Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
「バイバイ、お兄ちゃん!」
そう言って、まだ幼い少女が、ぶんぶんと腕がちぎれるんじゃないかと思うほどに激しく手を振る。
微笑ましい様子に笑みを浮かべて、九条は手を振り返した。
「うん。バイバイ」
空いた手を母親に引かれて去っていくその姿を、見えなくなるまで見送って、九条はそっと息を吐いた。
「良かった……」
「だな。お前が迷子見つけたときにゃどうなることかと思ったけど、ちゃんと母親が出てきてくれて助かったよ」
そう言って同意した玄馬に苦笑を返す。
「助かったって……、普通、母親なら名乗り出るだろ」
「いやぁ、そう簡単にいかないことってのも世の中にはあるもんよ?」
「母親が迷子の娘をほったらかしにする理由なんてあるか?」
本気で首を傾げると、なにやら微笑ましいものを見るかのような、生温かい視線を受け取った。九条はあくまで常識を語っているだけなので、この反応は妙に納得がいかない。
「ま、九条が子供に甘いのは昔からだしな」
「それはまあ、自覚してるけどさ。今のとそれとは関係なくないか?」
「無条件に『子供が優しくされて当たり前』とか思ってるあたりがもうね」
「は? そんなん当たり前じゃ……」
「そういうとこ九条は九条だわ。ぶれねーな、さすがロリコン」
「おいこら、ロリコンどっから出てきた。ぶっとばすぞ」
「うわー、こわーい!」
なんて、そんなやり取りをしたのが一時間ほど前。
百貨店の迷子センター前でひとしきりじゃれ合ってから、各々買い物を済ませてしまおうと別れた。今現在の九条は玄馬と別れ、一人で百貨店の洋服コーナーを漁っている。
「お、これとか良さそうだな」
数あるメンズ商品の中から一点、落ち着いた雰囲気のシャツを手にとって言うと、途端に九条の脳内に低い男性の声が響いた。
『たしかにそうだが。それはサイズが合うまい』
「あー、セイバーデカいもんなぁ」
今も自分の傍らに控える従者の姿を思い描く。今は霊体化して姿は見えないが、実体化した彼は身の丈2メートルを越えるムキムキマッチョである。
うん。どう考えても、このシャツ入らねえな。どっかの世紀末救世主並みにシャツが弾け飛ぶわ。
シャツを戻すと、九条は次の商品を物色し始めた。
『というか、なぜ貴殿のものではなく私の洋服を?』
「まあ折角だし。どうせ伊勢三の金だしな。お! これは……、あーダメか、小さいな」
続いて手に取った商品も、おそらくセイバーには小さすぎるだろう。
身長と筋肉があればシンプルなシャツでも劇的に格好良く見える、というのが九条の持論なのだが、ありすぎても着れる服がなくなってしまうようだ。
『……数日過ごした程度の私が言えたものではないのかもしれないが』
「なんだよ? ……と、これはダサいか」
『意外だな。友人関係はそれぞれだと思うが、貴殿の彼に対するそれは、随分と遠慮がなさすぎるような気がする』
「んー? アイツ相手だと、俺がズケズケ物を言うって?」
『それもある。が、私が気になったのはそこではなく、見ようによっては貴殿が彼に寄生しているような態度を取っているということだ』
「ああ、そういうやつか」
『私にすら遠慮する貴殿だ。たとえ気心の知れた友人だろうとも、一方的な施しは嫌いそうだと思ったのだが』
それは、確かにそうだ。他はどうだか知らないが、少なくとも九条は、友人関係とは対等でなければならないと思っている。
人によって対等の度合いなども違ってこようが、少なくとも九条と玄馬のこれは、九条の考える対等とは違うものだ。
けれど、
「伊勢三からの施しは、黙って受け取っとかないと、アイツが嫌がるんだよ」
『む?』
「セイバーは、昨日の俺たちの話覚えてるか?」
『すべてではないが、ある程度は』
「そんときに伊勢三の恋愛観って話題でたろ? そういう価値観」
『自分と釣り合う、だったか?』
「そっちじゃなくて……、いやそうなんのかな? とにかく損得勘定中心の生き方みたいな?」
『ますますわからないのだが。それだと、今の貴殿は真っ先に切り捨てられないか? 貴殿に施しを与えるだけでは、彼は一文の得もないだろう』
「お前、結構辛辣だな。まあ、俺と付き合って得することはないだろうけど」
