一話
ブリューヌ王国とジスタート王国はディナント平原で戦をする事になった。両国が戦をするのは二十数年ぶりであり、その原因は国境線となっている川が大雨で増水し、氾濫を起こしたからだ。
その被害を受けた住民たちが『あいつらが川の管理をまともにしないから』とお互いに非を押し付けあって、諍いを起こし次いで、陳情を受けた国も『そちらの治水対策に問題があった』と言い張って譲らず、双方の軍に出征を強いる事になったのである。
「しかし、敵軍はおよそ五千なのにこっちは二万五千以上か……城攻めするでもあるまいに」
「王子殿下の初陣なのだから、仕方あるまい。今回の戦は子供の喧嘩に親が渋々出てきたようなもので国家の命運をかけた一大事という程のものでは無いし、レグナス殿下の初陣を飾るには経験を積んでいくには良い機会なのは確かだ」
ディナント平原へと向かうティグルの言葉に対し、馬を並べて進んでいる老貴族でオードの地を治めるローダント伯爵家の当主、マスハス=ローダントが答える。
マスハスはティグルの父、ウルスの親友であるのもあってティグルの事も小さなころから何かと世話を焼いてくれ、領主として必要な事を教えてくれた以外にも色々と支援してくれた恩人であり、もう一人の父と思っているほどにティグルは慕っている。
「それにしたって集めた貴族と兵の数が多すぎだとは思いますね……特にあの
「ティグル、滅多な事を言う物じゃない」
ティグルの発言をマスハスは咎めた。
このブリューヌには『犬と猫の仲』という何かにつけて敵意をぶつけ合う、非常に険悪な関係を意味する諺がある。それを体現しているのがこのブリューヌにおいて王に近い権力を有している大貴族の二人。
ガヌロン公爵とテナルディエ公爵でこのブリューヌの貴族の勢力は殆ど、ガヌロン派かテナルディエ派に二分されていると言ってもいい。一応、中立派の貴族もいるが……。
しかし、問題なのはガヌロンもテナルディエもどっちも残虐である事だ。
諸侯同士の争いは禁じられていて、国王の許可なく、己の領地の外へ兵を動かそうものなら叛意ありとみなされて討伐軍を差し向けられる可能性すらあるというのにどっちも破っている状態だ。
兵を出さなかったという理由で自分の領内の町や村を焼き討ちにし、代表たちを捕らえて街道沿いに首を並べたり、近隣の諸侯から戦費を巻き上げた話。戦費の献上を拒む諸侯がいれば罰としてその諸侯の領地にある村を襲い、家に火を放ち、若い娘を攫って自分の領地へ連れ去ったという。
質の悪い小麦を納めたという理由で領内の町や村の者達を鞭打ちの刑に処し、自分を支持しない諸侯の領地をあえて通過し、街道沿いにある街の酒という酒を悉く供出させた話。
供出しなかった町は家に火を放ったり、娘を連れ去り、いない場合は見せしめとして父と子、あるいは夫と妻にそれぞれ剣を持たせて殺し合いをさせたりと本当に暴君紛いの話に限りが無い。
自国でこれなのだから、敵国に対してもむろんどっちも容赦も何もない。略奪に凌辱を当たり前にやっているのだから……。
なのにこの二人に対し、今まで国王ファーロンは何も咎めないし、罰も課していない。
二人の存在を黙認しているとしか思えない状態だ。
そして、二人は明らかにブリューヌ王国の全てを支配すべく、冷戦のような駆け引きまでしている。
そんな二人の話を聞く度、ティグルは義憤に駆られているがしかし、国力やら立場の大きさが違い過ぎて相手には出来ない。すれば間違いなくアルサスごと潰されてしまうからだ。
今でさえ、アルサスはジスタートと国境が近い土地……いつ奪い取りに来るか警戒しているし、なるべく目を付けられないようには振る舞っている。
故にそんな二人がレグナス殿下の初陣に出てくる事に嫌な予感しか感じない。この戦を利用し、なにがしかするだろうとさえ考えてしまう。
ティグルは狩りが趣味であり、自然の山や森で鍛錬し続けている影響か感も鋭い、その感が激しい警鐘を鳴らし、不快な痺れを発しているから余計にだ。
「それはそうなんですけどね……ただ、人が多いと連携も指示をするのも大変ですから、逆にレグナス殿下には難しいと思うんですよ」
「……まあ、今回は少しくらいの失敗は問題にはならないだろう。勝てる戦だと踏んでここぞとばかりに武勲をもとめ、前衛を務めたがる命知らずが多いのは不安だが……わしらは後方で大人しくするだけであろうし、関われない話じゃ」
そう、最後には溜息を吐くハスマス。
