亜人間恋愛物語   作:d1199

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剣士剣の輪舞曲5=懺悔

 千歳がコツンコツンと窓を叩いたので、彼は窓を開けた。窓硝子からプレハブ内に降りた千歳はコートをふわりと靡かせながら降り立った。

 

「シロウ。無事か」

「大丈夫だけれど」

「すまない。ここはアレの結界内で迂闊に手を出せなかった。シロウに何かあっては意味が無いからな」

「千歳が何か知ってるなら教え、」

「ここを浄化するから少し目を閉じていろ」

「――っ!」

 

 千歳が宙にエオロー〈魔除け〉とシゲル〈太陽〉のルーンを描くと、プレハブが焼き付きを起す程の光が、その場に満ちた。彼が視力を取り戻した時、千歳はシスターにコートを羽織らせていた。

 

「千歳が原始のルーンを使うなんて驚いた。蒼月は流れの魔術師って聞いたけど、実は古い系譜なのか?」

「どうしても知りたいなら、蒼月の人間になってもらうしかないが」

「桜のブラコンは筋金入りなんだから、ダメなら素直に教えないって言ってくれ」

「私の夫というのはどうだ」

「確かに千歳は高校生の子供を持つにしては随分若い。けど同い年の義理の父親なんてゴメンだ。それが真也だなんて」

「はっきり言ってくれる。少しぐらい照れたり戸惑うぐらいしたらどうだ。可愛げの無い」

「俺も成長はするから」

 

 

「確かにな。聖杯戦争開始以前と別人な様だ」

 

 

 彼は、憮然としつつもこう聞いた。

 

「千歳に聞きたい事が三つある」

「スリーサイズは答えられない」

「その三つじゃない。そんな事は聞かない」

「知ってるぞ。羞恥をからかわれるのが恥ずかしいだけだろ? シロウも男の子だからな」

 

 千歳は、くっくっくと豪快な笑みを押し殺していた。目尻の涙を指で拭った彼女は、憮然としている士郎にこう言った。

 

「言ってみろ。答えられるモノなら答えよう」

「どうしてチトセは、俺を知っていそうな口振りをする」

 

 千歳が表情を殺した。

 

「答えられないってことなのか」

「知らなくて良い事だ」

「俺が関わってるなら、千歳だけで決めて良いことじゃない」

「真実とは辛いモノだ」

「それは俺が決める」

「私が辛くなる」

「それは、正しいことなのか?」

「私は。かつて同じ事を言われておいていかれた。二度目はごめんだ。だから答えたくない」

 

 

「何時か聞かせてくれ。二つ目を聞く」

「シロウが体験した事は私も詳しくは知らない。時間を切ったり繋いだりする様な感覚は、シロウの認識で生じている事だけは知っている」

「認識? 見ることではなくて知覚ってことか」

「そうだ。一時的にだが歪みの中心となったここは、時間と空間がバラバラだ。いや。入り組んでいると言った方が正確なのか。私を見る事だったりセイバーを見る事だったり。そう言った事が原因であの現象が起こる。数年後凜さんに聞けばヒント位は聞けるかもしれない」

「並行世界に関わるって事なんだな」

「さてな」

 

 士郎が見るのは、灰となった狐の残滓である。

 

「あの狐はなんだ」

「おさん狐と言う西日本で有名な化け狐の伝承だ。偶々歪みで力を得たそれは限定的に顕現し、仲睦まじいセイバーとシロウを見て嫉妬した。都合良くやってきたシスターに憑依して破局させようとしたのだろう。痴話喧嘩を好み嫉妬深いと言われているからな」

「文字通り女狐、か。傍迷惑な」

「あまり悪く言わないでやってくれ。自分を殺しかかった男を求めて、彷徨う哀れな女狐なのだから」

「與忽平という人物が退治したのか」

「火で炙り懲らしめて逃がしたと言われている。昔に死んでしまったと知りつつ、それを受け入れられなかった。教義に矛盾がありと知りつつも信じ続けようとするシスターと波長が合ったのだろうな。性格も似てるなら尚更だろう。下手をすれば私が取り憑かれていたのかもしれない」

