Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
よく食べる奴だなあ。というのが、九条からセイバーへの印象だった。
食事が必要ないとはなんだったのか、と首を傾げたくなる食べっぷり。
余り物をすべてぶち込んだ味噌汁は、正直な話二人分でも少し多いくらいだったのに、セイバーはもりもり食べて鍋の中身を空にしてしまったのだ。ついでに言えば、炊飯ジャーの中身も空である。
中途半端に残してしまうのも処理が困るので、それはそれで助かったのだが、これだけ食べて『まだ余裕』な表情をしているセイバーには戦慄を隠しきれない。
「すまないな、マスター。私は生来大食らいなもので……、思わず。それに、この味噌汁というものが美味くて……」
「美味かったならいいけどな。それに余らせても仕方ないし」
面目ない、と頭を下げたセイバーに軽く手を振りつつ、食器を洗う。
食事は終えた。
ならば、ここからは本格的に聖杯戦争について考える時間だろう。
九条がそう切り出すと、テーブルに座ったセイバーは指を立てて問いを投げてきた。
「その前に一つ尋ねたい」
「なんだよ?」
「貴殿が聖杯にかける望みはなんだ?」
「ああ、それか……」
あまねく願いを叶えるという万能の願望器・聖杯。
聖杯戦争に参加する者は、マスターだろうがサーヴァントだろうが関係なく、聖杯を手に入れようとする理由を抱えている。願望の内容は個人によってまちまちだろうが、だからこそマスターとサーヴァントとの間では『一番はじめに』お互いの願いがなんなのかを把握しておく必要がある。
何故なら、お互いの願いが相手の願いを否定しなければ叶えられない、なんて場合もあるからだ。土壇場でそんなことになれば、当然目も当てられない状況になる。
それを防ぐ意味で、一番最初にお互いの願いを吐露しなければならないのだ。と、昨夜教会でシスターにアドバイスを受けていた。
『場合によっては令呪を使うことになるでしょう。
サーヴァントによってはマスターを切り捨てる場合もあります。まず、何が何でも
その時は躊躇うな、とも注意された。
優しい娘だと思う。表情こそ変わらないように見える少女ではあったが、その言葉は間違いなく九条を案じてのものだった。
ともあれ、今はセイバーの質問に答えなければなるまい。
九条の願いがセイバーの願いとぶつかる。なんてことは万に一つもないだろうが、この先二人でやっていくことを思うと、黙っていても良いことなんてないだろうし。
一つ息を吐いて、九条は口を開いた。
「俺にはさ、年の離れた妹がいたんだけど」
「ふむ。妹君が」
「そう、妹。その妹がさ、結構前に死んじゃったんだよな」
「……、」
思い出すと辛くなる出来事。
それでも九条にとっては10年近く前のことだ。感情は幾分か風化してしまっている。故に、語る言葉がつっかえることはない。
そんな九条の言葉を受けて、セイバーの表情が曇った。
その後、間もおかずに痛ましげな表情から『もしや』という表情に変化する。
まあ気付くよな、と九条は内心で笑った。
「まあ、そういうこと。まだ小さくて、やりたいこともいっぱいあっただろうし可哀想だなあ、って。その妹を生き返らして、一緒に暮らす。それが俺の願いです」
万能の願望器。そんなものを前にして、我ながら小さな願いだとは思う。これで救われるのは自分だけだ。
世間様に与える影響は……、ないことはないだろうが、きっと微々たるものだろう。他の人間が叶えるような願いの方が、きっとずっと大層なハズだ。
「……なんだよ。そんな変な願いか、これ?」
と、セイバーが薄く笑っているのに気がついて、九条は眉根を寄せた。
「いいや、そうではない。ただ、マスターとサーヴァントは似た性質のものが引き合う、という話があってな。それを思い出していた」
「うん?」
首を傾げる。
