生まれた日のことを僕は憶えていない   作:真樹

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8_自分の居場所(最終話)

 五月から真相である写真を見せてもらった日の翌週、楓人は両親と五つ子の姉妹達、そして調査に協力してもらった美樹を中野家に集めた。

 風太郎と四葉には、楓人の家に家庭教師をしに来た時にはしなかった美樹が一花の子であることの紹介も済ませた後、いよいよという具合に楓人は自分が調べ上げたことの詳細を、時系列に沿って説明した。

 その話の内容が、楓人の出生にまつわる話だと傍聴者達が気付くまでの時間はかからず、特に三玖と四葉はみるみると顔を青ざめさせていった。

 話の内容はおおまかにまとめると、以下の通りである。

 ①楓人が調査を始めるきっかけとなった、風太郎と四葉の会話を盗み聞きしたこと。

 ②戸籍確認とDNA鑑定を行い、遺伝子上は四葉の子であるにも関わらず、戸籍では養子扱いとなっていることから代理出産が疑われること。

 ③楓人が生まれる一年前の四葉を除いた五つ子達の心理状態と身辺状況を鑑みると、三玖が最も可能性として高いこと。

 ④上記全てをもって、五月から既に事実確認を終えていること。

 

「以上が、俺が調べたことです」

 

 ひとしきりの説明を終えた後、楓人は最後にそう締めくくった。

 三玖が自分を腹の中に宿し、四葉に引き渡すの間にどんな気持ちだったのかまではわからない。けれども、事の始まりは風太郎と他姉妹との不貞疑惑から始まった調査は結果論で言うなら、人の心を踏みにじるような行いはされていないらしいと考えられたため、なるべく攻めるような言い方にならないよう楓人は細心の注意を払って説明をしたつもりだった。

 それでも。

 

「────」

「四葉!?」

 

 話し終えたとほぼ同時、四葉が膝から崩れ落ちた。

 すぐさま両サイドに立っていた風太郎と一花が駆け寄る。

 四葉本人はフローリングに腰を落としたまま、茫然自失に床を見つめ続けていた。

 

「お袋」

 

 遅れて楓人も四葉の前に立つ。

 かけた言葉に、四葉は完全に我を失っていなかったらしく、緩慢な動作でだが頭を上げて楓人を見た。

 その四葉に向けて、楓人は少々バツが悪そうに頭を掻く。

 

「調べ始めた最初の頃、お袋は優しいから親父がやらかしたことを我慢して受け入れてたんだと勘違いしてた。けど本当は調べてる間もずっと違和感はあったんだ。お袋が俺に向けてくれる優しさは本物で、これほどの愛を姉妹といえど他人の子に向けられるものなのかって、俺自身の思い出がずっと訴えかけてきてた」

「楓人……」

「だから答えに辿り着いた時、驚いたけどそれ以上に安心した。お袋はやっぱり俺のお袋だったんだって」

「楓人は嫌じゃないの? 楓人を本当に産んであげたのは、私じゃなくて……」

 

 言葉を切って四葉は横を見た。楓人もその視線を追えば、先にいたのは三玖で、何か言いたげだが気まずそうな顔を浮かべていた。

 楓人は言葉を探しながら言う。

 

「嫌かどうかっていうより、正直実感がわかないんだ。俺と血が繋がってるのも、育ててくれたのもどっちもお袋だから。憶えてもいない生まれた時のことを言われてもって感じで」

「お母さんはね……本当はずっと不安だったんだよ……」

「不安?」

 

 視線を四葉へと戻す。

 伏し目がちになり、誰とも目を合わせない四葉は初めて自分の胸の中の泥を吐き出すように、重く口を開く。

 

「私はお腹を痛めてもいなければ、お乳をあげたわけでもない。生まれてから少し育った後の楓人を受け取って、そこから育てただけ。誰でもできるようなことしかしてないの。お母さんらしいことなんて本当は何もしてあげられてないから……楓人のことは大好きだけど、愛情を持って接してあげられているのか心配で────」

