Fake/Another apocrypha after   作:ハトスラ

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その日 3 剣の英霊

 雅が走り出すのと、ライダーが動き出すのはほとんど同時だった。

 

 空気の壁をぶち抜いて、ライダーの槍が猛然と突きかかる。

 

 速い。とアーチャーは思う。

 槍の速度は先ほど遠目に見ていたが、見ているのと実際に対峙するのではやはり印象は異なる。

 さすがに槍の英霊には届かないが、それでもかなりの速度と技量だ。苛烈に攻め立てる槍には引き戻しの隙がほとんどない。

 ライダー、というなら騎兵だろうに、このサーヴァントは自らの足を使った白兵戦も随分と得意らしい。

 

 槍がアーチャーの枯れ草色の外套をかすめる。

 咄嗟に突きをかわしたアーチャーを追ってなぎ払い。

 肋骨を粉砕しかねない一撃を、身を伏せてやり過ごす。

 距離を離そうとした矢先、一瞬にして引き戻された槍から、散弾の如く降り注ぐ槍の雨。

 

 この速度。このタイミングではかわしようがない。

 ライダーの口元が勝利への確信に歪む。

 その様を見ながら、アーチャーは無手だった手元に武器を出現させる。

 とはいえ、この距離で弓は役に立たない。

 ならば、ここで手に執るのは近接戦闘に耐えうる武器(・・・・・・・・・・・)しかあり得ない。

 

「何だとッ!?」

 

 ライダーが驚愕の声を上げる。

 手にした武器で槍を弾いたアーチャーは、衝撃に逆らうことなく身体を流し、ライダーから距離を離した。

 

 彼我の距離は七メートルといったところか。

 未だ弓の間合いではないが、アーチャーの心に焦りはない。

 手にした武装は銀の長剣。僅かな星明かりを受けて、銀の刀身はその存在を主張する。

 

「……その剣。ほう! つまり君はセイバーのサーヴァントということかね!! これは実におもしろい展開だ」

 

 何が嬉しいのか、ライダーとアーチャーの戦闘を眺めることしかしていなかったランサーが、アーチャーの握った武器を見てそう声を上げた。

 一方のライダーは、離れた距離を詰めようとするでもなく、アーチャーの武器を怪訝そうに見つめている。

 

「いいや、違うな。セイバーのサーヴァントはまだ召喚されてねえハズだ。てめえ、一体なんのサーヴァントだ」

 

 ライダーの問いかけに、内心で苦い顔をする。

 アーチャーの本分は言うまでもなく、弓による狙撃だ。

 このまま遠距離攻撃に乏しいセイバーと勘違いしてくれた方が後々動きやすかったのだが、そういうわけにもいかないらしい。

 

「失礼。私はアーチャー。

 今は剣など執ってはいますが、此度の聖杯戦争では弓兵のクラスを預かり現界しました」

「……アーチャー。アーチャーか。

 いくら強力な『三騎士』の一角とはいえ、弓兵風情が接近戦を挑むとはな」

「弓兵といえど必要とあらば剣を執り、槍を執り、手綱を握りましょう。

 それに挑んだのはそちらでは? 私はただ、ここに立っているだけですよ」

 

 もっとも、ここから先へは誰も進まる気はありませんがね。と付け足してアーチャーは笑う。

 そうかい。と吐き捨ててライダーが槍を回した。

 直後、先ほどよりもさらに速い速度で槍が打ち込まれる。

 眉間、肋骨、喉元。

 一息に三カ所。

 閃光のようにしか見えないその突きを、アーチャーの銀剣がはじき返す。

 

「むぅ!?」

 

 衝撃にライダーがたたらを踏んだ。

 その隙を逃すアーチャーではない。

 

 そも、槍使いとは常に相手との距離を離すもの。その長大な射程を活かして、踏み込む敵を迎撃する武器だ。

 その槍使いが迂闊に間合いを詰めれば、今度はその射程の長さが仇となり、容易には懐近くに潜り込んだ敵の迎撃が行えない。

 

 闇の中、いくつもの銀光が奔る。

 顔を歪めながらライダーはアーチャーの連撃を捌くも、長柄武器の宿命ゆえに、どうしても防御が追いつかない。切っ先を返す度に加速していくアーチャーの銀剣に、目に見えて傷を増やしていく。

 

「ちぃ!? クソッ!!」

 

 距離を開こうと躍起になったライダーの悪態を黙殺して、アーチャーはさらに深く踏み込んだ。

 今、ここで避けるべきは槍の間合いに戻されることだ。

 ライダーが槍使いの常道を無視して距離を詰めたのは、自分の腕に自信があったことも大きいのだろうが、何よりも敵が『弓兵』であったからだとアーチャーは思う。言うなれば、『たかが弓兵が接近戦など出来るハズがない』という油断。

