Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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三日目 そもそもの話

「ここまでで大丈夫ですよ」

 

 駅にたどり着くなり、先生ことサクラ・エーデルフェルトがそう言った。

 

「いえ、せめてホームまで送らせてください」

 

 サクラのキャリーバックを引きながら、雅は答える。

 

 そもそも『見送りはいらない』というサクラに対し、『見送らせてください』と強引にここまで着いてきたのだ。ここで別れるくらいなら、最初から着いてきてなどいない。

 

 あの武家屋敷から駅までの道もそうだったが、駅のホームにも当然段差くらいあるだろう。

 サクラは御年80歳に届こうか、とは思えないくらいに足腰のしっかりした老女だが、それでも荷物を抱えながら軽々と段差を歩ける訳ではないと思う。

 魔術を使えば話は別だろうが、こんなことで魔術を使わせるのもなんだかバカバカしい。荷物持ちはいて損はないだろうし、そもそも雅がサクラとの別れに名残惜しさを感じている。

 

「そう? じゃあ、お言葉に甘えちゃいますね」

 

 にっこりと笑って、サクラが駅の発券窓口へと歩き出した。

 最寄りの空港がある都市への切符を購入する彼女を横目で見ながら、雅自身は券売機で一番安い入場券を購入する。

 

「そういえば、まだ訊いていなかったんですけど」

 

 揃って改札を抜けると、そんな風にサクラが切り出した。

 

「今回の聖杯戦争の首謀者について、なにかわかりましたか?」

「……いいえ。残念ながら、まだなにも」

 

 唐突な質問に、一瞬言葉が詰まった。

 否。言葉に詰まったのは唐突さとは別の理由だ。

 彼女の問いは唐突ではあっても、魔術協会に属する魔術師が、土地管理者へと投げかけるものとしては、なにもおかしくはないものだった。

 サクラの問いにすぐに答えられなかったのは、単純に雅が現状に情けなさを感じてしまっているからだ。

 

 そもそも、雅が今回の聖杯戦争に参加したのは、聖杯を手に入れるためではなく、『遠坂の管理する土地で、勝手に大規模な魔術儀式を始めたバカ』をとっちめる為である。

 

 七騎のサーヴァントが召喚され、本格的な聖杯戦争が開幕して既に三日。ここに至ってもまだ、雅は首謀者の尻尾すら掴めていない。

 首謀者の影が見えないこともさることながら、そもそも聖杯戦争を始めさせてしまったという負い目もあって、雅は言葉に詰まったのだった。

 

「そうですか。焦る気持ちもあるでしょうけど、あまり気負い過ぎないようにね」

「……はい」

 

 サクラはそうは言ってくれるが、負い目は消えない。

 現在世界中で行われているサーヴァントを用いた聖杯戦争。所謂『冬木式聖杯戦争』では、聖杯戦争を執り行うための前準備として、その土地の霊脈に手を加える。

 それはつまり今回の聖杯戦争でも霊脈に手を加えられたということであり、自らの土地で聖杯戦争を始めさせてしまった雅は、土地管理者でありながら、自らの管理する土地で好き勝手土地を弄くられてしまった、ということである。

 

 サクラの方もそれは承知の上だろう。それ故、次に飛んできたのはこんな質問だった。

 

「雅ちゃんは、今の冬木の霊脈に異常を感じていますか?」

 

 その土地の霊脈に手を加えるということ。

 それは元々その土地に流れていた魔力の流れを、儀式にとって都合のいい方向に誘導するということだ。流れ自体をせき止めることだってあるかも知れない。

 例えるなら元々あった水道管に、新たにパイプを付け足したり、元のパイプを取り外したり、といったところだろうか。

 

 当然、そんなことをすれば、霊脈の正常な流れを知っている者達は普段との違いに気が付く。

 そしてそれに気付いたなら、霊脈を加工した痕跡にも気が付ける。

 痕跡さえわかれば、そこに残された情報から、どんな人物が聖杯戦争を始めようとしたのか、その推察ができる。

 

