生まれた日のことを僕は憶えていない   作:真樹

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5_誰のもの

 あれから特に進展もないまま、一か月ほどの時間が過ぎた頃だった。

 学校では初めての中間試験が終わり、学校生活も順調に軌道へ乗ってきたところ────

 

『1年A組、上杉楓人君。1年A組、上杉楓人君。中野先生がお呼びですので、職員室までお越しください』

 

 だったのだが、昼休みにそんな校内放送が流れた。

 

「五月さんから呼び出しって何の用だ?」

 

 呼び出しに従って職員室まで向かえば、五月のデスクに本人はおらず、代わりに衝立で仕切られた応接スペースの影から彼女が顔を出してきた。

 五月は楓人と目が合うなり、こちらへ来るように手招きをしてくるので、楓人も呼ばれた方へと向かった。

 

「急に呼び出してどうしたんです。連絡なら直接電話してくれればいいのに」

「”上杉君”」

 

 くだけた態度で勧められるまでもなく五月の対面のソファに座るなり、ピンと糸の張ったような声で五月はこちらを苗字呼びしてきた。

 普段は楓人君と名前呼びをしてくるだけに、いつもと様子が違うことはすぐに気が付いた。

 

「今日は君の叔母であると同時に、先生として君とお話があります」

「……なんですか改まって」

「まずは中間試験お疲れ様。勉強もきっと頑張ったんだよね?」

「ありがたいお言葉ですけど、高校生なんだからやるのは当たり前だし、そんな風に言ってもらえるようなことじゃ────」

「だね、君の言う通り勉強は学生の本分だよ」

 

 じゃあ、と前置きをしてから五月は脇に置いていた紙を表向きにして、五月と楓人の間にある応接用のテーブルへ置いた。

 枚数は五枚。先日の中間試験で楓人が回答した五教科の答案のコピーであった。

 点数は、五教科の合計で百点。平均ニ十点の綺麗な赤点である。

 

「この有様はなにかな!? 君は本当に上杉君の子供なのかな!?」

「俺も上杉なんですけど」

 

 それに、風太郎の子供であることに間違いはない。

 

「お父さんの方のことを指しているに決まってるじゃない!? あの人はこんな成績を取ることを良しとしているの!?」

「何も言われないわけじゃないですよ。でも家ではちゃんと勉強をやってますし、その上でこの点数というだけであって」

「……つまり君は勉学の才能という点においては、四葉の方から遺伝を貰ってしまったというわけだね」

「…………」

 

 遺伝、その単語にここ最近のこともあってスルーできなかった。

 四葉が母親でないことが確定している現状、遺伝などしようがない。

 以前に一花と会話をした時は、五つ子の他の姉妹達もこのことを知っている気配があったものだが、五月がそれでも遺伝という言葉を使ってくるのは大人としての体裁と嘘を頑なに守っているのか、それとも単純に真実を知らないだけなのか計りかねた。

 

「昔、親父の方のじいさんから聞いたことがありますけど、親父も最初は勉強できなかったらしいですよ」

「……そういえば昔聞いた覚えがあるかも。彼も四葉と初めて会った時から勉強を始めたって」

「へえ、そこまでは知らなかったです。それなのに高校では親父が五月さん達の家庭教師をしてたんですね」

「何故、君がそんなこと知ってるの?」

 

 一瞬、口を滑らせたかと思ったが世間話の中で出ても良い話題だと思うと、隠すことなく正直に答える。

 

「この前たまたま一花さんから聞いたことがあって」

「そうなんだ。じゃあ話が早いや」

「早い?」

 

 家庭教師の話が何に繋がるのだろうかと、楓人は頭を傾げる。

 対面で座る五月はテーブルの端に置かれていた折り畳みのカレンダーを手元に寄せると、今週末のところを指さした。

 

「土曜日にうちの実家に来てもらえる? そこで勉強会をやろうと思うんだけど」

「……なんで俺だけ。嫌です」

 

 未だ手がかりはないが、母親探しだってやりたい。

 

「他にも成績の悪い生徒はいるでしょう。俺だけ特別扱いなんてしていいんですか?」

「これは先生としてじゃなくて、君の叔母としての心配だから」

「まるっきり公私混同じゃないですか……」

「一応、ちゃんと対策は立ててあるよ」

「対策……?」

「上手く行けば定期的にやりたいと思ってるからさ。でも私も家のこととかあってあんまり長い時間は見てあげられないし」

 

