3. 十六夜の昔話
昨日お見舞いに萩の花を摘んできた五つ窪みに十六夜が話してくれました。
「籠目が生まれたのは、去年の今頃のこと。私はその前の年の冬の初めに湖で生まれて、死にかけてたのを拾われて、冬の半年を鋼に守られて北山で暮らした。すごく幸せだった。
なのに雪が溶けたら、お城に届け出を出さなきゃいけないと言われ連れていかれて、そのまま置き去りにされたの。
もう冬を起こした大人だから、踊り子としてずっとここで働くんだって言われた。
鋼はお医者様の仕事があるから、邪魔しちゃダメだって。
満月の夜の踊りの時も、鋼は一度も来てくれなくて。私、何ヶ月もかけて部屋のレンガを壊して、とうとうあの日、お城を抜け出して鋼に会いに行った。でも鋼は会ってくれなくて、お城に帰れと言われた。
がっかりして悲しくて死んでしまおうかと思って、生まれた湖の辺りを歩いていたら、急に星も月も何も見えない闇がやってきて、立ち往生してしまった。そうしたら、近くの萩の花の草むらから泣き声がして、それが籠目だった。
ひと目見て、踊り子の質だとわかる子だった。放ってはおくわけにもいかないし、お城に連れてって私が名付け親になった。お城を抜け出したのがばれて、大目玉食ったけどね。
踊り子が拾われた時はすぐお城に連れてこられて、名づけ親といっても名目だけ。
実質、親はオオジロ様だから、私と籠目みたいに親子で踊り子なのは例外なの。
あの子は私にべったりで、どんな時も離れようとしなかった。
一緒に踊りを習って覚えて、あの子の夢は、私と一緒に世界一の踊り子になることだった。
私はその頃、『もう一度逢いたい』を踊ろうとしていた。
あれは命を削るような踊りだから、生半可じゃ踊れない。
オオジロ様や白様が、あの踊りを絶やさないようにと、踊れたものには何でも欲しいものを褒美にくれると言ったの。
私は北山に帰って、鋼のそばにいたかった。
だから、必死で頑張ってとうとう踊れるようになった。
その年の最後の満月の祭りの日、珍しく鋼が、白様と一緒に楽屋に訪ねてきてくれた。
籠目のことを聞いて見に来たのよ。
籠目ったら何か感じたのね、私の後ろに隠れて鋼のこと睨むの。
二人が帰った後で、「あいつ大嫌い」って言ったわ。
でも、私は踊りのことで、頭がいっぱいで、そんなカゴメを気遣ってやれなかった。
そしてあの祭りの夜、私はついに「もう一度逢いたい」を成功させた。
大歓声の中、カゴメはくるくる回って喜んでいた
「私の十六夜が一番になった」と言って。
オオジロ様に褒美は何がいいかと聞かれた時、
「私を北山に返してください。鋼のパートナーになりたいんです」と言ったの。
でも、オオジロ様はそれは無理だと言った。
「踊り子はお城から出すわけにいかない」と。
踊り子の体は、弱すぎて北山では冬を越せない。安全のために杉の板で覆われたこの城から、一生出られない飼い殺しの身。だから踊り子に恋はご法度だったし、その上名付け親と育て子がパートナーにはなれないルールもあった。踊り子の質に生まれた者のそれが運命だと言われて、生きてくしかなかった。だからこその最後の頼みだったのに……。
私は鋼と一緒にいられないのなら、もう死んだ方がましだと思った。
だからこう言ったの。
「では、縁欠け者ならどうですか?それならこの城を出られますよね」
そう言って、私はレンガの壁に自分の取っ手を叩きつけた。取っ手は割れて、私の体には亀裂が入り、私は倒れて、動けなくなった。
鋼が悲鳴をあげて飛んできた。荻さんも、白様も来て、オオジロ様は、自分の金箔を剥がして金継ぎをしてくれた。
みんな私を助けるために必死で、籠目は置いてきぼり。
大人たちが勝手に何もかも決めて、籠目は一人ぼっち。何も教えてもらえずに、私の事は忘れろと言われたらしいの。
