命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

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オオジロと硯

 3. お城の池のほとりで

 

「怪我はない?」

 池のそばの桜の木の陰から現れたのはオオジロでした。

 

「僕は大丈夫だけど、薪が濡れちゃったぁ……」

 あんなに我慢して泣かなかったのに、また失敗して薪を台無しにしてしまったのでした。

 

「う……うあーん、うああーん」

 五つ窪みは、とうとう堪えきれずに大声で泣き出しました。

 

「もう本当に泣き虫ねぇ。動ける? ほら杖につかまって、引っ張るわよ」

 オオジロの杖に取っ手をとられて、五つ窪みはやっと池から這い上がりました。

 

「怪我はしてないようね。今ちょうど桜の花が散ってて、木の周りも池の上も花びらの絨毯みたいになってるから、池の縁が分かりにくくなって、他のカップも時々落ちるのよ。だから気にしないでいいの。薪は乾かせばまた使えるしね」

 

 オオジロの言葉に、五つ窪みはやっと泣き止みました。

 

「それにしても、五つ窪みは桜の花びらがよく似合う。まるで夜桜みたいに綺麗だわ」

 産まれて初めて褒められて、驚いた五つ窪みが自分の体を見ると、濡れた黒い体一面に桜の花びらが張り付いて、綺麗な絵のようになっていました。

 

「僕、綺麗なの?」

 

「そうよ。黒って色は地味だけど、他の色を引き立てる色なの。昼間に夜桜が観れて得したわ。私のパートナー名は“桜”なの。“月ちゃん”が私のことをそう呼んでたから」

 オオジロは笑っています、嘘では無いようです。

 

「ほらそこに薪を出して並べて、乾いたら積むから。薪ってのはもともと小さく切ってから一年置いて、乾燥させて初めてよく燃える。使うのは一年後だから、それまでには絶対乾くから安心していいのよ」

 

 見ると、オオジロは斧を持っていて、大きな切り株の上には丸太がのっています。五つ窪みが門を壊した時のあの丸太のようです。

 

「オオジロさん、薪割りしてるの?」

 

「そう。せっかくの丸太、無駄にするわけにいかないからね。城にはこの硯の斧を使えるほど“浮き”の強いものは私しかいないから。今でこそ踊り子姉さんの頭になってるけど、この城を作る時は、私も手伝ったんだよ。煉瓦の粘土踏んだりしてね」

 

 粘土踏み、オオジロさんが……そういえば昔はやんちゃしてたって、白様が言ってたっけ。

「で、でもオオジロさん、踊り子さんでしょ? 薄いから危ないんじゃ」

 

「ああ、産まれたてはまだ知らないのか。踊り子はね、踊るのが好きなだけの子と、踊り子になる以外選択肢のない、薄くて軽い“踊り子質”の子と二種類いるんだよ。

 前者は、私や白様や鋼。北山の火山の熱だけで冬が越せる。後者は、籠目や十六夜やお前を乗り回してたカルテット。この煉瓦の城のペチカがなければ、冬が越せないで割れて死んでしまう。当然、踊り子以外にはなれない。この城は本来そういう子の為にあるんだよ」

「あの、僕、薪割りします。萩さんに教わったからできます。やらせて下さい」

 五つ窪みは慌てて言いました。杖がないと歩けないオオジロに薪割りをさせたくなかったのです。

 

「そう? じゃ頼もうかな。私も歳だから薪割りはキツイのよね」

 

「待って、薪が飛ばないようにやりますから」

 五つ窪みは薪を縛ってきた蔓をほどいて、丸太の一番下のほうにグルリと巻きました。

「大きな丸太を割るときは、こうやって丸太の下の方を蔓で固定してから、蔓を切らないように、年輪の真ん中から皮の方へ斧を打ち込むの。続けて薪の周りを回りながら放射状に打ち続けると、最後にはパラって崩れて割れるんだ。薪が飛んでいかないから安全だって、萩さんに教わったの」

 

「さすがは萩さん。薪割りなんてしたの、硯と一緒にこの城を作って以来だから七十年ぶり、すっかり忘れてた。こういう工夫を見ると、硯を思い出すわ」

 

「硯さん、西山の墓場で似姿を見ました。真っ黒ですごく厚くて、取っ手もなくて、高台の代わりに突起が四つ下の方についてる、窪みが半分しか無いの不思議な形のカップでした」

 コン、コン、と斧を振って丸太を割りながら、五つ窪みが言いました。

 

「そりゃあそうだよ、硯はカップじゃないんだから。でも私達と同じに、ちゃんと心もあって喋れたよ。水の中なら踊ることもできた」

 五つ窪みは驚きました。カップ以外の心のある生き物なんて、この世にいると思わなかったのです。

 

 4. オオジロの昔話~硯《すずり》

 

「硯はね、あの人の“字を書く道具”で、だからあの人の書く字はみんな読めて、私達カップを心配する、あの人の悲しいため息をいつもそばで聞いてたんだって。

 だから、あの人に『僕が言って、カップ達にあなたの名前を伝えます、行かせて下さい』と願い出たんだそうよ。硯には勝算があったの。体の裏側に金であの人の名前が書いてあって、それを読めばいいと思っていたの。

『うまくはいかないだろう』

 

 あの人は言ったけど、頼み込んで硯はこの世に降りてきたの。

 ところがいざ産まれてみたら、あの人の名前を忘れてしまうわ、怪我をしたカップに出会って、金継ぎをするために、金で書かれたあの人の名前を削って使ってしまうわで、計画はオジャン。

