Fake/Another apocrypha after 作:ハトスラ
「問おう。貴殿が私のマスターか」
声に、呆然とその男を見上げる。
武人、という言葉がしっくりくるような男だった。
短く切りそろえられた青い髪。血の色のような赤い瞳。二メートルを超えるだろう長身と、それを覆う筋肉の鎧。
右手に長剣。左手には獅子の意匠が施された盾。
大柄な身体を包むのはピッタリとした青い衣装で、その上から要所を守るように金属鎧が装着されている。
「ます、たー……?」
問われた言葉の意味がわからない。
わかるのはただ、この男もまた、今宵出会った人ならざる者達と同じ存在だということだけだ。
いや、もう一つわかることがある。
(こいつは……味方、だ)
確かに一度、この男には守られた。ローブの男の攻撃から助けてもらった。
だけどそれだけじゃない。
理屈なんてないけれど、この男は九条を助けてくれるモノだと理解できる。
その理解と同時、右手に痛みが走った。
「……っ!!」
まるで火傷を負った時のような痛みに、反射的に右手に目を向ける。
少女を抱き上げた時、彼女の血で赤く染まった九条の右手。その手の甲に、血よりもなお赤い不可思議な紋様が浮かんでいる。
「……?」
なんだこれ。
そう思った瞬間、九条の眼前で光が弾けた。
はっ、として顔を上げると、男が剣を振り切った状態でこちらに背を向けている。
「令呪を確認した。これで契約は完了だ。マスター、指示を」
「え、契約って……。いや、それよりも────」
その続きは閃光と轟音にかき消された。
都合三回。
セイバーと名乗ったその男に触れる度、ローブの男が放った光の球が弾け飛ぶ。
「……とは言っても、状況は一目瞭然だな」
無傷。
低く呟いたセイバーが、その言葉だけを残してローブの男に疾走を開始する。
「セイバークラスの対魔力か! 忌々しいなッ!」
「主従の誓いの最中に攻撃とは、あまり行儀がいいとは言えないな。キャスター!」
「ぬかせ青二才が。敵前で悠長に会話なぞしている方が悪い!!」
憎らしげな声とともに、セイバーに向けて極太の光の柱が放たれる。
光に込められた膨大な魔力。恐らくはAランクに到達する魔術行使。
それを理解していながら、セイバーは一瞬たりとも足を止めず、むしろ加速しながら光の奔流に飛び込んでいく。
直後、先ほどと同じように光が掻き消えた。
生身の人間が触れれば即、蒸発してしまうであろう光の柱は、その実なんの破壊ももたらすことが出来ないまま、魔力の残滓へと還っていく。
「チィッ!?」
自らの魔術が打ち消される様子を見て、キャスターが舌打ちとともに跳びずさった。
だが、ここは既にセイバーの間合いだ。
右手に握った長剣が風を切って唸り、後退するキャスターに食らいつく。
「くっ!?」
身を裂くかに思われた長剣はしかし、咄嗟に掲げられたキャスターの剣に阻まれた。耳障りな金属音を発して刃と刃が火花を散らす。
セイバーは僅かに息を呑んだ。よもやキャスタークラスが剣を携え、あまつさえ自分の剣を受け止めるとは思いも寄らなかったのだ。
が、それでキャスターが有利になったかと言われればそうではない。むしろ状況的には未だセイバーが優位だ。
「ハッ!」
息を鋭く吐き出しながら、鍔迫り合う刃を弾く。
今の僅かな押し合いで、接近戦におけるキャスターの能力は大方把握した。
まず筋力値は自分の方が上だ。
次に、キャスターはセイバーに対魔力があることを知った上で、魔術による攻撃、あるいは牽制を仕掛けてきた。つまりこれは剣を持ってはいても、近接戦闘で有効に立ち回れるだけのステータスないし、技量が足りていないということ。
加えて、キャスターの剣からはろくな魔力を感じられない。見たところ儀礼用の剣ではなさそうだが、それでもただの武器の域をでない代物だろう。これが宝具とはどうにも考えにくい。
ならばこの立ち位置でセイバーに敗北はない。
剣を弾かれた衝撃でキャスターが体勢を崩す。
その体勢が再び整うまでに、翻した長剣の一撃。
胴へと向かう刃は、今度もキャスターの剣に阻まれた。
だが構うことはない。ここはセイバーの間合いで、剣を使った白兵戦はセイバーの土俵だ。
二撃、三撃。とさらに長剣を振るいキャスターを攻め立てる。
その度、耳障りな金属音とともに、火花と言うには大きすぎる光が夜の闇に弾けた。
「魔力放出スキル……かッ!」
「さてどうかな」
