生まれた日のことを僕は憶えていない   作:真樹

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今回の話は現在上映中の五等分の花嫁の映画のネタバレ要素も含んでいるので、ご注意ください。


7_ミオソティス

 十六年と少し前。

 フータローと四葉の新婚旅行も無事に終わり数年が経った頃、四葉から急に連絡があった。

 当たり前だけれども、フータローと一緒に暮らしている四葉とはすっかり別々の生活を送るようになっていたからその連絡はずいぶんと急で久しぶりのものだった。

 集まる場所はいつも通り私達の家で、五つ子が勢ぞろいするのはそれこそ新婚旅行の頃ぶりだったかもしれない。

 それほど久しぶりで、しかも急な連絡というからには恐らく話の中身はあれだろうと、影ながら四葉を除いた四人で話し合ったりもした。

 きっと”おめでた”の連絡だ。精一杯にお祝いしてあげよう。

 そんな思いを胸にして、当の四葉からいざ話を聞こうという時になった瞬間、四葉は謝罪の言葉と共にテーブルに泣き崩れるようにして突っ伏したのだった。

 

「ごめん……みんなごめんなさい! ……せっかく私が選ばれたのに……みんなに送り出してもらったのに私、風太郎の子供、産んであげられない体だった……!」

 

 詳しく聞いていくうちに四葉の体が不妊体質であるということを私達は理解していき、私達のお祝いしてあげようという気持ちなんていつの間にかどこかへと消え失せていた。

 ただただ、いつまでも泣き止まない四葉から発せられる途方もないほどの虚無感を共感しながら、ひたすら宥めるだけの時間が続いた。

 その日の集まりにフータローは来ていなかった。四葉が絶対に来てほしくないと、自分が謝らないといけないからと頑なに拒絶したらしい。

 だからフータローも交えて、今後の夫婦生活をどうするのか方針を聞いたのは数日後だった。

 

 

 

 フータローの話だと四葉は不妊治療を始めたとのことだった。

 何とかなる見込みがあるかどうかすら分からないけど、それでも絶対にやると四葉が言ってきかなかったらしい。

 幸いなことに、この件に関してはお父さんがお金を出してくれると言ってくれたとのことだ。

 フータローのことを今もあんまり好きじゃないみたいだけど、流石に哀れだと思ってくれたのだと思う。

 一度、お父さんに直接聞いたことがあった。

 

「四葉の体って本当にどうにもならないの?」

「どうにかしてあげたいのはやまやまだが、僕にも答えることができない。解決する手段があるなら既に四葉達に伝えているさ」

「だよね……」

「ただ、四葉達の子供をつくるというだけなら、やり方もあるにはあるが……」

「どんなこと?」

「……いや、今のは聞かなかったことにしなさい。やはり、どうにもならないのかもしれないね」

 

 その時にお父さんが言いかけたことが、頭から離れなかった。

 

 

 

 それから更に時間が経った頃、フータローと四葉が養子を引き取るかもしれない、なんて話も持ち出してきたことがあった。

 話の言い出しっぺはフータローの方だった。

 お義父さんの借金の返済だって苦しいはずなのに他所の子供を引き取るだなんて、どうしてそんなことを言い出したのかと聞いてみた。

 そんなに子供が欲しいのだろうか。

 

「四葉の姿が痛々しくてな……見てられねえんだ。三玖、お前の言う通り実家のこともあるし、時期は見定めるつもりだ。養子といえど命は命、引き取るなら立派に大人に育ててやれる準備が整ってからにする。ただ、今はそれを決めておくだけでもしてやらないと、このままじゃあいつは……」

 

 当たり前だけど、他の姉妹がフータローとの子供を作るなんて話は冗談でも出なかった。

 ただ、ひたすらに姉妹全員で何か手段はないのか、本当に自分達が築き上げてきた関係の結果がこんなのでいいのかと、躍起になって調べていた。

 それは私も同じで、その頃になるとふと、お父さんの話を思い出した。

 ”子供をつくるだけならやり方がある”

 私は四葉に連絡を取って詳しく体の状態をもう一度聞いてみた。

 その時の四葉はあまり自分の体のことを話したがらず、様子を見ていた私は『確かに自分の不完全な体のことなんて話したくないだろうな』などと、同じ女性だからというだけで見当違いな共感をしていた。

 今にして思えば、後で私が言い出すことになる”手段”のことを四葉は既に思いついていて、それを姉妹の私達が思いつくのを恐れていたのかもしれない。

 

