Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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三日目 それぞれの休息

「告げる」

 

 チョークで描かれた簡素な魔法陣を前に、男が手をかざす。

 これより行われるは英霊召喚の儀。

 多くの魔術師にとっては、自らの悲願を果たすための第一段階。

 男にとっては任務を果たすための第一段階。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に」

 

 悲願と任務という違いはあるものの、両者ともにこれはまだ、ただの準備段階。まさかこの段階で失敗するわけにはいかない。

 故にこそ男は、魔術に疎い身でありながら、召喚の儀式に全神経を傾けていた。

 

「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 召喚の触媒に使うのは、任務達成のため協会より預かった布切れ。

 否────、()()()()()()。その切れ端。

 魔術師たちが聞けば、こぞって欲しがるだろう破格の触媒。

 

「誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者。

 我は常世総ての悪を敷く者」

 

 チョークで描かれただけの魔法陣が、男の詠唱とともに起動し、眩い光を放ちだす。

 同時に、男の身体からは相当量の魔力が引き抜かれてゆく。

 一瞬にして立っているのが億劫になるほどの疲労感が押し寄せるが、ここで意識をとばすわけにはいかない。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ」

 

 右腕に浮かび始めた令呪を意識して、最後の一説を紡ぐ。

 

「天秤の守り手よ!」

 

 途端、魔法陣の光は極限まで強くなり、男の視界を白く白く塗りつぶした。

 同時に、魔法陣の中心に降り立つ、人ならざるものの気配。

 

「サーヴァント、ランサー。召喚に従い参上しました」

 

 強い光に目を焼かれ、一時的に視力を失った男に、儚げに響く声が届く。

 

「問いましょう。貴方が私のマスターですか?」

 

 ────それは、男が思い描いていた英雄像とはかけはなれた、弱々しい女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……」

 

 身体中にハシる痛みに目を覚ます。

 うめき声を上げながら身を起こすと、身体のそこかしこから骨の軋む音がした。

 

「……我ながら手酷くやられたものだ」

 

 見下ろした自身の身体は、血の滲んだ包帯でぐるぐる巻きにされている。

 一見して雑な治療に見えるが、この包帯は協会からの支給品だ。こうして雑に巻いているだけでも、それなりの治療効果はあるのだった。

 もっとも、テオドールの受けた傷は多少の治癒では回復が間に合っていないのも事実なのだが。

 

 しかし、懐かしい夢を見た。

 アレはつい一ヶ月程前に行った、サーヴァント召喚の儀式の夢か。

 自分にとってはそれなりに衝撃的な出来事だと思ってはいたが、まさかこうして夢に見るほどだとは思わなかった。

 

 と、テオドールがぼんやりと夢の内容を反芻していると、

 

「あら? 目が覚めたのですね」

 

 などと言う女の声が、テオドールの耳へと届いた。

 

「……っ」

 

 反射的に身構えかけて、構えを解く。

 この声には聞き覚えがある。

 

「……()()()()

「はい」

 

 テオドールの呼びかけに、女の声は肯定の意を示した。

 次いで、部屋のすみの暗がりから、ゆったりとした足取りで女がこちらへと歩み寄ってくる。

 

 美しい女だった。

 艶やかな金の髪と、青く澄んだ瞳。染み一つない白い素肌に、桜色の唇。貫頭衣の上からでもわかる、滑らかな曲線を描く肢体。

 

 そんな女が、優しげな表情で口を開く。

 

「拠点にたどり着いた途端に倒れたときは、どうなることかと思いましたが。目を覚まして良かった」

 

 貴方に死なれては困ります。

 そう続けて、女は立ち上がりかけていたテオドールの肩に手を置いた。

 

「まだしばらくは眠っていてください。下手に動き回ると、傷が開きますよ。……ああでも、包帯は替えておきましょうか」

 

 肩に置いていた手を這わせるようにして、女の手がテオドールの血塗れの包帯に触れる。

 こちらを労るような台詞と、優しくこちらに触れる手つき。

 白くすべらかな細腕が、テオドールの包帯をはぎ取っていく。

 

「……」

 

 それを、されるがまま見ていた。

 

 あるいは、傷が熱を持ち始めていたのかもしれない。

 彼女の行いに、口を挟むのが随分と遅れた。より正確には、口を挟むという思考にたどり着くまでに時間がかかりすぎた。

 

「ランサー」

「多少の痛みは我慢してくださいね。……大丈夫。すぐに終わりますから」

 

 その言葉の通り、包帯の交換自体はすぐに終わるのだろう。

 こういった行為にそこそこの経験があるのか、女は随分慣れた様子だった。

 