セイバーのド正論に九条は思わず吹き出した。
確かに損得勘定だけで言うのなら、九条は玄馬に真っ先に切り捨てられる存在だ。
「もうわかると思うんだけど、アイツさ、金持ちなんだ。それもとんでもなく」
『ああ』
「そんでまあ、小さい頃から金目当てで近づいてくる奴らが多かった……、っていうか、そういう奴らしかいなかったっぽいんだよな。そのせいで人間関係なんてのは損得勘定前提だ、って刷り込まれちまったみたいでさ」
結構中々、ハードな子供時代だったのではないか、と九条は思う。
「損得関係なしに親しくなろうとする人間との距離感っていうの? そういうのがわかんないらしい。どうも、自分が何もしてないのに、相手が親切にしてくれたりっていうのが気持ち悪いんだと」
ちょっぴり寂しいよな、と九条は笑った。
例えば、友達付き合いなんてものに損得勘定を持ち込んだ記憶なんて、九条の中には一件しかない。
そしてその一件とは玄馬との付き合いであり、先に損得勘定を持ち込んだのは玄馬だ。九条は玄馬がそれを望むから、仕方なく今の付き合い方をしているだけである。
「俺と伊勢三は幼なじみってヤツでさ、割とガキの頃から一緒だったんだけど。なんかそういう事情で、俺がなんの要求もなく友達面してくるのがちょっと怖かったらしい」
『ふむ? では、それで貴殿は彼から施しを受けていると?』
「まあ、平たく言えばそんな感じ。なんもなくても俺は伊勢三と友達だと思ってるし、幸い向こうも俺と友達でいたいって思っててくれるみたいなんだけど、それじゃあ伊勢三自身が納得できないっぽい。
で、まあ俺が仲良くしようとしたせいでアイツがモヤモヤすんのも本意じゃないから仕方なく、な」
最初は駄菓子。次は読み終わったマンガ雑誌。で、おさがりのゲームソフトあたりにグレードアップしてから、『ん? これはもしや伊勢三リサイクルシステムではない?』と疑問に思い始めてすぐ、新品の自転車が飛び出してきて思わず彼を問いつめたものだ。
その時にまあ、それなりに長い時間をかけてお互い話し合って、なんとか妥協点を見いだした。高すぎるものは受け取れないし、そんなことしたら友達やめるぞ、とやや脅し気味に言いながら『これはなんかおかしくないか?』と自分自身にツッコミを入れたりもした。我がことながら奇妙な友達付き合いである。
「つっても、昨日の夕飯はありがたく頂いたけどな。どの口でそんなこと言ってんだ、って思われるかも知れねえけど食欲には勝てなかったぜ」
あと、他人の金で飲む酒は美味い。どのくらい美味いかと言えば、友人から施しを受ける後ろめたさを軽く吹っ飛ばすくらいだ。
『そういえば、昨夜の貴殿は随分と美味そうに料理と酒を口にしていたな』
「実際、美味かったからな。……あ、もしかしてセイバーも食いたかったか?」
『うん? それはもちろん! と胸を張って言えるが。だが、そうだな……、貴殿が美味いと感じたのは『人の金で飲む酒』だったからだけではなく、『友人と飲む酒』だったからなのでは? と、そう思ったのだ』
「ああ、成る程」
それはまあ、セイバーの感じた通りだろう。
先日、セイバーと食事を共にした時ですら、いつもよりメシも酒も美味く感じた九条だ。この上、数年ぶりに会う、気の置けない友人との食事が楽しいと感じない訳がない。翻って、玄馬との食事はとても美味かったということだ。
「伊勢三は今言った損得勘定みたいなめんどくさいところはあるけど、普通に良いヤツだからな。そりゃ楽しいし、メシも美味く感じるよ」
『そうか。そういう風に感じられる相手は、出会おうと思っても中々出会えるものではあるまい。貴殿は数年ぶりに会ったと言っていたが、彼のことはこの先も大事にしていくべきだ』
「おい、急にどうした? お前は俺のオカンかなにかか?」
思わず吹き出すと、念話を通じてセイバーも笑っていることに気が付いた。
『すまない。先に生きた者として、つい世話を焼きたくなってしまうようだ』
「そりゃ、お前から見たら俺なんか子供みたいなもんだろうけどさ……」
『そうむくれてくれるな。貴殿には以前も話したが、私が聖杯にかける願いも友人にまつわるものだから、それも含めて人間関係には少し過敏なのだ』
大きな世話だとは思うが。と彼は笑った。
