命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

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第八章 夏の終わりの満月祭

1. お祭りまでお別れ

 

 夏の最後の満月祭りの準備が始まりました。

 

「ほらほら、ハルニレの木の皮の白いところを剥いて。それから煮て、水に晒して、細かく裂くの。雪ちゃんの踊り子ベールを作るんだから頑張りなさい」

 

「はい!」

 五つ窪みは白様に教わりながら、一生懸命作業を続けます。

 

 踊り子さん達に、恋は御法度。だから心の内を見られぬように、ベールをかぶる習慣が生まれたのです。まして、雪ちゃんは硝子でできたカップ、心の色が丸見えなのですから。

 

 火山の熱の湯で、木の皮を柔らかくします。湖で晒した後、裂いて糸にします。

 細かく裂く程、柔らかくて薄い布になるのです。

 オオジロが機織りをして、仕上げに白様がきれいな刺繍をしてくれます。とても手の込んだ贅沢なものでした。

 

「それができるまで、これを使うと良い」 鋼が十六夜のベールを持ってきました。

 

「良いんですか? それ十六夜さんの形見でしょう」

「僕にはもう、必要ないものだよ」そう言って、鋼は行ってしまいました。

 

「鋼さん、十六夜さんのことで泣いたりしないんですね。悲しくないんでしょうか」

 

「まさか。鋼があの晩、お墓でどれだけ泣いたか、あなたに見せてやりたいわ。

もしあの時、十六夜がいたら、間違いなくあの人の名前が分かったでしょうね。

でも、そういうところを、絶対人に見せないのが鋼なの。意地っ張りなのよ」

 なんだか籠目に似ています。

 

 十六夜の塵を鋼は、昔作ったあの産まれたての似姿の中に入れました。

 もう、生き直しなどしないように祈って。

 それから一度も、十六夜さんの名前が鋼の口から出た事はありません。

 

 

「貰っていいの? 嬉しいな、これで『もう一度逢いたい』が踊れたらいいな」

 雪ちゃんは素直に喜んでいます

 でも、昨日オオジロの前で『もう一度逢いたい』を踊って見せた時、言われたのです。

 

「形は完璧です。でもね、籠目にも言ったけど、これは気持ちで踊る踊りなの。逢えない切なさ、苦しさが分からないと紫の心は踊れない。だから……」

 

「あのね、『もう一度逢いたい』を踊りたいなら、お祭りの夜まで五つ窪みと会っちゃ駄目だって。そうしないとあの踊りの心がわからないからって」 

 

 五つ窪みも白様に言われたのです。

「冬になったら、どうしてもお城のペチカに頼らなきゃならない。北山じゃ、あの子は冬になればすぐ死んでしまう。今から会えない寂しさに慣らしておくの。

冬が明ければ、二人とも成人して、正式にパートナーになれるんだから。

 だいたい会って一日でパートナーを決めるなんて、いくらなんでも早過ぎます」

 

 大人の言うことはもっともでした。たった七日間なのです。

でも、その七日が辛いのです。一冬となれば想像もつきません。

 

「十六夜さん、雪ちゃんに『もう一度逢いたい』踊って欲しいだろうね。

だから、会うの我慢する?」

 

「うん」

雪ちゃんのカップの内側に涙が溜まっていきました。

 

「僕、毎日お月様見るから雪ちゃんも見て。そして僕のこと思い出してね」

 五つ窪みはそう言って、雪ちゃんをお城に残して北山に帰ってきたのです。

 

 

 2. 再び鋼の実験

 

 ションボリと湖の東のほとりに座って、萩の花を揺らしていると、鋼がやってきました。

「おい五つ窪み、湖に入れ。体に水を入れるなよ、浸かるだけだ」

 なぜか怒っています。

 

「体に水を入れないと、苗に水やりできませんよ?」

「いいから言うとおりにしろ!」

 五つ窪みは、言われたように水の中に入りました。

 

 それから半日、五つ窪みはそのまま水の中に浸かっているように言われたのです。

 

「あの……鋼さん、まだやるんですか?」

 五つ窪みは、訳がわからず困っています。

 

「もういいか、上がって来い」

 上がってきた五つ窪みに、鋼は自分の尖った取っ手を差し込みます。

 

 鋼の取っ手は、普通のカップのように輪になっていなくて、鉤形に曲がった後、真っ直ぐ下に向かって伸びている、変わった形をしていました。五つ窪みの縁を挟み込むようにして、鋼は、しばらくそうしていました。

 

「このくらいか……北山に帰るぞ」

 そう言ってスタスタ歩きます。訳も分からず五つ窪みも後に続きます。

 

「こっちだ、温泉のほうに来るんだ」

 火山である北山には、奥のほうに温泉が湧いており、夏の間は板で閉じられています。

 五つ窪みが初めて見る温泉でした。湯気の中、硫黄の匂いが立ち込めています。そばには、昔、オオジロが『もう一度逢いたい』を踊った踊り場もありました。

 

「温泉に入って、いいと言うまで、ジッとしてろ」

 そう言って、鋼は外に出て行ってしまいました。

 五つ窪みは、訳が分かりませんでしたが、言われた様にしました。

 

 いい加減、熱さで参ってきた頃「よし、もう上がれ」と言われ、やっと許してもらいました。鋼は、また取っ手を差し込んで「同じくらいだな、思った通りだ。実験終り」と言ったのです。

 

「あの……何を調べてたんです?」

 

「お前が外部温度の変化に対して、どのくらい一定の温度を保てるかだ。

驚いた事にお前の内側は、外がどう変化しても、常に一定の温度を保てるようにできている。

つまり保温状態は完璧。雪ちゃんを中に入れて、一冬過ごすには理想的だって事さ。北山でも何とかなる。

 熱しやすく冷めやすい僕だって、冬二つ十六夜を守り抜けたんだから。頑張れよ」

 

