魔弾の王は戦姫と英雄譚を紡ぐ   作:自堕落無力

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序章

 

 

 

 ブリューヌ王国の北東の端に位置する辺境、アルサスは主要な街道が通っておらず、山や森がいたるところにある言わば田舎だ。行商人や旅人さえやってこない程の場所である。

 

 ただ、一つの問題としてブリューヌ王国と刃を交えたりもした七つの公国を有しているジスタート王国とアルサスは国境が近い。もっとも、険しい山を何日かかけて通る必要があるし、アルサスは本当に田舎であり、此処を獲っても得る物が少ないのでジスタート王国から今まで攻められるという事は無い。

 

 そんなアルサスの領主の屋敷に朝の光が差す。

 

「……朝か……」

 

 自分の部屋の窓から差す朝日によって目を覚ますのは短い赤髪、凛々しい顔つき、寝台から起こして露になるのは痩身だが左腕が右腕より長く、右腕と胸にかけての筋肉が特に逞しいという特徴はあるが、全体的に筋肉は引き締まっている身体つき、十六才の男であるティグルヴルムド=ヴォルン

 

 二年前にアルサスの領地を治めていた領主である父を亡くした事で伯爵位と領地を継いだのである。

 

「う、うーん……」

 

 そんなティグルの隣で目を覚ますのは長い栗色の髪にティグルの一つ年下だが、それよりも幼く見える童顔、小柄だがスタイルはそれなりな裸体を晒す少女にしてティグルの侍女であるティッタである。

 

「おはよう、ティッタ」

 

 昨夜、愛を交わし合った侍女の額へとティグルは口づけを落とす。

 

「あぅ……お、おはようございますティグル様……今、準備をしますね」

 

「ああ、ゆっくりで良いからな」

 

 ティグルはティッタに微笑みながら言いつつ、彼女と同じように身支度を整え始めた。

 

 今日よりティグルはブリューヌ王国軍の一人としてジスタート王国との戦争に参加するため、ディナント平原に兵を引き連れていかなければならない。

 

 もっともアルサス自体の国力は低く、引き入れる兵の数は百がやっと、アルサスの経営が上手くいかなくなるのを承知で無理をしても三百が限界という物だが……。

 

 しかし、ブリューヌ王国の国王ファーロン直々にディナント平原に近い領地を治めている貴族諸侯に出兵を命じられたので応じるしかない。

 

 今回、ファーロンが溺愛しているとブリューヌ内では有名な王子であるレグナスの初陣との事なので親心を尽くしたが故なのだが……。

 

 因みにティグルは二年前に父親であるウルスと参戦した戦にて初陣を済ませていた。

 

 

 

 しかしてティグルが戦に出る事を不安がり、それまで幼い時から侍女として尽くし、ティグルも妹の様に愛していたティッタが一人の男として愛していると本気で告げてきた。ティグルもそういう気持ちはあったので彼女を安心させるのと戦を生き抜く気持ちを持つためにティッタの愛に応じたのである。

 

 そうして、身支度を整えたティグルは大人が三人も入れば座る事さえままならない小さな部屋に行く。そこには正面に立派な装飾を施された台があり、一張の弓が立てかけられていた。

 

 弓弦はしっかり張られていて、その気になれば今すぐにでも使えるようになっている弓であり、緩やかな湾曲を描いた弓幹、弓弦も何もかもが艶の無い黒一色だった。

 

 それはヴォルン家の家宝であり、狩人だった初代ヴォルン伯爵が使っていた物だと父であるウルスから聞いていて、ウルスは病で亡くなる前に『真にこの弓を必要とした時のみ、使え。それ以外で用いてはならぬ』とティグルに遺言を残した。

 

 その弓の前でティグルは姿勢を正し、呼吸を整えて胸の前で握り拳を作って横に引くという歴代の当主への敬礼をした。

 

 

「ヴォルン家当主としての義務を果たしてまいります」

 

 そうして、ティグルは食堂に行き、ティッタが用意した朝食を食べ終えると戦に向けた準備をする。

 

 丈夫な麻の服の上に革鎧をつけ、腰には小さな槍の如き剛矢を中身一杯に詰めた矢筒を下げ、弩の作り方を応用した滑車仕掛けの長弓にして、それであっても普通ならば十人程でようやく弦を引けるような代物を背負う。腰に巻いたベルトの後ろには短剣を一本差している。

 

 無論、他にも優れた木材を利用した予備の長弓、予備の矢筒と矢等々、自分なりに必要な物をも準備していく。

 

 そして、ブリューヌ王国の貴族で弓を大々的に使うのはティグルのみだ。何故なら、ブリューヌ王国では弓は卑怯者の武器として蔑まされている。罪人に対する罰として使用が強制されたりなどの扱いをされる程にだ。

 

 しかし、ティグルは自分の領地での狩りが好きで弓も好きだった。だから堂々と弓を使うようにしているのである。

 

 そうして馬の準備もしつつ、屋敷の裏手にある両親の墓に祈り、出発を告げるとティッタと共に屋敷の正面へと行く。

 

 

 

「若、百人全員揃っとります。装備もばっちりですわ」

 

「ご苦労、バートラン」

 

 ティグルの側仕えで今年、五十歳の老人のバートランと革鎧を着こみ、剣を腰に吊るして槍を持った農民の兵士たち百人が控えていた。

 

 バートランはウルスとも戦場に幾度も出ているので経験豊富な老兵でもあるし、ティグルと同様に馬を操る事が出来る。

 

 そうして……。

 

「それじゃあ、ティッタ。留守は任せたからな……行ってくる、必ず帰ってくるからな」

 

「はい、ティグル様……武運を祈ってお帰りをお待ちしています」

 

 ティグルはティッタに近づき、声をかけると抱き締めて深く口づけした。

 

「我々の目的地はディナント平原だ。途中でマスハス卿の軍と合流する」

 

 

 そうして、兵士たちに軍旗を掲げさせた。

 

 青地に白い半月と流星を描いたヴォルン家のものと紅馬旗(バヤール)という黒い鬣に赤い体躯を持つ魔法の馬を描いたブリューヌ王国の象徴の二種類の旗だ。

 

「それでは出立する!!」

 

『オオッ!!』

 

 ティグルはディナント平原の戦に参戦すべく領地であるアルサスを出立する。

 

 そうして、ティグルの人生が波乱と戦乱に巻き込まれていく始まりとなるのであった……。

 

 

 

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