Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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二日目 穂群原ガールズトーク

『あっさだよぅ! 起っきるがいいなー! あっさだよぅ! 起っきるがいいなー!』

 

 あっさだよぅ! よぅ……よぅ……よぅ……。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 …………………………がち。

 

「うあー……」

 

 布団から手を伸ばし、耳にキンキンするキャラ声を発する目覚まし(おんてき)を黙らせる。

 気怠げな声を上げつつ引き寄せたキャラ物の目覚まし時計には、『06:32』と割と深刻な時刻が表示されていた。休日ならばともかく、出勤予定のある日にこの時間では、二度寝は不可能である。二度寝した瞬間に遅刻が確定して、まず間違いなく怒られる。自分はバイトの身分だからして、なんだったら首ということまであり得る。

 

「クソ。せちがらい」

 

 悪態をつきつつ、掛け布団をはねのけた。

 始業時間は午前七時だ。移動時間も考えると、ゆっくり食事というわけにもいくまい。こりゃ今日の朝食は無理だな、と半ば諦めの境地で洗面台に向かった。

 

 ばしゃり、と冷水で顔を叩き、眠気を吹き飛ばす。

 と、ここで、

 

「おはようマスター」

「むぐっ!?」

 

 背後から、洗顔の最中に声をかけられ、思わず変な声が出た。

 

 顔から水を滴らせながら振り返ると、そこには青い髪の巨漢。筋肉モリモリで青髪赤目という、あまりにも目立つ容姿のこの男は、二日ほど前から同居人となった人物である。

 

「ああ、おはようセイバー」

 

 自らの従者にそう挨拶を返すと、九条はさっさと洗顔をすませて、足早にタンスへと向かった。

 

「起き抜けから随分慌ただしいが、まだ寝ていなくていいのか?」

「寝てたいとこだけど、そういうわけにもいかないんだよ」

 

 首を傾げるセイバーに答えつつ、タンスの中から作業着を引っ張り出す。

 

「どこかに出かけるのか? それならなおのこと、しっかり身体を休めてから行くべきでは? 昨夜の戦闘で、疲労も残っているだろう」

 

 こちらの身を案じるセイバーに苦笑を返す。

 

 昨夜、九条とセイバーは『商店街で待っている』と告げたライダーに戦いを挑んだ。

 通常戦闘では終始ライダーを圧倒したセイバーだったが、ライダーが宝具を『真名解放』した途端、状況は一変。変幻自在にウネるライダーの武器に苦戦を強いられ、さらには一騎打ちに横やりを入れにきたランサーの脅威もあり、彼らは撤退を余儀なくされた。

 脱落こそしなかったが、傷を負わされ、緊急回避のために令呪も一画使わされた昨夜の戦闘は、十分に敗戦と言っていいものだろう。

 

 ちなみに、戦闘とは言っても、実際に戦ったのはセイバーだけで、九条はずっとその戦いを遠くから眺めていただけだ。

 けれど普段使わない自転車を全力で乗り回したおかげか、セイバーの言う通り九条の身体には疲労が溜まっていて、そしてそれはまるで抜けていなかった。

 

 そもそも九条をたたき起こしたキャラ物の目覚まし時計は、『三番目』にセットされた代物である。

 余裕を持った時間をセットされた一台目。それより少し遅れた時間にセットされた二台目。これ以上は遅刻ですよ、というデッドゾーンにセットされた三台目。

 普段から九条はこの三台の目覚ましを使っているが、実際にアラーム音を聞くのは一台目だけで、二台目以降はアラームが鳴り響く前にオフに設定しなおす。

 最初のアラームで目を覚ます九条が、一台目と二台目のアラームをすっとばして眠りこけていた時点で疲労が残っていることは疑いようもないのである。

 

 ふと、古めかしいデザインのアナログ時計と、100円ショップで購入した安物のデジタル時計が、布団から随分離れた場所に転がっているのが目に入った。

 枕元が定位置のこの二台がこんな位置にある時点で、無意識のうちに九条が放り投げていたことは確定である。

 

(慣れないことをしたとはいえ、我ながら疲れすぎだろ……)

 

 情けない思いを抱えつつ、転がっていた二台の目覚ましを、学生時代に懸賞で当てた三台目の目覚まし時計の隣に立て直した。

 

 正直に言ってしまえば、身体は相当ダルい。何か適当な理由をつけて休んでしまいたい、とすら思う。

 

 それでも先立つものがなければ生活できない。

 九条にも少しくらいの貯金はあるが、生活にそれほど余裕があるわけではないのだ。

 

「今から仕事なんだ。七時までに現場に入ってなきゃまずい」

 

 そういう訳で、疲労の残る身体を圧して、九条は作業服に身を通した。

 

 九条の言葉を受けて、セイバーが微妙な表情をする。

 

「……休むわけには?」

「休みたいけど、金がなきゃ食っていけないんだよ。じゃ、俺は行くから」

「何? 朝食はどうしたマスター」

「無理。遅刻しちまう」

 

 言いつつ、玄関扉に手をかけた。

 それと同時にセイバーの姿が透け、九条の目からは完全に見えなくなる。

 

『私はともかくマスターは生身の人間だ。食事はしっかりしてもらいたいが……。

 とにかく、出かけると言うのなら私も行こう。マスターを守るのもサーヴァントの役目だ』

「ああ、そっか霊体化ね。うん、頼む」

 

 脳内に直接響くようなセイバーの声と、姿は見えずともそこにいるというぼんやりとした感覚。

 既知の感覚に納得をして、九条は今度こそ玄関扉を開け放った。

 

「ところでセイバー」

『どうしたマスター?』

「セイバーなら目覚まし鳴ってたの気付いてたと思うんだけど、なんで起こしてくれなかったんだ?」

『いや、その……。貴殿があまりにも気持ちよさそうに眠っている上に、アレらを勢いよく放り投げていくものだから、睡眠の邪魔をするのはまずいかと思ってな……』

「あー……」

 

 ちょっとした疑問に対する答えを聞いて、やっぱ朝飯が食えないのは自業自得だったかー、と貧弱な自分に軽く頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年以上通い続けた見慣れた通学路。

 その通学路上では二週間程前から、『深山ショッピングセンター』の開発のために工事が行われている。

 そろそろ見慣れてきた工事現場を通り過ぎざま、いつものように挨拶をしようとして思わず立ち止まってしまった。

 

「あ」

 

 工事作業を行っている作業員の中に、見知った顔がある。

 

 九条レイジ。

 剣の英霊を従えるマスターの一人。

 

 そういえば彼はここの作業員だった、と思い出して、雅は軽く息を吐いた。別に作業員の中に見知った顔があったとして、そしてそれが聖杯戦争を戦う上での敵であったとして、それで雅が何か行動を制限される必要なんてない。

 

「おはようございます」

 

 そう声を上げて、いつものように工事現場を通り過ぎる。

 途中、九条が何か驚いたような顔でこちらを見てきたが、雅は素知らぬふりをした。驚愕の理由は、大方『敵同士なのに気安く挨拶する』とか『聖杯戦争の最中なのに登校しようとしている』とかその辺りだろう。

 

 だが、そんなのは雅の知ったことではない。

 聖杯戦争中に、九条が変わりなく日常を過ごすのは彼の勝手だ。それと同じように、聖杯戦争中に雅がどのように日々を過ごすかもまた、雅の勝手である。

 

 そういう訳で、雅はいつものように工事現場の作業員たちに挨拶を投げかけた後、いつものように登校を再開した。

 

「ああ。おはよう、遠坂さん」

 

 そうして再び歩き出した雅の背に、柔らかい声音が届く。

 

「え」

 

 返ってくることのないと思っていた挨拶に返るもの。それも一番期待していなかった声に、雅は再び足を止めてしまった。

 思わず振り返った視線の先では、作業員たちが慌ただしく動きまわっている。入れ替わり立ち替わりで作業をこなしていく彼らの中から、もう一度九条を見つけることは難しそうだ、と判断して、雅は今度こそ工事現場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────退屈な夢を見た。

 

 

 

 どうやらそこは暗く、狭い洞窟だった。身じろぎ一つ出来ない、という訳ではないが、思い切り飛んだり走ったりすれば、すぐに身体をぶつけてしまうような窮屈な場所。

 そんな窮屈な場所に、もう何年いるのか。窮屈だと思いながらも、彼はその洞窟を離れようとはしなかった。

 

 理由らしきものは、もちろんある。

 この洞窟の中には、彼が手に入れた彼の財宝が眠っていたのだ。質も量も文句なし。財宝の一握りを手に入れただけでも一生遊んで暮らせるほどの宝である。その存在を知れば、誰もが欲してやまないことだろう。

 故に、薄汚い盗人から自身の財宝を守るため、狭苦しい思いをしながらも彼はずっとそこにいたのである。

 