憎々しげに吐き捨てるキャスターに、セイバーは余裕を持った声色でとぼけてみせる。
と同時、両者の間で再び刃同士が激突し、一際まぶしい光をともなって弾けた。激突の瞬間に迸った光は、火花というよりむしろ稲光のようにも見える。
キャスターは今度も防御を成功させるが、その顔には明らかに余裕というものが欠落していた。
それも当然だろう。剣同士が打ち合うごと、キャスターの側に叩きつけられていく魔力量は尋常ではない。
剣を通じて返ってくる反動から、セイバーは自分の剣に込められた威力を正確に感じ取った。自分で受けたくはないな、とすら思う。
剣士であるセイバーですらそうなのだから、自らの不利な間合いで受けに回ったキャスターの心情は推して知るべしである。
「むぅっ!?」
五回目の衝突の際、とうとうキャスターの手にした剣が粉々に砕け散った。
同時に、受けに回ったその身体が、取り返しのつかないほどに大きく傾ぐ。
訪れた絶好の機会。
その機を逃すセイバーではない。
これまでの小手調べとは全く違う、全力の踏み込み。
長剣を握る右腕の筋肉が盛り上がり、瞬きすら許されない程の速度で刃が振るわれる。
「ガッ……!!」
キャスターの苦悶の声。
長剣は、狙い違わずキャスターの黒いローブへと吸い込まれた。肩から脇腹に抜けるよう、バッサリと袈裟斬り。
誰が見ても疑いようもない程のクリーンヒット。長剣はキャスターを捉え、その感触を自らの担い手へと返す。
だが、
「むっ!?」
……苦悶の声と疑念の声は同時だった。
斬撃の衝撃と離脱の勢いそのままに、キャスターは大きく後退しセイバーとの距離を離す。
一方のセイバーは追撃をかけるでもなく、自らの得物とキャスターのローブ姿を見比べ、足を止めていた。
「浅い……、いや
今の一撃は威力、速度、タイミング、どれをとっても申し分ないものだった。仮にキャスターの耐久値がA判定であったとしても、立ち上がれないほどの傷を負わせたであろう自信が、セイバーにはあった。
にもかかわらず、キャスターは存命である。
それどころか目に見えた損傷もない。肩口から袈裟斬りにされたローブからは血が滲んではいるが、おそらくは簡単に治癒できる程度のものだろう。
「今のは存外堪えたぞ、この馬鹿力めが」
「大した痛手でもないクセに、よく言う」
ヒュンッ、と長剣を振るい、刃に残った僅かな血糊を落とす。
セイバーの攻撃を受けて軽い切り傷程度。耐久値の高さだけでは説明がつかない頑健さである。
「尋常ではない硬さだった。今の踏み込みで、その程度しか刃が通らぬとは。
そのローブの下、何か仕込んでいるのか」
だとすれば、それは堅牢な鎧か。あるいはキャスターらしく防性の魔術か何かか。もっと別のスキルか。もしかすると、それは……、
「宝具、か?」
「答える馬鹿がどこにおる?」
訝しげに目を細めたセイバーの言葉を、キャスターは取り合うことなくあっさり切って捨てた。
サーヴァントとはかつての英雄の写し身だ。そして英雄とは皆、なにかしらの偉業を成し遂げた人物である。
で、あるなら。英雄たちは偉業を成し遂げるための能力を、道具を必ず持っている。その英雄を言い表すシンボルとも呼べるそれが『スキル』であり、『宝具』である。
古今東西の英雄を喚びだし戦い合わせる聖杯戦争では、それこそ星の数ほどのスキルと宝具が飛び交う。
未来予知に近い直感。
日中は能力が三倍になる特異体質。
因果逆転の槍。
海魔を喚び出す魔道書など。
その中にあっては、『受けるダメージを軽減する』スキルないし宝具など別段珍しいものでもない。数ある英雄譚の中には『無敵の肉体』を持つとされる英雄が何人もいるのだ。
聖杯戦争のセオリー通りに事を運ぶなら、戦う相手の情報を集め、真名を看破し、伝説からその英霊の弱点を見つけだし、敵のスキルと宝具を打ち破って倒す、という流れを踏むべきだろう。
実際、相手の能力を知っているのと知らないままでいるのとでは、戦い易さが大きく異なる。キャスターがこちらの斬撃の威力を軽減した能力の秘密さえわかれば、それにうまく対処して、あっさりと殺せるかも知れないのだ。
セイバーだってそれくらいはわかっている。
わかってはいる、が。
「まあ、なんであれ関係ないか。
確かに硬くはあったが、全く傷つけられなかったわけでもない。悪いがこのままゴリ押しで勝負をつけさせてもらう」
たとえ何かしらの防御能力があろうとも、そんなものこちらの勝利には関係がない、とセイバーは言い切った。
