Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
見えていても、動けない。
動けなければ、かわせない。
かわせなければ、死ぬしかない。
視界の天地が入れ替わり、視線が一気に落ち込んでゆく。
首を
────その、ハズであった。
「おや?」
頭上から怪訝な声が聞こえる。
首を飛ばされ、死んだというのに、いまだに視覚も聴覚も生きているらしい。
が、それももう数秒のことだろう。
代行者として鍛え上げられた肉体を持つテオドールであっても、首を
故に、この意識もすぐに消え去ってしまうハズだ。
「まったく、いつまで呆けておる?」
と、頭上からさらに別の声。
視線は無意識に声の出所を追い、そして捉えた。
「さっさと立って指示をだせ。マスター?」
「!」
その視覚情報とランサーからの声で完全に覚醒した。
咄嗟にその場から飛び退き、状況を確認する。
まず首は……、繋がっている。身体にも異常はない。前方では少女の日本刀を、実体化したランサーが防いでいる。
「これは……」
「ふん。俺様に礼の一つでも言うのだな。咄嗟に庇ってやらねば、今頃貴様の首は胴体と泣き別れだ」
相応の力がかけられているのだろう。長い槍の柄で受け止めた日本刀からは、ギチギチと金属同士が擦れ合う耳障りな音が響く。
「……すまん」
「うむ。殊勝な心がけ、だッ!」
ひときわ大きな音を発て、ランサーが少女の日本刀を弾いた。
その衝撃に逆らわず、少女が後退。ランサーとの距離を離す。
「いやはや、確実に首を飛ばせたと思ったのですが」
「最初からマスターを狙うあたりは、アサシンらしいと言えなくもないがな。俺様の目の前で、それも正面からとは……。暗殺者と言うには随分
「それはまあ、自覚はありますが。そちら、随分油断されていたようなので」
その姿に不釣り合いな凶器を握り、少女が困ったように笑う。
ここにきてテオドールのマスターとしての透視能力が、ようやく機能し始めた。
サーヴァント・アサシン。
クラス別スキル・気配遮断:A。
ただの少女にしか見えない者から見える能力に息を止める。
もはや気配を隠す必要もないと考えたのか、少女の全身からは濃密な魔力が溢れ出していた。
職業柄、魔術師と出会うことは多かったが、少女の魔力量は人間などとは格が違う。それこそランサーに匹敵するほどの、魔力の塊。圧倒的な死の気配。
聖杯戦争において、全マスターが最も警戒しなければならないクラス。気配遮断スキルで忍び寄り、マスター殺しを専門とする暗殺者。
知識では知っていた。だが実物を見て、始めて自分の認識の甘さに気がついた。
これだけの気配を持つものが、攻撃の直前まで気配を関知されない? そんなもの悪夢以外のなにものでもないではないか。
そう思ったと同時、テオドールは決断を下していた。
「この先、寝首をかかれても適わん。ランサー、そいつは今ここで仕止めろ」
「よーしよし。戦えということなら異論はない!」
直後、口角を吊り上げたランサーが、アサシンへと突進する。路面を爆発させたとしか思えないほどの踏み込みの勢いでもってして、ランサーの槍がアサシンの喉元へと叩き込まれた。
が、戦闘に向かないクラスといえどアサシンとてサーヴァント。
たとえどれほどの速度が乗ろうとも、なんのフェイントもかけずに正面から撃たれた突きなど容易く防がれてしまう。
ガキリ、と金属同士のかち合う音が響き、突きを止められたランサーが停止した。
「ふん。よく止めた……、なッ!」
言いつつ、ランサーが体位を入れ替える。
流れるような槍捌き。ランサーの三叉槍を止めていた日本刀が、まるで絡め取られるかのようにランサーに引き寄せられた。
「っ!?」
日本刀ごとランサーに引き寄せられたアサシンに、驚愕の色が浮かぶ。
このままではマズイと思ったのか。ランサーの間合いを外そうと、アサシンが後退の素振りを見せた。
だが、ランサー相手にそれでは、いささか遅すぎる。
