Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
~~6日前~~
アベル・アッカーソンはこの後の展開を予想して、頭を抱えたくなった。
目の前では彼が仕えるお嬢様と、そのお嬢様に召喚されたサーヴァントが最初の問答を交わしている。
が、これはよろしくない、とアベルは直感した。
そもそもアベルが仕えるこのお嬢様は、魔術の腕こそ一流だが性格の方に難がある人物である。基本的に甘やかされて育った為に、自分の思い通りにならない、ということに耐性がないのだ。端的に言ってしまえばワガママなのである。
そんなお嬢様は、この度、極東の地で行われるという魔術の競い合いに参加することに決めた。そうなれば当然、彼女専属の使用人であるアベルもその戦いに同伴することになる。
だが、それはいい。そんなことは使用人である以上当然、とアベルは考える。
問題なのは、彼女が参加を決めた魔術の競い合いが『聖杯戦争』と呼ばれるものだった、ということ。そしてその戦いは、『魔術師同士の戦い』というよりも、『魔術師が召喚したサーヴァント同士による戦い』と言った方が正しいというものだった。
そう、戦いに参加するのならばサーヴァントを召喚しなくてはならない。それも、他の参加者が召喚するサーヴァントよりも強力なサーヴァントを、だ。戦いはサーヴァント戦だけではないが、それが聖杯戦争の中核になるのが間違いない以上、自分の持ち駒は強いにこしたことはない。
サーヴァントとは、過去の英雄そのものだ。
生前、偉業を成して英霊として祭り上げられたものを、一時的に現世に呼び戻し使役する。それが聖杯戦争におけるサーヴァントシステム。
そして魔術師が召喚するサーヴァントは、召喚の儀式の際、その英雄縁の品を捧げることで、ある程度限定することができる。例えば聖剣の鞘で騎士王を、この世で初めて脱皮した蛇の化石で英雄王を、といった具合だ。その品と英雄との結びつきが強ければ強い程、狙った英雄を呼び寄せやすくなる。
そういう訳で、召喚の儀式に英雄縁の品を捧げ、自分の理想のサーヴァントをパートナーとする、というのが聖杯戦争に参加する上での最初のステップのようなものなのだが。この点において、アベルのお嬢様はのっけから躓いた。
『召喚するのなら、やはりセイバーのクラスよねぇ!』
お嬢様が、そう無邪気に笑っていたのは、かれこれ二週間前の話である。
聖杯戦争におけるセイバーのクラスとは、文字通り剣士のクラスを意味する。高い白兵戦能力と対魔力に優れ、大概の場合は強力な魔剣、ないし聖剣を携えて召喚されるサーヴァントクラスだ。
その能力値の高さから、最優のサーヴァントとされており、過去三回行われた冬木の聖杯戦争では、いずれも最終局面まで生き残ったらしい。
亜種聖杯戦争が盛んな今日でも、セイバーのサーヴァントの評価は相変わらず高い。というよりも、頻繁に開催される聖杯戦争で、その性能の高さが改めて浮き彫りになったと言えよう。
そんな訳で、お嬢様がセイバーのサーヴァントをパートナーとして欲しがった、というのは至極自然な流れだった。
そうなることがわかっていたアベルは、早々にセイバー召喚の為の触媒を手配すべく、あらゆる伝手を使った。
が、世の中そうそううまくはいかない。
亜種聖杯戦争が盛んな今、英霊を呼び出す為の触媒の価値は高騰している。
世界的に有名な英霊の物から、耳にしたことのないようなマイナーな英霊の物。それが本物だと確定できればまだいい方で、真贋定かでない物ですら、目を剥くような値段がつけられているのだ。
それもこれもすべては需要に対して供給が追いついていないからで、そんな風に皆が英霊の触媒を求めている時代に、狙った英霊の触媒を手に入れることは非常に難しい。
それでもアベルは方々の伝手を伝って、本物だと言える触媒を手に入れた。
問題があるとすれば、この触媒を元に呼び出される英霊が、まず間違いなく『ライダー』のサーヴァントである、ということだろうか。セイバーどころか、強力とされる『三騎士』のクラス、そのいずれでもない。
おそらくアベルは、お嬢様からそれなりのお叱りを受けるだろう。だが、この触媒が現状で用意できた最高の触媒ということには変わりない。お嬢様には、これで満足してもらうしかない。
と、アベルが悲壮な覚悟を決めたのが五日前。
そして、手配中だった触媒が盗まれたのが三日前だ。