 前振りに随分と色々と話を付け足すなと、聞いていながら思った。

 しかし、おかげでなんとなく見えて来た気がする。

 要するに今週やろうとしている楓人の勉強会とやら、そこに参加するのは。

 

「だから君にも家庭教師をつけようと思うんだ」

「親でもないのに成績見てそんなこと勝手に決めるとか、それもう職権乱用だろ!?」

「家庭教師の手配も済んでるし、上杉君と四葉には許可取ってあるから」

「俺の知らないところでどんどん話が進められてる……!」

「本当は家庭教師の実績もあるし、上杉君が君に教えられればいいんだけどね」

 

 風太郎はしがないサラリーマンだが、高給取りのせいかいつも忙しそうにしていた。

 家庭を蔑ろにしているというわけではまったくないが、これ以上彼の拘束時間を増やすことは難しそうだというのは、風太郎の私生活を見ている楓人からしても思えた。

 それに、心情的な話をすればあの父とマンツーマンで勉強を教わるなどごめんこうむりたいところだった。

 だから家での勉強は自力か、自信なさげに教えてくる四葉にしか頼れず、今の惨状となっているわけであるが。

 

「ひとまず赤点回避までいければ、また自由にしていいから、どうかな?」

「俺に拒否権は……?」

「あるといえばあるけど、もし来なかったら親御さんとの三者面談が必要になるかもね。もちろんお父さんの方と」

 

 そんな面倒くさいこと、嫌すぎる。

 

「……わかりました」

 

 

 

 

 

 次の土曜日、五月に言われた通り楓人は四葉の実家のマンションまで足を運んだ。

 楓人の家が一軒家に対し、集合住宅住まいの中野家であるのだが、毎度こうして来るたびに収入の格差では中野家に軍配が上がるなと実感させられる建物だった。

 PENTAGONという名前の高級マンション、その最上階である三十階にある部屋へ訪れると、五月が先に到着しており楓人を待っていた。

 

「二乃と三玖は今日も喫茶店で仕事だから、あまり緊張しないで大丈夫だからね」

 

 部屋に入るなり、親戚連中に囲まれる状況に不安を持っていないかと気を回してくれたらしい五月がそんな補足を入れて来た。

 まるでいないことが当たり前のように補足すらされない父方の祖父であるマルオの方に楓人はむしろ同情の念が湧いた。

 

「それで、家庭教師は?」

「今こっちに向かってるって。多分すぐ来ると思うんだけど……」

 

 言っている間に続けざまにインターホンが鳴った。

 楓人がリビングで座って待っている中、五月が立ち上がるとそのまま玄関へと向かった。

 インターホンの子機で対応しないでいいのかと思ったが、すると五月が玄関に到着するより早く、外側から鍵が開けられる音がした。

 続けて、廊下越しに話し声が聞こえてくる。

 

『やっほー五月ちゃん久しぶり。後、ただいまー』

『待ってたよ一花』

 

(一花さん……!?)

 

 聞こえてくる話し声に楓人は目を見開いた。

 家庭教師が誰かという話を楓人は実のところまだ聞いていなかった。

 なので誰が来るのかという不安も少なからずあったのだが、まさか一花が家庭教師かと思うと別種の不安が湧き上がってきた。

 何故ならば、一花に限らない話だが五つ子全員風太郎の元生徒であり、つまりは元馬鹿である。それを言うと五月の先生としての資質を問うことになるのだが、それはさておき一花に家庭教師が務まるのかという気持ちがとにかく収まらない。

 

『お願いしてた家庭教師の人は?』

『もちろん、連れてきたよ』

『姿が見えないんだけど……後、そっちの子は?』

『だから、この子が家庭教師』

『えぇっ!?』

 

 人一倍、響く声で五月の絶叫が聞こえて来た。

 会話の流れ的にどうやら若い先生らしいというのは分かったが、それでも一花よりはマシだろうと本人の前では絶対に言えない思いで安心した。

 

『中で彼もう待ってるんだよね? じゃあ挨拶はそっちでしようかな。入っておいで』

『……お邪魔します』

 

 一花の後に続いて、別人の声がした。

 一花と五月は顔だけじゃなく声までそっくりの五つ子だから、別の声質の女性の声だとすぐに気が付いた。

 そしてその声色に、どうも聞き覚えがあるような気がした。

 そんなことを思っている間にも五月が一花達を連れてリビングに入ってくる。

 一花の後に続いた彼女、

 