「それなら大丈夫だ、お袋」

 

 もったりとした話し方から、徐々に感情という名の水が勢いを増してきたところで楓人は自分の言葉をもって堰き止めた。

 はっとして顔を上げる四葉。

 その四葉に向けて続けて楓人。

 

「愛情を持っていてくれてたかどうかってんなら、誰よりも俺が一番分かってる。お袋は誰よりも俺のことを大切に育てていてくれてたよ」

「……!」

「後はまあ、親父もなんだが……」

 

 少し気恥ずかしさを感じながらも、ここは正直に言うべきだと考えて楓人がそう言うと、言われた側の風太郎はそっぽを向いて前髪に手を伸ばした。

 

「そうか……」

「疑って悪かった、親父」

「気にすんな。必要があると思ったからやったんだろ?」

「……ああ」

 

 風太郎に対し、楓人は頷いて応えた。

 実のところ少し安堵の気持ちもあった。

 同じ話を繰り返しとなるが、今回の調べ事の起点は父であるはずの風太郎への疑念が発端となっている。真実が白日の下へ晒された今、それは濡れ衣でしかなく、結果だけで言えば不必要に引っ搔き回しただけとなったわけである。

 冤罪をかけられた風太郎には当然起こる権利があるし、余計なことをした息子を叱る義務もある。

 だから日ごろから体罰なんてされていないが、拳骨の一発ぐらいは覚悟していたくらいだった。

 

「三玖さん」

「楓人君……」

 

 両親を後にし、続けて三玖の前へと立つ。

 未だに三玖は気まずそうに目を泳がせていて、こちらの視線と会うことはなかった。小刻みに震える唇は怯えているというよりは、何を言うべきか迷っていると見える。

 その三玖に向けて楓人は先制して腰を九十度に折り曲げた。

 

「俺を産んでくれて、ありがとうございました」

「…………うん。君が大きくなってくれて、本当に良かった」

 

 顔を上げてから楓人。やや冗談めかしたようにして、

 

「一回くらい、三玖さんのことも母親として呼んだ方がいいですかね?」

 

 問いに三玖は顔を左右に振る。

 

「いらない。君のお母さんは四葉だけだから」

「……わかりました」

 

 三玖が答えた時、さきほどまでの微妙な顔などどこへやら、楓人が気付いた時には晴れ晴れとした顔で微笑さえ浮かべていた。

 これでようやく話すべき人とは全て話もできたと、楓人は肩の荷が下りた気がした。

 だからか、見落とした。

 

「せっかく集まってくれたのに思ったより早く話が終わっちまったな。親父達も叔母さん達も今日は急に集まってくれてありが────」

「────なんで全部丸く収まったみたいな空気になってるのよ」

 

 五つ子の影に隠れて、蒼白の顔でこちらを見ている美樹のことを。

 集団の中から一歩離れて様子を見ていた美樹が前へと出てくる。

 

「あなた、自分が何言ったか分かってるの?」

「何って……」

「代理出産なんて馬鹿げた話を聞かされて、”はいそうですか”って受け入れたのかって聞いてるのよ!?」

 

 叫ぶ美樹に、楓人は何が言いたいのかとリラックスし始めていた頭を引き戻して考える。

 

「馬鹿げたって……実際にそうだったんだから仕方ないだろ」

「仕方なくないわよ! 自分の子供じゃない子をお腹の中に入れる? そんな気持ち悪いことがよくできたわね!」

「────」

 

 三玖を見てがなる美樹。三玖は急に呼吸ができなくなったかの目を見開き身を引いた。

 慌てて二人の間に立つ楓人。

 

