【タクティカル肝試し】鮫島事件について調べてみた! 作:はまっち
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警視庁公安部により抹消された
「日本全国の視聴者……もとい参列者のみんな、こんべつ! 境界対策課の非合法にして非公式バーチャルアイドル、鵠別供花だよ!」
スマホを片手に、供花は笑った。
纏うは狩衣。丈の長い袴を纏い、剣状の
黒い刀剣がないこと以外、術理を使うためのシロモノがないこと以外。それ以外の全てが、彼女の風体こそ
穢れの付いた腕を払う。夜闇の色の冷風を振るい、上気する頬を擦る。
身に沁みついた套路の動作を以てふっと一つ息を吐いた供花の姿はまさしく、現在進行形でスマホを持っていることを除いては名のある武闘家か祓魔師かといったナリに相応しい。
「今日はモシュさんからの
少女はチラリとスマホに目を移し、Wikip◯diaの白い画面を覗き見た。
鮫島事件。それはネットで語られる、
調べることすら烏滸がましく、知ることすらも悍しい。ネットの深淵に潜むソレは話題に出すことすらもそれを知るものは恐怖のあまり口を閉ざし、調べるものは公安警察によって始末されるという説すらあるという。
「見るなのタブーだとかビーレフェルトの類型だとか比礼益人事件のようなものだとか、面白くないモノだとただの釣りネタだとかただの2ちゃんのノリだとか色々あるけど、カンのいいモシュさんたちは多分知ってるはずなんだよ。……そう、鮫島事件は実在する!!!」
ドン!!という擬音がピッタリ似合うほどの咆哮。世界の真実を解き明かしたかのようなドヤ顔と共にスマホを下げた。
「――――って言ったのが、だいたい出勤前だよね」
すっ、と冷静さを取り戻したかのように、小さく溜息。低く沈黙する無人の闇を肌に感じつつ、供花は短い髪の襟足を掻きむしる。
「おかっしいな。私、なんだかんだ言って自分の配信は絶対削除しないようにしてるんだけど――」
まあなんだかんだ言って消されちゃうことも多いんだけども。ぽつりと呟きつつ、きょろりと大仰にあたりを見渡した。
人の姿だけがない、暗闇ばかりの繁華街。消し忘れのネオンと散乱する空き缶、コンビニの明かりが文明圏であることを示し、散らばるキャッチの名刺が後の祭りのような喧騒を暗に伝えてくる。
目の前には至る所の圧し折れた白いフードのヒトの姿。ナタにも似た大ぶりのナイフはアスファルトに転がり、黒く穢れの粒子へと変わりつつあるという一点のみでその事件性を否定する。
――二号級界異、“疑心”
装甲すらないような被服でも、穢れの装甲を身に纏い拳銃弾すら無為とする超常。なんの力もないような細腕であっても、鉄パイプを飴細工の如く拉げる異常。敢えて不審者に似た姿を取るという奇妙な性質を持った界異を……首の部分が明確にへし折れた死骸を一瞥しつつ、ため息混じりに液晶へと指を這わせた。
スマホの中に浮かぶのは数日前の配信画面。つい数時間前に残したはずの『鮫島事件』に関する動画はきれいさっぱり消滅し、「この動画は削除されました」の一文すらも出てこない。
まるで、調べること自体を何者かが拒絶しているかのような。そこには何もなかったと世界が否定しているかのような。
「……まあ、なーんか動いてるよねぇ」
ぽつり。感慨深く呟いて、ふっと零し。
なんの変哲もない日常動作であるかのように狩衣の袖をくるりと回しつつ、振り向きざまに手を翳して腰をひねる。
瞬間、頭を守るようにはためかせた袖を、黒い銃弾が突き抜けた。
「あっぶな……っ! スペインだかメキシコだかの剣術、Tw◯tterで見ててよか――」
続けて背後から、正面から。黒尽くめの影が迫る。疾駆するわずか一瞬で距離を詰めた小柄な影が、手にした棒のようなものを小さく振り下ろす。
母衣のように風を孕んだ袖を以て受け流し、続く突きを素手で跳ね上げ。返す殴打に裏拳を当てつつ、踏み込みと同時の背靠に向け袖を掴んで山落し。