実際、勝利の天秤は未だこちらに傾いたままだ、とセイバーは考える。
キャスターは確かにこちらの攻撃を受け、かすり傷程度のダメージしか負わなかった。アレは致命傷には程遠く、僅かな魔力と時間で簡単に治癒できる程度のものでしかない。
それでも傷を負わなかったわけではないのだ。
対し、キャスターの攻撃でセイバーは傷を負わない。
僅かでも傷を負う者と無傷の者。
最終的にどちらが勝ち残るかなんて言うまでもない。
加えて、相手がキャスタークラスなら安直に退き下がることが上策とは思えない。
聖杯戦争に呼び出されるサーヴァントたちには、各々割り当てられたクラスによって『クラス別スキル』なるものが与えられている。セイバーなら『対魔力』、ライダーなら『騎乗』といった具合だ。
その内、キャスターに与えられるのは『陣地作成』。魔術師として自分に有利な工房を作成することが可能になるスキルだ。
どの程度の工房を作り上げられるかはその英霊ごとに差があるだろうが、それでも確実に言えることはある。
陣地とは一朝一夕で作り上げられるものではなく、ある程度の時間をかけねば作成できない。
反面、時間をかければかけるほど趣向を凝らした陣地を作成することが可能である。
そしてキャスターの陣地が強力になることは、キャスターが強力になることと同意なのだ。悠長に退いてキャスターに時間を与えれば、間違いなくこちらが不利になる。最悪の場合、勝負にすらならずに脱落させられてしまうかもしれない。
故に、この敵は倒せる時に倒す。
長剣を握りなおし、開いた距離を埋めるべくセイバーが疾走を開始する。
先の攻防から察するに、キャスターを再び剣の間合いにさえ捉えれば、その時点でセイバーの勝ちは決まったようなものだ。
にも関わらずキャスターはその場から全く動くことなく、口元を苛立たしげに歪ませて、迫り来るセイバーを待ち受ける。
「勝負をつける? ……あまり図に乗るなよ、小僧ォ!」
まさにキャスターに躍り掛かろうか、というタイミングだった。
キャスターの苛立ちを含んだ声とともに、彼を中心とした周囲数メートルに濃い霧が発生する。
自然現象ではありえない発生の仕方。なんらかの魔術であることは明らかだ。
だが、セイバーには魔術を無効化する対魔力が備わっている。たとえこれがAランクの魔術であったとしても、先の攻撃同様セイバーには届かない。
キャスターは既に目前。セイバーは、円形に広がっていく霧を無視して、眼前のキャスターに剣を叩きつけた。
ザクリ、という感触とともにキャスターの腕から鮮血が舞う。
セイバーの長剣は、今度もその威力を大きく削られ、キャスターに致命的な傷を与えることが叶わなかった。盾のように差し出された左腕に刻まれた傷は、先ほどよりもさらに浅い。
秒単位で出血が治まり、次いで斬られた傷が、その痕跡すら残さずに消失する。
その様を見ながら、セイバーは追撃をかけなかった。
いや、
「ガッ……、ハ」
至近距離にいたキャスターから大きく距離を取り、膝を着く。
喉元にせり上がってくるものを堪えようとして、堪えきれなかったものが口内から溢れた。
唇の隙間から漏れた鮮血が、口元を伝ってポタポタと地面に赤黒いシミを作る。
「キャスターは魔術しか使えぬ、と侮ったな。セイバーのサーヴァント」
「ぐっ……」
キャスターを中心に発生した霧。その向こう側から、こちらを見下すような声が聞こえてくる。
剣を地面に突き立て膝を着いたまま、セイバーはキャスターを────キャスターの周囲を覆う霧を睨んだ。
「その、霧……。魔術では、ないようだな」
言いながら吐血する。
肺が爛れたような感覚。霧を睨む視界が揺れ、長剣を握る腕にも僅かな痺れがあった。
外側よりも、むしろ内側へ与えられたダメージ。
おそらくは何らかの毒。それが霧状になってキャスターの周囲を取り囲んでいるのだろう。
セイバーが吸い込んだ霧は、およそ一呼吸分程度だったが、受けたダメージは甚大だ。
『触れればアウト』という訳でもなさそうなのが唯一の救いか。もしそうだったとすれば、霧に触れていた身体にも、皮膚が焼ける程度の被害は与えられていたハズだ。
「この身は確かに
「なるほど。確かにそれはその通りだが……。さて、まいったな」
キャスターの言葉を受けて、思わず本音が漏れてしまう。
対魔力スキルで無効化できるのは魔術のみだ。