 アーチャーが突くのはその油断だ。

 そしてその油断が誘えるのは初見だけ。アーチャーの能力を把握された二戦目以降で、今の距離に踏み込むのは容易ではない。

 

 故に、叩ける敵は今の内に叩く。

 ああ。たしかにアーチャーの役目は、敵対サーヴァントの足止めだ。だが。

 

(倒せる敵なら、倒してしまっても構いませんね? マスター)

 

 そう脳内で呟いて、アーチャーの銀剣が防御に差し込まれた槍を弾き返す。

 生まれたのは刹那の、しかし致命的な隙。

 翻る銀の刃は、槍のそれよりも圧倒的に速い。

 目を剥くライダーの無防備な首を目がけて、アーチャーの銀剣が振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の深山町を一組の男女が駆ける。

 男女ともに必死の形相ではあったが、余裕がないのは明らかに男の方であった。

 息は上がり、足はもつれ、顔面は蒼白。

 一方、僅かに男の前を行く少女は、息を乱すことすらなく軽快な足運びをみせている。

 

「い、いったい……、ど、こまで……! はし……、んだッ」

「新都の教会までです! とにかくそこまで頑張ってください!」

 

 息も絶え絶えな様子の男にそう返して、少女──雅は僅かに思考した。

 

 新都にある冬木教会には、今回の亜種聖杯戦争開幕に際して、聖堂教会から監督役が派遣されている。

 彼らの役目は大ざっぱに言ってしまえば、神秘の隠匿と脱落したマスターの保護だ。

 

 聖杯戦争においてサーヴァントを失ったマスターは、新たにマスターを失ったサーヴァントがいれば再契約を結び、戦線に復帰することができる。

 マスターがマスターを殺そうとするのは、理由としてはこのことが大きい。

 故に、サーヴァントを失い、さらに戦意を失ったマスターは教会に保護を求めることが許されるのだ。無論、その為には令呪をすべて破棄し、今後の聖杯戦争に参加しないという条件が課せられるが。

 

 そしてそういった役目を負う以上、教会側は誰にも肩入れしない中立の立場であらなければならない。

 実際にはなんらかの思惑やら取引やらがあるのかもしれないが、少なくとも表立っては中立の姿勢である。

 

 その中立地帯に攻撃をしかければ、ペナルティは免れない。つまり教会には、よほど無知なマスターか怖いもの知らずのマスターでもない限りは、迂闊な攻撃を仕掛けはしない、ということだ。

 それを知っているから、雅はとりあえず青年の身を守る場所として教会を指定した。

 

 したのだが、

 

(亜種聖杯戦争でどれだけの抑止力があるのかしらね、監督役に)

 

 これが二度、三度と行われたかつての聖杯戦争ならば、『余剰令呪』などを盾に、マスターたちへの抑止力となるのだろう。

 しかしこれはあくまで亜種聖杯戦争なのだ。開催地こそ冬木だが、初回ということで『余剰令呪』など存在するはずもない。

 ほとんど形だけの監督役を、サーヴァントという強力な使い魔を与えられた魔術師が恐れるかどうかは微妙なところである。

 

 とはいえ、現状の冬木で最も安全な場所は冬木教会であろう。

 教会にたどり着けば青年はなんらかの『処理』をされる──或いは雅がする──のだろうが、問答無用で命をとられることはないハズだ。……と思いたい。

 ライダーのマスターも、そういった処理を行われた人間に、わざわざ刺客を差し向けるほど暇、というか無駄なことはしないだろうし。

 

 どれだけ穴のある計画かは、雅自身理解している。

 それでも、とにかくこれが青年の身を守る最善手だと思うことにして、雅は息の上がっている青年の手を引いた。

 

 途端、バランスを崩して青年が転倒しかける。当然だ。息も絶え絶えで走っている最中に、不用意に腕を引かれればバランスを保つことの方が難しい。

 もちろん雅もそんなことはわかっていた。

 そのままさらに強く腕を引いて青年を自分に並列させると、彼が転倒する前に膝裏に手を差し込み抱き上げる。

 強化された腕力にモノを言わせたお姫様だっこの完成だ。

 

「なっ、え!?」

「黙ってないと、舌を噛みますよ」

 

 驚愕の声を上げる青年にそう言って、雅は走る速度を上げた。

 今の雅の身体は、強化の魔術で並のアスリートもビックリするくらいの身体能力を有している。自分より大きな青年を抱き抱えながら、息も乱さず走ってしまえるのはそのためだ。