払った地下足袋が空を切るのを直感するや否や、功夫に合わせるかのごとく寸勁を。後の先を掠める刀峰の裏打ちにスマホ越しの手刀を合わせ、手首を返して携帯を小太刀のごとく肩口へと刺し打つ。
轟音が二つ同時に響き渡り、大きくひび割れたアスファルトがもうもうと煙を上げる。
震脚から即座に飛び退きスマホを青眼に構えた供花は、一瞬止めていた息を吐き切るように叫んだ。
「――った!! いやマジで!! 色んな動画をY〇uTubeで見ててほんっとうによかった!!!」
「……取ったと思ったんですが」
土煙を抜けて、黒い人影が姿を現す。
黒いジャケットに黒のズボン。小柄な少女の風体であることを除けばまさしく真っ当な警察官。警官のソレにも似た拳銃を片手に、特殊警棒を再度伸ばす。
とはいえ。供花は半身を引きつつ、彼女を見やる。
暗い青色の髪と獣の耳は人間からかけ離れたモノであり、清祓班の結界を無視してこの場にいるという事を加味しなくとも少なくとも真っ当な人間でないことは一目でわかる。
呪詛犯罪者か、界異の一味か。ちっと舌打ちを隠しつつ、穢れに掻き消えつつあるフードを蹴り上げる。
「へっ……これほどの使い手とやるのは久しぶりだよ。具体的には昨日の半ギレ班長さんぶり」
「……風の動きが変わった……術式、祭具……いや、霊的な布ですね」
「ちょっとー、私のボケを無視しないでよ……っと!」
ぽつりと分析を続ける少女を尻目に、供花の視界を白いフードが覆う。界異“疑心”から引っぺがしたソレの一瞬の隙間をめがけてペグを真っ直ぐ手裏剣じみて打ち放ち、その勢いのまま大きく一歩首元を狙って飛び込んだ。
「トウシュ!!」
繰り出すはフェンシングにも似た突き。自らの身と踏み込みを隠すためだけに宙を舞わせたフードを左手で掠め取り、ナイフよりも短い間合いのスマホを剣先とばかりに腕を伸ばす。
刹那、眼前の少女は警棒を握ったままの手をスマホに添えて絡め、続けざまに供花の懐に背中を預けて潜り込む。
勢いを殺すことのない柔の投げ。ごりと拳銃を腹へと押し当てられる感触。
供花は狙い通りとばかりに小さく犬歯を煌めかせ、地下足袋をバネにしてトンと跳び、少女の目の前へ――背負投の軌道を敢えて大振りにするように。
「安パイじゃん」
ぱん、と銃声。腿を銃弾が切り裂く音。噴き出る血潮を半月に描きつつ、“形代”の呪詛が黒く染む。
ちっと舌打ち。痛みを堪えるより先に逆さまの視界で腕を伸ばす。手にしたフードをヴェールとばかりに頭へ被せ、視界を封じつつ逆手に少女の耳を摘む。
見えるはずがない。ほくそ笑み、投げ飛ばされる勢いで引き千切らんとする供花の手首を。
少女は極自然に、側頭と肩とで挟み固めた。
「っ!」
前傾。軽く左側に振られる身体。合気の小手返しにも似た術理を感覚で読み取り、腰を捻る。
続く体動。予想通りの力学を真っ向から切り捨てるよう、拳銃で撃ち抜かれた直後の左足を地へ。地下足袋で“疑心”の死体を踏みしめつつの震脚を。
――と、一拍。感じるより先に、供花は悔し気に眼を見開いた。
跳び上がる刹那に膝は折れ、喉を突くよう拳銃が突きつけられる。
がくん、と力を失った左足からは、黒く穢れに染まった血が絶えず溢れている。
「……安牌でしょう?」
「……なるほどね。タネが少し割れたよ」
供花は小さく嗤い、腕を地につける。
自分よりも背の低い獣耳の少女を見上げつつ、闘志を失わせることすらなく言い返した。
“形代”の呪詛を無視した超常の節理。「持ち主の破滅を防ぐ」という効力を真っ向から打ち果せるようなシロモノは――
「黒不浄弾でしょ。……ミワシ部隊のおっちゃんたちが使ってたからわかるよ」
「……ただのホローポイント弾かもしれませんよ」
「それで穢れが出ちゃオシマイでしょ」
もう少しマシなウソつきなよと鼻で笑う。
問答など不要とばかりに、少女は引き金に指をかけ。
「それと君。多分――――」
ぽつ。口をついて息を吐く。付いた膝をそのままに、右膝を立てるように。
霜が降りるかの如く絞られた引き金。雷管の爆ぜる音に、噴き出るガスの熱。
「――見えてないんだよ、ねっ!」
