Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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三日目 穂群原OB会

 冬木市から電車を乗り継いで片道二時間半。県を二つほど跨いでたどり着いた駅のホームで、九条は思い切り伸びをした。

 

「うーん、疲れた」

 

 ばきり、と骨の鳴る音がする。道中ずっと座っていただけあって、身体が固まってしまっている。

 二、三回屈伸して身体を解すと、九条は足早にホームを後にした。

 

 改札を抜け、すっかり暗くなった外へと飛び出す。

 現在時刻は午後十時を軽く回っている。日の長い夏場とはいえ、流石にこの時間では太陽の姿はどこにもない。

 

「おーっす、九条!」

 

 さて、まずはタクシーでも拾おうか。と辺りを見渡した九条は、離れた場所からかけられた声に顔を向けた。

 

 九条の立つタクシー乗り場から、車道を一本挟んだ向こう側の歩道に、懐かしい顔がある。

 声の出所を確認した九条は、その人物に応えるように片手を挙げた。

 

「伊勢三!」

「おう、久しぶりだなぁ」

 

 言いながら九条の旧友・伊勢三(いせみ)玄馬(はるま)が車道を横切って、小走りにこちらへと駆けてくる。

 

「悪い、迎えにきてくれたのか」

 

 九条がそう言えば、玄馬は人懐っこい笑みを浮かべながら、

 

「いいって。それより何年ぶりだ? 成人式以来だから5年ぶりくらいか? 少し痩せたんじゃねえの?」

 

 などと、気安げにこちらの肩を叩いてきた。

 以前と変わらぬその様子に、九条も思わず破顔して言い返す。

 

「そっちこそ、その金髪似合ってねえぞ。つか、俺が大学卒業した時にも会ったじゃんか。せいぜい3年ぶりくらいだろ」

「それでも間が空きすぎだって! お前ぜんぜん遊びにこねえからな」

「それそっくりそのまま返すわ。たまには冬木に帰ってこいよ」

「いやー、俺様は生粋のシティ・ボーイだからして? 冬木のような田舎は肌には合わんよ。

 ま、積もる話は後にしようや。飯は?」

「電車ん中でおにぎり食った」

 

 友人関係というのは不思議なもので、3年もまともに会っていなかったにも関わらず、まるで昨日も会っていたかのようにスムーズに会話が成り立った。

 いや、この場合は友人関係が、というよりも『伊勢三玄馬』だから会話が成立したのかもしれない。

 ともあれ、『なんだそりゃ。それご飯とは言わねーよ』『うるせえコンビニおにぎりに謝れ』、などど言い合う様は学生時代さながらだ。

 

「よーし、どっかで適当に食うべ。つーか、飲むぞー」

「いや、そんな金はねえよ。貧乏人なめんな」

「バッカお前、俺の奢りに決まってんだろ。空気読め、この貧乏人。金持ち舐めんな」

「わー、伊勢三くんかっこいいー。まあでも、用事済ませたらすぐ帰るつもりだったから、悪いんだけど飲みはパスで」

「ばぁか。お前電話で明日休みだって言ってただろうが、忘れてねえぞ」

「いや言ったけども。そもそも飲んだら帰れねえじゃんか。飲み代もないのに宿代なんかもっと……」

「うるせえ、ウチに泊まってけばいいだろ。っていうかそれ以外の選択肢など俺様が認めねーわ。

 つーことで、飲み屋にゴーッ!!」

 

 

 そんなこんなであれよあれよのうちに飲み会である。

 

 

「「かんぱーい!」」

 

 ガツン、とビールジョッキを打ち合わせて歓声を上げる。

 この後の予定と金銭事情を考えて一度はシブりはしたものの、やはり飲み会はいい。それが他人の金で飲む酒ならなおのことだ。

 

 お通しに出されたお浸しと刺身をぺろりと平らげて、九条は枝豆と焼き茄子を注文した。

 

「お、茄子か。いいねえ」

 

