生まれた日のことを僕は憶えていない   作:真樹

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4_一進一退

『そういえばさ、お前はどうして自分の正体を明かしたんだ?』

『正体って?』

『一花さんの娘だってこと。うちの親戚連中も知らないってことは隠してたってことだろ』

『さあ?』

『さあって、お前』

『ママが私のことを隠してた理由は知らないわ。一度、私もどうして紹介してくれないのか聞いてみたことあるけど答えてくれなかったし』

『なんでさ?』

『だから知らないって言ってるじゃない。しつこいわね!』

 

 翌日、楓人は市役所の待合先でそんなやり取りを美樹としていた。

 あの後、互いに他では言えないことを言い合える仲ということで連絡先を交換した楓人は、美樹からのアドバイスを楓人を受けて早速戸籍の確認をしに来ていることを連絡したのであった。

 現在の楓人は戸籍謄本の受け取り手続きも済ませ、待つだけの状況である。

 

『ただ私があなたに正体を明かした理由の方なら説明できるわよ』

『なんだよ』

『単純にもうすぐ紹介してもらえる予定だったからね。次の親戚の集まりがある時に付いて行くように言われてるし。ママの中で心変わりでもあったのかしら』

『ならこの前来てくれなかったのはなんでだよ。俺の入学祝いで集まりがあったろ』

『そうなんだ。おめでと』

『答えになってないんだが……?』

『だって私、そんな集まりがあるなんて聞かされてなかったし。単純にママが忙しかったんじゃない?』

『どうだか』

 

 昨日、対面で話した時もそうだが、美樹と会話をしているとつくづく体力が持っていかれる気がする。

 人の神経逆撫でするような話し方をするというか、常に少し上から目線というか、悪い気はしないのだが。

 

『じゃあ、この前”なかの”に居たのも?』

『ちょっとした事前調査だったってわけ。本当にママと同じ顔がいてビックリしたけど、お姉さんの方の店員さんには何だか親近感が湧いたわ』

 

 だろうな、と楓人も思った。

 当たり方の強さなど二乃と美樹の二人がダブったことが実のところ何回かあった。

 

『後はあなたのママと末っ子の人だけど、そっちの達へそれとなく会いに行くのは難しそうね。病院勤務と学校の先生だっけ?』

『だな。一応、五月さんは俺の通う高校の先生だよ』

『そんな偶然ある? ならあなたに学校の場所だけ聞いておけば、偶然を装って道端で会えるかしら』

『不審者みたいだからやめておけ』

『ストーカー未遂に言われたくないわよ』

『未遂もしてねえよ!?』

 

 直後、ゲラゲラと笑うクマのスタンプが送られてきて果てしなく不愉快だった。

 

「番号札17番でお待ちの方。窓口までお越しください」

 

『悪い、呼ばれた。また後で連絡する』

 

 返事までは確認せず、そこでスマホをしまうと楓人は席を立った。

 窓口では担当の女性職員がA4サイズほどの茶封筒を持って待っていた。

 

「こちらが上杉さんの戸籍情報となります。番号札の方はお預かりしますね」

「どうぞ」

「それと、この場をもって上杉さんにお詫び申し上げないといけないこともございます」

「なんです?」

 

 封筒を受け取ってすぐ、そのまま去ろうとした楓人は足を止めて職員を見る。

 

「実はお手続きを進めている中で発覚したのですが、上杉さんの除籍謄本の情報が残っておりませんでした」

「除籍謄本?」

「戸籍謄本の履歴のようなものでして、結婚などにより籍が変わった方が古い戸籍を確認される時に使用するものです」

「はぁ」

「考えられる原因といたしましては、過去に全市民の戸籍情報の電子化をした時期があり、その際に不手際があったものかと推測されます。ただいま、部署内で復元ができないか確認をしておりますが、難しい場合はお手数ですがお手続きをしていただく必要があるかもしれません」

「……何をすればいいんです?」

「裁判所の指示に従っていただき、ご家族などの証言を元にして再作成が行えます。もし除籍謄本の方も必要であれば、大変ご迷惑をおかけして申し訳ないのですが、改めてご家族と────」

「わ、わかりました! ひとまず今はいいです! 今は!」

「かしこまりました。復元ができなかった場合、現在のご住所へのご連絡は────」

「それもいらないです!」

 