「そうらッ!!」
気合いのこもった回し蹴りがアサシンの胸板に突き刺さり、アサシンが苦悶の声をあげて大きく後退した。
「死ね」
それでもそこは、未だランサーの攻撃圏内だ。
爆発的な勢いで距離を詰めたランサーの、その手に握る長槍がギラリと凶悪に光る。
アサシンの細い首を刈り取る軌道での薙ぎ払い。
神風めいた一撃は、今度も差し込まれた日本刀に阻まれた。
ただ、体勢の整わぬまま攻撃を防いだ代償だろう。アサシンの身体は傾くどころか、吹き飛ばされ勢いよく転がっていく。
そこからはもう一方的だ。
ひたすらに後退し続けるアサシンと、追撃をかけ続けるランサー。
ランサーが攻め、アサシンが防ぐ。
ランサーの攻撃を紙一重で防ぎ続けるアサシンからは、徐々に余裕がそぎ落とされていっているようだった。
考えてみればそれも当然の結果か。
七つのクラス中、特に近接戦闘に優れるランサーと、マスター殺しに特化したアサシン。この二騎が戦えば自然とこうなる。ランサーの勝利もそう遠くないだろう。
もっとも、高速で動き回り、とうとうテオドールの可視範囲から離脱してしまった二騎の戦いの行方を、自分はもう想像するしかないのだが。
「ランサー、油断はするな。宝具の解放も、お前の判断に任せる」
二騎を追いつつ念話を送る。
こんな命令を下した以上、ランサーは確実に宝具の解放に踏み切るだろう。周囲への影響も、自身の優勢劣勢も関係なく確実に。
自分が従えるランサーというサーヴァントは、そういう男だ。
だがそれでもいい。テオドールの中の戦闘者としての直感が、アサシンを確実に始末しておけと告げている。そのためになら、多少のリスクは冒さねばならない。下手にランサーの能力を制限して、もし返り討ちにでもあえば、それこそこの先が絶望的だ。
そうやって物事に優先順位をつけながらも、出来ることなら宝具の解放前に決着を着けろと思ってしまうテオドールであった。
逃げるアサシンを追う。
屋根を、壁を、時には街灯ですら足場に、冬木の街を駆け抜け殺し合う。
否。これはもはや殺し合いではない。一方的な虐殺だ。
自分の攻撃を防ぎ、時にかわすアサシンは成る程。たしかに相当な敏捷値を持っているのだろう。
でなければ、ここまで逃げることも出来ずにとっくに槍の餌食になっていたハズだ。ランサーの敏捷数値にすら匹敵する敏捷値は、サーヴァントの中でも最高クラスのものに違いない。
だがそれだけだ。
速度だけで言えば先日のセイバーやライダーよりも上だろうが、それだけではランサーはアサシンに驚異を感じない。
アサシンには速さがあってもパワーがない。仮にパワーがあったとしても、ランサーの攻撃にカウンターを見舞う技術がない。ただ速いだけの敵など、攻撃が多少当てにくいただの的と同じだ。
もう何度目かになる接触で、ランサーの槍がアサシンを大きく吹き飛ばした。
苦悶の声を上げながら、空中で体勢を整えたアサシンが転身。こちらには目をくれることもなく、民家の屋根を蹴って冬木市の中心部へと走っていく。
アサシンとしては逃げの一手なのだろう。
暗殺者は文字通り暗殺を成してこそのクラス。戦わずして相手を殺すことこそが彼らの常道である。それ故に
だが、だからといってランサーが手を抜く理由はない。
戦えば勝てる相手。弱い敵との戦いなどモチベーションが上がるとは言い難いが、どんな相手であれ勝利の味というのは格別だ。
ランサーの中では、先ほどの遠坂邸で『待て』を喰らった分の憂さ晴らしも兼ねて、アサシンは全力でボコボコにすると決定している。
背を向けたアサシンに悠々追いつくと、背後から三叉槍をフルスイング。とっさに振り返って受け太刀したアサシンが、砲弾もかくや、という速度で吹き飛び
冬木市を新都と深山町とに分断する未遠川。
移動に移動を重ねた二騎は、いつの間にやら冬木の中心まで来ていたらしい。
ざばり、と水を滴らせながら、川に落ちたアサシンが立ち上がる。