 もう一つ付け加えるならば、単純に動くことが面倒くさくなってしまった、ということもあった。

 というのも、彼には生きるための食事は必要なく、繁殖のための伴侶は必要なく、強くなるための努力は必要なく、奪い取るための戦いは必要なく、自身の存在を証明することですら必要でなくなってしまっていたからだ。

 

 何をする必要がないのなら、何をする気にもならない。

 当然の帰結に、彼は自堕落な生活に終始した。

 すなわち、寝て、起きて、気が向けば外の小川で喉を潤して、また眠る、といったような生活である。

 

 そのような暮らしを続けていた彼にとって、変化や刺激といったものは必ず洞窟の外からやってくるものだった。

 とはいえ、やってくるものは宝を狙う盗人か、あるいは彼自身を退治しようとする自称勇者であるからして、劇的な変化や刺激というものではなかったのだけれど。

 

『退屈だ』

 

 暗い洞窟の中、宝の番人は一人そう思う。

 宝を守り、それ以外の必要のないことはしない。この生活を望んだのは確かに自分だが、この変化のなさはあまりにも退屈に過ぎる。

 

 他の誰もが手に入れられないような宝を得た。

 他の誰もが手に入れられないような力を得た。

 

 周囲から見た彼は、多くを手に入れた存在だったろう。持つ者、持たざる者で言うのなら、間違いなく持つ者である。

 

 それでも彼は欲しがった。

 

 力も財宝も既に手の内にある。天界にすら轟く悪名もある。

 

 ならば次に欲しいものは……、

 

『我が退屈を満たせる存在を』

 

 この退屈を満たせる者であるのなら、勇者でも盗人でも構わない。

 この姿を見て恐慌しない者であるのなら。

 欠伸(あくび)をしただけで消滅してしまわない者であるのなら。

 何人、何十人、何百人と殺した名もない人間どもよりも頑強であるのなら。

 この自分と、数秒でも遊べる者であるのなら。

 

 暗く狭い洞窟の中。怠惰な彼は、ただひたすらに強欲な願いを抱く。

 そのような者など、この世に存在するハズがないと知りながら。

 そのような者が現れたのなら、もっとも困るのは自分だと知りながら。

 

『欲しい』

 

 欲しがりの怪物(かれ)は今日もまた欲しがり続ける。

 

 

 

 

「────は、」

 

 

 

 

 暗がりのなか目を覚ましたエヌマエルは、身を起こして(かぶり)を振った。

 

 なんだか妙な夢を見ていたような気がする。ひたすらに暗い場所の夢。酷く退屈で、窮屈な体験をさせられたようにも思うのだが、目を覚ますと同時に、夢はその尻尾すら掴まえさせずに、するりと記憶から逃げていってしまった。

 

「う」

 

 思わずコメカミを押さえる。

 

 身体が重い。頭もどこかぼんやりとしている。寝起き特有のダルさ、ではない。

 全力で身体を動かした後のような。限界まで魔術を行使した後のような。有り体に言えば、酷く疲れている。

 

「は、あ」

 

 息を吐き出しながらベッドから降りる。

 部屋に備え付けの時計は正午過ぎを示していて、それは同時にエヌマエルが昨日よりも多く睡眠を取ったことを表していた。

 

 にも関わらず、疲れが消えない。というか、眠たくて仕方がない。

 今し方抜け出したばかりのベッドに、あらがいがたい魅力を感じてしまっている。

 

 それをどうにか無視して、着替えを終えたエヌマエルは緩慢な動きで寝室を出た。

 

「……う」

 

 扉をくぐった先、あまりの光量に思わず目を覆う。

 物理的に閉め切り、光の一切を遮断した寝室とは違い、外の部屋には光が溢れていた。

 

 ()()()()に明るい場所に出たツケか。ただそれだけで少し立ちくらみしそうになる。

 

「おはようございます。師父」

「おーう。ようやっとお目覚めかい、相変わらず自堕落な生活してんな」

 

 自ら目を覆い、視界を遮ったエヌマエルにかかる二人分の声。

 前者が弟子のレオンで、後者がそのサーヴァント、ライダーだろう。

 

「……ああ、おはよう」

 

 どうにか光に慣れはじめた目を開きつつ、エヌマエルはそう挨拶を返した。

 

 と、ここで室内を甘い香りが満たしているのに気が付いた。

 見れば、ソファに座ったライダーが、ドーナツ片手にくつろいでいる。その目の前のテーブルの上にも、いくらか積み重なるようにしてドーナツが置かれていた。

 

 匂いの正体はこれか。と、内心でため息を吐く。

 甘いものが苦手なエヌマエルとしては、起き抜けに嗅ぐドーナツの匂いはそこそこ堪える。

 

「あの……、師父。これは、」

「昼飯代わりだ。アンタ起きてくるのおっせえからな、先に食いはじめてんぞ」

 

 内心が顔に出たのだろうか。

 なにやら言い訳をしようとレオンが口を開き、しかしあえなくライダーによって言葉を被らされてしまっていた。

 

 ライダー! とレオンが彼を睨んだが、ライダー自身はどこふく風でドーナツを頬張り続けている。

 ちなみにライダーを睨みつけたレオンの手にも、しっかりと食べかけのドーナツが握られていた。

 

「ホレ、アンタも食うかい? ずっと寝てて飯なんて食ってねえんだから、腹減ってんだろ」

「いや、私は……」

 

 そのような甘いものなどいらない。ライダーの誘いをそう突っぱねようとして、

 

 

 ────()()()

 

 

 ドクリ、と胸が震えた。

 

「……っ」

 

 反射的に胸を押さえる。

 

 痛みはない。

 震えもない。

 肉体的な異常はまるでない。

 

 一瞬の内に自分の身体を精査したエヌマエルは、そう判断を下した。

 

 だが、だとすれば。今の妙な感覚は一体なんだ?

 

 エヌマエルの脳裏に疑問と、僅かばかりの恐怖が浮かぶ。

 

 しかし、その疑問と恐怖は長くは続かなかった。

 疑問を抱いた。恐怖を感じた、とエヌマエルが自覚した途端に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 否、ことはそれだけに留まっていない。この数分間の記憶自体が酷くあやふやで、現実感を伴わなくなっている。

 

 普通の感性ならば、さらなる恐怖を感じてもおかしくない現象。

 だがエヌマエルは恐怖を感じなかった。何を怖がればいいのか。そもそも異常だと思う事柄なんて、一つでもあったのだろうか、とそう思った。そう()()()()()()()

 

 

「おい、どうした?」

「師父?」

 

 怪訝そうなライダーと、こちらを案じる弟子の声で我に返る。

 寝起きだからだろうか。どうやら少し呆然としてしまっていたようだ。

 

「大丈夫ですか、師父」

「ああ。すまない。まだ少し寝ぼけているようだ」

 

 何故胸を押さえているのか、と首を傾げつつレオンにそう返す。

 こちらの言葉に、不安そうな顔をしていたレオンはあからさまにほっとしたようだった。

 

「お疲れなのでしたら、もう少しお休みになられていた方が……」

「それはさすがに眠りすぎだろう。……食事を済ませたら作戦会議を始めよう」

 

 そう言って、テーブルの上にあるドーナツに目を向ける。

 普段ならこんなもの口にはしないのだが、どうしてだか今日は()()()()()()()()()()()()。たとえ嫌いな甘いものだったとしても、今日ならばいくらでも入る気がする。

 

「洗顔を済ませてくる。そこのそれ、私の分もいくらか残しておいてくれたまえ」

「はい」

 

 返事をするレオンの声を背に受けつつ、洗面所に向かう。

 

 

 ────()()()

 

 

 胸の内に響くナニか。

 

 ふと振り返った先には、次のドーナツに手を伸ばすライダーと、それを(たしな)めるレオンの姿がある。

 彼の右手に浮かぶ赤い紋様に視線を引きつけられつつも、エヌマエルは部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「遠坂ァ! 昼飯にしようぜ!!」

 

 四限終了のチャイムとともに、同じクラスの柳洞(りゅうどう)双葉(ふたば)が手提げ袋片手にこちらへと突撃してくる。

 筆記具を片づけていた雅は顔を上げると、ため息一つ吐いて彼女を迎えた。

 

「元気ね、柳洞さん。古典の授業中にぐったりしていたから、てっきり体調不良かと思ったのだけれど」

「ハッハッハー! バカめ、このわたしがぐったりして見えたのならそれは錯覚だァ! ご覧の通り、いつものように私こと双葉ちゃんは超元気だぜぇ!」

「そうね。どんなに授業中ダルそうにしていても、昼食の時間になれば元気になるものね、貴女」

「うん! ぶっちゃけ飯の時間が一番楽しいからな。楽しい時間は元気に過ごさないと!」

「そう。そろそろ座ったら? それから喧しいし、少し黙っててちょうだい」

「ひっでぇ!? 遠坂はいちいち物言いにトゲがあるんだよなあ……」

 