知らせを受けたアベルは、大慌てで次の触媒を探した。
原因も犯人探しも二の次で、方々を当たり、なんとか本物だと確認の取れた触媒を用意できたのが昨日のこと。最初の触媒を探していた時に作ったパイプが活用できた結果、なんとか聖杯戦争に間に合わせることができた。
そしてアベルが用意した触媒を使い、お嬢様がサーヴァントを召喚したのがつい数分前のことである。
召喚の儀式自体は、お嬢様の魔術の素養もあって滞りなく終了した。
そばで邪魔にならないように見ていたアベルからすれば、こんなにあっさりと終わってしまうのか、と少々拍子抜けしたのも事実である。
そうして行われた、主従による最初の問答。
『現代へようこそ! 私のパートナー!! 早速、貴方のクラスと名前を教えてくれるかしら?』
『はい。僕のクラスは“アサシン”。真名は──』
『おまちなさい。アサシン? 今、アサシンと言ったの?』
膝を着き、臣従の礼を取ったサーヴァントから聞かされたクラス名に、マスターであるお嬢様だけでなく、そばで見ているだけだったアベルの空気すらも凍った。
アサシン。セイバーでもライダーでもなく、アサシン。“よりにもよって”アサシンのクラスだと、このサーヴァントは言った。
これは、なんというか、相当に、その、よろしくない。
本来、聖杯戦争で呼び出されるクラスは七種類。
お嬢様が熱望していた最優のクラス・セイバーはその一つであり、アベルが用意し、奪われた触媒から呼び出されたであろうクラス・ライダーもまた、その一つだ。
そして今、お嬢様の目の前で膝を着いているサーヴァントが語ったクラス。アサシンも七種類の内の一つ。
最大で七騎。七種類のクラスから、クラスにダブりがないように呼ばれるとされるサーヴァントシステムのことを思えば、まあこういう可能性もあった。なにせ確率は七分の一だ。
それでも、よりにもよってアサシンとは、と思わざるを得ない。
『暗殺者』のクラスであるアサシンは、文字通り暗殺を駆使するサーヴァントタイプだ。クラス別スキルとして、自らのサーヴァントとしての気配を絶つ『気配遮断』を備える。
気配遮断スキルは、そのランクにもよるが、基本的には、たとえ相手がサーヴァントであっても、アサシンが攻撃態勢に移行するまでは、その存在を感知できないほどの代物だ。
アサシン自体は『戦士』ではなく、あくまで『暗殺者』のため、サーヴァント同士の直接対決は不得手な傾向にある。よって、この気配遮断スキルを使って、敵サーヴァントの守りと警戒をすり抜け、敵マスターを暗殺するのがアサシンの基本戦術になるのである。
真っ向勝負を得意とするセイバーやランサーなどのサーヴァントタイプとは正反対の、相手の寝首を掻く、隙を突く、といったことに特化したサーヴァントタイプであるといえよう。
ところで、このアサシンというクラス。マスターにとっては、他のどんなクラスよりも警戒しなければならないクラスである、というのが聖杯戦争に参加する魔術師たちの共通認識である。
なにせどんなに警戒していても、気配を感知できない。気配を感じさせない暗殺者、というのはそれだけで大きな恐怖だ。
自陣で休んでいる時に殺されるかもしれないし、他のサーヴァントとの戦闘中に殺されるかもしれない。
かといって自分のサーヴァントをずっと護衛につけておくと聖杯戦争を戦えず、戦えたとしてもサーヴァント同士の戦いに巻き込まれて死ぬ可能性がある。
ある聖杯戦争では、アサシンのサーヴァントが僅か三日で聖杯戦争を勝ち抜いた、という逸話まであるほどである。
故に魔術師たちは対策を練り上げた。練り上げた上で、聖杯戦争が開幕すると同時に、積極的に排除する。
アサシンをサーヴァントにするということは、そのことを前提として戦わなければならない、ということでもあるのだ。
だが、アベルは理解していた。お嬢様にとっては、そういった事情なぞ
真に問題なのは、あらゆる対策を施されたサーヴァントタイプだということではなく、アサシンが
お嬢様は、なんというか目立つことが好きなのである。
お嬢様がセイバーを欲しがったのも、元をただせばそれが原因だろう。セイバーが強力なサーヴァントタイプだからという理由の他に、『セイバーと言えば聖杯戦争の花形』という認識があったからに違いない。
それが蓋を開けてみれば、真っ向勝負とは程遠く、さらに目立つことが厳禁なサーヴァントを引き当ててしまった。
アベルの背中を嫌な汗が伝う。