 そう笑った玄馬がサラダとポテトフライ、小サイズのピザを注文する。

 あ、ピザいいなあ。などと思いながらビールを流し込んで、注文早々に運ばれてきた枝豆を口に放り込んだ。

 

「うまそう」

「食えよ」

 

 ほれ、と枝豆の入った器を差し出すと、玄馬は遠慮なくパクつき始めた。というかそもそもこいつの奢りで飲みに来ているので、遠慮もなにもない。

 その後は互いに注文した品を適当に取り分けながら食べて飲んで、注文して、そして食べて飲んでの繰り返し。

 

 気付けば九条はジョッキ三杯、玄馬はジョッキ四杯と日本酒を空けていた。玄馬はどうか知らないが、九条は完全に飲み過ぎである。まだ余裕はあるし、学生時代はもっと飲んだ記憶があるが、最近の飲酒量を鑑みるとそろそろ控えた方がよさそうだ。

 つい先日二日酔いの憂き目に遭って早々に同じ事を繰り返すわけにはいかない。

 

「そういえばよ」

 

 そろそろウーロン茶でも頼もうかな、と考えていた矢先、玄馬が本当にいま思い出したかのようにそう切り出した。

 

「九条は知らないと思うんだけど。日比乃のやつ、こないだ結婚したんだぜ」

「は? 結婚? 日比乃って、日比乃ダイキのことか?」

「そう、その日比乃」

「うっわ、なんだよそれ。知らなかった!」

 

 日比乃とは、玄馬と同じく高校の時の同級生である。まさか久しぶりに聞いた同級生の名前が、結婚にまつわる話題で登場するとは思わなかった。

 結婚どうこうなんて、自分は意識したことすらなかったが、同年代のそういう話題を聞くと、恋人すらいない自分がなんだか取り残されたような気になって少しだけ切ない。

 

「ちなみに相手は二階堂ゆい」

「ぶっ!? そっちも同級生じゃねえか、あいつらデキてたの!?」

 

 同級生が結婚した、というだけでも取り残された感がヒドいというのに、その相手まで同級生とか。

 彼らが交際していた事実を知らなかったことといい、結婚したことを知らなかったことといい、疎外感も割と強い。

 

「やっぱ知らなかったかー。教えといて良かったぜ。万が一、本人たちに会ったときスゴいショック受けそうだしな、お前」

「ショックなら現在進行形で受けてるよ。はー……、あいつらがなあ。いったいいつから付き合ってたんだ?」

「付き合いはじめは高3の冬じゃなかったかな。結婚はホント最近。先月結婚式行ってきた」

「……呼ばれてねーぞ。疎外感がすげえ」

 

 若干肩を落としながら言うと、玄馬が苦笑した。

 

「それなあ。日比乃はお前のこと呼ぼうとしてたらしいんだけど」

「けど、なんだよ?」

「二階堂に止められたっぽいぞ。『やめてー、九条くんは呼ばなくてもいいでしょー』って」

「……俺、二階堂に嫌われてたのか? 高校の時、そこそこ仲良く話してた気がするんだけど」

 

 なんというか、ショックすぎて玄馬の下手なモノマネにツッコミを入れる気力も出ない。

 呼ぶのを忘れていたとかならともかく、招待の候補にあがってからわざわざ却下されたというのは。日比乃夫妻との交流が九条と同程度だったハズの玄馬が結婚式に呼ばれていたのだから尚更だ。

 

 そんなこちらの反応に、玄馬は「違う違う」と顔の前で手を振って、

 

「お前が、っていうよりほら。お前の彼女がって話だよ」

「……は? ケンカ売ってるのか、彼女とかいねえぞ」

「そっくり返すわその言葉。蛍塚だよ、ほ・た・る・づ・か!」

 

 強い語調で言う玄馬に、九条は眉根を寄せた。

 確かに彼の言うとおり、九条は蛍塚という名の同級生との交際経験がある。だが、

 