 両親に連絡されるのだけはまずいと、楓人は力強く否定してから足早に去った。

 職員の話は半分も理解できなかったが、とにかく本当の母親が知りたいという一心だった楓人は、そのまま役所の外まで出ると、とにもかくにも一番気になっていた茶封筒を開けて中の紙を取り出した。

 戸籍謄本など初めて見るが、市役所に来る前に見方を調べた時には結構市によってフォーマットが違うとのことで、見方はあまり参考にならなかった。

 改めて自分の戸籍を見れば、搔い摘んだ内容で示すと以下のような情報が書かれていた。

 

『名:上杉楓人 父:上杉風太郎 母:上杉四葉 続柄:長男 身分事項:養子縁組 養母:上杉四葉』

 

 要するに、四葉だけが間違いなく養母であるということを示す内容であった。

 母の欄に書かれている四葉の名前の近くには除籍の文字もあり、内容の改定があったことも先ほどの女性職員の話も鑑みて理解できた。

 そして、実母の名前の記載はどこにもなかった。

 

「除籍謄本が必要になる場合って、こういうことか……!」

 

 呻くように一人ごとを楓人は漏らした。

 古い戸籍の情報など何故必要になるのかと、先ほどは話半分に聞きながら思っていたが、よもや楓人の住む街では実母が書かれていない場合だなどと思ってもいなかたった。

 確実に確認できる手段だと疑っていなかったため、裏切られたような感覚もあり、そして同時に淡い希望も打ち砕かれたような気もした。

 実のところ、四葉が本当の母親ではないという話は盗み聞きをして知っただけであり両親に確認をしたわけではない。

 だから実は何かの聞き間違いで、本当はやっぱり四葉が本当の母親だったというオチが待っているのではないかという一縷の希望を持っていたのだが、それが否定された気がした。

 日を改めてまた時間を空けてまた来れば、なくなっていたという履歴の復元とやらもできているだろうか。

 そんな神頼みのようなことを考えるも、都合が良すぎる展開かと頭を振ると、失意に包まれながら楓人はその場を後にした。

 

 

 

 

 調査は振り出しに戻った。

 戸籍の確認なんて面倒くさいことをしておきながら、進展なんて何一つなく、分かったことは四葉が本当の本当に自分の母親ではなかったと再確認させられたことだけ。

 用の住んだ戸籍謄本は道すがらのごみ箱に捨てた。

 改めて自分はなんで四葉という女性に育てられることになり、残る四人のうちの誰かは自分を手放すことを可としたのか気になった。

 その真相を知るためにも、また地道に調べていくしかないと考えて楓人は、帰りの足で地元の本屋に寄り道をしていた。

 成果があるかどうかも分からない、藁にもすがる思いでの思い付き調査の再会だ。

 

「やっぱり、楓人君だ」

「……一花さん?」

 

 本屋の中で本を見繕っていると、呼びかけられる声があった。

 昨日、会いに行こうとして結局会えなかったその人、中野一花。

 思いがけない人に出くわしたと思ったと同時、自分の持ってる本を思い出して咄嗟に後ろへと隠した。

 

「お店の前で見かけたからもしかしてと思ったらやっぱり────って、今何か隠した?」

「い、いや、これは別に……」

「!!」

 

 直後、一花が目を輝かした。

 

「そーかそーか、楓人君もお年頃だもんねぇ。そういうのに興味が出てくる年頃かぁ」

「え」

「大丈夫、お姉さんは君の味方だよ。四葉には内緒にしておいてあげるから見せてごらん?」

「……お姉さん?」

「なんでそこに引っ掛かるのか、”お姉さん”分からないなあー?」

 

 表情を変えないまま、妙にアクセントが強まった口調だった。

 

「せっかくだし、見せてくれたら入学祝いってことで買ってあげてもいいよ?」

「なんでそんな興味深々なんですか。ていうかプレゼントにしたってもっと他にあるでしょ?」

「えーい、つべこべ言わず見せなさい!」

「ちょっ!?」

 

 途端に手を回し込むと、楓人の手から本を搔っ攫う一花。

 正気かこのおばさんと内心で叫びつつ、取り返そうと手を伸ばすも時すでに遅く、表紙は一花の視界に収まっていた。

 

