亜人間恋愛物語   作:d1199

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杞憂慮〈きゆうりょ〉

 台所に立つ凛は、ミニスカートとエプロンを揺らしていた。

 

 彼女は、耐熱ボールの中にある板チョコレートとマーガリンを、泡立て器でカチャカチャ掻き混ぜていた。

 

「~~♪」

 

 ハミングを奏でる彼女の鼻先には、生クリームが付いていた。パタパタとスリッパの足音を立てながら台所を忙しなく動いていた。ストライプの赤エプロンと黒のフレアミニは、そよ風に揺らぐ華の様であった。

 食堂に持ち込まれた折りたたみ式の小型のテーブルには、プラスチックケースに収まった生卵・泡立て器・薄力粉・丸い硝子のポット・板チョコレートがなどが置いてあった。

 台所と併設された食堂とを繋ぐ出入り口の影で、こっそりと伺うのは桜である。深夜ではないが、夜も中程になったこの時間に、一体何をしているのだ。この姉は。

 小型テーブルに置かれた球形に近いガラスのティーポットの中の茶葉は、底に沈んでいた。それに気づいた姉は「……?」何故こうなるのかと眉を寄せた。

 

「ひょっとして汲み置きの水使っちゃった?! うそ! あーもう淹れ直しじゃない!」

 

 彼女は、水道水を勢いよく入れたヤカンを火に掛けた。何食わぬ顔で影から現れた桜は、微笑んでいた。

 

「こんな時間に何をしてるんですか?」

 

 あら居たの? と姉は髪をかき上げた。桜は微笑んでいた。

 

「見ての通りよ」

「お菓子作りなら手伝います」

「好きでやってる事だから、気持ちだけ頂くわ。桜は、沢山出されている課題をしなさい」

 

 桜は笑顔だった。

 

「姉さんも同じ筈です」

「もう済ませたわよ」

 

 桜は、スンと鼻を動かした。オーブンレンジが赤く光っていた。

 

「これ。カップケーキですよね?」

「そうよ? 多めに作ったからお裾分けしても良いけれど、食べたら部屋に戻りなさい」

「私が居たら困るんですか?」

「邪魔なら、当然でしょ?」

 

 桜は笑っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 背の高い食器棚を覗いていた姉は、上部の引き戸の中にある棚から、一つのティーカップを取り出した。陶器の白いそれは、注がれた紅茶がハート形になる、現役時代の葵が買ったシロモノである。羞恥と勇気と期待に塗れた彼女は、そっとそれを仕舞った。代わりに取り出したのは、色違いではあったが同じ柄の同じ形のティーカップだった。陶器の白を基調に、赤と青の可愛らしい華が咲いていた

 それを見ていた桜は、目玉すら動かさなかった。

 姉は、背の高い食器戸棚の下の扉を開けた。彼女は、取り出した缶に印刷された銘柄をじっと見た。

 

(用意をしたのは甘みが強めのお菓子だから、ダージリンがいいかしらね)

 

 膝立ちで前屈みの姉は、背の高い食器棚の下部の棚をゴソゴソと漁っていた。黒のフレアミニと黒のニーソックスの間にある絶対領域を、チラチラと揺らしていた。蝶々の形に結ばれた赤いエプロンの縛り布も、チラチラと揺れていた。チラチラとする二つは、桜の頬を強張らせた。

 

 ヤカンがピーと鳴ったのは、そんな時だった。姉は、沸騰したお湯で温めたティーポットに、茶葉を入れた。ボコボコと沸湯したばかりの熱湯を、コボコボと音を立てながらティーポットに注いだ。姉が用意したお盆には、ティーカップが二個乗っていた。丸形のガラスのティーポットの中では、茶葉が陽気に踊っていた。

 桜は言った。

 

「この時間にカフェインを取ったら寝られなくなります。私は、カモミールが良いです」

「私は夜型。真也は術で寝るから大丈夫よ」

 