逆説的にキャスターを取り巻く霧は魔術による攻撃ではない、ということになる。カテゴリーとしては、剣や弓などによる通常攻撃と同じ位置取りか。
信じられないような話だが、あのキャスターにとってこの霧は、蹴りや拳を放つのと同じようなものらしい。
対魔力スキルが通用しない毒の霧。
正直な話、とてつもなく厄介だ。
剣士であるセイバーは、剣の間合いまで詰めなければキャスターに攻撃が出来ない。そしてキャスターの霧の射程はセイバーの長剣よりもずっと広い。
つまりセイバーがキャスターを攻撃するには、霧の中を突っ切るしかないということ。
しかしあの霧の威力はたった今、身をもって知った。こちらの攻撃を軽減するキャスター相手に、あの霧の中で戦えば、先に参ってしまうのはこちらの方だ。
毒の霧。そのたった一手で有利な盤面を覆されてしまった。
「形勢逆転、といったところか。
まあ、そちらも腐っても英雄。
自分自身のことを引き合いに出すかのようなその言葉。
言外に『出来るはずがないだろうが』と言われているような、挑発的な意志を感じとる。
「……」
しばし黙考する。
あの霧を攻略しなければ、セイバーに勝機はない。キャスターの防御力を前に、霧の中で長々と戦闘を行えるほど、こちらの体力に余裕はない。
断っておくが、これはセイバーが低耐久だということではなく、あの霧の威力が尋常ではないというだけだ。数多くいる英霊の中でも、あの霧の中で平然と活動できる英霊は一握りだろう。
故に、キャスターを倒すには、キャスター自身が言ったように近接戦闘以外の方法が望ましい。七つのクラスで言うなら、飛び道具を所有するアーチャーの相性がいいだろうか。霧の射程外から攻撃することが、単純にして最も正しい攻略法だろうと思う。
そして奇しくも、そういった『霧の射程外から撃てる武装』ならセイバーも持っている。
他の剣士連中はどうだか知らないが、自分にはあの霧に触れずにキャスターを攻撃する術があるのだ。
だが、それは……、
(こちらの
あえてもう一度言うが、宝具やスキルはその英雄の持つ逸話に密接に絡んでくるシンボルとも言えるものだ。それ故、英雄の真名が割れれば、その英雄がどういった戦力なのかは自ずと知れる。
そしてその逆もまた然り。宝具が割れればそれを所有する英雄が何者なのかも容易に知れる。
そのため、聖杯戦争では出来るだけ自分の戦力を隠しながら戦うことがセオリーとされているのだ。
それを、この霧を破るためとは言え、こんな序盤で宝具を開帳するような真似をして良いものか。
宝具を解放してキャスターを倒せれば問題はないが、もしキャスターが生き残った場合、こちらの手の内を一方的に晒すことになる。そうなれば今次の聖杯戦争において、セイバーは圧倒的不利に立たされることになるだろう。
「どうした? 切れる手札があるのなら、今の内に切った方が良いと思うぞ?
あるいは打つ手が無いと言うのなら……、ここでこのまま引導を渡してやろう!!」
声とともに霧の濃度が、その射程が上昇する。
キャスターを中心に、遅々とした速度ではあるものの、確かに霧がセイバーに向けて延びてくるのだ。
「チッ」
舌打ちを残して後退する。
セイバーの持つ防御スキルでどうしようもない以上、あの霧には触れぬことが最善だ。
宝具を解放してでも攻めるべきか。
あるいはこの場ではマスターを連れて逃げるべきか。
迷いしながらも、後のことを考えるならば後者を選ぶべきだと、セイバーは決断を下そうとしていた。
一方で、セイバーとキャスターの激突を見ていた九条には、何が起きているのか正確に理解することが出来ていなかった。
かろうじて理解が追いついたのは、セイバーと名乗った男がキャスターと呼ばれた男を斬りつけたこと。何故かキャスターは死なず、どこからか霧が発生し始めたこと。霧の中に入ったセイバーが、血を吐いてひざまずいたこと。
今はキャスターを中心に、ゆったりとした速度で霧が広がっている。セイバーはどうやらそれに触れたくないらしい。勢いよく攻め込んでいった時とは裏腹に、少しずつだが後退を始めている。
「う……」
九条の腕の中で、少女がうめき声を上げた。
血を流して意識を失った彼女は、苦悶の表情を浮かべながらも、まだ確かに息がある。
九条を助けようとしてくれた少女。
彼女だけでも助けたいと思った。だから無駄だと思ってもキャスターに立ち向かったのだ。
結局、九条にはどうしようもなかったけれど、どこからかセイバーと名乗る男がきてくれた。