確か、昨夜も似たようなことを言われた気がする。セイバーは九条の精神性に引かれた、とかなんとか。
そうは言われても、やはり九条には自覚はなかったのだが。
そんな九条の様子を見ながら、セイバーは薄く笑って願いを口にした。
「私の望みも貴殿と似たようなものだ、ということだ。
私が無様を晒したせいで失った家族と友人。私は、彼らと過ごす時間が欲しいのだ」
薄暗い部屋で目を覚ました。
枕元のメガネを装着し、現在の日付と時刻を確認。速やかにベッドから脱出すると、洗顔を済ませてクローゼットへ。昨夜のうちに用意しておいた服に袖を通して、身だしなみをチェック。
目に見えておかしな点がないことを確認してから寝室を後にする。
現在時刻は、目覚ましが鳴る五分前。実にいつも通りの朝である。
「おはようございます、アサシン」
踏み入った隣室に、サーヴァントの後ろ姿を見つけて声をかけた。
「はい。おはようございます、アベル殿」
振り返ってそう返答した彼は自然体で、後ろから声をかけられたことに対する驚きは見受けられない。恐らくはアベルが声をかける以前から、こちらの気配などとうに認識していたのだろう。
そうやって、『お嬢様の従者』という共通項を抱える二人は朝の挨拶を交わしあった。
「お嬢様は、まだお休みのようですね」
無意識のうちに寝室への扉を見つめつつ、アベルが言う。
従者たるもの、主より早く目覚めて、いつでも主のお世話が出来るように構えていなければならない。
その点で言えば、アベルもアサシンも最低限の役割は果たしていることになる。
もっとも、サーヴァントには睡眠が必要ないらしいので、アサシンが寝過ごすことは絶対にないだろうが。
「私の睡眠中、何か変わったことはありませんでしたか?」
「特には何も。ここの結界の精度が良いのでしょう。侵入者どころか、ここに近づこうという輩もいませんよ」
一応、夜通し警戒はしていましたが。と付け足してアサシンは笑った。
「戦いが動くのは基本的に夜でしょう。アベル殿も、もう少しお休みになられていても良かったのでは?」
「いえ、そういう訳にはいきません。お嬢様がお目覚めになられた時に、何のお世話も出来ないなどということは許されませんので」
「そういうものですか」
お勤めご苦労様です。そう言って頭を下げたアサシンに、アベルも釣られて頭を下げ返す。
「ところでアサシン」
「はい。なんでしょう?」
「貴方の方こそ、そのような格好でどこかに出かけるのですか?」
アベルの問いに、アサシンは自分の姿を確認しながら首を傾げた。
「ええ。少しばかり情報収集でも、と思っていたのですが……。そんなにこの格好はおかしいでしょうか?」
「……、」
問い返された形になったアベルは言葉に詰まった。
現在のアサシンは、召喚された時の戦鎧ではなく、アベルの買い与えた現代の洋服を身につけている。
襟元から白いシャツの覗く黒いカーディガンを羽織り、長く艶のある黒髪は、背中の低い位置で緩くひとまとめにされている。下半身を覆うのはライトグリーンのフレアスカートで、裾から伸びるすらりとした白い足が惜しげもなくさらされていた。
どこからどう見ても現代の一般女子。一目見ただけどころか、まじまじと観察しても、
それほどの擬態だ。
故に、アサシンの立ち姿におかしな点は全くない。全くないのだが、彼の
「おかしくはない、のですが……。その格好で出歩く意味は」
少しばかり眩しい足下から目を背けつつ問う。
「ええ。僕は正規のアサシンではないので、こうやってスキルで補わなければ『気配遮断スキル』がうまく機能しないのです。
……あれ? というか、この説明はアベル殿にも行ったと思うのですが?」
「ああ、はい。そうでした。説明されていました。はい」
「……?」
あまりにも現代女子の格好に馴染みすぎたアサシンを見て、多少ドギマギしていた、なんて言えようハズもない。
相手はサーヴァントな上、紛れもなく
「本当なら」
