1. 五つ窪み、白様と南の城へ
「お城は遠いし、少し早めに出かけましょうか。私の高台幅じゃあ半日はかかっちゃうから、着くのはお昼ね」
そう言って歩き出した白様は「きゃっ!」と叫んでつんのめりました。
体が宙に浮いていたからです。
「白様、歩かないでいいよ、僕が運んであげる。僕の中に入っていけばすぐだよ」
「あらら、良いの?」
「平気。僕、満タンの水だって運べるよ。白様なんて軽い軽い」
五つ窪みは、ちょっと力自慢がしたかったのです。
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな……」
白様はちょっとワクワクしながら、五つ窪みの中に降ろしてもらいました。
中は広くて深くて、まあるい青空が上のほうに見えました。
「ねえ五つ窪み、私をもうちょっと上に持ち上げられる? これじゃ外が見えないわ」
ひょいっと体が浮いて、白様は五つ窪みの取っ手の先に乗っていました。
素晴らしい眺めです。丸いテーブルの世界がぐるりと全て見渡せました。
小さな白様が初めて見るパノラマの世界でした。
「じゃあ行くよ。僕、鋼さんくらい早いからしっかり掴まってて」
慌てて白様は体を半分、五つ窪みの中に入れて、取っ手でしっかり掴まりました。
「いいわよ」
白様の言葉に五つ窪みは、湖の西側を、風を切って走り出しました。
世界がものすごい速さで動いていきます。
「きゃーっ! 凄い、凄い、こんなの初めて」
白様は大喜び、すっかり飛ぶスリルに夢中です。
白様の取っ手や縁が、風でブルブル震えます。そのくせ五つ窪みの中は暖かで安全でした。白様は、あの冬の初めの中程さんと黒ちゃんを、懐かしく思い出していました。
「黒ちゃんたら、馬鹿ねえ。生きてたらこんな楽しいことに出会えたのに」
生きているから、辛いこともあるけど楽しいこともあるのだと、白様は改めて思うのでした。
五つ窪みは、あっという間にお城に着きました。
まだやっとお城のみんなが起きだした頃でした。
ちょうど門番さんが寝ぼけ眼で、元の門のあった場所に出てきました。
「おはよう、門番さん。オオジロに私が来たと伝えてくれる?」
五つ窪みの取っ手に、ちょこんと乗っかった白様を見て、門番は大慌て。
「白様、まさかそいつに乗ってきたんじゃ!」
「そうよ、面白かったわぁ。早くオオジロを呼んできて」
門番は慌てて城の中に飛び込み、すぐにオオジロを連れてきました。
2. 白様とオオジロの口喧嘩
「白様、なんて所に! 危ないからすぐ降りてー」
オオジロは白様を見るなり、悲鳴をあげました。
「相変わらず心配性ね。五つ窪み、降ろしてくれる? 安心して、来る途中はこの子の中にいたのよ。」
ひょいと地面に降りて、白様は言いました。
「五つ窪みの体の中に入ってきたんですって? なんてハシタナイことを! 白様は、この国の歴史ある“踊り子姉さん”の元祖なんですよ」
「何言ってるの、昔はみんなそうやって冬を起こしたのよ。ハシタナイも無いもんだわ」
「昔と今は時代が違います。今のルールを守ってもらわないと困るのは私なんです。それで、あの、この産まれたてのクロンボ、また何かしましたの?」
オオジロは、小さな声で聴きました。
「しませんよ、涙の池を一つ作っただけです。それで今日来たのはね、この子の“お城に出入り禁止”を解いてもらおうと思ったからよ」
「駄目です。この子が来る度に、お城が壊れるんです。みんな凄く怖がってるんですよ。」
「一番怖がっているのはお前でしょう。産まれて二日の子供のしたことじゃないの、全く杓子定規なんだから。私もロージンも、そんな風にあなたを育てた覚えはありませんよ。オオジロ姉さん!」
五つ窪みはびっくりしました。あの大きなオオジロが、小さな白様に叱られて、困っているのです。
「お前、白様のお気に入りなのか?」
門番さんが五つ窪みに聞きました。
「えっと……僕のこと最初に見つけたの、本当は白様なの。でも先に死ぬかもしれないからって、鋼さんに名付け親になってもらったの」
「それでかあ、じゃあお前は大丈夫なんだ。みんなお前のこと“黒い暴れん坊“の生き直しだと思って怖がってたんだぞ」
「黒い暴れん坊って誰?」
初めて聞く名前でした。
「俺も詳しくは知らんのだ。すごい昔の話だから、誰か年寄りに聞いてくれよ。白様か、漆造りの萩さんなら知ってるかもな。たしかあの頃には生まれてたはずだから」
漆造りの萩さん……切り欠きの萩さんの事かな?