いずこかで調達したのだろう現代衣装も、その長い黒髪もびしょ濡れだ。ここまで余程全力を振り絞ってきたのだろう。息を切らすその頬はほんのりと赤く染まっている。艶やかなその姿は、見る者が見れば劣情を催していたかもしれない。
が、そういった性的嗜好に乏しいランサーには、それはただただ弱った獲物の姿にしか見えず、実際今のランサーの頭の中では、どうやってアサシンを解体するかしか考えられてはいなかった。
おあつらえ向きに、ここは河川である。それも海にほど近い。
この条件で、相手が今の今まで圧倒し続けアサシンであるのなら、こちらの
(とはいえ、トドメはやはり俺様の『槍』だな)
ストレスの発散を兼ねている以上、必要不必要に関わらず宝具の解放はもはや決定事項だ。
常なら口うるさいだろうマスターからも、すでに『解放はお前の判断に任せる』と言質を取っている。ランサーとしては心おきなく槍を解放できる状況という訳だ。
────適当に手足を削ぎ落としてから宝具でカタを着けるか。
そう決めて、ランサーは
川の中で、アサシンが眼を見張る。
水面に立てることが余程珍しいのだろうが、ランサーにとっては別段特別なことではない。
地形適応スキル。
ランサーの持つ固有スキルの一つだ。
戦場における地形条件によるステータスの低下を防ぎ、条件次第では能力の上昇すらも見込めるスキル。
そして河川・海などといった地形条件は、ランサーにとって最も力を発揮できる場所なのである。
「さあて、鬼ごっこはここらでおしまいにして、そろそろ死んでもらおうじゃないかねッ!」
水面を蹴りつけ、加速する。水面を踏みしめる一歩ごと、足裏から
市街地での戦闘などとは比べものにならぬほどの速度を以て、ランサーの三叉槍がアサシンを襲った。
「くっ」
剛速の三叉槍を日本刀が阻む。
が、速度が違えば威力も違う。威力に押された日本刀が弾かれ、三叉槍がアサシンの腕を浅く引き裂く。アサシンの掲げた日本刀と噛み合ったかに見えた三叉槍は、その実アサシンの防御を上から叩き潰していたのだ。
苦悶の表情を浮かべるアサシンに迷わず追撃。
振り上げた槍が川の水を汲み上げ穂先に集める。槍の刃を水塊が包み、シルエットだけならさながら棒付きの鉄球だ。
「ハッハァ!!」
振り下ろしたと同時、穂先の水塊が弾け飛び、槍撃の威力を底上げする形でアサシンへと襲いかかる。
刃を受け止めたアサシンを、弾けた水塊が怒濤の勢いで押し流し、吹っ飛ばした。
まるで水切り石。
吹き飛んだアサシンが二転三転と水面を跳ねて転がっていく。
その様に追いすがるランサーの槍の穂先には、先ほどと同じく水塊がくっついている。周囲が水で満たされている限り、この槍には水塊が装填されるのだ。
そしてランサーの肉体は、河川・海といった場所でこそ最大の戦力を発揮する。この場所でなら、万が一のまぐれすら起こるまい。
アサシンの側もさすがにそのことに気が付いた。
再度の接触時にアサシンの視線がちらりと動く。視線の先には大きな下水管。人一人どころか、小さな車両であっても呑み込めそうなほどの大きさだ。
接触の反動をも利用して、アサシンの身体が明確な目的地を目指して吹き飛ぶ。すなわちその下水管へと。
河川での戦いでは話にならないのだ。アサシンの読みと選択は正しいといえよう。
それ故ランサーは、そうはさせじと、水面を強く踏みしめる。
一足飛びでアサシンに追いついたランサーは、未だ空中にいるアサシンを串刺しにすべく槍を突き込んだ。
「むぅ!?」
が、当惑の声を漏らしたのはランサーだった。
アサシンの心臓目がけて突き出した槍の穂先を、空中で器用に体勢を入れ換えたアサシンが蹴りつけたのである。
思わぬ衝撃によって槍は軌道を逸らされ、あらぬ方向を突く。のみならず、一瞬とはいえ足場を得たアサシンが、弾けた水塊の力をも借りて下水管へ向かってさらに加速する。
「貴様……! 俺様の槍を足蹴に!」
怒りを露わにするこちらに一瞥もくれることなく、アサシンが下水管へと逃げ込んでゆく。