「ランサー」

「なんです?」

 

 再度のよびかけに、女がテオドールに目を向ける。ただ、手は止めないままだ。

 

「お前、宝具をどうした?」

「修復中です。ただ、損傷が酷かったので……」

 

 端的な質問に、少し沈んだ声で女が答える。

 その言葉の続きが、思わしくないものだろうことは容易に想像できた。

 

「……完全修復は難しいか?」

「いいえ、それは問題では。ただ、宝具の修復だけに時間を費やしても、完全修復には三日はかかるかと」

 

 三日。

 確かに先日の宝具修復時間と比較すれば長すぎる時間だ。

 

 だが、そもそもの話、先日の件は、テオドールの想定以上に宝具の修復にかかる時間が少なかった。

 ランサーとの契約時に交わした情報では、彼の無敵の肉体────すなわち宝具『海神の祝福(ポセイドーン・アマルティア)』はその無敵性の代償か、一度傷つけられると、それがどんなに僅かな傷であっても、修復に膨大な時間と多大な魔力が必要とのことだったのだ。

 それを『海がある』という理由だけで、たった数時間で完全修復できたのである。

 ランサーが傷つけられることがあれば、必要な時間だけ修復に専念させようとしていたテオドールにとって、それは嬉しい誤算だった。

 

 そこにきて今回の三日。

 長い。が、最初の想定通りの時間ではある。

 むしろアレほど手ひどくやられたにも関わらず、完全修復まで三日で済んだことは僥倖とさえ言える。

 

「そうか、オレの傷もある。動けるにしても、早くて二日後だな」

 

 そう所見を述べると、女は目に見えて沈み込んだ。

 

「申し訳ありません……」

 

 消え入りそうな声で、女が謝罪する。

 

「……」

 

 その様子に、テオドールは眉根を寄せた。

 普段のランサーの様子を見知っているだけに、この女の言動一つ一つに強い違和感がある。

 仮に彼がテオドールの言葉を聞いたのなら、『二日だと? ノロマめ、さっさと治して偵察なり戦闘なりに行ったらどうだ。むしろ治らなくとも戦え』、くらいのことは返してきそうではある。

 

 テオドールにはランサーを揶揄するつもりも、ましてや責めるつもりもない。先の言葉はただの事実確認である。

 なので、女の反応は不本意ではあったし、とりわけ違和感が強くなる事柄でもあった。

 

 だからだったのか。

 包帯を巻き直す女の手が止まった瞬間、テオドールは自分でもどうかと思う質問を投げかけてしまっていた。

 

「お前、本当にランサーなのか」

「……はい?」

 

 きょとん、とした顔で女が首を傾げる。自分が今、何を言われたのか理解できない、と言った顔だ。

 

 そしてそれも当然だろう。

 他のマスターやサーヴァントからの質問ならともかく、テオドールは正真正銘ランサーを召喚したランサーのマスターだ。

 マスターとして聖杯から与えられる透視能力も、目の前の女がランサーのサーヴァントだと告げている。

 

 テオドールとてわかってはいる。理解しているつもりではある。

 ランサーの宝具『海神の祝福(ポセイドーン・アマルティア)』は無敵の肉体であると同時に、その者の性別を反転させるものであると。

 精神が肉体の変化に引きずられるのなら、宝具展開中とそれ以外ではある程度の性格差が出てもおかしくはないと。

 

 だが、それでも。この変わり様はなんだろうか。

 性別が違うことによる多少の違い、などでは言い表せないほど、普段のランサーとこの女とには大きな溝があるように思える。

 それこそ、テオドールが『やりづらい』と思ってしまう程度には。

 

「今のお前は、あまりにも普段の振る舞いと違いすぎる」

「ああ、ええ。そうですね。……その、すみません。普段の私は相当に使いにくいでしょう?」

 

 そうではない。

 そうではないが、使いにくいのは事実だったので、テオドールは思わず頷いてしまった。

 すると女はますます萎縮して、

 

「マスターは今生の協力者ですから、もっと友好的に接しなければならないと思ってはいるのですが……。()にはどうしても難しいらしくて」

「その物言い。まるで、他人事のようだが。まさか……」

「いいえ。いいえ、違います。正真正銘、彼もまた、私です」

 

 ですが、と女は一度断りを入れてから、

 

「マスターは私の伝承を知っているのでしょう?」

 

 などど、今更なことを訊ねてくる。

 それに、テオドールはゆっくりと頷いた。

 

