命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

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第九章 冬の始まり

  1.初雪

 

「すいません萩さん、火の見張り番の係、またお願いいたします」

 

 オオジロが取っ手を下げて、萩さんに挨拶しています。

 南の城のペチカの火入れを、今年も萩さんとやることになったからです。

 

「三年連続とはなぁ。オオジロも、毎度こんなムサイのが相手じゃたまらんじゃろ」

「いえいえ。決して死なない萩さんなら、私に何かあっても安心ですから」

 

 雪ちゃんが北山で冬を過ごすことになり、鋼も付いていることに決まったので、ペチカに薪を入れる火の見張り番を、鋼の代わりに今年も萩さんがすることになったのです。

 硯の事件以来、もしもの時のためにお城の火入れは必ず二人でやるからです。

 

「萩さん、ありがとうございます」

 五つ窪みも取っ手を下げます。鋼が北山に行くせいで、迷惑をかけたからです。

 

「いやいや、若い2人の役に立てて嬉しいわい。この先世界がどうなるのか、予測もつかないようになってきた。もうあんまり時間はないのかもしれんが、最後まで仲良くな」

 萩さんは励ますように言いました。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 いつもの駆けっこに使う、オオジロの古いベールに包んだ雪ちゃんを中に入れて、五つ窪みはみんなと北山に向かいます。

 

 今日で夏季が終わり、明日から冬季の一の月。満月六回分の冬の始まりです。

 太陽の力は弱り日はますます短く、来月の冬至の日には夏の半分になるのです。

 

 

 楽しいお祭りの後なのにみんな静かでした。

 生き直しは、長くは生きられないとわかっています。

 萩さんの言う通り、もうあまり時間はないのでしょう。

 この先、二人の迎える未来が見えているだけに、みんな何も言えなかったのです。

 

「そろそろ“北並い《きたならい》”が吹きますね」

 鋼が歩きながら言いました。

 冬に吹く北よりの季節風をそう呼ぶのです。

 北の山にそって(並んで)吹いて、テーブルの世界に冬を運んできます。

 

『冬はますます長くなり、器は益々薄くなる』

 みんなの心にあの歌が、重くのしかかっていました。

 

 その時、空に白いものが舞い出しました。今年初めての雪でした。

 

「わあ、綺麗。これ、雪?」

「本当だ、雪ちゃんの体の模様とおんなじ。綺麗だねえ」

 

 初めての雪に、驚き喜ぶ五つ窪みと雪ちゃん。

 産まれたての二人は、まだ冬の恐ろしさを知らないのです。

 

「今年の冬は早いようね」

 シロ様がぽつんとそう言いました。

 

 

 北山の塞がれていた温泉の洞窟の扉が外されて、南の城のペチカ部屋に入る踊り子たち以外、全員整列して入っていきます。そこはとても大きな洞窟でした。

 

「さあこっちだよ。五つ窪み、薄暗いから足元をよく見て。

 雪ちゃんは初めてだね、ここが温泉池。冬はみんなで集まってここで冬越しするのさ」

 

 少し上の方で明るい火が燃えて、白い煙が天井の穴から外へと流れています。

 洞窟の壁に沿って緩やかな登りのスロープがあり、五つの明かり取りの窓が上に向かって空いています。

 火山の火と合わさって、洞窟の中は割と明るいのです。

 

 窓の上にもらってきたお祭りのモミの木のリースを四つ、下から順番に飾ります。

 窓を雪が塞いだ時、一つずつ燃やして、全部燃やし終わると春が来る。縁起物のリースなのでした。

 五番目の窓が塞がった時はまだなくて、暖かい日に、みんなここで日向ぼっこをするのだそうです。

 

「上の方の火は火山だ。黒様が願って、山が火を吹いて以来、ずっと燃え続けている。

 あれが地下水を温めて温泉を沸かすから、ここはとても暖かいんだよ」

 

 去年までは、北山は黒様と白様が、南の城はオオジロが管理の責任者だった。

 黒様が亡くなったから、今年は北山を僕がやる事になった。一冬頑張ろうね」

 

 半月型の温泉に沿って盛り上がった半月型の平らな舞台がありました。

 その周りにやわらかい枯葉が山盛りに一面敷き詰められています。

 ここでみんなで並んで枯葉にくるまって暖かく冬を越すのです。

 

「ここの踊り場が半月型なのは、太陽の衰えの象徴なんだ。

 南の城は真夏の完全円。ここは冬の光の衰えた半分の月。

 いつか春になって、太陽も力が戻って満月のように明るくなる。

 それまでここで待とうという形なんだ。

 

 ここでオオジロは初めて“もう一度逢いたい”を、踊ったんだよ。

 十六夜も、はじめの冬に白様に習って、よくここで練習していたな。

 トリはいつも白様と黒様のツインダンスだった」

 

「昔話よ、みんな死んだわ」

 白様が小さな声で言いました。

 

「白様、今は生きているもの達の事を考えなくては。一緒に今年の冬を乗り切りましょう」

 そういうと、鋼は今日の分の印を一つ、鉄のペンで壁に刻んだのです。

 

 

 

 

 2.冬の朝

 

 次の日の朝早く、外から帰った鋼が五つ窪みを呼びました。

 体に、温泉の湯を入れて、頭から湯気を立てています。そうして寒さを凌ぐのです。

 

「湖に冬を見に行こう。冬は怖いけれど、とても綺麗なんだ。

 冬本番になる前ならあまり寒くないから大丈夫」

 

 五つ窪みは雪ちゃんを布でしっかり包んで鋼の後に続きます。

 