 プッツン。桜の全身から、のたうつ様に立ち上ったのは、黒い太陽フレアである。あらあら。本当に困った姉さん。私の目を盗んで、こんなイケ無い事をするなんて。

 オーブンがチンと音を立てた。パタパタとスリッパの音を立てる姉が持ち出したのは、モコモコの赤のミトン手袋だった。開いた扉から現れたのは、チョコレート色のカップケーキである。それはふっくらと盛り上っていた。姉は満足そうにこう言った。

 

「ん~。よし」

 

 何かないか。殺気立つ桜が見つけたモノは、お盆に置かれた砂糖が入った陶器の容器である。眼を血ばらせた桜が見たモノは、木製の棚に置かれた塩の瓶だった。

 

「ねえさん。手伝います」

 

 そう言った桜の目の前に姉が突き付けたのは、チョコレート色のカップケーキである。それは、ほくほくと良い匂いを漂わせていたので、桜のお腹は彼女の意図に反し、ぐぅと訴えた。

 

「あ、おいしい」

「そ。よかった」

「結構高い材料を使ったんですか?」

「その辺の店で売ってるありきたりな材料だけよ。オーブンの予熱温度とか板チョコの砕き方とか、そう言った手順をしっかり守るだけでそうなるのよ」

「今度教えてください」

「私は厳しいから覚悟しなさい」

 

 エプロンを手早く脱いだ姉は、お盆を手に取った。桜は、リスの様に一心不乱に食べていた。

 

「はっ!?」

 

 出端を挫いたのは姉だった。

 

「いい桜? 終わるまで部屋に入るんじゃないわよ。私たちは大事な話をするんだから」

「私たちは兄妹ですから、大事な事も共有するんです」

「妹には普通の生活を送って欲しいと願う兄の配慮を、兄を大事にする妹が、まさか無下にはしないわよね?」

 

 うぐとは桜のぐうの音である。

 

「騒がしいと思ったら。何をしているの」

 

 台所に実母が現れた。桜は暴れた。

 

「そんなのズルいです!」

 

 お盆を手にした姉は、スタスタと足音を立てて、立ち去った。

 

「母さん。桜をあやしておいて」

「桜。いっしょに映画の続きを見ましょ」

「ヘンな事したら、私は怒っちゃいますから! 怒ったら怖いんですから!」

 

 凛は、屋敷のリビングに歩いて行った。

 

 

 

 扉を開けた真也が見たモノは、お盆を持った凛だった。

 

 

 

 きょとん。彼は呆けた様な顔をしていたので、彼女は「なによ」と言った。その声は、モノクロだと勘違いする程に静かだったリビングに色を付けた。リビングを見渡した彼が「あぁ、ここで待つんだっけか」と言ったので、彼女は「ぼさっとしてないで座りなさい。話があるんだから」と席に着くよう促した。

 その部屋にある背の低い四本足のテーブルは、木製で漆のてかりを放っていた。上質なクッションは、落とした腰を柔らかく包み込んだ。カーペットの毛は短めで堅めだった。背の高い壁に埋め込まれた背の高い窓は、朱色のカーテンで隠されていた。

 テーブルにお盆を置いた彼女の軽くウェーブ掛かった黒髪が、黒いリボンと共に揺れていた。カーペットに落ちた影も同じ様に揺れていた。

 そのリビングは、地下室の様にヒンヤリと固まっていた。彼女が、お盆からテーブルに茶器を降ろしたら、熱っぽい空気が漂った。

 彼は彼女に言った。

 

「それは?」

「回復祝いってところ」

 

 透明なティーポットの丸みに沿って、ダージリンのお茶っ葉がクルクルと泳いでいた。

 

「ジャンピングって言うのよ。知ってた?」

「知らなかった」

 

 彼女は、紅茶を注いだティーカップとケーキを彼に差し出した。

 

「冷めないうちに食べなさい」

「頂きます」

「どうぞ。めしあがれ」

 

 ティーカップの縁に口を付けた彼が嗅いだ香りは、強烈で甘かった。彼の目の前で紅茶を窘む彼女は、強烈で甘い赤色だった。

 

「紅茶苦手?」

 

