【タクティカル肝試し】鮫島事件について調べてみた! 作:はまっち
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「こうなりゃ……ほんっきでやらなきゃ、こっちの名が廃るってもんでしょ」
供花は血混じりの唾を吐き捨て、コンビニの大きな商品棚へ隠れるようにして身を隠す。
コンビニ、学校、境対課官舎、そういったよく行く場所で「テロリストに襲われた時どうするか」を考えるのは、一般通過オタクとして当然のこと。
タクティカル祓魔師の本領発揮とも言える祓串と注連鋼縄を腰元から引き抜きつつ、レジカウンターからタイルの床まで適当な場所に串を打ち付けて回る。
「……祓串。結界構築の用意ですか、鵠別供花」
刹那、屈みこんだ供花の頭蓋へ向けた回し蹴り。咄嗟に上体を逸らし、バク転でカップ麺の山を倒す。
ピンと張った注連鋼縄。恰も犬のリードのように引っ張られる縄と先端についたペグを手に取り、供花は返す刀とばかりに鮫島ちゃんの右腕を狙ってペグを打つ。
手裏剣術――或いは鎖鎌術の寸銅にも似た軌道。こともなげに左腕で弾いた少女がもう一歩警棒を振り下ろし、片膝を立たせたままの供花は大縄を手繰って上段に受ける。
交差する腕。警棒を巻き取るように動いた祓魔師の手技を見過ごす事もなく即座の蹴り。縄から手を放す事もなく肘で受け、押し返すように一歩前傾。商品棚を崩すように足技を行使しつつ、戸棚から落ちてくる菓子パンを鮫島ちゃんの矮躯へと浴びせる。
一瞬ふさがる視界。ダメージがないにしても鬱陶しい菓子パンを無視しつつ警棒を返そうとしたタイミングを見計らい、供花は手元だけで注連鋼縄を操作。
弾かれたままどこにも打ち込めなかった祓串の軌道をくるりと回して、幣のついたワイヤーを器用に鮫島ちゃんの足へと絡めた。
「へっ、結界展開――」
「っ……!」
呪いの言葉を感じ取り、飛び退く。足を引く。弓の弦のように引き絞られる注連鋼縄が超常の膂力と共に弾け、固定されていたばかりの祓串ごと引き抜かれて店内を踊る。
その隙を見逃すことなく自らの腰に手を回した祓魔師の女は、ほんの数メートルの距離を駆け抜けるついでに呪瘤壇を放る。
「食らえ!」
投擲。一瞬音を置き去りにするほどの剛速球。
ほんのコンマ秒単位とはいえ避けようのない空中に置かれた少女の胸元を穿つように放たれた必殺の
――と。円筒が警棒に触れる直前、大きく滝の如く落ちる。
空を切った特殊警棒の真下を掠めるようにして少女の腸骨に直撃した呪瘤壇は、その呪詛を撒き散らす事もなく純粋科学的な衝撃を以て鮫島ちゃんの細く然し綿密に詰まった骨盤を破壊する。
「これぞ魔球、ナイアガラフォーク!」
「……ふざけた使い方をしますね」
「そりゃ誉め言葉! ネットにあるものならだいたい覚えて使えるんだから!」
がくんと膝をついた鮫島ちゃんを、今度は供花が追い詰める番。
蹴りを放つように右足を上げ、それを防ぐよう切っ先を向ける。その一瞬、間合いの寸前で反閇の如く震脚を行い、左側の戸棚から崩れるフィナンシェ(税込み127円)を手に頸筋へと手刀。
「それは……また妙な術式ですね。それとも才能?」
「どっちだろうね!」
鮫島ちゃんは即座に、警棒の切っ先を返して手刀を砕く。フィナンシェの柔らかい生地が飛び散り、即興の間合いの増加が消える。
