Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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その日 1

 その日の夕方は珍しく気分が高揚していた。

 朝起きて、バイトに行って、帰って飯食って寝る。毎日それの繰り返し。同じことを繰り返すだけのルーチンワークでは、感動なんて中々得られない。

 だけどその日の夕方はいつもと少し違った。

 工事現場から通りに出て行く工事車両の前に、小さな男の子が飛び出してきたのだ。

 危ないと思ったのと、間に合わないと思ったのは同時。慌てて止めようと動き出したけれど、運転手が気付くその時には男の子はタイヤの下敷きだろう。

 1秒未満でその様を想像してしまって、ヒク、と喉が干上がる。

 そんな光景は見たくない。あんな小さな子が、そんな目に遭っていいハズがない。

 

 結果的に、男の子は無傷だった。

 きっと誰もが『轢かれる』と諦めていた中、一人の女子高生が男の子を救ったのだ。

 

 その救出の早技というか、一部始終は男の子に気を取られていた九条(くじょう)には見えなかったけれど、救い出す瞬間の彼女の挙動はとても──とてつもなく速くて、場違いにも『運動神経抜群だな』なんて思ってしまったほどだ。

 その運動神経抜群の女子高生は、周囲からの喝采に苦笑して、ついでに自分が救い出した少年にも笑いかけて、その上で少年にしっかり注意して、とまるで絵に描いたようなヒーロー……もといヒロインっぷりであった。

 

 そのヒロインが放り出したのであろう。歩道の真ん中に投げ出された鞄を見つけた九条は、それを拾うと、救出劇を見ていた人々に囲まれてしまった彼女に近づいた。

 

「これ、君のか?」

 

 年下の女子。それも一躍ヒーローとなった人間への気後れから、思わずぶっきらぼうな言い方になってしまった。

 まずったな。そう思う九条に対し、女子高生の方は特に気を悪くした様子もない。

 

「あ。わざわざありがとうございます」

 

 それどころか鞄を受け取った際に、華のような笑顔で感謝の言葉まで述べてくる始末である。

 ちょっとお嬢さん。貴女、完璧すぎやしませんか。と九条は自分の小ささと比較して泣きそうになった。

 

 よく見ると、彼女は毎日この工事現場を通り過ぎていく、あの(・・)女子生徒だと気付いた。顔見知り、というよりもこちらが一方的に知っているだけだが。

 いや、別に九条がロリコンという訳ではない。だって工事現場で働く作業員はほとんどみんな彼女の顔を覚えている。いや、誤解のないように言っておくが、工事現場の作業員がみんなロリコンという訳でもない。

 ただ、毎朝毎夕────きっと登下校の時なのだろう、この現場を通り過ぎる度に、ここで働く作業員たちに挨拶していくのである。

 

『おはようございます』

『お疲れさまです』

 

 たったそれだけのことだが、それだけのことは意外と記憶に残る。他人が他人に無関心な世相では尚更、そういった挨拶一つで他人の記憶に残ってしまうものだ。

 

 運動神経抜群で礼儀正しくて度胸があって、おまけによく見ると美人だ。

 大切なことなのでもう一度確認しておくが、九条はロリコンではない。ロリコンではないけれど、彼女はおそらくもの凄くモテるだろうな、と思った。というか、九条の中では『こんな人間が存在していいのか』というレベルで、彼女の好感度は上がり続けている。

 女子高生、ということは妹と同じくらいの歳だろうに、世の中には廃スペックな人間というものがいるんだなあ。と九条は思った。

 

 で、その後は誘導係のお前は何をしていたんだと現場監督に怒られ、車両を運転していた先輩も怒られ、とにかく二人して怒られた。

 怒られたがそれだけだ。結局だれも怪我を負わずに済んだ。

 あの娘のおかげだな、という先輩の言葉には全くの同意で、その時になって助けられたのは少年だけでなく自分たちもだったのだと気が付いた。

 その女子高生はこちらにも迷惑をかけた、と謝罪してから帰ってしまったが(そのことについても現場監督からはお叱りを受けた)。

 

 

 とにかくそういうことがあったのが昨日のこと。

 すげー女子高生がいたもんだなあ、とテンション高めに帰宅して、そのテンションのまま今日の出勤である。

 