 サクラの質問の意図は、まあそういうことだろう。

 しかし彼女の意図を察しながら、雅はこう答えることしか出来なかった。

 

「いいえ」

 

 そう、『いいえ』だ。

 聖杯戦争を行うために霊脈の加工が必要なことは、当然雅だって知っていた。知っていたからこそ、聖杯戦争の兆候が現れた時点で冬木の土地自体への調査は済ませてある。

 

 その上での結論が、聖杯戦争開始前と後とで、冬木の霊脈に異常は見られない、ということであった。

 

 無論、そんなことは普通に考えればあり得ない。

 あり得ないが、雅の感覚では霊脈に加工を施された痕が見つけられないのも事実である。

 

「そうですか。私の調査が甘い訳ではなかったんですね」

「先生?」

 

 サクラの言葉に思わず首を傾げると、老女は困ったように笑って、

 

「私も私で、冬木にいる間に調査をしていたんですよ。雅ちゃんの言うように、私の方も何も見つけられなかったんですけど」

 

 などと、口にした。

 

「先生でもダメなんですか?」

「ええ、ダメですね。以前の冬木の霊脈と、今の冬木の霊脈を照らし合わせてみても、異常らしい異常はなにも。誰かが、何かをしたような痕跡は見つけられませんでした」

 

 だけど、実際には起こるはずがない聖杯戦争が始まってしまっている。

 

 考えられるとすれば、と前置きして、サクラが己の推論を語り始めた。

 

「この聖杯戦争を仕組んだ者は、私たちより遙かに格上で、霊脈の加工痕を私たちに認識させないほどの魔術師だった」

 

 それは、確かにいないとも言い切れないだろうが。

 それでもその可能性はかなり低いと思わざるを得ない。雅だけならまだしも、サクラの目をも誤魔化すほどの魔術師となれば、いったいどれほど格上なのか想像もできない。

 

「或いは、私たちの記憶、感覚が狂わされていて、実際には霊脈は大幅に弄くられている可能性」

 

 こちらもあり得ないとは言い切れないが、いまひとつ現実味に欠ける。

 雅とサクラ。両方の魔術的感覚を狂わせるとなれば、冬木市全体に魔術の認識阻害結界なりなんなりが必要だろう。都市一つ覆うほどの魔術結界なんて、作成しようとした時点で気付いてしまう。

 都市ではなく個人へ認識阻害をかける場合でも、土地管理者である雅はともかくとして、部外者であるサクラにまで術をかけるのは不自然だ。

 

「もしくは、冬木の霊脈を聖杯降霊用にイジるのではなく、聖杯の方を冬木の霊脈に合わせて作ってあるか」

 

 故に、雅はこの三つ目の推論が一番しっくりくるな、と思った。

 聖杯用に霊脈をチューニングするのではなく、むしろ聖杯を霊脈に合わせてチューンする。これなら少なくとも雅たちに霊脈の改竄痕を発見されることはない。そもそも霊脈を弄ってすらいないのだから。

 もっともこの場合だと、霊脈を弄くる場合よりもさらに精密に、冬木の土地に詳しくなければならないだろうが。

 

「雅ちゃんは、いまの推理だと三つ目が好みのようですね」

「なんでわかっ……!? ……いえ、そうですね。だって可能性としては一番でしょう?」

「そうですねー。私もそう思いますけど」

 

 話しながら三番ホームに降り立つ。

 平日の昼間だけあって、ホームにいる人の数はまばらだ。

 備え付けの電光掲示板には、あと四分ほどで目当ての電車が到着すると表示されていた。

 

 『乗車位置』と書かれたホームの一角に立ち、列車を待つ。

 それから数秒もせず『四番線を電車が通過いたします』と構内アナウンスが入り、そのアナウンス通りに向かいのホームを特急列車が通過してゆく。

 

