Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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二日目 白昼堂々

「遠坂も佐伯もよー、付き合い悪りぃよなー」

「二人とも用事があるんだし、ある程度は仕方ないよ」

「ちーちゃんは甘いんだよー」

 

 ぶーたれる双葉を宥めながら帰り道を歩く。

 雅とは教室前の廊下で、鏡子とは昇降口で別れ、現在は千恵子と双葉の二人で下校中。

 新都に自宅がある千恵子と、円蔵山に自宅がある双葉とでは帰宅ルートは異なるが、そこはそれ。昼休みに話していた通り二人の足は深山商店街へと向かっていた。目的は言わずもがなである。

 

「ちーちゃんはさー、どんな感じのイケメンなら嬉しい?」

「嬉しい……?」

 

 双葉からの質問に千恵子は首を傾げた。

 これから見に行こうとしている『商店街に現れる赤髪の外国人』は、千恵子の聞いた前評判では『ワイルドなイケメン』とのことだった。その情報から、千恵子はなんとなくワイルド系のハリウッド俳優のような見た目を想像していたのだが。

 

 どんなイケメンなら嬉しいか。は、ちょっと考えていなかったというのが正直なところである。

 

「うーん……、どうだろう? 綺麗な顔立ちだと嬉しい、かなぁ?」

「なるほどなるほど。わたしはワイルドなマッチョとかだと嬉しいなー! ほら、やっぱり男らしさ? みたいなのって必要だと思うんだよ」

「マッチョさんかあ。ワイルドなイケメンって聞いたから、もしかしたらマッチョさんなのかも知れないね」

「おっ、そうなの!? いやあ楽しみだなー」

 

 しかし情報では、そのイケメンはどうやら大判焼きを買いに毎日商店街に通っているらしい。

 大判焼き大好きなマッチョのイケメンってどうなんだろう。と想像して、意外とありだなと内心で結論を下す。度を過ぎなければ、それはギャップ萌えってやつだと、以前何かの雑誌で読んだ。

 

「今日も商店街にいるといいね」

「いるだろ。つーか、いてくれないと困る。この暑い中、商店街まで歩くのって体力使うし」

「最高気温33度だって言ってたよ」

「死ぬ!」

 

 そう言いながら、双葉が制服の首もとをパタパタと動かす。蒸れる制服から熱を逃がそうというのだろう。

 はしたないとは思うけれど、この暑さでは仕方ないとも思う。千恵子にしたって、もしも人目がなければ制服なんて全部脱いでしまいたいくらいだ。

 

 今日は天気もいいし、気温も高い。アスファルトからの照り返しもあって、屋外と室内との体感気温の差は実際の気温差よりも随分と大きい。意識しないようにしていたが、ひとたび話題に上ってしまうとどうしてもこの暑さが気になってしまう。

 

「そのイケメンがどの辺のホテルに泊まってるか知らないけどさ、このあっついのに毎日大判焼き買いに行くなんて、よっぽど気に入ったんだろうな」

「まだ観光客かはわからないけどね。けどホント、毎日こんなに暑いのに通い詰めるってすごいね」

「なー。…………暑い」

「ねー。…………暑い」

 

 力ない笑みを浮かべながら歩く。

 校舎を出た当初は元気だった二人だが、やはりこの気温の中、数分も歩いていれば体力はみるみる吸い取られていく訳で。典型的な屋内型の千恵子はもちろん、バリバリ屋外体育会系の双葉でさえ徐々に口数は少なくなっていた。

 

「なー、ちーちゃん」

「……うん。どうしたの?」

「コンビニ寄らねえ?」

 

 首もとの汗を拭いながら双葉が指をさす。

 彼女の人差し指が示す方向には成る程。車道を挟んで向かい側に、見慣れた青い看板のコンビニエンスストアが見えた。

 

「このまんまじゃ熱中症だよー。少し涼もうぜー」

「……そうだね。ちょっと今日は暑すぎるかも」

 

