……ハイクを詠め
『もう、いいです』
彼から放たれた言葉は、目の前の彼が本物なのかすら疑うようなほどに冷たかった。
言葉が冷たかったのではない。
彼の声が冷たい。
彼の目が、冷たい
「ちがっ......違うんです......っ」
誰もいないセーフハウスの中、今目の前にいない先生に向けて言葉を放つ。
「あんな、ことになるなんて......思わず......」
『もういい』
「っ““!!」
頭の中で先生の言葉が反芻される度、耐えられない頭痛が走る。
________________鏑林羅衣がほぼ無理矢理桐藤ナギサへ接触した際、一言だけ言葉を放ち、その後はナギサですら連絡が取れていない。
放たれた言葉は、さっきから彼女が反芻しては自爆を繰り返している
『もういいです』
の一言。
たったそれだけの言葉が彼女の心に亀裂を入れたのだ。
「う“っ......あ“ぁ“.........っ......」
どうしようもなく涙が溢れ、先生を裏切ったという意識がグジュグジュと傷口を抉ってゆく。
「......えぐっ......え“ぁ......や......だぁ......」
きらわれたくない
いやだ
なんで
.........ゲヘナ
あいつらのせいだ
「......野蛮人......が......っ」
ユルサナイ
________________
「結局、ここに戻ってきてしまいましたね」
「もうお別れだと思って出たのに、すぐこうなるなんて。やっぱり人生は分からないものだな」
ナギサさんからの妨害爆破事件を乗り越え、結局我々は合宿所に戻ってきた。
「感傷に浸っている場合ではないですね。どうにかして3次試験を受けなければ......」
そう、俺たちの今の目標は『無事に試験を終える。』これが第一関門となっている。
先の爆破はどうにかカードで呼び出した無下限でみんなが無事だったが、結局試験用紙は燃えてしまった
「本当にティーパーティーの偉い方たちが私たちを退学させようとしてるなら、どうしようもないじゃん!知恵を寄せ合ったところで、何をしたって無駄なんじゃないの!?」
確かにナギサさんが俺たちを本当に合格させるつもりがないということは今回で痛いほどわかった。
実際コートの端っことか焼けて痛かったけど
「まぁでも、一応次があるんで。と言いたいところですけど......」
「古今までありとあらゆる手で邪魔されてしまいますと、確かに厳しいかもしれませんね」
次の試験は多分だが、そもそも試験が受けられない領域に入ってくるのではないだろうか
俺もうそこまでされても驚かん。
隕石でも降ってくれた方がまだマシだ
「そ、そもそもどうしてこんなことになってるのよ!?なんで退学にならなきゃないわけ!?」
「意味わかんないっすよね〜.........」
あれから一度ナギサさんに会いには行ったのだが、それは俺の意思を伝える為に行っただけだ。
「本当に退学になったら、正義実現委員会に戻れない.........」
コハルさんが涙目で俯く。
「......すんません。俺がもうちょい上手くやれてたら......」
こうなってしまったのは俺のせいでもある。
ナギサさんに対して裏切るようなことを言ったのは俺だ。
......もしかすると、最初からナギサさんの依頼を受けなければ良かったのかもな
「はぁ〜.......情けねぇ〜......」
なーにが苦しい人の味方。だ
先生としての仕事すら一丁前にできない。
「......いえ、どう考えても桐藤ナギサの責任です。待っていてください、今生徒会を破壊しに____
「こら。すぐ武力行使に移ろうとしない。第一本当に今回は俺に責任がある。こうなってしまったことも、この問題に下手に首を突っ込んだことも」
思い返せばもう少しナギサさんと対話を重ねるべきだった。
ナギサさんが不安定になることを知っていた上で敢えて問題に触れなかったのは俺自身の選択だ。
......もう少し、ちゃんと意思を知るべきだった。
生徒1人カバーできない自分に嫌気がさすが、今は
「......これからどーしますかねぇ......」
補習授業部がここから立ち上がる術を考えろ。
頭は悪いが、その場凌ぎを思いつくのは得意だっただろうに
「この一週間で、90点以上を取れるようになんて......」
