Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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その日 2

「なんだ……、アイツら……」

 

 意図せずに、吐息のような声が漏れた。

 ハッとして息を止める。

 見つかったら殺される。そんな状況で声を上げるなんて以ての外だ。

 なにをバカな妄想を。とは思わないし、思えない。

 

 今、九条の目の前では、人の形をしたナニカ(・・・)が斬り合いを続けている。

 赤い髪の男と金髪の男。互いの手に握られているのは、誰がどう見たって立派な凶器だ。

 そんな凶器を、お互いがお互いに躊躇無く振り下ろしている。

 

 普通じゃない。

 

 何が普通じゃないって、こんな状況以前に、あの二人がもう普通じゃない。

 アレは人間じゃない。人の形をしているけど人じゃない。ただ何かを殺す為にだけ存在する生き物だ。誰が見たってそう思う。理屈なんてなくたって、同じ生き物なら奴らがそういうものだってことくらい本能で理解できてしまう。

 

 脳が働かない。

 視線を外せない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のよう。

 身体は震えはしなかったけれど、代わりに一ミリすら動けなかった。

 

「っ────────」

 

 声を出せば見つかる。

 一歩でも動けば見つかる。

 呼吸をすれば見つかる。

 

 おかしくなる。

 頭の中は、そんな言葉でいっぱいだ。

 今すぐ叫びながら逃げ出したいほどの恐怖を感じているのに、それをすれば見つかるという判断が、そうすることを許さない。

 

 九条の見ている側では、二人の男による槍撃が、いつ果てるともなく続いている。

 二人が槍をぶつけ合う度、明かりのない工事現場を大きすぎる火花が照らす。それに遅れて、鋼と鋼を打ち合わせた音が辺りに響いた。

 音が映像に追いついていない。

 視覚が動きに追いついていけない。

 まるでコマ落ちした映像を見せられているかのようだ。

 

「ハッ! ……つぇあ!!」

「ふっ、……むうぅぅんっ!!」

 

 激突し、弾かれあう。

 一際大きな火花と音を散らして、両者は互いに大きく距離を離した。

 

 それが契機だったのか、休むことなく斬り合いを続けていた二人の足が止まる。

 殺意で溢れていた工事現場の空気が、その瞬間だけわずかに緩んだ。

 弛緩した空気に、呼吸を再開する。途端、

 

「誰だッ!!」

 

 鋭い声とともに、赤い髪の男の視線がこちらへと向けられた。

 

「あ、う」

 

 その赤い瞳と目が合う。

 死んだ、と思った。

 『死ぬ』、ではなく『死んだ』。

 

 アレを前にして、どうしてただの人間が生き残れようか。

 彼らに認識された時点で、九条に生き残る術などありはしない。

 まだ殺されてもいないくせに、『死んだ』という実感がある。

 

 この状況だけで心臓が止まってしまいそうな九条を余所に、赤い髪の男はのんびりと口を開いた。

 

「おいランサー」

「何かね? ライダー」

「こいつはてめえのマスター……、って感じじゃあねえな」

「その様子では貴様のマスターという訳でもないな。

 ふむ、つまりアレかね? そこの凡夫は我が槍の威容を拝みにきた観客ということかね?

 ふっははははははははは!! 中々見る目があるぞ、小僧!!」

「……悪りぃ、ちっと黙っててくれ」

 

 ランサーと呼ばれた男が愉快そうに高笑いする横で、ライダーと呼ばれた男が心底呆れた様子で、そう呟く。

 二人のやり取りだけを聞いているのなら、随分と和やかな場面だ。

 

 けれど九条が感じている『死の気配』は一向に遠ざかる様子を見せない。

 疲れたような雰囲気を漂わせるライダーの視線は、初めて九条を認識した時から外れていない。ランサーとやり取りをしている時も、今も、九条から注意が逸れることがない。

 逃げられない。

 アイツは九条を逃がすつもりがない。

 

「ランサーのマスターじゃないってことは、他のサーヴァントのマスターか。それとも、迷い込んだ一般人か……。

 さて、こういう時はどうするのが一番なのかねえ?」

 

 言いつつ、ライダーが一歩近づく。それはそのまま死が近づいてくるのと同じことだ。

 この距離はまずい。離れなければ。

 そうは思うのに、身体は脳からの命令を受け付けない。

 

 死への恐怖から焦るばかりの九条をおいて、事態はさらに進行していく。

 

