命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

16 / 33
誓い合う者達

 

 9. 誓い合う者達

 

 ザワザワとみんなが一斉に話だした。

 

「なんか、うさん臭い話だ。信用できるのか?」

「踊りの何が悪いんだよ? 俺らの唯一の楽しみなのに」

「なんだあ、私の欲しいもののお願いが叶うんじゃないんだ」

 

 ほんの一部の真面目な者たちを除いて、みんな去っていったんじゃ。

 

「荻さん、みんなは聞いてくれましたか?」

 歌ちゃんの問いに、ワシは一つ叩いた。

「誰か名前を探す人はいましたか?」

 ワシは返事ができなかった。

 

「いるとも!」

「私も諦めないわ」

 白様と黒様が言った。

 

「私もです」

 オオジロも言った。

 ワシは一つ叩いた。叩けたのがひどく嬉しかった。

 

「ああよかった、お役目を果たせた。萩さん、これでお別れです。私の願いも叶いました、あなたにもう一度会ってお礼を言うこと。助けてくれてありがとう、名前をくれてありがとう、覚えていてくれてありがとう。

 あの人の願いが叶って世界が正しい姿になった時、私達もう一度会えます。あなたはその日まで決して死にません。その日までさようなら」

 

 パリンと音を立てて、歌ちゃんは塵になり、金色の魂が天に帰っていった。

 

 あれから七十年近く経ったが、まだあの人の名前はわからない。

 

 黒様は、願いを間違えたことを一生悔やみ続けて先月死んだ。

 オオジロは、死んだパートナーの硯が生き直しをするのを、あれからずっと待ち続けている」

 

 

 萩さんの長い話は終わった

 

 

 

 

 10. 漆の傷・冬の傷

 

「黒様どうしてあの人の名前を探せなかったの?一度は言えたんでしょう? 白様だっていたのに、二人の心は一つじゃなかったの?」

 五つ窪みは不思議でなりません。

 

「黒様の心に迷いが出たんじゃ。自分が諦めたばかりに、歌ちゃんをあんな姿の生き直しにさせたと悔やんでな。  

 昔のように、真っ直ぐにあの人の事だけを思えなくなったと言っていた。

 

 それから死ぬまで心の仕組みを追求してな。あの人の考えに近づこうと、時間の全てを研究に捧げる様になった。さすがの白様も今度はお手上げじゃった。二人の心がずれてしまっては名前を探すことはもう無理だった。それでも、白様の好きな人は、死んだ今でも黒様一人なんじゃがの」

 

「オオジロさんは? 一緒に探してくれる人いなかったの?」

 

「あれをやれる相手はそう簡単には見つからん。まして、オオジロは好きな人が死んでしまっているからの。どうしても、他のものに心が向かんかったのよ。だからひたすら硯の生き直しを願い続けているが、無理のようだの」

 

「なんで……なんで、あの人はこんなに難しいことをさせようとするの? どうして、歌ちゃんも萩さんも、傷モノで生まれてきたの? 自分の為のお使いなのに酷い」

 

「傷モノは酷いか……確かにの。お前、十六夜を助ける時、金継ぎの土台にした“漆”をどうやって作るか知っとるか」

 

「あの、黒っぽい汁のこと? 知らない」

「見せてやろう、こっちじゃ」

 萩さんは、森の奥のほうに五つ窪みを連れて行きました。

 

「ほら、それが漆じゃ」

 そう言って萩さんは、沢山横に傷の線のついた一本の木を五つ窪みに見せました。

 

「うわ、傷だらけ。痛そう」 

 

「ワシもそう思う。ワシらの都合でこんなにされて、木は喋ったりせんが、痛い、痛い、と言うとる気がする。こうやって夏中集めても、一本の木でワシの体一杯分の樹液しか漆は取れん。だが漆を作らんと、怪我をした者の命も助けられん。命を助けるためには、それ相応の覚悟がいる。傷を負わねば出来ん事のようにワシは思うよ」

 

「酷いね……でもやらなきゃいけない事なんだ」

 その時五つ窪みは、隣の杉の木の表面に、大きな縦の裂け目がついているのに気がつきました。

 

「この傷は何? 漆は横の線なのに、これ縦だね」

「それは冬がつけた傷じゃよ。凍裂と言ってな、冬の凍《しば》れに遭うとわしらと同じで、木も割れるんじゃ。うんと寒い日の明け方に、パシーン、パシーンと木の裂ける音が森中に響くんじゃよ」

 

「これが冬のつけた傷なの?」

 その傷口が、十六夜さんの金継ぎの線と重なりました。

 

“冬が殺す”言葉ではなく、目の前に形で突きつけられた死でした。

 東の淵の暗闇と同じくらいの、逃れられない怖い死の姿でした。

 