言って、アサシンの身体が光に包まれる。
「この格好で出歩けばいいのですが」
次の瞬間にアベルの前に現れたのは、薄布で顔を隠した着物姿のアサシンだった。手には横笛、腰には太刀と、やや奇妙な組み合わせではあるものの、不思議とハマって見える。
こちらも見た目は完全に女性のそれであった。華奢な体格の和装女子、といった印象だけに、腰に下げられた太刀が一層物々しい。
「『気配遮断』とはいえ万能ではありませんから。万一、この格好で発見されたときには言い訳なぞ効かないでしょう。
その点、先ほどの衣装なら、誰かに見られても一般人を装えますし。どちらの格好でも『気配遮断』が発動するなら、現代衣装の方が得かと思いまして。
それに、無理を言って購入してもらった衣服ですし、着なければ勿体ないですよ」
手にした笛をもてあそびながら、アサシンはからからと笑った。
この笛と、彼の身につけている着物(水干と言うらしい)がアサシンの『気配遮断スキル』の要らしい。
所持しているだけでDランク相当の『気配遮断』。身につけるか、それと
この場合の『同様』とは、女性にみえる格好ということだろう。
アサシン曰く、武蔵坊の勘違いのお陰ですね。
アベルにはよくわからなかったが、そのムサシボーとかいう人物が勘違いしたお陰で手に入れたスキルらしい。
つまり元々そういう効果のある着物だった訳ではなく、逸話によって効果が付与された物ということだ。
「では、僕はそろそろ行きます」
しばらくアベルに見られるがままになっていたアサシンは、やがて元の現代衣装に戻ると、そう言った。
「あ、はい。お気をつけて」
元々、情報収集のために外に出て行くところだったことを思い出し、アベルは慌てて道を譲る。
「僕が帰るまでの間、マスターをよろしくお願いします」
軽く会釈しながらドアを潜っていったアサシンをみて、アベルはため息を漏らした。
見た目、仕草ともに完全に女性。アレを初見で男性、それもサーヴァントだと見抜ける者がどれほどいるだろうか、と。
とにかく食料を確保しなければならなかった。
「ここが深山商店街な。ここにくれば大体の物は手に入る」
『そのようだな。野菜に肉……、なんと酒屋まであるのか』
「や、食い物だけの話じゃねえから」
『む? だが食料品を購入するのだろう?』
霊体化したセイバーと会話しながら商店街を歩く。
日曜日ということもあって、商店街には人通りも多い。新都の店に客を取られながらも、この商店街はなんとか折り合いをつけてやっているようだ。
それはともかくとして、セイバーの言うとおり食料品は購入しなければならない。
なにせ冷蔵庫の中は空だ。米びつの方にはまだ余裕があるが、食事が白いご飯のみというのは、さすがに耐えられない。
「たしかカボチャとキャベツが安くなってたよな。……ああ、あとモヤシか」
家から引っ張り出してきた広告を確認しながら呟く。
メニューとして思いつくのは、カボチャの煮付けとモヤシ炒めか。成人男性としては肉類も手に入れたいところである。無論のこと安く。
とりあえず、と八百屋に入ってカボチャとキャベツ、モヤシを袋に入れると、他にもめぼしいものがないか吟味していく。少しでも安く、少しでも多くは買い物の基本だ。
「そういえばさ」
マイタケを手に取りつつ、周囲の目を確認してから九条は口を開いた。
「工事現場、海浜公園、冬木大橋って、昨日戦った場所は一応全部回ってみたけど、全部元通りだったな。アレってどういうことなんだ?」
『それは破壊痕が見受けられなかった、ということを言っているのか?』
「そうそう」
昨夜の戦闘。その戦場となった場所には、小さくない破壊の跡があってしかるべきなのに、商店街にくるまでに立ち寄ったそれらの場所には、戦闘があったことを感じさせない穏やかさがあった。
すべて元通り。戦闘前の状況そのものである。九条は思わず自分の記憶を疑ったほどだ。