セイバーの願い。
確か、喪った家族と友人たちとの時間を取り戻す、だったハズだ。それはつまり、彼が家族や友人を大切に思っていて、そして喪ってしまったことを深く後悔しているということだ。
それを思えば、成る程。友人との良好な関係を維持しろ、という忠告もわからなくはない。彼は九条に、同じような後悔を抱えてほしくはないのだろう。
例え九条が既に家族を亡くしていて、その痛みから聖杯戦争に参加したことを知っていたのだとしても。いや、だからこそこれ以上の痛みを増やさない為に。
九条は自身の口角が上がっていることを自覚した。
戦士。武人といった雰囲気が強いクセに、基本的にこのサーヴァントは保護者気質だ。生前は優れた戦士であったと同時に、さぞや面倒見のよい男であったのだろう。
「まあ、忠告はありがたく受け取っとく。仲良くやるよ。俺がアイツに切り捨てられなきゃの話だけどな」
『それはそうだな。だが、昨日や今日の様子を見るにその心配は必要なさそうだ』
冗談めかして言うと、セイバーもまた軽い調子でそう答えた。
『それに、貴殿がそうであるように、彼もまた貴殿のことをよく理解しているようだ。それほど理解が深いのなら、そう簡単に離縁することもあるまい』
「お、おう?」
『ほら、彼が言っていたろう? 貴殿はロリコンだと』
「おいこら」
セイバーまで何を言い出すのか。
まさか玄馬の言うことを真に受けたとでもいうのだろうか。だとしたら大問題だ。玄馬は一発殴らねばならないし、セイバーには令呪の一画でも使っておく必要がある。
「唐突なロリコン扱いは納得できねえ。っていうか、お前ロリコンの意味わかって言ってるか?」
『童女趣味ということだろう? ……ははっ、そう睨むな。冗談だ』
だが、とセイバーは続けて、
『貴殿が子供に甘い、というのは事実ではあるだろう?』
「それはまあ」
『ここに来るまでにな、それなりの少年少女とすれ違ったが、そのいずれを見る目も貴殿は随分と優しかった。先ほどの迷子の少女の件もあったしな』
「うーん……、子供に優しくするのは当たり前じゃないのか?」
『その通りだとも。が、貴殿のそれは少々度が過ぎているように思うのだ。私の考えすぎかとも思ったが、彼が貴殿の性質に言及したので確信した』
確信? 九条は首を捻った。
『貴殿は周囲の子供を、まるで自分の身内かのように扱うのだ』
「うん?」
そうだろうか?
確かに子供に甘い自覚はあるのだが、セイバーが言うように子供たちを扱っているかどうかは疑問だ。そもそもセイバーの前で明確に子供に触れあったのなんて、さっきの迷子の女の子だけだろう。それだけで九条がそういう質だと断定されるというのはどうなのだろう。
うーん、と九条が微妙な顔をしているのを察してか、セイバーがさらに言葉を続けた。
『多くの場合、子供は庇護対象だ。なるべくなら優しくしたい、というのが人情……、多数派ではあるだろう。
だが、貴殿のその目はなんというか、『なるべく』ではなく『必ず』優しくしなければならない、と思っているような人間の目に見える』
「……えっと、そんな風に見えてるのか俺」
さすがに困惑する。
確かに九条がそういう人種であるのなら、『子供を自分の身内のように扱う』というセイバーの印象通りの人間だろう。というか、なんならそれは、子供を身内以上に扱っている節まである。
そして九条が何より困惑したのは、そのセイバーの言葉を全く否定できなかったことだ。
今まで自覚はしてこなかったが、確かに九条は『子供は必ず優しくされるべき』と思っている。そしてそれが叶わないのなら、自分くらいは『必ず優しくしなければ』とも。
「まいったな。全然否定できないぞ」
故に九条は渇いた笑みを浮かべることしか出来なかった。
成る程。つまり伊勢三は、九条のそういう部分を指して『ロリコン』と揶揄していたのか、と妙な納得までしてしまったくらいだ。
『他人に押しつけたり、誰かに迷惑をかけるほど暴走しなければ、貴殿のこれは美点だろう。追及しておいてなんだが、気に病むような性質ではあるまい』
「そ、そうだよな。うん、美点美点」
『それにしても、何故貴殿がそういう価値観に至ったのかは気になるところだが』
「え、何故って……」
はて、それは何故だろう?
