命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

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名前は雪ちゃん

 5. 産まれたては知りたがり

 

「君の産涙残ってる?」

「みんな下のほうに溢れちゃった」

「やっぱり。十六夜さんに確認して欲しかったのになぁ」

 

「十六夜さんて何?」

「“何”じゃなくて“誰”。元、踊り子姉さん。今は怪我してお休みしてる」

 

「踊り子って誰?」

「今度は“誰”じゃなくて、“何”。まだ難しいか。お城に住んでて、踊りを踊って生きてる人達のことだよ。凄く綺麗なんだ」

 

「綺麗なの? 私もなりたい!」

「どうかなー、向いてる人と向いてない人がいるから。僕なんかは大きすぎて駄目なんだ」

 

「私大きい?」

「いや、小さい方じゃないかな? 僕に簡単に入れたし。白様よりは大きいけど」

 

「白様って誰?」

「あ、今度は合ってる。世界で一番お年寄りのカップ、すごく優しいんだ。踊りも教えてくれるから見て貰えばいいよ」

「わーい楽しみ」

 

「あのね……君を作ってくれた人の事を覚えてる?」

「うん。さっきまで一緒だったのに、私のこと置いてどこかに行っちゃった。だから泣いてたの。あの人どこに行ったの?」

「わからない。僕も知りたいんだ」

 

「ねえ、あなたの名前は何?」

「五つ窪み。体に五つ丸い窪みがあるから」

 

「“決して冷えないカップ”じゃないの? あの人が言ったの、そういう名前の友達が待ってるよって」

 

「残念だけど、違うみたいだよ。君の名前は……まだないよね」

「あの人がつけてくれた名前があったのに、泣いてたら忘れちゃった。あの人の名前も分かんなくなったの。なんで」

 

「みんなそうなんだ。いつまでもあの人の事ばかり考えてたら、他の人を好きになれないからだって聞いてるよ」

 

 五つ窪みは、昔の自分が鋼に聞いたことを答えながら、この子もこれから怖い事にたくさん出会うのだろうなぁと思いました。でも、同じくらい楽しいこともあるのだと知っていれば、辛い現実も乗り越えやすいのです。

 

「ねえ、五つ窪みは暖かいねー」

「朝になって、お日様が出たらもっと暖かくなるよ。それに、お日様うんと明るいんだ。あの人と同じくらい」

「あの人と同じくらい? 凄~い、楽しみ」

 それに、朝になれば仲間が助けに来てくれるしね……心の中で五つ窪みはそう思いました。

 

 

 6. 夜が明けて

 

 長かった夜もついに終わり、やがて闇が割れて、東の空に明かりが差しました。

 朝が来たのです。

 

「わああ、明るい、綺麗、まぶしい」

 産まれたての子は喜んで、五つ窪みの中で跳ねています。

 

 逆に、五つ窪みは凍り付いていました。自分の体が、松に繋げた蔓二本だけで東の縁にぶら下がっていたからです。オマケに、その松が今にも折れそうに撓んでいるのです。

 

「お願い、動かないでジッとして、下を見ないで」

 五つ窪みの声に、ヒョイと下を向いてしまった子供は、悲鳴をあげて体を引っ込め、固まってしまいました。

 

「夜で真っ暗で、何も見えなくて本当によかった。そうでなきゃ僕、とても君を助けに来る勇気なかったよ」

 時には、暗闇が人を助けることもあるのです。二人は黙って助けを待つことにしました。

 

 それから、どのぐらい待ったでしょう。やっと北山から木を切りに、みんながやって来たのです。

 

「オーイ、みんなぁ助けてー」

 情けない五つ窪みの声に気づいたみんなが、総出で引っ張って、やっと五つ窪みを引っ張り上げました。

 

「いったい何をやったんだ! あんな所に落ちるなんて。昨日は帰ってこないし、心配したんだぞ」

 久しぶりに鋼の雷が落ちました。

 

「ごめんなさい。産まれたての子供がいて、落ちそうになったから助けたの。今僕の中にいるんです。蔓の先です」

 言葉とおり、五つ窪みの体からは蔓が一本垂れています。

 

 騒めきが起こりました。久し振りの産まれたてなのです。

 

 

「もう大丈夫だよ、出てきていいよ」

 五つ窪みが声をかけましたが、子供は怯えきって出て来ません。

 

 無理に出そうとすると、悲鳴と共に中から黒い霞があふれ、五つ窪みの外へと流れ出しました。それは昔見た、あの時の籠目とそっくりでした。

 間違いない、この子は籠目さんのいきなおしだ――五つ窪みは確信したのです。

 

「怖いよぉ、この人怒鳴るよぉ。うわーん」

 生き直しても、鋼とは相性が悪いようです。

 

「困ったな……」

 このまま一生入れて置くわけにも行きません。

 

「そうだ、十六夜さんに会わせてあげる。怖くないし、綺麗で優しいよ」

「綺麗なの?」

 泣き声が、ピタリと止まりました。

 

「うん、だから会いに行こうね。鋼さんいいでしょう?」

「仕方ないな」

 顔も見ないうちから嫌われて、ちょっとへこんだ鋼がしぶしぶ頷きました。

 