 

 

 医者がどうにもならないと言っていることを素人が分かるはずもなく、一花や二乃、五月も諦めかけ始めてきた頃、私だけが一つの方法を見つけ出した。

 代理出産という手段があるという。

 四葉の体は受精卵を子宮で育てることができないだけということらしく、そういった場合は取り出した卵子を体外受精をさせ、別の女性の体に入れて育てるという方法があるのだという。

 このやり方が私以外から出てこなかったのは日本では浸透していない医療技術だからだった。私だって調べている中で見つけた時には、目から鱗のような話だと思った。

 日本にこの技術が浸透していないのは単純に法律が整備されていないかららしい。

 やるとなれば海外でやるらしい。海外では代理出産についても法の整備がされている場所もあるとのことだ。

 日本で難しい理由は、子供は授かりもの、生まれてくる命は神聖なものとして見ている節があるから、どうしても倫理的な抵抗感があるのだろう。その気持ちは私だっていくらなんでも分かる。けれど。

 倫理。

 そんな言葉を使って昔、四葉から諭されたことがあった。

 もしかしたら私は少し、倫理観が姉妹とは違うのかもしれない。

 何故ならば私は代理出産の技術を見つけるや否や、これしか解決手段はないと思えてならなかったからだった。

 

 

 

 後日、早速四葉以外の三人を集めて代理出産の話をしてみた。真っ先に反対をしてきたのは五月だった。

 

「そんなの非常識だよ! それじゃあ代わりになる人は道具みたいじゃない!」

 

 次に冷静にデメリットを伝えてきたのは一花だった。

 

「私だってしたことないけど、出産って命がけでしょ? それなのに本当に妊娠したら引き返せないんだよ? 止めるとなったら堕ろすことになるし、マタニティブルーで心変わりだってするかもしれないから絶対にやり切れるとはいいきれない。自分がまったく関係していない子供のために、そこまでのリスクを誰が負うのかな?」

 

 この場にいるみんなの意見を代弁してきたのは二乃だった。

 

「私は嫌よ! いくらフー君の子供だからって物事には限度ってものがあるでしょ! 下手したら一生を棒に振ることになるかもしれないんだからね!?」

 

 だから私は答えた。

 

「私がやる」

「────!」

「初めから誰かにやってもらおうと思って話を持ち掛けたわけじゃない。一花は仕事に影響が出ちゃうかもしれないし、二乃はきっとまだ心からフータローのことを諦めていないでしょ。五月だって一花が言った通り、そこまでのリスクを背負うほどフータローに対しての気持ちはないんじゃないかと思ってる」

「……三玖、せめて私達姉妹ではなく別の人に任せたりは────」

「私は今の結果がこんな結末になることなんて認められない。四葉がフータローと一緒にいるのを、私達だって認めたんだから」

「だけど────」

「だから、私がやる」

 

 

 

 結局、渋々という形でだけど姉妹の皆も話を受け入れるだけはしてくれた。

 選択肢の一つとして、こんなこともあると四葉に提示してみて、その反応を見てみようという、要するに判断ができないという具合みたいだった。

 代理出産の話を持ち出す相手は三人いる。フータローと四葉、それにお父さんだ。

 最初の二人は気持ちの問題だろうから、四葉が納得してくれればフータローも自ずと認めてくれると思う。

 だけどお父さんは日本の医者で、手放しだと認めてくれないだろうと思った。

 だからできることは全てやろうと思って、一つの準備をした。

 日本ではできない代理出産だけど、では海外ならどこでできるか────いや、どこでするのか先に決めておこうということになった。

 幸い、私達には海外に伝手が一つだけあった。

 二乃にコンタクトを取ってもらって、一花に通訳に入ってもらった。

 やり取りの内容は日本語に直すとこんな感じだ。

 

『久しぶり、リリーちゃん』

『ニノ! 久しぶり! 急にどうしたの!?』

『今打ってるのは二乃からスマホを借りてる三玖だよ』

 

 四葉とフータローの新婚旅行でハワイに行った時、現地の女の子と知り合ったことがあった。

 今はもう交流はしていないが、インスタの繋がりだけは二乃のスマホで残っていたから、それを利用させてもらった。

 数年ぶりの連絡だというのに向こうも覚えていてくれたらしい。

 

『私達が手伝ってあげた彼とは上手くやってる?』

『おかげさまで! 毎日ハッピーだよ!』

『良かった。私達も手伝ってあげた甲斐があった』

『久しぶりに連絡してくれたのに、そんなことが知りたかったの? 何か用があったんじゃない?』

『察しいいね。巻き込んでごめんだけど、調べてほしいことがあるの』

 