裂帛。古の剣豪の如く、稲妻にも似た居合抜き。咄嗟に手に取った“疑心”のナイフをネオンライトに煌めかせながら、弾けた銃弾ごと拳銃の銃口を切り落とす。
ほんの一拍遅れて踏み出された少女の肘鉄を切っ先で受け止め、圧す。伸びる前腕刀峰を頭突きで防ぎ、上段に振り下ろした勢いを拳銃の柄で押し留められ。後ろに崩れる重心を無理矢理しのいで爪先のみで発勁。ムーンサルトじみた前蹴りは空を切るも、一転大きく距離を離す。
「ムフッ。
「……スキル、霊体器官の類語……まさか境対にも“NARD”の関係者がいるとは思いませんでしたが」
「やだなぁ、私はヒーローになれないって。期間限定だもん」
軽口を叩く。頭を回す。
相手の素性はわからない。界異かもしれないし、呪詛犯罪者の類かも。
すぐれた武術に極限の身体能力。黒不浄弾を使ってくるような知能と、供花の手読みを一段凌駕する読みの筋。拳銃のような得物は既にないが、向こうには未だに警棒がある。
対するこちらは軸足を穿たれ、穢れが広まる始末。短期戦では分が悪く、耐久戦ではいずれ形代から削り落とされる。
「……境対課以外でこんな、『不浄狩り』だの『剣客』だの以外にこんな凄腕がいるなんて……世の中は広いなぁ」
マジかよと呻きつつ、弱気を祓うかの如くかぶりを振った。
「――つまりは『なんのために』ではなく、『いつ』『どこで』『なぜ』それが起こったかということに重点を置いて考えるとわかることも多い…………そうでしょ、八尋ちゃん!」
本人が聞くとまず「起こってしまった対人戦闘で考えることじゃね―ですよ」と言いそうなセリフをそらで吐き捨て、目の前の少女には見えていないのであろう穢れのナイフを最上段に構える。
相手の出方を探る時にはとことん不向きな――というか相手を先に倒すことを前提とした、薩摩的な剣術の構えを取る女を前に、警官姿の少女は顔をしかめながら拳銃を放る。
がしゃんと部品の散らばる音。費用と
はぁ。様々な情感を籠め、彼女は一つため息混じりに呟いた。
「……わかってはいけないこともあると、教わらなかったんですか」
「好奇心猫をも殺すってヤツ? あれ嫌いなんだよね、低SAN探索者をナメてるみたいで」
「……何か目的があって調べるヒトは嫌いです。……でも、遊び半分で調べて回るヒトはもっと嫌いです」
そういう人に限って妙に強いんだから。
無感動な言葉尻に混じる実感を捉え、供花はにまりと口角を上げた。
「それって褒め言葉? いやあ辛いね、有名人ってのは――」
「平均同接者数100人弱、私の仕事を100人分増やした位でよく言えますね」
「そりゃ情報が古いぜワトソン君。超人アクターとのコラボでもっと増えた」
「……残業確定です。お疲れさまでした」
「私は現在進行系なんだけど、そこんとこどうなのさ日向?」
軽く言葉を跳ね上げつつ、一歩。ざりと左足を滑らせ、間合いを詰める。
「そんなことよりさ、お話ししない? 私たちわざわざ殺し合う必要もなくないかなぁ。変な瘴がい負ってるっても、同じ人間でしょ?」
少女は答えず、左足を引く。右腕を前に突き出し、拳を構える。
空手の流儀。何も言う必要がないとばかりに、左腰へと手を添え気を保つ。
「そっか――。それは――プロだね――――」
少女が取るのは剣道の正眼と同じく待ちの構え。
ぴくり。少女の細まった目じりを目にとめつつ、半歩。軽くトンと足踏みを鳴らして、更に一歩。
千鳥足のような歩みを以てじわじわと間合いを詰める供花を前に、彼女のタネを暴くかの如く少女は獣耳を震わせる。
「……祓魔術、『反閇歩法』」
「こらそこネタバレ厳禁。指摘厨は嫌われるよ?」
一歩。更に半歩進んで足を揃え、再度左足を前に以て最上段を維持。
着々と祓魔術を行使するそぶりを見せる供花の懐へ飛び込もうと腰を落とそうとしたところで、供花は機先を制するかのように尋ねた。
「あっそうだちょっと聞いとくんだけどさ。ファブルちゃんと牛の首ちゃんと鮫島ちゃん、どれが呼びやすいと思う?」
私、やっぱ相手の名乗りがないと燃えないタチなんだよね。
気安く友人と話すかのような口ぶり。あと少女からは見えざる数センチの切っ先の先に一足一刀の間合いがあると、一切思わせないかのような気楽な声。