 凛がそう言ったのは、ローテーブルを挟んだ向いのソファーに腰かけている彼が渋い顔をしていたからだ。実際は、髪をかき上げ脚を組み替えるという彼女の挑発的な仕草を彼が意識した結果だった。彼は、それをおくびにも出さない様にティーカップをソーサーにゆっくり降ろした。

 

「いや。何でもない」

 

 彼女は、左手に持っていたソーサーと右手に持っていたティーカップを、テーブルに置いた。スカートのポケットを弄った。

 

「忘れないうちに渡して置く」

 

 彼が受け取ったのは、特定の扉を開ける銀色の道具だった。

 

「鍵?」

「家の鍵。必要でしょ?」

 

 彼が止まった様に鍵を見ていたので、彼女の声は少し早くなった。

 

「ひょっとして、まだ何処か悪い? 体以外は大丈夫だろうって聞いてるけど」

「いや。このままだと落としそうだなってそう思ったから。鎖とかあるか? ……なんだ。そにニタリ顔は」

「ライダーに縛られすぎて趣味になった?」

「何を言っていますか。このご当主様は」

 

 凛は、真也の様子が気になったが、具体的に分からなかったので、聞き流す事にした。彼は言った。

 

「ティーパック以外の紅茶なんて初めて見た」

「意外と見識が狭いのね。どうせ。出されたモノをただ食べてただけでしょ。桜に頼っていたのではなくて桜に頼らせていたんだから、仕方が無いんだけどさ」

「生活するにあたって覚える必要があるというのは自覚してる。だからこんな事を聞いてみるんだけど、これはどうやって作る?」

「淹れるって言いなさい。時間を貰ったのは其の事よ。今までは病人だったから免除してきたけど、本格的に暮らすんだから決りを幾つか覚えて貰う」

「訓練って事か」

「日常生活のね」

 

 

◆◆

 

 

 彼女がミニスカートのポケットから取り出したのはメモ書きである。

 

「なんぞ?」

「なんだこれは。変なスラングは止めなさい」

「これはなんでしょうか。ご当主様」

「見ての通り家事分担表よ。前の家では桜に任せっきりだった様だけれど。ここではちゃんと義務を果たして貰うわよ」

「誤解の無いように言うけれど、ちゃんと手伝ってたぞ」

「力仕事だけでしょ。もう裏は取ってるんだから」

 

 彼は戸惑いを隠す様に頬を掻いた。

 

「ここは広いから異存は無いけれど……随分多いな」

 

 凛は御構いなしにこう言った。

 

「掃除の頻度は場所で異なるから注意して。毎日掃除するのは、家の前の道・玄関・食堂などの使用頻度の高い場所や人が多く通る場所。数日おきに掃除するのは、浴室トイレなどの水場。庭掃除は週一で良いわ。けれど。受肉したあの二人とアンタら兄妹の生活がこの家に定着すると、掃除の頻度が上がる事を覚えておいて」

 

 凛は、つんとすまし顔である。

 

「これを当り前だと思えば、真人間に近づけるわね。異議は?」

「ない」

 

 彼が、メモに発見したのは大型スーパーの名前である。

 

「買物は、わざわざ駅前まで行くのか」

「新都のスーパーの方が安いのよ」

「新都まで毎日徒歩で往復か。バス代は?」

「あのね。バス料金をだしたら安さが目減りするでしょ。リハビリも兼ねて一石二鳥。実利はおいおいで良いからそういうコスト意識を持ちなさい。養う人数が増えて大変なんだから。異議は?」

「ない」

 

 メモを見ていた彼は、とある項目が無い事に気がついた。

 

「役割分担に料理が無いけど」

「あーら。料理を馬鹿にして貰っては困るわ。器用さは当然の事、季節による素材の変化、食べるヒトの体調や健康への考慮を含める高度な技術体系を構築しているんだから。そう簡単に、台所は任せないわよ」