 鋼は、雪ちゃんと五つ窪みが別れて、冬を過ごさなくて良い様に、裏付けをしてくれたのでした。

 

「全く、まだ子供の分際でパートナーだと?こっちは一人ものに戻ったばっかりなのに。

じゃあ俺はこれから満月祭りの準備で城に行く。今回は劇の演出も引き受けたから忙しいんだ。」

 鋼はそう言って五つ窪みを取っ手で軽く小突くと、スタスタと行ってしまいました。

 

「ありがとう、鋼さん」

月の綺麗な夜でした。五つ窪みはそれを見ながら安心して眠りについたのです。

 

 

 

 3. 夏の終わりの満月祭

 

 いよいよ満月。今年最後のお祭りの夜が来ました。

 みんな体の中にたくさん薪を入れて集まってきました。

まだ陽のあるうちに、いつもの様に“風の様にお城を一周”。

今年最後なので大変な賑わい、たっぷり薪を稼ぎます。

 

 やがて夕暮れ。満月が昇ると、いよいよ満月祭本番。

 

 みんな薪を持って踊り場の東の壁を回り、ペチカの入り口の横の薪置き場に向かいます。

 右側に入場料の薪を一束置き、左側に一束置きます。

そして真ん中に積み上げた、檜の拍子木を掴むと、踊り場へと向かいます。

これを叩いて、お気に入りのカップを応援するのです。

 

 左の薪は、一番人気のカップに賞与として、全て与えられます。

それはとても名誉なことでした。

その上、オオジロからなんでも願い事を一つ叶えてもらえるのです。

 

 座席に座ると、ショーの始まりを待ちます。

 五つ窪みは入れないので、踊り場の外から中を覗きます。

隣の一番高い座席に、白様もいます。

今回は、白様は体調が悪くて、お祭りには出ないことにしたのです。

 鋼や萩さん、雪ちゃんは、出番が多いので家族の見物は二人だけ。

後はいつもの北山のメンバーです。

 

 中央には大きな木の桶をうつ伏せにしたような舞台が設置されて、中は空洞になっています。

お囃子の音や、役者さんの声が響くようにです。

周りに大きな四つの篝火が置かれ、舞台を照らしています。

 

 初めてお祭りを見る五つ窪みに、白様が説明してくれます。

 

「舞台は丸いでしょう?これは私たちのテーブルの世界を模しているの。

太陽も月も丸く天をめぐる。

円を描くのは宇宙の法則、私たちが回るのは宇宙の表現。

踊り場を宇宙全体と捉えて、そこで宇宙の真理である“あの人”との融合を踊りで表すのが、満月祭の意味なの。

 

 五つ窪みは生まれたての頃、待ちきれなかったり、どうしていいか分からなくなると、ぐるぐる回ってたでしょう? あれは気持ちが一杯一杯になって、外に溢れだしてしまうからそうなるの。

 

私達は心が昂ると回転する、そうせずにはいられない。

心が燃え盛り魂を熱くしたとき、体の反応が回転すること。つまり踊ることなの。

踊ると言っても、普通のカップは大地の上を這う回転運動しかできない。

でも踊り子は違う。踊り子は天に向かって、跳躍する。

それはとても薄くて身が軽いから。満月祭りの踊りに、跳躍が多いのはそのせいよ。

 

 跳躍できない自分たちの代わりに踊り子たちに踊ってもらい、それを観ることで、天に向かって心を解放する。

その代価に冬を越すための薪を渡すのが、このお祭りの主旨なの。

 

 でもその薄さ・軽さは、冬を越せない命の短かさの証。

産まれたては、生《いのち》に。踊り子は死に近い。

どちらもあの人に近いから“踊り子の質”のカップは、冬を越せない“永遠の産まれたて”とみなされて、パートナーを作れない『恋は御法度』となったのよ」

 

 

 その時門番さんのよく通る声が、祭りの始まりを知らせます。

「まずは踊り子達による舞台のお清め。四方《よもつかた》より言祝《ことほ》ぎまつり~」

 

 踊り場の木戸が開き、四人のカップが入ってきます。

 モミの緑枝と松ぼっくりで作ったリースを、冠のように被り、鈴を取っ手に結えたカルテットでした。

 

「ハッ」一番が飛んで、一歩前へ。トンと落ちると、鈴がシャンと鳴る。

 続いて二番カップが「ハッ」と前へとぶ。

 ハッ・トン・シャン

    ハッ・トン・シャン

       ハッ・トン・シャン

          ハッ・トン・シャン

 四つのカップが上へ、下へ、交互に跳ねながら大きな丸舞台の周りを廻る。その後を車がついた戸板を押す黒子達が続きます。

 

「北方より言祝ぎまつる」

 

 持っていた檜の拍子木で、舞台の端をカンと打つ。

 観客がそれに合わせて、拍子木を叩く。

 カーン・ン……と広場に、音が唸って跳ね返る。

 

 ハッ・トン・シャン

「東方より言祝ぎまつる」

 カン

 カーン・ン……

 

「南方より……西方より……」

 カン カーン・ン……祝言と拍子木の音が響きました。

 

 四方のお清めが済むと、続く戸板が舞台の端に沿って周りながら、舞台を隠して行きます。

 全て隠し終わると、板で囲んだ大きな筒のようになりました。

 

 

「開演」

 

 門番さんのアナウンスが響き、スルスルと戸板が開き、背後に畳まれていきます。

 開くと同時にスポットライトが当たり、“ジャン”と鳴物たちのパーカッションが始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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