 言いつつ、彼女は近くの机と椅子を引っ張ってきて着席する。その拍子に、彼女の手の中にあった手提げ袋が机に引っかかってひっくり返った。

 

「わたしの弁当!?」

 

 黙れと言われた直後に叫びだす友人に、雅は再びため息を吐く。彼女といるとため息が増える気がするのは気のせいではあるまい。

 雅と双葉とは中学からの付き合いだが、初めて会ったときから今日に至るまで双葉はずっとこんな調子だ。三年以上一緒にいる故、彼女の騒々しさには馴れ初めていたが、そそっかしさには呆れることしきりである。

 

 さて、ぐえー、とおかしな悲鳴をあげている双葉の弁当はというと、どうやらひとまずは無事のようであった。

 さすがの双葉も弁当箱の蓋はしっかりと閉めておいたらしい。ひっくり返った手提げ袋から取り出された弁当箱は、中身がはみ出すこともなく密閉状態を保ったままだ。

 

 さすがに目の前で弁当箱の中身をまき散らされても迷惑なので、雅は心からほっとしつつも、自分の分の昼食を鞄から取り出した。

 

「お? 遠坂今日はコンビニ弁当なのか? 珍しいなー」

「作ってる時間がなかったのよ」

 

 言葉通り珍しげな視線を向けてくる双葉にそっけなく返す。

 なお、正確には時間がなかったではなく、材料がなかった、というのが正しい。

 

 普段雅は弁当を用意してから学校に行くが、弁当を作ったことは一度もない。弁当の中身は通いで働きにきている家政婦さん作である。家政婦さんの手の回らない時には、前日に買い込んだ総菜を適当に詰め込んで体裁を繕ったりもするが、雅がやるのは基本的にその程度で、料理はしない。というか家庭科の調理実習でやったくらいで、まともな調理経験がない。

 そして聖杯戦争開幕とともに家政婦さんに暇を出した雅には、弁当を作ってくれる人はいない。おまけに昨日は一日中家の中で過ごして買い出しにも行かなかったので、弁当箱に詰め込むべき総菜すら存在しなかったのだ。

 

 そんな事情もあって、遠坂雅の本日の昼食は、登校途中にコンビニで買った牛カルビ弁当560円(税込み)である。

 ちなみに双葉への返答は完全に見栄であった。とはいえ向こうは何故か雅のことを『完璧超人』と思っているので、料理ができないことは気付いていないだろうが。

 

「つうか遠坂。よりにもよってカルビ弁当とか、わたしへの当てつけか!」

「? 言ってる意味がよくわからないのだけど」

「肉とか肉とか肉とか! こちとらそんなお牛さまのお肉なんて、久しく口に運んでないぞー!」

「……ああ。そういえば、貴女のお家って」

「寺だぞぅ。今時精進料理なんて流行んないよなー」

 

 口をとがらせて言う双葉の家は、この辺りではそこそこ有名な古い寺なのであった。

 名を『柳洞寺』。円蔵山中腹に位置し、現在ここで修行している修行僧は30人だか40人だかに上るという。昔、僧侶ってそんなに儲かるものだろうか? と本気で考えたのは良い思い出である。

 また、深山町最大の霊園を抱えており、雅の祖父は『自分が死んだらここの霊園に埋めてくれ』とかなんとか言っていた。一応、遠坂家の墓は冬木教会近くの外国人墓地にあるので、そんなことは祖母が許さなさそうだが。

 

 と、そういえば柳洞寺のある円蔵山は冬木最大の霊地でもあったことを思い出す。

 

「ねえ柳洞さん。ちょっと訊きたいことがあるのだけど」

「なんだー? 彼氏ならいないぞー」

「知ってる。それは置いといて、最近お山で変わったこととかない?」

「さらっと流すなよぅ……。っていうか、変わったこと?」

 

 弁当箱の蓋を開けた双葉が聞き返してくる。

 

「ええ、例えばそうね……。地鳴りがするとか、知らない内に家人が増えているとか、よくわからない力に目覚めたりとか?」

「遠坂たまに訳わかんないこと言うよなー。ねーよ、そんなオモシロイことなんて」

「本当?」

「ホントだよぅ。つか、これこないだも訊いたじゃん。遠坂的には、うちの寺でなにか起きてほしいのか?」

「別に、そういうわけじゃないのだけど……」

 

 ただ、聖杯戦争が開催された場合、その土地の地脈に何らかの異常が起こるのではないだろうか、と疑っているだけだ。土地の霊脈に手を加えて、サーヴァントを召喚可能にする冬木式のシステムならなおのこと。

 特に柳洞寺のある円蔵山は冬木市にある霊脈の内、もっとも位の高い霊脈である。現在の亜種聖杯戦争ではなく、かつて三度行われた冬木聖杯戦争では聖杯の降霊地候補筆頭でもあった。

 加えて聖杯戦争の要、『大聖杯』が安置されていたのも、この円蔵山である。たとえこの冬木の人間でなくとも、聖杯戦争を始めようとする輩が見逃すような立地ではない。

 

 今回冬木でおきた聖杯戦争は、土地管理者である遠坂の認識していない場所で計画されていたものだ。

 だからこそ雅は参加者の一人として参戦しつつ、冬木の管理人である遠坂を舐めきったバカを見つけだして叩き潰すという目的がある。

 故に、アーチャー召喚以前から雅は冬木の調査を続けていたし、この聖杯戦争を開催しようと企んだ輩を見つけるまでは調査をやめるつもりもなかった。

 

 だが、現状でめぼしい成果は挙がっていない。

 聖杯戦争で必要になるだろう霊脈の加工。その痕跡が一向にみつからないのだ。

 今、ダメもとで双葉へと行った質問も、以前と合わせて二度目。そして返答は二度とも同じものだった。

 

「ま、いいや。それより遠坂、その牛肉サマを一切れでいいんで分けてくれ!」

「……いやよ。そこはせめてトレードでしょう」

「ケチケチすんなよ! いま遠坂の質問に答えてやったろ! お山は今日も変わりなし!!」

 

 だから肉! と教室中に響きわたる声で言う双葉。

 この娘には恥じらいとかないのだろうか、と思い始めたその時、雅の視界に見知った人物たちが映った。

 

 一人は緩くウェーブがかかった髪を派手な金色に染めた少女。

 夏だから、ということを差し引いても短すぎるスカートと、開襟された胸元が眩しい。というか、角度次第で色々見えてしまいそうである。

 古めかしいレッテルを貼るのなら、いわゆる不良少女そのものの見た目をしている。

 

 もう一人は長い黒髪を三つ編みにした眼鏡の少女。

 前述の金髪少女とは対照的に、学校指定の制服をきっちりかっちりきこなしており、化粧っけもまるでない。

 こちらにレッテルを貼るなら優等生、学級委員などそのあたりだろうか。

 

「肉肉うっせえぞ、柳洞」

 

 その人物たちの片割れ。金髪少女が双葉の背後から、彼女の頭をそこそこのスピードで叩いた。スパーン、と小気味のよい音を発てる双葉の後頭部。「あで!?」と悲鳴らしきものを上げて、双葉が机に突っ伏した。

 

「おう、邪魔すんぜ遠坂」

 

 言いつつ、双葉を黙らせた彼女は手頃な椅子を引き寄せると、雅の隣へと腰掛ける。

 

「大丈夫、双葉ちゃん? あ、雅ちゃん。わたしもここ、いいかな?」

 

 金髪に叩かれ沈黙した双葉を案じつつ、黒髪眼鏡少女が雅に問うた。

 

「毎回訊かなくても、桂木さんなら大歓迎よ」

「ありがとう」

 

 どうぞ、と手近な座席を勧める。

 そのタイミングで、突っ伏していた双葉が勢いよく起きあがった。

 

「うあー、いってぇ!? 突然なにしやがる佐伯!」

「うるせえよ」

 

 ギャーギャーわめく双葉にクールに返す金髪女子。

 

 彼女の名は佐伯(さえき)鏡子(きょうこ)。隣の2年B組に所属する雅たちの友人である。

 

「鏡子ちゃん、いきなり叩いたりしたら双葉ちゃんが怒るのも当然だよ? あと、双葉ちゃんもちょっと落ち着こう」

 

 で、双葉と鏡子の間に入っている黒髪三つ編み眼鏡女子が桂木(かつらぎ)千恵子(ちえこ)

 

 遠坂雅の昼休みは大概はこのメンバーでの昼食で始まり、そしてそのまま五限へと突入していく。

 つまりは、今日もいつも通りの昼休みが始まったのだった。

 

 

 

「ところで、何のお話をしてたの?」

「よくぞ訊いてくれた! ちーちゃんも見ろよ、遠坂のこの弁当! これはわたしに対して喧嘩売ってるとしか思えねー」

 

