記憶を失いながらもルヴーシュの戦姫であるエリザヴェータの側近の騎士であるナウムの従者として働いていたウルスだが実は記憶を取り戻していた。
そう、自分がティグルヴルムド=ヴォルンだという記憶をだ。なのになぜ、ティッタやエレオノーラ達の元に戻らないのかと言えば、エリザヴェータ達に対して拾われ、世話してもらっている恩を返していないからである。
更にレグニーツァの戦姫であるアレクサンドラ=アルシャーヴィンことサーシャからエリザヴェータと会って話をするようにも頼まれていたのもある。
ともかくティグルには記憶を取り戻したからと言って、すぐにさよならなんて真似は出来ない。そんな日々の中でジスタートのビドゴーシュ公爵のイルダーとパルドゥ伯爵のユージェンとの間で争いに繋がる騒動が起きてしまった。
ユージェンが送った火酒に毒が仕込まれていて、それを毒見として飲んだ従者が死んでしまった。これにイルダーは当然の話だが怒り、兵を集めてユージェンに対して報復をしようと動いたのだ。
ジスタートの国王であるヴィクトールはイルダーと親交のあるエリザヴェータ、ユージェンと親交のあるエレオノーラに二人の有力貴族が争わないように動くよう使者を出して命令したのであった。
「(こうも内乱やら内戦に縁があるなんてな)」
ティグルは自分の不思議な縁を疑問に思いつつ、ナウムの従者としてエリザヴェータと共にイルダーを止める為に進軍する。
同じくイルダーを止めるために動くエレオノーラ軍とジスタート王国の西部にあるラドム平原で接触した。
エリザヴェータもエレオノーラもそれぞれ、イルダーを捜索していたが何故か見つからなかった結果としてだ。
そうして合流し、エレオノーラはまだティグルが生きていると知らせていなかったので驚愕し、詰め寄って来た。ルーリックも必死に記憶を失っているティグルに呼びかけてきたので内心、申し訳なく思いつつもエレオノーラに合言葉だけ伝えた。
こうしてティグルはルヴーシュ軍の幕営が設置されたラドム平原の北側に行く。
ティグルは話し合いまで休むよう伝えられたのでナウムと共に総指揮官用の幕舎にいるエリザヴェータの元から去る時、彼女からナウムにはエレオノーラと何を話していたか秘密にするよう言われた。
しかも懇願するようにだ。
なので大筋は説明してもどの言葉を交わしたか細かい部分は省くように言い、それに対しての承諾を得ると今度こそ、離れる。
するとナウムが話しかけてきたのでエリザヴェータとの約束通り、エレオノーラとの事について大筋だけを伝えた。
「良くやってくれた。最悪の事態は避けられたのだからな……」
「それなら良かったです……それにしても、ナウム様……どうして俺はこんなにもエリザヴェータ様に気に入られているのでしょうか?」
「……そうだな、こいつは説明が必要だ」
ウルスとして振る舞うティグルの問いにナウムは溜息を吐きながら言う。
「ウルス、戦姫様に初めて会った時、あの方の目をどう思うかと問われただろう。何と答えたか覚えているか?」
「猫みたいだなと答えてしまいましたね」
記憶を失っていたとはいえ、失礼にも当たる返答をしてしまった。これに関してはティグルは幸運だと思っているほどだ。
だが、ナウムによるとそれで良かったらしい。
エリザヴェータの瞳は『異彩虹瞳』でルヴーシュでは吉兆の証であるという。だが、ある貴族の落胤である彼女の生まれ育った地では凶兆の証だと認識されていた。
故に十歳頃まで老人、大人、子供に至るまでいろんな者に蔑まれ、罵られ、痛めつけられた。このつらい過去をエリザヴェータは誰にも話そうとはしないのだが、ナウムはエリザヴェータに仕える者として必要な事なので調べたのだ。
そして、エリザヴェータを迫害していた村の者達は村長を始め、主だった者達は知っていて死なせる事だけはないように気を付けてはいたようだ。
そんなエリザヴェータは十の頃にアブト家の当主、ロジオン=アブトに引き取られた。
跡を継ぐ者が病で死んだ事でロジオンの血を引く者がエリザヴェータしかいなかったからであるし、異彩虹瞳を吉兆の証とする土地もある事に気づいたからである。
