Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
『冬木市で水道管破裂』
バイトから帰宅し、とりあえずテレビを点けた九条は、そのニュースの見出しを見て目を丸くした。それと同時に、水が出ないと困る、と洗面所の蛇口を思い切り捻る。
問題なく流れ出した水流にほっと一息つくと、ついでに風呂の準備をして人心地ついた。
「どうやら昼間から派手にやっている陣営があったようだな」
そう言って実体化したセイバーに、九条は冷蔵庫を開けようとしていた手を止める。
「……どういうことだ?」
「先ほど未御川方面で膨大な魔力の流れを感じた。恐らく通常戦闘に留まらない、宝具を用いた戦闘だったのだろう。
その記事にある現場と時間もほぼ一致するから、そこでサーヴァント戦が行われていたのは間違いないハズだ」
「マジか」
対決は秘密裏に、というのが監督役であるノエルから告げられたルールのハズだ。
昼間から宝具を用いた戦闘なんて、悪目立ちするだろうに。戦闘を行っていた者たちにはその辺りの配慮が足りていないのか、あるいは教会が与えると言っていたペナルティが恐ろしくないのか。
これまでに数回、間近でサーヴァント戦を見てきた九条としては、ただでさえ派手になりがちな戦闘を、目撃者の多くなるだろう昼間に行うこと自体がちょっと信じられなかった。
「やむを得ない事情もあっただろうが、他の陣営に目撃されるリスクを考えると、日中の宝具解放は上策とは言えないな」
「だよな。まあ確かにバレないんなら、夜も昼も関係無いのかもしれないけどさ」
そう言って九条は今度こそ冷蔵庫を開くと、目当ての物を取り出して、そこではたと気付いた。
「……」
「どうかしたか、マスター?」
「いや、つい癖で飲みかかったけど、この後戦いに行くなら止めといた方がいいよな、って」
言いつつ、手にした350ml缶を冷蔵庫に戻す。
炎天下での仕事明け、ついついビールが欲しくなるタイミングではあるが、そんなもの飲んだら戦いに行けなくなる。アルコールの耐性自体はそれほど低くはない九条だが、それとアルコールが入っている状態で動けるかどうかは別問題なのである。
そういう訳で缶ビールの隣に置いてあったコーラに手をかけて、九条は冷蔵庫を閉じた。
「それは?」
「ただの炭酸飲料。暑い日にはやっぱ冷えた炭酸だよな」
プルタブを起こして缶の中身をあおる。キンキンに冷えた液体が口内を満たし、弾ける泡が喉に痛みにも似た刺激を与えて通り過ぎていく。
「ぷはっ、うめえ。 ……セイバーも飲むか?」
「ふむ、そうだな。貴殿さえ構わないのなら是非」
そう答えたセイバーに、冷蔵庫から新たなコーラを手渡すと、彼は九条がそうしたように缶の中身を一気にあおった。
「んく……、なるほど。これは確かに美味いな」
「おう。口にあったなら何よりだ」
そう言って二人でコーラを飲み干しあう。
一人暮らしの狭いアパートで、仕事終わりにこうして誰かと一緒に飲み食いするというのは、どうにも慣れずに不思議な気分だ。その相手が過去に勇名を馳せた英雄というのなら尚更である。
それでもそれは不快な感覚ではなく、むしろ喜びに近いものだと九条は思う。どうやら自分はここ数年の一人暮らしに、知らず寂しさのようなものを感じていたらしい。
「以前、貴殿に味噌汁を振る舞われた時にも思ったが、現代の食というのは美味い物ばかりだな」
「そりゃ良かった。けど、具材寄せ集めの味噌汁と、一本60円均一のお買い得品コーラで満足気にされると、逆になんか申し訳ないぞ」
空き缶を回収しながら笑う。
現代の食は、コーラや味噌汁、この間食べた大判焼きだけではない。九条がセイバーに与えたものなど、現代食の一端にしか過ぎないものだ。
セイバーのいた時代の食事事情がどんなものかはわからないが、九条が与えるような些末なものだけで満足させてしまっては、現代の食に関わる人々にもセイバーにも、ちょっと申し訳が立たない。
「美味いものなら、まだそこらにいっぱいあるからな。なんか興味があるんなら、言ってくれればご馳走するよ。
まあ俺の薄給で手が届く範囲でだけどな」