「わあ、雪ちゃん下を見て、綺麗だよ」

 足元の草達に、たくさんの氷が結晶になっています。 

 

「本当だあ、凄―い。氷の花が咲いてるよ」

 ゆきちゃんが、ベールの隙間から顔を出して驚いています。

 

「霜の花だ、寒い朝にはこうなる。すぐに太陽に溶けてしまうから朝早くじゃないと見れない。

 でも、肝心なのは湖の方だ。こっちも早くしないと見逃すぞ、急げ」

 

 鋼について、五つ窪みは走ります。足元でパキパキと壊れる霜の花達が、綺麗な音を奏でます。

 

「優しい音、音楽みたい。冬ってなんて素敵なの」

 雪ちゃんは素直に喜んでいました。

 

 湖につきました。

 湖面に白い雲の様な霧が立ち込め、朝日を受けてオレンジ色に輝きながら揺れています。

 

「湖が、光ってもやもやしてる。なあに?」

 

「“けあらし”だよ、急に空気が寒くなったからさ。

 冬になっても湖の水はまだ暖かい。それで立ち上る湯気が冷えて霧になるんだ。

 周りの木を見てごらん、霧の水分がくっ付いて霜になってる。霧氷っていうのさ。綺麗だろう?

 そのうちに北風に雪が吹きつけて、でっかい雪の坊《スノーモンスター》になるんだよ。

 

 まだ気温が高いから降るのは雪水比の多いぼたん雪だ。

 昨日積もった雪はたぶん昼には融ける。根雪はまだ先だ。

 

 でも、あと一月ほどで雪が変わりサラサラの粉雪が降る。

 ぼたん雪の二倍の速さで降り積もり、ひどい時には、一番上の五番目の窓を超える時もある。

 

 そうなったら、もう外には出られない。

 あの温泉池の洞窟で、満月六回分の時間を、みんなで夏の思い出話をしながら春を待つしかない。

 だから今日のこの景色もしっかり心に焼き付けて、何度も思い出すんだよ。

 それが冬を凌ぐ唯一の楽しい方法なんだ。

 特に雪ちゃんは思い出の数が少ないからね、外に出られるうちに沢山のものを見ておきなさい」

 

「「はい」」

 五つ窪みと雪ちゃんは揃って良いお返事をしました。

 

 やっぱり鋼さんはすごい。改めて思う五つ窪みでした。

 

 

 

 3. 湖の全面結氷

 

 鋼のつけた印が四十を超えた寒い朝のこと。

 

「おい五つ窪み、今日は外に出るぞ」

 鋼が、寝ていた五つ窪みと雪ちゃんを起こします。

 

「ええ〜今朝はすごく寒いですよ。どうして?」

「良いから、凄いものを見せてやるよ」

 

 ベールに包んだ雪ちゃんを入れて、五つ窪みは鋼についてまた湖につきました。

 

「さぁ見てごらん。昨日の寒さで湖が全部凍ったんだよ」

 

「す、凄い!」

 五つ窪みは息を飲みました。いつもは揺れている湖面がぴたりと止まり、世界の真ん中に、世界一大きな鏡ができて、そこに青空がもう一つ逆さまに写っていたのです。

 空の白い雲が、上と下、同じ姿で、北から南へと風に乗って動いていきました。

 

「さあ、滑るぞ。冬の初めだけのお楽しみだ」

 

 そう言うと鋼は、薪を割る時の小型のナタの刃の方を、凍った湖に置き、ヒョイと乗ると湖を滑り出したのです。踊り子ならではの凄いバランスです。

 

「キャーッ。 凄い、凄い、私もやるー!」

 雪ちゃんが外に出ようと暴れます。

 

「雪ちゃんはダメ!寒くて死んじゃうよ」

 五つ窪みは必死でベールを抑えます。今日は五つ窪みだって震えるくらい、本当に寒いのです。

 鋼だって、温泉のお湯を満杯に体に入れて居るから、動けるのです。

 

「そうだよ。外に出たら雪ちゃんは割れてしまうし、五つ窪みは重すぎて氷の方が割れる。

 氷の上で舞えるのは、氷が割れて落ちても死なない、僕みたいなタフなカップの特権さ。そこで見ていたまえ」

 

「ああん、悔しいー」

 

 雪ちゃんが暴れるので、五つ窪みは湖に落ちそうになって、湖の周りに咲いていた氷の結晶達《フロスト・フラワー》を踏んで、転びそうになりました。危ない、危ない。

 

 鋼は朝日の中で、氷の上を滑り出しました。

 湯気のベールを引きながら、クルクルと氷の上を滑り続ける鋼は、ほんとうに綺麗でした。

 

「鋼さんカッコイイ……」

 暴れていた雪ちゃんが、今はただ見惚れています。

 

 湖の上に、南北に一直線に並ぶ氷の下の丸い泡の柱をS字で回りながら、南の城の池まで行くと、踊り子たちの歓声がわき、オオジロと萩さんが取っ手を振っているのが小さく見えます。 

 お城の池でくるくるとひと踊りして、鋼は戻ってきました。

 

「氷が張った日にやる年中行事だよ、みんな冬に閉じ込められて退屈してるからね。

 これができるのは一冬で一日か二日だけ。多分明日には雪が積もって滑れなくなる」

 

 南北にまっすぐ続く、氷の下の泡の柱の上に立って鋼がそう言いました。

 

「鋼さん、素敵」

「そうだろ。尊敬しろ」

 雪ちゃんの言葉に、鋼が満足そうに息を吐きます。

 

 五つ窪みはちょっと悔しくなりました。

 でも鋼さんと雪ちゃんが、仲良くなってくれそうなのが嬉しくもあったのです。

 

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