特に意識したことはないので、生まれつきじゃないかなあ、と思う九条であった。
「ねむ……」
「まだ昼間でしょう」
ボヤく従者にレオンの鋭いツッコミが入る。
ホテルにほど近い牛丼屋で朝食を終えた二人は、ホテルへと戻って各々の作業を行っていた。
レオンは主に偵察用の使い魔の作成・調整を。
先ほどまでコンビニで購入した雑誌をペラペラとしていたライダーは、現在はこれまたコンビニで購入した総菜パンを咀嚼している。
戦闘は夜。そして昼間の諜報活動は主に使い魔に行わせるとはいえ、相変わらずなライダーの態度に、レオンはこの日何度目かになる溜め息を吐いた。
「ライダー」
「おう、どうした?」
「無闇に出歩くな、と言ったのはこちらですが、やることがないならないなりに、霊体化するとかあるでしょう。実体のまま、いつまでダラダラやっているつもりです」
「今朝もしたぞ、この問答。いいじゃん、別にアンタの負担にはなっちゃいねえだろ」
「いえ、確実に負担になっていますが?」
サーヴァントを実体化させるにはマスターの魔力が必要だ。霊体化している時に比べれば、こうしてダラダラしているだけでも、レオンの魔力は持って行かれている。
もっともそれは、無視できる程度の魔力消費でもある。戦闘時であったり、レオンの自身の魔力が残り少ないのならともかく、平時にダラダラさせるくらいなら、魔力消費などあってないようなもの。
自分のサーヴァントが何をするでもなくダラダラしている。
レオンにとって、単純にそれが気に入らないというだけの話である。朝方見た夢に感じた畏怖など、この半日ちょっとで吹き飛んでしまった。主にずっとダラダラしようとするライダーのせいで。
「ケチケチすんなよ。アレか、昼飯も食わずに工作なんかやってるからイライラすんだな。腹が減ってはなんとやらだぜ?」
ほれ、食うか? などと、お気楽にライダーが総菜パンを差し出してくる。
レオン的には断りたかったのだが、生憎と空腹を覚えていたのは確かだ。見れば現在時刻は午後二時を回っていて、ライダーの態度に呆れ返りながらも、それなりに作業に没頭していたことを知った。
「……これは?」
「ハムマヨロール。こっちはソーセージサンドで、こいつがヤキソバパン」
「………………ソーセージを」
なんだか色んなことを飲み込んでソーセージサンドを受け取ると、ライダーがニヤリと笑って立ち上がった。
「おう。ついでに何か飲むか? 冷蔵庫に買い置きしといたからよ」
「…………」
今更ながら何をしているのか、このサーヴァントは。
そもそも買い置きしなくてもルームサービスで飲料は手に入るし、飲み物を買い置きさせるためにサーヴァントに自由行動を許していた訳でもない。
軽く頭を抱えかかったレオンに、やはりお気楽なライダーの声がかかる。
「コーヒーと紅茶、抹茶ミルクにコーラ。サイダー、ビール、梅酒、ウイスキー……どれがいい? オススメは無難にコーヒーだな。こっちの青い缶より、この金の缶のが美味いと思うぜ」
「ではそれで」
その充実したラインナップはなんなのだろう。
飲み物の種類も豊富だが、各カテゴリーにつき最低三種類のメーカーのものが用意されている徹底ぶりだ。
もしやこのサーヴァント、古代人の分際でレオンより現代日本の食に精通していないだろうか。
ライダーから缶コーヒーを受け取ってプルタブを起こす。
同じタイミングで自分の缶を開けているライダーと目が合った。
「あん? ああ、コイツはコーヒー風味のコーラらしいぜ? ……と、うわマジでコーヒーみたいな匂いしやがるな」
いや、別に興味ない。
はー、ともう一度溜め息を吐いて缶を煽る。
口いっぱいに広がるコーヒーの苦みと酸味。缶コーヒーというからには安物だろうに、不思議とマズいとは思えなかった。むしろスッキリとした飲み口は好ましい部類にすら入る。