「いやだから、りょう……、蛍塚には高校の時振られてんだよ。みんな知ってるじゃねえか」

「知ってるよー? 知ってるけどほら、二階堂には『もしよりを戻してたら?』って思われてたっぽいからな。お前を呼んだら、蛍塚も呼ばねえとおかしくなるじゃん」

「意味わかんねえ……。りょ……、蛍塚と二階堂は仲良かったじゃんか。なんでそんなことまでして、結婚式に呼びたくないんだよ」

「うわぁ、九条お前マジか」

 

 本気で引いたような顔をする玄馬に、九条の方が少し焦った。

 

「え、なに?」

「二階堂は蛍塚のこと嫌ってたぞ? まあ蛍塚の方は仲良くしようとしてたみたいだけどな。そんなん見てりゃわかるだろうに」

「ええ……」

 

 全然、まったくわからない。九条の目から見て、当時の彼女たちは仲のよい友人同士にしか見えていなかった。

 何かにつけて一緒に行動して、よく九条や玄馬たちに話しかけてきてくれたというのに。

 

「それ、二階堂は日比乃にモーションかけてただけだから。俺らはたまたま近くにいただけのオマケよ」

「うわ……」

「っていうか、もうめんどくさいから全部言うけど、二階堂は日比乃が好きで、日比乃は蛍塚が好きで、蛍塚はお前が好きっていう少女マンガだったから!」

「えー」

「日比乃が俺らと一緒にいたのは蛍塚に構ってもらえる率が上がるからだし、二階堂が蛍塚と一緒にいたのは日比乃に構ってもらえる率が上がるからだから。そして二階堂は内心で『この女、さっさと九条くんと付き合ってしまえばいいのに』ってずっと思ってたから」

「やめろ、なんか居たたまれない!」

「居たたまれないのはこっちだったっつうの! 当事者でもないのに、なんで目の前でそんな茶番みせられにゃならんの!? 気ぃ遣って、気付かないふりすんのしんどかったんだけど!」

「ごめん伊勢三!」

 

 やはりそれなりにアルコールが回っていたのだろう。

 過去のことを話す玄馬も、その話を聞く九条も、普段以上に声を張り上げて回想してしまっている。

 

「大体な!」

 

 中身の半分ほど残っていた九条のジョッキを取り上げて一気にあおると、玄馬はジョッキをテーブルに叩きつけながら言った。

 

「蛍塚に憧れてたのは日比乃だけじゃなかったからなー。美人だったからなー。みんな好きだったからなー。俺も好きだったしなー」

「え、それ初耳なんだけど!?」

「言えるかぁ! お前、俺は蛍塚から『九条くんのこと好きなんだ』って相談受けてたんだぞ!? それなのにテメエ、すぐに蛍塚と別れやがって!」

「わかっ、別れた……、けども! アレは涼子(りょうこ)が俺を振ったんであって、俺がどうこうってわけじゃねえって言ったろ!?」

「うるせえ、原因がわからない時っていうのは、たいがい男の方が悪いもんなんだよ! あとさりげなく蛍塚を下の名前で呼ぶのをやめろぉ!」

「納得いかねえ!」

 

 玄馬の言う『男の方が悪い』という理論はなんとなくわかる。

 別れる原因になった側には、おそらく自覚がなく、それ故に相手はそのことを許せずに別れてしまうのだ。

 

 けれど、付き合いはじめて二ヶ月少々が経過した時に「なんか、違う」の一言で別れを切り出された身としては、やはり自分が悪かったなどとは納得できない。

 せめて悪い点の一つでも上げてくれれば納得も出来たかもしれないが、「ごめん、そうじゃないの」の一点張りでは、自分の何が悪かったのかもわからないのだ。

 