 四葉の体の事情を説明してからリリーちゃんにはハワイを中心に、代理出産の対応ができる病院を探してもらった。

 いくら一花や五月でも、アメリカのどの病院がどんな医療サービスを提供しているのかまで、英語のホームページを見て調べるのは骨が折れた。

 だったら英語のサイトは現地の人に調べてもらおうということにしたのである。

 

『お待たせ! 時間かかってごめんね! 書いてあること難しくて! 何カ所かあったよ!』

『ありがとう、助かる。もしかしたら今度、またそっちにいくかもしれないから、その時は連絡するね』

『本当に!? じゃあ前に手伝って貰ったお礼に、私がいろんなところ案内するね!』

『お礼なら調べ事でもうしてもらったんだけど……』

『あ、そっか。じゃあこれでフェアだから、友達として!』

『うん、お願い』

 

 

 

 そうして私達はリリーちゃんから貰った候補から良さそうな病院を選び、軽く連絡も入れて日本人の対応が可能かも打診し、後はこっちが乗り込むだけというところまで来てからお父さんへと相談をした。

 一通りのことを私達がしてきたと話を聞いたお父さんは、意外にもあっさり賛成をしてくれた。

 

「僕はね……君たちのこれからのことも考えれば言うべきではないと思っていた。だが、三玖も四葉もそれを飲むのなら、僕も手を尽くそう」

 

 続けてした四葉とフータローの説得でも大きな議論はなく、ついに私は二人の子供をお腹に宿すことになった。

 事に当たる直前、最後に家族みんなで集まって一つのことを決めた。

 代理出産のことは子供には内緒にすること。

 成人して、自分で戸籍なんかを見るようになって隠し切れない頃になったら、こちらから打ち明けること。

 子供が小さいうちに真実を告げて、私を母親だと思せて混乱させないようにすること。

 それがフータローと四葉のあるべき家族の姿を求める、私自身の願いだった。

 そうして私は渡米して、現地で妊娠して十月十日の時をアメリカで過ごした。

 身重になってきて一人では生活がままならなくなってきた頃には、仕事を休んだ一花に面倒を見てもらったりもした。

 店の方は二乃に任せた。私が妊娠している期間の間に店を閉めれば、もしも未来の子供に疑われるようなことが合った時すぐに私のことを見つけられてしまう。だから営業は止めず、二乃には定期的に私に変装して接客してもらうようにもした。

 五月は何も手伝ってくれなかったが、一番反対意見が強かったのがあの子だったから、黙っていてくれるだけでも有難かったし、恨みもなかった。

 日々大きくなっていくお腹を抱えながら、その間の私の心はとても穏やかとはいえないほど色んな紆余曲折の想いが駆け巡ったが、それは私だけの秘密だ。

 出産予定日になった頃、姉妹の皆も駆けつけてくれた。勿論フータローも。

 アリバイ作りも兼ねて皆には私の変装も混ぜながらハワイ観光を楽しんでもらい、私は当然参加できないので夜な夜な思い出話を聞かせてもらった。

 ある日、フータローが四葉とも別行動を取って、一日中病院のベッド脇で私に付き添ってくれたことがあった。

 出産が間もなくで不安で仕方ない日々だったけど、あの日だけは凄く安心した。

 写真を撮ったりもした。

 

 

 

 ついに私の出産も無事に終わり、楓人が生まれて来た。

 名付けをする時、私の名前からも何か名付けに使った方が良いかと四葉から聞かれたけど丁重に断った。

 それじゃあ私が頑張った意味がなくなっちゃうでしょ、と。

 出産してすぐの頃は、母乳を飲ませてあげたりしないといけないから、少しの間だけ楓人とは一緒に暮らした。

 何も知らない目で、まっすぐ私のことをお母さんだと思って見てくる楓人は可愛くて、愛おしくて、そしていつかは何も憶えていないまま私のそばからいなくなってしまう。

 いつの日だったかそんなことを私は思っていたら、楓人を────楓人君を寝かしつけるために抱いて、揺らしていた手に、少しだけ細かな震えを足してしまった。

 私が憶えている、私の子供としての楓人君の最後の顔はぼやけていた。

 




補足
リリー:映画登場キャラ。ハワイ在住の女の子。風太郎達の新婚旅行の時に出会い、彼女の告白のお手伝いをした。
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