 美しい女・カイニスは、その美貌ゆえ海神に犯され、贖いとして男性の身体を賜った。

 不死の肉体でもあったその身体を手に入れた彼は、戦士としていくつかの冒険を繰り広げ、その果てにゼウスの怒りを買って殺されてしまう。

 彼の死後、その身体は元の女のものに戻っていたという。

 

 大雑把ではあるが、カイニス────いや、男性名でいえばカイネウスか。彼の伝承はこのようなもののハズだ。

 

「はい。この時、私が望んだ『男性の肉体(カイネウス)』というのは、どうにも私がイメージしていた『男性像』を強調されているようで」

「アレがお前の、理想の男性像だと?」

「まさか、違います。ええと、理想だとかそういうものではなく、私が『男なんてみんなこんなものだろう』とイメージしていたものに近い性質を強調している、というか」

 

 女の────カイニスの言葉を受けて、テオドールはふむ、と顔を撫でた。

 

「つまりは、傲慢で、我が儘で、頭が足りていない。お前は世の男性全般にそういうイメージを抱いていて、あの身体になるとそのように振る舞う、ということか」

 

 テオドールの言葉にカイニスは僅かにたじろいで、

 

「そ、そんなに酷い振る舞いでしたか?」

 

 などと口にする。

 テオドールとしては自身の認識を言葉として吐き出しただけなので、「ああ」ときっぱり肯定してやった。

 

「貴方がそう思うのなら……、そうなのでしょうね。我ながら酷いという自覚はありましたが」

「ああ、酷い。

 協力者としては苛つくし、配下としては扱いづらいし、アレを上司になぞ死んでも御免だ。そういう意味で、お前は────カイネウスは酷い。酷すぎる。

 だが……、」

 

 言い掛けて、思い直す。

 

「『だが』、なんです?」

 

 カイニスがそう問うてくるが、テオドールは首を振って話題を打ち切った。

 

お前(カイニス)は、そういった者()たちにそういう(理不尽な)振る舞いをされてきたのだろう?』

 

 そんな慰めにも似た言葉は、今の自分たちには余分に過ぎる。

 テオドールとランサーは、聖杯を入手するという目的だけで繋がった主従関係である。

 目的を果たせば解消される関係であり、目的のために利用しあう関係だ。だから、目的のために互いの性能把握は必要でも、それ以上の踏み込んだ会話なぞ必要がない。

 

 くだらない台詞をうっかり口にしそうになる程度には、テオドールは女の姿(カイニス)のランサーに動揺しているらしい。男の姿(カイネウス)の時との言動の落差に、テオドールの処理能力が追いついていない。

 召喚後、初めて目にしたのは女の姿(カイニス)の方だったというのに。

 

「別になんでもない。今の姿の方が、会話が成立すると思っただけだ」

「い、いくらなんでも会話くらいは成立していましたっ! もう、マスターはいちいち嫌みたらしいんですから」

「……」

 

 目眩がする。

 思わず目頭を押さえると、カイニスが気遣わしげな声をあげた。

 

「大丈夫ですか? 貴方がいくら頑丈でも、重傷なのに変わりはないのですから、無理はなさらないでください」

「……」

 

 そういうところだ。とは思ったものの、テオドールは口にはしなかった。

 どのみち三日後、いや二日もすればカイニスは修復した『海神の祝福(ポセイドーン・アマルティア)』の効果でカイネウスになる。このむず痒くなるやり取りも、そこで終わりだろう。

 

「とにかく、これから二日間は回復に努める」

 

 そう言って携帯していた薬を2、3種類飲み干すと、テオドールは再び横になった。

 

「はい、そうですね。今はゆっくり休んでください」

「…………」

 

 女の声を聞きながら目を閉じる。

 まずは服薬。睡眠。あとは食事。それから動ける程度に回復すれば、敵陣営の偵察、調査だ。やることは山積みだが、ひとまず一つずつこなしていくしかない。

 

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 

 自分のすぐそばに人の気配がする。

 静けさの訪れた拠点のなかで、人の息づかいが二人分聞こえる。

 

「……おい」

「はい?」

「何をしている?」

 

 思わず再び身を起こすと、テオドールの傍らに座り込んでいたカイニスに問いかける。

 

「え、看病をしようかなって……。ほら、宝具(アレ)がないと私には戦闘能力なんてありませんし。ですから、私には気にせずお休みに……、」

「いらん世話だ。むしろ気疲れする」

「ああ! じゃ、じゃあ偵察! 偵察にでも行ってきましょうか! 今の私は戦闘力がない代わりに、気配がサーヴァントとしてはすごく弱くなってますし。よっぽど気配察知に優れているサーヴァントじゃないと、私がランサーだと気付かれませんよ」

