水平線を追いかける。
地球の自転に逆らうように、ひたすら東へ。機首の複眼カメラ越しの視界は暗い夜の海を映し出す。白い波がいくつも現れては消え、現れては速度に置いていかれる。
Vanguard Overd Boost、通称VOB。ネクストの背部へ追加装備可能な、使い捨ての追加スラスター。ネクストを用いた遠距離奇襲作戦の際に多用され、その規格外の速度から敵の探知範囲外からの強引で急速なアプローチを可能にする。
これを使った作戦は2度目だ。前回はAFスピリットオブマザーウィルやMT、ノーマルを中心としたBFFSOM打撃群への強襲。弾切れのためマザーウィル本体への打撃は与えられなかったが。
そんな思考をしつつ、視界に映し出されたHUD情報を読み取る。高度70m。波を掠めて飛ぶような状態を、自らの感覚とアビオニクスに頼りながら保っていた。
耳元でホワイトノイズが囁く。
『ねぇ、聞こえる?』
[彼女]の声が聞こえる。質問を肯定し、どうしたのか訊く。作戦内容の確認だろうか。彼女はいつも心配性で、たびたびドジを踏む私のために尽くしてくれる。
『…ありがとう。今は、それしかいえないのだけれど』
突然の感謝に戸惑う。最近プレゼントをした記憶も無いし、本当に心当たりがない。いつも助けられてばかりだった私に急に__
『違う。違うの。アナトリアを守ってくれたこと、私たちの急なお願いに応えてくれたこと、そして…』
『私と一緒に来てくれたこと』
どうやら、このセンチメンタルになれそうな私の視界を見て、そんなことを考えていたらしい。
私は既に死んでいたはずの男だ。あのイスタンブールで、あの白い天使に、あのACのコックピットで、「操縦桿を握ったまま」。
同じ旧トルコ国内にあったアナトリアで無償の治療をしてくれ、さらにもう一度生きる意味を、戦う意味をくれた。散々人を殺し、それを糧に生きてきた男にしてみれば、それ以上のことはない。
彼女は、そのことに負い目を感じているようだった。レイレナード本社襲撃の前、彼女は申し訳なさげに語った。
「イェルネフェルト」という名を背負った彼女と、「レイヴン」という名を背負っていた私。父親が開発した技術にも、私が持った使命にも、彼女は責任を感じている。
1人の娘が背負うにしては大きすぎる重圧だ。持った善意がために鴉を助け、そこに責任を感じるなど。
これは私の勝手な思い込みで、彼女にとても話せたものではないが…
私は彼女に、1人の人間として真っ当な生を生きて欲しかった。コロニー、都市の重責を負うこともなく、ただの一人娘として、父の遺産に苦しむことも、打ち捨てられた鴉に手を伸ばすあまり心を締め付けるようなこともなく。
『あなたのおかげ』
____私は、年甲斐もなくこんな娘に辛い思いをさせている。
レイヴンとして、傭兵として傍若無人にしか生きてこなかったツケだろうか。
この戦いが終わったら、街に行こう。なんてこともなく、歩いて、買い物をして、笑い合って。そこに翡翠の光などいらない。
ただ、私はただ______
白い閃光の複眼が、白みがかった水平線を睨む。