「……ううん、ダメかと思ったが、意外とクセになるな。妙な感じだぜ」
「……」
「お、どした? 難しい顔して」
「いえ。私も貴方と同じ意見だ、というだけです」
「?」
首を傾げたライダーを無視して、パンとコーヒーを平らげる。
さて作業を再開しようか、というところで、ライダーがレオンの目の前に置かれていた使い魔をつまみ上げた。
「なにをするのです、ライダー」
「怖い顔すんな。別に壊しゃしねえよ。ただ、こんな
「神代の英雄が何を。使い魔など見慣れているでしょうに。あと、それは『みたい』ではなく、正真正銘木偶です」
言ってライダーの手から木偶を取り返すと、レオンはナイフで木偶に
紋様を刻み始めた。
「俺は魔術師ってぇより戦士だからな。そういうのはあんまり目にしたことねえんだ。しっかし、ほーお。そんなんでそいつが動くのか」
「刻んだ命令通りの動きを」
ナイフを動かす手は止めぬままレオンが魔力を込めると、テーブルの隅に転がっていた別の木偶がいくつか立ち上がった。
「おおー」
そのまま隊列を組んで、木偶たちがテーブルの上を行進し始める。単調ではあっても一糸乱れぬその行進に、ライダーが関心したような声を上げる。
「細かな制御をするには、適時私の操作が必要になりますが。冬木を歩き回って、映像を記録して、拠点まで帰ってくる。この程度の命令ならば、事前に刻んだ命令だけで事足りるでしょう」
「へーえ。小せえし、動くと結構可愛いなこいつら」
「話を聞いていますか?」
別にいま、使い魔の可愛さなどは話題にしていなかっただろう。木偶の身長が七センチほどなので、確かに小さくはあるだろうが。
「冬木の街には既に10体ほど木偶を放しています。今日の夜までに、できればもう20体ほど解き放ちたい」
「んー? ここで行進してんのが、ひい、ふう、みい、……7体か。あと13? 昨日の夜からやってこれだろ? さすがにその数は無理じゃねえか?」
「できれば、と言いました。たとえ20に届かなくても、使い魔が一体でも増えれば情報収集のレベルも上がります」
「そりゃそうだが。ま、あんまり根を詰めすぎんなよ。偵察も大事だが、肝心なのは実際の戦闘だからな」
とりゃ、とライダーが先頭を行く木偶を指で弾いた。弾かれた木偶に巻き込まれるようにして、行進していた木偶たちがドミノ倒しのように次々と机の上に倒れ込んでいく。
「……ライダー」
「悪い悪い、ついな」
言葉とは裏腹に、ライダーはまったく悪びれた様子もなく笑っている。
はあ、とまた深い溜め息を吐いてレオンは作業を再開した。
「精が出るな」
声をかけられたのは、そんな時だ。
慌てて振り返ると、声の主を確認してレオンは居住まいを正した。
「師父、おはようございます」
「ああ。……もっとも、おはようと言うには、もう日が高くなりすぎているが」
自嘲気味に言ったのは、レオンの師・エヌマエルである。
そんなエヌマエルを鼻で笑って、ライダーが口を開いた。
「まったくだぜ。それに比べてアンタの弟子ときたら、俺がいつ起こされたと思う? 5時前だぜ、5時前! 朝飯食おうにも、24時間のチェーン店しか開いてなかったぜ。まあ、三種のチーズのせ牛丼は美味かったけどよ」
「ライダー!」
「んだよ、事実だろ。アンタが早起きし過ぎたのも、エヌマエルが自堕落な生活してんのもよ」
それについては同意だが、もう少しオブラートに包むということをできないのか。
そもそもの話、聖杯戦争は基本的に夜が主戦場だ。日中を休息に充てるのは間違いではないし、大体にして昼間は好き勝手遊び歩いているサーヴァントが言えたことではない。
(ライダーは、師父に対して当たりが強くないだろうか……?)