「ランサー」

「はい」

「回復に努めると言ったぞ。お前も休め。オレが動けるようになっても、貴様が使えないのでは話にならん。霊体化なりなんなりして、とっとと宝具を直せ」

「……はい」

 

 しゅん、としぼんでしまったカイニスを見て、テオドールは改めて思った。

 こいつは男でも女でも使いにくい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四限終了のチャイムが鳴り響く。

 いつもであれば、友人である遠坂雅の机に突撃する柳洞双葉はしかし、自分の席で静かに弁当箱の蓋を開いた。

 

 本日の献立は、卵焼きにきんぴらごぼう、キャベツとタマネギの野菜炒めに、おかかの混ぜご飯。

 なんというか、いつも通り肉っけがない。昨日、雅が持ってきたカルビ弁当とはいわずとも、ベーコンの一切れくらいあってもいいのではないか。

 内心でぶーたれながら、お茶を取り出して一口。冷たく冷やした麦茶は、夏場には最高の飲料である。否、冷えていればたぶん麦茶でなくても美味しい。

 

 ふう、と一息ついてから、双葉はきんぴらに手をつけた。

 弁当用に濃いめの味付けがされているゴボウは、それだけで食べると喉が渇く。きんぴらを二口ほど口に含んでから、おかかご飯を一口。

 月並みな感想だが、おいしい。鰹節ってやつは、醤油と一緒にご飯に混ぜ込むだけで、どうしてこんなに美味くなるのだろうか。

 

「あ、いたいた。双葉ちゃん」

「おう柳洞、邪魔すんぜ」

 

 双葉が自分の弁当に舌鼓を打っていると、背後からそのように声をかけられた。

 振り返って確認するまでもなく、それが顔なじみの二人だと理解した双葉は、箸をくわえながらおざなりに返事をする。

 

「んー、ふぅひゃん、ふふふー」

「なに言ってるかわかんねーよ」

「お、お行儀悪いよ?」

 

 それぞれ異なる反応を示した双葉の友人二人は、適当な席から椅子をひっぱってくると、そのまま双葉の机の近くに着席した。

 

「今日も暑いねぇ」

 

 そんなことを言いつつ、黒髪三つ編み眼鏡属性を兼ね備えた桂木千恵子が弁当の包みを開く。

 いつもの光景ながら、そこには栄養バランスのとれたお弁当サマが鎮座しておられた。野菜、ご飯はもちろん、双葉の弁当に圧倒的に不足しているお肉サマも余裕のエントリーである。羨ましいことこの上ない。

 

「エアコンの設定温度28度とか、都市伝説なんだよ。せめて25度くらいにしてもらわなきゃ、授業受ける気もなくすっつうの」

 

 千恵子とは対照的に、髪を派手に染め、制服を派手に着崩している所謂不良少女系な佐伯鏡子は、自身の鞄からコンビニのビニール袋を取り出した。

 中身はカツサンドと、たまごサンド、そしてジャムパンである。

 ジャムパンとたまごサンドはともかく、日々肉が欲しいと喚いている双葉にはカツサンドは酷く眩しい。

 

「うう……、ちーちゃんも佐伯も嫌がらせかなんかか? わたしの前でお肉さまを食らうなどと!」

「え、ええー……。そんなつもりはないんだけど」

「うるせえ、黙って自分の弁当食ってろ」

 

 困ったように眉尻を下げた千恵子とは違い、鏡子の返答は実にそっけない。

 というか、さっそく見せつけるようにカツサンドを頬張り始める始末である。そっけないを通り越して、もはや血も涙もない。

 

「それより柳洞。お前、遠坂はどうした?」

「購買かな? めずらしいね」

 

 くう、と目頭が熱くなってきたこちらを無視する形で、千恵子と鏡子はそんなことを言う。

 そういえば、この二人が今日このクラスにくるのって今が初めてだっけ? と記憶を掘り返しながら、双葉は二人の疑問に答えた。

 

「遠坂なら、今日はきてないぞー」

 

 瞬間、二人の表情がピクリ、と緊張で強ばったように、双葉は感じた。

 

「それ、大丈夫なの?」

 

 いや、表情だけではない。実際にそう問いかける千恵子の声色にも、隠しきれない不安のようなものが混ざっていた。

 遠坂の奴、なんかしたの? と双葉の頭に疑問符が浮かぶ。雅とは昨日は学校で別れた後、それきりで、それは千恵子も鏡子も同じだったハズだ。

 

