Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
一日目 目覚め
とある国に一つの騎士団があった。
『騎士団』とはいっても、彼らは現代の人間が想像する騎士像とはまるで別物。実体は傭兵の集まりのようなものだ。
不忠さえしなければ何をしても許されると思っているような連中だったから、隣国に戦争を仕掛けてその日の晩には忘れるなんてことはザラ。周りの国よりも、むしろ騎士団の内部にこそ油断ならない人間が多いとまで言い出す始末。
そんな荒くれ者の騎士団において、思慮深く、情け深いことで知られる男がいた。
さて、だからといって彼が思慮深いだけの男だったかと言えば、それは間違いである。
ひとたび武器を執れば一騎当千。七百人力とまで言われる彼の力で振るわれた剣は、あらゆる敵を打ち倒す。彼は『騎士団の誉れ』とまで称された。
彼は思慮深く、情け深い男ではあっても、やはり他の団員と同じく戦いを愛する戦士でもあったのだ。
また、彼は宴を愛し、女を愛した。
宴に誘われたならば決して断らぬ、と生涯の誓いを立てるほどに。
抱いてくれと請われれば、どんな女をも抱くほどに。
よく戦い、よく食らい、よく愛する。
英雄を絵に描いたような男こそが彼であった。
そんな彼だからだったのか。ある日のこと、男は一人の女にこう請われた。
『私を抱く代わりに、私の息子を一年だけ王位に就かせてほしい』
男は戦士であり、同時に王の血族である。
事実、そう請われた時には、彼はその国の王であった。
けれど男は戦いを愛し、女を愛する英雄である。
男は女を抱き、代償として王座を明け渡した。
王座に未練はない。
王の責務から解放されて一介の戦士に戻れるのなら、むしろ清々しいくらいだ。そのために女を抱けるのならなおのこと。
さらに女の息子が、自分以上に上手く国を統治するのを見れば、これが国の為なのだということも理解できた。
一年後。男は王には戻らず、ただ一人の戦士となった。
それから間もなく、その国の姫君が五十人ばかりの侍女を伴って行方知れずになる事件が起きる。
王や戦士たちは国中を探し回ったが、女たちの行方はわからないまま。
やがて力のあるドルイドがこう語った。
『彼女たちは常若の国に消え去ったのだ』
その事件からさらに数年。女たちのことがすっかり忘れ去られようかという時に、それは起こった。
その日、数人の戦士を連れて狩りをしていた王は、夢中になってつい獲物を深追いしてしまった。
随分遠くまで足を延ばした彼らは、とても今日の内には城には帰れぬとその場で野宿することを決めた。
戦士の一人として王とともに狩りに出ていた男は、皆が寝静まってからもなぜか眠れなかった。
しばらく辺りを散策することにした彼は、そこで行方知れずになっていた姫と、その傍らに立つ美しい青年に出会う。
『今日の善き日によくぞ参った』
青年が口を開いた。
あまりの神々しさに、男は青年が人間ではないとすぐに悟った。
────人間では有り得ない。ならばこのお方は、まさしく神そのものだ。
『私たちは、だれか身内の人間が訪ねて来てくれるのを待ちわびていました』
あまりのことに呆然とする男をよそに、姫が微笑んで彼に言う。
『今宵は皆のところに戻るがよいでしょう。そうして夜が明けたなら、私は貴方たちの国に一つの贈り物を差し上げます』
彼女の言う贈り物こそが、いずれ彼の国の盾となるもの。
そして彼は、その盾を受け取った男であった。
目を覚ますと、見慣れた狭い部屋にいた。
「あー……」
頭が酷く重い。おまけに何故か全身筋肉痛。
正直、布団から身を起こすことすら億劫だ。
今日は幸い日曜日でバイトもないし、このまま二度寝と洒落込むのもいいだろう。
そう思って、再び目を閉じる。
何故に筋肉痛になっているのか、なんて疑問はさておいて、今はこの微睡みに身を任せてしまえ────、
「マスター? 目を覚ましたのではないのか?」
「!?」
枕元で聞こえた声に反射的に身を起こした。
この部屋で自分以外の声があるハズがない。自分はこの部屋に一人暮らしで、ここの鍵は誰にも預けていない。