「ところでよ、あの白様のやってた奴、面白いのか? 俺も一回乗せてくれよ」
「えっと、今日は疲れたから」
なんかこのカップ入れるのヤダ! と五つ窪みは思ったのでした。
その間にも、白様とオオジロの親子ゲンカは続いています。
「お願いだから、上に立つ者としてもっと自覚を持ってくださいな。
体の中に入ったりしたら、心が丸裸になったも同然なんです。次はすぐ“涙交”です。何も知らない産まれたてや、華奢な子が無理にやると、割れてしまうことだってあるんですよ。白様がヤンチャをするとみんなが真似するんです。風紀が乱れて困るんです」
「どうせ私は華奢じゃありませんよ。まるで、私が見境なしに“涙交”して回ったみたいに言ってくれるじゃないの。あの人の名前を探す神聖な儀式を、私が軽んじると思うの? 私は一生黒ちゃん一筋よ。そういうあなたこそ、暑さで湖で体を冷やしていた硯に、無理矢理自分の心の溶けた湖水を流し込んだ事あったわねぇ」
「キャーッ! それ私がまだ産まれたての頃の話で……」
「そうよ。産まれて十日。一人で勝手に遊びに出て、意味もわからずに真面目な硯のこと『半分お月様みたい』だって散々からかって、やらかしちゃったのよね。それで硯はお前のことが好きになって、あの門はお前のサイズに合わせて硯が作った特別製。だから壊した五つ窪みを許せないんでしょう」
『月ちゃんの煉瓦の門が』オオジロさんの、あの悲鳴はそういう事だったのか。
五つ窪みは、やっとオオジロが泣いた訳がわかったのです。
「分かるわよね、産まれたての子供ってそういうものだって。だからこそ私達大人は何時も注意を怠らないようにしなくちゃいけない。
でもそれは、押さえつけて何もさせないと言うことじゃない。この子は自分の金を削って、十六夜を助けたわ。ルールに従えば、産まれたての子供には許されない事だけど、命の方を取ったのよ。私は正しい判断だったと思います」
「十六夜、良くないんですか」
「かなりね。金箔が自然に剥がれ出してる。もう長くはないだろうって鋼が……」
コン!と音がして、近くでカップが一人倒れました。気を失っていました。
「籠目!」
オオジロと、白様が同時に叫び、慌てて籠目を担いで、みんなお城の中に入って行き、五つ窪みが、一人ポツンと残されました。
また煉瓦を壊したらと思うと、怖くて入れなかったのです。
3. 籠目の病~五つ窪み、踊り子達に振り回される
「ねえ、クロンボちゃん。私達にもあれやってくれない?」
突然話しかけられて五つ窪みが振り向くと、群舞の踊り子さん達が四人、お城の陰からこっちを見ていました。
「クロンボじゃないの。僕、五つ窪みって名前があるの」
クロンボと言われたので、五つ窪みは少しムッとして答えました。
「ごめん、名前知らなかったから。ねえ、さっきの白様みたいに私たちも乗せてよー」
「でも踊り子姉さんが体の中に入るのは、ハシタナイから駄目だって、さっきオオジロさんが言ってたよ。叱られない?」
「大丈夫よー。白様だって踊り子姉さんなのよ。ねぇちょっとだけだからぁ」
「本当にちょっとだけだよ……」
踊り子たちの押しの強さに、五つ窪みはしぶしぶ頷きました。
◇
「籠目、かなり心を病んでるわ」
白様がため息を吐きました。
「ええ、かなり酷い。実はあの子の“影“を見たと言う者が何人も出てるんです」
オオジロが辛そうに答えた。
「まだ生きているのに! 心が二つに割れてしまっている。ああ、黒ちゃんがいればねえ。後は鋼が一番心には詳しいけど、あの子は決して鋼には治療させないでしょうね」
「十六夜のことで、鋼を恨んでますから。自分が名付け親の十六夜に捨てられたのは、鋼のせいだと一途に思い込んで、いくら言っても駄目なんです。
白様の言うように、私達は完全じゃありません。その私達の作ったルールに間違いがあるのは当然なのかもしれない。良かれと思って作られた“名付け親制度”ですが、少なくとも十六夜と籠目の二回、取り返しのつかない不幸が起きました」
「私の子供の頃はそんなものなかった。産まれたては、みんなで寄ってたかって育てたものよ。みんなが親だった。昔は良かったなんて言う気は無いけど、ルールを守るために世界がある訳じゃないのよ、オオジロ。みんなが幸せになる為のルールなんだから」
「白様、私はどこで間違ったのでしょうか?」
「それは……あらら?」
お城の外から、踊り子たちの歓声が聞こえてきます。
「きゃーっ最高!」
「私もう一回乗る」
「狡い、私まだ乗ってないのに」
「もっと早く走って!」
「もう堪忍してよお……」
情けない五つ窪みの声が続きます。
なんと踊り子たちを一度に三人も乗せて、五つ窪みがお城の周りを駆け回っていたのです。
「お前達、何をしてるの!」
オオジロの大声が城中に響き渡りました。
「白様、助けてぇ……」
五つ窪みは涙声になっています。
白様は、笑いが止まりません。とうとう五つ窪みは伸びてしまいました。
そして、つくづく力自慢なんかしなきゃよかったと思ったのでした。
白様、笑いっぱなし。五つ窪みはしょげっぱなしで、その後二人はゆっくり半日かけて歩いて北山に帰りました。