「初めまして、家庭教師をさせていただきます────」

 

 美樹はそこで言葉を詰まらせた。

 

「────」

 

 固まっているのは楓人もだった。

 互いに見つめ合うこと数秒、電撃のように脳は鞭を打たれてどう対応すべきかのシミュレーションが高速で展開された。

 楓人の脳内で導き出された演算結果は、

 

「初めましてー……」

 

 初対面のフリをすることだった。

 

「美樹、固まっちゃってどうしたの? 自己紹介しないと」

「あ……あーうん。そうね……中野美紀。一花の娘で家庭教師です。よろしくお願いします」

「一花の娘!?」

 

 目玉が飛び出るのではないかと大きく見開いて、悲鳴のような声を上げたのは五月であった。

 

「ど、どういうこと一花!? 娘っていつの間に、ていうか結婚だって……それ以前にその子、楓人君より年上じゃ────」

「落ち着いて五月ちゃん。それと驚かせちゃってごめんね。ちゃんと説明するからさ、まずは話を聞いてもらってもいい?」

 

 そうして一花は五月と、そして楓人に対しても美樹を養子に迎えた経緯を説明した。

 楓人にとってはすでに美樹本人から聞かされた内容と同じことを、美樹本人の許しもとっているのか一花はつまびらかに全てを話した。

 話を聞き終えた頃になると、一応事情を理解した五月は、それでも納得はまだしきれていないように困惑気味の顔をしていた。

 

「だから昔、家を出て行ったんだね……正直に言ってくれれば私も手伝ったのに」

「そうしたかったけど、ほら、あのことがあるから……」

「それはそうだけど……」

「あのことって何?」

 

 食いついたのは美樹の方だった。

 自分の頭の上でいかにも隠し事をしていますと言っているかのような、表面をぼかした会話に彼女の性格故に気になったのだろう。

 ただ、それは楓人も同様であるので形だけは興味があるような素振りはしなくても、耳を傾ける。

 

「ちょっとね。美樹には関係ないことだよ」

「そうやって、またママは私を子ども扱いするのね」

「してないってば。美樹はもう大人のレディだって、私が一番分かってるから」

「そういう宥めるような態度が子供扱いって言ってるのよ!」

「……!」

 

 声を荒げる美樹を前に、五月が肩をすくませた。

 楓人は美樹の一花に対する複雑な感情を知っているから、のほほんと眺めていられたが、今さっき娘だと聞かされた矢先に不仲のような会話を聞かされれば、五月的には気が気じゃないだろう。

 その五月の様子に美樹も周りが見えていないわけではないようで、すぐに声を落とした。

 

「ごめんなさい。大きい声を出しました」

「……ううん、気にしないで。その、色々あるもんね」

「来て早々見苦しいもの見せちゃってごめんね。私はこれから仕事だからさ、後は任せてもいいかな?」

「大丈夫だけど、他の姉妹達にはどうしたらいい?」

「私から説明すべきだと思うから、できれば何もしないでいてくれれば。万が一二乃と三玖が帰ってきちゃったら、フォローしてくれると助かるかも」

「お父さんには?」

「お父さんは知ってるから大丈夫。流石にね、言っておかないとだから」

「……わかった」

 

 美樹の存在を一花だけではなく、マルオも黙っていたことに多少ショックだったのか、少しだけ五月は目を伏せた。

 けれども、流石は大人と言うべきか、楓人へと向きなった次の瞬間にはそんな影などどこかへとやっていた。

 

「それじゃあ、早速始めようか」

 

 

 

 

 

 一花を見送った後、授業を始める前にいくつかの確認が五月から美樹に対して行われた。

 

「一応確認なんだけど、年っていくつなのかな?」

「十六で、高二です」

「じゃあ楓人君の一つお姉さんだ。えっと、学校での成績ってどのくらい? まさか、全教科百点とか……」

「そんなわけないじゃないですか。漫画のキャラじゃあるまいし。一応学年で一桁入れるくらいです」

「そっか、そうだよね。あの人がおかしいだけだよね……」

「?」

 

 分かっていない様子の美樹を見るに、風太郎という勉強お化けの存在は知らないらしい。

 いや、名前くらいは一花も親戚に彼女の存在を紹介するため聞かせているかもしれないが、美樹の言葉を借りるなら漫画のキャラのように全教科百点の化け物が現実の身近にいるとは露ほども思っていないのだろう。

