亜人間恋愛物語   作:d1199

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剣士剣の輪舞曲4=vs罠

 周囲を確認しつつ窓からプレハブの中を覗いた彼は、倒れている人物に気がついた。

 

(……修道服? まさか)

 

 狐に化かされた気分の士郎が入ったプレハブには、そのまさかである出会ったシスターが倒れていた。

 彼がゴクリと唾を飲んだのは聖堂教の人物だからであり、スカートがまくれ上がり太股が露になっていたからではない。聖堂教は危ない。だが放置もできない。

 干将莫耶を解いた彼は、そのシスターに駆け寄った。最初にスカートの裾を直すと怪我の確認をし始めた。

 顔色を確認する事にした彼は、銀色で軽くウェーブが掛った長めの髪をそっと耳の後ろへ流した。プレハブの中は薄暗く、その顔色は判断できなかったが苦悶は無かった。

 

(意識は無い。全身包帯だらけで出血の後は見られるけど、包帯が巻かれてるって事は手当済みって事で取りあえずは大丈夫か。気絶で済んだのは、礼装〈修道服〉のお陰なのか?)

 

 彼はプレハブ内を見渡した。

 

(無事なら良いが妙だ。ここに悪霊が居ないのはどうしてだ。本当に居ないのか)

 

 周囲を用心深く見た彼が見たモノは、オフィスデスクやらパソコンやらのオフィス用品だけだった。

 

(だが魔力の動きがおかしい。これほど歪んで悪霊が居ないのは不自然だ)

 

 身動いだシスターは、「ん……ぁ」聖職者らしからぬ艶めかしい声を上げた。彼は、琥珀色の瞳がプレハブの天井をぼぅと見ている事に気がついた。彼女は言った。

 

「……貴方は誰ですか?」

「さっき会ったのに分からないって事は頭とか打ったのか」

 

 ムクリと起きた彼女は、自分の着衣に気がついた。掴んだ裾で脚を深く隠すと汚いモノでも見るかの様な眼でこう言った。

 

「私の身体にいかがわしい事をしたならば、素直に罪を告白するべきです」

「そんな事はしない。それよりアンタがここに居る理由を知りたい」

「貴方の言わんとしている事は分かります。貴方の連れはとても鋭い方ですので尾行は諦めました。ですが。これだけ魔力が乱れる夜に、貴方の様な人が何の目的も無く町を彷徨うのもおかしな話です」

「その理由を聞いてる」

「衛宮士郎。貴方に目を付けていました」

「当たりを付けていた最も歪な場所に、現れるだろうと待ち受けていたまでは良かったけど、悪霊のあまりの多さに手の打ちようが無かったってことか」

 

 彼女は膝立ちで神に祈る様な厳かなポーズを取ったが、その表情は赤く染まり、また堅かった。彼には、それが失態を誤魔化す様にも拗ねている様に見えた。

 

 立ち上がった士郎は、窓越しの悪霊を屠り続けているセイバーを見た。

 

「アンタ。俺らを見てたんだな」

「俺らの事をバチカンに報告するのか?」

「そうしたい所ですが。生憎と私は貴方に助けられてしまいました」

「……つまり。アンタは俺らに恩義を感じているから報告をしない?」

「不本意ながらその通りです」

「……」

 

 士郎とて、この口の悪いシスターが仁義の類いを一切持ち合せていないとは思っていない。だが“死者の復活は神の御業”という教義に反してまで、二人を庇うのは流石に信じられなかった。

 

「洗礼すら受けていない未開人に、聖職者の言葉は理解できないかも知れませんが深く考えてはいけません。ただ信じなさい」

「それでどうやって信じろって」

「この地は穢れきっています。主もお嘆きになっているに違いありません」

 

 流石のお人好し士郎も聖堂教以前に(このシスターはヤバいんじゃなかろーか)と思い始めた。

 

 

 彼女が祈る様にこう言ったのはその時だった。

 

「悔い改めなさい。神に背を向け……悪鬼に取り憑……谷に落ちるでし――」

「いま一部聞き取れなかったんだ、け、ど」

 

 ドクンと士郎の心臓が強く打った。

 ヒトは、強い罵りを浴びると憤るもしくは悲嘆に暮れる。ただし浴びた側の気力が浴びせた側より強ければ、それは意味を持たない。それと同様に、魔術の成立には力量差が影響するため、術者は詠唱・魔法陣・道具など補助的な何かを用い、相対的に魔術の強度を上げるのである。魔力を籠めるだけで発動する宝具や限定礼装も補助的な何かの一つだ。

