9. 誓い合う者達
ザワザワとみんなが一斉に話だした。
「なんか、うさん臭い話だ。信用できるのか?」
「踊りの何が悪いんだよ? 俺らの唯一の楽しみなのに」
「なんだあ、私の欲しいもののお願いが叶うんじゃないんだ」
ほんの一部の真面目な者たちを除いて、みんな去っていったんじゃ。
「荻さん、みんなは聞いてくれましたか?」
歌ちゃんの問いに、ワシは一つ叩いた。
「誰か名前を探す人はいましたか?」
ワシは返事ができなかった。
「いるとも!」
「私も諦めないわ」
白様と黒様が言った。
「私もです」
オオジロも言った。
ワシは一つ叩いた。叩けたのがひどく嬉しかった。
「ああよかった、お役目を果たせた。萩さん、これでお別れです。私の願いも叶いました、あなたにもう一度会ってお礼を言うこと。助けてくれてありがとう、名前をくれてありがとう、覚えていてくれてありがとう。
あの人の願いが叶って世界が正しい姿になった時、私達もう一度会えます。あなたはその日まで決して死にません。その日までさようなら」
パリンと音を立てて、歌ちゃんは塵になり、金色の魂が天に帰っていった。
あれから七十年近く経ったが、まだあの人の名前はわからない。
黒様は、願いを間違えたことを一生悔やみ続けて先月死んだ。
オオジロは、死んだパートナーの硯が生き直しをするのを、あれからずっと待ち続けている」
萩さんの長い話は終わった
10. 漆の傷・冬の傷
「黒様どうしてあの人の名前を探せなかったの?一度は言えたんでしょう? 白様だっていたのに、二人の心は一つじゃなかったの?」
五つ窪みは不思議でなりません。
「黒様の心に迷いが出たんじゃ。自分が諦めたばかりに、歌ちゃんをあんな姿の生き直しにさせたと悔やんでな。
昔のように、真っ直ぐにあの人の事だけを思えなくなったと言っていた。
それから死ぬまで心の仕組みを追求してな。あの人の考えに近づこうと、時間の全てを研究に捧げる様になった。さすがの白様も今度はお手上げじゃった。二人の心がずれてしまっては名前を探すことはもう無理だった。それでも、白様の好きな人は、死んだ今でも黒様一人なんじゃがの」
「オオジロさんは? 一緒に探してくれる人いなかったの?」
「あれをやれる相手はそう簡単には見つからん。まして、オオジロは好きな人が死んでしまっているからの。どうしても、他のものに心が向かんかったのよ。だからひたすら硯の生き直しを願い続けているが、無理のようだの」
「なんで……なんで、あの人はこんなに難しいことをさせようとするの? どうして、歌ちゃんも萩さんも、傷モノで生まれてきたの? 自分の為のお使いなのに酷い」
「傷モノは酷いか……確かにの。お前、十六夜を助ける時、金継ぎの土台にした“漆”をどうやって作るか知っとるか」
「あの、黒っぽい汁のこと? 知らない」
「見せてやろう、こっちじゃ」
萩さんは、森の奥のほうに五つ窪みを連れて行きました。
「ほら、それが漆じゃ」
そう言って萩さんは、沢山横に傷の線のついた一本の木を五つ窪みに見せました。
「うわ、傷だらけ。痛そう」
「ワシもそう思う。ワシらの都合でこんなにされて、木は喋ったりせんが、痛い、痛い、と言うとる気がする。こうやって夏中集めても、一本の木でワシの体一杯分の樹液しか漆は取れん。だが漆を作らんと、怪我をした者の命も助けられん。命を助けるためには、それ相応の覚悟がいる。傷を負わねば出来ん事のようにワシは思うよ」
「酷いね……でもやらなきゃいけない事なんだ」
その時五つ窪みは、隣の杉の木の表面に、大きな縦の裂け目がついているのに気がつきました。
「この傷は何? 漆は横の線なのに、これ縦だね」
「それは冬がつけた傷じゃよ。凍裂と言ってな、冬の凍《しば》れに遭うとわしらと同じで、木も割れるんじゃ。うんと寒い日の明け方に、パシーン、パシーンと木の裂ける音が森中に響くんじゃよ」
「これが冬のつけた傷なの?」
その傷口が、十六夜さんの金継ぎの線と重なりました。
“冬が殺す”言葉ではなく、目の前に形で突きつけられた死でした。
東の淵の暗闇と同じくらいの、逃れられない怖い死の姿でした。
「安心おし、その木は死んでない。生きてる。あの人がくれた木は、わしらよりずっと強い。