 ひとまず、美樹が楓人に勉強を教えられるだけの学力があると知ると安心をしたようで、早速始めるように指示をしてくる。

 五月本人は指示を出した後、自分も傍で監督するが、口さみしいから全員の分の飲み物とつまむものを用意すると言ってキッチンへと立っていった。

 その隙を狙って楓人は美樹へと顔を寄せる。

 

「お前、意外と頭良かったんだな」

「意外とってどういう意味よ。昔は家で放置されてたから勉強くらいしかすることなかったの。ゲームとか買ってもらえなかったし、暇つぶしでやってた勉強いつの間にかが習慣になったわ」

「だからって大人しく勉強するような性格か?」

「うるさいわね私の勝手でしょ? それより私はあなたが馬鹿だったことの方が私は驚きなんだけど?」

「うるせえな……」

「それでよく母親探しなんてしようと思ったわね。作戦とか何も思いつかないんじゃないのかしら?」

「ぐっ……!」

 

 図星なので言い返せる言葉が思いつかなかった。

 実際、美樹とは初めて会った時以降の交流は無かったので、久しぶりの近況報告で話せる進展がまるでないのでことさら恥ずかしかった。

 状況はどうなのかと聞かれるのが怖くてたまらなかったのだが、どうやら本当に頭の出来が違うらしく、言い返せず呻く楓人を見るだけで溜息を吐いた。

 

「呆れた、その様子だとほんとに何も進んでないみたいね」

「慎重に進めてんだよ」

「慎重すぎて答えを見つける前に寿命が来ないといいのだけど」

「そういう場合は日が暮れるって言うんじゃないのか?」

「日なんて何回とっくに暮れてると思ってるのよ。応用効かないわね。本当に馬鹿丸出しじゃない」

「この野郎……!」

 

 揚げ足取りもいいところだが、妙にロジカルな詰め方に内心で腹を立たせるぐらいしかできなかった。

 美樹の性格はどちらかというと情緒的なのだが、発言一つとっても考えてからものを言っているような振る舞いは風太郎のようであった。

 

「お待たせ。早速仲良くなってるね、何のお話してるの?」

 

 やや我慢の限界を迎え始めてきたところで、キッチンから五月が戻ってきた。

 トレイにはお茶と和菓子が乗せられている。

 五つ子の中だとああいった和テイストのものは三玖の好みだったはずだから、おそらく今もこの家に住んでいる三玖のチョイスで選ばれた買い置きを引っ張りだしてきたのだろう。

 水を差されたように美樹は一旦楓人から距離を取ると、ジト目を直さずそのまま五月へと向けた。

 

「こいつ……上杉君が本当の母親を探してるのに全然話が進んでないから何やってんのかって話ですよ」

「────!」

「美樹! お前馬鹿!」

 

 咄嗟に楓人は怒鳴ったが、言葉は全て発し終わった後だった。

 五月は完全に静止していた。まるで感情が抜け落ちたかのような、人形に急に変身したかのようだった。

 ただ一人、変わらない口調で美樹は楓人に向けて言う。

 

「それだけ調べても話が進まないなら、もう知ってる人間に聞くしかないでしょ。その点なら、五月さんは最善の相手だと私なら考えるわ」

「なんで……もしかしたら五月さんだって知らないかもしれないだろ」

「そんなわけないでしょ。姉妹の誰かが妊娠して、それを隠し通せるほど五月さん達五つ子姉妹の仲が疎遠にあなたには見える?」

「それは見えないけど」

 

 美樹を止めようと中腰で立っていた姿勢を落ち着かせ、楓人はゆっくりと五月を見る。

 瞳に、五月も本当に何か知っているのかと投げかけるような意思を込めると、五月は口開くも音を発さず、少しの間唇を震わせた。

 

「ふ」

 

 一音、漏れ出るように音が出る。

 

「楓人君は、知ってたの?」

「……少し前に偶然、両親から話を聞きました。お袋が、俺の本当の母親じゃないってことを」

「そう、ですか……」

 

 ふらつく足で、なんとかテーブルまで五月は辿り着くとトレイを置いて、そのまま頭を抱えた。

 長く、ボリュームのある髪で俯いた五月の表情は読み取れなかった。

 ただ静かに、しばらくそのままでいるの五月に向かって、美樹が追い打ちをかけるように言う。

 

「ママから前に聞いたことがあります。姉妹の中で、あなただけが唯一上杉君のお父さんに対して個人的な感情を抱かなかったと。可能性の域は出ないですが、その時点で私はあなたが彼の本当の母親である可能性は低いと考えました」