 ここから深山商店街までは、そう遠くはない。

 けれどこの炎天下の中を歩いていくと考えると、商店街までの残りの道のりはとてつもなく長いものに思えた。

 

 恐らく冷房の行き渡っているであろうコンビニ。

 この気温の中、屋外にいる二人の女子高生にとってはまさに砂漠に現れたオアシスに等しい。

 

 涼を取れるというあらがいがたい魅力に引き寄せられ、二人の足は特に用事のなかったコンビニへと向かってしまう。

 

「喉も渇いたなー。アイス食おう、アイス!」

「ええ!? 江戸前屋行ったら大判焼きも食べるのに!? それにアイスは飲み物じゃないよ!?」

「失礼な! アイスは立派な飲み物だ!! それにアレだな、女子的には甘いものは別腹ってことで」

「ええー……」

 

 双葉の言葉に納得しきれないまま、千恵子はコンビニへと踏み入った。

 

 

 ────余談だが、おいしそうにアイスを頬張る双葉を見て、千恵子もアイスを購入してしまったことをここに記す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今お茶を淹れるから、少しだけ待っていて頂戴ね」

 

 雅を居間に通した先生は、そう言って台所へと引っ込んでいった。

 手近な場所にスクールバッグを置いた雅は、その言葉に慌てて台所へと顔を向ける。

 

「そんなっ、お構いなく。っていうか、手伝いますよ先生!」

「ダメでーす。お客様はお客様らしく、そこでくつろいでいてください」

「そんなこと……」

「じゃあこれは先生として。私が戻るまで大人しくしていなさい」

「うっ……」

 

 ぴしゃりと言い切られて、雅は動きを止めた。

 伊達に雅の先生をやっている訳ではない。流石に、彼女は雅の扱い方をわかっている。

 『客』ではなく『生徒』として彼女を手伝おうとした雅は、『先生』として紡がれた言葉にはどうしようもないのだ。

 

 それに、誰かをもてなすことは、もはや先生の趣味のようなものだ。最初のやり取りで譲る気がなかった以上、ここからどんなに言葉を重ねても彼女の意志を曲げさせるのは無理だろう。

 

 仕方なく居間に腰をおろした雅は、久しぶりに来たこの部屋の中をぐるりと見渡した。

 

 畳敷きの床。数人が並んで座れる大きめの座卓と座椅子。窓の側には花の生けられた花瓶。間仕切りは障子で、座卓から見やすい位置には大きめのテレビがある。

 

 相も変わらず、いかにもテンプレ的な和風の居間だ。ここに来る度に思うのだが、何故にフィンランド名家の先生がこの屋敷に滞在するのか理解できない。住みやすさという点ならば、遠坂の邸宅の方が遙かにマシだろうに。

 雅としてもそちらの方が嬉しい。

 なんて、そんな本音はさておき。ややあって、お盆にお茶とお茶菓子を乗せた先生がニコニコしながら居間へと入ってきた。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 出されたのは冷茶と水羊羹(みずようかん)。視覚的にも涼しげなもてなしは、炎天下の中を歩いてきた雅には非常に嬉しい。

 薦められるままお茶を一口頂いて喉を潤すと、早速とばかりに雅は口を開いた。

 

「それで、先生。今日こちらに伺ったのは……」

「待って、雅ちゃん。その前に、貴女のサーヴァントはここにいますか?」

 

 雅の言葉を遮って、先生が言う。

 首を傾げながらも、雅は先生の問いに答えた。

 

「はい。今もそこに」

 

 そもそも今日の用向きは、先生に融通してもらった触媒で無事にサーヴァントを喚び出せた、という報告とお礼、そしてある一つのお願いだ。

 聖杯戦争中ということと今日の報告の件から、雅が傍らにアーチャーを控えさせていないなんてことはあり得ない。

 

 先生にはメールを使って簡単な報告は済ませていたが、アーチャーの召喚後に雅が先生と直接顔を合わせるのは初めてである。先生としても、自分が送った触媒で、どのような英霊が呼び出されたのか興味があるのかもしれない。