「さてさて、いったいどんな子が楓人君の好み────」

 

 そして止まった。

 そりゃ、その本を見ればそんな反応になるだろうと頭を抱えたくなった。

 油が切れたブリキ人形よろしく、ギギギという音でも出そうな鈍重さでこちらを見てくる一花。

 

「ふ、楓人君。どうして私の昔の写真集なんて持ってるのかなぁ……?」

 

 一花に取られた本は十四年ほど前に発売された一花のグラビア写真集だった。

 当時、女優として活動する傍ら、こういった本も出していたということはネットで調べればすぐに出た。

 地元の本屋に在庫が残っているのを見つけた時は何という幸運かと思ったが、それを本人に見つかるともなれば悪運どころか今日は厄日かもしれないと呪いたい気分だった。

 楓人がこの本に目を付けたのは、本の発売が楓人が生まれた翌年のものだったからだった。

 もしも一花が本当に母親なら、体形に何か変化があるのではないかと考えたでのある。

 無論、それを正直に言うことはできないので、丸めた言い方をするならば。

 

「ちょっと、調べものを?」

「水着の写真集で!? 何を調べるのさ!?」

「文芸部の活動でアイドルの歴史を調べることに────」

「そんな部活動聞いたこと無いんだけど。ていうか私アイドルじゃないし。後そういう嘘は五月ちゃんに聞けば一発でわかるからね?」

「…………」

 

 高校教師を務めている五月は、単なる偶然なのだが楓人の入学と被るようにして同じ高校に赴任してきた。

 担任ではないが、担当教科の先生として授業を受けることもあり実のところ、五つ子の中では四葉に次いで顔を合わせる機会が多い相手だったりする。

 とはいえ焦った頭ではそれを思い出すのにも時間が必要だったらしい。

 黙り込んでしまった楓人に一花は呆れるように一つ息を吐いた。

 

「まあ君が何を買おうと自由だけど、これは遠慮してほしいかなぁ……流石に恥ずかしすぎるよ」

「……わかりました」

「うんうん。素直で結構」

 

 一花が取り上げた本を戻しにいくのを楓人は大人しく見送った。

 あまり残念という気持ちはなかった。思いついた調べ方の一つでしかなかったし、期待もあまりできない方法だからだ。

 当たり前のことだが、世間に出産報告をしていないタレントの水着写真ならば、仮に何か証拠のような跡が体に残っていたとしても加工で跡形もなく消すだろう。

 本を戻し終えて帰ってきた一花。

 

「恥をかかせちゃったお詫びにお茶でも飲んでいかない? もちろん私の奢りで」

「仕事はいいんですか?」

「今日はもう終わり。後は帰るだけだし、家で待ってる人もいないから気にしなくて大丈夫だよ」

 

 一瞬、美樹がいるじゃないかと言いかけたが、そういえばまだ秘密にしているということになっているので途中で口をつぐんだ。

 幸い、一花には気づかれなかったらしい。

 

「なら、お言葉に甘えてさせてもらいます」

「どこにしよっか。この辺なら二乃達のお店があるけど────」

「それなら行きたいところがあります。店の場所を知らないんですけど、一花さんなら知ってるかもしれない場所です」

 

 

 

「おや?」

「あ、店長さんお久しぶりでーす」

 

 一花に案内してもらったのは例の”なかの”の常連という男性が経営するケーキ屋だった。

 店の前まで来て初めて名前を知ったが”REVIVAL”という名前らしい。

 昨日のデジャブを感じるが、ホールの配膳からの戻りらしい店長が厨房をへ向かうところだった。

 

「君か、二乃ちゃん達の店じゃなくてこっちに来るなんて珍しいね」

「甥っ子のオススメらしくて」

 

 一花の横で楓人も小さく会釈をした。

 

「どうも」

「ああ、昨日の。まさか連日会うとはね。昨日の話の続きなら、悪いけど今日は僕も真面目に働いてるから」

「そうですか。まあ、店の場所だけでも知れたので大丈夫です」

 