「で、先輩。これどうしたらいいッスかね?」

「それな。今日は土曜で学校もねーだろうから。明後日、あの娘が登校するときにでも渡せばいいんじゃねえか?」

 

 昨日一緒になって怒られた先輩に相談したのは、あの騒動の時に拾った物のことだ。

 なにやら丸い物体で、何をモチーフにしているのかわからなかったが、どうやらキーホルダーのようである。

 あの娘の物かどうかはわからないが、鞄が落ちていた場所のすぐ近くから見つかったので、鞄を手放した時にストラップのヒモが切れたのだろう、という結論に達した。もちろん、拾った時に周りにいた人間には声をかけたのだが、自分の物だと名乗り出る人間がいなかったので、未だ九条が持っているという訳だ。

 

「もしあの娘が『違う』ってんなら、あとはもう交番行きだな。

 つっても、たかがキーホルダー無くしたくらいで交番まで探しに行く奴なんざいねえと思うけど」

「……俺もそう思います」

 

 とりあえずこのキーホルダーは、月曜日にあの娘が通りがかった時にでも渡すとして……。

 

「先輩」

「あ? んだよ。さっさと着替えて現場出ねえと、もう時間だぞ」

「いや、登校中の女子高生に工事現場のオッサンが声かけていくって、なんか犯罪臭がしませんか?」

 

 割とアウトな絵面じゃない? と、問うてみると先輩は無言で目を逸らしてくださいました。つまり、そういうことですか。

 

 

 

 『深山ショッピングモール』の建設には相当な時間をかけるつもりのようで、現場の側には一日でこしらえた、明らかに手抜き工事の休憩室がある。ただ、それ以外の余計なものを作るつもりはなかったらしく、更衣室なんてものはない。

 作業員の着替えは基本的にここだし、タイムカードだってここで打つ。簡易ロッカーもここにあるので、ただでさえ狭い休憩室は圧迫感を感じるほどに窮屈だ。

 これではここでゆっくり休む気にはならない、というのが現場の作業員の創意で、この休憩室はもっぱら更衣室としてしか機能していなかった。こんな狭いところで休憩するくらいなら、外の木陰のがよっぽど快適だわ! ということである。

 補足しておくと、休憩室には空調システムなんて高尚なものはない。

 

 

 ふう、と汗を拭って九条は、そんな休憩室──もとい更衣室を出た。

 日は既に西に沈みかけていて、「今日も一日がんばったなー」という感想が浮かんでくる。

 今日は昨日のように事故が起きることもなく(昨日のアレは未遂だったが)、終始滞りなく作業が終了した。

 もし昨日のアレが未遂ではなく事故になっていたのなら、今頃はこんな穏やかな気持ちではいられなかっただろう。自分はどうだかわからないが、先輩は間違いなく業務上過失傷害だろう(多分こういう感じの罪だろう)し、あの男の子は小さくない怪我を負っていたハズだ。男の子の怪我が大きくなくたって、バイトの身分である自分は首になっていたと思う。

 決められた期間だけのアルバイトとはいえ、現場の作業員は気のいい人が多く、居心地がいいのでそういうのはちょっと嫌だ。金銭的にも今以上に辛くなるし、精神的にも、男の子と先輩に対する罪悪感が半端ないことになりかねない。

 マジあの女子高生恩人だなー、と今日何度思ったかわからないくらいに思ったことを反芻して、九条は家路に着いた。

 

 

 工事現場から真っ直ぐ、深山町の古い町並みには背を向けて歩き出す。

 九条の家は工事現場からほど近い、安くて狭いアパートだ。冬木市民には海浜公園の近く、と言ったほうがわかりやすいかもしれない。公園を抜けると冬木大橋に出るので、深山町のなかでは新都に近い位置であるとも言えよう。

 もっとも、あの橋を渡るのは結構つかれるので、気軽に新都に行こうという気は九条には中々起きないのだが。

 

「あ。しまった、飯」

 