拳との距離はわずか1mm以下。躱すことは容易に可能。どころか、勢いが乗っている分追加でもう一枚使わせることも。
目算で距離と作戦を見計らった少女は、ふと。迫る拳を見る。
手刀から咄嗟に指を曲げたような、握力の弱い握り方。それも裏拳ではなく、内側の骨のない場所で打たれる猫パンチ。仮に直撃すれば供花の指をも破壊してしまう、いわば素人の拳。
逡巡。
「……、」
続く弾指の刹那。疑問を呈した鮫島ちゃんの首筋から、赤く黒い鮮血が噴き出した。
小さな刃物で表皮を裂かれる感覚。頸動脈を裂かれる痛み。一瞬急激に低下した血圧で脳が黒く染まる。
人間としての本能で、咄嗟に首元を抑える。落ち込んだ警棒の先を無視し、供花は喉仏を圧し折るかのようにラリアット。
鮫島ちゃんの懐から二枚、黒く染まった形代が落ちる。
「……何を?」
ほんの一瞬の死から復活を遂げた鮫島ちゃんは、“破滅を肩代わりする”呪詛によって再生した右腕を即座に扱い。腰から機関拳銃を引き抜きながら、供花へ向けて乱射した。
商品棚が揺れる。蛍光灯が爆ぜる。遠くのガラス戸が轟音を立ててはじけ飛び、中のビールや緑茶の類が圧力に耐えきれないようにその中身を吹き出していく。
供花は大きくバク宙するように飛び退いて銃弾を躱す。どう考えても一発は当たる距離、無造作に散らばる銃弾はおろか跳弾までもを感覚だけで察知し、バク宙の刹那に跳ね上げた菓子パンとアイスとその他ガラクタの類を鮫島ちゃんの眼前に舞い散らせる。
とん、と瓦礫の散乱する床に白鳥かの如く降り立った少女は、敢えて挑発的に口ずさんだ。
「一瞬でも目を奪われたね、妖星のユダ。これぞ南斗水鳥拳奥義、『飛燕流舞』――」
「……そういうのいいんで」
「んもうノリ悪いね。……単純に、カードで首を切るってオタクくん大好きでしょ」
そうして小さな乾燥剤を一枚、不要とばかりに投げ捨てた。
菓子の包装に加えられている、少し強度があるだけの型紙。本来表皮を切り裂けるはずもない安全なもの。カミソリのように血をしたたらせたことだけが、供花の天賦の才にて行われたことを如実に表している。
「……ソレで」
「やだなぁ。『信長のシェフ』読んだことある? 元来人間は包丁なんか無くても肉を捌けるんだよ」
「…………はっ、どっちが暗殺者かわかりませんね」
呆れたように空の笑いを浮かべた少女。対照的に目を輝かせる女は、未だに余裕を崩さぬまま。
菓子パンの生地と破れた包装、降りしきる蛍光灯の破片に発泡酒の炭酸。紙吹雪とばかりに舞う商品の群れを背景に、嘯いた。
「次はハートキャッチを目指そっか。……それとも静謐ちゃんのほうが好きだったりする?」
そんなことより。
供花は雑談を切り上げ、下を指す。
真上――降り注ぐ菓子パンの残骸と数多の商品だったものたちの骸の中に混ざるは、供花自身が放り投げた――――そうして起爆することなく、質量弾として投擲した呪瘤壇。
女は地下足袋の間に挟んだ呪符を踏みにじり、時間稼ぎは不要だとばかりに嗤う。
「ウルトはもう発動してるんだよ……! それ、ファイアーインザホール!!」
――刹那。轟炸。霊力の波動が大気を震わせ、破裂。
もう2枚の形代が破り捨てられたのを見た鮫島ちゃんは、獣耳の付け根がうずくのを無理矢理堪えつつ頭を回す。
新しく供花が投げたわけではない。そのようなそぶりは一切なく、どこかから取り出した気配もない。