だが、父親の元での暮らしは良い物では無かった。父親自身、異彩虹瞳を受け入れた訳でも無いからだ。
こうして四年前にエリザヴェータはルヴーシュの戦姫となり、異彩虹瞳を喜ばれた事に戸惑っていたという。だからこそか彼女は自分の瞳をどう思うか問うようになり、当然、彼女に仕える者達、それ以外の者達も戦姫である彼女には着飾った答えしか出せない。
それが故にティグルの正直な感想を喜んだのだとナウムは言った。
「ナウム様、俺は記憶を取り戻したいと思っていますが拾われた恩に世話をしてもらっている恩を返したいと思っています。だから、記憶を取り戻そうとそれまではナウム様とエリザヴェータ様に仕え続けると誓います」
「そうか、今後ともよろしく頼む。私もお前さんのために出来る限りのことをしよう」
こうしてティグルとナウムは固い握手を交わすのだった。
その後、ティグルはエレオノーラに対してエリザヴェータが緊張していたのでその事についてナウムに質問してみた。
そうして、ナウムは説明をしてくれた。
エリザヴェータとエレオノーラには因縁があるのだ。その始まりは一昨年の秋で王家の直轄地にある村で疫病が発生した事から始まる。
その村はルヴーシュの近くにあり、エリザヴェータは村を死者ごと焼き払い、疫病にかかってない者を隔離するというすべき事をした。
その村はライトメリッツの戦姫であるエレオノーラにとっても思い出の地で隔離された者達の世話をしたいと彼女は申し出た。
だが、エリザヴェータは王家の直轄領での出来事に複数の戦姫が介入すべきではないと断ったのだ。その直轄領を治める代官は行動は遅く、エリザヴェータに対して余計な事をするなとうるさかったという。
エリザヴェータは隔離した者達について放っておきはしなかった。冬を越せるように資材も食糧も手配し、医師も派遣した。村の再建についても援助を約束した。
ルヴーシュの者でもないのにだ。だが、隔離された者達は冬を越せず、これにより、エレオノーラはエリザヴェータを責めた。エリザヴェータはそれに対し、何も言わなかったそうだ。
これが因縁の一つでなんと二つ目がある。しかも同時期にだ。
エリザヴェータの父親であるロジオン=アブトだが、彼はどうしようもない者だった。税を着服して王都に虚偽の報告をしたりごろつきを集めて近隣諸侯の村や町を襲わせていたという。
被害を受けた貴族たちはヴィクトールに当然、訴えた。そしてロジオンの領地がライトメリッツの近くにあったのでロジオンの討伐をヴィクトールはエレオノーラに命じた。
エリザヴェータはロジオンを説得したいとヴィクトールに願い出て説得に動いたのだが、ロジオンは話し合いに応じず、逃げてエレオノーラに討たれた。
エリザヴェータはその後、エレオノーラに決闘を挑んで負けてしまったという。
そしてアブト家は罪を重ね、王命にも背いた事でお取り潰しになった。
更に去年の冬にはルヴーシュ公国はいろんな理由からレグニーツァ公国に対して戦を仕掛けた。レグニーツァの戦姫であるアレクサンドラはエレオノーラと親友の関係であり、当時、ブリューヌにいた筈のエレオノーラはレグニーツァ公国へと大移動をしており、そうして病に伏せているアレクサンドラに代わってエリザヴェータ達と戦い、そうして和解したのである。
「(俺達がムオジネルとやり合っていた時だな)」
ティグルはエレオノーラ達がテナルディエ公爵やガヌロン公爵との内戦をしていた状況下で離れていた時期にして、ティグル達がムオジネルと戦っていた時期と一致すると納得していた。
「中々に複雑で難しい関係ですね……ともかく、上手く対応してみますよ」
「よろしく頼む……だが、エリザヴェータ様とライトメリッツの戦姫様で争いが起こった時は構わず逃げろ。戦姫どうしの戦いに巻き込まれたら冗談でなく、命が無くなるからな」
「分かりました」
真剣なナウムに対し、内心で良く知っているとも思いながら、ナウムに対して頷き、ティグルは総指揮官用の幕舎へと向かって行き、エリザヴェータを迎えに行ったのであった……。