そんな部屋で自分以外の声が聞こえたなら、それは間違いなく不法侵入者である。
慌てて声の方向に向き直ると、そこには青い髪の大男が畳の上にどっかと座っていた。
「マスター?」
「あ」
その姿を見て、眠気なんて跡形もなく吹っ飛んだ。
怪訝な表情でこちらを覗き込んでくる男に、自分は確かに見覚えがある。
「えと、セイバー?」
死地と化した工事現場。
手を引かれて走った街並み。
海浜公園での襲撃と出会い。
新都の教会で聞かされた戦いのルールと賞品。
帰り道、冬木大橋での激闘。
寝起きとはいえ、とんだ巡りの悪さだ。
こうしてセイバーに対面するまで、それら全てを思い出すことが出来なかったなんて。
「ああ。おはようマスター。どうやら調子は良いとは言えないようだが、大丈夫か?」
「ああ、うん。悪い。身体はダルいけど、別に問題はないよ」
こちらを気遣うセイバーに、なんとか取り繕って九条は答えた。
「ならいいが、調子が悪いならば無理せずに休むことだ。
なにせ、昨日は私の召喚直後に二連戦をやらかした。普通の魔術師でもツラいだろうに、貴殿は一般人だったのだからどこかしらに無理は来て当然だ」
それは昨夜、雅にも言われたことだ。
ただそう言われても、九条には自分の身体のどこに異常が出ているのか把握できていない。自分自身の見解としては、先ほどセイバーに語った通り身体がダルいくらいである。
なので九条の意識は自分の体調よりも、昨夜巻き込まれたばかりの『聖杯戦争』とかいう戦いの方向へとシフトしていく。
「昨日……。二連戦」
特に冬木大橋での二戦目。
髪の長い女が使役していたバーサーカーは、ただひたすらに圧倒的だった。思い出しただけで、今でも手の震えが止まらない。あれは周囲に死をまき散らすだけの恐ろしい戦闘マシーンだった。
「よく生きて帰ってこれたよな……」
「主を守るサーヴァントとしては情けないことこの上ないが。私も同感だ。
あのタイミングで彼らが退いてくれなければ、こちらの全滅も十分にあり得た」
戦いに関して素人の九条とは違い、セイバーはその道のプロと言っても差し支えない存在だ。そんな彼がそう言うのなら、それは限りなく現実的な可能性だろう。
「……なんだかいきなり絶望的だな。あんなの相手に勝ち目なんてあるのかよ」
九条が参加を決意した聖杯戦争で優勝するには、自分以外の全てのサーヴァントを倒さなければならない。その中には当然、昨夜戦ったバーサーカーも含まれる。
昨日バーサーカー相手にアレだけ苦戦したのだ。はっきり言ってしまって、勝ち目なんてほとんど無いように思われた。
だが、セイバーは九条の不安を吹き飛ばすかのように断言してみせる。
「そんなもの────」
「あるに決まってるでしょ?」
朝食後のお茶を飲んでいた雅は、アーチャーからの『バーサーカー相手に勝ち目はあると思うか?』という質問にそう返した。
「っていうか、あなたは『勝ち目がない』とかって思ってるワケ?」
「いいえ。ただ、昨夜の戦いでは攻略の糸口すら掴めませんでしたから」
「ああ。私が弱気になってるんじゃないかって心配になったのね?」
「あ、いえ。決してそのようなことは……」
「いいわよいいわよ、気にしてない。あなたに比べたら私なんて、戦闘経験皆無のぺーぺーのひよっこだろうから」
ひらひらと片手を振って、雅は気にしていないとアピールする。
確かにアーチャーの言う通り、昨夜のバーサーカー戦ではあの狂戦士相手にこちらは終始圧倒されっぱなしだった。
今の段階でアーチャーが単身バーサーカーに挑んだ場合、敗色は濃厚と言わざるを得ない。
だがそれはバーサーカーに対して勝ち目が薄いだけで、『バーサーカー陣営』に対して勝ち目が薄いのとは別なのである。
「確かにバーサーカーは圧倒的よ。もしかしたらアレは、今次の聖杯戦争で最強のサーヴァントかもしれない。
でも、どんなサーヴァントでも例外なく大きな弱点を抱えてる。マスターっていう足手まといをね」
そうでしょ? と小首を傾げて見せると、対面に座るアーチャーは満足そうに微笑んだ。