「はあ……。もうなんつうか、なんで別れちゃったのかねえ。あんなにお前のこと好き好きオーラ出してたのに」

「付き合ってみたら、思ってたより好きじゃなかったってだけじゃないのか。原因に思い当たる節がないしさ。まあ、それはそれで凹むんだけど」

「九条」

「なんだよ?」

「次、蛍塚がお前のこと好きじゃなかったなんて言ったら、ぶん殴ってやっからな」

「目が笑ってねえし、怖いわ!」

 

 九条がそう叫んだタイミングで、テーブルに肉巻きポテトが運ばれてくる。

 店員から皿を受け取るとともにウーロン茶を注文すると、九条は仕切り直しとばかりに息を吐いて、玄馬に視線を向けた。

 

「まあなんだ。この話題は止めとこう。蛍塚とのこと思い出して色々ツラくなる」

「あんな可愛い彼女と別れたんだから、そのくらいの苦痛は甘んじて受け取れ」

「理不尽すぎないかそれ」

「あー、俺も彼女ほしいなー」

 

 肉巻きポテトをパクつきながら玄馬が漏らした願望に、九条は首を傾げた。

 

「彼女いないのか? なんか意外だ。お前モテるだろうに」

 

 お世辞でもなんでもなくそう思う。

 オシャレでイケメンで社交的で明るくて、オマケに気前のいい金持ち。

 九条から見た伊勢三玄馬という人物像は、大ざっぱに言ってしまえばそういうものになる。これでモテない訳がない。

 

 とはいえ、九条の感覚が世間一般の感覚とズレている可能性だって否定しきれない。実際、オシャレとイケメンと社交的と明るいと気前がいい、は九条の主観によるところが大きすぎる情報だ。

 

 さて、ではどういう男がモテるのかと言えば、世間様ではモテる男というのは、『高学歴』『高身長』『高収入』と相場が決まっているらしい。

 で、客観的に見て、玄馬はその内の『高身長』と『高収入』に当てはまっている。

 いや、厳密に言えば『高収入』は少し違うのかも知れないが、今現在彼が自由にできる金は、庶民代表の九条とは文字通り桁がいくつか違うので、金持ちなのは間違いがない。

 

「伊勢三くらいになると、女の子は選り取りみどりなのかと思ってた」

 

 なので、九条が正直なところを話すと、玄馬は何故か微妙な顔をした。

 

「あのな、九条。モテることと、彼女ができるかどうかは関係ない」

「?」

 

 よくわからない。

 いい意味で女子に注目されているのなら、そこから彼女候補も見つけられるだろうし、相手が自分のこと好きなのがわかっているのなら、告白やらなにやらもスムーズに行えるのではないのか?

 

「九条はさ、蛍塚と相思相愛だったからわかんねえんだよ」

「言い方。むずがゆい上に居たたまれねえよ」

「だから、向こうが俺のこと好きでも、俺が向こうのことどうでもいいと思ってんだよ。どうでもいい連中となんて付き合えるか」

「あー……」

 

 どうでもいいという言い方は少しキツいが、いわんとしていることはわかった。

 しかし、それはそれとして、玄馬に恋人がいないのは妙だという感想は消えはしない。

 玄馬が所謂『いい物件』なのは揺るぎない事実であるからして、玄馬自身が好きな女子にアプローチをかければ、簡単に落とせそうな気がするのだ。玄馬が積極的に恋人を作る意志がないのならともかく、先ほどの『恋人欲しい』宣言を聞いている以上、今の状況は妙だと言わざるを得ない。

 

「好きな娘とか、気になってる娘いねえの?」

「……いても大抵彼氏持ちなんだよ。それか、相手されない」

「お前が? 女子に相手にされない?」

「どうでもいいと思われてんだろうなー」

「伊勢三をどうでもいいとか、どんだけ理想高い女だそれ」

「ばっか九条。むしろ俺の理想が高すぎて、彼女がみつかんねーんだっつうの」

「えー」

 

 まるで納得できない。

 俺が女子なら、伊勢三に口説かれた時点でコロンといってしまいそうなのにな。とぼんやり考える。

 そもそも玄馬が考える、高すぎる理想とはどんなだ。

 