「そう」

「そっちは当面良いわ。母さん・桜・私で三人も居るから。とにかくアンタは早く身体を完全に戻しなさい」

「キャスターもできる。少々変わった味付けだけれど。食事に興味が無いライダーは、多分無理かな」

「ふぅん。面白そうな話ね。それ」

 

 彼が渋い顔になったのは、凛が敵の弱点を見つけた様な顔をしていたからであり、その後の展開を幻視したからである。

 

「一泡吹かせられるなら試す価値はあるか……なによ突然深刻な顔をして」

「彼女のマスターだって事を思い出した。契約したの何時だったかな」

「その発言は贅沢も良いところよ」

「俺は、彼女を特別とは見てないんだな」

「尚悪いじゃない。サーヴァントなんだから」

「そういえば、委譲はいつにする?」

 

 凛は「はぁ」とため息をつくと、苛立ちと悔しさを隠さず宙を見た。

 

「キャスター委譲の件は辞退する」

「なんで」

「しばらく顔をつきあわせてみて感じたんだけど……魔術師メディアは格が違いすぎるのよ。真也は素直にランサーを認められるけれど、私はそう言う訳には行かない。加えてあの性格だしね」

「分かった。なら引き続き俺がマスターを引き継ぐよ」

「そうして。あんたら上手く釣り合ってるみたいだし」

「なら魔術師メディアの家庭教師でいこう。授業料一〇〇〇万円でも高くないぞ」

「あのね。魔術師がその秘技を他人に教える訳ないでしょ」

「一族で根原に辿り着く事を目的としているから一子相伝なんだけど。彼女にそのつもりは無さそうだし、メディアの業が手に入るなら、教えを乞うぐらい大したこと無いと思うけどね」

「考えておく」

 

 彼は、左手甲に刻まれた術式を右手で擦っていた。

 

『キャスター』

『はい』

『ごめん。なんでもない』

『何かあれば、直ぐにおっしゃってください』

『ありがと』

 

 ぼんやりとメモを見ている真也に言う凛の口調は、少し強かった。それは、彼女なりの発破だった。

 

「私は、魔術師を辞めるつもりはないし、この家を絶やすつもりもない。良い機会だから聞いておくわ。アンタこれからどうするのよ」

「少し考えたんだけどね。土方とかアルバイトとかを……何だ。その“アンタバカ?”見たいな顔は」

「特化されているとは言え。サーヴァントと張り合う程の身体能力強化の魔術と直視の魔眼を持っている真也がフリーター? 冗談にしては度が過ぎるわ……なによ。それ」

 

 彼は、取り出した五〇〇円と同じサイズの硬化を、彼女の目の前で容易に捩じ切った。ローテーブルに置かれたそれはカランと何の取り繕いもない音を立てた。

 

「人間は慣れる生き物だから、俺はこれに慣れてしまう事を危惧してる。例えるなら、拳銃を持つ事に慣れる様な感じ。だから極力使うべきではないと言う選択案をも考えてる」

「真也のそれは死ぬまでついて回るモノよ。上手くつき合う方法を考えたら?」

「分かってる。だから。フリーターってのは上手くつき合う方法として考えている選択肢の一つ」

「なら。私の助手に成りなさい。時間は止まってくれなし、避けては通れない事なんだから」

「助手の事は考えておくよ」

 

 ティーカップを置いた凛は、静かに彼を見据えていた。

 

「あんな事が終わったばかりで、ふぬけてるとは思うけど、気を引き締めなさい。冬木は歪みの土地。こう言う事は事欠かないのよ。衛宮君が遭遇したおさん狐もその一つ」

「分かった」

「来週に一度時計塔に行くけど。留守番できる?」

「俺としては逆に時計塔が心配だな」

「あら。言ってくれるじゃない」

 

 彼は、彼女と小さく堅く笑い会った後にこう言った。

 

「まだ、バタバタするな」

「少しだけよ」

「そろそろ寝る時間だから部屋に戻る。ごちそうさま」

 

 そして、ゆっくりと立ち上がった。彼のその発言は、リビングの扉を開ける直前だった。

 