 双葉の台詞によって注目を浴びる牛カルビ弁当560円(税込み)。

 鏡子と千恵子は雅の弁当を見て、双葉を見て、それから双葉の弁当を見て、どうやらすべてを察したらしかった。

 

「自重しろ寺の娘」

「双葉ちゃん。羨ましいからってお友達のお弁当ねだるのはよくないよ」

「厳しい!? くそー、二人とも遠坂の味方なのかよー」

 

 ぶーたれる双葉をよそに、それぞれの昼食をとりだす二人。

 

 千恵子の弁当はいつも通り小さい。そんな量でよく足りるな、と思う反面、その中身は彩りと栄養のバランスがすばらしいお弁当である。

 知り合って間もない頃、このレベルの弁当を毎朝自分で作っていると聞いて戦慄を覚えたのは今でも鮮明に思い出せる。

 

 一方の鏡子もまた、取り出したのはいつも通りの代物だった。

 昼食はコンビニか購買のパン派という彼女の本日の昼食は、穂群原学園購買堂々の一番人気。ミルフィーユカツサンドである。

 

「佐伯さん、購買まで行ってたの?」

「おう、それがどうした?」

「いいえ。うちの購買混むでしょう? それにしては随分早く帰ってこれたんだなーって思って」

 

 というか昼休みが始まってまだ5分程しか経っていない。

 どうがんばっても、2ーBから購買まで行ってここまで来るのに10分以上はかかるハズだ。

 

「遠坂お前な。少しは頭を回せよ。四限さぼって買いに行ったに決まってんだろ」

「私は止めたんだけどね……」

 

 呆れたように言う鏡子とうなだれる千恵子。

 見た目で人を判断するな、とは言うが、この二人の場合だいたい見た目通りの中身である。すなわちテンプレ的な優等生と不良娘の組み合わせ。

 もっとも、不良娘にカテゴライズされる鏡子は、『勉強』だけならこの四人どころか学年でもトップなので、やはり人は見かけでは判断しきれない部分もあろうが。

 

「佐伯お前頭いいなー。そーか四限さぼれば購買一番乗りでカツサンド食えるのかー」

「柳洞。お前は頭足りてねえんだから、おとなしく授業受けてろ」

「ただでさえギリギリの成績がさらに崖っぷちになると思うのだけど?」

「双葉ちゃん、サボりは良くないよ?」

「三人同時にツッコまれた!?」

 

 オーバーリアクションでショックを受けたとか騒いでいる双葉を無視して、とりあえず三人は食事を開始する。いつまでも彼女に付き合って、貴重な昼休みを無駄にするわけにもいかない。双葉には片手間で相手するくらいで丁度いいのだ。

 

「でも雅ちゃん。さすがに焼肉弁当だけじゃ栄養偏らない?」

「わかってはいるんだけどね。とりあえず今日だけよ。明日からはもう少しバランスも考えるから」

 

 小動物的に小首を傾げる千恵子にそう返して、雅は鏡子の方を見た。

 

「それにバランス云々言うなら、佐伯さんの方が問題でしょう? 今日だけの私と違って、彼女ほとんど毎日あの感じじゃない」

「うっせえよ。昼飯くらい好きに食わせろ」

 

 ミルフィーユカツサンド片手に、鏡子が不機嫌そうに返す。

 彼女は右手でカツサンドを頬張りながら、左手で携帯端末をポチポチいじっていた。いつも思うのだが、指の動きが尋常ではないくらいに速い。

 

「ちくしょう。遠坂も佐伯も肉を見せつけやがって、カツサンドとか羨ましいぞ。ケータイいじってないで、わたしにも一口くれよ佐伯ー」

「肉肉うっせえってんだよ柳洞」

「ケータイから目を放しもしない!」

 

 携帯端末を触る鏡子の隙をついて双葉がカツサンドに手を伸ばすも、その手は視線を向けることもしない鏡子によって払われた。

 

「お行儀悪いよ鏡子ちゃん。食べるかケータイ触るかどっちかにしようね?」

「ん、わかった」

 

 千恵子の注意に、大人しく応じる鏡子。

 見た目が派手で態度も大きいが、基本的に鏡子は千恵子の言うことは素直にきく。幼稚園の頃からの幼なじみらしいので、ここに至るまでに色々あったのだろう。この二人のヒエラルキーは、完全に千恵子の方が上である。

 

「っていうか、食事かケータイならケータイ取るのね貴女」

「アレだな。こないだ出来たって言ってた彼氏だな。チクショー! うらやましい!」

「三年の有田先輩だよね? カッコいいよね、あの人」

「あら? 桂木さんはああいう男の人が好みなの?」

「好みって訳じゃないけど……。でも背も高いし、運動神経抜群で女の子にも優しいって有名だよ?」

「あー、わたしも一回しゃべったけど結構感じいい先輩だったなー。モテるだろうに、なんで佐伯の毒牙にかかっちまったかなあ」

「あの双葉ちゃん、毒牙って……」

「毒牙だろー? 佐伯すぐに男を取っ替え引っ替えすっからなー。今回も弄んでぽい、ってことにならないといいけど」

「柳洞さんの言うこともわかるけれど、今回は大丈夫じゃないかしら? 私も少し話したことがある程度だけど、あの先輩いい人よ? アレが桂木さんの彼氏なら、私も安心なのだけど」

「ええ!? 何言ってるの雅ちゃん!?」

「そうだぜ遠坂。たとえわたしらが認めてなくても、ちーちゃんは田中がだな……」

「わー! わー! ホントに何言ってるの双葉ちゃん!?」

「田中君、今日は学食みたいで会えなくて残念だったわね」

「ちょ、雅ちゃん!?」

 

 わーわーと、若干涙目になりながら手を振り回す千恵子は可愛い。

 うっかりすると食事のことも忘れて、昼休み中ずっといじり倒してしまいそうになるくらいには。

 

 と、ここで千恵子いじりに傾きかかっていた空気を引き裂くように、雅の携帯端末が音を鳴らした。

 

「ごめんなさい。着信だわ」

 

 雅は魔術師だ。そして魔術師は、携帯端末に限らず科学的なものを嫌う傾向がある。それは歴史の古い魔術の家系ほど顕著で、実際雅の祖母などは新しい機器が発表される度に『こんなもんいるかー!』と騒ぎたてるほどである。

 いや、この場合は単純に祖母が機械音痴だから新しいものに順応できないだけかも知れないが。

 

 ともかく魔術師というものは科学を軽視し蔑視する。

 そんな魔術師の家系にいながらも、雅の手には科学の結晶ともいえる携帯端末があった。

 

 1990年代後半から一気に普及率が拡大した携帯電話。その後数十年をかけて進化したそれは、雅の生きる現代においては持っていない方がおかしいレベルで普及している。

 というか、ないと生活に支障が出るレベル。電話、メールといった古くも普遍的な機能の他、いまや人口の七割が利用する電子マネー。運転免許証に、パスポート、保険証といった身分証明、バスや電車の定期券にネット接続、テレビ、ラジオなどエトセトラエトセトラ。

 まあとにかく、さまざまな機能が付与されている。これがないと生活に支障が出るが、一つ持っておけばこれだけで生活できるもの。

 普及率は100パーセントを軽く上回り、日本では所持が半ば義務づけられようとしていた。

 

 そういう訳で、魔術師以前に現代を生きる人間として、雅は携帯端末を所持している。

 さすがにここ十年ほどで流行りだしたインプラント────要するに体内に携帯端末を埋め込む────には手を出す気はないが。

 端末の持ち歩きを必要とせず、身体一つでなんでも出来るようになるのは確かに便利だと思うけれど、お金もかかるし、何より副作用がありそうで怖い。

 それに人工的に身体を作り替えている魔術師に、そのようなものを埋め込んだりしたら、魔術回路にどんな影響があるかわかったものではない。

 

「あ、私も」

「んん? わたしもだ」

 

 と、どうやら着信のタイミングが被っていたらしい。

 珍しいこともあるものだと、三人同時に携帯端末を手に取る。

 

「「「あれ?」」」

 

 画面に表示されたのは簡素なメッセージ。

 

『ID変えた』

 

 双葉と千恵子も同様のメッセージだったのだろう。三人で声をハモらせて、メッセージの送り主を見た。

 

「佐伯またID変えたの? 設定めんどくせーんだけど」

「今度はなんで? 迷惑系のメッセージくるなら、ブロック機能があるでしょう?」

「この間のID気に入ってた、って言ってたのに」

 

 三者三様の反応を見せつつ、端末の設定をいじりながら鏡子の返答を待つ。

 端末を操作し終えた鏡子は端末を鞄にしまい込み、机においた食べかけのカツサンドを手に取って言った。

 

「彼氏と別れた。電話もガンガンくるから端末IDごと変えてやった」

 

 あっさりと、まるでなんでもないことのように言う鏡子に、しばし言葉をなくし、

 

「はああああ!?」

「なんで!? 付き合いはじめてまだ一ヶ月だよ!」

「有田先輩いい人じゃない!」

 