花の三騎士、とまでの贅沢は言わない。これがせめてライダー、いやいっそのこと、暴れることしか能のないバーサーカーであったとしても文句は言うまい。
だが現実は非情だ。
固まってしまったお嬢様の前で、微動だにせずに臣従の礼をとり続けているサーヴァントは、間違いなくアサシンと言ってのけたのだ。
この事実はもう、変えようがない。
どうするべきか、と冷や汗混じりにアベルは凍ってしまった思考を再開させる。──前に、お嬢様が自分のサーヴァントに背を向けた。
「マスター?」
「お嬢様?」
アベルとアサシンの声が重なる。
アサシンには応えずにお嬢様はアベルを見ると、そのまま足をこちらへと向けて、
「少々疲れました。休みます。彼への説明は貴方に任せるわ」
と、そのまま部屋を出ていってしまった。
「…………」
お嬢様がサーヴァントの召喚のためにだけ用意した広い部屋には、残された従者が二人。
硬い声色と口調から、今回のこれは相当に機嫌を損ねたな、と嘆息してからアベルは改めてアサシンを見た。
「どうやら召喚早々、僕はマスターの機嫌を損ねてしまったようですね」
マスターのいない状況で礼を取り続ける意味もないと考えたのか、そう言いながらアサシンが立ち上がる。
小さいな、というのがアベルからアサシンへの率直な印象だった。
長身のアベルはもとより、比較的小柄なお嬢様よりもさらに小さい。ついでに言えば随分と華奢な体格だ。
サーヴァントである以上、戦闘能力はアベルなどとは比較にならないだろうが、なるほど。確かに正面切って戦うような戦士といった風貌はしていないな、とアベルは思う。
加えて言わせてもらえば、少々妙だとも。
とある事情から、アサシンのサーヴァントとして召喚される英霊は『一種類』のみという制約が存在している。
それ故にアサシンたちは、外見、能力を暴かれ対策を施された。
そしてその情報によれば、アサシンたちは皆一様に黒いローブに身を包み、顔面を覆う髑髏の仮面を着けているらしい。
だが、アベルの前で困ったような表情を浮かべるサーヴァントの顔に仮面はない。黒のローブも身につけてはいない。
代わりに身につけているのは、この国──極東に見られる戦鎧。頭部に至っては兜すら着けず、墨を流したような黒い髪と、類稀な美形、といっていい顔が惜しげもなく晒されている。
「……貴方は、本当にアサシンなのですか?」
あまりにも既存の情報とは違うアサシンの姿に、アベルは挨拶もそこそこに質問を投げかけてしまっていた。
問われたアサシンの方は気を悪くした様子もなく、「ええ、そうですよ」と答えると、自身の姿を見て、
「ああ、この姿がアサシンらしくないと思っているのですね。ええと……」
「失礼。私はアベル・アッカーソンと申します。貴方のマスターに仕える、いわば使用人です」
「そうですか。僕はアサシン。真名は……、すみません。マスター以外には教える気はないんです」
申し訳なさそうにそう語ったアサシンに、アベルは首を振って了承の意を返した。
サーヴァントにとって真名の開示は致命的だ。アサシンの言い分も当然だろう。
もっとも、彼が従来通りのアサシンであった場合、真名は一つだし、もしイレギュラーだったとしてもアベルには思い当たる真名がある。
なにせ召喚用の触媒を用意したのはアベルなのだ。
イレギュラーな召喚として、本来のアサシンが呼ばれていないのなら、このサーヴァントは触媒に引き寄せられた英霊である可能性が高い。
だとすれば考えられる真名は一つだけだ。
ただ、その真名がアサシンのクラスに該当するとは思えないからこそ、アベルの困惑は大きいのだが。
お嬢様がこれからの聖杯戦争を戦っていくにあたって、このあたりのことはハッキリとさせておいた方が良いかもしれない。
「アサシン」
「なんですか?」
「貴方を喚ぶための触媒は、私が用意しました」
「おや、そうなのですか。それでは貴方には真名を隠す意味がない、ということですね」
そう返したアサシンの言葉はつまり、彼は触媒に引き寄せられて召喚されたイレギュラーなアサシンであることを表している。
そのことを脳内でかみ砕きつつ、アベルは質問を投げかけた。
「それではやはり貴方は、『ハッソウトビ』の英霊に間違いはないのですね?」
言い慣れない単語は、発音も少し怪しい。
それでもアサシンに言葉の意味は通じたらしい。彼はにこやかに微笑むと、アベルの質問に首肯で返した。