下水管の中にも水が流れているとはいえ、未遠川のような本物の河川とではスキルによって受けられる恩恵に雲泥の差がある。
加えてあそこは周囲を壁で覆われた空間だ。長槍を振るうのに適しているとは言い難い。こちらの動きは多少制限されることだろう。
だが、ランサーは一切の恐れなく下水管へと飛び込んだ。
胸を占めるのは、簡単に仕止められるハズの敵に逃げ続けられている苛立ちと、槍を足蹴にされたことへの怒りだけだ。この力量差で敗北への恐れなどあるハズがない。
果たして下水管への侵入を果たしたランサーは、薄暗い空間でこちらに背を向けて走るアサシンの姿を捉えた。
「ここでなら、勝ち目があるとでも思ったかねッ!」
言うが速いか、ランサーの槍が背後からアサシンを強襲する。
その一閃を、こちらを振り向かないままでアサシンがかわした。
思わず目を見張る。
今までのような余裕がない回避ではない。アサシンはこちらに一瞥もくれていないままで、まるで見えているように軽く回避したのだ。
驚きのままで二回、三回と槍を振るうも、アサシンには当たらない。
そのまままんまと距離を取ったアサシンは、暗がりの中立ち止まると悠々とこちらへと振り返った。
「いやはや。水上でのあの性能は正直予想外でしたが、なんとかここまで引っ張ってこられて良かった」
「貴様……!」
ぎりり、と槍を持つ手に力が籠もる。
────手を抜かれていた。
ランサーが思うのはそれだ。
未遠川での水上戦はともかくとして、深山町での地上戦ではアサシンにここまでの機動力はなかった。市街地での戦いを参照するのなら、アサシンがランサーの槍を軽々かわすことなど不可能なのである。
「なめた真似をしてくれる」
「その言葉はそっくりそのままお返ししますよ。貴方は遊ばず、一気呵成に僕を殺してしまうべきだった。こんなところまで連れてこられた貴方の負けです」
「ハッ、言ってくれるではないか。ここは確かに多少槍が使いにくいが、その程度でもう勝った気でいるとは」
「まあ確かに、僕が貴方を倒すことは難しいですが」
アサシンはそう言って一度言葉を切ると、彼方を向いてこう続けた。
「分断に成功した以上、今回はこちらの作戦勝ちってことにしていただけませんか?」
ぞわり、とランサーの全身に流れる魔力に淀みが走った。
これはランサー側の異常ではない。マスターから提供される魔力の流れだ。
「今頃は僕のマスターも戦闘の頃合いでしょう。
本当は、僕が貴方のマスターを殺せていれば分断策など使わずに済んだのですが……。貴方にはどうにも、僕の
その言葉をランサーは半分ほども聞いていなかった。
言葉半ばでアサシンに突進し、槍を繰り出す。
神速の槍撃はしかし、余裕の顔でアサシンに止められた。
ここが河川であれば穂先の水塊で防御の上からでもダメージを与えられただろうが、あいにくとここは下水管の中だ。穂先に装填されていた水塊は、この場所に入った瞬間にただの水へと還ってなくなってしまった。
「即断ですか。この状況でマスターの護衛ではなく、敵を打倒する方を選ぶとは中々」
「ふん。確かにこちらのマスターも戦闘に入ったようだが、アレもそう簡単にはやられまい。さっきも言ったが、こんな程度でもう勝った気でいるとはな!」
突きから、円を描くような槍撃へと切り替える。槍の売りはこの攻撃範囲の広さだ。
このような空間では確かに槍の動きは制限されようが、そこは槍の英霊。持ち手を調整し、外と変わらぬ速度で槍を振るい続ける。
「ここで貴様を倒し、しかる後に奴のところまで戻れば、それで良かろう。本当の窮地になれば、奴とて令呪の一画くらい使うだろうよ!」
「素晴らしい信頼関係です」
にこり。とそんな表現が似合うほど可憐に笑って、アサシンがランサーの槍を捌く。
外での余裕のなさはやはり演技だったらしい。こちらの攻撃のことごとくをアサシンは余裕の表情でかわし、逸らしていく。
「ですが、それは貴方が僕に勝てるという前提と、貴方のマスターが瞬殺されないことが必須条件でしょう?