「千歳がでてくる理由が分らないんだけど」

「そうだな。意味が無い」

 

 身を横たえるシスターを見た彼は、悔しさを隠さずに両手を握り絞めた。

 

「千歳。俺は――」

「こちらで上手い事処理してやるからシスターの事は心配するな。シロウは操られていただけだ」

「セイバーに話さないと」

「ここだけの話にすればいいだろう」

「そんなのは卑怯だ。セイバーを騙す事になる」

「私がここに来たのは、シロウを助ける為だ。それでは困る」

「それは無理な相談だ」

「だったら。シロウに隠し事をしている私は卑怯者になってしまうな。私は言わざるを得ない」

「いいのか?」

「覚悟しろ。私のは重いぞ? 」

 

 彼は息を深く吸うと吐いた。千歳を見た。彼女はポツリポツリと語り出した。

 

「十八年前、これは私の体感での時間だが、こことは異なる場所で聖杯を求める戦争があった」

「聖杯戦争? 冬木とは別のか」

「そうだ。私は世界理に従い聖杯に召喚され、資格を持った者と共に戦い、聖杯を得た」

「マスターが召喚されるって違う世界での戦いって事か。そんなの初めて聞いた……って聖杯を得た? 千歳は願いを叶えたのか」

「叶えた。私は召喚主と共にある未来を望んだ」

「受肉したサーヴァントと結婚したって事なのか」

「そうだ」

「できるって知って少し安心した ――ちょっと待った。なら真也って、」

「そうだ。サーヴァントと人間の間に産まれた子だ」

 

 士郎は珍しいことに絶句していた。

 

「真也が規格外な訳だ……その話なら千歳と結婚したサーヴァントが俺に関係するって事になるけど、何処の英霊だ」

「真名をヘルヴォルと言うが、シロウは知っているか?」

「聞いた事ある。たしか北欧神話の戦女神〈ワルキューレ〉の一人……待ってくれ。なら魔術師が千歳ではなく、そのサーヴァントが、」

「受肉したサーヴァントとは私の事だ」

「ごめん。もう一度言ってくれるか」

「私の真名がヘルヴォルで、共に闘った魔術師と婚姻の契約を交わした。セイバーと一緒でアイツとは随分相性が良かったが、余りにも熱心でつい応じてしまった。私もどうかしていたのかもな」

「な、なら。千歳の夫って、」

「こことは異なる可能性を持った世界の、シロウ。君だ。」

 

 

 士郎は唖然と立ち尽していた。千歳は告白を止めるつもりは無かった。

 

「並行世界の妻が現れたのだから、流石のシロウも混乱するのは無理はない。だがこれは前振りだ」

「本題があるの? これより衝撃的なの?」

「そうだ」

「ちょっと。待ってくれ」

 

 千歳に背を向けた彼は、壁際まで歩いた。何度も繰り返してきた精神集中を行った。振り返った彼は、千歳に歩み寄った。見据え、こう言った。

 

「言ってくれ」

 

 小さく笑った彼女は、身を屈めた。両膝を揃え床に手を置くと、深々と頭を下げた。

 

「……千歳はなんで土下座なんかする」

「私は、シロウ。私は、あの子を育てる事ができなかった。謝って済む問題 ――だとは思っていない。だが他にするべき事が思い付かない」

「真也の育児の話か?」

「ごめん。本当に、何と言ったら良いのか。……ごめん」

 

 彼から千歳の顔は見られなかったが、ポツリポツリと落ちる雫は見る事ができた。

 

「……その理由は分ってるのか?」

「セイバーが毛嫌いしていた理由と同じだ」

「……」

「本当に、ごめん。私は死の間際お前に託されたのに、それを果たす事ができなかった。本当に、何と言ったらいいのか分からない。ごめん……」

「あの、さ。千歳が会った別の世界の俺に舞弥さんは居たのか?」

「居なかった。大河は居たそうだが、あの武家屋敷で一人で暮らしていたと聞いている」

「舞弥さんの居ない俺なら、誰かの為だと死んだ。そうなんだな?」

「……そうだ」

 

