ティグルの領地であるアルサスへ現在、最愛の息子を失ったショックでファーロン王が塞ぎ込んでいる(ティグルは恐らく、毒か何かも盛られていると推測しているが……)のを良い事にブリューヌ王国の王家の力すら私物化し始め、かつ政争いを起こし始めようとしているガヌロンとテナルディエ、両公爵の魔の手が及ぼうとしていた。
そう、ガヌロンは二千の兵をアルサスへと進軍し始めたのである。
更にテナルディエ侯爵もティグルの一歳年上である息子のザイアンに三千の兵(そのうち、千は騎兵)を率いらせ、更に竜を二体引き連れてアルサスへ向かわせたとの事だ。
「どっちもアルサスを蹂躙する気満々かよ……というか時期は同じで兵数も大勢なのが同じとかお前ら、実は仲良しか」
ティグルは情報を聞くとまず、愚痴を漏らした。
「とりあえず、此処に来るのはガヌロン軍が早いか……」
進路的にテナルディエよりガヌロンの方が早いのでマスハスに頼んで同盟を結んでいる東部諸侯の者たちと共にガヌロン軍に対しての足止めを頼んだ。
そう、軍勢の規模や竜を引き連れているザイアンへの対処を優先しなければならない。
ティグルとザイアンはそもそも面識がある。立場は圧倒的に下であるが、ティグルが狩人上がりの貴族であり、弓を使っているのも含めて気に入らないのだろう……やたら絡んできた。
まあ、ティグルは適当にザイアンに対して下手に出る対応をするのみだったが……。
正直言って、ザイアンなどティグルにとっては正直、取るに足らない存在である。
彼の父親であるフェリックス=アーロン=テナルディエこそティグルにとっての敵だ。
また、テナルディエ公爵は四十二才歳で第一戦こそ退いているが、王国主催の馬上試合や実際の戦争においても武勲を幾つも有している。
そんな優秀な武人から生まれたとは思えない程、ザイアンは劣っている。
もっと言えばジスタート王国とのディナント平原での戦においても左右の味方を置いて我先にと逃げ出したのをティグルは目撃してもいた。
しかし、テナルディエはそんなザイアンを親として愛しているようだ。それは徹底的な実力主義でありながら、ザイアンに対しては厳しい事をしていない事から窺い知れる。
三千の兵を率いらせ、更には竜まで引き連れさせているのは息子に箔を付けさせるためだというのも想像がついた。
「しかし、皮肉だなテナルディエ公爵……お前のやり方はファーロン王が王子にやった事と全く同じだぞ。まあ、親と言うのはそういうものかもしれないが」
ティグルはテナルディエのやり方がディナント平原でファーロン王が王子に大軍を率いらせたのと全く同じである事に思わず、苦笑しながら呟く。
「ザイアンなら、どうにでもなるな」
そんな事を言いつつ、ティグルはどのみちエレオノーラの力は必要なので連絡をし……。
「来てやったぞ、ティグル」
「ありがとう、エレンにリム。早駆けまでしてくれて」
「急を要するのですから、当然です」
エレオノーラとリムアリーシャはライトメリッツから一千の騎兵を引き連れ、馬は三倍の数を用意し、替え馬を大量とする事で一日当たりの行軍距離を稼ぐ事で僅かな日数でアルサスまでやって来た。
「お前が私の物としての初めての戦だな。ちゃんとその実力を発揮してくれよ?」
エレオノーラはティグルからディナント平原の戦やそれ以前のブリューヌ軍としての戦では手を抜いている事を知っているのでそう言う。
「勿論だ、相手としては不足だけどな……それと良い物を見せてやるよ」
「なら、楽しみにしていよう」
そうして、ティグルはバートランに自分が用意できるだけの兵と共にエレオノーラ達ジスタート軍と共にザイアンを迎え撃つために進軍。
実はアルサスに来るまでの進路において幾つかの諸侯とは打ち合わせしており、ガヌロン軍のように恭順の証を装って食料や酒を提供してザイアンをもてなすようには言ってある。
無論、それはザイアンを油断させるためだ。そうして、特に妨害を受けるどころかもてなしまでされるザイアンは増長し始め、アルサスに向かって平野を行列の様な形で進軍していた。
まるで王様にでもなっているかのようである。
「あれが竜か……」
「す、凄まじいですな……」