そう言って苦笑する。
美味いものを食べさせてやりたい願望も、美味いものを食べたい願望も持ち合わせているものの、やはり何をするにも先立つものが必要だ。
「いや、それは流石に遠慮しておこう。私は本来戦うためだけのモノだ。基本的には食事自体必要ないのだし、これ以上貴殿の好意に甘えるのはよくないだろう」
「気にすんなよ。……っていうか、こっちはロクに戦えもしないマスターなんだぜ? 普段なにもしてやれないんだから、ちょっとくらい良いカッコさせてくれた方が心が安まるんだよ」
「……そういうものか?」
「そういうものです」
九条がそう言うと、セイバーはやや思案顔になって、
「では……」
「ん? 早速なんかあるのか?」
「ああ、その、舌の根も乾かぬ内に心苦しいのだが……。現代の酒というものに興味がある。いや、先ほどの飲み物も確かに美味かったのだがな。やはり戦意を高揚させるには酒が一番いいというかなんというか」
「お酒ね。缶ビールでいいなら冷蔵庫にあるけど、今夜も戦いに出るんだし、今は控えた方がいいよな?」
つい先ほど自分が飲酒を控えた理由を思い出しながら言う。
すると、セイバーはきょとんとした顔をして首を傾げた。その表情に、思わず九条の方も首を傾げてしまう。
「あれ? おかしいこと言ったか、俺」
「おかしいという程ではないが、戦いに出るから酒類を控えた方がよい、という理由がわからなくてな」
「え、だってアルコールなんか入っちまったら、動けなくないか? 戦えなくなっちまうだろう」
え、違うの? と信じられないような面もちでセイバーを見ると、むしろセイバーの方がわからないという表情を浮かべていた。
「私の生きた時代は、戦いの前には食事と酒、戦いの後にも食事と酒。なにはなくとも食事と酒、というような状態であったからな。貴殿の言うことがいまいち感覚として掴めない」
「おいマジか。すごいとこだな、お前の時代」
っていうか食って飲んでばっかりだな、と脳内でツッコミを入れつつ、それならと九条は冷蔵庫を開いた。
「ほら、ビール。安酒だけど、暑い日に飲む分には世界で一番うまいと思うぞ」
「なんと! それは楽しみ……、というかこれは頂いても?」
「いいよ。そのつもりで出したんだし、飲みたいなら遠慮せずに飲んじゃってくれ」
「そうかっ」
明らかに喜色を浮かべるセイバーに、こちらまで嬉しい気持ちになる。
コーラに比べると割高ではあるのだが、こんな風に喜ぶのなら、戦ってもらっているお礼も兼ねて、セイバーの為にビールを箱買いするのもいいかもしれない。
そんな風に思いながらセイバーを見ていた九条だったが、そこでおや、と首を傾げた。
あんなにも嬉しそうにビールを受け取ったセイバーが、なぜだか缶を握りしめたまま一向にビールに口をつけようとしない。
「どした?」
「いや、貴殿は飲まないのか?」
「うん。飲んだら動けなくなっちまうって言ったろ? 俺のことは気にせずに飲んでくれればいいよ」
ひらひらと手を振りながら答える。
話を聞くに、セイバーはちょっとやそっとのアルコールではどうにもならないらしいが、九条は別だ。
これから命のやり取りを行うというのに、飲酒が原因で足下が覚束ないなど笑い話にもならないだろう。それに、曲がりなりにもマスターとなった自分が、そんなくだらないことでセイバーの足を引っ張るわけにはいかないのだ。
そういった九条の考えを知ってか知らずか、セイバーが神妙な面もちでぽつり、と口を開いた。
「……なあ、マスター」
「なに?」
「飲食は誰かと共にしてこそだと、私は思うのだ。それは親、兄弟、友人、恋人、時には敵であったとしても。それがともに戦うと決めた戦友ならばなおのこと」
「……それで?」
「一日くらいは休養日が必要だとは思わないか?」
そのセイバーの言葉に、九条は思わず笑ってしまった。
笑ってしまって、それから透けて見えるセイバーの欲求と気遣いに、うん、と一つ頷いて。
「……そうだな。よし、じゃあちょっと待っててくれるか? 風呂入ってくるから、上がったら一緒に飲もう」
グラスを傾ける仕草をして風呂場へと向かう。
「……ああ。器の大きいマスターで良かった」