セイバーがキャスターを斬りつけたとき、これで助かったと思った。同時に、少女を助けられるかもしれないと希望を抱いた。
だが実際にはキャスターは死なず、逆にセイバーが追いつめられている。
セイバーとキャスター。相変わらず、彼らがどういった存在なのかはわからない。
それでも人間の範疇を大きく超えた何かであることは感じ取れた。さらに言えば、二人が対立していることは状況を見れば明らかで、セイバーが九条の味方をしてくれていることもまた容易に感じ取れる。
その上で、もしこのままセイバーがキャスターにやられれば、次は自分たちの番だということはわかった。元々キャスターという男は九条たちを襲撃しにきたのだから。
九条は深く息を吸い込んだ。
自分が置かれた状況への理解なんて曖昧なままだ。なぜキャスターが自分たちを狙い、なぜセイバーが自分たちに味方してくれるのかもわからない。
それでも、いい。確かに言えることがあって、僅かでも少女を助けられる目があるのなら、何もわからなくったって構わない。
「セイバァァァァァァアッッ!!」
「!」
わからないまま叫んだ。
その絶叫に、キャスターへと意識を傾け続けていたセイバーの視線が向けられる。
「俺には、お前がなんなのかなんてわからない! それでも俺のことを『
腕の中にある体温を強く意識する。
今きっと、九条が叶えたい願いなんて一つだけ。
「俺は、この娘を助けたいッ!! そのためには、
はっきりとセイバーの目を見る。
感じ取れる圧迫感にも似た気配は、今宵出会った人ならざる者と同じかそれ以上。
それでも、開き直った九条が後込みすることはない。もっと大切なことを前に、そんなものは些細な障害にもなり得ない。
「だから、そいつをぶちのめせ!! セイバーッ!!」
九条の叫びをどう捉えたのか。
セイバーは僅かに瞠目し、霧の中にいるキャスターは不愉快そうに眉根を寄せた。
そして、
「ク────」
血の跡が残るセイバーの口元が歪む。
九条の切実な願いを前に、セイバーが漏らしたのは獣めいた笑みだった。
「ハハッ、女を救いたい。そして、ぶちのめせときたか……。
いいぜ、気に入った!
九条の言葉の、いったい何が琴線に触れたのか。
心底うれしそうに語るセイバーからは、最初に感じた武人の雰囲気はなりを潜め、代わりに少年のような、あるいは無邪気な獣のような気配が発散されている。
「地金が透けているぞ、セイバー」
「おっとこれは失礼。思いもかけず、良いマスターに巡り会えたものでつい」
キャスターの指摘に、笑みを浮かべた口元を隠しもせずにセイバーが答えた。
対し、キャスターは不愉快そうな顔のままセイバーの言葉を鼻で笑う。
「アレが良いマスターだと? そう思っているのなら、随分な節穴だ。見たとこ、魔術の素養もない脆弱な一般人だろうに」
「人の上に立つ者に求められるのは、力よりも心だと思うがね。
ともあれ我がマスターからの最初の命令だ。謹んで貴公をぶちのめすこととしよう」
「笑わせるな。貴様の攻撃力は実際大したものだが、それでもこの身を殺し尽くすには至らぬ。それは先の突撃で理解していよう? そして貴様には、この霧を防ぐ手だてはない」
セイバーにキャスターは殺せない。
確かに、セイバーの剣をまともに受けて平然としているキャスターの姿を九条も見ている。そして霧の中に入ったセイバーが血を吐くところも。
だがそれを承知で、九条はセイバーに願いを託した。
この窮地を脱するには彼の力でなくては不可能だと、彼の力で不足なら諦めるしかないのだと、そう思ったから。無茶だと思う願いを、彼に託したのだ。
「ああ。それには全く、反論のしようもないが」
セイバー自身も、キャスターが突きつけた言葉が覆しようもない事実だと認めているのだろう。答える声には反発の色が見受けられない。
それでもセイバーはキャスターに向けて剣を構えた。
九条の発した無茶な命令。それを押し通そうとでも言うかの如く、剣を構えてくれたのだ。
直後、彼の持つ長剣から甲高い音と、眩いほどの光が発せられる。
「ならば霧の外から、殺させてもらう」
セイバーの声に、九条の身体が総毛立つ。
あるいはこれが、剣気や殺気と呼ばれる類のものなのだろうか。ライダーやキャスターに殺されかけた時と同様に、九条はセイバーの全身から死の気配を感じ取る。
そしてそれは、直接その気を向けられているキャスターの方が顕著だったらしい。
「……宝具!」