「大丈夫って、なにが?」

「なにがって、お前なんにも知らないのかよ」

「?」

 

 呆れたように返す鏡子に、双葉は首を傾げるしかない。

 このままでは埒が明かないと思ったのか、食事の手を止めて、千恵子がこちらに話しかけてきた。

 

「あのね、双葉ちゃん。昨日、みんなで話してたことって覚えてる?」

「昨日? イケメンの外人見に行こうって話?」

「バァカ、それじゃねえよ。察しろよ。殺しの方に決まってんだろ」

「あー……、そっちかぁ……」

 

 双葉的には、そんな暗くて怖い話は忘れていたかったのだが、そうもいかないらしい。

 険しい顔をした鏡子が、吐き捨てるように言った。

 

「昨日も何件かやられてたらしい。聞いた話じゃ、アパートのワンフロア丸々だったんだと」

「うぇ!? わ、ワンフロアって何人だよ! めちゃめちゃヤバイやつじゃんか!」

「うん。それでね、それとは別に何人かの行方不明事件も起きてるみたいで……」

「行方不明? いなくなった連中も、みんな殺されたって話か?」

「さあな。けど、警察やらはその線でも操作してるんだとよ」

 

 鏡子と千恵子が話す内容に、背筋が冷えるのを感じる。

 自分たちの住む街に、得体の知れない連続殺人鬼がいるというのだ。

 フィクションの中の話ならば『探偵役やってみてえ!』などと、脳天気な台詞も出てきただろうが、生憎とこれは現実である。

 普段から脳天気だの図太いだの言われていたって、双葉だって普通の女子高生だ。怖いものは普通に怖い。

 

「あのさ。それ、犯人とか、もう目星ついてたりしねーの? 今のままじゃ、新都危険地帯過ぎるだろ」

「危険地帯なのは同意だが、どうなんだろうな。今朝、家にも警察が聞き込みにきたけど、捜査状況は明かせないって言われたし」

「あ。家も同じ。気にはなるけど、やっぱりそういう話ってしてもらえないんだよねえ……」

「警察が家にくるとか、ドラマの中だけにしてくれよ……」

 

 当たり前のように『警察がきた』と話す二人に、双葉は少しげんなりした。こちとら、食事中に恐ろしい殺人事件の話をされただけでいっぱいいっぱいだというのに、この上現実感のない話題を続けないで欲しい。

 

「もうやめようぜー。飯がまずくなるよ。わたしは怖いよ」

「あのな、新都に住んでるアタシらの方が怖い思いしてんだよ。柳洞は山の上なんだから、黙って聞けよ」

「佐伯が意味のわかんない横暴さ!」

「ま、まあまあ。双葉ちゃんの言うことももっともだよ? でもその、私たち的にはもうちょっと聞いて欲しいかなって」

「むぅ」

 

 千恵子にそう改まって言われてしまうと、文句の言いようがない。というか、そもそも何故こんな話になってしまったのだっけ?

 

「あのね、話はちょっと戻るんだけど」

「うん」

「連続殺人って結構無差別っていうか、傾向にまとまりがないらしいんだ」

「けど、行方不明事件の方は全員に共通点があってな。みんな()()()なんだと」

 

 そこまでを聞いて、『あ、なるほど』と思った。

 要するに千恵子も鏡子も、今日学校に来ていない雅が、連続殺人事件やら行方不明事件やらに巻き込まれていないか不安だったのだ。

 

「あのな、二人とも。遠坂がそんな事件に巻き込まれてたら、アタシこんなところで昼飯食ってねえぞ?」

 

 双葉はそう前置きしてから、

 

「遠坂なら大丈夫だよ。なんか、親戚の婆さんの見送りに行くから、今日は学校休むって今朝連絡あったし」

 

 そう言った。

 それを聞いた友人たちの顔に、あからさまな安堵が広がっていく。

 

「柳洞、お前そういう大事な話は一番最初にしろよ。使えねえな」

「佐伯、キレ味鋭すぎるだろ。……だいたい、変な方向に話を持ってったのはそっちじゃんか」

「ああ?」

「ま、まあまあ二人とも。落ち着いて、ね?」

 

 どうどう、と千恵子が双葉と鏡子の間に割って入る。

 なんだかんだ千恵子には頭の上がらない鏡子がそれで引き下がると、双葉もこれ以上なにか言うことはしなかった。

 

「とにかく、雅ちゃんがそういうことに巻き込まれてないんならいいんだ。……ところで、雅ちゃんの親戚のお婆さんって?」

 