『神秘は秘匿されるべきものだ。故に、誰かしらが秘匿の為に動いているのだろう』
「……いや、そんだけで済ませていいのか? 簡単に直せそうにないくらい、結構ムチャクチャ壊れてたと思うんだけど」
『魔術師のやることは、時に我々の想像を超えるものだ』
「セイバーが言うなら、そうなんだろうけどさ……」
微妙に納得できないまま、マイタケを戻して代わりにエリンギを袋に入れた。レタス、は平時より高い気がするので断念し、思ったより安かったトマトをいくつか袋に入れて会計を済ませる。
「あとは肉屋とー。卵も欲しいか」
卵は確か新都のスーパーの方が安かった気もする。
粗方買い物を済ませたら、自転車でも漕いで新都に向かうべきだろうか。
「つーか、しまった。橋の方覗いたついでに、スーパーまで行けば良かったんだ」
『スーパー?』
「買い物するとこだよ。あー、やっちまったなぁ。めんどくせえ」
『貴殿はすでにここで買い物をしていると思うのだが……?』
「あー、そうなんだけどそうじゃなくて」
なんと言って説明すべきなのだろうか。
セイバーは見るからに戦士であって主婦ではないし、一円でも安くあげたい九条の心情なんて話しても理解してくれるかどうか。そもそも『英雄』なんて呼ばれる人種が、現代人と同じ金銭感覚を持っているのかも怪しい。
卵は諦めてこちらで買うかな、なんて九条が思い始めた時だった。
『気を付けろマスター。サーヴァントの気配だ』
緊張をともなったセイバーの声に身を硬くする。
直後、九条の視線が見知った人影を捉えた。
「あ、いつは……」
遠目でもわかる燃えるような赤い髪。すらりとした長身を、黒のスラックスと白いシャツで包み込んだ美丈夫。
衣装こそ違っているが間違いない。アレは昨夜、九条を手に掛けようとしたサーヴァントだ。
「ライダー……!」
身体が震える。自分の喉が干上がるのを感じた。
一度殺されかけたのだからそれも当然のこと。
それでも恐怖は三割減だ。
今は傍らにセイバーがいてくれる。
『そうか。アレがライダーか』
「ああ。どうする、セイバー?」
『人目もある。ここで仕掛けるのは得策ではないな』
そう言われて、思わず周囲を見渡す。
老若男女問わず、商店街の人通りは多い。さすがは天下の日曜日だ。
こんな中で戦いを仕掛けようものなら、いったい何人の人間が犠牲になるか知れたものではない。
だが、幸いにも向こうはこちらに気付いていないらしい。
何を話しているのか。ライダーは、一軒の店の前で、店員らしき人物と親しげに会話している。
遠目なのではっきりと断言はできないが、アレは確か大判焼きの店ではなかっただろうか。サーヴァントが立つにはあまりにも不似合いな場所である。
とにかく向こうが気付いていないのなら、今のうちに距離をとって向こうに気付かれない位置から様子を伺うのがいいだろう。
九条はそう思ったのだが。
『それに、奴は既にこちらに気付いている』
「え?」
直後、セイバーの台詞を裏付けるように、店員との会話を切り上げたライダーが九条へと向きなおった。
「よぉ! 生きてたようで、なによりだ!」
よく通る大きな声。
通りを行く人々の注目を集めるのも構わず、赤毛のサーヴァントは片手を挙げて、気安げにこちらへと近づいてくる。
九条は平凡な一般人だ。
それでも、昨日一日で随分『敵意』だとか『殺意』だとかいうものにも慣れた。現在のライダーからは、そう言ったものは全く感じない。
それでも反射的に後ずさりしそうな足を必死に留めて、九条はライダーを睨んだ。
「お前……」
「おー、怖い顔してんな。まあそう力むなって、楽にいこうぜ?」
へらへらと笑うライダーは、九条の敵意なぞどこ吹く風だ。
のれんに腕押し。この程度の敵意は、正真正銘、彼にとっては涼風と変わらないのかも知れない。
とうとう九条の目の前まで近づいたライダーは、まるで友人に接するかのように九条の肩を叩くと、