だから、あんなに傷だらけになっても死ぬ事なく、わし達に漆の樹液を分けてくれる。
願いを間違えたにも関わらず、こんな良いものをくれたあの人の願いが悪いことのはずがない。
だから知りたいのだ、正しい願いを。その為には、わしらも傷を負う勇気が必要な気がするのじゃ。
だから木の為にもワシらの為にも、木を植えて育てる。
冬越しのベットにするには栗の木の葉が一番いいが、栗は去年の秋にもう植えた。
だから今日は葉っぱの広いシイの木を植える。これが種の団栗じゃ」
「わーっ可愛い!」
「こうやって、土を盛り上げて、真ん中を掘って団栗を入れる。
ここに水をやれば、周りの土が土手になって水が流れていかんから、水を無駄にしなくて良い」
「本当だ、すご~い」
「ほれ、水を汲んどいで。ワシは土を盛るから」
「うん、あのどんぐり植えるの僕にもやらせてね」
五つ窪みは湖に駆けていきました。
西の空が赤くなるまで一生懸命働きました。
◇
11. 生き直しの苦しみ
「疲れたんだな。五つ窪み、よく寝てます。生まれて四日にしては忙しすぎましたから。荻さんに遊んでもらってよっぽど楽しかったんですね」
「遊んだわけじゃないぞ、ちゃんとした仕事だ。もっとも、産まれたては何でも遊びにしてしまうがなの。昔話は年寄りには良い気晴らしだった」
「黒い暴れん坊の話をしたそうですね」
「いつかは聞かせんといかん事じゃ。何故みんなが黒色を恐れるかをな。この子が悪い子じゃないのが分かれば収まることじゃろ」
「あの事件の後、黒様はあの人の“私の望む願い”を探すのを諦めて、“名付け親制度”が作られたと聞いてますが」
「黒様は『あなたがあの時蹲っていたせいだ』と怒った白様に松ぼっくりで活を入れられるまで、ずっと“あの人の正しい願い”を考え続けて蹲っていたからの。あの『黒い暴れん坊事件』が起きた時、何もしなかったのを悔やんでのことじゃ。
『もし本当にあの人が謎を解いて欲しいなら、それにふさわしい器を寄越すだろう』と言って、カップとして守るべきルール作りに、全力を注ぐようになった。
それまではルールなんてまるっきり何もなかったからの。
だが……まさかあんな形で“謎を解く器”をあの人が寄越すとは、黒様も思わんかったんじゃろう。それ以来、歌ちゃんへの後悔から、心の謎を解くことであの人の考えに近づこうと研究を続け、はたせずに春先に亡くなった。白様を一人残してな」
「歌ちゃんの“生き直し”の事聞いています。我々にあの人の歌を届けるためだけに産まれてきたと。
高台もなく、上には蓋までされて、小さな穴が一つ空いているだけ。そこから小さな声で歌う以外何もできない。
見えず、聞こえず、歩くこともできず、たった一度、夏の最後の祭りの満月の夜に、みんなに“あの人の願いの歌”を歌うためだけに産まれ、歌い終わると砕けてしまったんですってね」
「だが、歌ちゃんは満足して天に帰った。魂は金色に輝いていた。自分が伝えねばならないことを伝え終えて、幸せに死んでいったんじゃ」
「萩さん、いえ豆蔵さん。あなたは自分からあの人に生き直しを願って、叶えられたと言いましたね。でも生き直しの実態がこんなものなら、何故そうまでしてもう一度産まれたいと願うのです? 決して幸せになれないと分かっているのに。
オオジロはもう七十年も、硯の生き直しを待ち続けています。待つのも不幸、生き直す方も不幸。なのに我々を作ったあの人は、なぜそんなことを許すのですか。
……オオジロがあまりにも可哀想です」
「お前さん、生き直しが自分のためだとでも思っとるんか? 生き直しとは、あの人の道具になって働くと言う事なんじゃ。自分の為には生きられんという事なんじゃ、それでもいいと言う者だけがやる事なんじゃ」
「だから、何故?」
「生き直しは幸せなんか望んどらんからじゃよ。これをやり遂げねば、死んでも死にきれん思いのある者だけが、それでも生き直しを願い出る。
不幸になるのは承知の上での。
お前さん気付いておるだろ?十六夜が、お前が誤って殺した、あの名無しの産まれたての子の生き直しだと」
鋼は答えませんでした。
五つ窪みは幸せに眠っています。
静かな夜でした。お月様は昨日より、もっともっと痩せていました。