「だったら、それは千歳だけが謝る問題じゃない。子供の責任は二人で持つべきだ。それ以前に子供を作っておいて、いや。大切な誰かを作っておいて、皆のためなんて馬鹿な事をした俺が責められるべき事だ。だから顔を上げてくれ」

 

 彼は頬を涙で濡らす千歳をそっと抱き締めた。

 

「俺の方こそ謝らないと。一人で背負わせてごめん」

 

 彼女は彼の胸の中で嗚咽を溢し始めた。

 

◆◆

 

 彼女は、その腕の中で身じろぎすると、彼の背中に回していた腕を解いた。彼から身を退いた彼女は憑き物が落ちた様に笑っていた。

 

「やはりシロウなのですね。この匂いは変わらないのですから」

「よく分からないけど、落ち着いたなら俺としても助かる……そのしゃべり方は千歳の本来のなんだな」

「ありがとう。すっきりしました」

 

 彼は離すべきか迷っていたが、彼女は自分から離れた。

 彼女は「これはここだけの話にしましょう。そうでないとシロウも困りますから」と言った。儚い嬉しさを見た彼は、自分の両手を思い出した。

 

「俺は困らない」

「私をセイバーや舞弥にどう説明します?」

「……あのさ。俺に剣を持つ手は二つあるから、千歳も俺の家に来い。真也は慣れるのに時間が掛かるかも知れないけど、なんとかやってみせる」

「シロウならそう言うだろうと、思っていました、少し。私の母は、婚姻に厳しいのでそれはできません、でも」

「千歳の母親?」

「はい。フリッグと言い婚姻を司ります」

「……千歳。おれは――」

 

 千歳は人差し指で士郎の口を塞いだ。

 

「私も意地が悪すぎました。その先を言うのは辛いでしょう。でも」

「?」

 

 何をと士郎が言う前に、千歳は彼の唇を自分の唇で塞いだ。「んむぅ」 二人は互いの唇を貪り合う様に、舌を絡める様に、永く深い口づけを交わした。

 

「……これ位は許してください」

 

 二人の背後でプレハブの扉が開いた。彼の最後の選択は『プレハブの中に入ろうとしているセイバーを見る』である。

 

「シロウ。そこに居るのですか?」

「ほら。ちゃんとその眼でセイバーを見ろ」

「シロウ?」

 

 千歳の人差し指が士郎の延髄に触れたのは、彼がセイバーを認識した事より、ほんの僅かに早かった。彼女が彼に描き込んだのは、ハガル〈破壊を伴う変革〉とエイワズ〈腐れ縁を断つ〉ルーンだった。

 

 そこは認識という選択がもつれた場所だった。彼はその狭間で聞いていない事を思い出した。

 

《次にシロウが見る私は、この私ではなくて、シロウもこの私を覚えていない。だから全て元通りだ》

《千歳! こんな事はやめろ! 今すぐに!》

《シロウから、ここでのあのシスターの記憶と、私の記憶を封じる。すまない。こんな弄ぶ様な真似をして。でもこれが一番良いから。私もセイバーだった。ここのシロウはここのセイバーを幸せにしてやってくれ》

《俺は絶対思い出す! 思い出してこんな馬鹿な事をした千歳を叩くからな!》

《私はその言葉を何度も思い出すよ。さよなら。私の知ってる私の知らない私のシロウ》

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 二人の立つ場所は、重機で作った大きく深い穴を、丈夫な鋼板で塞ぐ様に積み重ねた階層構造だ。複数の悪霊を捉えたセイバーは、瞬時に近い悪霊からは離れ遠い悪霊には近づいた。大きく広げた脚で鋼板という大地を踏み抜き、大振りの一太刀でまとめて屠った。その踏み抜きの重さで、鋼板が“ゴォォン”という雷鳴の様な音を立てた。