「そうですね。高ランクの『単独行動スキル』でも持っていない限りは、サーヴァントはマスターなしでは存在できません。
現状でバーサーカーが無敵であったとしても、マスターさえ排除出来ればそれで我々の勝利です」
「ああ、そっか。アーチャー以外にもそのスキル持ってる可能性あるのね。うっかりしてたわ。
でもまあ、バーサーカーに関してはその心配はないでしょ。でなきゃ、昨日アイツがあのタイミングで退いた意味がわからないし」
言いながら回想する。
昨夜冬木大橋で雅たちにしかけてきたバーサーカー陣営は、その暴力的なまでのスペックでセイバーとアーチャーを圧倒した。
アーチャーの援護射撃を迎撃しつつ、間近で剣を振るい続けるセイバーを追いつめていく悪夢のような光景。
ほんの数分間の攻防の果て。ついにセイバーが膝を付き、バーサーカーが剣を高く振り上げたその時だった。
『止まりなさい、バーサーカァァァァアアアアアアアッ!!』
喉を裂かんばかりの絶叫が辺りに響きわたり、狂戦士の動きが止まった。
視線を向ければ、息も絶え絶えといった様子のバーサーカーのマスターの姿。
『はあ、はあ、はあ……! 今日のところ、はッ、このくらいにしといてあげるわ!』
そう捨て台詞を残して、狂戦士の主従は雅たちの前から姿を消したのだった。
「あれは明らかにマスター側の魔力が足りてなかったって感じだったもの。アレ以上続けてたら、マスターの身が持たなかったんでしょうね。
なんて言うか、あのサーヴァント、大英雄って感じしたし。戦闘能力的に、狂化前でもかなりのステータスだったろうから。
ただでさえバーサーカークラスはマスターへの負担が尋常じゃないんだから、大英雄なんて狂化したら魔力がいくらあっても足りないでしょうに」
「それでも全くの考えなし、という訳でもなさそうです。
少なくとも昨夜は、撤退時に私の狙撃に対応させられる魔力を残して戦闘を中断していますから」
「それなのよね。ホントにただの考えなしなら、自滅であっさり脱落だろうから楽で良かったんだけど」
撤退時、アーチャーの追い打ちを切り払いながら逃げていくバーサーカーの姿がよみがえる。
あのままもうしばらく戦闘を続けていれば、魔力切れで自滅。自滅を免れたとしても、撤退時の追撃に対応できずに敗退していたことだろう。
引き時を間違えない辺りは、マスターとして最低限の戦略眼があるということでもある。
「とりあえず、現状でバーサーカー相手に打てる手は『マスターを狙う』か『相手の魔力切れまで防戦する』ことくらいかしら?」
「ええ。正面からバーサーカーと戦うことだけは避けた方が良いでしょうね」
「真名が割れれば、弱点とかもあったかもしれないけど。ちょっと情報が足りないわよね」
「……申し訳ありません」
突然の謝罪に雅は首を傾げた。
ここまでの会話でアーチャーが謝るようなことは何もなかったハズだ。
「なんで謝るのよ?」
「昨夜の戦いでは、敵を撃破するどころか、その能力を引き出させるほど追いつめることも出来ませんでした」
「それは……、まだ序盤で、みんな能力を隠しておきたいんだから仕方ないでしょ?」
「それだけではありません。
あの戦いぶりから察するに、私単独でバーサーカーを抑え込むことは難しい。だからと言って、サーヴァントが存命しているマスターの撃破は、アサシンを以てしても容易ではない。アーチャーである私ならばなおのことでしょう。
もしも私がバーサーカーよりも強力なサーヴァントであれば、こんな風に悩むことなく正面切って対決に臨めたかと思うと……」
「アーチャー……」
彼にしては珍しく、悔しさを滲ませたその言葉。
確かにアーチャーがバーサーカーよりも強ければ、魔力切れを狙うだとかマスターを狙うだとか、まどろっこしいことをせずに済んだかもしれない。
自身の力不足を嘆くアーチャーの気持ちを読みとって、雅は息を吐く。
「バカなこと言ってんじゃないわよ」
次に口を衝いて出てきたのは、そんな辛辣とも取れる言葉だった。
「あなた一人で戦ってるんじゃないのよ? 聖杯戦争は基本的には二人一組なんだから。あなたに勝機がないのなら、私が勝機を作る。それがマスターの役目でしょう?