ふと、そんなことを思った。
ライダーが脱落しない限り、ライダーとエヌマエルの付き合いは続いていく。
それを思うと、後でライダーに言っておいた方がいいかもしれない。いざ再契約してみたものの、ライダーが反発して話にならない、など笑い話にもならない。
「レオン」
「っ、はい」
エヌマエルの声に、思考に沈みかけたレオンの意識が浮上する。
彼はライダーの言葉などまるで気にしていないような素振りで告げた。
「今夜も街に出る。場合によってはライダーも借りるが構わないかね」
「もちろんです」
うむ、とレオンの返答に頷きを返して、エヌマエルはそのまま部屋を出ていった。
再び二人きりになった室内に、ライダーの盛大な溜め息が木霊する。
「平然と、自分のサーヴァントを貸すとか言うなっての。それも本人の前でよ」
「今更でしょう。貴方には、私よりも師父を優先しろと何度も伝えていますし」
「耳タコだし、マスターからの命令ならあんま反発する気もねーんだけどさ……」
やる気がなあ、とコーラ片手にガリガリと後頭部をかく。
「なあ、アンタ。もっぺん聞いとくけど、なんか聖杯への願いとかねーの?」
「それも何度目ですか。師父を勝たせることが目的で、それ以上は望んでいませんよ」
「うーん、これだもんよぉ」
はーあ、と大げさに頭を抱えるジェスチャー。
このサーヴァントとのやり取りも随分パターン化されてきた。
日中に遊び歩くライダーにレオンが苦言を呈し、自分よりもエヌマエルを優先しろと命令を与え、それはそれとして聖杯にかける願いは、と問われる。都度、レオンに返せる答えは決まって『師父を勝たせる』しかないのだけど。
「せっかくマスターになったんだからよ、もうちょい欲深くなってもいいんじゃね?」
「師父と敵対するつもりは全くないので、考えるだけ無駄ですね」
「夢がない……、いや野心がねえなあ。……ん? じゃあアレだ。あのオヤジがアンタより先にくたばったらどうなんだ?」
「は?」
全く想定していなかった問いに、レオンの思考が凍る。
エヌマエルが死ぬ? それもレオンよりも先に?
「それもありえない仮定でしょう。私より師父が先に、などと」
「そうか? あのオヤジ進んで出歩くし、可能性は大ありだと思うがねえ」
「そうならないようにするのが貴方の役目でしょう」
「お? まあそうか? ……いやでも、アイツ別に俺のマスターじゃないしな」
「……ライダー?」
「わかってる、わかってる。せいぜい最善を尽くすよ、それは約束するって!」
知らず不穏な声音になるこちらに、ライダーは取って付けたようなフォローをする。
この辺りはいつものやり取りではあるのだが、直前の『エヌマエルが死んだら』という仮定のせいで、レオンの内心は穏やかではない。
「ライダー。何度も言いますが、くれぐれも師父を」
「だから最善は尽くすって! 口にした約束くらいは守るよ。……それよりも、だ。可能性はゼロじゃあねえんだから、アイツが死んだ時の身の振り方くらいは考えといて損ないと思うぜ?」
「……考えたくありません」
ライダーの言うことは正論ではあると思うのだが、如何せんその状況を想定したくない。
そして仮に────あり得てはならない事態だが────そうなってしまったとしたら、レオンの聖杯戦争はそこで終わりだ。エヌマエルを勝たせる以上の望みなんて、レオンにはないのだから。
「まあ忠告はしたぜ。せいぜい思い悩めよ青少年」
「……もしかして、私の反応を見て楽しんでいますか?」
「まさか! まじめな忠告のつもりよ。見てておもしろいのは否定しねえけどな」
話は終わり、とばかりにライダーが立ち上がった。
出入り口の方に向かうのを見るに、どうやらまた街に繰り出すつもりらしい。それもおそらく、偵察などの目的ではなく遊び歩くために。
「もし」
レオンの声に、ドアノブに触れたライダーの動きが止まる。
「あ?」
「もし師父の願いが、貴方の願いと対立するとしたら、貴方は師父を殺しますか?」
「なんでえ、藪から某に。今の話の流れで、どうしてその質問が出るんだよ」
振り返ったライダーの顔は笑っていたが、レオンにとっては笑い事ではない。
エヌマエルを殺してメリットがある者。
結界やキャスターの目をかいくぐれる者。
