3.終わりなき冬
ありったけの薪と、五つ窪みが予備に作った栗の葉の詰まった箱も、箱ごと燃やしました。
落ち葉や栗の葉のベッドまで燃やしました。
昔のように大きなカップが小さなカップを中に入れ、みんな寄り集まって冬の終わるのを待っていました。けれども冬は終りませんでした。
ブリザードが吹きあれ、太陽の見えない日々がまだ続いたのです。
一人、また一人とカップが破れて死んでいきます。
「さようなら」「さようなら」春になったら聞こえたはずの、挨拶の声が北山の洞窟に木霊して、やがて静かになりました。
「おかしい、いつもならとっくに雪が融けている時期なのに。満月八回も冬が続くなんて」
壁に付けた印を数える鋼の声は、寒さで震えています。
燃やすものは、とっくにありません。
もう残っているのは、鋼と白様と五つ窪みと雪ちゃんだけでした。
「五つ窪み、白様を君の中に入れてくれ。僕はもう持たない……」
鋼の吐く息の白さは弱く、声は震えています。
「鋼……もういいのよ」
そう言うと、白様も鋼の中で、パリンと破れて塵になり、金色の心が天井にある火山の穴を通って、天に昇っていきました。
「白様……」
鋼は呻いて蹲りました。
でも、もう泣く力は残っていなかったのです。
その時、夜が明け、いちばん上の五番目の窓穴に掛けた戸板の隙間の布が、かすかに明るくなりました。
「鋼さん、吹雪が止んだ!」
五つ窪みがそれを見て叫びました。
「五つ窪み、雪ちゃんを守るんだ。
あの子は最後の踊り子だ、あの子が死んだらこの世界が終わる。
南の城に逃げろ。薪は余分にはあったはず、みんな生きているかもしれない。
君は決して冷えないカップだ、必ずいける。
頼む……この世界を守ってくれ。僕はもう十六夜のところに行く……」
そう言い終わると鋼は崩れて塵になり、金色の魂が白様の後を追って天に飛んでいったのです。
4. 南の城へ
涙を堪えて、ありったけの布にゆきちゃんを包んで、いちばん高い窓穴から、窓板に乗って五つ窪みは外に出ました。
なんという事か……世界は降り積もった雪で、真っ白な平らな世界になっていました。
雪が、山すらも無くすほど降り積もり、世界を覆い尽くしていたのです。
どんよりした雲が空を覆い、太陽も隠れています。
何も目印が無いのです。
その時、いつか見た南北に走る世界のおれ目が、雪の上にわずかな段差を作っ
ていることに五つ窪みは気づきました。
「こっちが南だ」
五つ窪みは、線に沿って進み出しました。
寒さで体が硬くなり、早くは進めません。
窓穴を覆っていた窓板に乗って、窓の板を上げるつっかえ棒を雪に刺して、引きずるように進みます。
南北の筋は湖を横断しています。湖は氷の上に積もった雪でもう何処にあるのか分かりません。氷が薄ければ割れて水の中に落ちるかもしれません。
いくら五つ窪みが、決して冷えないカップでも、雪ちゃんは違うのです。
それでも氷が二人を支えてくれる事を信じて、五つ窪みは進みます。
どれほど進んだでしょう……日が沈む頃、ついに南の城に着きました。
お城は門と煙突を残して、全て雪の中に埋まっていました。
お城の煙突に煙が上がっていません。全てが凍り付いていました。
門のそばで蹲っているものがいます。萩さんでした。
「薪が尽きた……もう生きているのは、決して死なないワシ一人じゃ」
『やがて、すべての踊り子たちの死ぬ日が来るだろう』その日がついに来たのでした。
「なぜなんじゃ! あの人の願いが叶うのを見届けるのが、ワシの仕事のはずじゃった。冬と夜との無い世界をワシは見られるはずじゃった。
なのにこんな……こんな世界を見るために、ワシは今まで生きていたんかい。
まだ生きていかねばならんのかい。こんな誰もいない世界で!」
萩さんは泣き崩れました。
「萩さん泣かないで。踊り子たちは、どうしても一度死ななければいけなかったの。あの人から逃げた人たちの罰を代わりに受けたの。
そして私が最後の踊り子、いよいよお別れよ」
五つ窪みの中から、雪ちゃんの小さな声がしました。
「雪ちゃん、諦めちゃダメだ!」
五つ窪みが叫びます。
「いいえ、思い出したの。これが生き直しの私のお役目、十六夜がやろうとしてできなかった事を私がするの。
五つ窪みは、私が死んだら泣いてくれるわよね。
そうしたら私はあなたの涙に心を溶かす。あの人の名前はそこにある。
そして願って、あの歌のように
『私はあなたの器です、私にあなたの心を注いでください』……さよなら」
五つ窪みの中でパリンと小さな音がして、雪ちゃんが砕けました。
五つ窪みはペタンと雪の中に座り込んで動けなくなりました。
産まれたてのあの頃の様に、涙がとめどもなく湧き出します。
その中に雪ちゃんがいました。
「あの人の名前はね……命の陶器師様」
5. 本当の五つ窪み
だから五つ窪みは、命の限りに叫びました。
「“命の陶器師様”僕はあなたの器です。僕に夜の心を注いで下さい」
「よく言った、決して冷えないカップよ。願いを叶えよう」
答えとともに天から黒く火山のように熱い雫が、五つ窪みの中に注がれました。