怜悧な息遣いと共にもう一歩歩み寄り、切先三寸の内側へ。
「……名乗ると思います?」
「あっそう? じゃあ私勝手に鮫島ちゃんって呼ぶね。牛の首ちゃんじゃ格好つかないし、ファブルちゃんじゃ権利的に呼びにくいもん」
「……勝手にどうぞ」
諦めたように呟く。丁度、反閇の足取りが揃う。
その刹那、少女は供花の胸元を狙い、思い切り前蹴りを放った。
『反閇歩法』の儀術において、術を行使するにはもう一歩右足を踏み出さねばならない。その場合取れるなら、膝を打ち抜く踏み抜きか飛び込み。一瞬でも誤れば空を切る踏み抜きも、危険を甘んじて相手の懐を取る飛び込みも、勝機を最大化させるには至らない。
それゆえの、蹴り。供花の出方を封じつつ、確実なダメージに繋げることが出来る最大合理の極み。
「そう……するよね!」
それを読み切っていたかの如く、供花は大きく足を引く。穢れで掻き消えつつあるナイフを高く突き上げ、上体を逸らし、喉元の一寸手前で蹴り込みを躱す。
そうして踏み込み。繰り出すは日本剣道型の一つの戦技。一足一刀の間合いより振り下ろされる面打ち。
衝撃。少女の、鮫島ちゃんのブーツが胸を打つ。肺腑から息を吐き捨て、滲む鉄の味を歯ぎしりで留める。
大きく改造された狩衣と豊かな大胸筋に土をつけつつ、心肺に響く蹴りの残滓を無理矢理抑えつけ。護身の技にもある通りの術技を以て、真っ向から更に一歩。
「祓魔一刀流……!【
轟炸。衝撃と塵を舞わせ、供花は即興の奥義を口ずさむ。
鍔迫り合いから上体のバネを使った吹き飛ばしと共に、相対する者へと致命の一撃を与える、祓魔剣術の優等生。祓魔一刀流の基本形。
剛剣を以て機能させるべき術理を体術のみで利用しつつ、最速の動作を以て穢れのナイフを振り下ろした。
「……取った!」
確かな手ごたえ。にやりとほくそ笑む。
裂帛の気合と必殺の奥義。第六班長の動きを勝手に模倣しただけの即興仕立てとはいえ、刀剣の間合いを見分ける事すら出来ない鮫島ちゃんでは避けることもかなわない。
伸びきった右腕では防ぐも、躱すも、彼女の体勢と重心の位置では不可能だろう。唯一遊んだ左拳では功夫が乗ることなく、真っ向から防護すらもあたうまい。
直後。限界を迎えたとばかりに霊と穢れで構成された刀身の切っ先がひび割れ、千々に折れ散って、
――返す刀とばかりに振るわれた、黒く凝固した穢れが供花の前髪を散らせていく。
「――――へぇっ!?」
飛びのいた一瞬。逆袈裟から肩に回し、しなりを込めて漆黒の三日月が振るわれた。
視界に写るのは特殊警棒。その先端から黒い金具が突き出た、警察が本来持つべきではない暗器の類。
折れたナイフを特殊警棒に宛がって防いだ途端。祓魔の力によって界異の根本たる穢れが霧散し消えていく。
マジか。呻いた隙を見逃さず鮫島ちゃんは三連撃の末尾とばかりに、小脇に抱えた警棒を以て極小の動きだけで供花を穿つ。狩衣の霊的防御を貫かれた脇腹より、どろりとした血が噴き出した。
「まっ、まじでぇ!? 刹那の間に鞘走るかよ……!」
ありえない。断じるのは容易い。
ありうること。言うは容易い。
ただの警棒で二号級界異のほんのひとかけらを破断させること。同じく護符の編み込まれた狩衣を打ち穿つこと。
それよりなにより、曲がりなりにも膂力と対格差によって吹き飛ばしたはずの小柄な少女が、崩れた上体から一瞬の刹那に警棒を引き抜いて理論上最速の斬撃に合わせてきたこと。
「……黒不浄か!!」
供花は腹筋に力を込めつつ、舌打ち混じりにセリフを叫ぶ。
黒く染まりゆく形代から目を瞑り、溜まる穢れを見ないふり。刺し込まれたばかりの警棒を恵体を以て拘束しながら、可能な限り距離を取らせるようジャブを放つ。
無言で頭を背けて拳を躱した鮫島ちゃんは、最後の一押しとばかりに肘鉄を女の顎先へと叩きこむ。
揺れる脳髄、嚙み切った舌。今にも倒れそうなほどの打撃を精神力だけで保った供花は、更にもう一歩飛びのきながら少女を呪った。
「ちょ、ちょっとぉ! 正っ解っ!灘新影流――って言ってくれなきゃ困るよ、ボケた甲斐がないよ!」