丘の上に身を潜ませながら、進軍しているザイアン軍を見るティグルとバートランは兵士に連れられているいずれも体長五十チェート(約五メートル)を超える二体の生物、竜に対し息を呑んだ。
ザイアンをもてなすため、接触した諸侯からの情報で名前は知っている。
一体は見上げるような巨岩を思わせるような体躯の持ち主であり、全身が黄胴色の鱗に覆われていて、四肢は短いが爪は太く、丸太のような尻尾、顔は丸く、額からは二本の角が伸び、顎には牙が並んでいるという『
もう一体は一回り小さく細身で緑がかった鱗に覆われており、蝙蝠のそれに似た形状の巨大な翼を持っている『
その二体の竜を慎重に扱うようにザイアンの軍はゆっくりと引き連れていた。
「自由自在に扱えるって訳じゃないようだな……そんな事が出来るなら、ディナント平原の時に連れて来ていただろう。まあ、その場合、エレンが竜具の力を解放するから結局、負けてたな」
ティグルはそう呟く。
「それにしても軍勢と言い、竜と言い……宝の持ち腐れどころじゃねえな……まあ、お陰でなんとかなるが……じゃあ、始めるぞ」
「はい、思う存分やってくだせぇ」
そうして、ティグルは丘の上に立って……家宝でもある『黒弓』を構え、腰の後ろに装着している矢筒から槍のような形状の剛矢を構えて番えると、弦を引き絞り弓の力を込めていく。
「しっ!!」
そうして黒い閃光を纏い、流星の如く放たれた矢は飛竜の頭部を穿ち抜き、地面をも陥没させる。
「ふっ!!」
竜が突如、倒れその倒れた竜に何人かが押しつぶされザイアン軍が動揺しまくる中でもう一本同じく、黒弓を構えそうして地竜へと同じように黒き流星の如き、矢を放って頭部を穿った。
『おおおおっ!!』
そうして、激しく混乱しているザイアン軍へ別の場所に身を潜ませていたエレオノーラ達ジスタート軍とティグルと同盟を組んでいる諸侯の軍勢が襲い掛かる。
総合の数で言えば千五百ちょっとだが、この状況においては十分だった。
「俺達もいくぞっ!!」
『おおおおっ!!』
そうして、馬に乗りつつティグルは黒弓を馬に引っ掛けている弓を収納するための用具に入れるとそれとは別に引っかけている用具から特製の長弓を引き出し、そうして丘を駆け下りながら超速かつ複数の矢を番えては引き絞り、ザイアン軍に対して連射する。
そうして、ザイアン軍は次々とティグルの矢に射抜かれており、中には複数人が矢の威力によって貫通死したりもする。
「ふっ!!」
「うおおおおっ!?」
わき目もふらずに逃げ出し始めていたザイアンの馬を射抜き、地面へと倒れさせた。
「よう、ザイアン。いつも死んでも敵に向かって行けとかなんとか、言ってた癖にお前は逃げるんだな」
「お……き、貴様……ヴォルンっ!! これはどういう事だっ!! ジスタートと手を組むとは……国を売ったんだな、この卑怯者、売国奴め!!」
ザイアンはティグルが近づいてくると罵倒し始める。
「俺の領地を荒そうとした賊に罵倒されても全然、響かねぇな」
「ぞ、賊……賊と言ったか、貴様ぁぁぁっ、貴様こそ卑しい狩人風情だろうがぁっ!!」
「その狩人風情にしてやられているのはどこのどなただ」
「お、おぉ……そんなに偉そうな口を利くなら、勝負だ。俺と貴様の一騎打ちで決着をつけようじゃないか」
「一目散に逃げようとしたのにか……まあ、良いだろう。バートラン、槍を……其処のお前、やつに槍を渡してやれ」
ティグルはザイアンの挑戦を受け、長弓を仕舞い、馬から降りるとバートランから長槍を受け取り、傍に控えていた兵に指示を出して槍をザイアンに放らせる。
「さあ、始めよう」
「ふ、ふふ……死ねぇっ、ヴォルンッ!!」
ティグルが槍を構えるとザイアンも槍を構えるとティグルが今まで剣も槍も碌に使えない姿を見ているザイアンは槍を構え、すかさず攻め込んでいき……。
「お前がな」
「がばあッ!?」
ティグルの壮絶なる技量の結晶で構成された鋭き絶貫の意が籠った刺突によって彼は胸を貫かれ、大量の血塊を吐いた。
「ヴぉ、ヴぉ……ルン……」
ザイアンは自分が敗北し、死ぬ事を信じられないままにティグルに槍を引き抜かれた事で倒れていく。
「ザイアン=テナルディエ……お前は俺の領地を汚そうとした」