喜ばしげなセイバーの声を背に受けて、九条は「後でつまみ買ってくるかなあ」と頭をかいた。
生前は縁のなかった日本家屋。
その縁側で一人佇みながら、ぼんやりと夜空を見上げる。
死後、英霊となってから新たな経験を積むというのは、やはり妙な気分だ。
「ここから見る月は、本当に綺麗なんですよ」
と、背後からかけられる声。
気配と声色から、その人物が誰なのかを察したアーチャーはゆっくりと振り返った。
振り向いた先には、アーチャーの想像通り、白く長い髪を結い上げた老女の姿。この武家屋敷の主、かつて遠坂雅に魔術を教えていたという、サクラ・エーデルフェルトその人がそこに立っていた。
「それは残念です」
優しげに微笑む老女に、そう率直な感想を漏らす。
空には生憎と雲がかかっていた。星も月も隠れてしまった夜空は、少しばかりもの悲しい。
強い日差しが降り注いだ日中から一転、夕暮れ過ぎから立ちこめ始めた雲は、今も少しずつ量を増しているようだった。この様子だと明日は雨か。少なくとも今日のような日差しは望むべくもないだろう。
もっとも、アーチャーのマスターである雅は強い日差しに辟易している様子だったから、これはこれで良いことかもしれない。
「マスターはまだ入浴中ですよ」
逸れかけた思考を元に戻しつつ、アーチャーは口を開いた。
家主であるサクラの勧めもあって、雅たち主従は今夜この武家屋敷に宿泊することを決めていた。同時に今夜はもう戦いに赴かないとも。
何せサクラは明日には日本からいなくなってしまう。聖杯戦争の苛烈さを思えば、これが今生の別れとなってもおかしくはない。サクラを慕う雅の姿を見ていたアーチャーは、少しでも二人の時間が作れればと思っていた。
夕方過ぎに教会の方からなにやら電話があった時はどうなるかと思ったが、どうやら雅が出張っていくほどではなかったらしい。「事後処理のこと考えろっての」とボヤいてはいたが。
そんな雅は現在入浴中。
雅が入浴中であるタイミングを見計らってわざわざアーチャーに声をかけてきたのならば、彼女が用があるのはマスターではなく自分かもしれない。
「それとも私に用でしょうか、サクラ」
そう問いを投げかけたアーチャーの思考を裏付けるかのように、老女は一度コクリと頷いた。
「……ええ。一度雅ちゃんのいないところで話しておきたくって」
ふむ、と首を傾げる。
マスターである雅には知られたくない話題ということだろうか。とはいえ、やましい内容ではないだろう。老女の纏う雰囲気からは、そういった後ろめたいものは感じられない。
「アーチャーさん。昼間にも言いましたけど、どうか雅ちゃんをよろしくお願いします」
さてどんな話だろうか、と耳を傾けたアーチャーに、サクラはそう言って頭を下げた。
「教え子への欲目を差し引いても雅ちゃんは優秀な生徒です。
今回の聖杯戦争で、どの程度のマスターがいるのかはわかりません。それでもきっと、魔術師としての能力だけ見るのならば、雅ちゃんは上から数えた方が早い。そのくらい才能があって、能力がある子です」
老女は我が事のように誇らしげに、教え子についてそう語る。
雅がサクラのことを慕うように、彼女もまた雅のことを大切に思っているのだろう。アーチャーがそう思う程度には、彼女の浮かべた笑みは優しかった。
そしてだからこそ、続く老女の言葉に、彼女の心配事が何であるかを察してしまう。
「だけどあの子は甘い。優しい。非情に成りきれない。私はそれを美徳だと思っています。だけど戦うとなればその美徳は欠点に変わってしまう」
だから貴方が助けてやってくれ、と老女は言う。
雅がその甘さから判断を間違えたときは、代わりに非情になってくれと。
「ごめんなさいね。こんなこと頼まれても困ってしまうでしょう。貴方にも望みがあって、そのために仕方なく雅ちゃんと主従関係を結んでいるのだから」
「…………」
眉尻を下げながら言ったサクラに、アーチャーは沈黙を返した。
実際、彼女の言うことは事実である。
聖杯戦争において魔術師たちが使役するサーヴァントは、いずれも人類史に名を馳せた英雄。英霊の座にまで上り詰めた彼らにしてみれば、現代を生きる魔術師など取るに足りぬ存在だ。