 士郎がその悪霊を斬り捨てると、静寂が訪れた。傍らで周囲を伺うセイバーは呟いた。

 

「これで最後か?」

「さっきの人が気になるから急いで捜そう」

 

 二人は、土砂の山を横切った。横たわる地中に埋める巨大な杭を乗り越えた。工事作業者の事務所であるプレハブを見つけた。闇夜に白く浮び上るそれは、貨物コンテナと同程度の大きさだった。ぼんやりと光るガラス窓には何かが陰っていた。彼の背後に居るセイバーは険しい表情だった。

 

「シロウ。あのコンテナだが何かおかしい」

「どちらにせよ調べるべきだ。行こう」

「分かりましたが、私が先行します」

 

 その時士郎は、プレハブの前の人影に気がついた。暗がりに潜むその人物はプレハブの中を覗いていた。

 

「待ってくれセイバー」

「どうかしましたか。シロウ」

「誰か居る。悪霊じゃなくて人間だ」

 

 彼は魔術で視力を強化した。その人物も士郎に気がついた。二人は視線を絡め、この時士郎はその人物を認識したのである。

 

「千歳?」

『シロウ?』

 

 彼には千歳の声は聞えない。彼は彼女の唇を読んだだけだ。彼の背後立つセイバーはこう言った。

 

「どうしましたか。シロウ」

「千歳が居る」

 

 プレハブの傍らに立つ千歳は、二人を手招きした。

 

「シロウ。炎系の武器でこのプレハブごと燃やせ。中に厄介なのがいる」

 

 答えたのは別の意味で警戒を怠らないセイバーだった。

 

「厄介とは随分曖昧な物言いだな。チトセ」

「二人とも中を見てみろ。この一帯にある歪みの核で、放置すればどんな影響がでるか分からん」

「この人、さっきのシスターじゃないか。中に居る人を巻き込む事はできないぞ」

「炙れば堪らず憑依体から離れるだろうから、そこを仕留めろ。セイバーが辞退するなら、私がシロウの剣になるが?」

「気持だけ貰っておくが、もう間に合っている。シロウ。私がその隙間を縫いその人物を救助します」

 

 士郎は二人に言う。

 

「今から手順を確認する。俺が炙る。チトセはプレハブに穴を開ける。セイバーは飛び込み中の人を救助。その後に俺は霊体を討伐する。その後の判断は二人に任せる。用意は良いか?」

 

 セイバーは剣〈エクスカリバー〉を構えた。

 

「心得ました」

「私も問題ない」

 

 セイバーは目を丸くした。千歳は黒い装束に近い鎧を纏い、黒い剣を〈ティルヴィング〉を携えていたからである。

 

「チトセ。それは?」

「私の剣だが、質問は無しだ。」

「チトセ、貴女は……」

「セイバー。千歳が質問は無しだって言ってる」

「シロウがすんなりと受け入れている事がとても気になります」

「色々あったから、驚くのも慣れたって事なんだよ」

 

 セイバーは不服そうに千歳の手にある剣を見た。

 

「その剣からは禍々しさ……いや悲嘆を感じる。それを奮って大丈夫なのか」

「普通に使う分には問題ない。ところでセイバー。シロウを譲るなら種明かしをしても良いが、どうだ」

「どういうつもりだ。墓場で会った時と随分態度が異なる」

「私も先程までこの様な事を言うつもりは無かった。私自身少し驚いている」

「返答をしよう。もちろん断る」

「二人ともそこまでだ。始めるぞ」

 

 彼の右手に小さな雷が迸った。

 

(この感触……俺は既に何本か打ってる?)

「「シロウ?」」

 

 ハモった二人は見合うと、嫌そうにそっぽを向いた。そんな二人を見た士郎は笑いながらこう言った。

 

「投影開始〈トレースオン〉! クラウソラス!」

 

 

 

 

 

剣士剣の輪舞曲 おしまい

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