貴方は本当に、貴方のマスターが大丈夫だと言い切れますか? 本当に自分が勝てると、そうお思いですか?」
「ぬかせ、初めから負けを意識するなど、勝負を捨てた者のすることぞ! 勝ちを描けぬ者には最初から勝機など無いわッ!」
苛烈に、豪快に、槍の回転数を上げていく。
地形適応の恩恵を得られないとはいえ、意識を攻撃だけに割いた今の槍撃は、ほぼランサーの最大戦速だ。アサシンがいかに速かろうと、そう簡単に避けられるスピードではない。
案の定、かわすことから受け主体になったアサシンを、ここぞとばかりに攻めたて、固める。足を止めてしまえれば、あとは筋力と武器の威力で以てして、その防御を叩き潰すだけた。
「いや、全く。この空間で、僕がかわしきれない槍捌きとは……。
とんでもない槍の使い手もいたものだ。ははっ、武蔵坊とどちらが上かな?」
と、なにやら訳の分からぬことを呟いて、アサシンが薄く笑う。
無数の槍撃を弾いていた日本刀が、とうとう攻撃の重さに耐えかねたのか、あらぬ方向へと逸らされる。
(首を穫るッ!!)
人間の限界を遙かに越えたサーヴァントといえど、首は現界するのに必要な気管だ。首を刎ねられてなお現界を保てるサーヴァントなど、そうはいない。
ぐらつき、その白いうなじ
剛速の槍がアサシンの首へと吸い込まれてゆく。
穫った、とランサーは勝ちを確信した。
「な、に……?」
だが、驚愕の声を漏らしたのはランサーの側だった。
手応えのない槍と、眼前には標的の失せた空間。
死体どころか、攻撃を防いだ姿すら見受けられない。そも、目の前にいたアサシンの姿が、どこにもない。
あの一撃の瞬間には、確かにそこにアサシンはいたハズだ。そしてランサーは、アサシンから目を放すことなどしていない。だが、事実としてランサーはアサシンの姿を見失った。
これではまるで攻撃の瞬間に消え失せたとしか。
バカな。
そんな言葉が口を突きそうになった時、振り抜いた槍の先端に僅かな重み。
「
「!」
ランサーが目を向けるのと、
「
「ッ!?」
ランサーのどんな反応よりも素早く。穂先にいたアサシンの姿が、再びかき消える。
────首を裂かれた。
ランサーがそう認識したのは、間抜けにも
そしてその認識の最中には、すでに手首が、太腿が、肩が、胸が、両眼が。身体のありとあらゆる部位が切り捨てられていた。
驚くべきは、その攻撃速度か。
斬られたと、ランサーがそう感じた時点で、アサシンはもう次の箇所への攻撃を終えている。
ランサーの反応速度を以てしても、アサシンの動きを捉えられない。アサシンは確かにこちらを攻撃しているハズなのに、その残像すら目に写らない。
姿形無く、それでも確かにこちらを撫でつけるそれは、まるで一陣の風。
ただし、触れたものを一方的に斬り裂いてゆく死の風だ。そして風である以上、人の目では到底捉えられまい。
総身を斬り刻まれる感覚の中、ランサーは己が握る槍へと魔力を注いだ。
まったくもって気にくわない話だが、ランサーの反応速度ではどうあってもアサシンを捉えられない。それは認めるしかない。
だがこちらを斬りつけている以上、姿は捉えられずとも手の届く距離には絶対にいるのだ。
半端な攻撃速度では避けられる。高速で動き回り、その残像すら捉えさせないアサシンに、当てずっぽうの槍が当たることなどないだろう。
かくなる上は、
「目覚めろ、我が最高の槍! その威を以て俺様の敵を薙払えッ!」
「
真名解放とともに地面に突き立てた三叉槍が、ランサーの魔力を喰らい起動する。
その間にも全身は斬り刻まれ続けているが、ランサーはそれを無視した。そも、この程度の攻撃ではランサーは死なない。血を流すことすらない。アサシンではランサーの不死身の肉体を突破できない。
お互いがお互いにダメージを与えられない千日手。
だが、その均衡はランサーがアサシンを捉えられれば破ることができる。
突き立てた槍が周囲から水という水を集め、穂先へと収束・圧縮を続ける。
未遠川からそう距離がなかったのが幸いしたのだろう。収束速度は通常陸で使う時の倍以上。ほぼ一秒未満でチャージの終わった三叉槍は、ついにその猛威を周囲一帯へと放った。
「さあ、消え去れ!」
突き立てた槍を中心に逆巻く波。穂先へと圧縮されていた水が、魔力を伴った