それでもサーヴァントがマスターに従うのは、利害の一致から。自らが果たせなかった悲願を聖杯に託すため、取るに足りぬ魔術師の使い魔に成り下がって契約を結ぶ。
英霊にとって、聖杯を穫る、という目的のために魔術師と手を組むことは問題ない。
けれどそれ以外の部分は契約外の事柄だ。サーヴァントにしてみればマスターなどただの依り代。聖杯を勝ち取るまで魔力を提供してくれるなら、その後でどうなろうとも知ったことではない。
きっと多くの英霊の中には、本気で『マスターの願いを叶えるためだけ』に召喚に応じる英霊もいるのだろう。英霊たるサーヴァントに、本気で『この人に仕えてみたい』と思わせるマスターもいるのだろう。
けれど、多くの英雄はそれほど自分を安売りしまい。
英雄を心酔させられるだけのマスターだって、そこまで多くはあるまい。
そしてアーチャーもまた、『マスターの願いを叶えるためだけ』に現界したサーヴァントではなかった。
この身には確かに身を焼くような無念と、何をしてでも果たしたい悲願がある。
「サクラ。確かに貴女の言うとおり、マスター────ミヤビは甘い。そのことはつい先日、我が身をもって知りました」
「……!」
無関係の人間を庇うために飛び込んだ夜の工事現場。
あの場で雅が戦場に飛び込む理由はなかった。今後のことを考えるなら、あのまま物陰に隠れて、他のサーヴァントを食い合わせるほうがよほど雅たちとっては都合がいい。無関係の一般人など、見捨ててしまえば良かったのだ。命をかけた戦いで、危険も顧みずに他人を助けようなどとは、正気の沙汰ではない。
それがろくに会話もしたことがないような相手なら尚更だ。
雅自身も語っていた。『バカなこと』だと。アーチャーだってそう思う。
その後結果はどうあれ、雅の甘さによってアーチャーたちは脱落寸前まで追い込まれてしまっている。今回は運良く生き残ったが、これからもこのようなことが続くのであれば、それは致命的だ。アーチャーとしては、最悪別のマスターに乗り換える、という選択肢も候補に入るほどである。
つまるところ遠坂雅は能力値の高さから『依り代』としては優秀でも、その甘さから『指揮官』としては無能である、ということだ。
「貴女が釘を刺すほどですから、ミヤビの甘さは筋金入りなのでしょう。サーヴァントの立場としての意見を言わせてもらえば、そんなマスターとは一刻も早く手を切って、もっとマシな相手を捜すべきだ」
それはアーチャーの抱えていた偽らざる本心。
きっと多くのサーヴァントが、雅の甘さをみればそう思う。
けれど、
「ですが、私個人の感想で言えば、彼女のあり方は非常に好ましい」
顔を上げた老女に笑いかける。
「これは既にマスターにも話したことですが。彼女の持つ優しさ、甘さ、戦場には不要のもの。そういったものこそを、私は好ましく思っています」
アーチャーは聖杯戦争のために呼び出されたサーヴァントだ。そして召喚に応じる以上、アーチャーにも叶えたい悲願がある。
願いを叶えるために聖杯を穫る。結果だけがすべての戦い。
その戦いの中にあって、だけどアーチャーは結果だけがすべてではないと願っている。結果だけを追い求めて、過程を顧みないのは間違っていると、かつて戦場に立った者とは思えないほど、甘い幻想を胸に抱いているのだ。
「ミヤビの持つ甘さは『魔術師』には不要でも、きっと『人間』には必要なものです。
彼女が人間のまま悩み苦しんで出した指示ならば、どのようなものでも私は喜んで従いましょう。そして彼女が正しく人間である限り、私は全霊を以て彼女の力になると誓いましょう」
目的のため非情にならなければならない場面は、いつか必ずやってくるだろう。
その時、雅がどれほど残酷な指示を下したとしても、あるいは情に流され的確な指示を下せなかったとしても、それでアーチャーが雅を見限ることだけは絶対にない。その命令を下すまでに、彼女に人間らしい葛藤があったのなら、それこそがアーチャーが剣を預けるのに足る理由だからだ。
「……驚きました」
ぽつり、とサクラが呟く。
「何にでしょう?」
「貴方は今、自分が仕える人間に、有能さを求めていないと言ったのよ」