 ぞろぞろとみんなで北山に帰ります。道中、五つ窪みをみんなで質問責め。みんな新しい産まれたてに興味津々、早く姿を見たくてしょうがないのでした。

 

 

 

 7. 名前は雪ちゃん

 

「なんじゃ、みんな揃って戻ってきて?」

 十六夜についていた萩さんが、驚いて迎えます。

 

「萩さん、新しい産まれたてを見つけたんです。十六夜さんに合わせたいんですけど」

 五つ窪みの言葉に、慌てて萩さんは奥に案内します。

 

「ほら、この人が十六夜さんだよ、きれいでしょ。だから出てきて」

 五つ窪みは体を屈めて言いました。

 

「わあっ、本当だあ」

 五つ窪みの言葉に、産まれたての子供が飛び出してきました。

 

 北山の洞窟の薄明かりの中、その場の全員が息を呑みました。

 産まれたてのその子は、体の横にあの名前の壁で見た、雪の結晶の模様が刻まれた、全身が透きとおった硝子でできたカップだったのです。

 

「うわあ、綺麗!」

 思わず叫んだ五つ窪みの声に、その子はくるりと振り向いて五つ窪みを見ました。

 そして、「夜みたいに真っ黒」と言ったのです。

 

 ハッとして今度は五つ窪みが固まりました。自分の真っ黒な姿を今まで忘れていたのです。

 ――僕は綺麗じゃない、鋼さんみたいに嫌われる!

 

「だから暗くても平気だったんだ。ありがとう、助けてくれて」

 産まれたてはそう言って、取っ手を下げて笑いました。

 

「これは籠目じゃ。そうじゃろ、十六夜」

「ええ、そうよ」

 萩さんの言葉に、十六夜は泣きながら答えました。

 

「きれいな踊り子さん、なんで泣くの?」

 生まれたての子供は驚いて、十六夜の周りを回っています。

 

 子供を脅かさないため、外にいた鋼がそっと覗いているのに気付くと、子供は慌てて五つ窪みの陰に隠れてしまいました。

 

「薄い透明な体。その上、体に刻まれた雪の結晶。『冬は益々長くなり、器は益々薄くなる。やがて全ての踊り子たちの死ぬ日が来るだろう』歌のとおりだ。なんて不吉な……」

 

「やめて! この子はまだ産まれたばかりよ、何もしてないわ」

 鋼の言葉に、十六夜が叫びました。

 

「不吉な子?」

 鋼の言葉に、産まれたての子供は震えています。

 

「そんな事ないよ、雪ちゃん綺麗だよ。きっと素敵な踊り子さんになれるよ」

 五つ窪みが取りなすと、子供の震えはおさまりました。

 

「私の名前、雪ちゃんなんだ」

「あ、しまった!」

 五つ窪みは慌てました、勝手に名前をつけてしまったからです。

 まだ冬を起こしていない五つ窪みには、名付け親になる資格はなかったのです。

 

 8. 置き去り計画

 

「別にええんじゃないか。見つけたのも助けたのも、お前じゃし。ルールがなんじゃ、この子はお前に懐いとる。お城なんかに行かんで此処におりゃあ良い」

 

「ちょっと、萩さんこっちへ」

 鋼は、萩さんを引っ張って外に出ていきました。

 

「なんて無責任なことを言うんですか、あの子の薄さを見たでしょう。北山の火山の熱だけじゃ、あの子が生き延びられないのは、はっきりしてるのに!」

 

「じゃあ城のペチカなら、何とかなると?あれは何をやっても冬は越せない踊り子の質じゃ。だが、ここには五つ窪みがいる。あの子の中で冬を起こせばいい。決して冷えないカップだと言ったのはお前さんじゃ」

 

「そのとおりです。医者として、あの子が今までの方法で、冬を越せる可能性は全く無いと思います。ですがそれはルール違反だ、それに五つ窪みはまだ冬を越してない」

 

「全く、オオジロといい、お前さんといい、どうしてそうルールにこだわるんじゃ。前の時代を知っている者にしたら、命とルールとどっちが大事かと言いたいわい。命の方じゃろが! またお前さんと十六夜の不幸を繰り返して良いと言うんか。あの子供は五つ窪みにべったりじゃぞ」

 

「だからです! 早く手を打って傷の浅いうちに忘れるようにしないと。僕と十六夜は冬の間中一緒でした。まだ一日目だ。大丈夫です」

「……本人の気持ち次第じゃの」

 萩さんはしぶしぶ言いました。

 

 

 鋼は五つ窪みを外に呼び出して、雪ちゃんをお城に届けて、そのまま置いてくるよう説得しました。此処にいても、冬を越せないと。

 初めは渋っていた五つ窪みも、とうとう同意しました。

 

「何の話?お城に行って踊り子さんになる相談?」

 十六夜のそばで、雪ちゃんは不安そうです。

 

「踊り子になりたいの?」

「うん。だってすごく綺麗なんでしょ?」

 十六夜の問いに、雪ちゃんは元気に答えます。

 

「そうね。でも、もし嫌になったらここに逃げてらっしゃい。そして、名付け親の名は十六夜だと言うの。この世界は、名付け親と育て子は、恋をしてはいけないルールだから。

 そして、もし五つ窪みが好きなら、決してあの子のそばを離れないのよ」

 小声で、十六夜がそう言いました。 

 

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