 或いは、聖杯戦争を勝ち抜くにあたって、自分の生徒がマスターとしての基本(この場合は不用意にサーヴァントと離れないことだろう)をきちんと出来ているのか、という確認か。

 

 だが、続く先生の言葉は雅にも予想が出来ないものであった。

 

 

「そう、三人分淹れて良かった。せっかくだから、みんなでお茶にしましょう?」

「え?」

 

 

 そういう流れで、三人でお茶会である。

 

 なんというか、これは一体なんだろうか。と雅は思った。

 自分のサーヴァントを見せる目的でここにきたのだから、アーチャーを実体化させることは何の問題もない。先生とアーチャーが会話するのだって当然だ。

 だけれど、自分と先生とアーチャーとで、冷茶をすすりつつ水羊羹を口に運ぶ現在の状況は、正直言って訳がわからない。いや、アーチャーのことも客人としてもてなしたい先生の心理はわからなくもなかったが、それにしたってこう、これは聖杯戦争期間中に似つかわしくない光景なのでは、と思ってしまうのだ。

 

 実体化し、雅の隣に腰をおろしたアーチャーに目を向ければ、彼もやはり現在の状況に困惑していることが見て取れた。

 

「貴方も遠慮せずに召し上がってくださいね」

「……はあ」

「あら? もしかして緑茶は苦手なのかしら。それとも羊羹が? ごめんなさいね、気が付かなくて」

「ああ、いえ。そうではなくて……。私はサーヴァントですから、このようなお気遣いなど無用です」

「そう? でも私にとっては貴方もお客様ですし、何より雅ちゃんを守ってくれる大事な人ですから。これくらいはさせてくださいね」

 

 ニコニコと上機嫌で先生は水羊羹を口に運ぶ。

 困惑からこちらを伺うアーチャーに『こうなったら諦めてもてなされなさい』と念話で伝えて、雅も水羊羹を口に運んだ。

 口の中に広がる上品な甘さを堪能して、一息ついた雅は今度こそ用件を口にする。

 

「それでその、先生」

「はい。何かしら?」

「今日こちらに伺ったのは、彼を────アーチャーを先生に見せるためです」

 

 あら、と先生の視線が雅からアーチャーに移される。

 水羊羹の切り分けに四苦八苦していたアーチャーは、視線を受けて居住まいを正した。

 

「先生の用意してくださった触媒で、このとおり無事にサーヴァントを召喚出来ました。ご挨拶が遅れてしまいましたが、改めてお礼を述べたいと思いまして」

「気にしないで。私が好きでやったことだから」

 

 柔らかい笑みを浮かべて老女はそう言う。

 

 好きでやったことだから。

 そういう風に言った彼女に、雅は何度助けられたかわからない。

 

「ところで、私が用意した触媒から召喚されたのなら、アーチャーの真名は────、」

「おそらく貴女が想像しているとおりでしょう、レディ」

「そうですか。アレを使って『セイバー』ではなく『アーチャー』として喚ばれたのは、貴方の適正か、それとも雅ちゃんの適正でしょうかね」

 

 セイバーかアーチャー、どちらの方が良かったのかしら。と、思案するかのような先生に、意を決して雅は声をかけた。

 とりあえずの報告はここまで。肝心要の用件が一つ、雅には残っている。

 

「あの、先生」

「はい、どうしたのかな?」

「実は先生が用意してくださったあの触媒、お返しすることが出来ません。本当にごめんなさいッ!!」

「……はい?」

 

 雅の急な謝罪に、キョトン、と老女が首を傾げる。

 自分でも大概なことを口にしている自覚を持ちながら、雅は続きを吐き出した。

 

「アーチャーには『剣の宝具』はありません。いえ、正確には『クラスの枠』に弾かれて『剣の宝具』はオミットされてしまいました」

 