下水管の中を一息で満たした怒濤の波濤は、それでもなお収めきれない勢いと波の量を以て、四方を囲う壁ごと削り散らして外へ外へと溢れ出そうとする。
まるで巨大なミキサー。
床も。天井も。壁も。大渦は全てを飲み込み、削り散らして拡大してゆく。
これがただの槍からもたらされる破壊だなどと、にわかには信じられまい。
だがこれがサーヴァント。これが槍の英霊。これが対軍宝具。
周囲一帯を飲み込んだ波の後には、何枚ものぶち抜かれた壁と崩落しきった天井。瓦礫のほとんどは大波に押し流され残ってはいないが、それでもここで起きた破壊の凄まじさは伺えよう。
かつての下水管の面影は、すでにここにはない。そして宝具の直撃を受けたであろうアサシンの姿も。
「ふん。さすがにこれで」
崩落した天井から差し込む日差しに、目を向けながらそう呟いた。
まさにその、タイミング。
「ええ。おしまいでしょう」
その声は至近から。
直後に自身の胸から生える日本刀。
背後から、肩甲骨の間を刺されたのだ。
その理解とともに、ランサーは大きく身を捻ると、手にした三叉槍で薙払った。
「おっと」
振るわれた槍をかわす。
前方には怒りと戸惑いがない交ぜになったような表情を浮かべるランサー。
「貴様……、どうやって」
「さて、どうやってでしょうね?」
へらり、と笑って見せながら距離を計る。
あちらはアサシンがどのようにして対軍宝具から身をかわしたのか気になっている様子だが、それはこちらも同じこと。アサシンもまた、ランサーの不死身を突破する糸口が掴めない
眉間や首といった人体急所は当然のこととして、アキレス腱や背中などの『特定の不死者の持つ弱点』箇所への攻撃すら無効化されている。
単純に、アサシンが攻撃した箇所以外の弱点があるのならばよい。
だが仮に、ランサーの不死にはそういった弱点箇所が存在しないとしたら。先日、ランサー自身が語った『海神の眷属』による攻撃でしか傷を負わないとしたら。
ちら、と周囲を伺う。
アサシンがランサーを誘い込んだ下水管は、ランサーの対軍宝具によって無惨にも破壊しつくされてしまった。かろうじて残っている壁や柱はあるが、ほぼ全壊である。その残りの壁にしてもいつ崩れるかわからないのが現状だ。
「しかし閉鎖空間で対軍宝具とは。一応、周りへの影響も配慮した方がよろしいのでは?
貴方が派手にやったおかげで、すぐに人が集まってきてしまいますよ」
これだけの規模の破壊。下水管だけでなく、地上にも相当な影響があるに違いない。魔術師・一般人含めて、人が集まってくるのにそう時間はかからないだろう。諸々の事情を鑑みると、この辺りが撤退の頃合いである。それはアサシンだけでなく、ランサーも。
が、三叉槍を構え、こちらの隙を伺っているランサーに撤退の意志はないようだった。
そもそも、こんな場所で躊躇なく対軍宝具を解放したサーヴァントである。神秘の秘匿、一般人への配慮といった感情に乏しいのかもしれなかった。
「ふん。神父あたりは口うるさいだろうが、優先事項は貴様だアサシン。ここまでコケにされたのだ。ただで帰したとあっては、俺様の槍が泣くわ」
「僕としては、この辺りで痛み分けにして欲しいのですがね」
苦笑しつつそうこぼした。
アサシンの見立てでは敏捷値はほぼ互角。
長槍の使いにくい空間、スキル『八艘飛び』による瞬間速度、宝具による攻撃の先読みによって、アサシンはランサーの攻撃のことごとくを捌いていたが、アサシンにとって有利な地形であった下水管が破壊されてしまった今、先ほどまでと同じように攻撃を回避するのは難しいだろう。こちらからの攻撃にしても、壁や天井といった
さらにパワーとリーチは向こうに分があり、耐久値に関しても攻撃の無効化といった反則じみた能力をもっている。
現状はアサシンが大幅に不利。
宝具を開帳すればまだ戦局はわからないが、アサシンにその気はない。
サーヴァントとマスターを引き離し、足止めする。アサシンの役目はその一点だ。あわよくばランサーの弱点を見つけることも命令の内だったが、ランサーを倒すことまでは期待されていない。マスターからの許可が降りるのなら、今すぐにでも撤退するのだが。
『マスター。次の手は、』
どうしましょうか。と、そう問うハズだった念話を、アサシンは頭に直接響く声によって中断した。