「昼間は戦わねえから安心しろって。それよりちょっと話さねえか?」
と切り出した。
思いもよらない言葉に困惑する。
九条と会話して、この男に何の得があるというのか。いや、それよりも昼間は戦わないという言葉は信用していいのか。
『どうする、マスター?』
つい先ほどとは逆に、今度はセイバーが九条に問いかけてくる。
『私としては提案に乗るのも良いと思うが。上手くいけば、ライダーについて何かしらの情報を得られるかもしれん。
いざ戦闘になったとしても、そのときには私がいる』
「……」
念話でそう訴えるセイバーの言葉にしばし黙考して、九条はライダーの提案を受け入れることにした。
もしライダーが会話だけで済ますつもりがなかったとしても、その時はその時だ。
どの道、敵対サーヴァントは全て倒さなければならない。その一人目がライダーであったというだけの話だと、割り切ることにする。
「いいぜ。話そう」
「決まりだな。
じゃあ、ちょいと場所を移そうぜ? サーヴァントとマスターの会話なんて、あんまり人目につかない方がいいだろ」
新都にある高級ホテルの一室。
普段よりも幾分遅くに目覚めたエヌマエル・ビューロウは、少しばかり重い身体を引きずって寝室を出た。
「おはようございます、師父」
部屋に踏み入った瞬間に聞こえてくる挨拶。
視線を向けると、そこには思った通り、弟子のレオン・モーガンがこちらに向けて一礼しているところだった。
「ああ、おはよう。……と、そのような時間でもないか。どうやら寝過ごしたらしい」
挨拶を返しつつ、時計を確認して苦笑する。
寝室に差し込む陽射しから、今が早朝でないとは思っていたが、もう正午近くである。自分は夜型だが、聖杯戦争中にコレでは、弟子に気が弛んでいると思われても仕方がない。
が、弟子はその辺りのことには一切触れず、食事の手配が必要かの問いを投げかけてきた。
「必要ならルームサービスか、私が何か購入してきますが」
「いや、それには及ばん。後で適当に見繕うことにする。それよりも、だ」
「はい」
「ライダーの姿が見えないが、今は霊体化しているのかね?」
「……いいえ」
微妙に間を空けた返答に、やはり、と思う。
基本的に昼間、ライダーがこの部屋にいることはない。ライダーは現界してからこっち、日中は気ままにどこかをほっつき歩いているらしいのだ。
「レオン。いくら戦いの中心が夜間だったとしてもだ、日中に戦いが起きないとも限らない。いざという時、サーヴァントがいなければ困るのは君だぞ」
「……はい」
「自分のサーヴァントの手綱くらいはキチンと握っておきなさい」
「面目ありません」
とはいえ、この件に関してはエヌマエルもあまり弟子のことは言えない。エヌマエルが召喚したキャスターもまた、マスターのことは二の次で、昼間は陣地作成に夢中なのである。
もっとも、キャスタークラスが勝ち残るためには陣地の強化は必須だし、ライダーと違ってキャスターはこのホテルの中にいる。意識すればほんの数十メートルの位置にキャスターの存在を感じ取れるのだ。
もしも日中に敵襲があったとしても、これならいつでも呼び出せる。そのこともあり、エヌマエルはキャスターの行動に関しては目を瞑っていた。
(それに、必要以上に干渉して、刃向かわれたりしたら適わんからな)
そもそも召喚しようとしていた
せいぜい裏切られんように利用してやるさ、と内心で吐き捨てつつ、ようやく感じ始めた空腹に、エヌマエルはなにで腹を満たすかを考え始めた。
「まあ、なんだ。とりあえずコレ食うか?」
商店街を少し歩くと、住宅街に出る。
その中にある寂れた児童公園のベンチに腰掛け、ライダーはそう言った。
「なんだよ、それ」
「大判焼き。うめえぞ?」
ほれ、と手に持っていた紙袋から、ライダーが大判焼きを取り出す。
どうやら商店街で見たものは、見間違いではなかったらしい。こいつはサーヴァントのクセに、商店街で堂々と買い物をしていたのだ。
