命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

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白い影

「その通りです。あなたは今月は休んでもらうわ。無理をして、二度と踊れなくなるよりはマシです。演目が苦しいけど、歌を増やして、北山の踊れる人を募って、何とかしましょう。出場料を払ってもらうようにすれば、薪も稼げる。五つ窪みも使おうかと考えてるの。あの浮きの力は使えるわ」

 

 オオジロの言葉に「わー、また五つ窪みちゃんに乗れる」カルテットは大喜び。

 

「それは無し!」すかさずオオジロの声が飛びます。

 

「踊りが……踊り子城の神聖な舞台が、ただの素人芸じゃないですか」

 籠目の声は、今にも壊れそうに震えています。

 

「あなたにとってはそうでしょうね。でも籠目、この満月の舞台の目的は、あなた達が冬を越すための薪を得ることなの。冬を越せなくては、踊り子としてのプライドの前に命がないのよ。舞台の事は私達に任せて、あなたはもう部屋に戻って休みなさい」

 

 籠目は黙ってオオジロの部屋を出て行きました。高台を引きずりながら歩く籠目に、そっくりな白い影が並びます。

 

「鋼が私の代わり……五つ窪みが期待の星。私はお払い箱なのね」

 

『カゴメ ハ イラナイ、 サイコウノオドリ ナンテ ナクテモイイ。オドリコ ナンテ ミンナノ オナサケ ノ マキデ イカサレテル ヤッカイモノ。 シッテタ クセニ シッテタ クセニ……』

 

「何よ、薪、薪って。それが世界で一番大事なのね。私なんて誰も大事にしてくれない!」

 

 いつの間にか池のほとりに出ていました。

 桜はもう散ってしまって葉桜になっています。

 花の咲いてるい間はみんなが見に来る木でした。

 でも花が終われば誰にも見向きもされないのです。

 

 切り株の横に、今日切る予定の丸太が置いてありました。

 

「私だって、薪ぐらい割れるわ」

 籠目は、憎しみを斧に込めて振り下ろしました。

 

 

 

 3. 籠目と五つ窪み

 

 もうすぐ西に太陽が沈む頃、五つ窪みは東の果てで、せっせと木の苗に水をやっていました。煉瓦の弁償が済んだので、明日から植林の仕事に専念できます。

 

 萩さんに、植える木の種類や日当たりの加減も教わって、東の草地は一面、新しい木の新芽で一杯になりました。明日は萩さんと初めて漆取りに行く約束をしました。

 五つ窪みの金継以来、十六夜も元気です。

 その上、一緒に満月祭に出ないかと白様に誘われて、五つ窪みはウキウキしていました。

 初めは失敗ばっかりだったのに、この頃いいことばかりです。

 

 まだお日様は沈んでいませんが、もうお月様が空の真ん中に出ていました。すっかり痩せて半分になったお月様は、硯さんの窪みの形です。

 

 

「黒は良い色だよね。硯さんだって真っ黒だけど、オオジロさんは硯さんが大好きなんだもの。白様も、黒様が大好きだし。僕のこと好きになってくれる、パートナーだっているかもしれないよ。白くて綺麗な人だったらいいな」

 

 白くて綺麗な人――何故か籠目を思い出しました。五つ窪みの知っているカップの中で、一番綺麗な白いカップだったからです。

 

「でも駄目だよ。僕のことを凄く嫌っているし、意地悪だし」

 

 何故籠目があんなに鋼を嫌うのかは、白様が話してくれました。鋼は悪くありませんでした。十六夜もです。どう考えても逆恨みでした。

 

 それでも五つ窪みは、なんだか籠目が可哀想になりました。

 世界で一番大好きな人と、産まれて一月足らずで、北と南に引き裂かれて、二度と会えなくなったのです。

 十六夜が怪我でもう踊り子を続けられなくなったのですから、お城を出るしかなかったのです。籠目はあまりにも華奢で、北山に一緒に行くのは無理でした。

 

 みんな十六夜はとてもその年の冬は越せないと思っていました。

 だからせめて好きな人のそばで死なせてやろうと鋼に預けたのです。

 そんな十六夜を鋼は前と同じに体に入れて、一冬守り通し、今年の夏を迎えたのです。

 

「鋼の執念だわ、奇跡としか思えない。鋼が十六夜を守っていた頃、籠目はペチカの燃える暖房部屋で蹲って、一言も喋らなかったそうよ。その頃から影が時々出てたって」

 

 五つ窪みには、影というのがどんなものかよく解りません。お話で聞いた紅さんの影は、怖いと言うより、哀しい感じでした。

 生きているうちに心が二つになると言うのはどういうことなのか、産まれて七日の五つ窪みには想像もつかないのでした。

 

 

 湖で誰かが泳いでいます。もう夕方で、まだ水だって冷たいのに。やがて東側の岸に着くと、こっちに向かって登ってきます。動きがひどく不自然です。

 高台に怪我をしているようです。体の窪みの中から黒い霞のようなものが漏れていました。草に滑って横倒しになったときに、側面に見えた黒い六芒星! 籠目でした。

 

「籠目さん、どうしたの!」

 五つ窪みは、慌てて駆け寄りました。

 

 

4. アンタ狡いのよ!