 頭を上げないまま、そう報告する。

 雅が口にしたクラスの枠とは、いわば英霊の『再現度』を決めるものであり、サーヴァントの限界値とも言えるものだ。

 

 最大で七騎のサーヴァントを喚び出し、殺し合わせる聖杯戦争。

 だが、英霊たるサーヴァントの召喚は魔術師には不可能に近く、聖杯の補助があったとしてもそれは難しい。

 そのため、聖杯はあらかじめ『七つの筐』を用意する。

 

 すなわち、

 

 剣士(セイバー)

 槍兵(ランサー)

 弓兵(アーチャー)

 騎乗兵(ライダー)

 暗殺者(アサシン)

 狂戦士(バーサーカー)

 魔術師(キャスター)

 

 の七つであり、聖杯は、英霊をこれらの役割に即した一面に限定することで召喚する。

 そのためサーヴァントが生前の能力すべてを発揮することは叶わない。

 

 剣士としても優秀な技量を持ち、剣自体も相当な業物であったハズのアーチャーが『剣の宝具』を所有していないのもこの為だ。

 弓兵というクラスの枠に押し込められた結果、本来所有していたハズの武装を『弓兵には必要のないもの』として弾かれてしまったのである。

 

 そしてそれはアーチャーに限らない。

 セイバーもランサーも、ライダーだって本来ならもっと多くの能力、もっと多くの武装を備えていたとしてもおかしくはないのだ。

 

「ですが、」

 

 さて、ここで一つ確認をしよう。

 サーヴァントとは英霊である。

 そして英霊とは『過去、なにかしらの偉業をなしとげた者』である。

 

 

 ではもしも、それら英霊の使っていた武装そのものが現代まで残り続けていたとしたら?

 そしてもしも、上記の理由によって武装を取り上げられたサーヴァントに、それらの武装を返せたとしたら?

 

 

「アーチャーには、先生が用意してくださった触媒が……、あの銀剣があります」

「アレは間違いなく私の物でした。弓兵(アーチャー)として現界させられても、アレの扱い方は忘れていません。必要ならば真名解放も可能でしょう」

 

 雅の言葉を引き継ぐように、アーチャーが言う。

 

 ただの触媒だった、刃の欠けた銀剣。

 それはアーチャーが現界し、アーチャーの魔力を通すことによって宝具としての輝きを取り戻した。

 

 現代まで残り続けた彼本来の武装。

 それを彼に返すことによって、アーチャーは弓兵でありながら弓兵が本来持ち得ない武装()を獲得した。

 

 言うまでもなくそれはサーヴァントの強化だ。

 他のサーヴァントが持ち得ない雅たちの強みだ。

 

 けれどこの触媒は雅自身が用意したわけではない。雅の先生が、雅のためにと何とか融通してくれたものなのだ。

 亜種聖杯戦争が盛んなこの時勢。英霊ゆかりの品は、それがどんなものであれ目が剥くような値段が付けられている。このアーチャーをほぼ確実に呼び出せるだろう銀剣など、一体どれほどの価値があるのか雅には想像もできない程だ。

 

 頭を下げれば済む問題ではないことくらいはわかっている。

 ここまで世話を焼いてくれた恩師に、この上さらに迷惑をかけようなどと、正気の沙汰ではない。

 師弟の縁を切られるどころか、遠坂とエーデルフェルトで戦争が起きるかもしれない。

 

 それでも戦力として、アーチャーからあの銀剣を奪うのは惜しい。

 

「聖杯戦争が終結した暁には、きっと銀剣は返しに伺います。ですから、それまでは……、それまではどうか、私にアレを預けては頂けないでしょうか!」

 

 座したまま、さらに深く頭を下げた。

 その雅の隣では、アーチャーが同じように頭を下げる気配がある。

 彼にしてみれば、この話は完全に予想外だろうし、もとを糾せば銀剣は彼の所有物である。にも関わらず、何も言わずに彼は雅に付き合ってくれている。本当に自分には過ぎたサーヴァントだ。

 