サクラの言葉に、アーチャーは口元を綻ばせた。
成る程。下される命令の優劣よりも、命令を下すまでの葛藤を重要視すると言ったアーチャーは、確かにサクラからはそう見えるだろう。
「まさか。私とて、指揮官は有能な方が良いに決まっています。
けれど、そうですね。それは仕えていて楽な主ではあっても、仕えてみたい主とは別なのです。
私にとって『自分はこの方に仕えているのだ』と胸を張って誇れる主が、ただ有能なだけの主ではなく、戦場には無用の『人間らしい甘さ』を持った人間だった、というだけの話で」
これはただ、アーチャーの中での優先度の話。始めに言った通り、そういう甘さを持った人間が好きだから、雅がそうある限りはどんな命令を下されようが、彼女を見限るつもりはないのだ。
「そういう未熟な主を支えることを生き甲斐にしている、と? 騎士というのは、みんなそんな風なのかしら?」
「確かに多くの騎士は、弱者を守り、未熟を正すことを好んではいるでしょうが……。私のコレは、そのような大層なものではありませんよ。それに、私のように扱いにくい騎士は稀でしょう」
アーチャーの言葉に、老女は首を傾げた。
「扱いにくい? 貴方が?」
「ええ。命令という結果よりも、その過程に執着するような者ですから」
その言葉の意味するところを、老女は正確に理解したようだった。
僅かに目を伏せ、一言ずつ噛みしめるように言う。
「ああ、成る程。そうかも知れませんね。つまりどれだけ優秀な指揮を採っても、その心根に甘さがなければ、貴方にはいつか……」
彼女はそこで一度瞳を閉ざすと、次の瞬間、華の綻んだような優しげな笑みを浮かべた。
「でも、それなら安心ですね」
サクラの真意を捉えきれずに首を傾げたアーチャーに、彼女は微笑んだまま、
「だって雅ちゃんのアレは筋金入りですから」
と、そう続けた。
「……ええ、それなら安心ですね」
アーチャーは決して雅を見限らないだろう。遠坂雅がサクラの知る遠坂雅のままであるのなら。
そしてこの老女がそう断言するのなら、雅はそういう人間なのだとアーチャーもそう信じられる。
「冬木を離れる前に貴方とこうして話せて良かったです。貴方ほどの英雄が雅ちゃんを見捨てないでいてくれるのなら、きっと大丈夫」
そう言ったサクラは、安心しきった声音と表情で。アーチャーはそれを守らねばならないものだと思った。誰よりも何よりも雅のために。
「月並みな言葉ですが、その期待を裏切らぬよう死力を尽くしましょう」
「ふふっ、心配事が少しだけ減っちゃいました」
満足げに、まるで童女のような表情で言い切って、サクラはそれからゆっくりと縁側へと腰掛けた。
「ごめんなさいね。安心したら気が抜けてしまって」
「いえ、どうぞ遠慮なく」
「貴方もどうぞ、お座りになって。そもそもこんな話、立ったまますることでもなかったわね」
私ったら恥ずかしいわ。などと微かに頬を染めながら、サクラはぱたぱたと手を振る。
年配の方に下す評価としては不躾なものかも知れないが、アーチャーはサクラを可愛らしい人だ、と内心で評価した。
サクラの勧めに従って、アーチャーも縁側へと腰を下ろす。
視線が低くなったおかげか、立ったままの時よりも縁側から見える庭の様子がよくわかった。
アーチャーは庭の造形に明るくはないが、随分と細やかに手入れがされていることくらいはわかる。この屋敷の持ち主であるサクラのこだわりだろうか。
「ねえ、アーチャーさん」
ややあって、老女が思い出したかのように言った。
「あの銀剣は、本当は自分のために用意したものなのよ。雅ちゃんを戦わせるくらいなら私が戦おうって」
何気ない会話をするような声色で、彼女はそんなことを言う。
サクラの思惑通りに事が進んだのなら、きっとアーチャーのマスターは雅ではなくサクラになっていたのだと。
「けれど聖杯は私を選ばなかった。令呪は私じゃなくて雅ちゃんに宿ってしまった」
「……マスターとは、なろうと思ってなれるものではありません。そして他人にその役目を渡せるものでもない」
悔いるようなサクラの台詞に、ついアーチャーは口を挟んでしまった。
マスターは聖杯によって選別される。