「そうですね......それに、これ以上桐藤ナギサが皆さんに危害を加えないわけがありません。やはり生徒会の破壊を」
「3秒で云ったこと忘れてるねぇ。落ち着き」
俺は珍しく目に見えて怒っているリツの頭を撫でる。
心なしかいつもより不機嫌そうな顔をしている。
いや、無表情なんだけどさ
「ぐすっ......無理、絶対無理よ......ここまですっごい頑張ったのに......これ以上なんて......」
......その通りだ。
皆すごく頑張った。
なのに、ナギサさんはそれを踏み躙るようなことをした。
本当に『呆れる』よ
『鏑林羅衣』は『桐藤ナギサ』に対して怒っているわけではない。
ただただ『呆れ』ているのだ。
確かに最初は苛立ちもしたが、責任を負った自分にも非があると考える羅衣はどちらかというとナギサに対して呆れている。
ナギサの元に赴いた時に放った『もういい』という言葉は、『あれについてはもう気にしなくてもいい』という意味も含まれていた。
冷静さを少なからず欠いていた羅衣が言葉足らずになってしまったのは明察の通り
「頑張ったもん......でもこれ以上は、私にはもう無理......私、馬鹿なのに......無理だって......うぅ......」
「......そんなことないです。コハルさんは正真正銘『正義実現委員会のエリート』ですよ」
涙を浮かべるコハルを軽く抱きしめ、包み込むように頭を撫でる。
伊達に何年も『お兄ちゃん』やってない。
羅衣の包容力は全てを包み込むのだ。
「......今日はもうお休みにしましょう。皆さん疲れてるでしょ?」
連日の疲労はそう易々と回復するものじゃない。
......心の方は、もっと
「俺がどうにかして方法を見つけるんで。ヒフミさんも今日は休んでください」
「でも......それじゃあ先生が......」
「それこそ先生命令。阿慈谷ヒフミさん並びに補習授業部全員今日はしっかり休むこと。」
羅衣は首だけリツに向け、
「もちろんリツもしっかり休むこと。いいな?」
「......了解です」
やはり悔しさが拭い切れないのか、拳を握るリツ。
___とは言いつつも、こっちにだってスパイがいることを忘れていない羅衣なのであった
________________________________
「.........アズサ」
深夜12時54分
鏑林羅衣の娘____鏑林リツは1人の少女の影を見つめていた
「一体何処に......」
お父さんに拾われる前、私はアリウスで生まれ、アリウスで育った。
一度内戦が起こった時にどうにか逃げ切れたおかげで『教育』は免れたが、未だ感情を表面に出すことができない。
......白洲アズサは、その時の仲間?のような存在だった。
とは云っても面識はなく、『サオリ』が勝手に世話をしていた少女を見たことがあるだけ。
そも、なぜアリウスの子供がトリニティに存在しているのか。
あの女が外の世界に行くことを許した?
そんなはずはない。あったとしても一体何を企んで________________
「......首尾はどうだ」
「同じだ。滞りない」
サオリ......?
見間違えるはずは無い。
声、骨格、髪色
そして、特徴的なマスク
以前任務を共にしていた『錠前サオリ』に相違は無かった
何故、こんなところに
一体に何を
何故あの女はここにサオリを連れ出した......?
荒くなる呼吸
落ち着け
落ち着け!
「落ち着け」
「っ......ぁ」
お父さん
そう声を出そうとするが、それを塞がれる。
「そう、そのまま深呼吸。んで、このまま戻ろう」
お父さんは私の耳を軽く抑えて、歩き出す。
「大丈夫。
その言葉を聞いた瞬間、私は緊張の糸が切れたのか
ガクン、と眠りに落ちた。
________________
「.......ふぅ......かっるいなぁ......」
身長に見合わず体重が異様に軽いリツを布団に寝かせ、俺はアズサさんにバレないように同じように布団に潜る。
......泣いてる
リツの頬を伝ったような涙の跡。
体も少し震えている。
心配なので、頬から頭を撫でてやると無表情ながらに穏やかな表情になり、俺の手に頬を擦り付けてくる。
......そうだな。
今日は、休もう。
Q.なんでリツが羅衣を呼ぶ時『社長』から「お父さん」に変わったんですか?
A:そっちの方が興奮するからです