやっぱり何かおかしい。何と言うか、魔力の挙動が変だ」

「それは私も同感です。一度引き上げキャスターに知らせた方が良い」

 

 背中を向けあう二人は、漂う無数の悪霊たちを睨み返した。強行突破しようとした二人を思い止まらせたのは「キャァァァァァァッ!」闇夜を走る人影だった。セイバーは白刃を以て悪霊を屠るとこう言った。

 

「誰かが迷い込んだのかもしれない。指示をしてください」

「セイバー。俺らは――」

 

 『被害は最小限に抑えるべきだ。セイバーに囮になって貰い先行する』・『派手に暴れて悪霊を引き付け殲滅し、安全を確保する』 というプランを手早く立てた彼は、殲滅を選択した。

 

「分かりました。ですがシロウ」

「分かってる。殲滅はセイバー任せて俺は守る事に徹するから」

「結構です。状況の推移を見つつ判断しましょう」

 

 二人の立つ場所は、重機で作った大きく深い穴を、丈夫な鋼板で塞ぐ様に積み重ねた階層構造だ。複数の悪霊を捉えたセイバーは、瞬時に近い悪霊からは離れ遠い悪霊には近づいた。大きく広げた脚で鋼板という大地を踏み抜き、大振りの一太刀でまとめて屠った。その踏み抜きの重さで、鋼板が“ゴォォン”という雷鳴の様な音を立てた。

 士郎がその悪霊を斬り捨てると、静寂が訪れた。傍らで周囲を伺うセイバーは呟いた。

 

「これで最後か?」

「さっきの人が気になるから急いで捜そう」

 

 二人は、土砂の山を横切った。横たわる地中に埋める巨大な杭を乗り越えた。工事作業者の事務所であるプレハブを見つけた。闇夜に白く浮び上るそれは、貨物コンテナと同程度の大きさだった。ぼんやりと光るガラス窓には何かが陰っていた。彼の背後に居るセイバーは険しい表情だった。

 

「シロウ。あのコンテナだが何かおかしい」

「どちらにせよ調べるべきだ。行こう」

「分かりましたが、私が先行します」

 

 その時士郎は、プレハブの前の人影に気がついた。暗がりに潜むその人物はプレハブの中を覗いていた。

 

「待ってくれセイバー」

「どうかしましたか。シロウ」

「誰か居る。悪霊じゃなくて人間だ」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 彼は魔術で視力を強化した。その人物も士郎に気がついた。二人は視線を絡め、この時士郎はその人物を認識したのである。

 

「千歳?」

『シロウ?』

 

 彼には千歳の声は聞えない。彼は彼女の唇を読んだだけだ。

 

『……そうか。そう言う事か』

 

 それはどの様な意味だ。何故ここに居る。彼がそう思った瞬間千歳はパラパラアニメの様に消えた。

 

「……セイバー。千歳がプレハブの前に居たんだけれど消え、」

 

 彼の背後には、直前まで居た筈のセイバーが消えていた。

 

「セイバー?」

 

 二人が越えてきた杭の山の向こう側から、悪霊を屠るセイバーの剣戟の音が届いていた。彼は狐につままれた様な顔で立ち尽すのみである。

 

「……」

 

 士郎は、積み上げられた杭越しに聞えてくるセイバーの剣戟の音を聞きながら、この状況に関して考えた。彼の状況を客観的に説明すると、“士郎が千歳に注意を向けた数秒の間に、セイバーは何も言わず二人で闘った場所に戻り、殲滅した筈の悪霊と戦い始めた”と言う事になる。

 

(悪霊は違う所から呼び寄せたと考えれば矛盾はないけど、セイバーは無断で離れたりしない。だったらこの状況は何を意味する)

 

 杭の向こう側では、セイバーという命の灯火に引かれた悪霊たちが、羽虫の様に集っていた。方やプレハブの周辺には、厄介そうなモノは何も無かった。状況を動かす事にした彼はプレハブに向かって駆け出した。

 

(セイバーの所に戻ったら振り出しに戻るからな)

 

 彼は、周囲を確認しつつ窓からプレハブの中を覗くと、倒れている人物に気がついた。

 

(……修道服? まさか)

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