 こうなれば青年と一緒に走るより、雅一人が彼を抱えて走った方が遙かに速い。

 ライダーのマスターや、同じくあの戦闘を見ていたであろうランサーのマスターが襲撃をかけてくる可能性を考慮すれば、ここで余計な魔力と体力を使うのは避けたいところだが、青年の消耗具合を見ればそうも言っていられない。襲撃時点で彼がまともに動けなければ、雅が足止めに徹したとしても殺されてしまうかもしれないのだから。

 

 青年を抱えて走る雅の行く手に、大きな赤い鉄橋が見えた。

 深山町と新都を隔てる川、未遠川にかかる冬木大橋である。アレを越えればいよいよ新都に入れる。

 そういえばあの橋も、近々老朽化対策として工事が始まるんだったな。と、こんなときにどうでもいいことを思った。

 

 その時である。

 雅の前に立ちふさがるように、一体の人影が現れた。

 

「……あいつ」

 

 腕の中で息も荒く青年が呟く。

 先ほどライダーに殺されかけたせいか、魔術の素養がない彼にも、行く手を阻むモノの正体がわかったらしい。

 アレはサーヴァントだ。

 消去法でいけば、アサシンかキャスター、もしくはバーサーカーのいずれか。強いて言うならば、黒のローブを纏った姿はキャスターに見えるだろうか。少なくとも髑髏の面は付けてはいないから、アサシンの可能性は薄いと考える。

 

 雅からサーヴァントまでの距離は50メートルもない。

 このタイミングで雅たちの前に現れた以上、あのサーヴァントは十中八九、雅と青年に差し向けられた刺客だ。つまりさっきの工事現場には、あの戦闘を見ていたマスターが、さらにもう一人いたということである。

 

 ふう、と息を吐いて、雅は覚悟を決めた。

 サーヴァントと人間との間には、大きな力の差がある。人間ではサーヴァントを倒せない。

 それは雅がどれだけ優秀な魔術師であったとしても、あのサーヴァントがどのクラスであったとしても変えようがない事実だ。

 

 左手の令呪を意識する。

 サーヴァントのマスターに選ばれた証にして、サーヴァントを律する、たった三画の絶対命令権。

 雅ではサーヴァントに適わない。ならばアーチャーを呼ぶしかない。

 離れた場所にいる上、戦闘の真っ直中にいるアーチャーを、瞬時にこの場所に呼び寄せるには、この令呪の奇跡に頼る他ない。

 

「令呪を以て……、」

 

 言いかけた命令は、しかし目の前のサーヴァントに中断させられた。

 膨大な魔力が練り込まれた魔弾が、サーヴァントの右手から発射されたのだ。直撃すれば骨すら残らないだろう、と直感的に悟る。

 一秒未満で両足の強化係数を引き上げて跳躍。

 その直後、雅の足下を通り過ぎた魔弾が、アスファルトをめくり上げて路面へと炸裂した。

 着弾点に色濃く残る魔力が、破壊された路面以上に、今の魔弾の威力を物語る。

 

「……っ!」

 

 一瞬にして立ち並ぶ街灯よりも高く跳躍した雅は、その威力に、眼下を見下ろして思わず唸った。

 

 サーヴァントが人外の能力を有していると言っても、各クラス毎に得手不得手は当然のように存在する。

 それを踏まえた上で残りのクラスを考えれば、あのサーヴァントが何者かは明白だ。

 魔術による攻撃を可能とするクラス。すなわちキャスターのクラスだろう。

 クラス別スキルに『対魔力』が存在する聖杯戦争においては、『最弱』のクラスと称されるサーヴァントクラスだ。

 

 それでも。いや、だからこそ、雅たち魔術師では同じ魔術師であるキャスターには適わない。アーチャーを呼ばなければ、雅も青年もキャスターからは逃げることは叶わないだろう。

 自由落下を始めた身体をまるっと無視して、雅は再び令呪に意識を集中した。

 

 途端、わき腹に突き刺さる灼熱感。喉元をせり上がる不快感に、わけも分からぬまま嘔吐する。

 否、吐き出したのは胃の中身ではなく、赤い血液だった。

 

「あぅ……!?」

「君っ!?」

 

 雅の腕の中にいる青年に赤い飛沫が降りかかる。

 急速に力の抜けていく感覚に、雅は青年を手放してしまった。のみならず、雅自身もバランスを保てずに頭から地上に落下していく。

 その瞬間、雅の瞳が捉えたのは血に塗れた剣を握って空中に制止しているキャスターの姿だった。

 空間転移か単純に速いのか。雅が跳躍して令呪を使おうとした時には、確かにまだ地上にいたはずである。それが意識を令呪に傾けた一瞬で背後に回り込まれ、刺された。

 既に薄れつつある意識の中でそこまで思考すると、重力に身を任せたまま、雅はポケットを探った。

 咄嗟に取り出したのは色鮮やかな宝石。いずれも充分すぎる魔力を蓄積した魔石である。その数、三つ。

 