パン! と、音を立てて、五つ窪みを覆っていた黒い釉薬が飛び散りました。
途端に五つ窪みの周りに炎が立ち上がり、四方八方に走りながら、どんどん雪を融かしていったのです。
炎は湖を干上がらせ、山々の木を焼き、煉瓦の城も焼き尽くして、塵にしてしまいました。
世界は“前の時代”に戻ったのです。
空はいつの間にか雲が消え、夜の小さな星達が輝いています。
南の城のあった場所の塵の中に、オオジロと踊り子達がキョトンとして座り込んでいました。
萩さんの見つめる中、五つ窪みは全身金色に輝いて立っていました。
決して冷えないカップは、体が全て金でできたカップだったのでした。
「冬が消えた! とうとうそれを見ることができた。ありがとう五つ窪み」
「萩さん、もうひとつやることがある。夜を退けなくてはならないんだ」
何をしなくてはならないか、五つ窪みにはわかっていました。
「私達、どうしたの? てっきり死んだと思ったのに」
オオジロがポカンとしていると、西山の方から、オーイ、オーイ、という声とともに黒い大きな影と、小さな影とが、飛ぶように近づいてきました。その後に十六夜もいます。墓場にいた似姿たちみんなです。
「月ちゃん! 黒様、十六夜も」
北山の方からも、沢山の塵になっていた人たちが、生き返って走ってきます。
そしてもう一人、西の山の頂上からゆっくりと降りてきたカップがいました。
「歌ちゃん!」
荻さんが叫びます。2人はゆっくりと歩いて取ってを触れ合わせました。
最後に東からもう一人、籠目でした。
6. 夜を退ける者達
「月ちゃん、やっと会えた。私、あなたが自殺してから七十年も待ってたのよ。なんで生き直してくれなかったのよ」オオジロが泣きながら言いました。
「自殺? なんのことさ。僕君に振られたからがっかりしてあそこでしばらくぼーっと立ってたんだよ。そのうち雪がひどくなってきたから城に入ろうとしたら、冷えて支えの足が凍り付いて動けなくて、無理に動いたら滑っちゃって。側にあった仕舞い忘れてた斧にぶつかって、割れちゃっただけだよ」
つまり、事故だったわけです。オオジロ絶句。
「この、バカ、アホ、間抜けー! 私の70年の涙を返せー」
「痛い、痛い。やめて、また割れちゃうよ」
硯はオオジロの取ってに殴られて、逃げ回ります。
「堪忍してよ、もともと僕はカップじゃないんだから、生き直しはできなかったんだ。
でもね、あの人がもし最後まで君が僕を待てたら、一緒に星になってもいいって言ってくれたんだ。だから僕たち、これからずっと一緒にいられるんだよ」
「一緒に星になる? なんのこと」
5. 空でともに輝くことを願う者達
オオジロの問いに、五つ窪みが答えます。
「そのためには、みんなが本来の自分にならなくてはいけないんです。僕たちは踊るために産まれたんじゃない。あの人の心である、夜の熱い心を入れるために産まれたんです。
我々の本当の姿は、caféを入れる入れ物。
我々の本当の名前はcaféカップなんです。
僕の中にある、あのひとから頂いた汲めども尽きないcaféを注げば、皆さんは正しいあり方を取り戻し、あの人と一緒に天で輝く星となり、一緒に夜を退けることができるんです」
「知ってます! 私たちはあの人と一緒に、夜を退ける為に、この世に生まれてきたんです。
萩さん、私と一緒にcaféカップになりましょう。
そして一緒に空で輝きましょう」
「もちろんじゃとも、最高の死に場所じゃ。その上歌ちゃんと一緒なんだから、何の文句もないわい」
歌ちゃんの言葉に萩さんは言いました。
荻さんと歌ちゃんは、五つ窪みの前で体を傾げて座りました。そこに五つ窪みが決して尽きないcafeを注ぎます。
二人は小さな太陽のように輝き、やがて渦を巻いて一つになると、夜空に昇って大きな星になり、夜の闇が少し退きました。
「私達もお願いできるかな?」
黒様と白様が名乗り出ました。
「私のできなかったことを、成し遂げてくれて感謝するよ。五つ窪み」
黒様が言いました。
「お二人なら素晴らしく、輝く星になるでしょう」
caféを注がれて、二人は一緒になって空に帰っていきました。
次は硯とオオジロ、鋼と十六夜です。
「お幸せに、もう決して離れることのない様に」
他のみんなも次々とcafeを注がれ星になりました。
星が1つ増えるごとに夜の闇は減り、空は輝きを増していきます。
「鋼さんと十六夜さん、嬉しそうだったね。籠目さん寂しい?」
「いいのよ、もうとっくに諦めてた。私の影の生き直し、役に立ったみたいね」
「雪ちゃん、籠目さんの影だったの!」
「そう、だからあんな姿になったの。復活したのがあの子じゃなくて残念だったわね」
「ううん。だって雪ちゃんは僕の中でずっと一緒だもの」
「そう私にもcafeくれる? 先に行って、影の代わりに待っててあげるわ。
私、結構あなたのこと好きだったのよ。悪口下手さん」
「ありがとう、空であの人が待っています。素晴らしい星になってくださいね」
五つ窪みは籠目にcaféを注ぎました。籠目もまた、強く輝く星となって空に昇っていきました。