「まずは一枚」
あくまで冷徹に、冷静に。世の影に潜む祓魔師らしく、災いの懐刀らしく。鮫島ちゃんは供花の足を払い、祓魔術を唱える喉を潰すよう裏拳を振る。
対して祓魔師は面白くないとばかりに口元を歪め、向かう拳を両手で以て包み。払われた足を耐えきらないよう軸足すらも勢いに乗せて転身。正真正銘の小手返しを咄嗟に裏拳へと合わす。
「……っ」
瞬間。勢いよく風車のように回る▮▮kgの体躯。全体重を込めた小手返しから続けられるは、人間の可動域を完璧に理解した獣の所業。供花自身の身と続く安全よりもまず先に、鮫島ちゃんの腕と筋を痛め、物理的に破断させることが前提の禁じ手。
本来ならば、此方が首根っこを極めてから行うもの。がっぷり四つに組み合わなければ用いられない術技。
供花の才覚を以て即座に、技を掛ける方も体幹を定めなければ行うことが難しいレスリングの技術――“デスロール”を即座に繋げ、少女の細腕からミシリと骨と関節の軋む音を響かせた。
「やっと一本……!」
筋を外し。腱を伸び切らせ。鮫島ちゃんの利き腕を使えなくさせた代償は大きく、重い。
受け身も取らず体勢を立て直す暇もない供花は、そのままアスファルトへと背中から打ちつけられる。
「――ぐっ…………っ!」
肉を叩きつける音。背骨が血を吐くような呻き声とともに、一瞬の見当識失調が終わる。回転の拍子に引き抜けた脇腹の穿通痕から血が噴き出し、体温と気力とが自然と奪われる。
でも、まだ。
太ももと脇腹から血が流れ過ぎた事による注意力の低下を無理矢理振り切って、激痛と脳震盪に揺れる頭を回しながら、供花はゴム毬のように地を跳ねる。刹那、喉を潰すよう狙いすました踏みつけが間一髪アホ毛を踏み潰していった。
「よ、よくも私のアホ不浄を……!」
「……意識レベル清明。有得くらいしぶといですね」
「ちょっアイツと比べないでよ、実質ゴキブリって言ってるようなものじゃ」
続けて、一打。鉄板越しのブーツが、供花の後頭部を的確に穿った。
後頭骨の下部、延髄を破壊するように射し込まれた爪先は、硬く守られたはずの骨を容易く圧し折り最も脆い頭蓋底を打ち砕く。
敢えて蹴り方を調整し、頭蓋よりはよほど重い体をその場に残して頚椎を明確に損傷させるようにする殺人の技。どんなに体躯の弱い者でも容易に死を招かせる必殺の動作。
況や、幾度の暗部に慣れた鮫島ちゃんから繰り出されるは常人のそれではない乱神の如き怪力である。
あたかもサッカーボールのように跳ね飛ばされた供花は、ガラスの割れる轟音を轟かせながらコンビニの前のゴミ箱を四散させて店舗の中に横たわる。
首が奇怪な方向に折れ、小脳と延髄が潰れた勢いでびくびくと不規則に震える手足は、まさに彼女の人生が一度終わったことを明示するするのみ。
「……これで終わりなら、楽なんですけど」
そんなことはない。小さく呟きつつ、鮫島ちゃんは一歩、供花の死体に荒らされたコンビニへと足を進める。
まるで誘蛾灯に引き寄せられるハムシのごとく、火に入る夏の蛾のごとく。
「……っ、ごほっ! げほっ……! い、いやいや、ヤバいってあんなの私でもやんないよ!!」
大きく咳き込み。喧しく甲高い声が、また響く。
狩衣の懐から一枚黒く染まった形代が零れ落ち、
辺り一面に散らばるゴミと冷凍食品の山から、先ほど致命傷を負ったはずの少女が立ちあがった。
「境対の祓魔師は……あと六回殺さないと死なないですもんね」
ため息。警察の闇を体現するような少女は、呆れるように割れたガラスを踏みしめる。
「知らないよ……!あと六回もラウンド取られてたまるかってのこんちくしょう……!」
供花は頭に血を上らせたままに暴言を吐きつつ、拳を握る。致命傷はもとより太腿の傷も脇腹の孔も、形代の呪詛のまま綺麗さっぱり無くなったものと見定める。
そうしてふらつく脚を立ち直らせ、ぱちんと頬を叩いて喝を入れ。
近場に転がるワインボトルを片手に戦意を失うこと無く、憮然とした表情で歩み寄ってくる鮫島ちゃんを見据えた。
「マジで……! 君ほんとにイカれてるよマジでさぁ……!!」