信管を弄った――わけでもない。呪瘤壇はその性質上、得てして着発式に限られる。なにより祭具運用に限れば公安一である自分が手に取る可能性もあるのに、呪瘤壇の起爆を的確に制御する術はない。
ならば。
「……あの一瞬で、銃弾を回避しつつ……更には数秒の時間稼ぎも計算したうえで、ピンを抜く」
「“
濛々と舞う粉塵の中、供花は大仰に左指を指し向ける。
彼女が行ったのは、至極単純な事。――即ち、バク宙で以て鮫島ちゃんから距離を取る一瞬のタイミングで、足元に落ちていた呪瘤壇のピンを抜き、バク宙の勢いのまま天井へと蹴り上げるだけのこと。
……言うは易し。行うは、人間技ではない程に難し。
回避を疎かにするわけでもなく、呪瘤壇を天井に当てて直後に落とす事もなく、かといってソレに意識を向けられることもなく。会話の間を読み取りながら本命をぶつけられるわずか数秒を賄うだけの、戦闘技術ですらない曲芸。
「……大概ふざけた言葉遣い。身体能力に妙な技巧。……それは術式の縛り……?」
ぺっと血を吐き出しながら警棒と機関拳銃を構える。公安の本義本懐、情報収集を疎かにしないよう、少しでも供花から情報を抜き取りにかかる。
「……いいね、乗ろう。術式の開示だよ。私の術式『
対する供花は拳とスマホとを構えつつ、ぺらぺらと自らの「祓魔術」のタネを明かしていく。
スマホを右手に、左拳を前に。まるで伝説の傭兵もかくやというナイフファイトの構え。
若い身空では習得できないほどの――あまりに多くの武術をその身一つで操る女祓魔師を前に一瞬騙されそうになったところ、鮫島ちゃんは大きく被りを振って、小さく文字の描かれた舌鋒を差し向ける。
「…………騙されませんよ。確認できるだけの貴方の経歴に、何らかの祓魔的由縁は無かったはずですよね。鵠別供花……いや、【縺ェ繧薙※蝟九▲縺溘°繧上°繧九°縺ェ――――っ?」
ぽつり。言の葉に、ノイズが走った。
恰もそれ以上を語るなとばかりに、感じ取れるはずのない式法の圧がかかる。
「おーっとおっと、身バレ禁止。駄目だよそんな無
「……なるほど。汎用祓魔術だけでなく、
「へっ。さっさと諦めて、“ケツをまくって”消えなよ」
敢えての言い間違えを無視し、鮫島ちゃんは疾駆する。
大きく崩され今にも倒れそうな戸棚の隙間に逃げ込んだ供花を追った刹那、タイルの床に落ちる影に向けてペグが3本突き刺さった。
「まあ当然サメジマちゃんじゃないらしいけど、試しておこうか! “影縫い”!」
ほんの一瞬足を止め、呪詛のような単語を耳に入れた刹那にもう一歩。相手が式法を操れる人物であると仮定するならば、当然の追撃。
ワイヤーの締めくくられたペグを一足で飛び越した勢いのまま蹴りを入れ、一歩下がって躱した供花へ向けて警棒を振り降ろした。
横に飛ぶ。健康ドリンクが供花の背に潰され、ガラス瓶の擦れるがなり声。くるりと手首を返して逆手に持ち替えながらの突き。側転でこれを躱した供花を、振り返りつつの横薙ぎで追いすがる。
着地と同時に屈みこみ、ぱしりと売り物のメモ帳を手に取って投擲。軽い衝撃を無視しながら後ろ蹴りを繰り出した鮫島ちゃんの真下で、間一髪間合いを読み切りながらハサミを拾い上げた供花の拳が迫る。
振り下ろし。鞭の如くしなる特殊警棒の一撃で安い市販品のハサミを叩き折った所で、その握りの軽さが引っかかった。