だから死ぬのだとティグルは語り掛ける。しかし、それにしても……
「なんて顔してやがる」
あまりにも間抜けな表情の死に顔を浮かべているザイアンにそう、ティグルは呟いた。
「ザイアン=テナルディエ、このティグルヴルムド=ヴォルンが討ち取ったっ!!」
『おおおおおおおおおっ!!』
そうして、この戦いでの勝利宣言をティグルは槍を抱え上げながらすれば、喝采の声が響いたのであった……。
三
ブリューヌ王国の南部にあるネメタクムはテナルディエ公爵の領地であり、その屋敷にフェリックス=アーロン=テナルディエはいた。
そして、彼の元に東部諸侯からの恭順の証として大きな箱が送られたのである。
「っ!?」
その箱を空ければ中には一枚の手紙と筒があった。
手紙に書かれた内容にテナルディエ公爵は驚愕する。
その内容とはこうだ……。
『テナルディエ公爵殿、貴方は私にとっての一番大切であり、大事な宝であるアルサスの領地、その民を奪おうとした。故に貴方にとって一番大切な宝を奪わせていただいた』
「づっ(あるものか、そんな事など……)」
テナルディエは手紙を破り捨てながら、そして嫌な予感と激しく胸の動悸を感じながら、筒を開け……。
「――――――!!」
咄嗟にあげそうになった悲鳴を抑え、投げ捨てそうになったそれを抑えられたのは良くも悪くも今なお、戦士として鍛え続けている成果だろう。
なにせ、筒の中身は今にも剥製に出来る程に綺麗な処理をされているが目を開ける事は二度と無い、テナルディエにとって最愛の存在である息子、ザイアンの首であった。
そう、フェリックス=アーロン=テナルディエは愚かで頼りないとは感じながらも息子であるザイアンを自分の人生において最も重視している実力主義のそれから例外としている程に愛している。
そんなザイアンが首だけになってしまった……。
「……」
首を抱え、眺め回し触ったりするも当然、ザイアンの首は反応しない。
「ザイアン……我が息子よ」
呼びかけても反応しない。
「……夢だ……これは夢なのだ……夢を見ているに過ぎん」
自然とテナルディエはそう、今起こっている事を否定する。
「こんな、こんな馬鹿な事がある筈がない……そう、絶対に……」
取るに足らない貴族であるヴォルン家とその領地を焼き払うだけの些事であり、しかし息子に箔を付けさせるために十分に過ぎる程の兵に竜まで与えたのだから、今のような事は起こる筈が無い。
テナルディエは体では息子が死んだそれが事実だと理解しているのを必死に口で心で否定していた。
「貴方、ザイア……い、嫌ああああああ「取り乱すなぁぁっ!!」」
ファーロン王の姪であり、非常に気位の高くテナルディエとの結婚を政略結婚である事を正しく、理解し割り切っているテナルディエの妻が現れ、一人息子であるためにザイアンを愛していた彼女はテナルディエが抱えているザイアンの首を見て悲鳴を上げる。
虫の知らせ、あるいは母としての勘が息子に何か起こったと感じ取り、テナルディエに聞こうとしたがゆえに彼女は部屋に入ってしまったのだ。
そして、悲鳴を上げた妻にテナルディエは怒声を上げる。
「良いか、何も何も起こってはいない。何も無いのだ、ザイアンは、私達の息子はまだ帰ってきていないだけなのだっ!!」
「何があり……おぉ……」
テナルディエの妻の悲鳴にテナルディエの怒声が響いた事で駆けつけたテナルディエの腹心の騎士であるスティード他、数人の兵士はザイアンの首、テナルディエ、彼の妻の様子を見て全てを察し、何も言えなくなった。
「そう、そうだとも……決して、ザイアンが、我が息子が討たれるなど……こんな馬鹿げた事があってたまるかぁ!! こんな、こんな姿になり果てるなど……決して……これは夢だ、夢だ、夢だ、夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ……夢だあああああああああああああああああっ!!」
テナルディエはもはや我慢出来ず、叫びを上げ、涙を流しながら愛する息子の首を胸に抱く。
「――――――」
そうして、後は声にならない声を出し続ける。彼は初めての慟哭を部屋中に響かせるのであった……。