 

 美樹の説明は楓人も同じように持っている理屈であった。

 ただ、美樹も自ら言った通り可能性の域を出ないが故に、万が一を考えると言葉にするのは憚られたのである。

 この場で実際に話として出したのは、美樹の大胆不敵な性格故なのだろう。

 

「私はどうしてあなた方五つ子がこのことを上杉君に隠しているのか理由を知りませんが、彼は今、誰が本当の母親なのか知りたがっています。良ければ教えてくれませんか?」

「……美樹ちゃんはどうしてそこまで楓人君に協力をするの……?」

「本当の母親から捨てられた同じ境遇の一人間として、彼に共感できるところがあったからです。子供は誰だって、ママから愛してもらいたいと思うのが普通じゃないんですか?」

「……!」

 

 顔を上げ、美樹を見ていた五月の表情が大きくゆがんだ。

 まるで同い年か、下手をすれば年下かと思わせるほど幼い感情を垣間見えさせた五月は、眼鏡を外すと目元を抑えた。

 再び数秒、無言の時間が流れると少し落ち着いた声色で五月は言う。

 

「申し訳ないけど、姉妹との約束があるから私が真実は話すことはできない」

「……そうですか」

 

 少し失望するような、抑揚のない返事を美樹は返した。

 けれども、それに追撃するようにして、五月。

 

「けど、どうして楓人君が四葉の子供として育てられることになったのか、その経緯は私、話すよ」

「……聞かせてください。五月さん」

 

 楓人はその場に座り直し、五月を真正面から見た。

 その楓人を見て、五月も正座をして話し出す。

 

「十六年前……いえ、もっと昔から私達五つ子と上杉君……あなたのお父さんの間には様々な想いが行きかっていたの」

 

 例の、四葉以外の姉妹も風太郎に恋慕を抱いていたという話だろうか。

 

「最終的に四葉が上杉君と結ばれて、その直後は揉めたりもしたけど、それでも私達は新しい家族の形として前を向けたはずだった」

 

 けれど、と話を繋ぎ、五月は正座の足を組みなおす。

 

「二人が結婚して間もなくの頃、大きな問題が見つかったんだ。四葉の体に関わる、大事なこと」

「大事なこと……?」

「四葉は、子供を産めない体だったの」

「……!」

 

 空気を飲む音がした。

 音だけではなく、空気の塊が喉を通る感触もした。

 無意識に楓人自身がそうしていたらしい。

 

「子宮の病気だったの。受精卵が出来ても、着床ができなくてお腹の中で子供を育てられない体だった。でも、二人は子供を欲しがったし、姉妹達も何か協力できることはないかって皆で意見を出し合ったんだ」

「まさか……」

 

 話を聞きながら、美樹は何かの可能性に思い至ったのか、吐きそうな顔をして五月を見た。

 続く言葉は、五月からではなく、率直に物事を言う美樹だからこそ、恐れながらも自分の推理を言う。

 

「姉妹の誰かが代わりに子供を作ったの……?」

 

 美樹の言葉に、五月は頷いた。

 直後、破裂したような激しい音が美樹の目の前のテーブルからした。

 彼女が机を叩き、立ち上がったのだ。

 

「信じられない! そんなこと許されると思ってるの!? そんなことを彼の本当の母親は受け入れたっていうの!?」

「落ち着け美樹。怒鳴っても変わらないことだ」

「あなたはどうして冷静なのよ上杉君! こんな…………気持ち悪い話だったなんて思わないじゃない!?」

「それは……」

 

 どうだろうか、と楓人は自身の当初の予想と比べてみた。

 美樹は途中から話を聞いたから、風太郎達当事者の内面にまで想像が及んでいないのだろう。

 元々、楓人の予想では自分ができた理由というのは風太郎と他の五つ子の不倫関係によるものだと考えていた。

 そうでなければ子供などできないから、他の可能性を考えてこなかったのだが、腑に落ちない点が一つだけあった。

 どうして四葉が何も言わずに自分を育てたのかである。

 楓人が小さい頃から風太郎と四葉の間に不仲の影はなかった。一般的な夫婦関係ならば、不倫が露呈すれば仲に亀裂が入るのが当然だろう。

 考えられる可能性はせいぜい、四葉が寛容すぎる感受性の持ち主だったからということになるが、五月の話を楓人の予想の代わりに当てはめてみれば、そんな無理やりな解釈も必要なくなる。