「そういえば。ランサーの槍はどこだ?」

「地下工房だけど。これから取りに行く?」

「いや。今はまだいいや」

 

 その扉は、パタンと閉じた。凛は感じる違和感がどういうものか扱いかねていた。扉の向こうで、『私だって難しい話できます!』と妹が騒いでいた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 地下工房の水晶玉に映る主の心臓は、ドクンドクンと動いていた。

 

 キャスターの付いたため息は、工房の暗がりに混じって溶けた。映る心の臓器が七色に変化しているのは、事の重大さを示しているからである。

 

「これは、予想外だわ」

 

 彼女は、魂がどういうものか、神代の術師として相応しい程度に知っている。現代に生きる普通の人の魂から神代のモノまで網羅している。だが。彼女が診る心臓は、現代と神代を跨ぐシロモノであり、彼女とてみるのは初めてなのだった。

 キャスターが揉んだのは、自信の目頭だ。

 

(術師としての限界に挑むと言えば聞こえは良いけれど、私のマスターは、本当に仕え甲斐があるわね)

 

 彼女は、部屋の片隅に溶ける様に立つライダーにこう言った。

 

「貴女の所感を頂ける?」

「……」

「言及が難しいと言うこと」

「シンヤの精神状態は、一般的なモノです。ですが私はその結果に不安を感じています」

 

 

 キャスターの水晶玉は、測定から目覚めた真也の状態が理論と一致しないと報告していた。

 

「測定の影響が読み切れない……治ってしまっている様に見えるのは不安要素に他ならないわ」

 

 望ましい結果が得られたとしても、手段と理論が一致しないならば、そこに“正体不明の”ファクターがあると言う事に他ならない。一時間かかる旅程が一分で済んでしまえば誰しも不安がる事と同じで、神代の魔術師であるキャスターには、それが看過できなかったのだ。

 

「私の考えでは。覚醒した直後のマスターに変化はない筈。ところがそうなっていない」

 

 未知のモノに対処する方法はある。例えば見ず知らずの動物に遭遇してしまった場合を考えてみる。その生き物は、じっとして動かない。未知なので、この動物が何を考えているか分からない。そこで、ゆっくりと下がってみる。その生き物が立ち去れば、自分に興味が無いと言う事が分かる。追い掛けてくるなら、何らかの興味を持っている事が分かる。それが致命的なモノなのか、友好的なモノなのかは、その次の問題だ。

 ここでのポイントは、前と後を一回ずつ測定しなくてはならない事だが、魂は繊細なモノという既知の情報があるので、二度目の測定を極力避けなければならないのだった。

 ライダーは言った。

 

「魂の再測定を行うのですか」

「状況の推移を見て判断します」

「魂は、測定そのモノの影響を受け測定結果に変化を生じさせます。また測定者によっても、その結果は異なります。キャスターの魔術技能は評価しますが、測定はともかく評価に見落しが生じた以上、今の治療方針を見直しをするべきです」

「私が有する手段は他に無い。話は以上だけれど、質問はあるかしら」

「貴女が行使した【一回目の測定がシンヤの精神に与えた影響】を、私は憂慮しています」

 

 彼女は悟られていた驚きをおくびにも出さず、水晶玉をそっと撫でた。

 

「マスターとの契約内容を、貴女はご存じ?」

「いえ」

「地獄の底まで供をする。これは供をすると言う制約であり、供をされるという制約でもある」

「シンヤの破滅を望んでいないならば、効果・目的がどうあれ魔術の本質は呪いだと言う事を自覚しなさい。それが精神に直接強いるモノなら尚更です」

「地母神らしい発言だけれど、私と契約する事は、そう言う事を内包する事なのよ。そもそも魔術師に言うべき言葉ではないわ」

「貴女に三度目の不幸が訪れない事を祈ります」

 

 

 ライダーの姿がスゥと消えた。

 

「本能か経験かまでは分からないけれど、マスターが私に対して作っている距離は――」

 

 彼女は、様々な感情が入り交じった瞳で、水晶玉の中の主を見た。

 

(私にとって最後の幸せなのかもしれない)

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