 これまた三者三様の反応。

 あんまりな内容に、普段からうるさい双葉だけでなく、雅と千恵子すら絶叫してしまった。

 

「なんでって……、それ聞きてえのかよ」

「聞きたいよ!」

「そうね。貴女、前の彼氏の時は子供過ぎてやっていけないって言ってたけど、有田先輩はそうでもないって言ったじゃない」

「そうだよ。今回は大丈夫かもって、自分でも言ってたじゃん!」

 

 こちらの追求に鏡子の眉間に皺が寄る。

 が、説明自体はしてくれるつもりのようで、「おもしろくはねーぞ?」と前置きしてから口を開いた。

 

「桂木が言った通りアタシと先輩は付き合い始めて一月くらいなんだけどな。まあアレだ。デートってーの? 三回くらいしたんだよ」

「え、たった三回?」

「一応言っとくが、放課後遊びに行くのはノーカンだかんな?」

 

 なるほど。放課後デートをカウントしないということは、彼女の中のデートとは休日をまる一日使ったものなのだろう。それを一月に三回なら、むしろ多い方である。

 

「で、だ。確かにお前らの言うとおり先輩はいい人だったよ。話すとおもしれーし、細けえとこにも気が利くしな。アタシもこれはいい男だなって思ったんだけどよ」

「それがなんで別れるなんて話しになっちゃうんだよ……」

「二回目のデートでヤろうって言われた」

「「ぶっ!?」」

 

 唐突に放りこまれた爆弾に、双葉とともに盛大にむせた。

 涙目になりつつ、雅より若干早く立ち直った双葉が鏡子に詰め寄る。

 

「ヤるって、ヤるって! アレか! き、キスだよな!? キスの方だよな!?」

 

 相変わらず声が大きいが、彼女の気持ちはよくわかる。今の雅には双葉を攻められない。むしろ『キスくらいであってくれ』の心境に、激しく同意である。

 

 さて、そんなこちらの焦りをあざ笑うかのように、鏡子は軽く首を振った。

 

「キスとか中学生か。ヤるったらあっちだろ。古典風に言うとまぐ「わー!」、欧米風に言うと「わーわー!」スって、うるせーぞ柳洞!」

「しょうがないだろ!? ここ教室! それも昼休みだかんな!?」

「今回に限っては柳洞さんに完全同意だわ。佐伯さん、少しは周りの目も考えて」

 

 はあ、とため息を吐く。

 ちなみに残された千恵子は「ヤる?」と疑問符を浮かべているので、いま雅と双葉が会話の何に焦っているのかまるでわかっていないようだ。

 

「それで? あまり聞きたくないのだけど、貴女たちが別れたのってそっちの『相性』的なことだったのかしら?」

「うわー、遠坂やめろよー。わたし聞きたくないよー。想像しちゃうだろー。このワガママボディがその……、」

 

 激しく蹂躙されるとことか。と、後半部分は雅と鏡子にかろうじて聞こえる声量でボソボソと双葉が喋る。

 

 双葉の台詞を受けて、つられるように雅の視線は鏡子の身体へと向けられた。

 ワガママボディとかどんな表現の仕方だと思わなくもなかったが、確かに。下着が見えそうなくらいに短いスカートから覗く足は、適度に引き締まっているし、腰からヒップのラインも美しい。スカート同様に短いシャツのすそからみえるヘソと腹部も綺麗なものだ。そして何より、シャツのボタンが弾け飛びそうなくらいに胸元を盛り上げる二つのメロン。

 言うなればボンッ、キュッ、ボンッ。全体的に短めに改造されている制服も相まって、鏡子の身体は実にエロく……訂正。実に艶めかしく映る。

 

「そうかー。とうとう佐伯も大人の階段上っちゃったかー……」

「人の身体ジロジロ見てから、そういうこと言うんじゃねえよ。それと階段は上ってねえ。きっぱりスッパリ断ってやったよ」

「え、そうなの?」

 

 なるほど。■■■■しよう、という誘いを断った鏡子と、今の状況を照らし合わせれば、事の流れは大体想像がついた。

 

「つまり、貴女にとってその誘いは地雷だったということね」

「別にそうでもねーんだが、まあ直接の原因ではあるか。

 アタシだって男が『そういう生き物』ってことくらいは聞いたことあるからな。失言も一度くらいは笑って許すさ。けど、二度はねーよ」

「ん? 先輩がしつこかったってこと?」

 

 鏡子の台詞を受けて雅が想像したことを、双葉も思ったらしい。

 だが、こちらの予想に反して鏡子は首を横に振った。

 

「しつこいわけじゃないな。アレはむしろ……、わかってない。

 二回目のデートで誘われたとき、アタシちゃんと伝えてんだよ。『そういうことはもっとお互いのことを知って、大丈夫って思えてから』ってな」

「佐伯、お前……」

「以外と乙女なのね……」

「やかましい。ただの親愛表現ならともかく、明確なリスクがある行為だろうが。なら、そのリスクと愛情やら快感やらを秤にかけて何が悪りんだ。たいがい損するのは女の方だぞ」

 

 そう言われるとぐうの音も出ない。

 

「で、昨日のデートでまた誘われてな。なんつーか、この先輩とは感性が合わねえんだろうな、って思ったら別れる決心してた」

「マジか」

「マジ。先輩の『お互いを知る期間』とアタシの『お互いを知る期間』が致命的にズレてたんだ。これは妥協できんと思った」

「そっかー」

 

 先輩と別れた。そう聞いて、一度はいきり立った雅と双葉だったが、とりあえずの納得はした。

 雅的にはもう少し歩み寄る余地があったのでは? と思わなくもなかったけれど、恋愛はやはり当人同士のものだ。鏡子が無理だと思うなら、周りが『まだもう少し』と思っても仕方がないことだろう。

 

「ねえ、三人とも」

 

 と、ここで、

 

「その、途中からお話についていけなかったんだけど……。『ヤる』とか『ヤらない』とか、どういう意味だったの?」

 

 純粋な疑問をたたえた目で、途中から話題において行かれた千恵子が、そう問いを投げた。

 

「……えっ、と」

 

 言葉に詰まる双葉。

 

「どう説明したものかしらね……」

 

 昼休みの教室でする話でもない、と考える雅。

 

「だからアレだよ。セ「わー!?」……またか柳洞」

 

 あっけらかん、と言い放とうとする鏡子。

 三者三様の反応を見せて、鏡子と双葉には任せられないな、と雅は思った。

 

「あのね、桂木さん」

「うん」

「えー……、と。そうね。佐伯さんはユニコーンに乗れなくなりかかったけど、結局は今もきちんと乗れますよって話をしていたのよ」

「ユニコーン?」

 

 自分でも何を言ってるのかわからないというか、たとえ話として伝わるのだろうか、コレ。

 ちら、と横を見てみれば双葉と鏡子は怪訝な顔をしている。

 

「湯にこーん……? 新手のとうもろこしか?」

「ちげーよ、バカ。アレだろ。角の生えた馬だったか、羽の生えた馬だったか」

「うまー?」

 

 首を傾げる双葉はもちろんのこと、ユニコーンがなんであるか説明した鏡子も、雅がどうしてユニコーンなどと言い出したかわかっていない様子だ。

 やっぱりあんまりメジャーじゃなかったかー、と雅が思い始めた矢先、目の前の千恵子がボンッ、と音を発てそうな勢いで沸騰した。

 

「え、あ、ユニコーンって……。あ、ああ、そうなんだ。鏡子ちゃん、先輩と……、わああ」

 

 赤くなりながらチラチラと鏡子を伺う千恵子は、どうやらユニコーンの逸話を知っていた様子。

 

 伝承に曰く。ユニコーンは清らかな乙女しか背に乗せない、とかなんとか。

 

 つまりそういうことであるのだが、千恵子さんよ。話聞いてた? まだ乗れるんだから、ヤってはないよ?