まるで、弾かれることを前提として、一瞬の刹那にこれを手放したかのような。
「おらーっ! 日大タックル!」
衝撃。腹から腰まで、人間の重心というものを吹き飛ばすかのような低身の体当たり。自分を抱きかかえるようにして腕を封じる女の胸へと咄嗟に警棒の柄を押しあてた所で、鮫島ちゃんは自ら大きく飛びのき殺人的なタックルの威力を緩和する。
足を後ろへ。警棒を振り払って下段からの攻撃に備えた所で、目の前で重力に従い落下するただのメモ帳を、格闘家にあるまじき女祓魔師がわかっていたかのように掴み取る。
「このっ、不心得者がぁ!!!」
そうして、裂帛の気合と共に空手チョップを繰り出した。
「……っ。どっちが」
警棒を振り上げ手刀を防ぎ、鍔迫り合い。脳天への直撃を辛うじて躱した鮫島ちゃんの右手に、真上から襲い来る致死の拳が圧を増す。
ふっと一息。警棒を操り、わざと膝を折って拳圧をそらしつつ、もう一つ飛び退いて左手の機関拳銃を撃つ。供花は床に手をついて大きくバネの如く横っ飛びに跳ねながら、致命の銃弾をほんの数発分だけ自らの身体能力だけで躱しきり――そのままコンビニの出入り口にぶら下げられた傘を手に取って機関拳銃の銃身を絡めとる。
十手術にもよく似た術理。反動と合わせて真上の天井へと無駄撃ちを強制された機関拳銃から手を放し、鮫島ちゃんは腰元から引き抜いた弾倉を落下の重力だけで的確に拳銃のグリップへと送り込みつつ狙いを定める。
「……本当に、祓魔術ですか」
「そういう君も!」
売り言葉に買い言葉とばかりに、黒不浄の弾頭が店外のアスファルトを抉る。咄嗟に傘を道路に突き立てた供花がフィーエルヤッペンか棒高跳びじみて夜空へ跳ね、背を逸らし、何の罪もない路上駐車の自動車とゴミ箱に幾つもの弾痕を浴びせさせていく。
ひょいと身をひるがえして自動車の陰に隠れた供花は、せっかくの機会だとばかりに大声で叫んだ。
「ウルトラマン!! 今いい所なんだが、せっかくだから河岸を変えよう!! ほら、例えばZ空調の家とか!!」
「……そんな見え見えの罠、誰が」
「やっぱそうだよねぇ」
やれやれと首を振る大気の振動。器用にもエンジンルームの裏で息を整える、少し上がった体温と狩衣の擦れる音。何かモノをタイヤの裏側に設置する軽い衝撃に、何かドローンのようなものを飛ばすかのような羽音。そうしてピリと張り詰めるような怖気の走るような低温――“穢れ”のソレ。
鮫島ちゃんの耳に入る音、肌に伝わる感触。味。そのすべてが、彼女の超人的な感覚をもって知覚の補助となる。
どこにいるか、どこに隠れているかなど、眼を閉じていてもわかる。それはなにか、霊体器官や障骸なんぞによらずとも――――
「…………出てこないなら、先手を貰いますよ」
ぽつりと零し、指を切るように三連射。とたたと軽い音が響き渡り、自動車の裏から「うひゃあ」と気の抜けた声が響く。
その姿を明確に”識り”ながら、動きを封じるように発砲。
その大半がエンジンルームの硬い鉄板に阻まれることを前提として――もう一つ。狙いすましたような銃撃を加える。
ちり。連続した金音に、狙い通りの音がする。
「――――っ、それ狙うのかよーっ!?」
直後。自動車の陰に隠れた供花ごと、ガソリンが爆ぜた。
業火、轟音。余りに多い黒煙を吹き出しながら爆炎をそこかしこに散らす自動車の陰から、まさしく狙い通りの影が飛び出してくる。
「ちょ、おまっ!