 挨拶もそこそこに楓人と一花は客席へと案内してもらった。

 お互いに注文に悩むことはなく、楓人はジュースと柑橘系のフルーツケーキを、一花はコーヒーとラズベリーケーキを頼んだ。

 先に飲み物が配膳された頃になると、気を利かせてか一花から口を開く。

 

「君が元気そうで何よりだけど、四葉とフータロー君は元気にしてる?」

「変わりないですよ。相変わらずのバカップルで胸やけしそうです」

「あはは、子供には結構キツイね」

「本当に、いい年して何やってんだって思いますよ」

「あの二人は昔からああだから」

「一花さんは親父のことも昔から知ってるんですよね?」

「まあね。私も含めた五つ子全員、彼と同じ高校だったから」

「よければその時の頃のこと、聞かせてもらえませんか?」

「興味あるの?」

 

 意外そうな目で見てくる一花。

 まあ、先ほど夫婦の中に文句を言った子供から質問をされればそういう反応にはなるだろう。

 しかしながら、楓人としても母親探しをするにあたって本当なら一番にすべきであろう関係者からの聞き込みをするべきだろうと思っていた頃だった。

 下手に口を滑らせて警戒されるリスクを考えると、交渉ベタな自分は避けるべきなのかもしれないが、それ以外の方法で調べてみたらとにかく手がかりが無さ過ぎた。

 

「そうだなぁ……」

 

 一花は昔を思い出しているのだろうか、窓の外に目を向けると遠い目をした。

 一言に昔のことと言っても、一花達からすれば十年以上積み重なった思い出の中から話題を拾い上げるのだから、むしろ多すぎて困るというものだろう。

 

「このお店に来てるからってのもあるけど、思い出すのは期末試験の頃とかかなぁ」

「試験ですか。思い出になるようなことなんてあるんです?」

「私にとってはだけどね。当時ね、フータロー君ってば同学年だったのに私達の家庭教師をやってたんだよ」

「それは聞いたことあります。あの頭でっかちの親父だからできたんでしょうね」

「あはは、フータロー君ってば嫌われてるね」

 

 愛想笑いを浮かべながら、一口コーヒー飲む一花。

 

「強いていえば、私達がお馬鹿だったせいってのもあるかな。で、それが何とかなった時にお祝いをしたのが、このお店だったの」

「それ、店長さんから昨日聞きました。確かここで働いてた親父の給料から出たケーキだったんだすよね」

「うそ!? そうなの!?」

「知らないんですか?」

「全然、初耳だよ!」

 

 昨日の三玖は確か、五つ子の情報網を甘く見るななどと言っていた気がするが、一花のこの反応を見るにブラフということか。

 それで店長が自白したのだから、やはり自分などが交渉は難しいかもしれない。

 

「そっかぁ、じゃあフータロー君には悪いことしちゃったね」

「いいですよ。親父のことだからどうせムダ金持ってても参考書とかに買うだけでしょうし」

「それは無駄なお金じゃないと思うんだけど……楓人君っておうちのこととかあんまり聞かせて貰ってない感じ?」

「何の話です?」

「本人達が話してないなら私からはあんまり詳しくは言えないんだけど。まあ、簡単に言うと昔のフータロー君の家はちょっとだけ家計が苦しかったんだよ。それは何年か前までずっと続いてたけど、それも今は解決してるみたいだけどさ」

「ああ……」

 

 そういえば確かに、いつ頃だったかに家の羽振りがよくなった時期があった。

 母親探しの聞き込みのつもりが思わぬ情報が舞い込んできたものだ。

 

「それなら身に覚えがありますけど、聞かされたわけじゃないですね。うちの親、あんまり昔のこととか話さないから」

「意外。もっとコミュニケーションに溢れた家族だと思ってたんだけど?」

「仲は良いです。ただ昔話をしないだけです」

 

 例えば、

 

「俺が生まれた時の話とか」

「あー……」

 

 言うと同時、楓人は一花の一挙手一投足を見逃すまいと目を光らせた。

 顎に指先を当てて、楓人は知らない当時のことを思い出しているのか一花はひとしきり唸った後、向き直った時にはいつもの飄々とした顔に戻っていた。

 

「私もあんまり詳しくはないかなぁ。あの頃から売れっ子だったから、仕事忙しかったし」

 

(!!)