「美樹お前、三玖さんの前だぞ。もう少し言葉を選べ!」

「選べ? それはこの人たちのやり口に対して使うべき言葉よ! 第一、この場にいる全員、三玖さんの気持ち考えたことがあるの!? 聞いたわよ? 昔はこの人も上杉君のお父さんのことが好きだったって。だけど妹さんに譲る結果になったっていうのに、その妹と好きだった人の子供を産めなんてよく言えたわね!?」

「ちが、私は、自分からやるって言ったんだよ美樹ちゃん……!」

「だとしても周りは断るべきでしょう!? 三玖さんだってその時は家族のためだからとか、自分に酔ったようなことを思って言い出したのかもしれないけど、本当は嫌じゃないはずないじゃないですか! 何より日本じゃ法律で認めてないって上杉君自身がさっき言ったことだわ! 法律にないってことは日本人がやっていいことじゃないってことでしょ!? 犯罪じゃなければ何やってもいいわけですか!?」

 

 感情的だが、間違ったことを言っているわけではないと楓人は美樹の主張を聞きながら思った。けれども同時に、これは当事者じゃない目線からの意見なのかということに考えが至る。

 当事者である楓人からすれば三玖が代理母なってくれなければ自分は生まれてこなかったわけである。

 四葉を含めた五つ子からしても、風太郎を巻き込んだそれまでの経緯を考えると、上杉夫妻が子宝に恵まれずに終わるなどという結末は心情的に受け入れがたいはずだ。だからどんな手を使ってでも子供を設けて、幸せな家庭になってもらいたいと、執着に近い願いがあったのかもしれないと推察できる。

 けれど産む側でも、産まれる側でもない全く無関係な人間の目から見れば、そんな心情的な話よりも代理出産という行い自体に目が行く。

 自分の子供でもない子を孕むという字面だけで見れば、なるほど美樹が抱える生理的嫌悪感も分からないでもない。

 楓人はどう言うべきかと思案した。「そうするしかなかった」「仕方がなかった」そんな言葉を並べ立てたとしても美樹は納得しないだろう。

 関係ない人間の主張だからこそ、感情論ではなく正論で戦わないといけない。しかし、正論は向こうにあるが故に楓人には何を言えばいいのか言葉が見つからなかった。

 その答えを周囲の大人に求めるように視線を巡らせると、一つの影が動いた。五月だ。

 

「美樹ちゃん」

「なんですか……!?」

 

 警戒する獣のように、じりじりと一定の距離を保つよう威嚇をしながら呻く美樹。

 それと反比例し、どこまでも冷静に、しかし理解させようと寄り添った優しい声色で五月は言う。

 

「あなたの言うことは間違っていません。三玖の行いは法の隙間を突くようなやり方で、決して褒められるべきことではないでしょう。だから私も最後まで反対をしましたし、協力もしませんでした」

「五月……!」

 

 誰かが五月の名前を呼んだ。美樹を落ち着かせるための説得をするのかと期待したのに、逆に美樹に賛同するような発言をしたからだ。

 けれど、違和感にすぐに気が付いた。

 五月の話し方だ。以前に彼女が美樹と話をする時は普通であったのに、今は敬語で話している。

 楓人の知る限り、五月が子供に向かって敬語で話すのは学校で生徒に対して話す時だけだった。

 

「ですが、あなたの言い分は一つの側面でしか見ていないように思えます」

「側面も何も、法律なんて守るか守らないかと二択しかないじゃないですか……!」

「美樹ちゃんは先ほど三玖に向かって言ってましたね。”三玖さんだってその時は家族のためだからとか、自分に酔ったようなことを思って言い出したのかもしれない”と。それはつまり、あなたにも本当に見えているのではないですか? 三玖がどうして楓人君を代わりに産むと決意するに至ったのか、その真意を」

「……!」

「後出しの話かもしれませんが、三玖が代理出産をすると言い出した時、当然私達姉妹だってやめるよう説得をしました。倫理的にも、三玖自身の将来のリスクについても、気持ちの面でも……それに法的にグレーであることだって三玖自身初めから理解していることのようでした。それでも三玖は産むと決めたのです。美樹ちゃんにはそれら全部を踏まえて楓人君を産むと決めた三玖の心が見えていると私には思えるのですが、違いますか?」