私、あなたに命令だけしてふんぞり返ってられるほど、神経は図太くないつもりなの。
大体、クラス特性だってあるでしょうが。バーサーカーにはクラス別スキルで狂化があるんだから、元があなた以下だったとしてもバーサーカーになった時点で、あなたよりステータスは上になるわよ」
真っ正直にバーサーカーとぶつかって勝てれば、それが一番いい。
けれどそれは難しくて、そして難しいのが当然のことでもあるのだ。味方が時代時代の英雄であるのなら、敵もまた世界に名を馳せた英雄なのだから。英雄同士の戦いに、簡単に決着を着けられようハズもない。
だからこんな風に、アーチャーが単独で太刀打ちできないサーヴァントが出てくることも、雅としては想定の内であった。
それになにより、雅はアーチャーを力不足だと感じていない。
「あなたは弓兵で、遠距離からの狙撃と単独行動スキルによる負担の軽さが売りでしょう? その辺りはしっかり押さえててくれるんだから、文句なんてないわよ。
それに、昨日はあなたにかなりの無茶をさせた自覚もあるの。それでもあなたは文句一つ言わずに私の方針に従って、その上できちんと生還してくれたじゃない。
そんなサーヴァント相手に、『弱くて使えない』なんて言えないし、言わない。あなたはむしろ、私みたいな半端者には過ぎたサーヴァントよ、アーチャー」
「マスター……」
「この話はこれでおしまい!
初日から無茶もしちゃったし、偵察は使い魔にでも任せることにして、今日は休息に充てましょう」
そう言って一旦会話を打ち切る。
少し喋りすぎた。これ以上、口から出るのに任せていたら、もっと恥ずかしいことも口にしてしまいそうだ。
「あ、暇つぶしがてらに、あなたの話とか聞かせてくれると嬉しいんだけど。竜殺しの話とか。最強の幻想種を相手に、どうやって戦ったのかとか興味あるわ」
雅は恥ずかしさを誤魔化すように言って、紅茶を飲み干したティーカップを片づける為、席を立った。
キッチンに向かう途中、背に「正直、死にかけた思い出しかないな……」とボヤくアーチャーの声が聞こえて、思わず破顔する。
そうしながらふと、昨夜つかの間の共闘を果たした主従のことを思い出した。
「……そう言えば、九条さんは無事に帰れたのかしら?」
深山町の西側郊外には森が広がっている。
冬木市から車でおよそ一時間。滅多なことでは人の立ち入らない樹海。
曰く、その森の中には幽霊城があるらしい。
鬱蒼と生い茂る木々のせいで、昼なお暗い森の中を進んで、進んで、進んだ先に、場違いなほどの豪奢な城があるという噂だ。
とはいえ、しょせん噂は噂。
その城を実際に見た、という人間は皆無。そもそも樹海の中に踏み込もうという人間さえもほとんどいない。大体、こんな森の中に城を建てること自体、意味不明に過ぎる。
実在が不確かな幻の城。
そう言った意味で、それはまさしく幽霊城だった。
「この、役立たずッ!!」
そして、そんなヒステリックな声が聞こえたのは、まさにその幽霊城のロビーにあたる部分であった。
「なんなの! 昨日の! あのッ、醜態はッ!!」
女の声がロビーに反響する。
そこには一々価値を計るのもバカらしくなるくらいの調度品が溢れていた。床に敷き詰められた絨毯は心地の良い反発を足裏に返し、天井からつり下げられているシャンデリアは綺羅星の如く輝いている。
そこは幻の場所などではなかった。存在があやふやだと思われていた幻の城は、事実としてこの場所にある。
人の訪れない樹海の奥で、人を待つこともなく、ただひたすらに無駄に豪華なその姿を保ち続けていたのだ。
「この私がッ、アレだけ魔力を提供したにも関わらずッ! サーヴァントの一人すら、倒しきれないだなんてッ!!」
そう叫ぶ女の側には、一人の人影がある。
黒い騎士甲冑に身を包んだ男性。サーヴァント・バーサーカー。
女の罵倒に何一つ言い返さないまま、微動だにしない。
それもそのハズ。バーサーカーのクラスに収められた時点で、彼のサーヴァントからは理性が剥奪されている。いわば、命令を待つだけの、ほとんど意志のない駒だ。
故に、どれだけ罵られようと、彼がその女に言い返すことはない。
「お前は、この私の……、オリヴィア・プルーストのサーヴァントなのよ!
