「人類は人じゃなくなった」
「そうなんだろう」
「インテルオル・オーメル」
薄暗い空間に、僅かな光と熱源が2つ。否、たった今3つ目が現れた。アルテリア・クラニアム。ここを譲る訳にはいかない。
『お客さんだぜ、ウィンD。予想通りのな』
相棒の声を聞き流し、予測していた中で最悪の接敵に思わず武器を持つ手に力が籠る(AMSを接続していない状態であれば歯軋りしていただろう)。これまで大量の敵を葬ってきた奴に勝てるかはわからない。だが戦わねばならないだろう。無辜の民の為に。
「貴様も人類の為ならば人の死を厭わないか。ならば死を実践してみせろ、テルミドールのようにな」
既に残弾は少ない。精一杯の強がりである。私の心中をわかってか、マイブリスがこちらにメインカメラを向けてくる。ロイは何も言わなかった。現れたばかりの3つ目の熱源、「ストレイド」がオーバードブーストで空気を切り裂き、左手の04-MARVEを連射しながらこちらに真っ直ぐ突撃してくる。避けるために空気を漂う緑の粒子をスラスターへ収束させ、右の壁際へ一気にクイックブーストで移動し左を見ると、マイブリスは逆側の壁際に飛んでストレイドの光学ロックを一瞬迷わせたらしい。金属製の壁に右足をめり込ませ、無理やり速度を殺し背部スラスターを起動。突っ込んで来たストレイドの背後に回り込むように機動をとると、こちらに気づいた奴はマイブリスに体当たりを敢行する。強い衝撃により、両機のプライマル・アーマーが表面に薄い緑のプラズマを走らせた。
2機による近接戦闘の応酬。マイブリスがガトリングとデュアルハイレーザーライフルの弾幕を張り、ストレイドがMARVEを放ってブレードを振るう。まるで踊るように壮絶な接近戦が繰り広げられ、フレンドリーファイアを恐れる私は引き金を引けず、ただロックを保持することしかできずにいた。
唐突にストレイドがマイブリスを蹴り飛ばし、クイックブーストで勢いをつけてブレードを向けてくる。コア装甲の表面を焦がしながらで刀身を躱し、前部ブースターを使用して高速で後退しながらレールガンとパルスキャノンを交互に速射する。なお肉薄してくるストレイドの後ろに、黒い影が見えた。
『後ろがお留守だぜ!』
マイブリスがデュアルハイレーザーライフルを射撃。だが私は見ていた。ストレイドの、アリーヤの複眼が、まるで後ろを見ているかのように動いていたことを。そして、一つ。デュアルハイレーザーライフルはEN消費の激しい武装だ。
「…っ!ロイ!」
奴はいつの間にかレーザーブレードを一瞬消し、逆手に持ち替えていた。恐らく、マイブリスとの近接戦闘から離れて私に向かってきた瞬間だったろう。私は気付けなかった。ストレイドは逆手に持ったレーザーブレードを起動し、背後に向けて横薙ぎに振るう。だが流石はロイ・ザーランド、咄嗟に対応してQBで上昇。クラニアムの天井スレスレまでの機動で回避した。
『畜生、足首から下どっちも取られた!流石だなルーキー』
感心している場合ではない。と言う言葉を飲み込み、ブレードを順手に持ち直したストレイドから牽制しつつ距離をとる。マイブリスもオーバードブーストで私とは反対側へ。ストレイドは今、トップランカーの二人に挟まれている。
崩壊した外壁の隙間から陽光が漏れ、アルテリア・クラニアム中央に佇むアリーヤを照らした。太陽に薄く当てられたコジマ粒子が輝き、半透明で美しい翡翠のカーテンを形作る。命のやり取りをしている最中だと言うのに、その場は美しく荘厳な静寂に包まれていた。
『なんで、人々を救うのに邪魔するのさ』
ふと、ざらざらとした無線の感触と共に幼さを残す青い声が聞こえた。ストレイドのリンクス、いや、「人類を憂う一人の青年」が語る。
『なんで、人の為を思うのに腐った世界を守るのさ』
「貴様が救っていると思っているのは人間ではない。人類だ」
「人々を庇護する一人の女」が語る。
「いくら人類を救おうと、過程で無辜の民が犠牲になるのなら私は許容しない」
『痛みなく精算できる時は、もう過ぎたんだよ!』
「その諦観がテルミドール…オッツダルヴァを殺したんだ!」
2機のレーザーブレードが輝く。互いに残弾がない武装をパージし、暗い戦場へ躍り出る。暗く狭い空間での斬り合い。それはかつての、リンクス戦争における「廃工場の決闘」を彷彿とさせた。こちらの方が広いが。
正面から捉え合う2機はぶつかり、ブレード同士が擦れて火花とプラズマを発生させる。離れてはぶつかり、離れては振るう。さながら中世の馬上試合のように。
もう何度レーザーの刃が交わったかわからなくなった頃、ストレイドが動きを変えた。クイックブーストを巧みに使い、左右上下ランダムな機動で視界外に出ようとする。こちらも負けじと激しい戦闘機動で対応。予想以上の激戦に心拍数がもはや異常値に近づいている。ネクストのカメラ越しの視界なのに、耳元で心臓が拍動しているような感覚を覚えつつ黒のアリーヤを追う。ストレイドが一瞬、その速度を緩めた。誘っているかもしれない、罠かもしれない。そんな思考を置いてけぼりにし、背部ブースターから莫大な推力を得る。コジマの暴力的な光を撒き散らし、オーバードブーストで肉薄する。どうやら向こうもこれで決めるらしく、互いに馬鹿みたいな相対速度に身を投じる。人々が生き延びるのか、人類が進むのか。
熱したナイフでバターを切るように、光の刀身が金属を貫通する。ストレイドの複眼は光を失い、機体は力なく崩れ落ちる。コア部分には大きな穴が空いていた。
「一つの命を想う、それを愚かと呼ぶか…歪んでいるよ。貴様も、この世界も」
動かないストレイドを見つめ、呟く。
『これで全て終わり…世は全て事も無し、か』
『良かったんだな?ウィンディー』
「あぁ、それで、良いはずだ」
クラニアムの暗がりには、二つの熱源と静寂のみが残った。