 

「まあとにかく。佐伯が別れたのは悲しいことだが、これで晴れてわたしたちと遊ぶ時間が取れるってことだ! つーわけで、夏休みどっか行こうぜー」

「お前……、少しは傷心のアタシを気遣えよ」

「傷心て……。ぷぷっ、短い期間で男を取っ替え引っ替えしてる悪女にそんな感性あるとは思えませんなー」

「おう、柳洞てめえ。その評価は的確だが腹立つ。一発殴らせろ」

「きょ、鏡子ちゃん。暴力はよくないよー!」

 

 わーわーぎゃーぎゃー。

 鏡子の別れ話を聞かされてなお、いつもの昼休みはやっぱりいつも通りである。

 そのことに少しほっとして、雅は暴走する双葉と鏡子をひっぱたいた。

 

「二人ともうるさい。他の人間の迷惑でしょう」

「ぐっ、遠坂てめえ」

「遠坂がブったー。親父にもブたれたことないのにー」

 

 抗議の声を上げる二人を無視する形で、雅は先ほど出掛かった話題を繋げてしまう。

 

「はいはい、ごめんなさいね。それはそれとして、私は夏休み中忙しいから、たぶん一緒には遊べないわ」

「え、マジかよ遠坂。いつもいつも付き合いワリーぞお前」

 

 双葉の返しに眉尻が下がった。

 付き合いが悪いのは自覚している。その上で毎回懲りずに誘ってくれる彼女のことを思うと、申し訳なさもひとしおであるが、それでも今回ばかりはどうしようもない。冬木の街で聖杯戦争が行われている以上、土地管理人でありマスターでもある雅が指をくわえて戦いを見ているわけにもいかない。

 

「仕方ないでしょ。だから、どこか遊びにいくのなら三人で行ってきてちょうだい」

 

 マジかー、とうなだれる双葉。そんな双葉を、残念だったね、と慰める千恵子。そして、

 

「不幸を重ねるようで悪いが、アタシも夏休み前半……、少なくとも七月いっぱいは無理だな」

 

 完全に追い打ちをかけていく形で鏡子も彼女らとは遊べないと宣言した。

 

「な、遠坂はともかく佐伯まで無理だと……!? なんでだ! まさかすでに次の男が!?」

「それ、どんな悪魔だあたしゃ。そうじゃなくて、七月いっぱいはバイトぎっしり入れててな。身体が空かねーんだよ」

「ば、バイトだとぅ? てめえ、金と友情どっちが大事なんだよぅ!!」

「あー、うるせー。先立つものがなきゃ何にも出来ねえだろうがこのバカ」

 

 再びヒートアップしていく二人をよそに、雅は千恵子に頭を下げた。

 

「ごめんなさいね。ちょっと長引きそうな用事だから、時間が空いたとしても新学期間際だと思うの」

「ううん、残念だけど仕方ないよ。でも、もし時間があったら一緒に遊ぼうね」

「ありがとう桂木さん。

 ところで、佐伯さんのやってるアルバイトって……」

「新都のハンバーガーショップだよ。早朝の勤務だとバイト代割り増しだから、早朝から夕方までフルで勤務入れてお金稼ぐんだーって言ってた」

「そう。やっぱりそれ、単純にお金がほしいだけじゃない?」

 

 友情よりもお金。

 友情をほっぽりだして戦争しにいく雅にどうこう言う資格はないのかもしれないが、鏡子のそれは言い訳のしようもないくらいにお金の為という感じである。

 

「うーん……、そうなんだけど。それだけじゃないんだよ?」

 

 が、千恵子はそんな風に思っていないようだ。というか、雅や双葉の知らない事情のようなものを知っている様子ですらある。

 単純な好奇心に駆られて、雅は千恵子に問いかけた。

 

「なにか知ってるの?」

「知ってるっていうか、当たり前だけどお金がないと遊べないよね? 鏡子ちゃん誰かに払ってもらったりするの嫌いだし、ここ最近は彼氏さんもいたし、なによりお小遣いなんてもらってないみたいだし」

「つまり待ってても収入はないし、誰かに借りを作るのも嫌だから、お金稼ぎに行く、と?」

「それと、夏休み前半にアルバイト詰め込んでおいたら、後半はずっとみんなで遊べるもん。もし誰かが旅行に行こう、って言い出してもこれなら時間もお金もあるし」

 

 なるほど、つまりそれは、

 

「なにー!? ってことは、佐伯はアタシらと遊びたいがために七月はバイト三昧すんのか!」

「そ、そんなんじゃねーよ! つか、千恵子も余計なこと言うんじゃねえ!」

「ツンデレ! うおおっ、佐伯、わたしお前のこと大好きだ!」

「ぎゃあっ!? 柳洞てめえ、抱きつくな!」

「あはは」

 

 じゃれ合う二人と、それを見守る残り二人。

 言葉の裏にどんな感情が隠れていても、結局この騒がしさは変わらないらしい。

 

「おっし! じゃあパーッと遊ぶのは八月として、今日の放課後どっか遊びに行こうぜ。具体的には大判焼きとか食いに」

「柳洞さん。それ、目的地決まっているようなものじゃない」

「い、いまお昼食べてる最中なのに、よく次の食べ物のこと考えられるね」

「ちーちゃん、女子は甘いもの別腹だろー? それにだな、いつも行く『江戸前屋』について実は耳寄りな情報がある」

 

 ウザさすら感じるドヤ顔。大概はろくでもないことを言い出すその表情に、雅と鏡子は顔を曇らせ、千恵子ですら苦笑を浮かべた。

 

「なんだよ、その耳寄りな情報って」

「よくぞ聞いた佐伯。っていうかアレだな、彼氏と別れたばっかの佐伯にはかなり有用な情報だぞコレ。

 実はかれこれ一週間くらい前から、江戸前屋には超絶イケメンな外人が入り浸っているらしい」

「男前の外国人さん? それって赤い髪で背の高い人?」

 

 双葉の言葉を聞いて、千恵子が首を傾げる。

 彼女の口から出た台詞は、単純な疑問というよりは確認といった意味合いが強そうなので、どうやら双葉の言う『耳寄りな情報』というやつをある程度知っているらしい。

 

「知ってんのか?」

「私も聞いただけだけど。日本語のすごく上手な外国人さんが、毎日大判焼き買いにくるって」

「そうそうそれ。日本語は上手くて、すげーフレンドリーなんだけど、日本慣れはしてなさそうなんだってよ」

「へええ、日本慣れしてないってことは多分観光客なんでしょうけど」

「わたしもそう思う。だからさ、いつ帰っちゃうかわかんないじゃん! そのイケメン外人がいなくなる前に、一目見てみたいってのが女心だろ!」

 

 要するに野次馬根性らしい。

 雅は別に興味がないのだが、千恵子や鏡子は好きそうな話題である。

 

 が、雅の予想に反して、鏡子は眉間に皺を寄せつつ「アタシはパス」と一言。これには双葉も目を丸くした。

 

「えー、佐伯イケメンとか好きだろう。彼氏と別れた傷心を、イケメン見ることで癒そうぜー」

「まあどの程度の男前か見てみたくはあるけどな……。今日は放課後バイトなんだよ」

「ぐあぁぁぁぁっ! またバイトに佐伯とられた!?」

 

 なんだ、興味がないわけじゃなくてバイトか。それにしてもよく働くな、と思いかけて、ふと気になった。

 

「ねえ、佐伯さん」

「なんだ遠坂」

「貴女のバイトって何時頃終わるの?」

「四時から三時間……、七時くらいにゃ上がるが、それがどうした?」

 

 午後七時。いまの季節なら、丁度日が沈みきるところくらいか。太陽の気配はまだあれど、夜に片足踏み込んだ時間帯である。

 

「佐伯さん。私からこんなこと言うのもおかしな話だと思うのだけど、勤務時間ってもう少し短く出来ないの? その……、そのぐらいの時間帯ってもうかなり暗いでしょう?」

 

 我ながらどうかと思う提案だ。鏡子にも色々事情があるだろうに、たかが友人が急に何を言い出すのか。文句の一つ二つとんでもおかしくない。

 それでも、いま街で起こっている戦いの事を考えると雅は言わずにはいられなかった。考えたくもないが、不用意に夜に出歩いて、戦いに巻き込まれないとも限らない。

 

 雅の言葉をどう捉えたのか。眉根を寄せた鏡子は、同じく困ったような表情をした千恵子と顔を見合わせて、言った。

 

「なんだ、遠坂も知ってたのか」

「やっぱりこういう話って、誰かから伝わっていっちゃうんだねえ……」

 

 と、二人は雅の予想外の反応を見せる。

 何のことを言っているのかわからない雅の心を代弁するかのように、双葉が二人に問いを投げた。

 

「こういう話ってなんだー? 双葉ちゃんだけのけ者かー?」

「ごめん、そういう訳じゃないんだけど」

「飯時にする話でもなかったから、黙ってたんだよ。どうせ帰りのホームルームで先公が喋るだろうしな」

「先生が? 佐伯お前、そんなやばいことしたの?」

「アタシじゃねーよ。ただ……、昨日新都の方で殺人があったんだよ」

「「え」」

 

 驚きの声は双葉と被った。

 毎日耳にするニュースでそのフレーズは別に珍しくもないが、頭に『新都で』と付くと急に緊張感が変わる。テレビの中の出来事として、どこか現実感の薄いニュースとは違い、身近な人から聞く地元での出来事は、すぐそこに差し迫った恐怖を与えてくる。

 