 硯って、頭いいくせにどっか抜けてるのよね。そこが可愛いかったんだけど。

 五つ窪み見てるとアイツの事思い出しちゃったな」

 

 オオジロは楽しそうに笑っています。五つ窪みは驚きました。怖いとばかり思っていたオオジロが、こんな風に笑えるなんて思わなかったのです。

 

「でも、硯のおかげで金継ぎの技術がこの世界に伝わって、死ぬカップがすごく減ったの。文字を教えてくれたから、戸籍の記録も残せるようになったし、火山から火をとってきて、松明で夜を安全にしたり、鉄の作り方を教えてくれて、斧や鋸ができて木を切れるようになった。

 そしてその頃増えだした、冬を越せずに死んでいく“踊り子の質”のカップを救うために煉瓦を焼いて、ペチカのお城を作り出した。木を無駄にするからって反対する人達もいたから、北山から離れた南の山の麓で、一人でコツコツ作り続けてたの。

 

 白様は、踊り子の質の子たちは、体が薄くて軽くて、まるでタンポポの綿毛みたいに“浮く”ことができることに気づいたから、踊りを見せて冬の薪を手に入れることにしたの。

 

 私が生まれたのは、その年の夏。

 白様に踊りを習ってたけど、飽きちゃって一人で遊びに出て、湖で熱くなった黒い体を冷やしている硯を見たの。

 

 ほら、水に入ると光が曲がって、体が半分位に短く見えるでしょ? だから硯が平べったいのに気づかなくて、半分しか窪みの無い、変わったカップだと思って『半分お月様だー』って言って、水をすくって入れちゃったの。意味もわからずにね。

 後で白様にバレて散々叱られて『硯は踊り子たちのために大事な仕事をしてるんだから、邪魔をしてはいけません』と言われた。

 

 反省した私は、次の日から硯を手伝いだした。あの頃はどこも壊れてなかったから、すごい力持ちだったのよ。木をどんどん切って、薪を作って、煉瓦を焼いて、雪の降る前には、踊り子たちが全員入れる煉瓦のペチカの城が完成した。

 

 硯は門の大きさを私が入れるように、わざわざ測って大きく作ってくれた。

『君だって踊り子だもの入っておくれ』と言われた。

 でも、煉瓦のペチカを作っている間に、踊り子達が何人も生まれて、私が入ったら、その子たちが入れなくなってしまったの。

 

『私は北山で大丈夫だから』と言ったら、

『でも僕は君に入って欲しくて、これを作ったんだ。お願いだオオジロ、冬が明けて大人になったら、僕のパートナーになってくれないか? 二人であの人の名前を見つけよう』って申し込まれた。

 でも私は、パートナーって白様と黒様みたいに、一緒に踊れる人じゃないとダメなんだと思っていたの。硯のこと好きだったけど……

 

『だって硯は踊れないもの。私パートナーは一緒に踊れる人がいい』

 といってしまった。

『そうだね。ゴメン、今の忘れて』

 その時の硯の悲しそうな声を聞いたとき、心が半分潰れたような気がして、霙の降り出した中、怖くて全速力で北山に帰って、うずくまって震えてたの。

 

 白様が様子が変なのに気づいてくれて、硯の申し出のことを話したら

『硯ったら、生まれて三ヶ月にもならない子供に、意味が分かるわけないじゃないの!』

 そう言って、怒りだしたわ。

 

『明日になったら、一緒に硯に会いに行きましょう。硯を私が叱ってあげます。パートナーの申し込みは、冬を越した大人にしか許されていないの。悪いのは硯の方よ、お前じゃない』

 慌てた私が『でも、ひどく叱らないで。硯が可哀想よ』って言うと、『あら、そうなの? ふうん……まあいいわ。明日が楽しみね。』そう言うって笑った。

 

 でも、次の日から休みなく、七日七晩、雪は降り続けて全く止まなかった。止んだ時には、もうお城に行くのは誰が見ても無理な程、雪が深く降り積もってしまってたの。

 

 私悔やんでねえ。

『きっと硯は、私が硯のこと嫌いなんだと思ってる……もう許してくれない』

 白様は、そんな事ないと言ってくれたけど、心が砕けちゃって、蹲って泣いてばかりいた。

 

 

 

 5. もう一度逢いたい

 

 その頃踊ったのが『もう一度逢いたい』よ。五つ窪みはまだ見たことないと思うけど、北山では火山の温泉池そばに踊り場があるの。夏は閉鎖されてるけど、あそこで冬の暖かい日に、松明の灯りでみんなで踊る事が時々あるの。

 

 私、白様に励まされて踊り出したんだけど、長い間蹲ってたし、涙で体が重くてうまく踊れなくて、初めは物凄いゆっくりした踊りだった。

 でもだんだん心が熱く高まって、体が勝手に動き出して、回転は早く、さらに早く、涙は渦巻いて天に向かって飛び散った。最後に空っぽになった私は、まるで踊り子の質の子みたいに、取っ手で回転して宙に舞っていた。

 

 白様が『最高の踊りよ、もう何も教える事はない』と言ってくれた。

 

 踊った後でなぜか私は、硯は必ず待っててくれると確信してた。新しい夏が来たらもう大人、硯のパートナーになるんだと心が決まったから。

 

 

 

 

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