 こちらを見下ろすキャスターの視線と、雅の視線とがかち合う。

 キャスターが右の掌をこちらに向けているのが目に入った。

 

「五番、三番、四番……!!」

 

 手にした宝石に魔力を叩き込んで炸裂させる。

 躊躇無く投擲した三つの宝石は、雅が十年以上魔力を貯め込んだ切り札(とっておき)だ。ランクにしてA相当の魔術攻撃。

 生半可な対魔力や魔術では相殺できない威力が、キャスターを襲う。

 

 無論、それを甘んじて受けるキャスターではなかった。

 かざした右手から魔弾が放たれたのは、雅の魔術発動と同時。

 

 互いが互いの敵を滅ぼす為に放たれた魔弾は、両者の中間位置で激突し、そして────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタタ、と音を発てて赤い血が落ちる。

 

「ぐ……」

 

 呻き声を上げて、しかめ面をさらすのはライダーだ。

 傷による痛みと、アーチャークラスに白兵戦で遅れを取ったことによる苦渋が、ありありとその表情に浮かんでいる。

 

 だが、それだけだ。

 それだけで、ライダーは未だに存命であった。

 

「テメエ……」

 

 その低い声には隠しようもない怒りが滲んでいる。

 しかしその怒りの向かう先は、アーチャーではなかった。

 

「ランサー!」

 

 怨嗟の声を受けたランサーはしかし、そんなモノなぞどこ吹く風といった様子でにやにやと笑っている。

 

「いやぁ、まいった。失敗したなあ。一度に二騎ともを潰せるチャンスだったのだが。

 ま、簡単にいきすぎるのもおもしろくはない。ライダーの左腕と、アーチャーの右肩。とりあえずの成果としては、これで満足しておくか」

「ランサー……、貴方は」

「おいおい。そんな顔をするなよ、アーチャー。

 目の前で二人のサーヴァントが戦っている。隙を見て横槍を入れるのは当然であろう?」

 

 ランサーの言葉に顔をしかめながら、アーチャーは右肩の状態を確かめた。

 血は流れてはいるものの、致命的なものではない。この程度なら、時間さえあれば問題なく回復できるだろう。

 さすがにこの状態で剣を振るうには問題があるだろうが、利き手でない左手でも剣は使える。この場での戦闘も、まだ十分に可能だ。

 

 一方のライダーは、アーチャーの右肩よりも酷い損傷を受けたらしい。

 ランサーによって傷つけられた左腕が、力なくだらりと下げられている。

 それでも傷を負ったのが利き手ではなかったからか、はたまた傷つけられて黙っていられない性質だからか、ライダーの闘志は萎えるどころか、さらに燃え上がっていた。

 

「いい度胸だ。覚悟はできてンだろうな」

「怒るなよ。俺様が横槍を入れねば、貴様は左腕どころか首が飛んでいたのだぞ? 少しは感謝してもいいと思うがね」

「うるせえよ。テメエが割って入らずとも、あの程度どうとでもなった。

 それよりも許せねえのは、アーチャーを傷つけたことだ(・・・・・・・・・・・・・)。一度戦いを始めた以上、こいつは俺の獲物。邪魔立ては許さん」

「なんと。怒りの原因はそこであったか。

 だがまあ、何にせよお門違いであろう。そこな弓兵も、この場で戦うことを決めた以上、俺様と貴様の両方を同時に相手することも覚悟していたハズだ」

 

 そうであろう? と会話の矛先を向けられたアーチャーは、ランサーとの間合いを計りつつ頷いた。

 

「ええ、まあ。状況的にこういう戦いになるだろうことは予想していましたが。

 ……それ故に、ランサー。貴方の意図が読めない。確実に敵を減らしたいのなら、あのタイミングで仕掛けるのはあまりにも中途半端だ。

 仕掛けるならば、私の攻撃が通ったかどうかの判定後。それも私かライダー、どちらかに限定して攻撃を仕掛けた方がより効果的です。

 それをあのタイミングで両者を同時に狙っては、『かわせ』と言っているようなものだ」

 

 実際、ランサーの不意打ちはライダーとアーチャーを傷つけはしたものの、それだけに留まっている。

 これがもし、アーチャーの言うようなタイミングで仕掛けられていたのならこうはいかなっただろう。

 仮に、アーチャーがライダーの首を跳ねていたなら、攻撃後の硬直を狙ってアーチャーを殺せばいい。それで仕留めることができなかったとしても、ライダーは死に、アーチャーも無傷とはいかないハズだ。