 突然よろめいた士郎は、プレハブ内のスチール机に倒れ込み、積まれてあった書類の山や文房具などを、床にバラバラと落とした。

 

「あ、う……」

 

 彼は、いま正に獲物に喰らい付こうとする狼の様に、息を荒らげ眼を見開いた。大きく開けた口から唾液を滴らせていた。シスターは神に祈る様に両手を組んだまま静かに彼へ歩み寄った。

 

「ち……近付く、な」

 

 彼は、腹の底から沸き上る一定の方向を持った意識を抑えるのに精一杯で、逃げる事すら考えられなかった。シスターは士郎をじっと見ながら、触れるか触れないかの距離まで無防備に近付いた。シスターが醸し出す体温・体臭・柔らかみは、彼の集中力を一瞬途切らせてしまった。

 

「貴方の眼は随分と大きいのね」

 

 その淑やかな声は、男にとって野を駆けるウサギだったのである。ドクンドクンと男の鼓動は張り裂けんばかりに高まった。

 

(……れhAお前を……逃さNaい為さ)

「貴方の手は鉤爪のよう」

(そ……はおマeを、トラえRu為さ)

「貴方の口はとても大きいわ」

「それはお前を喰ってしまうからさ」

「いま何と言いましたか」

「勘違いしないで欲しいんだけど、そう願われたから俺はそうするんだ」

「何を馬鹿なこと ――きゃっ!」

 

 彼が見たモノは、現実でもなく夢でもない蠢く二つの肉が絡むイメージだった。それは、質の悪い女狐に捕まり、僅か一夜の甘い毒で全てを失ってしまう哀れな男の象徴でもあった。

 

 ドサリとは、シスターが床に崩れ落ちる音である。彼は、よく分からない音をしゃべりながら身体を震わせている足元のシスターを、ただ見ていた。彼女が身に着けていたロザリオはカランと落ちた。これで彼女は救われた、彼はそんな場違いなことを考えた。

 

《シロウ》

 

 それは彼の内から響く思念という声だった。ドクン。支配が解けた。

 

「……っ!」

 

 彼は目を白黒させた。薄暗い工事現場のプレハブの中・大きく開けた修道服・床に飛び散った汗・立ち籠める生々しい臭い……掻き混ざっていた状況を手早く整理した士郎が感じたモノは、激しい焦燥である。

 

(一体何が起こった。これじゃまるで浮気したみたいだ……これは事実なのか。そんなんじゃセイバーに顔向けできない――)

『シロウ? 中に居るのですか?』

 

 プレハブの外に彼の安否を憂慮するセイバーの声があった。次の声があったのは、正直に話すしかないと彼がそう思った後だった。

 

《シロウ。外へ》

 

 彼は、その声ならぬ声を怪訝に思いつつも、直感でそれに従おうと振り返った。ドタンと転倒した。尻餅をついた彼が見たモノは、這い蹲りながら彼の足首を掴む、垂らした前髪の間で嗤うシスターの顔だった。彼は言った。

 

「……アンタ、誰だ」

「ずいぶんと連れない事を言うのね。あれだけ激しくしたのに」

 

 士郎は、蜘蛛の様に這い寄りながら覆い被さってくるシスターを、はね除けようとしたができなかった。

 

「人間……じゃない?」

 

「それはどうでもいい事です」

 

 そのか細い肢体は、抗いを試みるのが馬鹿らしくなるほど重く強かったのである。

 

「……駄犬の分際で主人に逆らうなんて。去勢するところだわ」

「何のためにこんな事をするっ! うぐ!」

 

 彼は首を絞められた。

 

「もう忘れるなんて、頭の中まで盛っているのね。他人の幸福は無性に潰したくなる、そう伝えた筈だけれど」

「あ、ぐ(潰す?)」

 

 彼の腹に跨がるシスターは、掴んだ士郎の両手首を床に押しつけていた。彼女はチラと、プレハブの出入り口を見た。

 

「こうすれば、私たちの繋がりを貴方の恋人に見せ付けられますから」

「……っ!」

「この惨情を見たら、彼女がどう思うかなど分り切った事です」

「シロウ。居るのですか?」

 

 ギィ。音を立ててプレハブの扉が開くと、白銀色の鎧で覆われたセイバーの足音が見えた。ドクン。彼の心臓は早馬の様だったがどうにもならないと覚悟を決めた。その囁きは、彼の内から届いていた。

 

《シロウ。窓》

 

 『プレハブの中に入ろうとしているセイバーを見る』・『窓の外に立っている人影を見る』 という選択を突き付けられた彼は、窓の外を見た。セイバーが入ろうとしてくる扉の反対側の窓の外に、千歳が立っていたのである。

 

『お、み、き』

(千歳?)