濛々と舞う黒い煙にまぎれ、供花はペグを振る。機関拳銃の柄でペグの切っ先を逸らし、腕の関節を狙った掌底。返すように脇腹へとボディーブローを浴びせ、足を払う。
一歩後ろへ、いいや前へ。鮫島ちゃんは的確に払い足を躱して足の甲を踏みつけつつ、拳銃の筒先を供花の黄色い瞳へ向けて引き金を。
デンプシーロールじみた身体捌きで数発の銃弾を躱した供花は、鮫島ちゃんの顎先へ向けて平手打ち。これを左腕で防ぎ、脛をめがけて蹴りを放つ。
鮫島ちゃんの蹴りを一歩更に大きく踏み込むことで不発に追い込みつつ、そのまま胸を打つ入身の突っ張り。体勢を崩されまいと足を下げた隙を見逃すことなく足を絡めに行った供花の技を、少女は胸ポケットから取り出したボールペンを突き刺す事で不発に終える。
ちっと零してペグを打ち無理矢理距離を取ろうとした供花に向けて、鮫島ちゃんは機関拳銃の乱射を浴びせながら歩を進めた。
そのタイミングを狙いすましたかのように、供花の蹴りが飛ぶ。鉄板入りの安全地下足袋が拳銃を握る拳に直撃し、一瞬のしびれの刹那に銃口が跳ね上がる。
「見えたよ、君の命……!」
テコンドーにも似た構えを一瞬で解きつつ、腰元に手を回し。
それに呼応するように、鮫島ちゃんもまた特殊警棒を持ったままの手のひらを腰にやる。
「くらえっ、呪瘤――」
「遅い」
少女の矮躯から繰り出されるは、右腰からの居合――更に出小手。供花が手元に取り出した円筒をはたき落とさせ、着発式のソレをただの自爆に持っていく神雷の技巧。
痛みに呻くように唇を食いしばった供花は、額の汗をぬぐうこともなく口角を上げた。
「
転がり落ちたそれは――――加護フラッシュバンⅠ型。AM10閃光手榴弾。
人体には害なく、界異にのみ効果がある“加護”の奔流を以て、界異の知覚を破綻させる祭具。
――では、穢れによってその心身が不可逆的なまでに浸食された“障骸者”であれば?
瞬時に距離を取ろうと足を浮かせた鮫島ちゃんの警棒を掴み、無理矢理深淵の闇に引っ張り込む。
彼女には見えるはずのない“穢れ”を纏った供花は、ちらりと黒煙を――狩衣を纏っていさえすれば無害とはいえ穢れそのものとも言える煙を吐き出し続ける自動車を、その横で燻され続ける擬似穢二型を一瞥した。
「こう見えて……ちゃーんと、座学は受けてるんだよ……っ! 穢れは加護によって――逆に言えば加護は穢れによって、キチンと対消滅してくれるって!!」
鮫島ちゃんは何も言わず、辛うじての抵抗とばかりに目を瞑る。供花の狙い通り、そうして爾後の読み通り、少女の目を一時的に奪う。
瞬間。待ってましたとばかりに、閃光が迸る。人体には一切聞こえようのない高周波の霊力が吹きすさぶ。
黒い煙が薄まったのを肌感覚だけで感じ取った供花は万が一で閉じていた瞳を開け、その視界が若干白ばむのみでキチンと効力を発揮したことを悟る。
同時に鮫島ちゃんの獣耳からどろりと血が滲むのを確認し、未だに視界の戻らないはずの彼女の懐へと可能な限り無音の擦り足でもって入り込んだ。
「これぞほんとの
拳を握る。狙うは顎、脳髄を揺らす一撃。
自らの巧な実力のみで脳震盪を敢えて引き起こす武術を放ちつつ、追撃とばかりに銀製祓串を腰から引き抜く。
次打。狙うは太腿、骨盤と大腿骨のわずかな隙間。皮膚の繊維に筋肉の狭間を的確に通り抜け、片足を動かすために必須な無数の神経の密集するワンポイント。
格闘家どころか、どのような生物であっても生物としての機能を半分以上失する事が出来る、まさに必殺にして致命の一突き。
境対課に伝わる
「からの……! 同じく奥義、【
「見えてますよ」
バチリ。供花の視界が白く煌めく。筋肉が、神経が、自分の意志とは無関係に収縮する。
体内から焼き焦がすような激痛を一瞬のうちに受けた脳が、ほんの一瞬だけ。わずかの一瞬だけ現在の戦場から意識を飛ばす。
――達人同士の交錯には、その一手、その1フレームのみで十分すぎる。