 

 ここにきて、一花が口を滑らせたことを見逃さなかった。

 昨日、楓人は一花が活動休止期間を持っていたことを知った。あのWebサイトには年代まで書かれていなかったが、誰がどんなことをしたのかまで分かれば、時期を特定することなど現代っ子としてはお安い御用だった。

 中野一花が活動を休止したのは16年前。つまり楓人が誰かのお腹の中にいた頃となる。

 その時期を仕事で忙しかったというなら、間違いなく嘘をついているということになる。

 

(まさか、一花さんが……?)

 

 改めて一花の顔を見る。

 昨日、三玖を相手にしたのと同様、彼女が自分の母親である可能性を考慮しての観察。

 血が繋がった相手ならば何か感じるものがないかという目を向けてみるが、やはり分からなかった。

 現状分かったのは、一花は自分が生まれた当時にあったであろう出来事に関係しているということ。それが出産そのものと決めつけるには、状況証拠だけでは足りないと素早く判断した。

 

「そうですか。なら聞いても仕方ないですね。それよりももっと一花さん達が学生だった頃の話を聞かせてくださいよ」

「ぐいぐい来るね。といっても、色々あったから何を話せばいいやら」

「五つ子の皆さんって、お袋以外は誰か恋愛事とかってなかったんですか?」

「まさかの恋バナ……!? 楓人君、そういう話好きだったっけ……?」

「好きというか、ちょっと興味本位で……」

「興味ねぇ……」

 

 訝しむような目で楓人を見てくる一花。

 凝視される視線に、楓人は内心でもしや怪しまれているのではないかと冷や汗をかいた。

 やはり、五つ子と話をするにはまだ時期尚早であったかと後悔をし始めると、一花は少し重苦しく口を開いた。

 

「もしかして楓人君、クラスにこういう話できる友達いないの? 相談乗るよ?」

「それは間に合ってるんで大丈夫です……!」

 

 全然違ったらしい。

 高校に上がってからめっきり母親探しに躍起になっている楓人だが、学校ではそれなりに普通の男子高校生をやっている。

 やっていないとすれば勉強ぐらいだが。

 

「それにもし本当に困ってたら先に親に相談しますから心配しないでください」

「フータロー君に友達の作り方を相談してる楓人君を想像したら、もっと不安になってきたなぁ……」

 

 やっぱりボッチだったかあの親父、という感想は胸の内にだけしまっておいた。

 

「今更時効だろうし楓人君に質問に答えるとね、いたよ。私達にも好きな人」

「クラスの友達とか?」

「ううん、君のお父さん」

 

(やっぱり……)

 

 なんとなく想像できていたストーリーの一つだった。

 両親の仲の良さを考えると、どうしてもあの父親が本気で浮気をするとは正直のところ考えづらかった。

 ならば誘いを受けた側だったらどうかと、そう考えた方が自然だった。

 もしも五つ子のうちの、四葉以外にもう一人、風太郎に好意を持つ人物の名前が挙がれば、その人が容疑者になる────のだが。

 

「って、私”たち”?」

「そ、私達五つ子は皆彼のことが好きになっちゃった時期があるんだ」

「……正気で言ってます? それ?」

 

 楓人は天を仰いだ。

 せっかく一人に絞れそうだと思った容疑者が、また四人に逆戻りだ。

 先ほどの戸籍の話といい、どうして裏目にばかりでるのかと嫌になってくる。

 

「何かショック受けてるみたいだけど、君から聞いてきた内容だからね?」

「ショックというかなんというか……ある意味聞きたい話を聞けたんでいいです。というか、同姓から見た親父ってそんなにモテそうに見えないんですけど、あれで五つ子全員からモテてたってラブコメ主人公か何かだったんですか。あの人」

「どうだろうねえ。その割にはお色気ハプニングとか少なかったけど」

「そこまで突っ込んだ話は聞きたくないです」

 

 欲しいのはあくまで五つ子の恋の矢印が誰に向いていたかという情報だけであって、生々しい話はご遠慮したいところだった。

 というか先ほどから親戚の恋愛絡みの過去話を聞いているせいでこちらの情緒は実のところ、結構乱高下している。

 早々に話を切り上げたかった。

 