 

 ようやく美樹は強い語調で叫び続けるのを止め、考えるように押し黙った。

 痛いところを突かれたのだろう。

 そこへ追撃をするようして五月は話を続ける。

 

「仮に代理出産の話がここではない別のどこかの話であったとしましょう。そこでは経済的に困窮している女性に対して、まったく関係のないただ子供が欲しいけど事情があって作れない裕福な夫婦が、お金を払って依頼をしたとします。実際問題、そういうケースの方が多いらしいです。私だってそういった話を身近なところで耳にすれば、私もあなたと同じ反応をしたでしょう。私には今例えに出した人々の背景など何も知りませんから。そしてやはり、事情を知れば何か共感できるが出来るかもしれません」

「……確かに五月さんの言う通り、私だって三玖さんの気持ちが想像できないわけじゃないです。だけど、頭で分かったって納得できないものはできないんです!」

「それでいいじゃないですか」

「……え?」

「同じことを言いますが、三玖のしたことは世間的に褒められた行いではありません。私達姉妹や上杉君達家族は当事者だから、美樹ちゃんとは違うように感じてしまいますが、どちらかといえばあなたの感覚の方が一般的なのだと思います」

「ならやっぱり、三玖さん達のしたことは正しくないんじゃ……」

「正しい正しくないで論じることではないのです。きっと美樹ちゃんに完全に納得してもらおうとすれば、話合いは平行線を辿ってしまうでしょう」

「じゃあ私はどうしたら……」

「そういった話もあったと折り合いをつけていくしかないでしょう。あなたにも納得できる話の落としどころがどこなのかは私にも分かりませんので、実際どこなのかはあなた自身で見つけるしかないと思います。こちらに改善できる余地があるなら私達も歩み寄るべきでしょうが、今回の話は全て過ぎた話ですので私達にどうしてあげることもできません。こんなことをした私達と関わりたくないと思うならそうすれば良いでしょうし、あなたは一花の子ですから今すぐには無理かもしれませんが、これからの将来のことも踏まえて話し合うべきでしょう」

「なんで私がそんなことをしないといけないんですか……! 私はただ、気持ち悪くて、正しくないものを正しくないって言ってるだけなのに……!」

「あなたにはまだ難しいかもしれませんが、社会というものは法律を守って生きていても意外と自由で、あなたの考えに反して生きている人だって沢山いるものなのです。あなたに直接何か被害がでないのなら、受け入れていくしかありません……少し説教臭くなってしまいましたね」

 

 一つ、息継ぎをするように、けれど深く、わざとらしく五月は深呼吸をした。

 

「どうでしょう。ここはひとつ仲直りの印にご飯でも行きませんか? 少しお高いところでも今日は私がおご────」

「お前は食いたいだけだろ。五月。太るぞ?」

「何故そこで食いつくのですか上杉君!? ていうか最後のは余計なお世話です!」

 

 叫ぶ五月に歯を見せて不敵な笑みを見せる風太郎。

 幾分か和らいだ一同の表情に、デリカシーのない言葉選びまで狙ったものかはさておき、空気を読んだのだろう。

 空気が再び弛緩し始めるのを感じる。話は終わったという流れになるものの、楓人はまだ少し美樹のことが気になった。

 言い返すことができなくなった美樹の顔は、ただ言葉が出ないだけで煮え切らないものがあるように見えたからだ。

 これで話を終わらせて本当にいいのかと思えば、美樹の横に立つ影がまた出来た。今度は二乃だ。

 

「腹の虫が収まらないって顔ね」

「結局、言いくるめられた気しかしないんです。楓人の親も三玖さんも自分達の都合だけでおかしなことをしでかして、上杉君が人とは違う奇妙な生まれになることになったことに変わりはないじゃないですか……」