冬が来る前にカゴメは、私の作った抜け穴からお城を抜けて、私に会いに北山まで一人できた。その頃私はやっと歩けるようになったばかりで、鋼に支えられて歩く練習をしていた。
もう死ぬまで鋼と一緒にいられる。私は彼に甘えて、幸せだった。それを籠目は見てしまった。
走って逃げていく姿が見えたけど、私は追いかけてもやれなかった。
冬の間ペチカの部屋で、あの子は一言もしゃべらなかったそうよ。
それから狂ったように踊りだして、結局誕生日も迎えずにあんな死に方をした。
悪いのは私なの、私なの……。
十六夜の話は終わった。
4. 東の淵で産まれた子
誰が悪かったわけでもないのに、どうして不幸と言うものは起こるのか、五つ窪みには分かりません。それは誰に聞いても分からないことでした。
――心を一つにして、私の名前を呼びなさい。願いは叶うだろう。
それで全て“良し”とされよう――
あの人の名前が知りたい、正しい願いを知りたい、それ以外に不幸をなくす方法は無い。
五つ窪みは、黒様のやり遂げられなかったことを、成し遂げようと決心していました。
でも、それは一人ではできない事なのです。そしてまだ冬を起こしていない五つ窪みには許されていないことでした。
東の淵に花を投げ入れて五つ窪みが帰ろうとした時、突然星も月も消えて、闇が世界を包みました。
ひとかけらの光もない闇でした。五つ窪みは、自分が生まれた時を思い出しました。
「誰か産まれるんだ、何も見えない。松明を持ってくるんだった、これじゃ、うっかりすると、世界の果てに落ちてしまう」
動くに動けず、五つ窪みが立ち往生していると、すぐ近くから泣き声が聞こえました。
昔の自分のように、あの人を呼んでいます。金色に輝く心の溶けた涙が揺れるのが見えます。
「誰かいるの?」
声をかけると、涙の光が慌ててこっちに走ってこようとしました。
「キャーッ」
悲鳴とともに、淵に向かって光が放物線を描きました。落ちたのです!
でも途中で止まって、振り子のように揺れています。どうやら取っ手が、木の枝に絡まってくれたようです。金色の涙が淵に流れ落ち、なおも悲鳴と涙の雫が湧き続けていました。
「待って、動かないで、落ちちゃうから。僕がそっちに行くよ」
五つ窪みは、体で探りながら進み、柵にぶつかりました。そしてすぐ横に、一本の松の木があるのが触って分りました。
五つ窪みはいつもの習慣で、薪を束ねる蔓を体に巻いていましたから、それで自分の取っ手と松の木を繋ぎ、泣いている産まれたての方へ、身をかがめてゆっくり這っていきました。
「僕のこと見える?」
「うん、見える。金色に光って綺麗」
「綺麗ね……今大変なんだけどなあ」
自分も昔、こんなだったんだなと思う五つ窪みでした。
「いい? 蔓をそっちに投げるから、取手に繋いで。しっかりだよ、引っ張り上げるからね」蔓の端に生まれたての子の取手が結えられました。
その蔓の先は、松の横枝に掛けてあり、その先は五つ窪みの取っ手に結えてあります。
「繋いだ? 持ち上げるよ、ゆっくり、ゆっくり……」
五つ窪みの体が回転し、取っ手がゆっくり蔓を巻き上げていきます。
小さな光が少しずつ上がって、柵に寄りかかって斜めに傾いだ五つ窪みの体の縁近くまで上がってきました。
「わあ、暖かそう」
産まれたての子供は、そう言って五つ窪みを覗き込み、中に入ろうとしました。
「ちょっと待って、バランスが崩れる!」
動いた弾みに、寄り掛かっていた柵が音を立てて壊れ、五つ窪みは空中に投げ出されてしまったのです!
とっさに、柵の蔦を掴んで落ちるのだけは免れました。
蔓を二重にしておいて良かった。でも、中ぶらりんです。
「面白かったあ」
産まれたての子が五つ窪みの中で笑いました。ちゃっかり入っていたのです。
「そうだね、危ないから朝が来るまで、このままじっとしていようね」
産まれたてって本当に……鋼の苦労が初めてわかった五つ窪みでした。