「……顔を上げて頂戴」

 

 厚かましいにも程があるお願いをした自覚があるせいで、そう言われてもしばらく雅は顔を上げることが出来なかった。

 

「雅ちゃん」

「マスター」

 

 頭を下げ続ける雅の頭上から降る二種類の声に、雅は緩慢な動きで顔を上げる。

 視線を上げた先にいた先生の顔は、怒るでも失望するでもなく、ただ真剣なものだった。

 

「ねえ雅ちゃん。貴女の今の言葉、『聖杯戦争が終わったら、触媒を返しに行く』っていうのは本当?」

「は、はい。もちろんです」

「誓える?」

「誓います。遠坂八代目当主として、サクラ・エーデルフェルトから借り受けた触媒を、私が存命である限り必ず返しにいくことを」

「……そう」

 

 その一言とともに先生は目蓋を閉じ、そして────、

 

「ふふっ、言質は取りましたから、ちゃあんと返しにきてくださいね。雅ちゃんっ」

 

 なんて、老女とは思えないくらいに無邪気に笑うのだった。

 

「え、先生……?」

「あ、今更やっぱり返しに行くのは面倒くさい、なんて言うのは無しですからね? しっかり雅ちゃんが()()()私の所まで返しにきてください」

「あ、はい。

 じゃなくて、その。怒っていないんですか?」

「怒ってませんよ? 雅ちゃんが私の所まで借りた物を返しにきてくれるって聞いて、むしろ喜んじゃってるくらいです」

 

 予想外の反応に呆然とする。

 そんなこちらには構わず、先生は嬉しそうな顔のまま言うのだ。

 

「最近は日本に来られることも少なくなったし、可愛い生徒に会える機会が減ってしまって寂しかったんですよ?

 それなのに、その雅ちゃんが『私の所まで来てくれる』って約束してくれたんですもの。嬉しくないハズがないでしょう?」

「ありがとう……、ございます」

 

 この先生には本当に頭が上がらない。

 

 再び俯いてしまった雅に、先生からの優しい声音が届く。

 

「だから、きちんと()()()()()私の所まで来てくださいね」

「……はい!」

「アーチャーさんも、この子のことをよろしくお願いします」

「我が弓にかけて、誓いましょう」

 

 『勝ち残って』ではなく『生き残って』。

 それはきっと彼女の優しさであり、願いだったのだろう。

 そんな風に思われている自分は、きっと先生に恵まれた。

 

 この戦いが終わったら、きっと先生に会いに行こうと決意を新たにして、雅はもう一度頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深山商店街へ向かう坂道を下る。

 

 現在時刻は午後三時過ぎ。

 太陽の位置は高く、ピークこそ過ぎ去ったものの、気温は未だ高い。

 

『暑いのなら上着くらい脱げばよかろう。見ているこっちが暑いわ』

 

 脳内に響く声を無視して進む。

 日本の七月といえば夏真っ盛り。その中にあって、長袖のカソック姿で街を行くテオドールはさぞ目を引くことだろう。道行く人々がちらちらとこちらを見てくるのは、テオドールが外国人であるということだけが理由ではないハズだ。

 実際ここにくるまで、『この暑いのにあんな厚着なんて頭おかしいんじゃねーの?』とでも言いたげな視線を何度も感じた。

 

『この暑いのにそのような厚着で通す。貴様、体調管理ができないバカか?』

 

 というか、言葉こそ違えど現在進行形で自分のサーヴァントに言われた。

 

 確かに暑い。

 心頭を滅却すれば、とはこの国のことわざだったか。生憎とテオドールはその域に達していないので、普通に暑い。

 

 暑いのだが、それを理由に脱ぐ訳にもいかない。この服には一応、対魔術的な加工が施されている。サーヴァントの持つ対魔力とは比べるべくもないが、それでもある程度の抗魔力は期待できる。魔術師との戦闘が予想される聖杯戦争において有効な装備を、わざわざ捨てる選択などありはしない。