「他に言いたいことは?」

「……私の前のママだって私を捨てて、今のママだって聖人みたいな顔をして私のことを引き取ったくせに、本当は嘘ばっかりつく人で私の気持ちはどんどんくすんでいって……子供ってなんなんですか? 大人に振りまわされてばっかりで、私達は大人の玩具なんですか?」

 

 そう自虐的に問いかける美樹に対して、二乃は少し上を見上げた。

 その顔は遠くを見ているようで、美樹へ顔を戻した時には何か、仕方のないといったような面持ちで言う。

 

「案外子供じゃなくたってそんなもんよ。周りは自分の知らないところでどんどん変わっていって、いつの間にか自分だけが子供のまんま成長できてなかったなんて話ザラだわ」

 

 言って、二乃は自分の髪に触れた。触れた位置は肩より少し高い位置で、まるでかつてはそこが髪先だったかのように指で遊ぶ。

 

「あんたは本音で話せるタイプみたいだから心配してないけど、生き辛いって思うならあんたが変わってみなさい。案外、辛いことばっかりじゃなくて良いこともあるはずよ」

 

 そう話す二乃の目は美樹を捉えているはずなのに、どこか別の物を映しているかのような、曖昧な顔をしていた。

 美樹はぼそりと呟いた。

 

「私が、変わる……」

 

 

 

 

 

「最近君とはよく合うね」

「どうも……」

 

 中野家での話の後、一行が向かった先はREVIVALだった。

 ケーキ屋だが一応洋食も取り揃えているらしく、夕食はここにしようと誰かが言い出したのであった。

 窓際から一花親子と二乃と三玖、反対側は五月と上杉親子という具合で、席に案内された時には案内をしてくれた店長が楓人に話しかけてきたのであった。

 

「それではごゆっくり」

 

 一礼して店長が去ると、メニューを広げて思い思いの食べたい物を選び始める。

 

「久しぶりに来たが随分メニューが変わってるな。昔はパスタだけでピザとかなかったぞ」

「飲食店だって日進月歩で進化してるのよ。特にカフェやケーキ屋なんてトレンドを追い変えてないとすぐに女子高生とかから見放されちゃうんだから。フー君ももう少し流行とか勉強してみたら?」

「流行に乗ってインスタとかやってるフータロー……想像できないかも……」

「風太郎はSNS自体全くやらないからねぇ。むしろ楓人にだって『勉強の邪魔になるからやめろ』なんて言うくらいだし」

「楓人君にはもう少し学校でもお友達を作ってもらいたいから、先生的にはむしろ少しくらいやった方がいいんじゃないかって思うんだけどね……まるで昔の上杉君を見てるみたいで……」

「俺だって学校に友達の一人か二人くらいいますよ五月さん!? 大体、高校に上がってからはお袋達のことを調べてたから休みの日は忙しかっただけで────」

「あ、もしかして私の昔の写真集を買おうとしたのもそのため?」

 

 一花さん! と、楓人が叫んだ。

 これだから五つ子が揃うと面倒くさいと楓人は思う。昔から叔母たちも基本的に優しいのだが、数少ない甥っ子だから可愛がりすぎるきらいがある。

 こういう時はスケープゴートが欲しいぐらいなのだが────

 

(いや、いるじゃねえか)

 

「美樹からも何か言ってやってくれ。俺がどれだけ真剣に三玖さんのことを見つけようとしてたのか」

「…………」

「美樹?」

「あ、ごめん。聞いてなかったわ。何?」

 

 ようやくそこで気が付いたようにメニューから顔を上げる美樹。

 美樹の席から一花を飛ばした隣、二乃が頬杖を付いて顔を前に出す。

 

「なによ、まだ不満でもあるわけ?」

「二乃さん……」

「せっかくのご飯なんだから言いたいことがあるなら言ってスッキリしておきなさい。その方があんたの性にも合うでしょ」

「……大丈夫です。もう言いたいことは全部言いました。今は少し、考える時間がほしいだけで」

「あっそ。ま、隠し事が嫌いでも言いたくないことの一つや二つぐらいあるわよね。気にしないでいいわ」

「ありがとうございます……あ、そうだ」

 