 ゴオッ、という風の音に混じって、サクラの声。

 

「そもそも、冬木で聖杯戦争が起こせないという前提条件が、私には疑わしいです」

 

 あまりにも自然に、この結論に達するのは当然という風にサクラが言う。

 一方で、その言葉を聞いた雅はすぐに何かを返すことができなかった。

 

「…………え?」

 

 ぽかん、と口を開けて固まる。

 ホームを通過していく特急列車が完全に見えなくなるまで、たっぷり数秒間。雅はゆっくりとサクラの言葉の意味を飲み込んでいく。

 

「え、え、だって……。冬木の大聖杯は盗られ、え、あれ? だから、えっと、そうです!

 そんなのあり得ないでしょう。冬木から大聖杯がなくなった上、遠坂が聖杯戦争から手を引いたんですから、ここでそんな儀式はどうやったって成立しない」

「ええ、そうです。でもそれは、本当に冬木から大聖杯がなくなっていて、本当に遠坂家が聖杯を諦めていたら、という条件付きでしょう? 私は、そもそもそこが疑わしいと言ったのよ」

「それは……、そんなハズ。だって六十年前に、冬木の大聖杯はルーマニアで発見されました。そして……、」

 

 第二次世界大戦の最中、開催された混沌の第三次聖杯戦争。

 ナチスドイツ軍とユグドミレニアによって、冬木から強奪された大聖杯。

 その後、半世紀以上の時を経てルーマニアで開催された『聖杯大戦』。

 大戦の幕引きは、セイバーによる聖剣の真名解放────すなわち、宝具による大聖杯の完全消滅。

 

 それは、聖杯戦争に関わる魔術師にとっての常識だ。

 冬木から大聖杯がなくなっていない、となれば、それら全ての常識が裏返される。

 そもそも、冬木の大聖杯が強奪されていなければ、世界中で亜種聖杯戦争が始まることもなかったハズだから、いくらなんでも、サクラの言うことは無理があるというものだ。

 

「そうね。第三次聖杯戦争で、強奪は確かにされたのでしょう。世界中に聖杯戦争の行い方も普及した。

 けれど、その後は? 本当にルーマニアで大聖杯は消滅したの? 遠坂は本当に聖杯を諦めた? 未だ聖杯を諦めないアインツベルンと一緒になって、もう一度この土地で聖杯を作ったという可能性は?

 私はね、そんな風に思ってしまうのよ」

「そんなのあり得ません。だって……、だって、()()()()()()()()

 もし本当に遠坂が、冬木でもう一度聖杯を作ろうとしていたなら、それは私に知らされていなければ……!」

 

 雅は思わず叫んでいた。

 この身は遠坂家八代目当主遠坂雅だ。未だ修行中、覚悟すら伴わない未熟者であっても、確かに先代から家督を継承した遠坂家の当主なのである。

 他の家系の事情ならいざ知らず。遠坂家の事情について、雅が知らされていない、というのはあり得ない。

 

 ────あり得ない、と思いたい。

 

「そうね。でも、可能性はゼロではないから。

 だから、盲目にならないように、柔軟な発想でことに当たってね、という忠告程度に捉えてくれればいいですよ」

 

 気遣わしげな表情を浮かべて、老女が言う。

 けれど、ただの忠告というには、彼女の言葉は雅に刺さった。

 

「……もしも」

「はい」

「もしも先生の仰るとおりなら、霊脈の調査は無駄ということですか」

「無駄ではないでしょうが、私たちには異常を関知しづらいでしょうね。そもそも正常だと思っていた冬木の霊脈が、既に聖杯戦争用に整地されたものだったわけですから。私たちは、正常な────大聖杯に接続されていない冬木の霊脈を知らないことになる」

「……っ」

 

 沈黙を埋めるかのようなタイミングでホームアナウンスが入った。

 

『まもなく3番乗り場に電車がまいります』

「あら、来ましたね」

 