 特に、今し方偵察に行ってきた魔術師の工房などでは、いったいどれほどの魔術的仕掛けが施されていてもおかしくはないのだ。備えあれば憂いなし。万全の装備で事に当たるのは、負けられない戦いをする者にとって当然のことである。滅茶苦茶暑いが。

 

『たいしたやせ我慢だな。暑さで頭がやられて、判断ミスなどしたら笑うに笑えんぞ』

「さすがにそこまで愚かではない」

 

 黙殺するつもりが、ついつい反論してしまった。この暑さで多少イライラしているらしい。

 というよりも、苛立ちの原因は先ほどから念話を飛ばし続けてくるランサーかもしれない。なにせ、つい一時間ほど前に切り上げた工房の調査中にも、このサーヴァントはずっと口喧しかったのだ。

 

『フン、どうだかな。貴様は先ほど、トオサカ邸の偵察にも俺様を使おうとしなかったくらいだ。既に判断力が鈍っている可能性すらあるぞ』

「……」

 

 思い返した途端コレである。

 テオドールはこれ見よがしにため息を吐いた。このサーヴァント相手では意味のないことだろうとは思っても、ため息をつかなければいられなかった、というのが正しい。

 

「お前に、魔術師の工房の調査が出来るとは思わん」

『調査も何も、中に入ってすべて叩き潰せばよいだろうが』

「それを口にした時点で、お前に遠坂邸への偵察は任せられない。先ほどもそう言ったハズだ」

 

 魔術師の工房というのは、魔術師にとっての研究施設であり、寝床であり、敵を叩き潰すための処刑場だ。

 その魔術師にとって有利になる地形に装置。敵の力をそぎ落とす呪いにトラップ。挙げ句の果てには魔獣や怨霊の類まで飼っている、なんてことも珍しくはない。

 

 人間であるテオドールはもちろんのこと、サーヴァントであるランサーであろうとも、下手を打てばやられてしまいかねない場所である。また、仮に工房のトラップや迎撃魔術がランサーに通用しなかった場合でも、そこに敵サーヴァントが加われば一気にこちらが不利になる。

 それ故に、工房の攻略は慎重に行わなければならない。相手が工房の外に出る機会が多いのであれば、わざわざ工房攻略などせずに、外で戦うというのも一つの手になってくる。

 

 そういうものは、すこし考えれば子供でもわかるようなことだろう。

 それをして『中に入ってすべて叩き潰す』などと宣ったランサーの方こそ、テオドールからしてみれば『暑さで頭がやられたバカ者』そのものであった。

 

 ちなみにテオドールたちが偵察してきたのは『遠坂邸』。ここ冬木の土地管理者(セカンドオーナー)にしてアーチャーのマスターでもある魔術師・遠坂雅の拠点であり、テオドールはこの情報を昨晩、監督役のノエルから聞き出していた。

 ノエル曰く、冬木の聖杯戦争においてこの程度の情報は基本知識に等しいため、ペナルティにはならないだろう、とのこと。

 実際、この地で聖杯戦争が行われるのなら遠坂の魔術師はマスター候補筆頭である。彼の一族は別に隠れ住んでいる訳でもないため、遠坂邸の場所も容易に知れる。テオドールの知識の中にも、警戒すべき魔術師として遠坂は存在していた。確かにここまでなら基本知識と切って捨てても問題ないレベルかもしれない。

 

 が、遠坂のサーヴァントがアーチャーと知れたことは基本知識の枠には止まらないだろう。遠坂がマスターだと確定したこともまた、情報としては大きい。冬木の地に派遣されるにあたって、遠坂の魔術師の戦闘方法については調べてある。完全な情報とは言えないかもしれないが、これがあるのとないのとでは、戦闘の難易度が大きく変わる。

 

 なお、まだ日が高いことと、防性結界の強固さから本日の工房攻略はいったん中止した。ランサーがずっとやかましいのは、工房探索をさせてもらえなかったばかりか、早々に攻略自体を中止したことも手伝っているのだろう。

