命の器の物語(ハイファンタジー・9,500字)   作:源公子

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南の城で雪合戦

「ところで、鋼さんの下にある、動かない泡の柱みたいなのは何? 初めて見たんだけど」

「ああこれかい、氷の泡柱《アイス・バブル》と言うのさ。夏に湖に潜った時、湖底から泡が出ていたのを見ただろう」

 

 五つ窪みは思い出しました。 

 まだ水汲みになれなかった頃、バランスを崩して湖に転がり落ちて、一番深いところまで転がったことがあるのです。

 その時、北から南へと湖底から登る、小さな泡の列がまっすぐ伸びていたのを見たのです。

 この線はなんなんだろう? 鋼さんに聞いてもその時は教えてもらえませんでした。

 

「湖の底から湧いて来る泡が、氷に閉じ込められて、順番に泡の柱の様になる現象さ。

 オオジロが昔硯さんに聞いた話だと、あの人はこのテーブルの世界を終わらせる時『二つに畳んで終わらせる』と言ってたそうだ。その時の折り目から、泡が漏れて来るらしい」

 

「世界を二つに畳む?」

 それは、とてつもなく恐ろしいイメージでした。

 その時、テーブルの上にいるカップ達はどうなってしまうのでしょう? 

 みんな滑り落ちて、あの黒い淵に落ちてしまうでしょうか。

 

「怖い話だろ? だからあの時は教えなかったんだ。

 そろそろ陽が高くなる、氷が溶けるといけないから北山に帰ろう」

 

 その日、冬なのに大きな入道雲が湧き上がり、ドーンと大きな雷が落ちました。

 雪ちゃんが悲鳴をあげ、慌てて五つ窪みの中に逃げこみます。

 

「雪起こしの一発雷だ、大雪が来るぞ。根雪の入りになる。いよいよ冬の本番だ」

 鋼が雲を見てそう言いました。

 

 やがて雪が降り出しましだ。一晩中ずっと降っていました。

 

 

 

4. 南の城で雪合戦

 

 一晩中降って次の日の朝、外を見ると…‥。

 

「真っ白、世界が埋まっちゃった」

 一番下の窓板を外して、外を見た五つ窪みは言いました。

 

「よし、板滑りができるな」

 

 鋼はそういうと、一番下の窓を塞いでいた板を、パタンと雪の上に倒し、窓板を上げるつっかえ棒を持ってポンと板の上におりました。

 途端に板は、スルスルと勢いよく下に向かって滑っていきます。

 窓の縁に引っ掛けるため、板の一番先の方がくるりと上に巻いていて、雪に引っかかったり、つんのめったりしない様にできているのです。

 

「わーすごい」

「五つ窪みもおいで。二番目の窓板を使うと良い」

 

「はい」

 五つ窪みは板を外すと、雪ちゃんを体の中に入れて、鋼を真似て、一番下の窓から飛び出しました。

 

「東の森を回るぞ」

 そう言うと、鋼は板を浮かせて、勢いよく雪の上を滑ります。

 五つ窪みも真似して後を追いました。

 

「湖が、なくなってる」 

 

 昨日の雪で、凍った湖は雪に埋まり、世界の真ん中が真っ白な平地になっていました。

 大きな鏡の様だった湖は、たった一日で雪の下に消えてしまったのです。

 

 あんなに綺麗だった樹氷が、枝に雪が積もって雪の塊が立っている様になっていました。

 雪の坊《スノーモンスター》の出来上がりです。

 

「これから南の城に向かう。板の浮かせは軽くして、なるべく雪の上を滑べる様にしろ。

 その方がスピードが出る。支えの棒で方向転換をする。

 湖を突っ切れば一番早いが、まだ氷が薄くて、五つ窪みには危険だ。

 森に沿っていけば、水に落ちる危険はない。日のあるうちに行くぞ」

 

「はい」 

 

 すごい速さでした。歩くと半日の道のりが、半分以下でついてしまいました。

 

「まあ、鋼どうしたの?」

 オオジロが驚いています。

 

「やあオオジロ、避難訓練さ。

 万が一、北山の誰かをここへ運ばなくてはならなくなった時のために、五つ窪みに練習させたんだよ」

 

「あ、それで」

 万が一。それは雪ちゃんの事だと、すぐに五つ窪みはわかりました。

 

「雪ちゃん、平気、寒くなかった?」

「平気、五つ窪みが走ったから、暑いくらいよ」

 

「やっぱり大丈夫だったな、さすが五つ窪み。

 もう少ししたら粉雪本番になる。そうしたら寒すぎて危険だからね。今のうちに練習させたんだ」

 

「鋼は、温泉を入れてきたのか。もう冷えたんじゃないか?