 微妙な空気を払拭したいのか、千恵子が話題を転換する。

 双葉は昔聞いた話を思い出しながら、口を開いた。

 

「フィンランドだったかアイルランドだったか、とにかくなんたらランドに住んでる、遠坂の遠い親戚って話だったかな」

「わぁ、雅ちゃん外国に親戚がいるんだ」

「え、うん。あいつの家ってセレブだし? 実際、遠坂の祖父(じい)さん祖母(ばあ)さん────あ、こっちは直接の祖父母な。二親等ってやつ? それはイギリス住まいだって」

 

 へえぇ! と千恵子が感激で目を輝かせている。

 生まれてから日本以外の地に行ったことがないと、外国に対して妙な憧れや劣等感、偏見など諸々あるものだ。千恵子の反応もまあ、普通だろう。

 実際初めて聞いた時は、双葉も『遠坂の外国かぶれ!』と思ったものだ。

 

「洋館なんぞに住んでるから外国かぶれだと思ってたが、血筋からして外国かぶれだったのか?」

 

 と、双葉と同じような感想を持ったらしい鏡子が、そんなことを口にする。

 

「血筋っていうなら、遠坂はドイツの血が混ざってるらしいぞー」

「うわマジかよ。ハーフにゃ見えねえから、クォーターか?」

「いや、祖母さんがクォーターって言ってたような……? 遠坂自体は八割型日本人だと思うぞ」

 

 いや、祖母はハーフだっただろうか。なにぶん中学の頃に一度聞いたキリの話題なので、双葉も情報に自信がない。

 

「じゃあ雅ちゃんのお家って、もしかしてそのドイツ人のご先祖さまが建てたのかな?」

「かもな。アレ相当古い洋館みてえだし」

「うちの坊さんに言わせると、あそこ幽霊屋敷らしいけどなー。一匹二匹じゃきかないくらいいるって」

 

 え、と双葉の台詞を聞いた千恵子が硬直する。

 ちーちゃんはわかりやすいな、と視線を巡らせると、あの鏡子までもが割と本気で嫌そうな表情を作っていた。

 

「柳洞、お前んちの坊主が言うとシャレにならねえんだよ」

「え、なんで?」

「去年の夏休みに、双葉ちゃんの家でやった肝試し大会……。思い出したくないけど、アレ本当に()()よね……」

 

 そういえばそんなこともあったような気がする。

 今更だが双葉の実家は寺をやっていて、寺のすぐそばにはそこそこの大きさの墓地があるのだ。

 当時はたしか双葉が肝試しをやろうと提案して、それは雅も千恵子も鏡子も賛成だったのだけれど、そのとき寺に詰めていた坊主の一人が、

 

『今日はよくないものが出そうな日和ですので、やめた方がよろしい』

 

 などと言ったのだ。

 その後、紆余曲折あって結局肝試しをやったのだが、そこで参加者みんなが不可解な現象に遭遇した。実害こそ全くなかったが、あまりの気味悪さに、千恵子も鏡子も()()と騒ぎ立てた。

 ちなみに雅は嫌そうな顔こそしたものの普段通りで、霊感なぞ全くないと思っている双葉も、あの時にあったことはすべて気のせいだと思っている。

 

「んー、でも遠坂の家は大丈夫だろ。幽霊屋敷にしてもそうじゃないにしても、遠坂が今まで生きてるんだし、わたしだって何回も遊びに行って無事だし」

「これからもそうだとは限らないんだよ……」

「遠坂も柳洞も、呪いとかじゃ死にそうにねえからな。その点、アタシらは普通の人間だから、そういう実体のないものは怖いんだよ」

「ん? ちょっとまて佐伯。それわたしと遠坂が普通じゃないって言ってないか?」

 

 双葉はツッコミを入れたが、二人は軽くスルーして各々の弁当をつつき始めた。多少、げんなりとした顔はしていたが。

 というか、なんで楽しい飯時に、殺人事件やら幽霊屋敷やら暗い話題になってしまったのだろう。

 

 双葉は首を傾げながら弁当の残りを平らげると、たった今思いついたことを口にする。

 

「そういえば、肝試しの話で思いついたんだけど」

「いい、言うな。どうせ、ろくでもねえことだろ」

 

 ジャムパンを頬張りながら、にべも無く鏡子が切り捨てる。

 

「きょ、鏡子ちゃん。決め付けはよくないよ。一応、聞いてあげよう?」

 

 対する千恵子はさすがのフォーロー力だった。

 もっとも、『一応』と前置きするあたり、なんだかんだ千恵子もろくでもない話題だと思っている可能性が高い。

 