「今朝、登校中に結構な数のパトカーが停まっててな。何かと思ったんだが」

「夜の内に一家惨殺された、って通りがかりで警官さんに聞いたの。それも一軒だけじゃなくて4、5軒」

「見つかったのが今朝でな。それも次々似たような通報がくるとか言ってたから、今はもう少し増えてるかもしれん」

「それでね、やっぱりちょっと怖いから、鏡子ちゃんのバイトの時間減らした方がいいんじゃない? って、ここにくるまでに話してたの」

「アタシもまあ、普通に怖えしな。今日のバイトで勤務時間の相談をするつもりだったんだが……、おい。どうした遠坂?」

「はっ、え……?」

 

 思わず思考の渦に入りかけた雅を、鏡子の声が引っ張り上げる。

 

「え? じゃねえよ。すげー難しい顔してたぞ」

「顔色もあんまりよくないよ?」

「ごめん、大丈夫よ。ただ少し……、怖いなって思っただけ」

 

 そう言ってお茶を濁すも、思考の片隅には今の話がべったり張り付いてしまっていた。

 

 つい先日始まったばかりの聖杯戦争と、今回の新都での殺人事件。別々に考えるには、いささか時期が一致しすぎている。どこかの組のサーヴァントかマスターが下手人であったとしても不思議ではない。

 

「ぐあー! 暗いよ、怖いし! 飯時になんて話をぶっこんでくるんだ、この新都出身組は!」

 

 と、重くなった空気を払拭するように、双葉が声を上げた。

 

「やめやめ! 佐伯はさっさと帰って、わたしらも夜は出歩かない。それでこの話はおしまいっ! だから楽しい話しよう。なんせ今週乗り切ったら夏休みだからなー!!」

 

 あははははー、と笑う双葉はいつも通りにうるさいが、その笑い声がいつもより渇いているのを、雅は聞き逃さなかった。おそらく他の二人も同様だろう。

 それでもそれを指摘して、空気を変えようとしてくれた彼女の好意を無碍にするようなことはない。

 

 故に三人一緒に顔を見合わせて、紡ぐ言葉は異口同音。

 

「「「うるさい」」」

「お前らひどいなっ!?」

 

 いつも通りの空気に戻った昼休み。双葉の絶叫が教室に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『よろしかったのですか?』

 

 放課後。1人での帰り道で、唐突にそう問われた雅は、首を傾げつつ問い返した。

 

「よかったって、何がよ?」

『ご学友に誘われていたではないですか。断ってしまってよろしかったのかと』

 

 会話の相手は霊体化したアーチャーだ。

 聖杯戦争を戦うサーヴァントらしからぬセリフに、雅はますます首を傾げた。

 

「え? そりゃ断るわよ。今は聖杯戦争優先だもの。

 それでなくとも、今日は学校帰りに寄るところがあるって言ったでしょ?」

『それは、そうなのですが……』

 

 雅の言葉にそう返すアーチャーは、随分と歯切れが悪い。

 

「何? 言いたいことがあるなら、きちんと口にして。それで怒ることとかないから。……多分」

 

 よほどのことでないのなら、雅が感情を荒げることはないだろう。

 というか、基本的にアーチャーはマスターの方針を第一に考えている節があるので、彼の言葉が気に障ったとしても、それは恐らく雅のことを思ってのことなのだと思う。

 

『……では、無礼を承知で言わせていただきます』

 

 と、彼の騎士はそう前置きして、ゆっくりと口を開いた。

 

『マスター。聖杯戦争を戦う魔術師として、あなたの行動は正しい。友人との時間など、聖杯戦争中は優先順位も下がるでしょう。

 しかし、心開ける友人というものは得てして得難いものです。私のように『終わった者』ならいざ知らず、マスターは今を生きる人間だ。戦いが終わった後も人生は続く。現状では難しいかも知れませんが、ご友人との時間は大切にされた方がいい』

 

 そこまでを一息で言い切って、彼は躊躇ったようにさらに付け加えた。

 

『でなければ、いつか私のように後悔することになるかもしれません』

 

 ────私のように。

 

 その言葉の裏に、どれほどの出来事があったのか。アーチャーではない雅には、彼の心情を正確に把握することなど出来ない。

 それでも、『後悔している』と言った彼の気持ちを、想像することくらいはできる。掛け値なしの英雄である彼が口に出してしまうほどに、彼は友情を守れなかったことを悔いているのだ。 

 

「アーチャー、あなた……」

 

 雅は深く溜め息を吐いた。

 

「大丈夫よ。あなたが心配してるようにはならないから。

 だって、私が付き合い悪いことなんて、あの子たちとっくに知ってるもの。今更今日のことくらいでどうこうならないし、この先もきっと大丈夫よ。そういう……口に出すのははばかられるんだけど、その、良い娘たちだと思うから」

 

 心配性のサーヴァントを安心させるために、そう言い切る。が、今の台詞回しはいささか以上に恥ずかしくなかっただろうか。

 だんだんと恥ずかしさの込み上げてきた雅は、アーチャーに深く突っ込まれる前に話題を切り替えることにした。

 

「それにしても、前からそうじゃないかなー、とは思ってたけど。あなた結構心配性っていうか、過保護なのね」

『は? な、そのようなことはないでしょう! サーヴァントがマスターを心配するのは当然のことです』

 

 こちらの指摘に、彼はムキになって反論する。

 お、これは図星かな? と、雅は口端をつり上げた。

 

「そう? 戦う上での忠告ならともかく、今回のは完全にお節介の部類だと思うわよ?」

『……う、いえ、しかしですね』

「はいはいわかったわかった」

『わ、私のことなどより! い、一体どこに寄られるおつもりなのか!』

 

 普段落ち着いた口調で話すアーチャーには珍しく、随分と早口である。

 うわー。話題変えるの下手ー。と呆れてしまうが、雅自身、先ほど話題転換した前科がる。

 焦るアーチャーは面白かったが、大人しく逸らされた話題に付き合ってやることにした。

 

「私の魔術の先生のところよ」

『というと、マスターのお婆様のところですか』

「あー、そういえばアーチャーには私の師匠がお婆様だって話はしたんだっけ?」

『はい。この街の案内をされているときに話題に』

 

 そういえば退屈しのぎにそんな話もした気がする。

 だが、生憎と雅の祖母はこの街にはいない。というか日本国内にすらいない。家督を雅の先代────雅の父だ────に譲ったあとは、一年の大半をイギリスで過ごすことが多く、日本にいることの方が珍しい。

 それは雅が当主に代わってからも変わらず、今回の騒動も雅の手並みを見極めるのだと言わんばかりに静観を決め込んでいた。

 

 なので、当然、

 

「そっか。でもごめん、違うわ。お婆様は確かに私の師匠なんだけど、今日会いにいく人は別の人なの」

 

 と、アーチャーには答えることになる。

 

『そうなのですか?』

「うん。私にはお婆様の他に魔術の先生って呼べる人がもう一人いて、今日会いにいくのはそっち」

『二人の師、ですか』

「そう。魔術って基本的に一子相伝だから、家系の魔術は先代とか先々代とかに教わらなきゃなんだけど。それ以外。極端な例だと、魔力の扱いなんて基礎中の基礎なら、教えるのが別に家系の魔術師じゃなくてもいい訳でしょ?

 うちのお婆様もあれで忙がしい人だから、私にばっかり構ってられなくてね。今日会うのは、そういう秘伝の魔術以外を教えてくれた人なの」

 

 答えつつ、かつての指導を思い返して微笑んだ。

 今よりももっと子供だった時代に、先生に指導してもらったことは、雅にとって大切な記憶だ。

 

『なるほど。いうなれば、マスターの家庭教師のようなものですか』

「まだ語弊がある気がするけど、まあおおむねその認識で間違ってないかな。

 それでね、その先生が明日には国に帰るって言うから、今日のうちに挨拶しておきたくって」

『国に帰る……。つまりその方は、この国の人間ではないのですね』

「ええ。遠坂の遠縁に『エーデルフェルト』って魔術の名門があってね。先生はそこの魔術師なの。

 エーデルフェルトの本家はフィンランドにあって、今日を逃しちゃうと次も簡単に会いましょうって訳にはいかないから」

 

 一応でも冬木の土地管理人である雅は、たやすくこの街を離れられない。なので先生に会えるのは、基本的にこうして向こうが冬木に出向いてくれた時だけだ。

 雅が家督を次いでからは、冬木を訪ねてくることも随分減ってしまったので、先生が帰る前にもう一度会いたい気持ちは大きかった。

 

「それに言いたくはないけど、歳も歳だしね。長距離の移動はやっぱり身体に障ると思うのよ」

『ご高齢なのですか?』

「ええ。お婆様と同世代だと言っていたから。なんでも学生時代はこっちに留学して、お婆様と一悶着あったらしいわよ?」

『一悶着、とは?』

 

 アーチャーの質問に苦笑する。

 その辺りの出来事は、当事者たちに訊いても何も教えてもらえなかったのだ。

 