「どんなって……、俺が価値を感じられる女子?」

「また曖昧な。美人だとか、金持ちだとかって話か? それか話が合うとか、家事が出来るとかって、そっち?」

「どっちかってえと後者かなあ。金はまあ、ありすぎて困ることねえとは思うけど、今の収入でも生きてくには十分すぎるしな」

「まあ金はそうか」

 

 聞く者が聞けば嫌みにしか聞こえない台詞だったが、九条は普通に流した。玄馬が金持ちなのは今にはじまったことでもない。

 

「俺はさ、自分で言うのもなんだけど金持ちだろ? そんでこれから先、普通に資産を増やしていくと思うんだよ」

「ああ、うん。それで?」

「うん。で、その俺に金目当てで近づいてくる女が出てくるのもまあ、わかるわけよ」

「うん」

「それはそれでいいんだ。なんのかんの言っても、資金力も俺の一部みたいなもんだし、それは割り切れるんだよ。

 でもなあ……、それで寄ってくるのが、今のところバカばっかだからさぁ」

「んー? なんかさらっと凄いこと言ったな。金目当てでも別にいいって。そいじゃ、お前の好みさえ満たせれば、お前じゃなくて金の方が好きな女とも付き合えるって?」

「あたりまえだろ。なに言ってんだ?」

 

 いや、そんなキョトンとした顔をされても。と九条は思った。

 自分のことを好きでいてくれるのって、彼女としては最低条件なのではないだろうか。それとも九条が子供すぎるだけで、世間一般では好きあってもない男女がカップルになれるのだろうか。

 

 そんな九条の内心には気付かず、玄馬は追加の注文を果たすと、話の続きを始めた。

 

「金目当てってのは、俺の価値を資金面に見てるってことじゃんか。例えば九条は、年下が好きだろ? それって年下ってものに価値を見てるってわけで、それを金に置き換えただけの話」

「おいこら、誰が年下好きだ。ぶっとばすぞ」

「で、俺の資金力ってのはこの先増え続ける。金目当ての女からしたら、俺の価値は上がり続けるってことなんだが……」

「聞けよ話」

「そういう女に限って、上がり続ける俺の価値に、見合うだけの自分の価値ってやつを提示できねえんだよなあ」

 

 はあ、なんて溜息をつきつつ、玄馬が冷め切った唐揚げをつまむ。

 九条はというと、そんなこと考えてたら彼女つくるの難しいよな、と微妙に納得しかけていた。

 

「お前の彼女になれる女子は、必然的にハイスペックにならざるを得ないな」

「金基準ならな。例えば顔が好きだとかって寄ってきてくれるんなら、もうちょっと査定のハードルも下がるよ。顔面なんてなんの拍子で台無しになるかわからんし、そもそも年取ったら崩れるしな」

「ふうん。じゃ、もうちょっと具体的に訊くけどさ。相手がお前をどう見てるかってのは置いといて、伊勢三が考える理想の女子像ってなんだよ?」

「? 最初から言ってるじゃんか。俺が、『あ、俺に釣り合うな。いや向こうの方が尊いな』って価値を見いだせる女」

「ぜんぜん具体的じゃない……」

「だから美人でもブスでも金持ちでも貧乏人でもノッポでもチビでもSでもMでも日本人でも外国人でも年上でも年下でも、どうだっていいんだって。ただ、俺がいいなって思えるところが一つあってくれれば、それでいいの」

「……蛍塚にはそれがあったって?」

 

 少しだけ間をあけて、九条はややためらいがちに訊いた。

 

 玄馬の好きの基準は、たぶん損得の感情に寄っているのだと思う。この女と付き合って、自分は得だったと感じられるか、という考え方をしているのだ、たぶん。

 そしてその損得の勘定は、きっと九条が思っているよりもシビアだ。

 だからこそ、高校時代『蛍塚が好きだった』と言った彼が、彼女にどんな価値を見いだしていたのか気になった。

 

