ステージ中央で体を真っ白に塗ったカルテットの一人が泣いています。
中程さんの役の鋼が、体を黒く塗ったもう一人のカルテットと、左ソデから現れます。
「中程さん、こいつ連れてって良い?」
「無理だよ、僕の大きさじゃ、二人は入らない」
物語は、白様が教えてくれた通りに進んでいきました。
一緒に行けることになった白様、黒様が、喜びのツインダンスを踊ります。
「白様と黒様の踊り、ほかの踊りと違うね」
五つ窪みの質問に、白様が答えます。
「あの踊りだけは三拍子なの。
踊りは普通二拍子・四拍子なんだけど、私達は初めから飛び跳ねながら踊ってて、自然に三拍子になってたの。
あのリズムで踊るのは、かなり訓練が必要なのに、あの子達頑張ったわね」
やがて雪が降り、紅(体を赤く塗った雪ちゃん)と、北と南にお別れ。
舞台はまた、戸板でふさがれ、音楽だけが流れます。
やがて戸板が開き、第二幕。
右寄りにカップを半分に切った形の、大鋸屑《おがくず》で作ったハリボテの中に、白と黒のカルテットが重なって入り、後ろの板に隠れた鋼の中程さんの声だけと話をしています。
「あー、五つ窪みちゃん、白様、ここに居たの。探しちゃったー」
いきなり、知らない真っ黒なカップに声をかけられ、白様と五つ窪みはギョッとしました。
「やだー、わかんない?私達、カルテットの踊り子姉さんよ」
そばにいた白いカップが答えます。
「もう出番が無いから下がったの。体の色落とすの面倒だから、そのまま来ちゃった。紅役の雪ちゃんは、トリの踊りもあるし、急いで色落とさなきゃならないから大変なのよー」
「私達、踊りは得意だけど、長いセリフは苦手でさー。
冬のセリフのパートは後の二人に押し付けちゃった。
お客さんからは見えないけど、後ろのカップのハリボテの内側に、セリフ書いたカンニングペーパーたくさん貼って、自分たちの体で隠してるの。
だから絶対動けないのよ、気の毒ねー」
きっとその一人は、いつも五つ窪みに乗り損ねる貧乏くじのあの子だなーと、五つ窪みは思いました。
だから、「今度他の子に内緒でたくさんのせてあげよう」と思ったのです。
ちょうど舞台では、赤い色を落として透き通った体になった雪ちゃんが、中程さんにお別れにきます。透き通った体が、紅の影役に雰囲気がぴったりでした。
「『人はただ歩き回る影法師、哀れな役者だ……そして最後は消えてなくなる』中程さん、さようなら」
そう言うと雪ちゃんの体は、足下から巻き上がった大鋸屑に包まれて、消えました。
大鋸屑を浮かせて、舞台の床が割れる奈落に落ちて、隠れたのです。場面は暗転。
スポットライトが左に当たり、豆蔵さん(萩さん)とお腹に銀色の丸を描いた、産まれたての大きなカップ(オオジロ)と中程さん(鋼)と会話します。
『我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか』
生き直しについて語られ、オオジロが大鋸屑に包まれ、退場。場面は暗転。
そして春。
「大きくても、小さくてもみんな冬を越せるように願ってくれ」そう言うと、中程さんのハリボテは、大鋸屑に包まれて消え、舞台は戸板で塞がれる。静寂。
第三幕、物語はクライマックスへ。
舞台は明るくなり、茫然とする二人の後ろの板には、たくさんの泣いている小さなカップ達の絵。左手には蹲る豆蔵。
「小さいからといって生き延びられるとは限らんのさ。死ぬ苦しみが、生き残ってしまった苦しみに勝るとでも?」
萩さんの演技にみんな、声もなく見入っている。
「この役、初めは小さいから私にやらないかと声をかけられたけど、萩さんに譲ったの。
萩さんは、今の自分は小さくないからと、断ろうとしてたけど、出演者全体を大きめの人にすれば小さく見えるからと、鋼が頼み込んだの。
やっぱり萩さんで良かった、あの時代の辛さを知っている人の演技はやっぱりすごいわね」
「何故こんなに小さく生まれてきたかと、どれほど自分を呪ったか。
これが生き伸びてしまった、小さなカップの最後よ。悔しい、口惜しい……」
大鋸屑が舞い、豆蔵退場。
泣き崩れる白様、黒様。みんなの泣き声の合唱の中、黒様が掠れた声で叫ぶ。
「助けて――様」
舞台の中央から、三勺ぐい呑のグループが松明をかざして迫り上がる。中央の光の柱は、鋼の太陽柱《サンピラー》だ。
「大きくても、小さくても、カップが冬に死なずに済むようにしてください」
「その願い叶えよう。だが、それは私の望む願いではない。残念だ」
場面は暗転。
太陽柱は消え、松明の火をかざして三勺ぐい呑達は、ステージを飛び出し、八方へと散る。
観客達の前で松明は消され、舞台の板は反転、緑の森が現れる。
中央に北の山の絵。
北の山が火を吹く。(再び、鋼の太陽柱が火山の火として天に伸びる)
漆椀が「あの人の名前を探す」と言う曲を歌い出す。
コーラス達の合唱が、踊り場の端から、中央舞台へと集まり、曲は「歌ちゃんの歌」へと変わる。