「それが訊いても教えてくれなくてね。お祖父様も苦笑いしてたから何か知ってるんでしょうけど……。

 とにかく親戚なんて言っても、当時は随分疎遠だったらしわ。けどまあ一悶着(そういうこと)があったからか、お婆様が当主を次ぐ頃には結び付きも前より強くなってね。

 お互いに無関心だったものが、私の指導をしてくれるくらいには親密になったの」

 

 そうそう。それから大切なことを言い忘れるところだった。

 

「あなたの触媒を融通してくれたのも先生なのよ」

『なんと!』

「実は今回の来日はその関係でね。

 あなたたち英霊からしたら面白い話じゃないだろうけど、世界中で聖杯戦争をやってる今のご時世だと、召喚の触媒ってバカみたいな価値があるのよ。それこそ盗みとか殺人とか、墓荒しなんかが横行するくらいにはね。

 で、そんな価値のあるもの輸送途中に何があるかわからないって、わざわざ自分で届けにきてくれたのよ」

 

 それについては本当に頭が上がらない。

 輸送事故を防ぐために自ら触媒を持ってきてくれたことも去ることながら、そもそも触媒自体を提供してくれたことにもだ。

 

「と、ここだわ」

 

 気付けば目的地のすぐそばまできていたらしい。

 足を止めた雅は、目の前の日本家屋を見つめた。

 

『これは、随分立派なお屋敷ですね。武家屋敷、というのでしたか』

「あなた、西洋の英霊のクセにそんな言葉まで知ってるの?」

 

 アーチャーの語ったように、雅の前にある屋敷は『立派』と称して問題がないほどの大きさの日本家屋だった。聞いた話だと、築70年だか100年だか200年だか。とにかく古い物件らしく、こういう住居はきょうび日本でも珍しい。

 なんのこだわりがあるのか。雅の先生はフィンランドの名門の出のクセに、日本にくると必ずこの武家屋敷に滞在するのだ。

 補強のために度々工事はしているが、ここまで古い物件だと色々不便で仕方がないだろうに。

 

 その立派なお屋敷に恥じぬ立派な門の前まで来た雅は、門戸のすぐ隣に据え付けられたチャイムを鳴らした。

 待つこと数秒。インターフォンの向こうから、雅の想像通りの声が聞こえてくる。

 

『はい。どちら様でしょう』

「先生。雅です。お伝えしたように、先生に会いに伺いました」

『まあ雅ちゃん。少し待っていて下さいね』

 

 ややあって、門の向こう側から鈍い音が響く。恐らくカンヌキを外した音だろう。それに一拍遅れて、大きな門戸が重々しく開いた。

 

「いらっしゃい。雅ちゃん。こうして会うのは1週間ぶりかな?」

 

 そういって雅を出迎えたのは、長い白髪を結い上げた老女だった。

 あまり主張しない色合いの洋服に身を包み、優しげな表情でこちらを見つめている。

 手足は細く、身体つきもそれに比例するように小さい。昔本人が冗談めかして言ったことだが、会うたびに縮んでいるような気もする。

 歳を重ねるごと数を増やしていくシワは、まるで年輪のように老女の顔に刻まれ、それだけで彼女がかなりの高齢なのだと匂わせていた。

 

 彼女を言い表すのなら、こじんまりとした可愛いお婆ちゃん、といったところか。

 

 それでも、しっかりと自分の足で立って歩き、腰も曲がらず背筋もまっすぐなその立ち姿。耳が遠い訳でもなく、ましてやボケている訳でもない彼女は、とても80に手が届くような老人には見えない。

 

「すぐにご挨拶にこれなくて、申し訳ありませんでした」

 

 雅は頭を下げた。

 アーチャーの召喚。負傷。休息。これらのことが重なって、雅は彼女に面と向かって、然るべき報告を行っていない。

 すなわち、『あなたの用意してくださった触媒で、無事にサーヴァントが召喚できました』という報告を。

 

「やだ、気にしないで。今日こうして雅ちゃんが会いに来てくれただけで嬉しいから」

 

 一方の老女は雅の態度に少し慌てつつ、やんわりと頭を上げるように促した。

 そうして自身は半歩分下がると、顔を上げた雅に向かって手招きをする。

 

「さ、どうぞ」

「はい、先生」

 

 軽く一礼してから門をくぐる。

 定期的に手入れされているのだろう。門の内側にあった庭の様子は、幼い頃からずっと変わっていない気がした。

 

 その庭を横目で眺めながら、先行する先生について歩く。

 さほどの距離もかけずに玄関前までたどり着くと、するりと玄関を上がった先生が、再び雅に手招きした。

 

「ようこそいらっしゃい雅ちゃん。どうか遠慮せずにあがってくださいね」

 

 手招きされるまま玄関の敷居をまたぐ。靴を脱ぐ前にその場でもう一度頭を下げてから、雅は家の中に上がった。

 

 

「お邪魔します。サクラ先生」




金髪ドリルロール:ふぁっ!?
黒髪ツインテール:ふぁっ!?


原作キャラ/Zeroでお送りしています!


※新キャラ大放出回!(ただし物語に絡むとは言ってない)

 ちまたでは欲しいサーヴァントを描くと、それが触媒になってガチャで引ける、って都市伝説があるらしいですね。
 自分は絵心ないので、せめてfate関連の小説を書こうと、この小説をせっせか書いてました。
 つまり何が言いたいかって言うと、更新予定が来年だったこの話が今年の内に更新されたのは、欲しいサーヴァントがいたからってことです。(なお、この小説には登場しないので多分触媒にはなってない)

 っていうか、この話はサクッと終わると思ってたのに前の話の二倍くらいあるよ……。でもストーリーはまるで進展がないという(なお長すぎたのでこの話に入れる予定の話を次に回している模様)



以下、FGOのネタバレ含むオマケのいんたーるーど。

【いんたーるーど】FGOで遊ぶAAAの弓陣営


雅「走れソリよー、風のようにー」
弓「ご機嫌ですね、マスター」
雅「特異点をー……って、き、聞いてたのアーチャー!?」
弓「はい。何かまずかったでしょうか?」
雅「別に、まずくはないんだけどさ……」
弓「? それより、今のはいわゆるクリスマスソングというやつですか」
雅「え、ええ。こないだ九条さんに教えてもらったソーシャルゲームでクリスマスイベントやっててね。サンタがどうこうって」
弓「サンタ、ですか?」
雅「そ。とあるサーヴァントがサンタに扮してって内容で。ゲームの話とはいえ、夢があって、」
弓「クリスマスに人々、特に子供の願いを魔力に換えて、その夢を叶えるという幻想の住人ですか」
雅「……えっ、とアーチャー?」
弓「はい?」
雅「まさかそれ、ソリの燃料がくつ下とか言わないわよね?」
弓「くつ下ですか? 確かに具体的な品があれば、魔力効率はよいでしょう。ただ、願いさえこもっていれば別にくつ下に限らないと聞き及びましたが?」
雅「あー……、そうなんだー……」
弓「マスター? なぜスマホと私を見比べておられるのですか?」
雅「いや、別になんでもないけど。……。へー……、いるんだサンタって」
弓「?」
雅「あ、そうだアーチャーもやってみる? 今のイベントは結構衝撃受けるかも知れないけど」
弓「はあ……。マスターがやれとおっしゃるのなら」


~数分後~


雅「どうアーチャー。あなた的には中々衝撃的なサンタだったと思っ……て、どうしたの? なんだか暗いわよ?」
弓「クリスティーヌ……」
雅「……………は?」
弓「私にクリスティーヌ・クリスティーヌ! と叫べば良かったとおっしゃるのか!?」
雅「なに言ってるの、あなた?」





赤「こんにちは、メリー!!」
青「ローマうぜええええ!!」
黒「お前らじゃない座ってろ」

そんなFGOクリスマスイベント


さりげなくここのバサカとアーチャーがいつか参戦するような期待が高まるセリフ多くていいですね


トナカイの皆さまガチャ回してますかー?

本能寺、ケルトと抜けてクリスマスイベントまでの間がない。マスターには休む暇ありませんね!

自分、本能寺は結局終盤にナメプしても180万ポイントとかあって余裕でした。

対して師匠ピックアップは課金しましたよね。するよね。
というか、FGO始まる前から師匠追加されたら引けるまで課金すると決めてたので課金余裕でした。
あと、ここ読んでくださってる方は気付いておられると思うのですが、叔父貴も引けるまで課金するつもりだったので、叔父貴星3でホントに良かったという心境

ここまでノー課金だったので大量の石で回しまくることにビビりました。
あと当然課金前に貯めてた石と呼符使いきるべく回してたのですが、無料分では当然のように師匠きませんでした。(別の星5鯖が二人ほどきて友人にぶん殴られましたが)


ところで皆さまのところにはピックアップサーヴァントってどれくらいピックアップされてるんでしょうか?
いや、自分師匠引けるまで引いて、叔父貴もディルもギリギリ宝具レベル5になるかならないかだったので。お前らホントにピックアップかと

猪と旦那は超来てくれたけどな!
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