「……」
「んだよ。そんな警戒しなくても、毒なんて入ってねえって」
違う。そうじゃない。
微妙な気分になった九条に、ライダーが見当違いのフォローを入れる。
とはいえ、敵サーヴァントと接触する時には、その辺りの心配もするべきなのか。
毒殺の可能性を全く考慮していなかった九条は、自身の想像力の無さに少々愕然としながら大判焼きを受け取った。
「……」
「だから毒なんて入ってねえって。殺すならキッチリ突き殺すわ。
つーか、受け取ったんだから食えよ」
ったく。そう悪態を吐きながら、ライダーが大判焼きを口にする。
途端、人のいない公園に大判焼きの甘い香りが広がった。
「……、」
匂いというのは不思議なもので、甘いものがそれほど得意ではない九条にも、大判焼きが大変魅力的な品に見えてくる。目の前で美味そうに大判焼きを頬張っているライダーも、そのことに一役買っているのもしれない。
手元の大判焼きとライダーを見比べていた九条は、やがて意を決して大判焼きにかぶりついた。
温かい皮が破れ、口いっぱいに中の餡が溶けだしてくる。口内を満たす甘い香りと味を一息に飲み込んで、九条は口を開いた。
「ライダー、お前」
「な? うめえだろ?」
「美味いけど、そうじゃない。コレ、カスタードじゃないか!」
「?」
「信じられねえ! 大判焼きって言ったら、普通は粒あんだろうが!」
「そうなの?」
はぐはぐ。
そんな擬音が聞こえてきそうなほどマイペースに、ライダーは二つ目の大判焼きに手をかけていた。辺りに漂う香りから、これはチョコレートだと推察される。つくづく邪道である。
「……まあ、いい。それより話ってなんだよ?」
大判焼きは粒あん派な九条は、言いたいことの大半を飲み込んで話を切り替えた。
そうでもしなければ話が先に進まない。まさかライダーの用事が『一緒に大判焼き食べよう』なんて平和なものだけで終わるハズがない。
「別に。見かけたから声かけただけだ。用事らしい用事はないわなあ」
「は?」
だが九条の意に反して、チョコレート味をぺろりと平らげたライダーはそんな言葉を口にした。
「いや。まあ、確認作業は兼ねてたか。アンタどうやら、ホントにマスターになったらしい」
さっき、自分がマスターなのを否定しなかったろ? と付け足して笑う。
「あ」
そう言われて、ようやく気が付いた。
九条がセイバーを召喚したのは、工事現場から逃げ出した後だ。状況的に、九条がマスターになったことをライダーが知るハズはないのである。
「俺のマスターがそう言っててな。アンタ素人くさいし、半信半疑だったんだが……。殺されかかった相手にノコノコついてくるし、怯えよりも敵意のが大きいときた。
ホレ、これは確定だろ?」
「……そうだ。昨日みたいにはいかないぞ」
開き直って威嚇してみるものの、ライダーは楽しげに口元を歪ませるのみだった。
「そいつはいい。弱いものイジメは趣味じゃなくてな。
昨日はああだったが、戦いになるんならその方がいいさ」
「よく言うよ。昨日は無抵抗の俺を殺そうとしたクセに」
「あ? そりゃ趣味じゃなくても仕事ならやるさ。
大体、人目につかないことは大前提のルールだろうが。見られたからにはぶっ殺すしかないわな」
あくまで軽い調子を崩さず、ライダーは言う。
彼にとって殺人は、本当に言葉通り『やらねばならないのならやる』程度の認識なのだろう。
人の姿をしているし、言葉だって通じるが、命に関する認識が九条とは絶望的に離れてしまっている。
「ま、それよりもだ。今はコイツだな。残りはチーズ、カスタード、シーチキンの三つ。アンタはどれがいい?」
「また絶妙なチョイスを……。その中ならカスタード」
「そうか」
ほれ、と手渡された大判焼きを受け取る。
九条は今更ながら、敵対サーヴァントと公園で大判焼きを頬張るマスターってどうなんだと思った。よくはわからないが、聖杯戦争ってこういうものじゃないだろう、とも。