 少し肩を落としながら、双葉は言った。

 

「もうすぐ夏休みじゃんか。二人とも、夏休み中はうちの寺にこないか?」

「双葉ちゃんのお家に?」

「そう。だってほら、新都危険地帯すぎるしさ」

 

 双葉の実家である柳洞寺は、新都から未遠川を挟んで深山町側。それも円蔵山を登った地点という、新都からは正直アクセスしづらい場所に建っている。

 普段ならこの立地に文句の一つもこぼすものだが、今回は逆に立地が悪くて良かったとさえ思った。

 

 新都に連続殺人鬼が潜んでいる今、新都から少しでも離れた場所に友人を避難させたいというのは、双葉的には普通の感覚だった。

 それに、もしその殺人鬼が柳洞寺にまで足を延ばしたとしても、柳洞寺には住み込みの坊主どもが何人もいる。少なくとも、新都の一般家庭よりは安全だろう。

 

 そんな双葉の心情を察したのか、はたまた彼女たちも以前から新都を離れたいと考えていたのか。

 双葉の提案を聞いた二人は揃って思案顔を作ると、ややあって口を開いた。

 

「わたしは、行きたい、かな。やっぱり今の新都は怖すぎるし、双葉ちゃんのお家の人がいいって言ってくれるなら」

「ま、アタシも桂木と同じだな。夏休み中柳洞の家にずっといるかはわかんねーが、殺人騒ぎが一段落するまでは、なるべく新都にいたくねえってのが本音だ」

「お、じゃあ決まりか!」

 

 もちろん、家族の同意やらどのくらいの期間やら、決めなくてはならないことは山ほどあるのだろう。

 それでも、双葉からすれば、二人に夏休み中いてくれてもいいと思っている。なにせ、柳洞寺には無駄に広い部屋がいくつも余っている。千恵子と鏡子の二人ぐらい、なんならその家族つきでも問題ないくらいだ。

 

 これは毎日がお泊まり会コースか、とそんなことを思いながら、双葉はここにはいないもう一人の友人を思い出していた。

 

「せっかくだから、遠坂も呼んでやるかー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふう、と額に滲んだ汗を拭う。

 鞄から取り出した水筒をぐいっと呷ると、九条はため息を吐いた。

 

 我が事ながら、真夏に屋外労働とか、正直な話気が狂っているとしか思えない。科学が発展した今、真夏の屋外でも涼しくすごせる何かの開発とか進んではいないのだろうか? もしもすでにあると言うのなら、10万くらいなら衝動的に買ってしまいそうだ。

 

 そんな本日の天候は曇り。直射日光を浴びないだけマシだが、七月も半ばともなれば普通に気温は高いのだった。

 

「あっつ……」

 

 そう呟きつつ、適当な場所に腰を下ろすと、九条は鞄からオニギリを取り出した。

 

『暑いのならば屋内に避難してはどうだ? たしか空調というのが効いているのだろう?』

 

 ラップで包んだオニギリに口を付けたタイミングで、霊体化したセイバーがそんなことを言う。

 彼の言うことはもっともな意見なのだが、九条が働くこの工事現場には、まともな屋内施設が事務所兼休憩所のプレハブしかない。そしてあそこには空調なんて高尚なものはない。

 つまり風通しがいいぶん外の方がマシというありさまなのだ。

 

「まあ近場のコンビニに避難してる連中もいるみたいだけどな」

『貴殿はそうしないのか?』

「買い物もしないのに、コンビニに入ることに抵抗あるんだよ」

 

 我ながら小市民である。

 コンビニでオニギリでも買えば、堂々と空調の行き届いた室内で昼食兼休憩もできるのだろうが、生憎と九条の昼食は大体手製のオニギリである。

 寝過ごしたり、前日に弁当を作る気力がない日にはコンビニを利用もするのだが、平時は今日のように手製の弁当か、前日に買った商店街の総菜の残りである。貧乏人にとって、コンビニの食事はやはり高いものなのだ。

 

『そうか。だが、せめて水分補給は怠らないように。貴殿に倒れられては、私も困る』

「わかってる、わかってる」

 

 言って、もう一度水筒を呷った。

 少し濃く作りすぎた麦茶を嚥下して、汗を拭うと、辺りに誰もいないかを確認して、九条は口を開く。

 

「ああ、そうだ。セイバーも、もうわかってると思うんだけどさ」

『む。なんだろうか?』

「今夜は、戦いには行かねえから」

 

 そう言うと、セイバーはやや黙って、それから合点がいったような口振りで声を上げた。

 