 わしらは石を焼いて布に包んだのをいれて凌いどるがな」

 萩さんが言いました。

 オオジロも、縁の上から湯気を白く出しています。

 

「相変わらず、タフですね。さすがオオジロ。 

 でも五つ窪みはもっとタフなんです。五つ窪みならこんなことしても大丈夫」

 

 鋼は、真っ白な雪原から雪を一掴み浮かせると、ヒョイと、五つ窪みの取っ手の金色にぶつけました。

 

「わっ冷たい」五つ窪みは飛び上がりました。

「五つ窪みに何するのよ」

 

 そう言うと、ゆきちゃんが浮かせた雪玉が、鋼のど真ん中に命中しました。

 

「やったなー」

 鋼の雪玉がまた五つ窪みに命中。

 すかさず雪玉を作って投げ返す雪ちゃん。

 

「ちょっと、痛いのは僕なんだよ。二人とも、やめてー!」

 

「お、おい。鋼、子供相手に喧嘩はやめんか。わっ、冷たい」

 萩さんもやられました。

 

「このー」

 

 鋼の投げた雪玉を、五つ窪みが避けると、後ろの雪が積もった桜の木にあたり、その雪がどさどさと、そばにいたオオジロに降りかかったのです。体の中の熱した石が、ジューっと音を立てました。

 

「やったなぁ……」

 オオジロが怒り爆発。巨大な雪の塊を浮かせました。

 

「ごめん。オオジロ、ちょっと待って!」

 ドカン!

 鋼は雪に埋まってしまいました。

 

 

 

 5. 思い出と思い出したこと

 

「良い年して、姉弟喧嘩もないじゃろ。

喧嘩するほど仲が良いと言うし、二人とも頑丈だから心配はいらんが。 

昔は白様と黒様を散々手こずらせてたんじゃよ」

 

 ペチカに薪を入れながら、萩さんは雪で冷えた鋼の湯の中に、ペチカの火で熱く焼いた石を一つ入れました。

 オオジロの冷えた石も取り替えました。

 

「はー」と鋼。

「ふうー」とオオジロ。

 二人ともすっかり冷えていたので気持ちよさそうです。

 

「二人とも休んでて。僕もっと薪持ってきますね」

 五つ窪みの大きな影がドアから外へ向かいます。

 

「でも、喧嘩したの久しぶりー。アンタが生まれたての頃はヤンチャで、いつも喧嘩してたわね。

 私が硯の褒めるから、アンタ硯に憧れて、硯の真似ばっかりしてたっけ。

 いつだったかな、身体中にペチカの燃え残りの煤を塗りつけて

『僕、硯さんみたいに黒いでしょ。カッコイイ?』って。

 

 そうして一生懸命硯のこと勉強して、いまじゃ立派なお医者様だもの。

 金継ぎも上手くなって……十六夜があれだけ生きられたのはアンタのおかげよ。本当にありがとう」

 

「僕のほうこそ、あの時金箔を譲ってくれてありがとう。

 十六夜が死なずに済んだのはオオジロ姉さんのおかげだよ」

 

「あ、姉さんって言った。アンタがそう呼んでくれなくなってから、私ずーっと寂しかったんだよ」

「仕方がないでしょ。お互いもう大人なんだし。立場ってものがあるんだから」

 

「私、ずっと子供でいたかったなー」

 

「そうだね。何にも知らなくて、欲しいものは全部手に入に入ると信じてた頃に戻れたらな」

「こうやってると、二人で一冬一緒に、火の番してた頃思い出すね」

 

 二人は黙って並んでペチカの火を見ていました。

 ペチカの横の開いたドアから、お日様の優しい光が、暖かく差し込んできます。

 

「今日は本当に暖かい。小春日和というやつだ。こんな日がずっと続くといいのにのう」

 萩さんが、ポツンとそう言いました。

 

「薪持ってきましたー」

 その時、薪を運んできた五つ窪みの大きな影が、入り口の光を半分遮りました。

 

 それを見たオオジロが突然叫んだのです。

 

「思い出した! 生まれる前、あの人は今の五つ窪みみたいに、太陽を後ろにして、影しか見えなかった。

 でも、確かに五本の指がついた手が私を作っていたの。

 太陽が私の体を乾かして、焼き上げてくれた。

 私の魂は生まれるのが嬉しくて、あの人の周りを飛び回ってた。

 そうしたらもう一人があの人と相談しながら、私に名前をつけて……」

 

「ぼ、僕も覚えてる。太陽はあの人の後ろにいて、すごく暖かかった。

 僕はもう一人のあの人と一緒に太陽の周りを飛んでた。名前ももらったんだ」

 

 五つ窪みも思わず後に続いて叫んでいました。

 

「私も覚えてる。太陽とあの人がいて、もう一人が私に名前をつけた。

 そうして『決して冷えないカップの友達が向こうで待ってるよ』って言ったの」

 

 雪ちゃんもそういったのです。

 

「待って! それが本当なら、僕たちがあの人と呼んでいるのは一人じゃない。3人なのか? 

 一人は太陽だ。もう一人は5本の指で僕たちを作った人。もう一人は誰なんだ?

 ぼくたちは、二つ名前を探さなくてはならないのか!」

 

「ううん、探す名前は一つだよ。僕が『あの人』を思う時、いつも浮かぶのは、5本の指で僕を作った人だ。

 僕の体の丸い五つの窪みが、そうだって言うんだ。

 

 ああ僕、あの人の名前が知りたい。

 そうしたら、洞窟に押し込められて、冬に怯えて暮らさなくていい世界が手に入るのに。

 雪ちゃんだって、自由に外に出られるのに。悔しいよ」

 

 五つ窪みは必死に泣くのを我慢していました。

 涙で雪ちゃんを濡らしたくなかったからです。

 

 

 日の陰る前に、春の再会を約束してみんなで南の城を離れました。

 雪ちゃんは疲れたのか、ずっと静かでした。

 

 

 

 

 

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