 言葉通り、アナウンス通りに、サクラが乗り込む予定の電車が、雅たちの立つ3番線へと滑り込んでくる。

 

「それじゃあ雅ちゃん。私はこれで、帰ってしまいますけれど」

「あ、はい」

 

 知らず俯いていた雅は、サクラの言葉に顔を上げた。

 老女はサクラの顔を見つめながら優しく微笑む。

 

「なにかあれば、頼ってくださいね」

「え」

「貴女は責任感が強いから、なんでも抱え込みがちですけど。人間一人で出来ることは、そう多くはないんですからね」

 

 かつて指導していた時のように、老女は優しく諭すような声音で雅に言った。

 

「ましてや聖杯戦争。熟練の魔術師でも、一人きりなら二日と持たない戦いです。誰かを頼ったって、それは恥ずかしいことじゃあないのよ」

 

 停車した電車の扉が開く。

 数人の乗客が車両から吐き出され、代わりにホームにいた別の数人が飲まれてゆく。

 

「むしろ意固地になって、目的を果たせないことの方が恥ずかしいわ。だから、なにかあれば頼ってね。私でもいい。アーチャーさんでもいい。他に信頼できる人がいれば、それでもいい。だけど一人きりで戦おうとはしないでね」

 

 きゅっ、とサクラが雅の手を取った。

 しわがれた、けれどひだまりのように落ち着く、温かな手。雅を安心させる先生の手のひら。

 

「落ち着いたらまた会いましょう」

「は、はい。最後までお気遣いいただき、ありがとうございました」

 

 握っていた手を放したサクラに、慌ててキャリーバックを手渡した。

 荷物を引いて、サクラが電車へと乗り込む。ドアから数歩離れた場所に立った彼女が、ゆっくりと振り返った。

 

「最後に一つ。時計塔では、いま冬木の聖杯戦争のことでスゴくゴタゴタしているそうですよ。亜種聖杯戦争なんて、この百年で捨て置くくらいに慣れたものだった魔術協会が」

「え?」

 

 それは、いったいどういうことだろうか。

 最大規模だった60年前の聖杯大戦や、街一つ消し飛ばしたスノーフィールドの聖杯戦争ならともかく、今回の聖杯戦争は位置づけ的にはただの亜種聖杯戦争だ。戦争も序盤ゆえ、まだ協会が焦るほどの神秘の漏洩だって起きていない。

 この段階で魔術協会が浮つく理由なぞ、一つだってないハズなのに。

 

 けれど雅の疑問が言葉になる前に、雅たちを遮るように、電車の扉が閉まってしまった。

 その鉄製の扉の向こうから、やや聞き取りにくい声。

 

「それじゃ、またいつか。きっと生き延びてね、雅ちゃん。()()()()()()()、きっとそう思っていますよ」

 

 サクラを乗せた電車がホームを発つ。

 その様を呆然と見ていた。

 何を発することもできないまま、雅はただ、その電車を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アサシン」

 

 そう呼びかければ、一秒とかけずに彼は姿を現した。

 

「お呼びですか、マスター」

 

 部屋に響く、落ち着いた声音。

 こちらを見上げる黒曜の瞳。

 戦鎧の隙間から覗く、きめ細かい黄色の肌。

 濡れ羽色の髪は、窓から差し込む西日に照らされ、いっそう艶やかな光沢を放つ。

 

「……」

 

 思わず、見惚れた。

 いい加減見慣れてもいいハズなのに、何度見ても彼の姿に胸が高鳴る。

 

「マスター?」

「っ、楽になさい。少し……。ええ、少し話をしたいのです」

 

 ため息を漏らしかけたところで、アサシンの声に引き戻される。

 跪き、こちらを見上げ続けている彼に一声かけて、お嬢様ことレオナ・モーガンは近くのソファへと腰を下ろした。

 

「まずは、アベルの件。よく生きて連れ帰ってくれました。改めてお礼を言うわ」

 