『ライダー。なにをしている』

 

 突如として響いた第三者による声は、不自然な反響を繰り返して、九条にはその出所がわからなかった。

 

 ランサーが「ライダーのマスターか」と、意図のわからない言葉を呟いて辺りを見渡す。

 どうやら声の主が気になるらしい。

 一方の九条は、そんなこと以上に今の状況が最悪だ。死ぬ一歩手前で、そんな余分にまで意識を傾けていられない。

 

 しかしどこからか響く声の、その次の言葉に九条は意識を傾けざるを得なくなった。

 

『殺せ』

 

 簡潔に。簡単に。いっそ清々しいほど明確に。

 それは、ライダーという『凶器』に命令を下した。

 

「────────あ」

 

 どうして? とは思わなかった。

 あの二人の斬り合いを見てからずっと、漠然と『見つかれば死ぬ』といいう確信があったから。

 けれどそのことに対する恐怖は消えない。

 当たり前だ。そんな簡単に死を受け入れられるほど、九条は達観していない。

 

 震えることすらできない九条を見て、何か思うところがあったのか。

 槍を握ったライダーは九条との距離を保ったまま、『殺せ』と命令をかけた声の主に話しかける。

 

「殺せ、ねえ……。そこまでする必要あるのかよ?」

『何をわかりきったことを。

 そんなものあるに決まっている(・・・・・・・・・)

 いいかライダー。見られた以上は殺すのが我々のルールだ。そこの男が一般人ならば《神秘の隠匿》の為。マスターならば、《聖杯戦争勝利》の為に殺さねばならん』

「はああ……。ま、そう言われるとは思ったさ。

 で、ランサー。お前はどうするつもりだ? さっき自分の槍を見せびらかしたいとか言ってたろ。このままじゃ、アンタの言う『観客』が死ぬぜ?」

「うむ。それがな、俺様のマスターも貴様のマスターと同意見らしい。

 貴様が小僧を殺すのを、黙って見ていろときた。命令に従わないのなら『令呪』を使うと脅しをかけてな。

 我が槍に惹かれてやってきた小僧は惜しいが、さすがに令呪を盾に命令されては従う他ない」

 

 意味も意図もわからない言葉の応酬は、ライダーの「やれやれ。じゃあやるか」という、やる気なさげな声で打ち切られた。

 そうしてまた一歩、ライダーが九条へと近づく。

 

「悪いな、兄ちゃん。そういう訳で、アンタにはこれから死んでもらわにゃならん」

 

 片手を挙げて、まるで旧知の友人にかけるような気安さでライダーが死刑宣告を行った。

 

「恨むな、とは言わねえさ。俺がアンタを殺すんだ。せめてしっかりと、俺を恨んで死ぬんだな」

 

 グルリ、と槍の切っ先が九条に向けられる。

 狙いは心臓か。

 そう思ったと同時、体中の血管から血を噴き出すんじゃないかと疑うほどに、心拍数が跳ね上がった。

 

「ここでこうしてるのも何かの縁だ。最後に遺言くらいは聞いてやるぜ?」

 

 さらに一歩。ライダーが九条に踏み込む。

 ことここに至って、九条にできることなどない。

 

 いやそもそも、最初からできることなど何もなかった。

 恐怖に硬直し、逃げることも、震えることすらできなかった自分には。

 

「……に……く、ない」

「ああ? 聞こえねえよ。男ならハッキリ喋りやがれ」

「まだ、死にたくない!!」

 

 出来ることはない。

 もう死ぬしかない。

 でも、だからって死にたいわけじゃあないのだ。

 

 震えもしないほど強ばった喉を動かして、どうにか紡いだのはたったそれだけの、生き物なら当たり前過ぎる意志表示。

 そんな九条の言葉に、ライダーは一瞬だけ目を見張って、

 

「……ああ。そりゃあ、そうだろうさ」

 

 ────ため息とともに、その槍を突きだした。

 

 

 ああ。これで、終わり。

 突き出された槍は、空気を穿って九条の胸板に迫る。

 一秒後の死を幻視する。

 避けられないし、避ける気もなくなってしまった。

 そもそもこの槍を避けられるのなら、九条は今頃この槍の前に立ってはいない。

 九条には槍を避けられない。

 九条には死を避けられない。

 それは絶対に覆らない現実だ。

 

 だから、その覆らない現実が覆るとすれば、

 

「っ……、ちぃっ!? 新手のサーヴァントか!?」

 