 思い出したように、今度は美樹がテーブルに乗り出して二乃の皿に隣の三玖を見る。

 自分に何か用かと表情を硬くする三玖に向けて、美樹。

 

「さっきは言葉が過ぎました。ごめんなさい」

 

 言って、美樹は頭を下げた。

 一瞬だけ三玖は驚くように目を開いてから、すぐに落ち着き笑みをつくると首を左右に振った。

 

「気にしないで。私は大丈夫だから」

「でも……」

「本当に。もし美樹ちゃんに後ろめたさがあるなら────」

 

 言葉を切って、三玖は楓人へと向いた。

 

「従妹として楓人君と仲良くしてあげて」

「────」

「どうしたの?」

「いえ、なんでもないです……」

「?」

 

 話の途中、美樹は何か虚を突かれたような顔をした美樹であったが、すぐに元に戻ると顔を引っ込めた。

 

 

 

 元の席に美樹が戻った後も五つ子達や楓人、それと彼の父親は別の話を始めた。

 それらの声をBGMにしながら、美樹はテーブルの下で一花の服の裾を小さく引っ張った。

 

「ん、どうしたの美樹?」

「ママ……一つ、相談があるんだけど」

「なになに、内緒の話?」

 

 コクンと頷く美樹。

 その美樹に一花はにんまりとした笑みを浮かべて、顔を近づけた。

 

「絶対にバラさないから言ってごらん? お母さんは口が堅い方だよ?」

「でもママ、よく嘘つくし……信じていい?」

「もちろん」

「……もしも私が、ママの養子をやめたくなる時が来るかもしれないって言ったら、どうする?」

「────」

 

 面白そうな話が聞けるかもと期待している風の顔から一転して面食らう一花。

 そりゃそんな顔にもなるでしょうね、と美樹は内心で思った。

 一花の様子に、正面に座る風太郎が気が付いたようで一瞬目を配る。

 

「どうした一花?」

「ううん何でもないよフータロー君!」

「……? 変な奴だな。さっさと飯決めろよ」

「もちろん────びっくりしたぁ、美樹ってば急に何言い出すの?」

「だって、その……私と楓人って今は従妹でしょ?」

「従妹だね?」

「そしたらその、法律的には家族みたいなもんだから……五月さんが言ってたみたいな法の隙間を突くには────」

 

 ここで一花、ピンと何かが来たようで美樹の言葉を手で止めた。

 美樹は小声プラス他の席の面々に聞こえないよう俯いていたので、どうしたのかと一花を見れば、そこには初めて見る笑みをした一花の顔があった。

 

「ママ……?」

「美樹、こんど家でゆっくり話そっか。今は多分だけど、美樹も悩んでるところなんだよね?」

「…………ん」

「大丈夫、ちゃんと全部聞くし、時間もあるから今はゆっくり考えよ。どんな答えだったとしても私は美樹の味方だから」

「本当に?」

「もちろん。だって私は美樹のお母さんだから」

 

 

 

 席の隅で何か一花と美樹が話しているのを楓人も何となく気づいてはいたが、相当小声で話しているらしく内容は一切聞こえていなかった。

 

「一花さんたち何話してるんだろうな?」

「さあな」

「親父は気にならないのかよ?」

「興味ないからな」

 

 それきり自分のメニューは決め終わったのか、スマートホンを取り出すと他のメンバーが決まるまで待ちの姿勢に入る風太郎。

 こういうつれなさは相変わらずだな、と楓人が思っていると、楓人の前にメニューがスライドされた。四葉が寄せてくれたらしい。

 