文字として起こせば「シャア」だとか「フシュウ……」だとか、そういったまるで蛇の鳴き声のような声である。
これはアサシンにのみ聞こえる声。アサシンの持つ宝具の能力であった。
その意味するところを瞬時に悟ったアサシンは、素早く周囲を見渡して、『八艘飛び』による最大速度でその場を大きく離れた。
「んん?」
突然のアサシンの行動に怪訝な顔をしたランサーが、とにかくこちらを追おうと踏み出しかけ、そして唐突にその場にうずくまる。
「ガッ、ゲボ……!?」
直後、口元を押さえたランサーが盛大に吐血した。
「き、さま……ッ!」
血の溢れる口元を手で被ったランサーが、顔面蒼白でアサシンを睨みつける。この突然の怪異をアサシンの仕業だと断定したらしい。
確かに彼からすれば疑わしいのはアサシンだろう。直前まで戦っていた相手を疑わない方がどうかしている。
だがこれはアサシンの仕業ではない。
さらに言えば、アサシンの宝具が反応を示していた以上、狙われていたのはアサシンも同じである。
よくよくランサーに目を向ければ、彼の周辺、アサシンが先ほどまで立っていた地点も含めて、うっすらと霧のようなものがかかっている。
ランサーに血を吐かせた物の正体はこれか。物理攻撃というよりは、恐らくはなんらかの魔術に類するものだと思われるが、それにしてもランサーの不死の肉体を突破する代物とは。
あるいは、この攻撃を仕掛けた者は、ランサーの弱点を知っている者なのかもしれないが。
三叉槍を杖代わりに、緩慢な動きで立ち上がろうとするランサーを黙殺して、アサシンは周囲の状況を探った。
現状での危険度は、ランサーよりも正体不明の襲撃者の方が上だ。先ほどから頭に響く蛇の鳴き声を頼りに索敵。程なくして、アサシンの目は一人のサーヴァントを捉えた。
「血を吐いた、か。どうやら奴の読み通りのようだな」
崩落した下水管を見下ろす形で、ローブに身を包んだサーヴァントが呟く。
霧を使った攻撃とその姿。アサシンは彼に見覚えがある。
「キャスター、ですか」
「何……?」
アサシンの呟きにランサーが反応した。
視線をアサシンと同じ方角に向けると瞠目、次いで苛立だしげに舌打ちする。
「チッ、魔術師風情が俺様の戦いに水を差すかッ!」
「吠えておれ、死に体が。こちらの攻撃が通ると知れた以上、貴様なぞ驚異でもなんでもないわ」
噛みつくランサーを軽くあしらって、キャスターが右手を掲げた。
直後、かつて下水管だった場所に霧が充満し始める。
この霧がなんなのかは未だわからないが、一息でも吸えばまずい。
アサシンの知る限り、セイバーの対魔力を突破し、不死身の肉体を持つランサーにすら傷を負わせた代物だ。
霧から逃れるため、アサシンとランサーは崩落した天井から外へと飛び出した。それぞれが敵から一定の距離を置いた場所に着地する。
『マスター。キャスターが現れました。どうしましょうか?』
念話でマスターにそう問いつつ、アサシン自身は撤退の一手だと思い始めていた。
現状で最も有利なのは横やりを入れてきたキャスターだ。逆に、最も不利なのはアサシンだろう。
不意打ちを受けたランサーのダメージは尋常ではない。
口元の血は拭い切れていないし、手足もかすかに震えている。戦闘能力はそれなりに落ちているとみて間違いない。
だがアサシンからランサーへダメージを与えられないことには変わりなく、あのランサーを不意打ち一発でここまで追いつめたキャスターの攻撃を受ければ、アサシンであればそのまま脱落してしまいかねない。
それに対セイバー戦を見た限り、キャスターにもなんらかの防御スキルが備わっているようだった。
こちらの攻撃が通用しない二騎相手に、これ以上ここで戦うというのはさすがにリスクが高すぎる。
『貴方に脱落されては困ります。撤退なさい。貴方のスキルならば、撤退も容易なハズよ』
『承知』
マスターからの念話に頷く。
幸いランサーもキャスターも、それぞれに意識を割り振っている。自分一人に意識を割かれている訳でない分、離脱は容易だ。加えてマスターの言うとおり、アサシンの持つ『八艘飛び』は戦闘からの離脱にこそ真価を発揮する。
そうして機を見て離脱しようとしていたアサシンは、続くマスターからの念話に足を止めた。