『……ああ。先ほど何やら通信していたが、その件に関わることか?』

「うん。昔の知り合いに連絡が取れたから、仕事が終わったら会いに行くことになった」

 

 つい先程のことである。バイトの昼休憩が始まってすぐに、九条は知人に連絡を入れた。

 ド平日の昼間に電話を取ってくれるかは怪しいものだったのだが、そんな九条の心配をよそに、先方はあっさり応対。久しぶりの会話に、少し懐かしい話題で盛り上がりかけたりもしたのだが、昼休憩の短さを鑑みて用件のみを伝えると、名残を惜しみながらも早々に通話を打ち切った。

 

「そいつ今は冬木に住んでなくてさ。移動に時間もかかるから、今夜は戦いは休みな」

『それは構わないのだが、この期間にわざわざ会いに行かねばならない人物とは、いったい何者だ?』

 

 当然と言えば当然の疑問に、九条は頬をかくと、

 

「いや、別にそいつがどうこうってわけじゃないんだけどさ」

 

 と、返す。

 

『?』

「えっとな。こないだ、俺にも機動力があればな、って話したろ?」

『ああ。自転車では無理がある、とも言っていたな』

「そうそれ」

 

 九条はビシッ、と指を立てた。

 

『それ、とは?』

「うん。だから機動力だよ。自転車以上の機動力を持ってるブツを、気前良く貸してくれそうなのが、そいつしかいなかったんだ」

『ああ、成る程。つまりパトロンに会いに行くのだな』

「パトロンは……、なんか違くね?」

 

 適切なのかそうでないのかわかりにくい理解を示したセイバーに、思わず苦笑する。

 けれど、そう。とりあえず今日の方針はこれだ。

 

「今夜は、機動力を取りに行く」

 




※なんとか五月中に更新できました!

今回も戦闘はなし。たぶん次回も戦闘ないんじゃないかなー……、聖杯戦争とはいったい……。

ちなみに、ランサーが女性に戻っているのは『生前、女性から男性になり。なおかつ死亡時に女性にもどっていた』からです。
自分の肉体に関わる常時展開型宝具(類似するものだと、ヘラクレスのゴッドハンドやジークフリートのアーマーオブファフニール)なのに、割と自由に性能封印(のようなこと)してるのはこれが理由。死亡時に元に戻っていた、って逸話がなければ、きっとランサーはずっと男でした。
やったね! 貴重な女子だよ!(なお、宝具の修復が終わればいつもの野郎に戻る模様)





以下、FGOのネタバレ含む、いんたーるーど










【いんたーるーど】FGOで遊ぶAAAの剣陣営

レイジ(以下レ)「BBスロット辛すぎる!!」
剣「む? マスターは今日もイベント周回というやつか?」
レ「うん。ずっと放置してたイシュタルのスキルレベル上げようと思って」
剣「イシュタルというと、メソポタミアの神ではなかっただろうか」
レ「うん。その女神サマ。すっごく強いんだけど、鳳凰の羽根が足りてなくてさー」
剣「私にはゲームのことはよくわからないが、つまりその足りないものを集めている……ということか?」
レ「そうそう。正直な話、アーチャークラスはアーラシュだけでいいかなって思ってたんだけど」
剣「アーラシュ……ペルシャの大英雄か」
レ「おいすげえな、そんなことまで知ってるのか。俺なんて名前みてもピンとこなかったのに。……まあとにかく、今はイシュタルのスキル上げのために羽根周回中ってこと」
剣「戦力が増えるのはいいことだろう。それが神霊クラスともなれば、なるほど。確かに彼のアーラシュにも匹敵する戦力だろうな」
レ「いや、うん。戦力的な目算もあるっちゃあるんだけどさ」
剣「他にもなにか?」
レ「……これ」

セイバー、ゲーム画面確認中……

剣「これは、なんというか……。どことなくアーチャーのマスターに似ていまいか」
レ「やっぱそう思うか? だからなんか、育てないのが申し訳なくって」
剣「貴殿も中々難儀な性格をしているな」
レ「そうかな? 普通だと思うけど……。あ、あとアレだよ。このBBちゃんもしっかり育てないと」
剣「BBちゃん? 聞かない名だが、強力なサーヴァントなのか?」
レ「それもあるけど、遠坂さんが『絶対、しっかり育ててくださいね!』って熱いプレゼンしてきたから」
剣「……そういうところが、難儀な性格だと言うんだ」



※CCCコラボ終わったのに、CCCコラボの話。羽根、鎖、宝玉のドロップがおいしいイベントでしたね!!
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