 家まであと少し、といったところで、九条は自分の部屋の冷蔵庫が空なことを思い出した。つまりこのまま帰っても、食べる物が何もないということである。

 成長期は過ぎたとはいえ、九条だって成人男性だ。それなりに飯は食う。学校の昼休みにプチトマト摘んで「おなかいっぱーい」とか言ってる女子高生とは違うのである。

 加えて言うのなら、今日は昼飯しか食べていない。朝の時点で冷蔵庫が空だった為、朝飯抜きで仕事に行って、昼飯はコンビニおにぎりという始末である。

 

「コンビニ、は物価がなぁ……」

 

 バイトで生計を立てている人間にとって、コンビニの物価の高さは致命的だ。それも昨日、高揚していたテンションに任せて、ちょいとお高めのアイスクリーム(ストロベリー。昨日のうちに始末した)を購入した直後とあっては尚更だ。

 そこで食材が残り少ないことを忘れていた辺り、救いようがない。

 

「……商店街だな」

 

 商店街に行くとなると、きた道を引き返すことになるが仕方がない。

 いっそこのまま歩いて新都のスーパーで食材を買うのも手だが、一人暮らしの自炊は却ってお金がかかったりすることもあるので、食材を買うときは計画的に買うと決めている。

 こういう突発的な出費の場合は、総菜を安く買った方が結果的に出費を抑えられるものなのだ。

 つまり、それなりの量がつまった総菜を低価格で販売してくれる『マウント深山商店街』マジ一人暮らしの味方。

 

 総菜を買い終えて再び帰路につく頃には日は完全に暮れていた。この所、帰る時間帯は明るかったせいか、暗い道を歩いているだけで若干テンションが下がってくる。

 それでも安いコロッケとギョーザが手に入ったので、気分的にはプラスの方が強い。

 これから給料日までどう食いつなぐかは、明日にでも考えるとして、とにかく今は一刻も早く家に帰りたかった。というか、腹が減っていた。

 足早に帰り道を歩いて、ようやく工事現場の前までたどり着く。ここを過ぎれば家までは十数分。ご飯の買い忘れという可愛くも虚しいハプニングを越えて、やっとスタート地点とも言える場所まで帰ってきた。

 

「……?」

 

 と、何か妙な音を聞いた気がする。

 作業現場でよく耳にする、金属と金属を打ち付けるような音。

 出所は今まさに通り過ぎようと思った我らがバイト先だ。

 定時はとっくに過ぎている。まさか誰かが残って作業している訳ではないだろうが、だとすれば一体誰が、何を?

 いやむしろ気のせいか。いつもいつもこの場所でそんな音を聞いているから、そういう音が聞こえるなんて錯覚を起こしたのかもしれない。我ながら仕事脳というか、仕事に病んでいるというか。

 

「いや、まただ」

 

 再び金属音。

 耳をよくすませてみれば、工事区画の敷地内から連続して音が聞こえてくる。これは誰かが中で何かをやっているのは確定的だろう。

 バイトとはいえ九条もここの作業員であることは間違いがない。

 こういう場合は一応、中で何が行われているか様子を見てから、警察あたりに通報すべきなのだろうか?

 

 だがしかし、九条はいま腹ぺこだ。

 このままさっさと帰って、コロッケとギョーザが食べたいのだ。

 

 うん。まあ俺、ただのバイトで責任者とかじゃないし。もし不審者とかだったら怖いし。と、自分に自分で言い訳をして通り過ぎた。

 

 ────ああ、そうやって通り過ぎたであろう。いつもの九条ならば。

 

 けれどその時、なんの因果か、工事現場に入っていく人影を見たような気がしたのだ。

 暗がりでよくわからなかったけれど、そのシルエットが今日ずっと考え続けていた女子生徒に被って見えて。

 『これ、返すなら早い方がいいよな』なんて、そんな風に思った。そう、思ってしまったから。

 

「……よし」

 

 ポケットの中のキーホルダーを握りしめる。

 彼女にキーホルダーも返さなければならないし、音の正体だって割と気になる。そうやって九条の足は、自然と工事現場の中へと向かっていった。




【CLASS】アーチャー
【真名】???
【マスター】遠坂 雅
【性別】男性
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具?
【クラス別スキル】
対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

単独行動:B
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

【固有スキル】
???

【宝具】
???

【召喚に使われた触媒】
刃の欠けた古びた剣と刃こぼれにぴったり一致する破片


※名前つきの登場人物三人目 九条君
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