拳が飛ぶ。供花の伸びきった腕が逆側に跳ね上げられ、耐えきれなくなった関節が圧し折れる。
蹴りが飛ぶ。銀製祓串の軌道を見切られたかのように空を切った左腕を、脇を、空手で最も警戒すべき回し蹴りがクリーンヒットする。
「――――っ゛!!」
肋骨が複雑に軋み、肺腑の潰れる音。血の混じった泡を口角から飛ばしつつ、動かなくなった右腕を腰のひねりだけで振り回す。
供花の抵抗をスマホを握り締めた手の甲を宛がうことで無力化した鮫島ちゃんは、再びその手の内側にある携帯の側面を押した。
ばちり。再度、電撃。なにか暗器のようなもの――或いはそのままスタンガンを隠し持っていたと理解するのも束の間、胸元へと掌底が突き刺さる。心臓を直接破壊するような、即死の衝撃が小さな筋肉の鎧を抜けていく。
ごほりと最期に血を吹いた供花は、崩れる上体を持ち直すようにたたらを踏む。それを見越していたかのように黒不浄弾の詰まった機関拳銃を腰だめに構え、非情なる公安の執行官はフルオートで女祓魔師のどでっぱらに銃弾を撃ち込み続けていく。
そうして、数秒。高レートの銃弾を浴びせられ、恰も操り人形とばかりに手足を跳ね上げさせながらもアスファルトの上で確固として二つの足で突き立つ供花は、どこもかしこもを鮮血で滴らせながら絶叫した。
「ま、まだ……動け゛る゛!! わたっ、私はぁっ、不死身の鵠別だぁっ!!」
「黙って死んでください」
再度、銃撃。トパーズのような澄み切った瞳を穿ち、脳漿を撒き散らしながら黒く穢れた弾が突き抜ける。
腹に刺さった銃弾が、何らかの帯によって阻まれたのは偶然か。体温を無理矢理向上させ、基礎代謝を呪いによって引き上げる祭具か。
いずれにしても。ぐじゅりと道理を無視して再生しようとする供花の肉体を見ながら、「医霊器具か」とぼやく。
――いずれにしても。
これで一回。残りは五回。医霊器具は、人の死までを塗り替えられない。死ねばそれまで、形代の呪詛に頼るのみ。これまでに使わせた形代を数えつつ、鮫島ちゃんは弾切れした機関拳銃のマガジンを引き抜き。
その刹那。殆ど力を失ったままに前に倒れ伏そうとした供花の肉体が、後ろから何かに追突されるようにして鮫島ちゃんへと跳んだ。
「……っ、」
咄嗟に飛び退くにも、攻撃を加えるにも、もはや遅い。踏み込みのモーションすらもなく、末期のともしびのまま、殆ど力もない腕と筋肉だけで銀製祓串を腰だめに構える半死体の相手など、突拍子もなさすぎて一瞬の反応すらも出来やしない。
それはまさしく、自らの命を犠牲とした特別攻撃――――。神祭課でも相対したことのある、ミワシ部隊の死兵たちが用いていた十死零生の挺身攻撃にほかならず。
「そ゛、綜合祓式戦闘術奥義――【
どん、と最後の訣が押される。供花の肩が撥ね、その背を押していたドローンがまっすぐ土気色の顔を通り越して鮫島ちゃんへと突っ込んでいく。
術延起点――供花の断末魔の意思のみで祓魔術を今にも起動できるドローンか、それとも半死半生の供花か。比べるべくは、他でもない。
とっさに頭突きでドローンの羽を打ち破った刹那、供花の銀串が脇腹を穿ち、肝臓を抜く。その感触を明確に知覚する。
更に一歩、「
妙な境界対策課の祓魔師かと思えば、予想外の収穫。あまりに多い、呪詛犯罪組織との繋がり。
嘘か真か、「ネット上の動画を再現する術式」というものを持つらしいこの祓魔師は…………あまりにも異常が過ぎる。
「……あと3枚。このまま食らいつかれると……極めて厄介です」
応援を呼ぶべきかとうち頷いた目の前で、血塗れの祓魔師が再度、その活力を取り戻す。
その闘志を揺るがすことなく、血に飢えた獣であるかの如く。恰も、境対の狩衣を纏っているだけの呪詛犯罪者そのものであるかのごとく。
”鮫島事件を調べたから”――のみではない。この女を生かしておいてはいけない、明確な理由が、そこにはある。
「……いえ。ここで、殺します」
「さあ次……! どんどん行こう、あと5ラウンドもあるんだからさぁ!!」