『それからアベルがやられました。彼の回収を』
※説明説明また説明回。でも説明足りてませんね……
ちなみにランサーがバカスカ攻撃食らうのは、彼の技量が低いのではなく「無敵ゆえの慢心」から。その点アサシンには油断とか慢心とかないんで、必死に防ぐし必死によける。
諸々のシーン。惜しむらくば、もっとかっこよく描写してあげたかった……。
【ステータスが更新されました】
【CLASS】ランサー
【真名】???
【マスター】テオドール・デュラン
【性別】男性
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力B 耐久E 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:B+
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
たとえBランク以上の魔術であっても、それが性別に依存する魔術ならば効果を軽減できる。
【固有スキル】
地形適応:C
地形に適応する能力。
地形条件によるステータスの低下を防ぎ、地形によっては自身のパラメーターをランクアップさせる。
ランサーは特に海・河川への適応が高い。
【宝具】
『
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:2~4
最大補足:1人
ランサーが『最高』と豪語する三叉槍。
穂先へと周囲の水分を収束・圧縮し、相手へと叩きつける。
河川や海など、周囲が水で満たされている場合、ランクと種別が向上する。
【CLASS】アサシン
【真名】???
【マスター】お嬢様
【性別】男性
【属性】中立・善
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷A+ 魔力C 幸運D(E) 宝具C
【クラス別スキル】
気配遮断:A(D)
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
【固有スキル】
カリスマ:E(C+)
軍団を指揮する天性の才能。
アサシンとして召喚されたためか、現在は大幅にランクが下がっている。
八艘飛び:A
特殊な歩法。人類が体得できる歩法の到達点の一つ。
『縮地』と『仕切り直し』『地形適応』を併せ持つ特殊スキル。
Dランク相当の気配遮断スキルを獲得。
また、これを装備する、もしくは装備した場合と類似した姿をすることにより気配遮断のランクを向上させることもできる。
軍略:C
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの対軍宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
『
ランク:ー
種別:対人魔技
射程:1~5
スキル・『八艘飛び』と宝具の能力を最大限に駆使した連続多角斬撃。宝具による動きの先読みから『八艘飛び』によって常に相手の死角に回りこむため、危機回避スキルのないサーヴァントでは、回避は非常に難しい。
また技の性質上、足場は多ければ多いほど手数と命中率が上昇する。そのため、壁・天井などを足場として使える屋内戦闘において無類の強さを誇る。
【宝具】
『???』
ランク:C
種別:対人宝具
射程:1~2
時代とともに担い手と銘を変えてきた刀。
所有者の幸運をワンランクアップさせ、スキル『心眼(偽)』に類似したスキルを与える。
また敵意に反応し、所有者にしかわからない鳴き声でそれを伝える能力も持つ。
本来はさらに多くの能力を持つ宝具なのだが、アサシンの適正では全てを引き出すことはできなかった。
以下FGOネタバレ含むいろいろ
アンリマユが実装されましたね。原作に恥じない最弱ぶりに喜んだファンも多いと思います。弱くて喜ばれるって相当なアレですが、これも愛ってことで一つ。
自分は一人引けましたが、二人目はまだきません。
どうやら星5よりレアなサーヴァントってことになるらしいです。クソ雑魚なのにな。仕方ないな。
あとうちのエースである文明ぶっ殺すウーマンさんより先に、他のサーヴァントがスキルマという状態に。
骨が足りないのが悪いんや……、あと金。