 アサシンが対面の椅子に着席するのを見計らって、レオナはそう口にする。

 アベルがとてつもなく頑丈だということは、他の誰でもなくレオナが一番知っていることではあったが、今回の戦闘では正直な話、助かる見込みはないだろうと思っていたのだ。半ば永遠の離別を予測していただけに、彼が一命を取り留めたのは、レオナにとって嬉しい誤算に他ならなかった。

 

 ────否。そんな言葉では誤魔化しきれない。レオナは彼が生きていてくれて、とても……。そう。とても、安心した。

 

 対するアサシンは、レオナの言葉に微笑みを一つ浮かべて首を振った。

 

「いいえ。アベル殿を救ったのは、マスターの治癒術です。僕はなにも」

「私の治癒魔術で治せるのは生きているものだけです。貴方がもう少し遅ければアベルは死んでいた。そうなれば、私には為す術がなかったでしょう」

 

 貴方のおかげよ、と重ねて告げる。

 

 実際にそのとおりである。レオナの技術でアベルを救えたのは、アサシンが迅速に彼を運んでくれたからだ。ほんの少しでも治療開始が遅れていれば、彼の命は無かっただろう。

 今さっき、ようやく隣室に寝かしつけた従者のことを想って、レオナは頭を下げた。

 

 アサシンは少しだけ視線を彷徨わせると、ややあって口を開いた。

 

「……では、ここは二人の手柄ということで。僕としては、マスターの手柄の方が大きいとは思うのですが。これ以上は言っても詮無いことですし」

 

 にこりと笑うアサシンに、再び心臓が跳ねる。

 弛緩しそうになる表情筋を引き締めると、気持ち固い声を意識して口を開いた。

 

「ええ。それなら、そういうことにしておきます」

 

 オイ、なんだそれは。

 

 脳内で、自分自身にツッコミを入れる。

 

 固い声どころか、威圧的な声音である。挙げ句、言葉の内容も随分威圧的だ。

 それがなんであれ、アサシンと何かを共有できたことが小躍りするほど嬉しかったクセに、欠片もそれが表に出ていない。

 いや、そんなもの表に出せばマスターとしての体裁が跡形もなく吹き飛ぶので、その点では良かったのだけれど。それにしたって、この声音でこの台詞は酷いに尽きる。

 アサシンに目立った反応がないのが唯一の救いか。

 

 照れを隠そうとし過ぎて、つい声音が固くなる。というか、トゲというか針というか、とにかく鋭いものが混ざってしまう。自分ではわからないのだが、この分だともしや表情も酷いことになっているのだろうか。

 

 いや、大丈夫だろう。

 大丈夫のハズだ。

 キリッ、と凛々しいマスター然とした表情になっているハズだ。そうだといいな。

 

 動揺とともに浮かんだ雑念を振り払うかのように、レオナは次の話題を切り出した。

 

「話は変わりますが。昼間、ライダーの真名について話したでしょう?」

「ええ。たしかベレロフォンだと断定しておいででしたね。まだ他の英霊だという線も残っていましょうが、早期に敵方の真名を予測できたのは大きい」

 

 レオナの言葉に、アサシンが応じる。

 平静そのものな彼の声音に、こちらの動揺は伝わらなかったと判断して、レオナは言った。

 

「それについて一つ。貴方に伝えていないことがあります」

「何でしょう?」

 

 小さな呼吸を一つ。

 アベルの件とは違い、こちらは告げるのに少しばかりの覚悟が必要だ。

 

「アベルはきっと、私の名誉のため────いいえ。貴方と私との関係のために口にはしないでしょうが。

 初め私は貴方ではない英霊を召喚しようとしていました」

 

 自分のサーヴァントと、険悪になる覚悟。 

 

「召喚用の触媒は『とある合成魔獣の牙』。そしてそれに引き寄せられるであろう英霊は一人」

 

 僅かに眉根を寄せるアサシンに向かって、一息に告げる。

 