 逆にアーチャーがライダーの首を跳ねられなかった場合でも、ランサーがライダーに追撃をかければライダーは脱落しかねないし、アーチャーを狙えば深手を負わせることもできたハズだ。

 ランサーに割り込まれた時はヒヤリとしたが、今にして思えば無駄が多いのである。

 

 アーチャーのその言葉に、ランサーは少し考える素振りを見せると、

 

「いやなに。一人ずつなどと、ケチなことはしたくなくてな。仕留めるなら二人同時にだ。

 故に打って出たのだが、いかんなあ。これでは二人同時に相手をしなければならん(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 マスターからはその展開だけは避けろと言われているのだがなあ」

 

 と、そう言った。

 それの意味するところはつまり……。

 

「ああ、なるほど。つまり舐めてんだな、俺たちを」

「はっはっはっ! 随分はっきり言うな、ライダー。だが少し違う。

 俺様はな、どうせやるならキチンと戦って倒したいのだ。さっきの不意打ちで死ぬような脆弱なサーヴァントなら、戦う意義すらないが、貴様等二人はそうではない。紛れもなく英雄と呼ぶにふさわしいサーヴァント達だ。

 そういう相手とはな、やはり直にやりあって倒したいのだよ。そうでなければ、召喚に応じた意味もないしな!」

「……自分の手で、すべてのサーヴァントと雌雄を決するのが望みだと?」

 

 確認の為にそう口にすると、ランサーは大仰に頷いた。

 

「うむ! 我が槍が『最高』だと思い知らせるには、名のある英雄の首級が必要だろうて。故に雑魚に興味はないが、実力のある英雄には俺様が直に手を下す。

 貴様等のその腕の傷は、その選定と、俺様を無視して戦いを続けていた無礼さのツケと思っておけ」

 

 なんともまあ、面倒くさいサーヴァントもいたものだ。とアーチャーは内心でランサーのマスターに同情した。有利な盤面をひっくり返してまで自分の我を通そうとするサーヴァントなぞ、扱いづらいことこの上ないだろうに。

 

「ところでランサー」

「なにかね、アーチャー?」

「貴方自身が手を下すに値するか。その選定を行った貴方からすれば、我々が生き延びることは貴方の望み通りだったのでしょう。

 ですがこうなった以上、さらなる横槍の可能性を摘む為に、次の行動で私とライダーは真っ先に貴方を攻撃すると思うのですが。自分から積極的に二対一の状況を作ったということを、貴方は理解していますか?」

 

 アーチャーのこれは、嫌みではなく純粋な疑問であった。

 それに対するランサーは、にこやかに笑って答えを返す。

 

「無論だ。そんなものは想定内に決まっていよう!

 アーチャーとライダー。二人の実力者と同時に戦えるとは実に心が躍る。双方を俺様の手でぶちのめせるとあっては尚更だ!」

 

 真正のバカか、余程の自信家か。

 ここまではっきりと『お前たち二人を同時に相手しても負けない』と宣言されてしまうと、アーチャーにはどう判断していいかわからなかった。

 

 だが、この場にいたもう一人は違ったらしい。

 

「そうか」

 

 短い一言に込められた絶対零度の感情が、その発言者に注目を集める。

 声を発したライダーはまるで感情の抜け落ちたような表情で、ランサーを見つめていた。

 

「選定だの、二対一でも負けないだの。つまりテメエは……」

 

 ぐ、とその両足に力が溜まる。

 それを見たランサーの表情から余裕の笑みが消えた。

 再開する。と、アーチャーが確信した瞬間、ライダーがスタートを切った。

 

「やっぱり俺らを舐めてんじゃねえかあぁぁぁぁっ!!」

 

 氷点下から獄炎の怒りへと。一気に感情を爆発させたライダーが、その優れた敏捷性でランサーに迫る。

 彼にとってランサーの言葉は耐え難い侮辱だったのだろう。ライダーの瞳には、既にアーチャーの姿は写っていない。

 唸りを上げる槍が、ランサーの三叉槍とかち合い火花を散らす。

 

 距離を稼ぐなら今だ。

 

 その判断と同時、打ち合う二人のサーヴァントを残して、アーチャーは大きく距離を離した。

 そうして左手に取り出したのは木製の弓。かつて『必中の弓』とまで謳われたアーチャー本来の武装。

 

 ランサーがアーチャーの動きに気が付いたが、もう遅い。

 つがえた矢は一度に五本。標的は、先の宣言通りランサーだ。

 魔力を上乗せされた矢は、尋常ではあり得ない軌道を描いてランサーに迫る。

 