そんな九条の心情に気付かず、ライダーはシーチキンを手に取ると、九条の背後に向けて声をあげた。
「あまりもんで悪いが、そっちのアンタも一つどうだい? 中々、現代の食ってのはバカにできない美味さだぜ」
思わず背後を振り返るが、そこには誰もいない。
否、九条の目には見えていないだけで、その場所には確かにもう一人いるのだ。
「お前、セイバーが見えて……!?」
「お、やっぱセイバーか。見えててもクラスまではわからんからなー。兄ちゃんにベッタリだから、アンタのサーヴァントだろうとは思ってたが」
「……っ」
「そんなしくじったみたいな顔すんなよ。
六騎揃った時点で、残った枠はセイバーしかなかったんだ。イレギュラーじゃなきゃ普通に知れる。これもただの確認作業さ」
ライダーは軽く言ったが、もちろん九条としては納得できない。
元々、ここには何かしらライダーの情報を得られるかもしれないと思って足を運んだのだ。
それが蓋を開けてみればこの有様で、一方的にこちらの情報ばかりが抜き取られていく。状況だけ見れば、大判焼きで買収されているようなものである。
「私のマスターを、あまりいじめないで欲しいな」
唇を噛む九条を見かねてか、九条とライダーとの間にセイバーが実体化した。
長身のライダーよりもさらに大きいセイバーの登場に、しかしライダーは顔色一つ変えない。
「別にいじめちゃいねえよ。ただの確認作業だ、つったろ?」
言いつつ、ライダーがシーチキン味の大判焼きを投げて寄越す。
放物線を描いたそれを難なくキャッチすると、セイバーは躊躇なく口に含んだ。
「ん。たしかにコレは中々……」
「だろ?」
へらりと笑って、ライダーはチーズ味を平らげた。
「それで、貴公の用向きは本当にこれだけなのか?」
「おう。つーか、そもそも用事はなかったな。知り合いに出会ったんで、声かけただけ」
「そうか。しかしサーヴァントが勝手な真似をして、貴公のマスターは何も言わないのか? 昼間に出歩いた挙げ句、敵マスターに接触するなど、どう考えても問題だろう」
「ご忠告どーも。けど、知ったこっちゃねえよ。雇い主の方針には従ってんだ。昼間の自由時間くらいは好きにやらせてもらう」
「なるほど。貴公の陣営は、戦いは完全に夜間と割り切っているのか」
「今のところはな。まあ、そっちから仕掛けてくる分には知らんが。
どうする? ここはちょうど人気もねえし、いっちょ戦り合うかい?」
「いや、遠慮しておこう。いつか戦うことになるのなら、こんな場所よりも、お互いに気兼ねなく戦える状況の方が好ましい」
「違えねえ」
それで何かが通じ合ったのか。二人のサーヴァントは、ニヤリと笑って会話を打ち切った。
「大判焼きもなくなったし、俺はそろそろ行くわ。ぶらぶらしてるよりは、まあ有意義な時間だったぜ」
そう言って、ライダーが立ち上がる。
彼は大判焼きが入っていた紙袋をくしゃくしゃと丸めると、公園の隅にあったゴミ箱へと投擲した。
「せっかく昨日を生き延びたんだ。せいぜい頑張って生き残れよ、兄ちゃん。
それから、もし戦う気があるんなら夜にまた会おうぜ。今夜はこの辺りをぶらついてるからよ」
その言葉とともにライダーは九条の肩を叩いて、そのまま公園を出て行ってしまった。
「あ」
公園に残されたのは、終始ライダーにペースを握られ続けていた九条と、その従者だけ。
あまりにもあっさりとした退場。
それに呆然とする九条の視界の端で、投擲されたゴミが、寸分違わずゴミ箱に吸い込まれた。
九条レイジ:アレは確か大判焼きの店ではなかっただろうかサーヴァントが立つにはあまりにも不似合いな場所である.
青セイバー:まったくその通りですね!
※一か月で更新してしまった……!
キャスターの真名特定余裕すぎる話。
あとライダーはきっと逆ナンとかされたことある。
アサシンのスキルは超解釈系。
とりあえずの目標は、目指せセイバーの宝具解放! です。