「『ギリシャ七英雄』の一人。キマイラ殺しのベレロフォン。予想されるクラスはライダー」

 

 それは、あの赤髪のライダーの真名として最も有力な英雄の名であった。

 

「ですが、彼の召喚は叶わなかった。実際には、私は貴方を呼び出しました」

「理由をお伺いしても?」

「簡単なことです。触媒は、私の手元に届くまでに何者かによって盗み取られました。そして、それこそがそのままあのライダーへの真名予測に繋がるのです」

 

 奇しくも、レオナが召喚予定だったサーヴァントと同じサーヴァントを敵対マスターが召喚した。

 そんな偶然を信じ込むほど、レオナは間抜けでもなければ箱入りでもない。

 

「なるほど。つまりマスターは、自分の元から触媒を奪い取った何者かが、そのままその触媒を使って今回の聖杯戦争に参加している、と」

「ええ。タイミングと、あのライダーの能力を鑑みれば、そう考えるのが妥当でしょう」

「そうですね。他人から盗むほど触媒を必要としていたなら、どこかの聖杯戦争に参加して然るべきだ。マスターたちが、あのライダーの真名に確信を持っておられた理由がわかりましたよ」

 

 疑問が解けてすっきりした、といった様子でアサシンが言う。

 その姿に、レオナは逆に不安を駆り立てられる思いだった。

 

「あの……」

「はい」

「怒らないんですの?」

「怒る? 僕が、マスターにですか? それは何故?」

 

 怒るどころか、何を問われているのかすらわかっていない表情でアサシンが問い返す。

 

「だって、私は『貴方以外のサーヴァントを喚ぶつもりだった』と言ったのよ。貴方は所詮第一希望のサーヴァントではない、と」

「いえ、別に。聖杯戦争ですから、理想や希望のサーヴァントがいて当たり前でしょう。そのようなことで気分を悪くしたりはしませんよ。実際にマスターに呼び出されたのは僕ですし」

 

 当たり前と言えば、当たり前のその理屈。

 けれど、人は理屈だけで動ける訳ではない。

 

 アサシンの気分を害するのではないか。

 アサシンとの関係に亀裂が入るのではないか。

 レオナが危ぶんだそれらを吹き飛ばすように、彼はあっさりとそんなことを言う。

 

「さすがにライダーを引き合いに出されて『あちらの方が良かった』などと言われた日には、少しばかり落ち込むかもしれませんが。マスターもアベル殿も、そういったことは仰いませんから」

 

 アサシンは怒るどころか、にこにこと笑っていた。

 初めて話したときから思っていたが、彼は奉仕体質というか、根っからの従者気質なところがある。基本的にこちらの言うことや、やろうとすることに逆らわない。

 

「……」

 

 召喚の件での不安が消えた代わりに、今度は別の不安がむくむくと顔を出す。

 

「あの」

「はい」

「貴方は、私に……」

 

 ────不満はないのか。その従者気質で不満を押し殺しているだけなのではないか。

 

 その問いを投げかける勇気は、今のレオナには持てなかった。

 もしも彼に、マスターとして認めていないと言われてしまえば、立ち直ることが出来そうになかったから。

 

「いいえ、なんでもありませんわ。気にしないで」

 

 首を傾げたアサシンから目を逸らし、窓の外を見る。

 日が傾いているのだろう。窓の外の世界は、赤く鮮やかに彩られていた。

 

「そろそろ日が沈みますね。アベル殿の治療で疲れておいででしょうし、今日はお早めにお休みになられては?」

 

 レオナの視線を追って、窓の外を見たアサシンが言う。

 工房の守りはお任せを、と彼は笑った。






※先生はすぐ土壇場でこういうこと言うー



三日目が終わらないばかりか、戦闘もなくてすみません。次も戦闘ないです……。

さておき。活動報告にてちょっとみなさまに読んでほしいことがあるので、もしお時間あれば、ちらっと見て行ってほしい所存です。
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