強い願いを持つ者。戦う意志のある者。魔術の使い手である者。選ばれやすい傾向はあろうが、それは絶対ではない。
「令呪があるからマスターの資格があるのではない。マスターたる資格がある者に令呪が宿るのです」
この老女が魔術師で、いくら戦う意志があろうとも、聖杯に選ばれなかった時点で、彼女には令呪が与えられることもサーヴァントを与えられることもなかっただろう。
逆に魔術師でなくとも、戦う意志が希薄であろうとも、聖杯が選びさえすれば令呪とサーヴァントは与えられる。そう、セイバーのマスターのように。
そしてそれは彼女の過失ではない。ある意味で運とも言える要素だ。
「ええ、そうね」
相も変わらず、彼女の声音は平静なまま。アーチャーに雅を頼むと言った時とは感情の揺れ幅が違う。
あるいはサクラは自分がマスターに選ばれなかった時に、自問も後悔も自責も、とっくにすべて終わらせていたのかもしれない。
「こうなってしまった以上、私は雅ちゃんを生き残らせてあげたい。出来る限り助けてあげたいけれど、私がいると足を引っ張ってしまうから」
「まさか、貴女が冬木を離れるのはそれが理由ですか」
「なるべく近くで見ていてあげたいけれど、あの子は優しいから。もし私が人質になんてなったりしたら、きっと戦えなくなってしまうわ」
これは雅ちゃんには内緒ね。と老女はイタズラっぽく笑った。
「マスターに選ばれてしまったのなら、せめて真っ先に教会に駆け込んで、聖杯戦争が終わるまで待っていてほしかったけれど、それも無理ね。あの子は覚悟が半端なクセに、責任感だけは人一倍強いから」
「……ミヤビは貴女の弟子ですから、心配なのはわかりますが」
「過保護でしょう? 先生失格ね。でも、移ってしまった情は、簡単には戻ってこないから。
だから迷惑だろうとわかっていて、貴方にお願いをしたのよ。改めて、雅ちゃんをよろしくお願いします」
縁側に座りながら、器用に身体を折り畳んでサクラが頭を下げた。
その様を間近で見て、改めて思う。雅は愛されている。魔術師の師弟関係がどのようなものかはアーチャーの知るところではないが、サクラが雅に向ける感情は、弟子に対する心配というよりもむしろ家族に対する愛情だ。
「それに対する答えは先程述べた通りです。私は、私の主が正しく人間としての葛藤を抱える限り、死力を尽くして仕えましょう」
「……ありがとう」
顔を上げたサクラが微笑む。
その時と同じくして、アーチャーの聴覚がこちらへと近づいてくる足音を捉えた。気配、足音、魔力の感覚からして、近づいてくるのは十中八九雅であろう。
アーチャーは思わず少しだけ吹き出してしまった。今まさに会話が終わったというタイミングでやってくる、己のマスターの絶妙な間の取り方に。これを狙ってやっていない辺り、ある意味で恐ろしくすらある。
「アーチャー……と、先生? なにやってるんです、こんなところで?」
ひょこ、と廊下の角から顔を覗かせた雅が問うた。顔には純粋な疑問が張り付いていて、アーチャーとサクラはまた少しだけ笑ってしまった。
「少しだけお話させてもらっていたのよ」
「お話、ですか? もしかして聖杯戦争についてなにか?」
前半をサクラに、後半をアーチャーに向けて雅が言う。
さて、なんと答えるべきだろうか。
アーチャーは咄嗟には声を出せなかった。聖杯戦争関連の話をしていたことは事実なのだが、恐らく雅が考えているような内容とは違うハズだ。
「アーチャーさん」
しぃ、とサクラがアーチャーにだけ見える角度で、口元に人差し指を当てていた。俗に言う『黙っていてくださいね』のポーズだ。
雅に隠し事をするのは気が咎めるが、ここでの会話は積極的に吹聴するようなことでもあるまい。話した当人が内緒にしたがっているのなら、アーチャーも黙っていようと思う。
「いえ、他愛のないことですよ。今夜の食事がとても美味しかった、といったような」
「そりゃ先生の作る食事は絶品だもの。っていうか、本当にそんな話を?」
「後は……、そうね。雅ちゃんが自炊できるか、しっかり見守っててくださいってお願いかな」
「うっ」
横から口を挟んだサクラに、雅がうめき声を上げた。