 

 一つのまばたきがあった。彼は、書類が雑多に積まれたスチールのオフィスデスク・大型のファクシミリ・ホワイトボードなどが置かれた薄暗いプレハブ事務所に立っていた。OA機器のLEDすら明りになる程の薄暗さだった。プレハブに入ろうとしていたセイバーも窓の外に立つ千歳も消えていた。

 尻餅をついていた彼の足元には、銀髪のシスターが仰向けで倒れていた。彼は立ち上がり自分の身形を正すと、フリースのポケットにある御神酒を取り出した。冷蔵庫の上に置いてあった皿にそれを注ぐと、シスターの脇に置いた。

 

 

「……」

 

 スン。スンスン。鼻をひくつかせる音の後にぴちゃりぴちゃりという水の音があった。シスターは四つん這いで、床に溢れた御神酒を舐め取っていた。彼が驚いたのは、シスターの尻に三本の黄色い尻尾が陽気に踊っていたからだった。

 

(暗示? 幻術? それとも悪霊か?)

 

 彼が見たモノは、薄れたシスターの姿に重なる、大柄な男程もあるキツネの姿だった。

 

「あは。あはははは。これは良いぞ。良い酒じゃ♪」

「投影開始〈トレースオン〉!」

 

 彼の両手に顕れたのは夫婦剣である。彼が投擲した干将は躱された。それは士郎にとって折込み詰みだった。本命である右手の莫耶で弧を描きながら斬り付けようと踏み込んだ瞬間『――――っ!』、彼は咆哮の様な衝撃波に吹き飛ばされ、大型のファクシミリに「ぐっ!」 叩き付けられた。ファクシミリは衝撃で転倒した。プレハブの中央で屹立する熊よりも大きい狐は、獲物を狙う様に士郎を見下ろしていた。

 

「なかなか珍しい法術じゃが、その程度の武芸であれば幾度となく見てきたわ。無駄な足掻きは止め、妾の餌食になれい」

 

「……投影開始〈トレースオン〉! 選定の剣〈カリバーン〉!」

 

 稲妻と共に現れた一振りは、セイバーの戦闘経験が宿るのである。士郎はその剣閃で狐の首を落とそうとしたが、「妾を殺せば憑依主も死ぬぞ?」投影品をとっさに解いた。

 狐に踏み付けられた彼の肋骨や内臓は、悲鳴を上げた。

 

「うぐっ!」

「恐ろしい童よのぅ……まぁよいわ。お主を喰らい、霊力を我が物にすれば探しに行けるかもやもしれん」

 

 狐の牙が、士郎の首を掻き切らんと近づいた。それは彼の内なる囁きだった。

 

《クラウソラス》

「投影開始〈トレースオン〉!」

 

 そのブロードソードは目映ゆい光の様な炎を纏っていた。戦神でもあり病を癒やすとも言われるヌァザ神の光と炎を司る。

 

 

 その狐は、「ひ、火ぃぃぃぃいぃぃぃぃっ!」脱兎の様にプレハブの中を駆け巡った。火が弱点だと悟った彼は、そのまま駆け寄り剣をかざした。刀身からストロボフラッシュより明るい閃光が迸った。

 

「火はいやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 その妖は、恐ろしさのあまり憑依体から離れてしまった。士郎は一撃を打ち込んだ。腹で泣き別れになった狐は、下半身を痙攣させながら、上半身のみで床を這い蹲った。

 

『燃える、妾の躰が燃える……やっと! やっと会えると思うたのに! ……かRaだが崩れ、與忽平……お前hAどこ、に』

「與忽平?」

 

 士郎は煙に咽せていた。彼が居るプレハブの窓に揺らいだのは人影だった。

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