「それより楓人は何食べる? 決まらないならお母さんも楓人の食べたいの選ぶから、半分こしようよ」

「いや別にいいよ。お袋も自分が食べたいの食べればいいだろ」

「そうなんだけど……でも今日は楓人にできることなら何でもしてあげたい気分だから」

「なんでさ」

「楓人と私がいっぱい幸せになるって、そういう約束だからね」

「約束?」

 

 

 

 

 十六年と少し前。

 時期は三玖が代理出産をすることを決め、姉妹や四葉への説得も終わった頃だった。

 喫茶”なかの”の扉が開かれた。

 時刻は夜十時。外は真っ暗で、照明もカウンター席しか点いていなかった。

 表には『CLOSE』の看板が立てられており、閉店を既にしている中で四葉が店の中へと入ったところだった。

 

「おじゃまします……」

「いらっしゃい。待ってたよ」

 

 迎えた相手は三玖だった。

 二乃の姿はない。

 三玖は言う。

 

「言われた通り、二乃には先に帰ってもらったよ。二人だけで話をしたいって、急にどうしたの?」

「えっと、話をする前にさ。ちょっとお酒が欲しいんだけど、何か貰えない……?」

「いいけど……何にする?」

「もちろん焼ちゅ────じゃなくて、何でもいいや。三玖と同じので」

「……? わかった」

 

 注文を受け、飲み物の準備を始める三玖。

 後数か月後には、その姿もしばらく見れなくなってしまうからと四葉は目に焼き付けるように見た。

 これからする話も踏まえて、三玖のことをできる限り知っておきたかったから。

 三玖は、四葉がしれっと”三玖にも飲んで欲しい”というニュアンスで言った事を察してくれたらしいのか、二人分の緑茶サワーを作った。

 四葉は出来上がったタイミングを見計らって、カウンター越しではなく隣に座るように手で誘導した。

 不審げな面持ちをしながら、二人分のグラスを持って言われた通り隣の席まで回り込んで来る三玖。

 四葉の分の飲み物は四葉の前に置くと、先にグラスを一度当て、二人で呷った。

 それから。

 

「話って言うのはね、三玖が私のためにしてくれるって言い出した話のことなの?」

 

 つまり、代理出産のことである。

 

「今更どうしたの? やっぱり止めようとか思ってる?」

「……ううん。そうじゃないんだ。三玖の申し出は本当にありがたかったし、ちょっと後ろめたさもあるけど、やめて欲しいなんて言えないよ」

「なら、なに……?」

 

 四葉の言い様に、真意が探れないらしく眉を寄せる三玖。

 本題をまだ言ってないからそんな反応にもなるかと、四葉は申し訳なさを感じると共に自分に喝を入れる。

 だから四葉は、一つ、確認したいことを言ってみた。

 

「三玖はさ、風太郎と、その、シてみたい?」

「────」

「あのね、風太郎にはまだ話してないんだけど……三玖は私と風太郎の子供を産んでくれるわけだけど、でも、私は三玖の気持ちも知ってるから……子供って、そういうことしてからできるものだから、それを飛ばして作るのは……ううん、そうじゃなくて、三玖が私達のために体を張ってくれるなら、それなら私だって我慢くらい────」

「四葉」

 

 たどたどしくも何とか言いたいことを言葉にしていく四葉の言葉を三玖は遮った。

 四葉はこの話をする時、二つの展開を頭に描いていた。

 受け入れられるか、馬鹿にするなと罵倒されるか。

 どちらだろうかと、話している間、自然とグラスに目を落としていた視線を三玖へと向ければ────無表情だった。

 

「魅力的な相談だけど、遠慮しておく」

「……どうして? 私のことを考えてるなら気にしないで。むしろ私が風太郎を説得したっていいんだけど」

「そうじゃない。私は四葉のことを考えてるから遠慮するって言ってる」

「……え?」

 

 三玖の言葉の意図が分からなかった。

 自分のことを考えてくれているということはつまり、自分と風太郎の間に入れないということではないのだろうか。けれどそれならば我慢できると既に言っているわけで、では三玖はそれさえも断って遠慮しているのかと、思考が空転し始める。