それなのに、あんな無様をさらすなんてッ!!」
バチンッ、と乾いた音が城内に響いた。
女の──オリヴィアの平手がバーサーカーの頬を打ったのだ。
彼女はそのまま二度、三度とバーサーカーに平手を叩きつけて、息も荒く自身のサーヴァントを睨んだ。
「はあ、はあ、はあ……! 魔力喰らいの木偶の坊め……、とんだハズレサーヴァントだわ。
とにかく、このバカを使うには魔力が全然足りない。魔力……、魔力をもっと集めないと……」
そう結論付けたオリヴィアは、ただ黙って立ち尽くすバーサーカーにはもはや目もくれず、城の奥へ奥へと進んでいく。
残されたバーサーカーは、やはり一言も発さずにロビーに立ち尽くしたまま。罵倒も、体罰も。まるでなかったかのように、その場に留まり続ける。
彫像のように。あるいは、静かに侵入者を待つ防犯装置のように。
次の命令があるまで、彼がその場を動くことはない。
「ステータスっていうの。四人分しか確認できないなあ」
一人暮らしのアパート。その狭い台所で、九条はそう言って首を傾げた。
「昨日はセイバー含めて六人のサーヴァントを見たハズなんだけど」
「それはその時、貴殿がまだマスターではなかったからだろう。サーヴァントの能力を把握する透視能力は、あくまでマスターに与えられるものだ」
「ああ、そっか。セイバーを召喚してから見たサーヴァントの能力しかわかんないのか」
言いつつ目を閉じる。
昨夜見たサーヴァントたちの姿を思い返すと、その大まかな能力値を確認することができた。
ちなみに起き抜けに話していたバーサーカー戦に関しては、相手の魔力切れか、マスターの排除が有効だ、という結論が出ていた。
曰く、昨夜の戦闘から察するに、マスターの魔力供給が追いついていないとのこと。
確かにマスターであるあの女は、苦しそうにしながら、自分たちの優勢を放り投げて帰ってしまった。
で、その話の後、九条の腹が空腹を訴えて今に至る。
よくよく考えてみれば、昨日は家に帰ってからすぐに眠ってしまったので夕食を口にしていないのだ。それは腹が減って当然というもの。
そんな訳で、現在は朝食の準備中。
昨日のどさくさでどこかに落としてしまった餃子とコロッケを惜しみつつ、冷蔵庫にあった
九条の調理中、セイバーはずっと放置。……なんてことは、さすがにできないので、今後のためにという意味も込めて『マスターとして戦うにはどうすればいいのか?』と話題を振った結果、今の会話の流れとなった。
セイバーが言うには『サーヴァントと契約によって繋がったマスターには、そのステータスを読みとる透視能力がある』ということらしい。
戦いに関して素人の九条でも、戦力の把握が大事なことくらいはわかる。
そのため、うんうん言いながらステータスの把握をしようと試みて、それは思いの外あっさりと成功してしまったのだった。この辺りが『聖杯の補助』というものなのかもしれない。
「え、と。セイバーの能力値は……、筋力がA+、耐久と敏捷がC、魔力と幸運がDか」
それが高いのか低いのかの判定もできないまま、能力値を口に出す。
「これ、何基準だ? なんとなくAが強そうなイメージだけど……」
自分のパートナーが強いかどうかは、勝敗に直結しそうなのでやはり気になるところだ。
仮にAランクが一番強いとなると、CやらDはどの程度なのだろうか。A+という表記も気になる。これは字面通りに『Aランクを越えている』と解釈していいものか。
「基本的にはAからEの五段階評価だ。Aが一番強く、Eが最も低いランクということになる」