 

「触るな! クロンボのくせに」

 籠目の周りを渦巻く黒い霞に弾かれて、五つ窪みは近づけません。

「なんでアンタがここにいるのよ。私の不幸は全部アンタのせいよ」

 五つ窪みは何が何だか分からず、立ち往生しています。

 

「なんでこんなクロンボに私が負けるのよ。あんた狡いのよ! 私の欲しいものみんな持ってて、私の欲しかったものみんな持ってっちゃって」

 

「なんのことだか分かんないです」

 五つ窪みは何とか分かろうと真剣でした。

 

「人より十倍も頑丈な体、薪割りや乗り回しで踊り子達の気を引いて、いい気になっている。狡いのよ」

 

「はい、そうです。僕はでかくて丈夫で人の十倍働けます、力持ちです。だから踊り子姉さんに好かれて、乗り回されて酷い目に遭います。確かに狡いと思います」

 

「産まれたては、失敗しても泣けば許してもらえる。狡いわよ」

 

「産まれたてなので、二日で五回大失敗しました。でも、泣けば許してもらえます。でも弁償はします。僕はすごい泣き虫です、涙で池が作れます、みんな滑って転んで大変です。だから狡いです」

 

「優しくて強い名づけ親が二人もいるなんて、狡いわ。私にはいないのよ」

 

「そうです、鋼さんも白様もすごく強くて優しいです、二人が名付け親で、僕凄く嬉しいです。荻さんも、十六夜さんも大好きです。だから狡いです」

 

「そのうえ、踊り子の舞台に立つですって?ふざけないでよ、私の方がずっと綺麗で踊りも上手いのよ、踊り子なめないでよ」

 

「えーと、なめたことってないので分かりません。でも籠目さんが踊り子姉さんの中で一番綺麗です。踊りも一番です。だから凄く凄く狡いです」

 

「あー……それって何なの。悪口のつもり?」

 

「ごめんなさい。僕生まれて七日だから、悪口って言ったことなくてよく分かんないです」

 

「あほくさ。こんな子供に腹立てたって、無駄もいいとこ。気が抜けちゃったわよ」

 いつの間にか、籠目を取り巻いていた黒い霞が消えていました。五つ窪みはそっと近づきました。

 

「やっぱり、割れたの高台だけだ。繋げたらまた歩けるよ」

 

「歩けたって、踊れない。傷物の踊り子なんて暖房部屋に入る薪を稼げないから、冬になったら死ぬしかないのよ」

 

「だったら、冬は僕の中に入れてあげる。鋼さんにできるなら僕にもできるよ、僕の金も継ぐのに使っていいから、だから鋼さんに金継してもらって。死ぬなんて言わないでよ。お願い、僕の中に入って。北山まで運ぶから」

 

「絶対嫌! 踊り子にそんなハシタナイ事させる気?」

「じゃあ僕、白様と鋼さん呼んでくる。すぐだから待ってて」

 

「好きにすれば? もう動こうにも、疲れて動けなくなっちゃったわよ」

 

 五つ窪みは飛ぶように駆けていきました。

 

「産まれたてって、本当に馬鹿ね。言ったこと、みんな信じちゃうんだから。」

『バカジャナイ イツツクボミハ イイコ。 ワルイコハ カゴメ』

 

「そうよ、悪い子は一人ぼっち。だから死ぬ時も一人でいいのよ」

 

 

 

 5. 籠目の最期

 

 五つ窪みが、北山の洞窟に飛び込むと、なぜか門番さんがいます。

 

「白様、鋼さん、萩さん、大変なの。籠目さん怪我してる。高台が欠けてるの、東の果てにいるの、もう動けないの。早く助けて!」

 

「なんじゃと?今、門番さんが籠目がいなくなって、十六夜に会いにこっちに来とらんかと言ってきたとこじゃ。門番さんとは、途中で行き会わんかったのか?」

 

「籠目さん、お城の池から湖を泳いで来たみたい。あそこ繋がってるから、泳ぐなら近道で、歩くより早いと思う」

 

「鋼、お願い。籠目を助けて」

 十六夜が悲痛な声で言いました。

 

「門番さん、十六夜を見てて。五つ窪み、私を乗せて。萩さんは鋼に入って。急ぐわよ」

 白様の号令で、一斉に飛び出ました。

「ひゃあああ!助けてくれー」

 スピードに慣れていない萩さんだけは、悲鳴をあげています。

 

「籠目さん。良かった、あそこにいるよ」

 世界の縁の端っこに籠目が立っていました。

 

「待て、変だ。あの子は立ってる、高台が付いているぞ?」

 鋼が警告します。

 

「本当だ。籠目さん、もう大丈夫なの?」

 五つ窪みが駆け寄ります。でも様子が変でした、半分透き通って向こう側が見えます。

 

「五つ窪み、それは影よ、籠目じゃない」

 白様が叫びます。

 

 五つ窪みは籠目そっくりの白い影を見ました。優しい哀しい姿でした。

『ゴメンナサイ。ワルイノハ カゴメ。コンド アエタラ トモダチニ ナッテネ』

 

「うん、いいよ。約束する」

 五つ窪みは答えました。

 

 その時、世界の淵の底からパキンと割れる音がして、群青色の魂が天に向かって昇っていきました。籠目でした。同時に白い影も消えたのです。

 

 

 それは、五つ窪みの産まれて七日目の夜のことでした。

 太陽は西に沈み、空には半分だけの月がかかっています。もう半分は湖に落ちて、ゆらゆら揺れていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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