 その声を残して、ライダーが一気に距離を離す。

 あと数センチで九条を殺せたのに、そんなことよりもずっと優先すべきことがあるとでも言うように、距離を離したのだ。

 

 同時、逆巻く風とともに九条の眼前に新たな人影が生み出される。

 こちらに対し背を向ける格好で現れたそれは、枯れ草色の外套をはためかせ、まるで九条を守るかのようにライダーと九条との間に立ちはだかった。

 

 ……そう。九条ではどうやったって死の運命は覆せない。

 だからそれが覆るとすれば、第三者の介入によってしかあり得ないのだ。

 

 

 

 

「逃げますよ!」

 

 

 

 そう言って、呆然としている青年の手を取った。

 反射的に振り返ったのだろう青年が、雅の顔を見て目を見開く。

 

「きみ、は」

 

 思わず、といった風に言葉を紡いだ青年に、雅は見覚えがあった。

 なにせ毎朝毎夕この付近で顔を合わす。彼はこの建設現場の作業員だった。

 つまり、忘れ物か何かを取りに来て、この戦いを見つけてしまった。いや、見つけられてしまった、といったところか。

 理由としてはあり得なくもないが、それでも『よりによってこんな日に』と思わずにはいられない。

 

 なんにせよ、まずは彼を逃がす。

 面倒な事情やらなにやらを、聞いたり話したりするのは、それが済んでからだ。

 

 ちら、と目を向けた先には、突如現れたアーチャーを警戒して、踏み込むに踏み込めないライダーの姿があった。

 幸いランサーは積極的に青年を害しようとは考えていない様子だったし、ライダー一人ならアーチャーは問題なく時間を稼いでくれる。

 

『なにをしようとしているのかな、お嬢さん?』

 

 何故か動こうとしない青年の手をもう一度引いた時、不可思議な反響をともなった声が雅の耳を打った。

 先ほどのやりとりを見るに、恐らくはライダーのマスターだろう。幻惑の魔術でも使用しているのか、声の出所が正確に掴めない。

 

『察するに君はそこのサーヴァントのマスターのようだが、その男をどうしようというのかな?

 まさか逃がそう、などとは考えていまい? 仮にもサーヴァントのマスターに選ばれるだけの人間だ。我々のルールくらいは弁えていると思うのだが』

「ルール……。『神秘の隠匿』のことでしょうか?

 そのことならば、ええ。まだ未熟な身とはいえ、これでも魔術師ですもの。当然、その辺りの教育はされていますけれど?」

『ならば、殺したまえ。

 いくら聖杯戦争中だからといっても、いやだからこそ、目撃者の口を封じることは最優先で行わなければならない』

 

 その言葉に、青年は雅の顔色を伺った。

 正確な状況は飲み込めていないだろうが、雅もまた自分を害する存在かもしれないと知って動揺している様子だ。

 

 まあ確かに、それが正しいんだろうけどね。と言葉には出さず、胸の内で呟く。

 

 青年の反応も、ライダーのマスターの反応も、きっとどちらの反応も正しい。ただ、その立ち位置が違うだけで。

 だからこの場で間違っているのは雅だけだ。

 自分でもどうかしてると、この僅かな時間で何度思ったことか。

 それでも、

 

「口を封じるなら何も殺さなくても、もっとスマートな方法があるでしょう?

 忘却の暗示ってご存じですか? ああ、忘却のルーンとかでもいいですけど」

 

 それでも割って入ったのは雅自身の意志だ。

 このままこの青年を見殺しにするのが耐えられないから、そんなのは魔術師として間違っているとわかっていながら割って入ったのだ。

 ならばもう、後悔してでも、やりきるしかない。

 それが間違った自分の、最低限の責任だろう。

 

『質問に質問で返すようだが、君は死人に口なしという言葉を知っているかな?』

 

 返答は大方の予想通り。

 声の主は、何かの拍子で解けかねない暗示より確実な死を与えろ、と言っている。

 まったくもって正論だ。雅だって、これが試験か何かであったのならこの回答を記入する。

 けれど雅は意識して間違った。『ただの遠坂雅』として正しいことをするために『魔術師・遠坂雅』として間違える。

 

「ええ、もちろん。でも、それが何か?