と、ここでセイバーの補足説明。
九条は脳内でもう一度セイバーの能力値を確認してから、口を開いた。
「じゃあセイバーは筋力が最高値で、逆に魔力やら運やらは最低に近いってことなのか」
「そうなるな。我ながら運の悪さは気になるところだが……。
ちなみに『+』というのは瞬間的に能力を倍加できることを示している。私で言えば、瞬間的に筋力が二倍になるということだな」
「おお! それってすごいじゃないか! つまりセイバーは筋力勝負になれば誰にも負けないってことだろ」
ゲームなどでは何らかのボーナスとして書かれるような表記だったから、何かしらのメリットはあると思っていたが、まさか能力二倍とは。良い意味で予想外である。
その上、セイバーの筋力は最高評価のAランク。これなら単純な力比べなら誰にも負けはしない。
そうはしゃぐ九条を余所に、セイバーの顔はやや曇り気味だった。
「マスター、その……。私の能力を買ってくれるのは喜ばしいのだが、その前にバーサーカーのステータスを確認してみてくれないか」
「バーサーカーの?」
首を傾げつつ、目蓋の裏でバーサーカーの姿を思い描く。
セイバーに比べれば開示されている情報の少ない黒騎士の、その基礎能力を目で追った。
「は?」
愕然とする。
昨日、あの橋の上で見たときも圧倒的な強さだと思ったが、改めてステータスを確認してみて、その強さに何かの間違いじゃないのかと本気で思った。
「なんっだよ、これッ!?」
「落ち着けマスター。私には、貴殿にどの程度の能力値が見えているのかわからん。口頭で構わない。伝えてもらえると助かる」
落ち着いたセイバーの口調に、少しだけ冷静になる。
それでも内心は動揺したまま、自分に見えていたものを吐き出した。
「……魔力と幸運以外はAランク。幸運はDだけど、魔力もBランクだ。
それにその、筋力に関してはセイバーと同じA+だった」
「やはりそうか」
「やはりって、気付いてたのか……?」
九条の問いに、セイバーが苦笑しながら答えた。
「体感的にな。まともな押し合いで押し切れなかった以上、Aランク相当の筋力があるのでは、と予想はしていた。
もっとも、まさか私と同じ『+』持ちとは思わなかったが……」
「厳しい……よな? こっちの有利な部分と相手の有利な部分が被ってんだし」
「そうだな。格上相手に自分の持つ最強のカードが通用しないのは、正直なところかなりの痛手だ」
唇を噛む。
そもそもの前提として九条は全マスター中最弱。戦え、と言われても戦う能力のないマスターだ。
対し、バーサーカーのマスターは少なく見積もっても九条以上に戦えるハズだ。なんせ、巻き込まれる形で参戦した素人の自分とは違って、向こうは聖杯戦争のことを知る魔術師である。
マスター同士の戦いでは勝負にならない。加えて、サーヴァント同士の戦いでもこちらの方が分が悪い。
「そう悲観するな。生きている内は、まだ負けじゃない」
「セイバー……」
「性能が違うなら違うなりの戦い方がある。正面から突破してみせる! と胸を張って宣言できないことは心苦しいがな」
そう言って笑うセイバーに、沈んでいた気持ちが幾分軽くなった。
そうだ。そもそもバーサーカー相手には持久戦を狙おうと話したばかりなのだ。これは、あるとわかっていた戦力差を改めて浮き彫りにしただけ。
それに、これだけ明確に戦力差が見えているなら、無謀な突撃はしない。躊躇なく、最初に決めた『相手の魔力切れ』を狙った戦いを選択できる。
「それはそれとして、マスター。その鍋、もういい具合ではないのか?」