そして自分より先にエヌマエルが死ぬ、という状況。
そういうことを考えた場合、エヌマエルを最も簡単に殺せる者、且つ殺す理由のあるのは、目の前のこの男である。
「それが理由になることはねーと思うから、心配しなくてもいいんじゃね?」
レオンの心底からの心配を、ライダーは軽い調子でそう断ずる。
あまりにも軽い調子なので、誤魔化されている感がヒドい。というか、完全に誤魔化されていると思う。
さすがに納得が出来ずにライダーを睨むと、ライダーは軽薄な笑みをようやく引っ込めた。
「じゃあアンタが不安になるとわかった上で言うが。俺はあのオヤジが嫌いだし、一応でも競争相手なんでさっさと消えて欲しくはある。けど、今は殺す理由が薄いんで、殺さねえだけ」
ライダーは真顔で、本当に不安になるようなことを平然と言ってのける。
「理由があれば殺すと?」
「んー、どうだろな。今はアンタの命令があるし、殺るにしてもアンタとアイツだけ残った場合だろ」
「その場合は令呪がありますので」
「真顔でそういうこと言うんだもんなー」
「……では私が死んでいて、貴方が師父と再契約していた場合はどうです?」
溜め息を吐くライダーに重ねて質問を投げつける。
ライダーは理由が薄いから殺さないと言った。そして殺す理由が出来たとしても、レオンさえ残っていればライダーを止められることはわかっている。
では、レオンがいなくなった後は? ライダーがはっきりと『嫌いだ』と言ったエヌマエルを殺さないと言い切れるだろうか。
「あー、それは大丈夫。アイツ殺す理由って、聖杯戦争勝ち抜けのためくらいだし。よっぽどムカつかねえ限り、アンタがいない状態でアイツ殺すことはねえんじゃねえの?」
「とても不安が残るお言葉をありがとうございます」
「よせ、褒めんなって」
「耳が腐っているのですか?」
げんなりと言うが、ライダーはカラカラと笑うのみだ。
「要するに、貴方が師父を殺す理由は絶対に消えはしないけれど、現状その可能性は限りなくゼロに近い、と」
「おう。納得したなら、俺はこれで」
「いえ、待ちなさいライダー」
「んだよ、まだなんか心配事か?」
その通りだ。
そもそもこの男、
「貴方はまだ、私のした最初の質問に答えていないでしょう?」
「んあ? ああー、願いどうこうってやつか。それはその場で答えたろ? あのオヤジ殺すのに、願いが理由になることはねーって」
「その口振りでは、貴方は師父の願いを知っているのですね?」
「いんや?」
眉根を寄せる。
エヌマエルの望みを知らずに、なぜ自分の願いとぶつからないと断言できるのだろうか。
サーヴァントが聖杯にかける願いと、マスターの願い。
それらは聖杯戦争を戦う上で最初に確認しなければならないことであり、聖杯戦争中もずっと主従に付きまとう問題だ。願いを叶える為に聖杯戦争に参加する以上、ここだけはおろそかにしてはいけない部分のハズ。
なんせ、お互いの願いが相容れないものだった場合、そのまま仲間割れで脱落なんてことも考えられるのだ。
それを、どうでもいいとばかりに、目の前のサーヴァントは『願いを知らなくても大丈夫』などと言ってのける。
「なぜ、そんな風に断言できるのです? そもそも、貴方の望みとはなんですか?」
「うっわマジか。まさかここでくるかね、その質問。できればエヌマエルの為じゃなくて、自分の保身の為にして欲しかったなあ!」
「質問に答えなさい!」
ライダーが肩をすくめる。
一方で、レオンはずっと真剣だ。最終的にエヌマエルを勝たせると決めていた以上、自分の願いもライダーの願いもどうでもいいことだったが、ライダーが願いの為にエヌマエルを手に掛ける可能性に思い至ってしまった今、そうも言っていられない。
最悪、令呪を切ってでも口を割らせる。そうでもしなければ、身内に爆弾がいるかもしれないという状況に、レオンは耐えられそうもなかった。
そんなレオンの心中を察した訳ではなかろうが、ライダーは至ってまじめくさって言う。
「俺に願いはねえよ。だから、アンタやあのオヤジと願いが対立することだけは絶対にない」
「なっ……、は……?」
まったく思いも寄らない言葉にレオンは絶句した。
願いがない? 願いもなしに聖杯戦争に呼ばれるサーヴァントなどいるのか?