「見たところアベル殿は日本の生まれではないようですが、よく僕のような英霊の逸話などご存じでしたね」
感心した、といった様子のアサシンに、アベルは少しいたたまれなくなった。
「ああ、いえ。気を悪くしないでほしいのですが、私はこの国の英雄について明るくなくて……、貴方のことは、この触媒を譲っていただいた方から少し聞きかじった程度なのです」
なので、正直に言うと、真名を知っていたところで、アサシンがどの程度戦えるサーヴァントなのか、見当もつかない。
そう告白すれば、アサシンは「それは残念です」と苦笑を返した。
とはいえ、口でいうほど残念がってはいない様子だ。むしろ、その程度のことは当然だろうと受け入れているようにすら見える。
英霊というのは皆、なにかしらの偉業を成し遂げた存在だ。
故に自分の名前には誇りがあり、その誇りゆえに気難しい性格の者が多いのだろう、と思っていたのだが……。
「では、アベル殿にも納得していただけるような働きができるよう、力を尽くしましょう」
そう語ったアサシンは穏やかで殊勝、およそ傲慢さとは無縁に見える。まだ少し言葉を交わした程度だが、性格面においてアサシンは扱いやすいサーヴァントであると言っていいだろう。
これでもし、彼が我の強いサーヴァントであったとしたら、アサシンであることと相まって、お嬢様とは早々に決裂してしまっていたかもしれない。
少なくとも当面はその心配はなさそうだ、とアベルは少しばかり安堵した。
直後に、どうして自分がアサシンのクラスで喚ばれたのか、さっぱりわかりませんねー、と朗らかに笑ったアサシンに、またちょっとばかり頭を抱えた。
サーヴァントの召喚を行った部屋の隣室に入るなり、彼女は思いきりベッドにダイブした。
服が皺になるのも構わず、長い髪が乱れることも構わず、とにかく形振り構わず枕を引き寄せ顔を埋める。
アサシン。アサシンだ。よりにもよってアサシンなのだ。
堂々と戦うことが許されず、そんなことをすればあっさり殺されてしまうアサシンだ。
『マスター?』
と、そう呼ぶアサシンの声と挙動がまだ脳裏に焼き付いている。
そうそして自分はそんなアサシンのマスターだ。それはもう覆しようのない事実であると、右手に浮かんだ令呪が告げている。
「ああー! もうッ!!」
どうしろというのだ、自分に。
よりにもよって、あんな……、あんなサーヴァント。
あんな美形のサーヴァントを、どうやって運用しろというのだ!!
「うう……。私、おかしくなってしまったのかしら」
墨を流したような黒い髪。白に黄色を混ぜたような黄色人種の肌。中性的に整った目鼻立ち。神秘的な黒曜の瞳。全身から溢れる濃密な魔力。
その姿を思い出すだけで顔に熱が集まる。胸の高鳴りが静まらない。
あの場ではなんとか平静を装えたが、次はこうもいかないかもしれない。
だが、自分はマスターなのだ。
色恋にうつつを抜かすようなマネをしてはならない。己のサーヴァントには毅然とした態度で接しなければ。
そうしなければ、アサシンに呆れられてしまうかもしれないし、そんなのは絶対に嫌だ。その為にも模範的なマスターとして……、
「って、違う違う違う! 何考えてますのよ私!? そうじゃないでしょう! 私はもっとこう……」
けれど、顔を上げたアサシンはやっぱり格好良かったなあ……。ハッ、違う!
などと、一人ベッドの上でもだえながら葛藤を続ける彼女は、傍目から見れば非常に微笑ましい。この場に彼女の他に意志のある生物がいないのが悔やまれるほどである。
とはいえ、こうしてまた一組、新たな主従が誕生した。
自身のサーヴァントに一目惚れを果たしたマスターがその絆を深めていけるかは、神のみぞ知るところである。
【CLASS】アサシン
【真名】???
【マスター】お嬢様
【性別】男性
【属性】中立・善
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷A+ 魔力C 幸運D 宝具?
【クラス別スキル】
気配遮断:A(D)
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
【固有スキル】
八艘飛び:A
???
???
【宝具】
???
【召喚に使われた触媒】
???
※セイバーさん大人気(召喚されるとは言ってない)
ところでアポクリファではアサシン大変らしいですね。冬木でも大変なのに、こんなに対策された日にはポイズン