セイバーの指摘に、会話に裂いていた意識を鍋へと向けた。
ぐつぐつと沸騰する鍋の中身は、もう十分に火が通り、部屋全体に食欲を誘う香りを放っている。
「ん? ああホントだ。ちゃちゃっとよそうから、ちょっと待っててくれ」
簡素な戸棚から二人分の茶碗を取り出す。
炊きあがったばかりのご飯と、作りたての味噌汁をよそって、セイバーの座る丸テーブルへと運んだ。
「難しい話は後にして、今はとにかく食べよう」
「……マスター。これは、もしかして私の分だろうか?」
ご飯と味噌汁。日本人的にはオーソドックス過ぎる朝食を前に、そう言って首を傾げたセイバーに、九条は首を傾げ返した。
「もしかしなくてもそうだよ?」
何を当たり前のことを、と疑問を抱いて、はた、と気がついた。
つい自分の基準で朝食を作ってしまったが、セイバーは明らかに外国人(と定義していいかも微妙なライン)だ。もしかしたら、米や味噌汁に抵抗があるのかも知れない。
とはいえ、現状で九条宅にある食物は、今まさに食卓に乗っているものしかないのだが。
そんな九条の不安を見透かした訳ではないだろうが、セイバーは首を振りつつ、
「いや、作ってもらっておいて申し訳ないが、私には食事は不要だ」
と、さらりと衝撃的な事実を口にした。
「え、不要って」
「そのままの意味だ。魔力さえあるのなら、サーヴァントは食事も睡眠も不要なのだ。
実際昨夜から今朝にかけて、私は眠らずに周囲の警戒を行っていた」
「そうなのか」
魔力というものがどういったものなのかは、未だにキチンとわかってはいないのだが、それがサーヴァントたちにとってのエネルギーということには間違いがないらしい。
それにしたって、食事と睡眠が不要というのは、とんでもない話だと思う。なんせ人間的には食事と睡眠、どちらか片方だけでは生きていくのも不可能だ。
それを、サーヴァントたちはたった一つのエネルギー元だけで活動可能とは。魔力ってやつはよほどエネルギー効率がいいものなのだろうか。
「そういうわけで、私には食事が必要ないから、これはマスターが食べてしまってくれ」
「む」
セイバーの言葉に眉根を寄せる。
セイバー的に、これは遠慮とこちらへの気遣いだろう。九条としても、その配慮は嬉しい。
だが、いくら九条が腹を空かせているとはいえ、九条的に『さすがに二人分は多い』わけで。
「あのさ。食事は必要ないって言うけど、サーヴァントは絶対に食事ができないのか?」
「? いや、必要性が薄いだけで食事事態は可能だが」
「そっか。ならさ、俺を助けると思って、これは食べちゃってくれよ」
キョトン、とするセイバーに、追い打ちをかけるように言葉を続ける。
「二人分はちょっと多いんだ。それに、自分だけ食べてるのも申し訳なくてさ。だから、一緒に食おう」
そう言って、九条は箸を握った。
対面に座るセイバーは、しばらく九条の顔を食器とを見比べていたが、やがて意を決したように、目の前に置かれた割り箸を手に取った。
「……そうか。では、お言葉に甘えて」
「ん。そんじゃ、いただきます」
「いただきます」
二人の声が、狭い部屋に響く。
誰かと『いただきます』を共有することなんて何時振りだろう、と思いながら口にした味噌汁は、少し塩気が多すぎた。
※こないだのUBW。アーチャー対ランサーで兄貴がかっこよすぎたので、不定期にでも続き書こうかと思います。
エタるかなー…。
あと、ぼちぼち修正かけてゆきます。
以前公開してたステータスは忘れるのだ……。
橋の戦いから明けての三陣営。
仲が良すぎのセイバー陣営の未来はどっちだ。