 

「私は”フータロー”の子供が欲しいから産むわけじゃない。”フータローと四葉”の子供だから産むの」

「……!」

「言っている意味、わかる?」

 

 分かる。

 四葉は、自分の理解が浅いのだとようやく気が付いた。

 自分ごときの理解では、三玖は風太郎のことが好きだから、例え疑似的にでも彼の子を宿したいと思っているのだと、そんなとんだ勘違いをしていた。

 だけど事実は違う。三玖は、こちらの背中を押そうとしてくれているのだ。

 

「……み、く」

「昔、言ったよね。四葉が本気でフータローのことを好きなら、私達の感情も受け止めてほしいって」

 

 あった。

 まだ高校生の頃、風太郎と付き合う直前ぐらいのころに三玖と二人で大切な話をしたことがあった。

 初めての二人だけのカラオケルームで。

 

「今の私の感情を教えておくね。あのことは私は、やり場のない怒りを四葉にぶつけてた」

「……」

「だから背中を押さないとか、そんな子供っぽいこと言ってた」

「そんな、子供っぽいなんて……」

「でも今は違う。四葉」

「三玖……?」

「私達のことをそうやって気にかけてくるなら、四葉は私達の……ううん、達は他の皆に悪いから……せめて”私”の分くらいはせめて、幸せになって」

「────!」

「それが私の願い」

 

 自分はどうしていつも、思い違いばかりするのだろうと思った。

 昔、自分の方が姉妹よりも優れていると勘違いして、努力の仕方を間違えて結局落ちこぼれてしまった。

 そして今、風太郎に自分が選ばれて、それでも姉妹の皆もまだ自分なんかよりも風太郎のことを見てると思っていた。

 そんなわけがなかった。

 とっくに皆は、少なくとも三玖は前を向いていた。

 前を向いて、どんどん先に行って、だけど置いてけぼりになった私のことをやっぱり見捨ててくれなかった。

 

「約束、してくれる?」

「もちろんだよ……三玖……!」

 

 

 




あとがき

風太郎が四葉以外の姉妹に浮気したかもしれない。
そんな最悪なスタートを切った作品でした。
ぶっちゃけ始め方はもう少しやり方ってもんがあったんじゃないかと思ってるのですが、終わってみれば書きたい話を書ききれたので「まあ良し!」と思ってます。

DNA鑑定で親探しをする話といえば、やっぱり最初に思いつくのは推しの子だと思います。
自分の場合、五等分ならそれの逆張りができるんじゃないか、と思い立ったのが企画のスタートでした。
だけどカミキ君みたいに本当に五つ子や風太郎を悪役にするのは性に合わないので、なら四葉を母親のまま捜査をかく乱するかと考えた時、代理出産の話を思いつきました。

だけどトリックを先に考えてからシナリオを組み立てていくうちに『負けヒロインに勝ちヒロインの子供を産ませるって人の心ないのかお前』と心の中の編集者がわめき始め、登校するかは結構ぎりぎりまで悩んだりもしました。
どうしても円満解決とはいかず、グレーな部分が残るところもあるので、そういった意見もぶつけつつ、なるべく向き合ってオチをつけれたかなと自分では思っていますが、実力不足は強く感じるところで読者様方の中にはご不快にどうしても思われてしまった方もいらっしゃると思います。
それでも最後までお付き合いいただきありがとうございました。
良い意見、悪い意見、全部吸収して栄養にしたいと思います。

さて、あとがきもこの辺りで、普段は過去作の宣伝なんかもやってますが、最近長編を終えて宣伝したばかりなので割愛いたします。
過去作いっぱい出してるので、興味がもし湧いてくださった方は作者のリンクから辿れるかと思います。(結局してるじゃないか)

次回作もすでに決まってますので、一話はすぐに上がると思います。

それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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