 四葉からしても、望んだ子供だったからこそ、楓人を受け入れたのだろう。

 

「……上杉君も何も言わないのね。どうやらマトモなのは私だけみたい……悪いけど、今日は気分が悪いから帰るわ」

「美樹ちゃん……」

「安心してください。こっちだってそういう汚れた話は芸能界で見慣れてます……ただ、身内も結局変わらないだなんて信じられなかっただけで……ママとの約束は守ります。上杉君には勉強も教えます……だから今日は、勘弁してください」

「…………ごめんなさい」

「失礼します」

 

 誰も見送りの無いまま、美樹は一人で帰り支度を済ませると足早に部屋を出て行った。

 残された彼女の分のお茶とお菓子は手を付けられた後もなく、持ち主のいない湯呑は後を追うように湯気を立ち昇らせるだけだった。

 残された楓人と五月、二人の間に依然として重苦しい空気が流れる中で、楓人がその静寂を先に破った。

 

「この前、お袋が病院の診断書を持って帰ってきたんです。俺がそれを見つけた時は深刻そうな顔で取り上げるくせに、大きな怪我や病気じゃないからの一点張りで、何を隠してるのかと不思議でした」

「四葉は今もずっと不妊治療をしてたの。多分、それだと思う」

「してたってことは……」

「私達ももう出産できる年齢を過ぎ始めてるから、諦めないといけないかもって前に言ってて」

 

 だとすれば酷く辛い話だろうな、と楓人は感想を思った。

 

(あれ……?)

 

 そこまで考えて、一つ違和感を持った。

 これまで自分の出生の話を聞かされてきた楓人であったが、その感情は驚くほど静かだった。

 確かに四葉の体のことや、諸々の真実は衝撃的で、驚きはしたが美樹のようにわめきたくなる衝動や、両親や姉妹からの嫌悪感が一向に湧いてこないのであった。

 自分はもしかして、おかしいのだろうかと考える。

 

「楓人君」

「何ですか」

「ここから先のことを今の私から言うことはできないけど、もしも君が自力で真実に辿りついた時は、私が間違ってないって認めてあげる」

「……なんで五月さんがそんなことを?」

「元々、四葉達がしてたことに私も反対だったから。反対しきれなくて結局片棒を担ぐことになっちゃったし、そのせいで君には酷いことをしちゃってるけどね」

「…………」

「今日は解散にしようか。君も勉強っていう気分じゃないよね」

「まぁ……」

 

 勉強をする気は元々なかったが、五月に言われたことも間違いではない。

 話をしながら、自分がおかしいのではないかということばかり考えていたことが、もしかしたら現実味が無さ過ぎて感情が追い付いてきていないだけかもしれないと、予想した。

 だとすれば、後から嫌な感情が湧いてくる前にこの場を退散した方がいいのかもしれない。

 

「なら俺も、失礼します」

「そうだ、楓人君」

「まだ何か?」

「こんな話をした後だからきっと信じてもらえないだろうけど、本当はまだ言わないといけないことがあるの。そのためにもしばらくしたら君に渡したいものがあるんだけど、受け取ってもらえる?」

「物によりますけど……」

「大きなものじゃないから。出来上がったら学校で渡すね」

「郵送じゃなくてですか?」

「まだこの話、四葉には知られたくないでしょ?」

「……」

 

 どうやら、五月は思ったより自分側の人間かもしれない。そんな風に思えた。

 

「じゃあお願いします」

「……うん。きっと君をまた悩ませるかもしれないけど、大事なものだから」

 

 

 

 

 

 数週間後、五月は言った通り一通の封筒を渡してきた。

 A4サイズの紙が収まる白い封筒には、病院の印鑑が押してある。

 以前と同様、楓人はそれを両親のいない時間に自室で開封し、中を確認するとDNA鑑定書が封緘されていた。

 枚数は五枚分。対象は五枚すべて楓人と、相手は五つ子の五人だった。

 楓人が当初利用した精度の悪い民間サービスの検査などではなく、正式な手順を踏んで医療機関で検査された鑑定の結果には、遺伝子の適合率がコンマ以下のパーセントまで記されていた。

 五人と楓人の遺伝子適合率には、例え比較対象が五つ子であってもコンマ以下の値となると個人差も出ており、その中で楓人と最も適合率の高い相手は、

 

 四葉だった。

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