「安心おし、その木は死んでない。生きてる。あの人がくれた木は、わしらよりずっと強い。

 だから、あんなに傷だらけになっても死ぬ事なく、わし達に漆の樹液を分けてくれる。

 

 願いを間違えたにも関わらず、こんな良いものをくれたあの人の願いが悪いことのはずがない。

 だから知りたいのだ、正しい願いを。その為には、わしらも傷を負う勇気が必要な気がするのじゃ。

 だから木の為にもワシらの為にも、木を植えて育てる。

 

 冬越しのベットにするには栗の木の葉が一番いいが、栗は去年の秋にもう植えた。

 だから今日は葉っぱの広いシイの木を植える。これが種の団栗じゃ」

 

「わーっ可愛い!」

 

「こうやって、土を盛り上げて、真ん中を掘って団栗を入れる。

 ここに水をやれば、周りの土が土手になって水が流れていかんから、水を無駄にしなくて良い」

 

「本当だ、すご~い」

 

「ほれ、水を汲んどいで。ワシは土を盛るから」

 

「うん、あのどんぐり植えるの僕にもやらせてね」

 

 五つ窪みは湖に駆けていきました。

 西の空が赤くなるまで一生懸命働きました。

 

 

 

 

 11. 生き直しの苦しみ

 

「疲れたんだな。五つ窪み、よく寝てます。生まれて四日にしては忙しすぎましたから。荻さんに遊んでもらってよっぽど楽しかったんですね」

 

「遊んだわけじゃないぞ、ちゃんとした仕事だ。もっとも、産まれたては何でも遊びにしてしまうがなの。昔話は年寄りには良い気晴らしだった」

 

「黒い暴れん坊の話をしたそうですね」

 

「いつかは聞かせんといかん事じゃ。何故みんなが黒色を恐れるかをな。この子が悪い子じゃないのが分かれば収まることじゃろ」

 

「あの事件の後、黒様はあの人の“私の望む願い”を探すのを諦めて、“名付け親制度”が作られたと聞いてますが」

 

「黒様は『あなたがあの時蹲っていたせいだ』と怒った白様に松ぼっくりで活を入れられるまで、ずっと“あの人の正しい願い”を考え続けて蹲っていたからの。あの『黒い暴れん坊事件』が起きた時、何もしなかったのを悔やんでのことじゃ。

 

『もし本当にあの人が謎を解いて欲しいなら、それにふさわしい器を寄越すだろう』と言って、カップとして守るべきルール作りに、全力を注ぐようになった。

 それまではルールなんてまるっきり何もなかったからの。

 

 だが……まさかあんな形で“謎を解く器”をあの人が寄越すとは、黒様も思わんかったんじゃろう。それ以来、歌ちゃんへの後悔から、心の謎を解くことであの人の考えに近づこうと研究を続け、はたせずに春先に亡くなった。白様を一人残してな」

 

「歌ちゃんの“生き直し”の事聞いています。我々にあの人の歌を届けるためだけに産まれてきたと。

 高台もなく、上には蓋までされて、小さな穴が一つ空いているだけ。そこから小さな声で歌う以外何もできない。

 見えず、聞こえず、歩くこともできず、たった一度、夏の最後の祭りの満月の夜に、みんなに“あの人の願いの歌”を歌うためだけに産まれ、歌い終わると砕けてしまったんですってね」

 

「だが、歌ちゃんは満足して天に帰った。魂は金色に輝いていた。自分が伝えねばならないことを伝え終えて、幸せに死んでいったんじゃ」

 

「萩さん、いえ豆蔵さん。あなたは自分からあの人に生き直しを願って、叶えられたと言いましたね。でも生き直しの実態がこんなものなら、何故そうまでしてもう一度産まれたいと願うのです? 決して幸せになれないと分かっているのに。

 オオジロはもう七十年も、硯の生き直しを待ち続けています。待つのも不幸、生き直す方も不幸。なのに我々を作ったあの人は、なぜそんなことを許すのですか。

……オオジロがあまりにも可哀想です」

 

「お前さん、生き直しが自分のためだとでも思っとるんか? 生き直しとは、あの人の道具になって働くと言う事なんじゃ。自分の為には生きられんという事なんじゃ、それでもいいと言う者だけがやる事なんじゃ」

 

「だから、何故?」

 

「生き直しは幸せなんか望んどらんからじゃよ。これをやり遂げねば、死んでも死にきれん思いのある者だけが、それでも生き直しを願い出る。

 不幸になるのは承知の上での。

 お前さん気付いておるだろ?十六夜が、お前が誤って殺した、あの名無しの産まれたての子の生き直しだと」

 

 鋼は答えませんでした。

 

 五つ窪みは幸せに眠っています。 

 静かな夜でした。お月様は昨日より、もっともっと痩せていました。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。