「そういえばティグル、戦姫を知っておるか?」
「ジスタートの七戦姫の事ですね。竜具という超常の力を有する武器を使うとかいう……」
「ああ、敵の指揮官はその戦姫らしい、十六という若さながら常勝無敗。剣士としても優れており、常に陣頭に立って剣を振るうさまから『
「エレオノーラ=ヴィルターリアでしたっけ?」
「ああ、類まれなる美貌の持ち主で隣に宝石を置いたら、宝石の方が色褪せて見えたという話がある。お前も男だな、ティグル……美女の話を集めていたとは……だが、程々にしておけよ。ティッタが妬くぞ」
「ええ、俺を愛してくれる可愛い妻ですから大事にしますよ」
「ああ、そうだなお前の……なにっ!?」
マスハスは当然、ティグルの侍女であるティッタの事を知っているがティグルが妻だと言った事に驚愕した。
「昨日、ティッタから想いを告げられたので応えました。戦から帰還したら正式に結婚します」
「ふふ、そうか……お前も本当に男になったな。なら、なおさら死ぬなよ」
「当然です」
そう会話を交わしながら、ティグルとマスハスはディナント平原へと数日の日数をかけて到着。
主戦闘を務める前衛二万は小高い丘の麓に布陣し、レグナス王子のいる本体を含めた後衛五千は丘の上に待機、ティグルとマスハスは後衛での布陣となったのであった……。
二
夜明け前の暗い空の下を一千の騎兵が静かに進軍している。剣や槍の穂先は光らないよう土で怪我し、馬の口には板を噛ませ、馬蹄は綿入りの布で包む用心深さでだ。
そうして彼らは敵に気づかれる事無く、小高い丘のそばまでやってきた。
なだらかな斜面を上った先にあるのはブリューヌ軍の本隊含めた後衛が野営をしている。
「休息。準備せよ」
そう声をかけたのはジスタート軍の指揮官を務める女性――長い白銀の髪に紅の瞳、抜群なスタイルに青を基調として白や金を配した軍衣を身に着け、長剣を佩いた戦姫であるエレオノーラ=ヴィルターリアである。
彼女は五千の兵を二つに分け、四千でブリューヌ軍の前衛を引き付けておきながら今、彼女が共に行動している千の隊で本隊含めた後衛の陣に奇襲を仕掛けに行こうとしているのだ。
「突撃せよっ!!」
そうして後衛の陣に放った斥候から敵は寝静まっており、動きは無いと聞いたので
その結果、ブリューヌ軍は大混乱に陥り、この混乱の隙を衝いて注意を引き付けていた前衛も一気に動き出し、ブリューヌ軍は散り散りに潰走を始めていく。
当然、ジスタート軍は追撃し、逃げ惑う者や立ち向かってくる者を叩き伏せていくが……。
「うがっ!?」
「ぎいっ!!」
「がはっ!?」
突如、槍の如き矢が次々とジスタート軍の兵士を深々と射抜きながら、吹っ飛ばしていった。
『(弓!?)』
瞬間、ジスタート軍は混乱する。何故ならブリューヌ人は弓を嫌悪や唾棄しているからだ。
しかし、対応するために射手を探すも見つけられないし、見つけても対応は出来ない。
何故なら……。
「ふしっ!!」
ティグルが馬に乗りながら、自身特製の長弓と矢によって可能とする最大八百アルシンの遠距離攻撃をしているからだ。
しかも攻撃は一度ずつでは無く、矢を複数掴んでの超絶技量による同時射撃や超速連射を戦場を駆け回り、人の群れに隠れつつ、その隙間を縫って実行する事でジスタート軍の兵士たちを翻弄しながら射抜いていく。
そうしてティグルは戦場で敗走する友軍の救出をしながら、戦場からの撤退を助けていた。
無論、マスハスと彼の声を聞く貴族たちと共に……。
ティグルだけはジスタート軍の奇襲を察知していて、救出に動けるように備えていたのである。
無論、ジスタート軍の本隊であるエレオノーラに見つからない範囲での救出だが……。
「限界だな……バートラン、領主命令だ。先に皆と共に撤退していろ。俺は気になる事を済ませてくる」
「絶対、帰ってきてくださいよ。若」
「勿論だ」
そうして、ティグルはバートランに自分の兵士たちと別れ、別行動をしに向かって行った。
「これ以上は追えないか……だが、必ずお前を見つけ、私のものにして見せるぞ。ブリューヌ人の弓使い」
エレオノーラはブリューヌ軍にて超人的な弓使いがいるのを聞くとすぐさま、自分が対処しようと動き探し回ったが遠目にティグルの姿を見るに終わってしまった。
だが、ブリューヌ人の弓使いの情報はすぐさま集められるだろう。それも凄腕とあらば……なので今回は戦後処理も含めてこれで良しとし、そしてティグルを自分の物にすると誓うのであった……。