思わずそんな疑問が脳裏を過ぎる。
だが、真剣な顔つきのライダーからはこちらを謀ろうとする意志は感じられない。
「もっと正確には、召喚されて願いがなくなった。座にいた頃にはちゃんと願いがあったんだが……」
「……それは、記憶に混濁がみられるとかそういう?」
「いや、そうじゃねえよ。ただ、そう。この時代に喚ばれた時点で、
「……え?」
立て続けに浴びせられる、頭を殴られたような衝撃を伴う言葉。
願いが叶っていた。
それは一体どういうことだろう。
この冬木に来てからライダーがやったことなんて、僅かばかりの戦闘と街の観光程度だ。まさかその程度が聖杯にかける英雄の悲願とも思えない。
そも、『喚ばれた時点』と言っている以上、なにかするまでもなく願いは叶っていたと受け取るべきで。だからこそレオンには、この英雄の願いがなんであったのかさっぱりわからない。
難しい顔になっていたであろうレオンに対し、ライダーはウインクを一つ寄越すと、
「だって、今の世界に神なんていねえだろう?」
その言葉だけを残して、ライダーはとうとう部屋から出ていった。
「新都に出るわ」
夕闇に染まる遠坂邸。学友から伝え聞いた話を元に、遠坂雅はそう宣言した。
傍らで弓の調子を確かめていたアーチャーが振り返る。
「マスター。では」
「ええ。新都の連続殺人事件と連続失踪事件、どっちも聖杯戦争と無関係とは思えない。まず間違いなくマスターかサーヴァントが絡んでるハズ」
する、と自身の腹部を撫でた。
先日受けた傷は癒えた。血も魔力も回復した。先生の見送りも済ませた。アーチャーも既に戦闘出来る状態だ。
冬木に着実に訪れる不穏な気配を前に、これ以上拠点でじっとしている選択肢なんて雅にはない。
「
ぐ、と魔力のこもった宝石を握り込む。
「さあ、出陣よアーチャー。敵対する相手は全員倒す。こんなバカげた儀式は早々に幕を引いて、黒幕をとっちめてやらなきゃ!」
「心得ました、我がマスター。貴女に勝利を」
────聖杯戦争四日目。転換の夜が始まる。
※FGO第二部配信された昨今、いかがお過ごしでしょうか。
改めまして、こちらのSSと公式で鯖がかぶっても、『別側面』とかこちらのSSは『異聞体やで』くらいで流してもらえると……!!
セイバー:かぶった!
アーチャー:かぶった!
ライダー:あの魔獣もはや雑魚扱いなのワロタ
アサシン:かぶった!
バーサーカー:今度、スイッチでも我が王出るでヨロシク! それはそれとしてオレの立ち絵イケメンやろ?
キャスター:そろそろ公式で掘り下げくるやろこれ
ランサー:かぶった!!←!?
正直お前はぜったいかぶらないと思ってた……
あとこのSSのライダー陣営は、お互いに『しょうがねえなコイツは』と思っていそう。
以下、FGO二部一章のネタバレ含む話
テオドール(以下テ):……むぅ
ランサー:どうした神父。いつにも増してしかめ面で
テ:お前、神霊だったか?
槍:は?
テ:神霊との交わりはあったが、神霊ではなかったハズだ。あとお前が神聖視していたのは、お前自身ではなくお前の槍だったような?
槍:訳の分からんことをグダグダと
テ:あとあの格好で、男と通すのは無理だろう? ポセイドン仕事してなさ過ぎでは?
槍:なんの話かは知らんが、あの神への侮辱は許すが、俺様への侮辱は許さんぞ?
テ:いつも通りすぎて、ちょっと安心した
ちなみに当SSのランサーですが、『男性であり女性である』『女性であり男性である』とかいうややこしい設定なのです。
FGO的なスキルとか宝具の話で解説添えると
ジャックの宝具→特攻が乗らない
エリザのスキル→二重バフがかかる
ファントム、ディルム、エウエウの魅了→効果なし
エウエウ宝具→特攻乗らない
黒ひーのスキル→回復増える
温泉クエスト→両方イケルに決まっておろう?
などなど、性別依存のスキル、宝具の恩恵だけ受けてデメリットは受けないとかいう設定なのですが、公式で実装されたらどうなるんでしょうかね?