 現在は深山商店街に向かっている最中だ。なんでも最近外国人が入り浸っている店があるらしい。それが聖杯戦争の関係者とは限らないが、()()という辺りが妙に引っかかる。

 そういうわけでダメで元々。深山商店街で調査をすることにした。

 

『ふん。昼間から堂々と姿を曝すサーヴァントか』

「まだサーヴァントだと確定した訳ではない。そもそも聖杯戦争関係者とも限らん。ただの観光客の可能性もある」

『やはり沸いているのか? ()()()()()()()()()()()など、あのライダーに決まっていよう』

「だからその確認をするのだと何度……、」

「きゃっ」

 

 言い返しかけた言葉は、曲がり角から飛び出してきた影のせいで途切れた。

 

 どん。

 べちゃり。

 

 文字として起こせば恐らくはそんな音を発て、テオドールの腹部の辺りに軽い衝撃と冷たいものが押し当てられる。

 

「む」

 

 眉を寄せながら自らの腹の辺りを見れば、そこには無惨にもソフトクリームまみれになったカソック服がある。

 冷たさの正体がわかったところで、衝撃の元凶に目を向ければ、そこには少しだけ涙目になった少女が、尻餅をついてこちらを見上げていた。

 

 幼い顔立ちに大きなメガネ。黒く艶のある髪は三つ編みにしている。着ているものはどこかの学校の制服だろう。

 

 年の頃は中学生くらいか。

 いや、東洋人は若く見えるから実際にはもう少し上だろうか。

 そういえば彼女の着ている制服は、事前の調査で知った、この辺りにある高等学校のものではなかっただろうか。確か名前は『穂群原学園』。

 

 そのようなことを考えながら少女を観察していると、こちらを見上げる黒目と視線がかち合った。

 

「あ、あ……、ご、ごめんなさい!?」

 

 途端、怯えたような表情の少女の口から、勢いよく謝罪の言葉が飛び出してくる。

 状況から察するに、どうやら角から飛び出してきた彼女と、出会い頭にぶつかってしまったようだ。テオドールの腹を汚したソフトクリームは彼女が食べていたものだろう。

 

『ふ、は……』

 

 と、ここでテオドールの脳内に響く声。

 

『ふはははははははははっ!? 貴様どれだけ注意散漫なのだ! 俺様と会話していたとはいえ、このような者にぶつかられるまで気付かぬとか! ふはっ、ふひっ、ふははははっ!?』

 

 ランサーである。というか、笑いすぎである。

 

 念話であるからして、この不愉快な笑い声はテオドールの脳内にしか響いてはいない。それ故、目の前の少女にランサーの存在を気付かれることはないが、直接笑い声が脳内に響くテオドールからすればたまったものではないのだ。

 

 いったい何がそんなに壷に入ったというのか。

 うるさすぎて、いまいち状況認識能力が下げられている気がする。この少女とぶつかったのも、お前がねちねち面倒くさかったからではないのか、と言いたくなる程である。

 

 とはいえ、ランサーの言うことも一理ある。

 暑さと会話とで、自分で思っているより注意力が散らされていたのか。実際にぶつかってみるまで他人の気配に気付かなかったのは、間違いなくテオドールの落ち度だ。

 

 まだ昼間とはいえ、冬木は既に敵地。その地で気を緩めるなど、自殺行為に等しい。

 代行者として幾つもの戦場を駆けた自分は、そのことを身を以て知っているハズだ。気を引き締め直す必要がある。

 

「別にこの程度は問題ない。……立てるか?」

 

 そう言いながら手を差し伸べると、少女はおっかなびっくりこちらの手を取って立ち上がった。

 

「え、あ、日本語?」

「少しだけなら話せる」

 

 驚いたような少女に、簡潔に答える。

 冬木に派遣されるにあたって、現地での不便がないよう、テオドールは日本語を学んでいた。日常生活で困らない程度には話せるつもりである。

 