 ライダーの槍を打ち払ったランサーが矢の迎撃に入った。

 音速を越えた五本の矢を、ランサーの槍が打ち落とす。

 だが、それは元々落とさせる為の矢(・・・・・・・・)だ。本命は矢の迎撃時に生まれた隙を穿つ、たった一本。

 先の五本よりも、ランサーの槍よりもさらに速い矢が、完璧なタイミングで放たれる。

 

 アーチャーの鷹の目が、僅かに瞠目するランサーの表情を捉えた。

 直後、その眉間をアーチャーの矢が、容赦なくぶち抜く。

 衝撃に、ランサーの身体が大きく吹き飛ばされた。

 

「……」

「……」

 

 これで幕切れ。いくらサーヴァントであろうとも、眉間を打ち貫かれて生きていられる道理はない。あっけないと言えばあっけないが、人の死とは総じて意外とあっけないものだとアーチャーは知っている。

 

 激情冷めやらぬ表情で、ライダーがアーチャーを見た。

 彼からすれば、アーチャーのこれも横槍か。先のランサーとのやり取りを見るに、怒りの矛先がこちらに向いてもおかしくはない。

 とはいえこの場に残るサーヴァントは二人きり。残った者同士がぶつかり合うのは当然ともいえる。

 先ほどとは違い、こちらは既に弓の間合い。あとはこの距離を維持できれば、ライダーを倒すことも可能かもしれない。

 

 そんなアーチャーの思考は、

 

 

「いや、いい腕だ。さすがに死んだかと思ったな」

 

 

 ────自身の眉間から矢を引き抜きつつ立ち上がったランサーを見て霧散した。

 

「……バカな」

 

 驚愕の声を漏らしたのはライダーだ。

 無理もない。サーヴァントが人の理から外れているとはいえ、それでも頭は現界するにあたって重要な気管である。このランサーのように、眉間を貫かれて平然としていられるハズがない。

 

「……!」

 

 にやり、と笑ったランサーが動き出す。……その直前に、矢を叩き込んだ。

 今度は三本。

 眉間。

 心臓。

 喉元。

 そのいずれもが、サーヴァントにとっても急所になりえる部位だ。

 

「ふふ。どうした、こんなものかね!?」

 

 矢は間違いなく全弾命中。

 それでもランサーは死なない。どころか倒れもしない。まるでダメージそのものが無いかのようだ。

 驚愕に目を剥くこちらを余所に、ランサーがその神速でアーチャーへと大きく踏み込んだ。

 

 槍の英霊を前に、槍の間合いで戦う訳にはいかない。加えてあの謎の不死性だ。

 単純に矢が効かないのか、あるいは物理攻撃すべてが効かないのか。まさか魔術も含めた全攻撃をシャットアウトするということはないと思いたいが、いかんせん初見では情報が足りない。

 

「くっ……!」

 

 対策もないまま近接戦闘に移行させるわけにはいかない。

 結果として、アーチャーには後ろに下がり続けること以外の選択肢が思い浮かばなかった。

 

 アーチャーとて騎士の端くれ。騎士として主の命令があれば、たとえそれが勝ち目のない戦いだろうが、喜んで命令に従い命を捨てる覚悟もある。

 だが、それは今ではない。

 マスターからは、無理をせずに時間を稼いでくれればいい。と命令を受けている。

 それを思えば、ランサーとライダーをこの場に留まらせているこの状況は、そう悪いものではなかった。

 後はなんとかこのままの状況を維持して、しかる後に離脱するだけ。

 

 ライダーとランサー。ともに敏捷の値が高い二騎のサーヴァント。その中でも、とりわけこちらの攻撃を無効化してくるランサーは驚異だ。これ以上の傷を負わずに、この場を離脱することはまず不可能だろう。

 それでもアーチャー自身が存命であるのなら、時間稼ぎの成功と相手の手の内を垣間見たことで、十分釣り合いが取れている。

 

 アーチャーがそう思ったその時、マスターから送られてくる魔力に、澱みが生じた。

 

(っ、マスター?)