「あったよ」

 

 たぶん九条は酔っぱらっている。それもかなりひどく。

 とっくに別れた女の子のいいところを、自分ではなく他人の口から聞いてみたいだないんて。

 

「俺なんて眼中にないくらいに、お前を好きなところが最高だと思ったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、二人ともべろんべろんであった。

 

 同級生の結婚話から玄馬の恋愛観の話になり、そこからどう派生したのか最近の政治事情やら芸能人のスキャンダルの話に移って、あれよあれよの内に気付けば三軒目の飲み屋に来ている。

 

「九条はさ」

「んー?」

 

 三回目になる乾杯をした後、とっくにキャパオーバーしている自覚を持ちながら酎ハイを流し込んでいると、玄馬が神妙な顔つきでそう切り出した。

 

「いま彼女とかいるのか?」

「いないよ」

「そっか」

 

 アルコールのせいでぼんやりする思考を回しながら、言葉少なに返答する。

 

「九条はさ」

「んー?」

「いま元気でやってっか?」

「げーんきだよー」

「そっか」

 

 二軒目では余裕の顔をしていた玄馬も、さすがに酔いが回ってきたらしい。最初に投げつけるような質問を今更投げつけてくる上、お互いに返事がおざなりだ。

 

「ねーちゃんがさぁ」

「うん」

「九条に会うなら、訊いといてって。いま思い出したわ」

「ふーん?」

 

 ねえちゃん。ねえちゃん。ねえちゃん……? とモヤがかかったような脳内で検索をかける。

 玄馬が「ねえちゃん」と呼ぶからには、自分たちよりも年上の女性のハズだ。九条と玄馬の共通の知人で、年上の女性? 誰かいただろうか。

 そもそも玄馬と違って、九条の交友範囲は狭い。知人だとか友人なんかはすぐに思い出せるような数しかいないハズなのだが。

 

「ねーちゃんの方はさ、いま佐賀だっけ? 熊本だっけ? いや長崎だっけか? まあなんか、九州の方に出張とかって出かけるらしくってなー」

「……うん?」

「久々に会わせてやろうかと連絡してやったのに、タイミングわりーなーとか」

「ひさびさ……? 会わせる? あ。杏樹さんのことか」

 

 九条との共通の知人前提な上、玄馬があまりにも親しげに話す様子から、九条はここでようやく誰のことか思い当たった。

 玄馬が話しているのは、彼の実姉・伊勢三(いせみ)杏樹(あんじゅ)のことであろう。

 

 最後に会ったのは、確か九条の大学入学の時だったろうか。入学祝いに、といくつか品物を受け取った記憶がある。

 玄馬とつるんでいた九条を、何かと気にかけてくれる、九条にとっても姉のような人物であった。

 

「えー、なんだよ。九条、ねーちゃんのこと忘れてたのかー? はっくじょー」

「忘れてねーよ。ただお前の呼び方が変わってるからしっくりこなかっただけ」

「?」

「普段は姉貴って呼んでたろ? それをねーちゃんって」

「なに言ってんのおまえ。あねきはねーちゃんだろぉ?」

「そうなんだけどさー」

 

 もう一度言うが、互いにべろんべろんである。

 べろんべろんではあるが、玄馬の言う『ねーちゃん』を『杏樹』に即変換できなかったのは、さすがに擁護のしようがない、と自分ですら思う。

 

「九条はさ」

「んー?」

「いま彼女いないんだろー?」

「そうねー」

「それはやっぱ年下が好きだからかー? 年上とか論外?」

「誰がロリコンだ。だから年上とか年下とか関係ないね」

「なるほどー? じゃあ年上でちょっと性格キツめのキャリアウーマンとかせーへき? あとロリコンは言ってないぞー」

「性癖ってほどじゃないけど、普通にありでは?」

「髪はロング派? ショート派? おっぱい大きい方が好き? それとも……って、九条は小さい方が好みだよなごめん」

「髪にこだわりはないし、胸も特に好みはないっていうか、誰がロリコンだコラ!」

「ロリコンは言ってないし、こう聞くと意外と九条ってば雑食」

 