「そ、そうなんですか。あ、あの! 本当に私の不注意で……、クリーニング代は私が出しますので!!」

 

 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

 というよりは、むしろ体を折り曲げた、といった表現が似合いそうなほどの角度だ。

 

「いや、こちらも注意散漫だった。大丈夫だから頭を上げろ」

「は、はい……。あ、そうだ!」

 

 恐る恐る顔を上げた少女は、次いで何かに気付いたかのように、道路脇に転がったスクールバックに駆け寄った。

 尻餅をついた拍子に落としたのだろう。躊躇なく中を物色する辺り、アレはこの少女の持ち物で間違いなさそうだ。

 

「おい、なにを、」

「私、ハンカチ持ってます! とりあえずそれで……」

 

 言い掛けたテオドールを遮って、少女はハンカチを取り出した。薄いピンクの、いかにも少女が好みそうな小さなものだ。

 

 ソフトクリームでべったりと汚れた服が、いまさらあの程度でどうにかなるとは思えない。

 それでも、必死な様子の少女はそれに気が付かないのか、はたまた何もしない訳にはいかないと思ったのか。とにかくその小さなハンカチ片手に、こちらへと駆けてくる。

 

 テオドールとしては、こうなった以上、服はもうどうでもいい。

 汚れた服は確かに煩わしいが、着ていられない程ではないし、そもそもこれは戦闘服だ。戦闘中に汚れることが前提である以上、少々の汚れくらいは許容範囲である。

 

 このあと商店街での調査や、戦いが始まるであろう夜への準備時間を考えると、いつまでもこの少女と関わっている訳にもいかない。どうみても彼女は聖杯戦争とは無関係の女子高生なのだから、少女のお詫びなど断ってさっさとここを立ち去るべきだ。

 頭ではそうだとわかってはいるのだが、怯えた目と表情でハンカチを差し出す少女を置いていくことは、さすがのテオドールにもはばかられた。

 

 とりあえずの汚れを拭き取らせるくらいなら、そう時間もかかるまい。

 

 それで少女の気が少しでも晴れるのなら、好きさせよう。と、半ば諦めの境地で大人しくする。

 

 

 

 ────恐らくは、それが間違いだったのだ。

 

 

 

 ハンカチを手にした少女がテオドールの至近まで近づく。

 怯えた表情のまま。傍目には何の驚異もない仕草で。

 

 だが、ハンカチが汚れたカソック服へと伸ばされる瞬間、テオドールは見た。

 少女の口端が酷薄につり上がるのを。

 ハンカチが一瞬の内に凶器へと入れ替えられるのを。

 

 

「死んでください」

 

 

 耳朶に触れるのは冷淡な言葉。

 

 もしもテオドールが並の人間だったならば聞こえなかっただろう。見えなかっただろう。何もわからず、事が終わっていただろう。

 けれど並の人間を遙かに凌駕するテオドールは、それらに気付いた。……気付いてしまった。

 

 

 果たしてそれは、幸せなことだったのだろうか。

 

 

 目の前で振るわれるのは、陽光を反射して輝く日本刀。

 テオドールの知覚速度ギリギリで翻るそれが、テオドールの首もとへと吸い込まれていく。

 

 見えることと、動けることは違う。

 差し迫る驚異を前に、けれど身体は反応できないまま。

 

 

 白昼堂々首を()ねられたテオドールの聖杯戦争は、こうして幕を閉じた。




唐突なデッドエンド!


※昼間だろうと油断してはならない。それが聖杯戦争。


今回はアーチャーの銀剣はアヴァロン枠って話でした。
剣技もすごいけど、肝心の剣をもっていないアーチャーだったのに、触媒が剣だったもんだからさ……

あと雅と先生は、先生と生徒というよりおばあちゃんと孫なイメージ。みやびんはおばあちゃんっこ。





では、材料チョコこんなに集まんねえだろ!? とか思いながら、FGOイベント回してきますm(__)m
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