 

 アーチャーの心を、言いようのない不安が塗りつぶした。

 サーヴァントとそのマスターは、霊的に繋がっている。それ故に、マスターが「サーヴァントが必要だ」と思えば、それはそういう意思としてサーヴァントに伝わるし、「ピンチだ」と思えばそれも伝わる。

 そして今、アーチャーが雅とのレイラインを通して感じたのは、正しく「サーヴァントを必要とする窮地だ」という雅の感情だった。

 

 その感情に、一も二もなくマスターの元に馳せ参じたいという衝動に駆られる。

 だが今、迂闊に背中を向ければその瞬間自分が終わるだろうことも理解できる。

 この距離を保っての撤退戦ならばこなせるが、それは即刻この場を離脱してマスターの居場所に戻れるということではないのだ。安全に離脱するには、目の前にいる二騎の動向を伺い、機を待ち続ける他ない。

 ここでアーチャーが倒れてしまえば、雅を助けられる者はいなくなる。そうなれば本当に終わりだ。

 それがわかっているから、アーチャーは軽率に離脱行動に入れない。雅が令呪さえ使ってくれれば、その強制力で空間転移も可能だろうが、その気配もない。

 

 使う余裕がないうのか。

 それとも使える状態にない(・・・・・・・・)のか。

 

 願わくば前者であってくれ、とアーチャーは強く思った。

 

 足止めしていた者と足止めされていた者。

 まるで立場が逆転したかのような感覚を味わいながら、アーチャーは弓を執る。

 己がマスターの窮地を救いにゆくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生きていることが不思議だと思った。

 自分は相当な高さから落ちたハズなのに、まだ息がある。思考できる。痛みはあっても、それ自体は大したものじゃない。

 あの高さから落ちてそれは、いくらなんでも不自然にすぎる。

 

「あー……、痛ってぇ」

 

 呟きつつ、倒れていた身体を起こす。

 倒れる直前に何があったのか、少し判然としない。自分がかなりの高みから落下したことは覚えているのだが、そうなった原因が思い出せないのだ。

 

 そうして辺りを見渡した九条は、その黒いローブ姿を見て、すべてを思い出した。

 

「一工程でAランク魔術を発動させるか。現代にも中々の使い手が残っているな」

「あ」

 

 死地と化した工事現場。

 手を引いてくれた少女。

 現れた新しい敵。

 鮮血と閃光、そして。

 

「……っ!」

 

 九条の視界に、うつ伏せで倒れている少女の姿が写る。

 鮮血が彼女の周囲を濡らしていく。まるで血の池を作っていくかのよう。

 

 

 ────その姿が、いつかの誰か(いもうと)とダブって見えた。

 

 

「君っ!!」

 

 総身にはしる痛みを無視して、九条は思い切り立ち上がった。

 

「腕のいい魔術師だ。それだけに経験不足が嘆かれるな。

 令呪を使うという判断は間違っていなかったが、アレには小難しい詠唱はいらん。『来い』と念じれば、それだけでサーヴァントを律することが可能だった」

 

 ローブの男が何かを言っている。

 だが血溜まりの中にいる少女を前に、そんなものはもはや九条の耳には届いていなかった。

 

 血を流す少女を抱き起こして傷の具合を看る。

 意識がない。全身から力が抜けている。わき腹からの血が止まっていない。

 

 何が『何が起こったか思い出せない』だ。

 助けられた。

 庇われた。

 そのせいで自分より年下の少女にこんな傷を負わせた。

 

 九条が奴らに狙われる理由なんてわからない。

 この少女が自分を助けてくれる理由もわからない。

 けれど名前も知らない彼女が、関わりなんてなかった自分を助けようとしてくれたことだけはわかる。

 

「ああ、そこな小娘に足りないのは冷徹さもだな。あの時貴様を庇わなければ、少なくとも着地に失敗することはなかっただろうに……。

 惜しい気持ちはあるが、生かしておくのも厄介そうだ。危険の芽は早めに摘んでおくに限る」

 

 聞き流していたその言葉に顔を上げる。

 

「なん、だと……?」

 

 今、このローブの男は少女を殺すと言ったのか? 傷つけるだけに飽きたらず、トドメを刺すと、そう言ったのか?

 

「何を意外そうな顔をしている? 敵マスターの排除は当然のことだろうが。

 それにな、小娘がそこまでの傷を負ったのは、そもそも貴様のせいであろう?」

 

 それは、その通りだ。

 言葉の前半部分はよくわからなかったが、後半部分は言い逃れができないほど、ローブの男の言う通りである。

 九条さえいなければ、この少女はきっとこんな目に遭っていない。

 

「さて。では殺すか」

 

 ローブの男が手をかざす。

 ボロボロに焼けただれた右手が見る間に修復されてゆき、次いでその掌に光の玉が出現した。

 

 覚えている。

 あの光球がアスファルトを砕いた。そしてあの光球が少女の放った光とぶつかって、自分たちは地面に落とされた。

 あの光に触れれば、九条はもちろん意識のない少女も、まとめてあの世行きだ。

 

 どうしようもない無力感が九条を襲う。

 何もわからないまま殺されかけて、助けてくれた少女を傷つけて、傷ついた少女を助けることも叶わず、そして今また殺されようとしている。

 