 いがいー、と玄馬はケタケタ笑って、累計何杯目になるかわからないジョッキを干す。

 その様を横目で見ながら、九条も自分の分の酒を飲み干した。

 

「というか、これなんの話?」

「せっかくだし九条のせーへき探ろうって。上は何歳くらいまでいけるー?」

「いや、せっかくの意味わかんねえし」

「ねーちゃんくらいの差までならいけるか? いけない? 中学生以上はババア?」

「話聞け、ロリコンじゃねえし、あと杏樹さんくらいなら余裕でいけるわ。ってあれ? いくつ差?」

「よっつ」

「よっつかぁ。たったそんだけで随分大人に見えてたんだなあ」

 

 九条から見て、伊勢三杏樹という女性は随分大人に見えた。

 知的で、クールで、そのくせ世話焼きで。あと玄馬がそうなように、非常に顔が整っている。

 九条の中では、いわゆる高嶺の花みたいな立ち位置にいた人物である。

 

「そういや、杏樹さんは誰かと結婚したんか?」

 

 事前に同級生の結婚話と自分たちの恋愛話が出ていたせいか、自然とそんな言葉が滑り出していた。

 

「いんや、まだ独り身よぉ」

「ふぅん」

 

 意外という他ない。

 いや、彼女のスペックを鑑みればそうでもないのだろうか。そう簡単に釣り合いがとれそうな男がいるとは思えない。

 

「杏樹さんくらいになると、釣り合う野郎がいないのな」

 

 はー、と息を吐きながら正直な感想を告げる。

 するとだし巻き明太をつまんでいた玄馬が箸を止めて、盛大なため息を吐きながら肩を落とした。

 

「釣り合いとかじゃねえって。もっとこう、好みのタイプっていうか。片思い拗らせてるっつうか……」

「んん?」

「や、いいよ。お前がそういう奴だってのはよく知ってるし。

 それよか、自分より背が高い女はどう思う?」

「また話が飛んだなー」

「いいから、どうよ?」

「まあ、どの程度かにもよるかな。さすがに2メートル越えとかは無理じゃね?」

「2、いや5センチくらいなら?」

「なんだそれ? 別に気にならねーよ」

 

 ケタケタと笑いながらカツオのタタキをいただく。

 アルコールの回りもさることながら、そろそろお腹もいっぱいである。にもかかわらず、ちょこちょこツマミを注文してしまうのは、玄馬と飲んでいる状況のせいだろうか。

 つい学生時代のノリで追加注文を行ってしまうのだ。

 あの頃よりも随分キャパシティは下がったハズなので、本当にもういい加減にしておかないと後が怖い。

 

 一方の玄馬と言えば、ペースも落ち、顔も赤くなってきたものの、一向にジョッキを手放す気配がない。

 あいまあいまにウーロン茶やら水やらを挟んでいる九条ですら限度を遙かに越えているというのに、こいつの内蔵はどうなっているのだろうか。

 

 あるいは、自分の限界をまったく意識していない系のバカなのかもしれない。

 大学生の頃の玄馬は、適宜撤退を決めていたので、さすがに今更酒に飲まれるなんてことはないとは思いたいのだが。

 

「よっし、じゃあ朝まで飲むかー!」

「あ、こいつバカだ」

 

 そろそろジョッキ持つ手が震えだした九条は、目の前でアルコールを追加注文する友人を見て、そう思った。






※そろそろ忘年会シーズンですね!

あいかわらず戦闘してない&本当に聖杯戦争に関係あるのかわからない回。

年末進行でいろんなことが進む時期ですが、当SSも年末進行でお送りいたします。
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