 暗示が解けたのならかけ直せばいい。安直に殺すよりも、よっぽど生産的です。人間一人の命は、あなたが考えているほど安くなくてよ?」

『小娘が。一人の命と神秘の探求なら、そんなもの比べるまでもない。魔導の道とはそこまで軽くはない。神秘の秘匿の為なら一人くらい殺してみせろ』

「あら、遠回しな言い方では伝わらなかったかしら?

 さっきから私、嫌です。と、言っているのですけど?」

『なんだと……?』

「ですから嫌です。さっきも言った通り、私は忘却の暗示で十分だと思っていますし。

 何より。こそこそ隠れて顔を見せる勇気すらない二流魔術師に、偉そうに命令される筋合いもないですし」

 

 言った。言ってしまった。

 どう考えても向こうの方が正論なのに、甘い戯れ言を吐いたばかりか『二流』とまで侮辱した。

 

 案の定、建築現場に流れていた空気がそれまでと一変する。

 

 これは死んだかなー。と思った。

 簡単に殺されてやるつもりはないけれど、相手は多分自分よりも格上だ。魔術の腕ではなく、もっと根本的な覚悟の部分で。

 

『ライダー』

 

 次に響いたその声には、隠しきれない怒りが滲んでいた。

 

『その小娘を殺せ』

「またえらく短絡的だな。バカにされたのがそんなに悔しいのかよ」

 

 主の会話を優先するためだったのか。今まで無言でアーチャーとにらみ合いを続けていたライダーは、姿の見えない魔術師の、その言葉に笑った。

 

『そんな問題ではない。

 その娘には決定的に魔術師としての自覚が足りない。そんなもの、存在そのものが害悪だ』

 

 だから、殺せ。と魔術師は言う。

 本当にね。と雅は自嘲した。

 

「ま、命令ならやるしかねーが。そこの兄さんと違って、お嬢ちゃんにはサーヴァントが付いてるからな。ちょいと簡単には行きそうにねえぞ」

 

 言いつつ、ライダーが間合いを測る。

 ライダーとアーチャーの距離はそう遠くない。ランサーとの撃ち合いを見た限りでも、この程度の距離ならライダーは瞬く暇も与えずに詰め寄る。

 戦いについて素人の雅にだって、これがどちらにとって有利で、どちらにとって不利な間合いなのか一目瞭然だった。

 そしてそんな不利な間合いにアーチャーを飛び込ませたのは、他ならぬ雅自身なのだ。弓兵という性能を正しく活かすなら、ランサーとライダーが戦っている最中に、遠距離から狙撃させれば良かったのである。

 それをさせなかったのは偏に、青年に向かっていくライダーを確実に止めさせたかったからだ。

 

『アーチャー。聞こえる?』

 

 契約の時に繋がったパスを通じて、雅はアーチャーに念話を試みる。

 果たしてその試みはうまくいったようで、すぐさまアーチャーから返事があった。

 

『なんでしょう』

『足止めをお願い。出来るだけ時間を稼いで。ただ、無理はしなくていいから』

『了解しました』

 

 雅にそう返して、アーチャーが一歩進み出る。

 彼の目前にはライダー。その少し後ろには、この状況をおもしろそうに見つめているランサーの姿がある。

 最悪の場合は二対一だ。

 マスターのワガママでそんな状況に放り込まれたというのに、アーチャーは不満一つ漏らさない。

 

『……アーチャー、ごめん。私のワガママで……』

『謝罪は不要です。

 確かにマスターのそれは戦場には不要の感情でしょう。

 ですが私には、貴女のその甘さが好ましい』

『アーチャー……』

『行ってください、マスター。大丈夫。単独行動は弓兵の得意分野ですから。

 それにこの程度なら、まだ不利の内には入りませんよ』

 

 そう言って、アーチャーがさらに一歩前進する。

 弓兵としては既に致命的な間合い。

 それでも今は、大丈夫と言ったアーチャーの言葉を信じる。

 

「行きます! ついてきてください!!」

 

 踵を返し、青年の手を強く引いてスタートを切った。

 足をもつれさせながらも、青年が雅とともに走り始める。

 

 その背後で、雅のスタートに合わせたかのように魔力の奔流が吹き荒れる。

 サーヴァント同士の激突が再開されたのだと理解しながらも、雅は決して振り返らなかった。




※アーチャー「足止めはいいが。別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

みやびんの感性が普通の人過ぎてつらい。
どうやったら魔道の家系でこう育つというんだ……。


ところでアニメ・fateの一話が放映されましたね。
それまでにもう少し更新したかったなあ……
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