曲が終わると、漆椀は体を深く傾げてお辞儀をした。
大歓声と、拍子木を打ち鳴らす音、踊り場は壊れそうに揺れる。
3.魂乞いの舞~もう一度逢いたい
「『もう一度逢いたい』と言う踊りはね、本来は墓場の似姿の前で舞う踊りなの。
泣いて踊って、『私はこんなに悲しい。私の心の炎を見つけて戻ってきて』と歌って、踊って逢いたい人の魂を呼ぶ。
そうやって帰ってきた人の魂を、似姿の体に戻して、生き返らせる。
命を削ると言われる程の激しい舞なのよ。
もちろん成功した人はいない。
無駄だとわかっていてもそれでも、私も黒ちゃんを思って墓場で一人で踊った。
涙も枯れ果てて、疲れて動けなくなるまで。
そうやって、もうあの人は帰らないのだと心と体に教え込むの。
お別れの儀式の舞なのよ。
でもオオジロが初めてあれを踊った時、途中から硯の影がそばに居るのを感じたんですって。
だから、後半は一人ではなく、二つの魂が一緒に踊っていた。
踊れない硯が、一緒に踊ってくれた。――
その時硯はもう死んでいたから、本当に影が来ていたのね。
だからあれほどの歓喜の踊りになって、オオジロは硯の愛を確信できたの。
70年も生き直しを待ち続けられるほどの深さでね」
やがて中央から雪ちゃんが、スポットライトを浴びて奈落から競り上がってきた。
取っ手には黒いレースのベールが縛られている。体の中にはもう一枚、白いレースが入っており、生まれたて特有の金色の心が、レースに透けて輝いていた。
踊り場中がシーンとなった。
その場にいた誰もが、こんな綺麗な心をみたことがないと思ったのだ。
漆椀は静かに「戻れ魂、我が元に」の謡を始めた。
その謡に合わせて、雪ちゃんの舞、「もう一度逢いたい」が始まる。
黒いベールを被ったゆきちゃんが舞い始める、黒漆が謡う。
「憂きも一時、嬉しきも。思い醒ませば夢候。貴方がいない、見えない、触れない、ああ私は死んだも同じ……」
天に大声(三勺ぐい呑みの合唱による声のうなり、大泣き)
地に地団駄踏み、魂を呼ぶ。
招魂――ミタマフリの廻り。繰り返す四拍子のリズムが低く悲しく響きます。
「我が魂は、乞い招く――乞い願う、乞い!来い!恋! 回れ廻れ巡れ、我が体、我が魂」
ギロを擦る不安の音。
「地に縛られて届かない。見えない、触れない……耐えて、忍んで、咽び泣く」
タタンと高く、くり抜かれた木の空間が振動する。
ハッ、タン。ハッ、タン。ハッ、タン。ハッ、タン。
だんだん早くなる二拍子のリズム、場が狂いだす。
舞台中を旋回しながら、踊る黒いレースの渦巻き。
「貴方はどこ!」
突然の一条の光。場面は停止する。
「嗚呼そこなのね、あなたはいるのね」
雪ちゃんの中に金色の涙が溢れ出す。
雪ちゃんの黒いベールは投げ捨てられ、体の中にしまっていた白いベールが引き出され、金色の涙が飛び散る。
金色の涙は、無数の水滴になって宙に舞い、そっくりなもう一人の姿を作る。
「踊れなかったあなたが、影になって来てくれた。魂ならば、共に踊ろう。我らは一つ」
二人は重なるように動きだす。
それは、白様・黒様のツインダンス。二人だけの三拍子の踊り。軽やかに踊る二つの影。
動きは横から縦に、二つの影は変幻自在に宙に舞う。
金色の涙の作る影が、鏡写しに同じ姿で右、左。上、下。
渦を起こしながら廻るぞ廻る。
「跳ねば跳ねよ、踊らば踊れ。ともに跳ねよ。かくも躍れ、我が魂。
我を求むる者は飛び跳ねよ!」
魂が燃え盛り、声は張り、全身がリズムに乗り動きに弾み、跳ねる、飛ぶ。
金の涙の影を従えて。廻る、廻る、廻る!
「一期は夢よ、ただ狂え――」
やがてゆっくりと回りながら二人が一つに集約され――
ダン! 最後の天への垂直な跳躍と足踏みで、踊りは終わった。
「魂乞う踊りをひと踊り、踊りはこれまで。おいとま申します」
雪ちゃんは静かに体を傾げてあいさつしました。
一瞬の静寂、そして大歓声。
「お客様、拍子木を投げないでくださいー」
門番さんの叫びも虚しく、興奮した観客の投げる拍子木が、会場に投げ込まれ、跳ねながら山になって行きます。
やっと静まったのは、オオジロの打ち鳴らす笏と「静まりなさい」の声の後でした。
「雪ちゃん、あなたが間違いなく、国一番の踊り子です。願い事は何? 私にできることならなんでも叶えます」
「今年の冬を五つ窪みと一緒に北山で過ごすことを許してください。
私の命が尽きる時まで。私は五つ窪みのパートナーになりたいのです」
「死ぬかもしれなくても?」
「五つ窪みが私を守ってくれます。たとえ死んでも、五つ窪みのそばで死にます」
「他に望みはないのね、止めたらあなたは十六夜と同じことをする気ね。
あなたの体であれをやれば、あなたは粉々に割れるでしょう。
どっちを選んでも死ぬ道しかないなら、あなたの好きになさい。
北山で冬を過ごすことを許可します。
そしてもし、冬を越せたなら二人はパートナーになりなさい。
五つ窪み、雪ちゃんを頼みましたよ」