「話の選り好み多いしわがままだなぁ……あ、そうだ」

「なんです?」

「後で怒られることになっちゃうから一つ訂正ね。五月ちゃんだけは別らしいんだよね」

「へぇ」

「本人が否定してるだけだから、本音がどうだったのかまでは知らないけど」

「その言い方だと、他の四人は親父への気持ちの言質まで取れてるって聞こえますけど」

「色々あったから」

 

 先ほどの失敗を学んでか、深くは話すつもりはないらしい。

 我儘と言われた手前、これ以上の深堀はいい加減機嫌を損ねる可能性もあるだろうし、ここらが潮時だろうと楓人は自分で線を引いた。

 だが、今聞いた話だけでも有益な情報はあったように見える。

 少なくとも五月が母親だという線は薄くなったように思えた。

 今聞いた話はあくまで高校生の話なので、それから七、八年後ともなればまた事情も異なるだろうが、人間関係などどこまでいっても地続きなのだから参考には出来るはずだ。

 息をつくように嘘を使い分ける一花だが、明け透けな話し方から見ても本当の可能性が高いように見える。

 それに万が一、楓人の狙いに感づいていたり、一花自身の保身に走った嘘をつくなら”恋はしていなかった”と答えるべきだろう。

 候補が一人減っただけでもありがたい。

 少し胸の内が軽くなった気がした楓人は、それきり残る時間は一花と世間話をしながら、いつの間にか運ばれていたケーキへと手を付け始めたのであった。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

『おかえりー』

 

 一花との食事を終えた後、ようやく自宅へと帰宅した。

 四月も中頃に入り大分日も長くなってきた頃だというのに、すっかり外は暗くなっていた。

 帰りの挨拶には家の中から四葉の返事が聞こえて来た。

 リビングに顔を出せば夕飯の支度をしている最中らしく、炒め物匂いがしてきた。

 

「遅かったけどどこに行ってたの?」

「学校の帰りがけに一花さんに会ってさ。ちょっとご馳走になってた」

「えー!? じゃあ夜ご飯もしかしていらない?」

「いや、食べるよ」

 

 言ってから楓人はキッチンに回り込むと、作り掛けのおかずに手を伸ばした。

 

「こら! 食べるなら先に手を洗いなさい!」

 

 そう叫ばれた時には時すでに遅く、出来上がっている総菜の一部は楓人の口の中に放り込まれていた。

 逃げるようにして一旦、制服と学校の鞄を置きに自分の部屋へ向かおうとしたところで、リビングのテーブルに置かれたていた四葉の鞄に目が留まった。

 はみ出るようにして大きめのサイズの上質な紙が鞄から顔を覗かせていて、見たことのあるものだった。

 

「病院の診断書?」

「あ、見ちゃだめ!」

 

 気になり手を伸ばした楓人だったが、その様子に気が付いた四葉が転がり込むようにして先に取り上げていった。

 ただ、鞄を強く掴んだ拍子にはみ出ていた紙は更に大きく顔を覗かせ、診断書のあて名書きが見えた。

 

「お袋、どこか悪いのか?」

「大丈夫! 全然健康だから!」

「いや、健康だったら診察受けないだろ。てっきり患者さんの奴かと思ったけどそれ、お袋のみたいだったし」

「楓人が気にする必要のないやつだから!」

 

 張り付かせた笑顔で叫ぶ四葉の様子は、どこからどう見ても怪しかった。

 自分も嘘が苦手なのはこの母から遺伝で貰ったから分かる。

 

(怪しい……)

 

 何か病気にかかったのなら、いっそ正直に言ってくれた方がこちらも楽になるというものだ。

 楓人の目からしても四葉の顔色は明るい。何かを患っているようには見えなかったから、それほど心配はしていなかったのだが。

 

「そうやって変に隠されると逆に心配なんだけど……癌とかじゃないよな?」

「……ごめん、本当に言えないんだけど、楓人が心配してくれてるようなことじゃないから安心して。信じて」

「…………」

 

 まっすぐ見つめてくる瞳に、嘘の色は見えなかった。

 この母がここまで自身たっぷりに言い切るのならば、本当に重い病気とかではないのだろう。

 だとすればなおさら中身が気になるところなのだが、重い病気ではないと楓人自身納得したからには、それ以上気にするの事はやめたのであった。

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