そう叫ぶ声には、先ほどまでの苛立ちや嘲りはない。純粋な警戒の色。
人を大きく凌駕するキャスターをもってしても今のセイバーは危険だということか。
「こちらの切り札だ。遠慮せずに貰っておけ」
セイバーが放つ死の気配に呼応するかのように、長剣から聞こえる音が強く高くなっていく。
刀身から発せられる光は、バチバチと音を発てて弾け、大気を焦がしてゆく。まるで放電現象のよう。
剣としてはあり得ない状態に、九条は臨界寸前の炉心を幻視する。
そう、炉心だ。
剣に溜め込まれた『得体の知れないナニか』をぶん回し、熱量を上げて外の世界へと解放していく炉心。
今あの剣から発せられている音と光は、単にその一部が漏れ出しているだけなのではないかと、そんな風に夢想する。
「初戦から大盤振る舞いにもほどがあろう? ここで宝具を晒して我を仕止められなければ、不利になるのは貴様だぞ?」
「忠告、痛み入るが……。後のことは後に考えることにするさ」
セイバーはそう言ってのけ、その後ニヤリと口元を歪ませると、
「それにその焦りよう。どうやら私の剣に、それなりに恐怖を感じているようだ。これは、そこそこ以上の成果が期待出来そうだな」
おどけたように、そう結論した。
「恐怖だと? この我が貴様程度の剣に? 自惚れも大概にしておけッ!!」
キャスターが激昂する。
彼の周囲を漂い少しずつ範囲を広げていた霧が、さらに流動を早め展開。否、まるで防壁のように姿を変えセイバーとの間に立ちふさがった。
霧の壁。
白い色の霧は、壁の形に変形してからその色を毒々しく変色させていく。白から赤へ。赤から紫へ。紫からさらにどす黒い色へと。
「このまま圧し潰してくれよう!」
キャスターの命を受けて、霧の壁がセイバーに向けて前進する。
防壁だと思ったものは、その実、やはり攻撃するための武器だったらしい。
あるいは攻防一体の万能兵器か。あの壁に見た目通りの強度があるなら、防壁としても十分に機能しよう。
迫る霧の壁を前に、しかしセイバーは微動だにしない。
もはや避ける必要などないとばかりに、帯電し甲高い音を発てる長剣を振りかぶった。
剣に溜め込まれたナニかが、解放される時を感じ取り一際大きな音と光を放つ。
炸裂するのだ、となんの素養もない九条ですらその瞬間を予感した。
「アーチャー」
その、タイミング。誰もがセイバーの剣へと意識を持って行かれたそのタイミングで、九条の耳へと、か細い声が届く。
え、と思わず声の出所へ視線を移した瞬間。
天空から銀の雨が降り注いだ。
雨はセイバーとキャスターの中間位置に落ち、セイバーへと迫っていた霧の壁を削り散らしていく。
否。これは雨ではなかった。正確には雨の如く降り注ぐ矢。矢尻が星明かりを反射して銀の雨に見せていただけ。
それを悟ったセイバーは驚愕する。
恐るべきはその速射性だ。
矢を飛ばすなら武器は弓だろう。ひとたび矢を放つ為には矢をつがえ、弓を引き、放すという動作が必要となる。雨と見紛うほどの連射を可能とするには、一体どれほどの修練が必要だというのか。
セイバーの見立てではかなりの強度があったハズの霧の壁を、通常攻撃に過ぎないだろう矢の連射で無理矢理に削っていく。
「「アーチャーか!」」
セイバーとキャスターの声が重なった。
セイバーは宝具の使用を中断。矢の降り注ぐ地点から離れるべくバックステップを踏む。
対するキャスターはセイバーへと向けていた霧の壁を解除。文字通り霧散した霧を、再び自身の周囲に展開して防御の構えを見せる。
霧の壁を穿っていた矢が、標的の失せた空間を射抜いたのは一瞬。一瞬の後には、目標を再照準して矢が空を走った。
「ぬおぉぉ!?」
標的はセイバーではなくキャスター。
霧による防御も驚異的な矢の連射で削り取り、雨あられと降り注ぐ矢がついにキャスターへと到達する。
矢の雨に晒されたキャスターからは、驚愕とも苦悶ともつかない声があがった。
その様を見て、セイバーは左腕を構える。左に握るのは長剣ではなく獅子の意匠が施された盾だ。
アーチャーがキャスターを狙うのなら、セイバーとしてはそれに乗じて追撃をかけるだけ。
「我が敵を引き裂けッ!」
左腕を大きく振りかぶり、踏み込みとともに盾を投擲する。
セイバーの盾は、ただの防具ではない。盾の縁を刃としても使用可能なこの盾は、防具でありながら武器としても十二分の性能を持つ。
ましてそれがセイバーの膂力で投擲されたのなら、並の投擲武器など及びもつかない威力となる!