「……ふざけるな」

 

 怖い。

 一日に二度も三度も殺されかけるなんて、そんなの正気の沙汰じゃない。

 今すぐに逃げ出して、戻れるのなら工事現場に立ち入る前の自分に還りたい。

 

 けれどそんなことは不可能だ。

 目の前のコイツからは逃げられる気がしない。仮に逃げることが出来たとしても、きっとまた誰かが追ってきて九条を殺す。

 だから逃げられない。この状況はとっくに詰んでいる。誰かが割って入るなんて奇跡、もう起きるハズもない。九条はきっと死の運命から逃れられない。

 

 なにより、

 

 

「ふざけてんじゃねえぞ、てめえぇぇえええええええええッ!!」

 

 

 ────九条自身が、この状況で逃げることを許せない!

 

 

 吼え声とともに立ち上がり拳を握る。

 

 武器は無い。

 作戦は無い。

 勝ち目は無い。

 

 無い無い尽くしの無謀な突撃。

 

 ああそうだ。自分はこれで死ぬだろう。

 死ぬのは本当に恐ろしい。

 何せ死んでしまっては何も出来ない。恨み言の一つすら、言葉にすることが出来ないのだ。

 逃げられるなら逃げたいと、そう思うのは別段特別でもなんでもない。

 

 けれど、そうだ。死ぬよりも許せないことが、自分の胸には確かに一つあった。

 これはただ、それだけの話。

 我ながらバカだとは思うけれど、どうしたって譲れない。

 

 九条を助けようとしてくれた少女とは、名前も知らない赤の他人同士だったけれど。

 少女は自分の思い出の彼女(いもうと)とは似ても似つかないけれど。

 

 それでも、ここで逃げれば。ここで少女の為に立ち上がれなければ、自分はまたあの時(妹の死)と同じく後悔するだけだろうから。

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 恐怖を抱いたまま、ローブの男に突進する。

 彼我の距離は十メートルほど。九条の拳の間合いまでほんの数秒だ。

 しかし男が生み出した光の球は、既に彼の掌を離れ、九条の間近まで迫っている。

 何の抵抗手段も持たない九条は、かわすことも出来ずにあっさりと光の中に飲み込まれた。

 

 

「……っ!?」

 

 

 これで終わりか。

 わかってはいたけれど、結局なにも出来ずに終わってしまうのか。

 

 視界を埋め尽くす光の中、九条の頭にあるのは、何もできなかったという虚しさだ。

 

 自分の身も守れず、少女を救えず、自分たちを殺そうとした者に一矢報いることすらできない。

 

 ふざけるな、と思う。

 これほど自分の無力さに嘆いたのは、あの日以来だ。

 そんな日がこないよう祈って生きてきたのに、現実は無慈悲にも九条に襲いかかってくる。

 

 助けたい、と痛烈に思った。

 自分に関わらなければこんなことにはならなかった年下の女の子。

 妹と同い年くらいの、自分を助けようとしてくれた彼女だけでも助けてやりたいと思った。

 

 助けてほしいと、叶わない願いを抱いた。

 自分の無力さはあの日に痛いほど味わっている。そして今日、追い打ちをかけるかのように再び味わわされた。

 自分一人の力では、少女を救うことはおろか、自分の命を守ることすら覚束ない。

 

 だから、助けてほしい。

 誰でもいいから、こんなふざけた結末を変えてほしい。

 どれだけ身勝手で、無様な願いかはわかっている。でも、九条の力では何もできないから。

 

 

(誰か…………!!)

 

 

 誰にも届かない、けれど確かに誰かを求めた声。

 拾い上げることなど誰にも出来なかったハズのその声はしかし、この時確かに拾い上げられたのだろう。

 

 

「サーヴァント・セイバー。召喚に従い参上した」

 

 

 その声とともに、圧倒的な存在感を放つ人影が九条の前へと降りたった。

 

 それは、まるで魔法のように。

 九条に害なす音と光を一瞬で吹き散らして、こちらへと振り返る。

 

 

「問おう。貴殿が私のマスターか」




※一か月近くもかかってしまった……!!


???「横槍だ。ランサーだけにな」

色々とツッコミどころもあると思いますが、生暖かい目で見ていただければ……


【CLASS】ランサー
【真名】???
【マスター】???
【性別】男性
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力B 耐久E 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:B+
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 たとえBランク以上の魔術であっても、それが性別に依存する魔術ならば効果を軽減できる。

【固有スキル】
???

【宝具】
『???』
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:ー
最大補足:1人
 ダメージを無効化するランサーの肉体。
 以下、詳細不明。
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