ウルスがルヴーシュの戦姫であるエリザヴェータに拾われ、ナウムの従者となって四十日以上の時が経過した。
ウルスは弓の腕を評価されているのもあって、エリザヴェータによってイチイの木を使った単弓で弓束に麻布がきつく巻かれており、獣の腸を使った弓弦のそれを与えられた。
ウルスはナウムの仕事の手伝いや世話をしている日々を過ごしていたのだが、ジスタート内で大きな出来事が起こったのだ。
ジスタート内の有力貴族の二人、ビドゴーシュ公爵イルダー=クルーティスとパルドゥ伯爵ユージェン=シェヴァーリンの間で一触即発の事態が起こったのである。
今から十日ほど前、ジスタートの王都に二人は滞在していた。そしてユージェンがイルダーに贈り物をした。
それはイルダーが好む火酒で彼は喜んで従者と共に乾杯をした。そして、従者が念のために毒見をと従者が申し出たのでイルダーが苦笑しながらもその従者に先に飲ませた。
すると一杯の半分ほど飲んだ従者は中身の残った銀杯を取り落として床に倒れ、身体を痙攣させかと思うとそのまま息絶えてしまった。毒が入っていたのである。
これにイルダーは当然、激怒した。目を合わせるのも恐ろしいほどの凄まじい様子だったとの事であり、その日のうちにイルダーは王都を発って、ビドゴーシュに戻ると復讐を叫びながら、兵を集め始めたのである。
有力貴族の争いを止めたいというジスタート国王ヴィクトールによる使者がそれぞれユージェンと親交のある戦姫エレオノーラ、イルダーと親交のある戦姫エリザヴェータに送られた。
使者を通してのヴィクトールの要求はエレオノーラにはユージェンを守る事であり、エリザヴェータにはイルダーを止める事である。
ヴィクトールは自分の御前でどちらも一度、話し合うべきだと望んでいるのだ。国内の有力貴族が兵を率いて血を流し合い、国土を荒らすなど内戦をやっていたブリューヌやアスヴァールを笑えない事態なのだから……。
ともかく、エリザヴェータはヴィクトールの命を聞き、イルダーを止めるために一千の兵を率いて出陣する。当然、その中にはナウムの従者であるウルスの姿もあった。
エリザヴェータ達はイルダーと会って、彼を説得しようとしたのだが数日かけてもイルダーの軍勢を発見できなかった。偵察を放つ中でエレオノーラ率いるライトメリッツ軍を見つける。
だが、ライトメリッツもイルダーの姿は発見出来ていなかったようで合流して情報交換する事にする。
そうして、ラドムという小さな草原にてエリザヴェータの従者としてウルスは控えるようにエリザヴェータから命じられたので馬に乗る彼女に続き、自分も馬に乗って彼女の傍につけた。
エレオノーラ側も禿頭のルーリックという騎士を伴って、エリザヴェータと会うため共に馬に乗って移動した。
冷たい風が吹き、雪も降ってきた中……。
「ティグル?」
エレオノーラはウルスの姿を見て、戸惑いながらもティグルだと確信し、馬を急がせる。
当然、ウルスに対してティグルだと訴えかけたりしつつ、ルーリックも貴方にはティッタという妻がいて、バートランという腹心、ローダントにオージェがいる事を告げていく。
「ぅ……」
「ウルスは記憶喪失なのよ、惑わせないで!!」
エリザヴェータは実はウルスはティグルだと予測しており、エレオノーラと何か思い出そうとしているウルスの反応から予測が確信に変わった。
とはいえ、自分にとって真実、彼女が初めて部下にしようとしている者を取られたくはない。
そうして口論から争いが起こってもおかしくない雰囲気になる中……。
「え、エレオノーラ殿はこの冬を体現するような
「っ!?」
「いきなり、何を言ってるんですの。貴方は?」
「いえ、こっちでも争いが起こるなんて嫌ですし、俺のせいでエリザヴェータ様がいじめられるなんて嫌ですから」
「いじめって……」
エレオノーラはウルスの言葉に驚き、エリザヴェータは戸惑う。
「……申し訳ない、エリザヴェータ。私の早とちりだったようだ。非礼な態度をとってしまった事を詫びる」
エレオノーラは馬を下りながら、頭を深く下げた。
「分かってもらえてうれしいわ、エレオノーラ」
エリザヴェータはエレオノーラの謝罪を受け入れ、こうして半刻後にそれぞれが幕営の設置をしつつ、話し合いの為の幕舎を設ける事とした。幕舎自体はエレオノーラ側が、燭台にテーブルの設置はエリザヴェータ側がする事になったのだ。
「私はいじめられてなどいませんわ」
「それはすみません」
エレオノーラ達が自軍の方へと戻る背を見て安堵の息を吐き、ウルスにどこかむくれたような顔をして言ったエリザヴェータにウルスは謝り、そして馬首の向きを変えたのでウルスもそれに続く。
「ありがとう」
ウルスに背を向けつつ、嬉しさと恥ずかしさの溶け合った声を冬の風に乗せてエリザヴェータは届かせたのだった……。
そして、自軍の元へ戻るエレオノーラだが……。
「ティグルは記憶を取り戻しているようだ。多分、あいつの事だから拾われた恩を返そうとしているのだろう」
「どうして、それが分かるのです?」
「
戸惑うルーリックに対して笑みを浮かべながらエレオノーラはそう、言ったのであった……。