空気の壁をぶち破って、投げられた盾がキャスターへと迫った。
矢に晒され続けているキャスターのローブに、獅子の盾が食らいつく。
矢の雨と獅子の盾の連撃。通常のサーヴァントならばそれだけで脱落しよう。
しかしこのキャスターの耐久に至っては、やはり他のサーヴァントとは格が違った。
「ぐ、おおおおお! き、さまら……、図に、乗るなァッ!!」
キャスターが吼える。
魔力を爆発させて盾を弾き、矢の雨を押し返す。
僅かに開いた攻撃の隙間で霧の壁を二重、三重に再展開。大きく後退し、狙撃地点から逃れた。
「これでも仕止めきれないか」
もはや仕止められないと判断したのか、矢の雨が止む。
ブーメランの如く戻ってきた盾を回収して、セイバーは息をついた。
真名解放こそしなかったものの、今の投擲にも相当の威力が乗っていたハズだ。加えてアーチャーからの攻撃もある。
にも関わらずキャスターは健在だ。目に見えて傷は増えているものの、やはり脱落には程遠い。やはりなんらかの宝具かスキルの恩恵があるのだろう。
と、視界の端に一人の青年が着地するのが見えた。
枯れ草色の外套をたなびかせ、手には木製の弓。とすれば、今し方の乱入者は彼だろう。
位置取りはセイバー、キャスターからやや離れた地点。三人を線で結んで丁度三角形になるような位置だ。
「やってくれたな、アーチャー」
「それはこちらの台詞です、キャスター。私のマスターを傷つけたツケは、その身で支払っていただきましょう」
「馬鹿がッ、傷を負わせるのが嫌ならどこぞに閉じこめておけ!」
「ふむ。状況はよくわからないが」
アーチャーとキャスターの口論に口を挟む。
「これは三つどもえか? あるいは、二対一ということでいいのかな?」
二騎の動向を伺いながら問いかける。
先の行動を見るに、すぐさまアーチャーを敵に回すことにはならないだろうが、断言は出来ない。利害の一致で一時的に共闘関係を結ぶことはあるかもしれないが、最終的には自分以外のサーヴァントは全て敵というのが聖杯戦争である。
アーチャーはセイバーを警戒はしているようだが、弓はキャスターに向けたまま。
キャスターはセイバー、アーチャーの両者に殺気を叩きつけている。
「確認するまでもない。二対一だろうがなんだろうが、我をここまでコケにした貴様らは二人ともこの手で殺す」
「なるほど。これは勇ましいな」
言って、キャスターに剣を向ける。
これで後はアーチャーの動向次第。三つどもえの展開になれば、射程の問題でセイバーは一気に不利になる。脱落しない為には、今度こそ宝具を解放するしかなくなるかもしれない。
そうでなくてもこのまま続けるのなら、誰かしら脱落してもおかしくない状況である。
初戦から大きく戦況が動くな、とセイバーが思ったその時。こちらへと殺気をむき出しにしていたキャスターの殺意が薄れた。
「退け、だと? ここまで好き放題にされておいて、我に退けと命じるのか!?」
あらぬ方向を睨んだキャスターが、虚空へとそう叫ぶ。
会話の相手はマスターか。どうやらキャスターのやる気とは裏腹に、キャスターのマスターは彼を撤退させるつもりらしい。
「チッ、こんなことで令呪を使われても叶わん。いいだろうここは退いてやる」
苛立ちも露わにそう吐き捨てると、キャスターの姿が薄くなっていく。霊体化して戦場から退散する腹積もりか。
「逃げるのですか、キャスター」
「ふん、貴様らはいずれ必ず我が殺す。それまでせいぜい必死で生き延びることだな」
アーチャーの挑発にそう返して、キャスターの気配は戦場から完全に消えた。
正直な話、助かったと言うべきか。今の状態での三つどもえも、宝具の解放も出来ることなら避けておきたかった。
消えゆくキャスターに挑発めいた言葉をかけたアーチャーも、内心ではセイバーと同じだったのかもしれない。注意深く観察すれば、彼もまた大きく消耗していることが見て取れた。
「追わなくてもいいのかな?」
「追えませんね。少なくとも貴方がここにいる状況では」
あえてそう問えば、少しばかり棘のある言葉が返ってくる。
チラ、と自分のマスターに目を向けて、ああ、とセイバーは納得した。
つまりセイバーのマスターとなった青年が抱えている少女こそが、このアーチャーのマスターであったと、そういうことだろう。
成る程。確かに傷ついた自分のマスターを、敵対マスターとそのサーヴァントの元に残していけるハズもない。自分がアーチャーの立場であっても同じ行動を取るだろうことは容易に想像できた。
だが、この場においては少しばかり事情が異なる。
「あの少女が貴公のマスターか。貴公の心配は当然のものだが、私は私のマスターの方針で彼女には手が出せなくてね」
「……どういうことです?」
「傷を負った彼女を助けたいと、そう言った。そして私はその
こちらに戦う意志はない、と証明するために剣と盾をしまい込む。
敵対サーヴァントを前に馬鹿げた行動だとは思うが、セイバーは自分のマスターの願いを聞いて、それを叶えてやりたいと本気で思ってしまったのだから仕方がない。
ここでアーチャーと争うような展開になれば、その分少女の治療が遅れることは明白だ。主人の願いを叶えるためには、アーチャーと戦う訳にはいかない。