反応からして、どうやら雅は自炊が苦手らしい。視線をサクラに合わせずに泳がせている辺り、以前から注意されていてなお上手くいかない事柄、といったところだろうか。
アーチャーが召喚されてからまだ日が浅いが、そういえば雅が自分で何か作って食べたのを見た記憶はない。日常生活に於いては何でもソツなくこなすという印象だっただけに、マスターの思わぬ弱点に微笑ましくなる。
「そ、それは本当にどうでもいいことじゃないですか。自分で作らなくても生きてはいけますし、そんなことアーチャーに頼むだなんて」
「あら。引き出しは多い方が、いざという時困らずに済みますよ。人生、どんな能力が必要になるかはわからないんですからね」
「……魔術師的には料理スキルなんて必要にならないかなー、なんて」
「薬品の調合なんかには、とても必要なスキルだと思いますけどねー? それは身を以て知ってるでしょう」
「うぅ、薬品と料理は別物だと思います……」
反論しつつも、雅の声は徐々に小さくなっていく。形勢は雅に不利、というよりも最初から勝ち目はなさそうだ。
話の内容が、雅自身が苦手意識を自覚している事柄であることに加えて、そもそも二人の力関係的に、雅ではサクラには勝てまい。
「聖杯戦争中はなるべく自炊をする。うん、これを課題にしましょうか」
「へ? いや、先生それは……」
「聖杯戦争に決着がついたら、きちんと成果を確認させてもらいますからね」
「あれー!?」
魔術と直接関係ない課題が出ちゃった!? と頭を抱える雅を後目に、サクラがアーチャーへと向き直った。
老女の優しげな目からは、相変わらず雅への心配と親愛が容易く窺い取れる。
「そういう訳ですから、アーチャーさん。しっかりと雅ちゃんを見守ってあげてくださいね」
冗談めかしたその声色。
けれど、これは先程の『内緒話』の続きだ。
とすれば、アーチャーからサクラへの答えなど一つだけ。
「はい。我が弓にかけて」
老女を安心させるため。そして自らに誓いを立てるため、アーチャーは努めて真面目に宣言した。
夜の武家屋敷に「弓にかけてまで!?」と、雅の絶叫が響いた。
※ハートフルな聖杯戦争! 二日目が終わらねえ!!
剣と弓陣営はまだ二日目だというのに主従仲良すぎで、戦争しろよ
あと、みやびんと先生は教師と生徒というより孫と祖母みたいな関係(前にも言った)
みやびんが甘ちゃんなのは、だいたいこの先生のせい
【CLASS】アーチャー
【真名】???
【マスター】遠坂 雅
【性別】男性
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具?
【クラス別スキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:B
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。
ここからFGOの六章とこのSSのネタバレ含む愚痴というかなんというかな文章。ネタバレいくない!って人はスルー推奨
うちのアーチャーのキャラクター性のようなものが、思ってたより公式と被っててどうしようかと思った! いや、当方ガーデンオブアヴァロンは未読(手元にはある)なので、厳密にはどの程度被ってるといっていいのかわかんないんですけど。これ、FGOのマイルームで聞けるボイスを元にキャラクター性を考えると、この話でアーチャーが言ってる「人間である限り」の部分が相当もにょる。
あとね、ステータスがね。思ってたより被ってた……、っていうか想定してるステータスと一部を除いて一致しすぎてて僕は。
まあ公式が最大手なので、仮にここのアーチャーの真名がわかっても、「まあ別側面ですしおすし」って言ってもらえれば幸いです。
それはそれとしてハロウィンイベントでロマニ礼装を限凸させようとフレポ召喚まわしてたらアンリ二枚きました。宝具レベルは無事3へ。でもロマニはこなかった。
あとヴラド(extra)欲しかったから10連回したけど、ヴラド(バサカ)しかこなくて、違うそうじゃない。うれしかったけどそうじゃない。ヴラドきませんでした。