こちらの様子を見て、アーチャーから敵意が消えてゆく。弓は手放さないまでも、どうやら戦う意志自体はかなり薄くなったようだ。
と、その時。
「アーチャー、武器をしまって」
「君っ!」
「マスター!?」
鈴の音を転がしたような声に、セイバーのマスターとアーチャーが機敏に反応する。
声の出所に視線を向ければ、アーチャーのマスターが自らの足で立ち上がるところだった。
僅かに目を見張る。少女の脇腹から下は少女自身の血でベッタリと赤黒く染まっていた。
どう見ても重傷。仮に何らかの手段で傷を塞いでいたとしても、あの出血では立っているのも辛かろう。
「もう一度言います。アーチャー、武器をしまって」
「……っ、わかりました」
傷を受けたことなど感じさせない静かな声に、アーチャーの手元から武器が消失する。僅かに残っていた闘争への緊張感は完全に霧散した。
「君、立っても大丈夫なのか!? 傷は……!」
「ご心配なく。大丈夫です」
「いやでも」
「大丈夫です。それよりも、」
少女を支えようとするセイバーのマスターを片手で制して、少女は自身のサーヴァントに問いかけた。
「ライダーとランサーは?」
「何とか離脱はしましたが、追ってきているかも知れません。理想はあの二騎で戦っていることですが」
「そこまで上手くはいかないかしらね。……アーチャー。周囲の警戒を」
「了解しました。……マスター、傷は本当に」
「ごめんなさい、不覚をとったわ。危なかったけれど、本当に大丈夫だから」
「分かりました、その言葉を信じます。ですが、無理はなさらぬように」
主を心配する言葉を残してアーチャーが消える。
霊体化して周囲の索敵に入ったのだろう。弓兵は総じて目が良いから、役割としてはとても正しい。
「しかし、今ライダーとランサーがどうとか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが」
「貴方、セイバーのサーヴァントで間違いない?」
「む?」
ここで自分に話を振られるとは思わなかった。
セイバーとしては先ほどから少女の身を案じ続けている我がマスターと会話してやってほしいところだが、状況と少女の雰囲気を見るにそんなことを切り出せる様子ではない。
「いかにも私はセイバーのサーヴァントだ。君の隣に立っている彼に召喚された」
「え、俺が召喚って……」
「そうだと思ってたけど、やっぱりそうなの。……薄々は貴方も気付いているでしょうけど、貴方のマスターは素人ですよ」
「そのようだな」
自分がセイバーを召喚したと聞いて狼狽する青年を見て、半ば確信していたことは確信へと変わった。
だが例えマスターが魔術師として素人でも、セイバーのやることは変わらない。戦って勝つ。それだけだ。
「なので、貴方のマスターの今後の為に、連れて行きたい場所があるんだけど。彼のサーヴァントとして何か意見はある?」
「ふむ。唐突な話……、でもないのかな? 今後のためというのは、私のマスターに聖杯戦争について説明する、ということでよろしいか?」
「ええ。聖杯戦争は殺し合いですけど、やっぱり守らないといけないルールだってありますから」
「そういうことなら私に異論はないが。一つ質問をしても?」
「どうぞ?」
殺し合い!? と、状況についていけずに目を白黒させているマスターを見ながら、セイバーはアーチャーのマスターへと問いかけた。
「私たちは君にとって敵のハズだ。その敵に、なぜ塩を送るような真似を?」
アーチャーのマスターである少女は、何を当たり前のことをと言いたげに表情を歪ませて、
「魔術師として神秘の漏洩に気を配っているだけです。素人に好き勝手暴れられたら、たまったものじゃないもの。それに……」
「それに?」
「貴方たちにはキャスターから守ってもらいました。私、借りは早めに返しておきたい人間なのよ」
※もうじきufo版ステイナイトの2クール目が始まりますね!
それはそれとして。セイバー、ステータスしっかりして……
【CLASS】セイバー
【真名】???
【マスター】九条 レイジ
【性別】男性
【属性】中立・善
【ステータス】筋力A+ 耐久C 敏捷C 魔力D 幸運D 宝具C
【クラス別スキル】
対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。
所有する『盾』によって、ランクが向上しており、通常はBランクである。
騎乗:B
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣、聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
【固有スキル】
???
【宝具】
『???』
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1~4
最大補足:1人
獅子の意匠が施された盾。
装備中は装備者の対魔力をワンランクアップさせる。
また、縁が刃となっており武器としても使用が可能。真名解放によりその切断力を向上させる。